第二章18 大闘技大会〜開演〜
兇廻獣討伐作戦は不発に終わった。
その後も厳格体制による監視が行われるも、結局ムシュフシュは微塵も動きを見せず、二週間が経過しようとしていた。とどのつまり、城内の緊迫した空気とは裏腹に国民の熱望する大闘技大会の開演がすぐ手前まで迫っているのだ。
「本日は曇天…………近いうち、雨天へと変貌しそうですね。天の恵みなどと謳われますが、斯様な祭事の日には厄介とされる。なかなかどうして、難しいものですね」
騎士団本部にて、窓から外を眺めて【忌避】のノースポール・リベルテが囁く。
「雨か〜うち嫌いだな、鼻も耳も役に立たなくなっちゃうし。なるべくスピーディに大会が進んでくれると嬉しいなぁ」
「そだね、クシーの探査が働かないと不審者の動向も追うのが難しくなっちゃう!」
「ククク。そう言う話なら、そこなグラナードとかいう奴に頼み込むしかないな? 大会参加者として内側から不審者を探る大役を任されてるそうじゃないか」
「そうだな、善処するよ」
ここ二週間で『銀字軍』との関係も少しは深まり、彼らの会話の中に入れるくらいにはなったかと思う。
それでも一部からは未だ監視されるような、完全に溶け込めていない感じは大いに残っている印象だ。ちなみに、イッポス達は別の仕事をしていてあまり会えていない。
と、将軍がおもむろに立ち上がり本部内の喧騒を一言で静み返らせた。
「さて皆、話はそこまでにしよう。本日から前々より計画していた通り大闘技大会が開かれる。持ち場や役職はすでに頭に入っているな? 各人持ち場で警備にあたり、何か異変があれば通信機で一報を頼む」
「ちょっと質問いいか?」
グランが手を挙げて一歩前に出る。
「何かな」
「仮に通信ができない状態、例えば通信機を破壊されたとか声を出したら追跡に不利となる場合なんかだが、どう情報共有すればいいか気になって」
「卿には教えていなかったか。まず破壊された場合だが、自動的に我々に警告が届く仕様になっているから問題ない。続いて後者の場合、通信機を指で三回、トン・トン・トンと言った感じで叩くことを我々の合図としている」
「了解」
首で礼をして、一歩下がる。
加入したばかりともなると確認不足の事項も多い為、こうして話を遮る必要が度々出てくる。
「とは言え最悪の場合、うちのクォ・スィールの突出した感知能力でなんとかするから心配しすぎることはない」
「ちょっと将軍ちゃん、全部うちに重責預けないでよね!」
「実際のところ君が頼りだから仕方あるまいよ。だが、今更ながら探査役がひとりと言うのも考えものだね」
と、将軍ドンケルが『銀字軍』の不足な点を内省し始めたところで【閃耀】のナヴィルがつっけんどんにグランへ小言を溢す。
「俺ぁ今でもいつかの『お前、弱いだろ』発言を根に持って機会を窺ってるが……大会が終わったら死んでも殺す」
「えぇ〜? ナヴィル、グラナードってホントに『お前、弱いだろ』なんて発言してたっけー?」
「してたろ! 忘れたとは言わせんぞ!」
「ああ〜、したかもな。うんうん、したした」
そうは答えたが、本当はしていない。
正しくは「お前が軍で一番弱い、よな?」である。
実際その発言の後にも訂正しているが、グランは決してナヴィル自身が弱いだなんて思ってはいない。だが彼の中では「弱い」の単語だけが先行して、記憶が改編されてしまっているらしい。
( あ、面倒くさくて適当に返事したな )
この場にいるナヴィル以外の皆がそう思った。
そうこうして騎士団本部での緊張が和らいできた……気がするところで、扉にノックの音が響いた。
「入ってどうぞ」
ドンケルの許可が出ると女性兵士が入室し、一礼する。
「失礼します。グラナード・スマクラフティー様、間もなく大闘技大会の開演式が開かれますので、どうぞ参加者控え室の方までお越しください」
「っと、もう時間か。ひとまず、優勝を目指すでいいんだったな?」
「ああ。反徒を探すのも必要だが、牽制の意味も込めて他にも強者がいると知らしめてやってほしい」
ドンケルも、グランの実力については何も知らない。なぜなら『傾聴者』のイッポスが推薦しているという理由だけでこの場に混じり、初披露となるはずだった兇廻獣討伐作戦も不発に終わっているからだ。
( つまり牽制がどうのと言っちゃいるが、これは『銀字軍』から俺への試練みたいなもんだ。作戦に参加するからには、渡り合えるだけの実力を示せってな )
グランが優勝できるという期待は、まだ彼らにはないのだろう。国家最高峰の実力者集団『銀字軍』と対立せんとする反徒がいるならば、例年通りの大会とは一線を画す実力勝負になると誰もが予想している。
「安心しな。俺はナヴィルの猛威を十秒耐え切ったイッポスのお墨付きだぜ」
「なぬぃぃッ?」
言い残してグランが扉の向こうへ消える。
一拍置いて、吹き出す者と激昂する者とが騎士団本部に入り乱れた。ところが『銀字軍』未満の兵士たちには笑う資格は無いため、全体的にはどう反応したものか分からないと言った地獄の空気に満ち足りていた。
「ブハッ」
「ぐあああああああああああああああッ! あいつ、覚えてろよぉぉやっぱり大会の後でぶっ殺す!」
「なるほど、彼は十分強いらしい」
しかし彼らは意に返さない。
この空気が嫌なら上まで上がってこいと示すかの様に。
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参加者控え室と名付けられたそこは、名の通り参加者それぞれに一部屋が割り当てられているのではなく、有り体に言えばただの広い吹き抜けの集合場所だ。
闘技大会の開催地は城を抜け橋を渡った先の大闘技場で、その地下で勇猛な参加者たちが準備運動やら他者の見極め等をして開始を待っている。
「それにしても、参加者いすぎだろうよ……」
まず控えの場に入ってグランが漏らした言葉がこれだった。トーナメント方式での一対一と聞いていたが、これでは何日掛かってもおかしくはない。
「これじゃあメイアがいるかどうかも皆目検討つかん」
桃色の髪を探すのが手っ取り早いが、見える範囲にそれらしい髪色の人はいないし、そもそも雑多の中では視界が遮られて人探しどころではなかった。
キョロキョロしてても埒があかないので壁に寄りかかって待っていると、横からずかずかやって来た女性に声をかけられる。
「おい、そこのクソ坊主」
声をかけられる、という優しい表現は訂正しよう。開口一番から酷い呼び方で悪態をつかれた。目線を向けると、少々露出の多めな褐色の女性が威嚇するようにグランを睨みつけていた。
「あたしのこと覚えてるかい? と聞きたいところだが、覚えてないんだろうね。癪だけど、あたしゃ」
「あぁ、確か『縛蛇会』の筆頭とか言ってたか。名前は覚えてないが」
「……こりゃ驚いた。あたしゃドルネだよ、よ〜く覚えとけクソ坊主。あの時は怯んで何も出来なかったがね、これでも前回準決勝進出してる。易々と負けてられないよ」
「なら順々と勝ち進めれるよう頑張ってくれ。おっと怖い顔するなよ、これでも本心なんだ。いーや、今年の大会でも勝ち進められるんだったらそりゃ結構なんだがな……」
グランは知っている。
例年通りの実力じゃ勝ち進めない、波乱の展開が待っている。それでもドルネが登り詰めると言うのなら、それは快挙だ。本当に素晴らしいこととグランは思う。
「はぁ……これはちょっとした小言だけど、あの日坊主が去ったあとは災難だったよ。国への上納金を納める為に毎月使者が来るんだが、あの日が丁度それでね。坊主をなぜ解放したのか、使者の野郎にその訳を散々問い詰められた」
「あ? なんでそいつがわざわざ理由を気にする……てか、どうして俺を通したって知ってる」
「そんなの知らないよ。途中ですれ違った奴がいたんじゃないのかい?」
すれ違った人間と聞けば複数いる気もするが、あの時は確かそう、『縛蛇会』の包囲網を抜けた先で誰かに呼び止められた。つまり会話したと言うことだ。
( そうか、あの男……曇りない殺意の男が )
「奴は……恐ろしく、悍ましかった」
「なら当たりだ。あたしらは『影人』と勝手に呼んでいるが、天下の『銀字軍』なんかよりよっぽど恐ろしい」
「だが……なんでそんな話を俺にする」
「何故って……普段は姿も晒さず指定の位置に上納金を置くだけのやり取りをしているんだ。なのに今回は初めて、初めてだった。相変わらず姿は見せなかったが質問してきたんだ。これが何を意味するか分かっているのか?」
「男は俺にご執心、と」
男の殺意は本物だ。グランも彼の姿を見ることはなかったが、何かすれば殺されるという確信だけは確固たるものだった。
( 上納金を預かる使者なら、国からも相当の信頼のある存在か。でも、あんな強さなのに『銀字軍』の人間ではない。なら、一体なんなんだ?)
「勘繰る気持ちは分かるが、詮索しない事を勧める。かつて『縛蛇会』からも男の正体が気になって探ろうとした阿呆が数人出たが、その翌日、皆全身を輪切りにされて見つかった」
「え______ 」
絶句以外に、何か正しい反応があるだろうか。
私有地に踏み入った者に高額納金か暴行かを選ばせる『縛蛇会』も大概だが、『影人』とかいう男はより狂気であろう。
「坊主、これは一個人としての忠告だ。坊主はこれから闘技大会で注目を浴びるんだろう。だからこそ、余計に『影人』の注目も浴びる。身の用心は忘れるな」
「ああ、わかったよ。肝に銘じた」
二週間前の兇廻獣討伐作戦時にイッポスから言われた、王の怪しい行動。それとどう関係するかは定かでないが、秘匿された国家の働き手と来て、よろしくない繋がりがあると疑わざるを得ない。
( このこと、『銀字軍』とか他のお偉いさんなんかは知ってるのか?)
なんて考えるも、グランの中で答えは出ている____知らないだろう、と。
正体を追おうとする者を惨殺するような者が国の機密として存在すると知れては、正義感のある『銀字軍』なら尚更反感を禁じ得ないはずだ。
( でも、完全に悪だと決めつけることは出来ないか。それに、今は目下の大会か控えてる )
ドルネとの不穏な話がひと段落したところで、闇から這い出るようにゆっくり、吹き抜け二階から将軍ドンケルが姿を見せる。
一瞬グランと目が合った。しかし両者に繋がりがあると露見すると不都合なので何の反応も見せることはなく、前に向き直ると一声。
「諸君、これより選手入場となる。これより先鎮まらぬ場合、その者は出場意思のない者であると認定する」
鎧の下に隠された拡声器により沈着な声が全体に行き渡る。その声色や文言、極めつけに『銀字軍』将軍による警告とくれば、この場が静寂に包まれることは摂理であった。
それでも沈黙を破る愚か者がいたとするならば、
「おいおい、なんだよ。力自慢達の集まりのくせに、お偉いさん方の一言に巻かれるってかぁ?」
「(あいつ、終わったわね)」
「(ああ。将軍相手に言ってるのを知っててあの狼藉ってんなら賞賛ものだな)」
一人の荒くれ者が冷たい視線の集中豪雨を浴びた。グランとドルネも男の愚かさに嘆息する。
この男はドンケルの警告を無視した者であり、つまり出場資格を剥がれる身となったのだから。
「お、おい待てよ……猛者どもは声を出してこそ士気を高めるってもんだろ! 俺が何か間違ったことを言っ____ 」
「規律だよ。真に強者であるには、相応の振る舞いをせねばなるまい。メダカの群れのように、外界の刺激に準じた行動をすることもまた強者たる証だ。君はいま、この場の規律を破った」
「ふざけるな! 俺は前回本戦まで進出した! こんなことで出場停止になってたまるか!」
ドンケルも「やれやれ」という風に額に手をやる。
即刻追い出さないところを鑑みるに、全体への見せしめにでもしているのだろう。
「時間も押してるから、すまないが失格だ。また次回、節度をもった状態で会えることを楽しみにしているよ」
「やってられるか、クソ喰らえッ! ああイライラする。『銀字軍』ってのは傲慢だ、やってられん、どいつもこいつも誰もかもが____ 」
「『夜の獄』」
その詠唱が響いた時にはもう既に、荒くれ男は黒い荊に雁字搦めにされていた。よく見ると、荊はドンケルの足元から壁と床を伝って男の下まで伸びている。
「うがぁッ! 離せって、こんのやろッ!」
「荊は拘束対象が動けば動くほど力を吸い取るよ。暴れないことが身の為だ」
「んなもん暴行だろ! 国家からの暴行だ!」
「おかしいな。大会申し込み時の書類に『運営の指示に従わず迷惑行為を続けた場合は武力的対処を取ることがある』という欄があって、それに了承したから参加しているはずなんだけど」
( うわ、俺そういうのイッポスに任せてたから知らね〜。それにしても、これが将軍の力か……面白い )
結局、男は抵抗しまくって力を吸われ尽くした状態で解放され、兵士に連行された。
彼の阿呆を極めた行動に、緊張で強張った身体がほぐれた人もいるようで、ある意味いい結果になったと思ってもいいのだろう。
それから間もなくして、大会の出場者はあらかじめ配られていた番号順に並び、堂々歓声の中に入場していくこととなった。
生憎の曇りだが、観衆の熱気溢れるざわめきに天気も晴れていきそうで、実際の空模様など気にならない。完璧の一言に尽きる。
( ついに、始まる )
ここに集まる誰もが、この日この時を待望していた。
どんな相手が待ち受けているのかとワクワクする人が、波乱を齎さんとする謀反人が、或いは国防がいかほどか吟味する人が、一つの場所で並んでいる。
そして会場、城内、城下町全体に、楽器の音色のファンファーレが鳴り渡る。そう、荘厳で栄華を極める、開会の宣言がここに告げられるのだ。
『今回もやって参りました熱狂的な夏の大会! 名声、賞金、力試しなどなど、此度の参加者たちにも様々な目的がありましょう! 一体誰が! 栄光ある頂点に君臨するのか! さあ、第四十三回、レーベン王国大闘技大会の開会をここに宣言します!』
このたった六千字弱に『銀字軍』との一幕、ドルネとの会話、ドンケルの『夜の獄』、それに開会式と詰め込んでしまった……
そして、ようやく大会が始まった!ここまで長かった! 第二章始まって18話目でやっとかよ! (読者の内心を代弁して)