第二章15 狙えよ機会を
仰天の業により亜人獣魔は掃討された。そう安心しきった瞬間に崖っぷちまで押し戻されたような、完全予想外の一手だった。
アッバースが率いてミンスタージュまでやって来たのは、集落の住民に扮した亜人獣魔を壊滅させる為。そこで協力を取り付けたのはオーロイド朝聖騎士団統括のダリア・アイネック。彼も件の集団を追う正義に溢れる人物である、はずだったのに。
「どうして、襲撃なんて仕掛けてくるんですか」
「どうして? は、そんな答え決まっているだろう。貴殿らが敵だからと、それに尽きる」
「敵って……でも、一緒に亜人獣魔さんを倒して私たちを手伝うって言ってたじゃ」
「だぁから、そこから既に間違いなのだよメイア氏。私の身分は貴殿らも周知の通りだが、それだけではない。そうだな……百聞は一見にしかずとの諺に倣って、まずは真の私を見せねばなるまいか」
「真の、アイネックさん?」
それから問答が続くことはなく、アイネックは背を向ける。長く息を吐き、両手を広げて空を仰ぐ。静観する星々の下で、夜風に身を靡かせる。
すぐに変貌はやってきた。
外套の上からでは視認しにくいが、猛く鍛えられた体躯からは砂塵のようなものが散っていた。身体が崩れ、文字通り真のアイネックへと変化しているのだ。
「そうか……アイネック殿も、そうだったか」
飛んできた刃物に刺され膝をつくアッバースが、それを察したように呟く。
「流石に、察しがいいなアッバース殿よ」
「何を言って…… 」
「逆にこっち二方は理解が乏しい……いや、理解したくないとでも言ったところか。ならば、ほら。私の顔と頭を、目をかっ開いて凝視するといい!」
一顧。ただそれだけの動き。
振り返り露わになったのは人間の素顔ではなかった。双眸は弱者を狩り尽くす邪智暴虐の切れ味にして、夜風に流れる髪の合間からは短くも、確かに猛獣たる耳が存在している。
今一度言おう、一顧しただけなのだ。
何気ない一言で場が狂うことがあるように、何気ない素振り一つで場が狂気に満たされた。アイネックが、獣魔となることで。
「改めて自己紹介させてもらおう。私はオーロイド朝が聖騎士団統括にして、亜人獣魔が統率者、ダリア・アイネックである!」
もう彼に、殺意を収めるという期待はできない。
難敵をもろともせずに剛腕を振るう虎、そう形容する他あるまい破壊の使徒だ。
「ほんの少し前まで私に戦う意志は無かった。アッバース殿に私達の『嵐よ踊れ』が逆に利用される、あの時までは。だから私は離れた木の上から観戦していたのだよ」
「なるほど。最初にアイネック殿だけが分断されたのは、宿に来る前に仕組んでおいたこと。それに貴殿は言った。『亜人獣魔の中にはとりわけ強い者がいると聞く。不意の一撃に気をつけろ』とね」
「だが実際は全員が相当の実力者だった。てこたぁ、俺らへの警告だと思わせておきながら、本当は騙すための餌を撒いていたってこった。よく練られてやがるなあ?」
「敵を潰すなら、相手が誰であろうと狡猾に、騙しに騙しを重ねなければな。そうでなければ私どもら今頃王城の牢獄で虫の息だろうよ」
アイネックは誇り高々に語り始める。
「私は人間に扮して王に謁見した。長年の末に実力を示してこの地位に就いた。そして、兇廻獣の為の哨戒班設立と民草の住居設立を進言し、私はミンスタージュを合法の隠れ家とするに至ったのだ」
「でも、あなたは聖騎士として亜人獣魔を追跡する役目も負っていたはず。そうよね?」
「勿論だとも。私は一応、相対する両組織で最高の権威を誇る存在であるからな。敢えて適当な痕跡を残させ、私が仲間たちとは全く関係のない方向へ騎士たちを扇動してやればもう発見されることはあり得ない。しかも追跡が失敗しても聖騎士が悪いのでなく、『亜人獣魔が一歩上手』だと嘯かせば、度重なる失敗も遂には是認される」
「そう……あなたは随分と信頼されてきたんですね」
「そうさ、私は誰もが信じる最高峰の国防組織のトップ。だからこそ、完全に民草が平和の内に溺れた瞬間、私が皆の蔑む蛮族だと知ることで王朝はかつてない揺らぎをみせる!」
「そんなことに、何の意味があると言うの?」
「………………貴殿ら異邦の者の理解までは望まんよ」
語ってやる理由はないと、メイアの問いを払いのける。あくまでもただの暴徒として認知されようという気概があった。
「アイネック殿、まさかとは思うが他の聖騎士も亜人獣魔だとでも言うのかい」
「残念だが私にもそこまでの権威はないのでね、私以外は全てここミンスタージュに滞在している。だが、それを聞いて何になると言うのか」
「こちらも、敵となった相手に語ってやる理由はない」
互いに、もう言葉を交わす意思が途絶えたことを確認し合う。静観するフェルナンドはさておきメイアはまだ言い足りなさそうにしているが、アッバースの言葉でそれも封じられた。
「ところでご両人、ありがたく急所は外されているようだけど俺はこれ以上動くと出血が嵩みそうだ。悔しいがアイネック殿とはどのみち争わなくてはいけない。二人に任せていいかな」
「おうよ、完膚なきにまでぶっ潰すぜ」
「それしか、ないんですもんね」
「オーロイド朝は『銀字軍』ほどの並外れた戦力を持たないが、彼だけはその『銀字軍』にも劣らぬとも噂される強者。ここで勝てねば、先に控える大イベントも乗り越えれぬと思えよ」
「ふん、荒波に揉まれて辿り着いたこの境地。童二人に至れるほど容易いものでは決してないわ」
互いに睥睨の時間が流れ、飛び出るタイミングを測る。距離にして十メートル弱。戦いが始まれば間はすぐに詰まるだろう。
メイアやフェルナンドを下に見るのも納得の隙のなさに、つい脚も動くのを躊躇いそうになっていた。二人なら乗り越えられると信じるしかないだろう。
( これが『銀字軍』級……これから私達はこんな敵を次々と相手取らないと駄目なんだな )
目標を見据え気を入れ直したところで、強い夜風が相対する者らの合間を通り抜け、木板が音を立てて倒れた。
その音が戦闘開始の合図となる!
「だあああああああああああッ」
「やあああああああああああ!」
フェルナンド、メイアが勢いよく飛び出す。アイネックは半歩だけ開いてじっと両者を観察する。
速く、速く、かつ緩くカーブを付けた軌道で遠心力を味方にしてあっという間に距離は一歩分。フェルナンドはすかさず飛び蹴りを、メイアは氷河を穿つ薙刀を手中に生み出し斬撃を繰り出さんと______
「まるで稚拙だ」
とん、という風に軽くワンステップ後方へ下がる。反撃する様子も一切みせず、ただ躱すだけで良いと言わんばかりに。否、実際に躱すだけで万事好調だった。
「あ」
アイネックが攻撃の射程から逃れたことで、眼前はただの空間ということになる。それが意味することは…………薙刀がフェルナンドの肌を掠め、蹴りがメイアの顎を掠めた。
「二対一だからこその、同士討ちか…………」
汗を浮かべ強張った顔でアッバースは言う。
「この戦い……まだ顔を合わせたばかりの二人だからこそ厳しくなる。このままテンポ乱れたままが続けば苦しいぞ……」
必死に不安の念を押し殺して見守る。
それぞれ単独で強くとも、タッグを組んでの戦闘はまた一風変化する。付け焼き刃な戦闘力としか言えない彼らが勝利を掴み取る方法は一つしかない。
「「くそぅ! 息合わせないとダメなのに!」」
それは二人も承知の上だった。なのに攻撃のタイミングはてんで噛み合わず、何度も何度も回避されては仲間内で衝突を繰り返してしまう。
「フェルナンドどいて!」
「いいやここは俺がやる! なぁに、当てればいいんだろ。ならば『浄波』!」
「愚かな。避けずとも防ぐことはできるぞ」
「ったぁクソ!」
噛み合わない理由は出会ったばかりだからというのも一つだ。それよりも、彼らを苦しめていたのは両者共にアタッカーである点だろう。
「メイア、ガードしろ!」
フェルナンドの呼びかけに応じてアイネックの発勁を受け止める。隙ありと反撃に転じようとするも避けられ、これにより死角からの『浄波』も空振る。
( くっそ、ガードだけしててくれりゃ今度こそ一撃喰らわせてやれたんだが……!)
( 危ない……まさか私ごと巻き込もうとしたんじゃ )
どっちも攻めようとする気概が強すぎるあまり、互いに何をしようとしているかまで確認せず動いてしまっているのだ。
ふたりの脳内にあるのは、攻め続ければ必ず当たる、だ。
( ミスが重なれば重なるほど、人は成功を諦めようとするきらいがある。ふたりも声には出さないがきっと……)
「ご両人、早まるな! ゆっくりだ、呼吸を感じとるんだ」
傷の痛みを堪えながら、アッバースの声がふたりを諭す。負のスパイラルに陥らないようにと必死に。
でも、
「俺はわかってるさ」
「ええ、何をわかってるって?」
反発したようにフェルナンドに文句を垂れると、メイアが我先にと強く地を踏み出す。
「おっと、アッバース殿の助言も虚しく、余計に勢いを増したようだな。バックファイア効果とか言ったか……指摘されると余計に猛進したくなるものよ、嬰児の癇癪がごとく」
不敵な笑みを浮かべ、アイネックはようやく鞘から剣を引き抜いた。夜の暗がりにありながらも光沢を忘れない、見るからに業物の真剣だ。
そしてこれは、今から反撃を始めるぞと言う無言の合図である。
「はッ!」
真剣にも恐れを知らない、精巧な薙刀が首元を狙う。華麗な剣戟が舞台を苛烈に盛り上げるのだろうと予測された、次の瞬間。
サクッと____否、音も奏でる暇も与えられず、氷の薙刀は振り下げられた剣身に裂かれていた。そのまま鋭刃は少女の身体さえも、振り上げるついでで餌食にされる。
「ふん、妙に防御力が高いと思ったら、青魔法具を付けていたか。だが善い。聖属性を纏うこの刃の一撃で死を迎えられなかったこと、喜びに喚くといい」
アイネックは青く微光を発する腕輪を一瞥して鼻を鳴らす。
そして、間一髪浅い傷で助かったメイアが次の行動に出ようとするより前に、再び剣が進むべき軌道を確定させた。
______まずい、避けられない。
そんな心の叫びが聞こえてか、剣と少女の間に青年が割り込んだ。紅く、髪を伸ばした青年が。
「危ねぇぞメイア!」
「これは驚いた、利己的な子供の集まりと思っていたが、庇うだけの知能はあったらしい。が、それも死ぬ順番が変わるだけ」
「へっ! その刃が聖属性だってなら、対抗すべきは同じ聖属性が一番! 『浄波』『浄波』『浄波』『浄波』!」
一太刀では終わらず、剣身は何度も空間を蛇行する。それに喰らいついて一帯を光に包ませるフェルナンドとの攻防を見て、メイアは動けなかった。
それは別に傷の痛みが激しいからではない。どこか別の理由で雁字搦めにされた気分だった。
( 悔しいな、ここで守られるなんて )
互いに勝手に暴れて善がっていた為に、ここでチーム感を出されてしまったことがメイアの闘士を燻らす。継ぎ接ぎの連携プレイが心を揺らす。
アイネックの抜いた剣は異常と表現しても足りないくらいの脅威だ。腕につけた青魔法具で防御力が上がっていなければ、もう少し斬られどころが悪ければ即死もいいところだった。
「ナハトさんとの買い物が功を奏してる。だから、動け」
休憩の時間は後に回せと心に呼びかけ、燻った炎を再び苛烈させる。フェルナンドに負けてたまるかと、強く念じて。
負傷部に氷魔法を唱えて簡易的な止血を施す。冷気で感覚が鈍化されて痛みも和らいだと錯覚させられる。
そうしたらまた立ち上がり、武器を手に握りしめて、いざ駆ける!
「てやああああああ!」
「その怒涛を人は無謀と呼ぶのだが、嬰児には理解できない言葉だったか?」
フェルナンドとの聖属性攻撃の撃ち合いを切り上げ素早く『浄波』の範囲から抜け出すと、流れるように剣を振り上げる。
「せいやぁ!」
速撃を可愛い掛け声で避けてみせると、右手に握った薙刀______ではなく、薄い氷塊を顔面目掛けて投げつける。
「おっと、大振りの攻撃より命中しやすいと踏んでの近距離投擲攻撃か。だが、案外投げる動作も大振りなもの。首を傾げてやれば避けるに易い」
「ちィッ」
「そしてこの近距離なら、私の剣撃の方が有利ということを忘れては居ないだろうな?」
「逆に俺のことは忘れちまったかアイネックさんよお!」
「この娘を助けに入るにしては遅すぎるのでね。てっきり来ないものかと無視していたよ」
高く跳躍して、頭上から光が射出される。狙いはアイネックではなく、直進先は目下脅威の剣。見事に命中させ、軌道を大きく逸らした。
「猪口才な男だ……稀有な聖属性を持っているとは。それにしても、聖の言葉のイメージと貴様では対極で」
「ぺちゃくちゃ煩わしい男だなお前」
「ふん、やはり対極だ」
言いながら、着地寸前の隙を突いて左手から魔力衝撃を放ち、フェルナンドを大きく後方へ引き剥がす。
「そしてメイア氏よ、何故攻撃せずに距離を取った? 私に命中させる機会が大いにあったと言うに」
「知りたい? 攻撃は既に終わっているからだよ」
「ああ、さっきの投擲で満足してしまっ______いや待て。攻撃はあれで終わり、とはまさか」
ビシッとアイネックに指を差し、吠える。
「これを使うのは久しぶりね。喰らえよ『コルティツァ』応用版、ブーメランを!」
「ブーメラン…………背後か!」
時は既に遅かった。
振り向いた瞬間のなす術もないアイネックの胸部を、宙を踊り戻ってきたブーメランが打つ。氷塊は割れ、鎧は鳴り響く。その衝撃からアイネックもよろめき、これこそが絶好の機会!
すかさず、メイアが間合いに滑り込む。
「せいやぁ!」
気合いのこもった掛け声の次の瞬きの後には、地面に顔面がめり込んでいた。ただし、その頭とはメイアのものであったが。
「ごふ」
「私がこの程度の衝撃で隙を晒すと思うのは早計だ。聖騎士ともあろう者の装備が軽い投擲武器なんぞに劣るはずもない」
「ぐうぁ、がぁ_____ 」
後ろ髪を引っ張り上げられ、硬い地面に鼻から打ち付けられる。また引っ張られたかと思えば左右に揺さぶられ、抵抗しようと掴んだ手を剣が貫いた。手だけで済んだのは一縷の慈悲によるものだろうか。
すると不意にアイネックは嘆息して、
「性懲りもなく背後から跳んで頭上を攻めようとしてるようだが、獣人は一般に聴覚が良いんだ。貴様が地を蹴った音までは隠しきれない」
虎の剛腕でメイアを頭を嬲りつつ、ノールックでもう片方の腕を伸ばして魔法衝撃で相殺した。獣という特徴を持っていることがあまりにもアドバンテージすぎる。
「どうせまだ、先の亜人獣魔みてぇに魔法だって隠してやがるんだろ?」
「隠しているつもりは無いんだがね、こんな風に」
小さく四股を踏むような感じで地を足で打つ。
「ぐあぁ______ッ!」
「な、メイアッ!」
大地が爆ぜ、メイアごと土煙を巻き上げるまで一拍と間はなかった。衝撃が胴を穿ったことで、メイアの体内器官はひしゃげるまで行かずとも、甚大な破損は伴っただろう。
「クッソがぁ、土属性魔法か!」
全身に力がこもり、溜まった苛立ちの視線は真っ先にアイネックへと向く。
「残念だが違うなぁ。先程も述べたが私は聴覚が優れている。ならば必然的に土の中や水の中の音にも干渉は及ぶ」
フェルナンドは強く拳を握り、アイネックとの間を詰める。ひたすらに、真っ直ぐ。
「私はその、媒質への干渉という部分に着目した。任意の媒質に魔素を送り操作してやれば、凝縮したり爆発させたり自由自在」
「説明なんざ聞いてねえよ」
もうアイネックは目の鼻の先まで近づいた。あとは拳を前に、前に突き出すだけ。
「そして干渉は、当然空気でも可能だ。それが二度貴様に向けた魔法衝撃の正体でね。このように」
アイネックの左腕も伸びる。一度はフェルナンドを吹き飛ばし、二度目は攻撃を相殺した魔法衝撃が、フェルナンドの拳と相対す。
その寸前で、その拳が紅く発光した。
爆ぜた空気が衝撃となって襲いかかる。
「んなもん、関係ねぇっての!」
「なん______ッ」
しかし、紅い力はそんな障壁を突き破り、アイネックの胴体にまで迫った。
「くああああああああああああああ!」
これが獣の反応というものか、惜しくも腕で防御されてしまったが、明らかに強化された一撃が、アイネックを大きく後方へと滑らせた。
ここに来て初めて、大きくアイネックが息を乱していた。
「お前が『銀字軍』レベルの評価される所以はお前が獣、それも狩人たる虎を引き継いでるって点が主だろ。他にも理由はあるが、そこさえ押さえれば怖くない。このように」
パラパラと音を立てて、罅の入ったガントレットが崩れ落ちた。聖騎士の堅固な防御手段をひとつ、フェルナンドは拳一つで潰してみせたのだ。
「す、すごい……」
うつ伏せになるメイアも、血を拭いながら感動の声を溢す。
「確かにすごいな、今の力。でも、魔法とは違うようだが、貴様独自の力か? この逆境でふと身につけた術なのか?」
「これは、俺の母さんから受け継いだ力だ」
「遺伝か、なるほど面白い。だがその腕、煙のような水蒸気のような……消耗が激しいらしいな。力が昇華されている」
「へ、だからなんだ? 俺はこれくらいで野垂れ死んだりぁせんよ」
「貴様はそうかも知らんがな」
微笑しつつアイネックはその場で小さく二度跳ねた。この動作自体は、体をほぐしたり気合を入れ直したりする際によく行うことであろう。
でも、違和感がフェルナンドを通り抜けた、気がして。
( 足元を伝わって過ぎていったこの、妙なものは…… )
振り返る。
視界に映ったのは、戦線から離脱して瓦礫の陰まで移動していた、アッバースだった。
「そう来たかッ…………アッバース様ァ! 避けろ!」
「おっとまさか勘付かれるとは。だが、もう遅い!」
違和感の正体は、さっき見たばかりの技だった。アイネックは大地に干渉して、衝撃を生む技法を獲得していたではないか。距離がある分攻撃までに時間差はあっても、対応が遅れてしまえばもう間に合わない。
「念には念をと言うしな、貴様を助けに向かわせもしないぞ。空気を伝って、足止めさせてもらう」
「ぐあああああああ_______!」
フェルナンドも弾き転がされ、もう今からじゃ誰もアッバースを守りに駆けつけることは不可能。
アッバース自身も、自身の不甲斐なさを恥じて諦観していた。
「ご両人、足手まといで済まないね。俺の『収納』も姿の見えるものでなければ回収できないし、『放出』で打ち消せるようなものもないんだ」
その様子を見てアイネックが嘲笑う。
「ふふは! 体たらくな貴様らの首長を亡くせば、士気もドッと低下する。さあ、破裂の刻だ、アッバース殿よ!」
そして、アッバースの足元から衝撃が突出した。冷たく、巨大な山が______氷山が隆起して、アッバースを軽々と持ち上げたのだ。
「何だとッ!?」
そのゼロコンマ数秒後、氷山を揺さぶるように爆破が起きたが、堅牢な氷の前に当然無意味に終わる。
「『アイスガトン』…………アッバースさん、それを収納することは、出来ますか。ごほっごほん……次にまた同じことをされたら、それを出せば護れるはず、です……ごふ」
痛々しくも血を吐きながら、メイアは腕を伸ばし、そこから一足はやく魔法を詠唱させていた。
「ありがとう、メイア氏。命懸けのその行動を、私は忘れない。この命、必ずこの先も、皆と共に繋げよう。『収納』」
竜巻が消えたあの瞬間と同様、瞬時に氷山がどこかに消失、もとい収納される。
「収納だとか聖属性だとか『銀字軍』だとか、貴様らの住まうレーベン王国ってのは化け物の巣窟なのか? ああまで矮躯を嬲ってやったのに戦意を曲げないそこな少女も理解能わない」
「そりゃあ、一応は俺らの英雄だからな」
言うとじっとメイアの目を見つめだす。
「何よ、這いつくばってる姿に英雄の面影はないかしら」
「いーや。やるじゃないか、この俺が褒めて遣わすぜ。これで風穴は開けられそうか?」
「え__________ 」
その一言に、ハッとした。上から目線で称賛の言葉を浴びせられたことよりも重要なことを言われたから。
風穴という言葉は何も、実際に風がある必要はなかったのではないかと。風がなくても、風穴は開けられるとしたなら。穴というのが苦境の中にこそあるのだとしたなら。
「竜巻に穴は開けられない…………けど」
大魔法『嵐よ舞え』に囲まれた時、フェルナンドが言ったこと。その言葉が今も適用されているのなら。
「あなたはずっと、そのつもりで」
ずっと、呼吸を合わせていたのだ。
それでもズレが生じていたことでさえ、狙いの内。まるで亜人獣魔たちがしてみせたように、わざと幼稚に見せて隙を窺っていた。
( 息を合わせないという呼吸の合わせ方……畜生畜生! アイネックさんの言ってた「子供の癇癪」が当てはまるのは、私だけだった。くっそぅ、悔しいな )
アイネックの刃を食い止めている際中で声が聞こえるかどうかはさて置いて、とにかくメイアは清々しそうに頷き、フェルナンドの質問に回答を投じた。
「ふ、大人は子供を諭すのがお上手ですこと。べーッ」
それは、ある視点から見れば光明差す一手だろう。
それは、ある視点から見れば仲違いの一手だろう。
「笑止と言ったところか。いくら他より強いからと言え、アッバース殿は連れの選択を誤ったな」
聖騎士統領の受け取った視点は、後者だった。それにはおそらく、今までのメイアが、心から連携の破綻を是認しようとしていたことが起因していて。
( 私がたった今、心を入れ替えたなんてことは絶対にわかりっこないんだ )
だから、この変化は絶対に露呈してはいけなくて。
( 徹底的に、大袈裟にでも不協和音を演じきれ。そしたら必ず、狙いどころはやってくる )
散々アイネックに虐げられ身体はボロボロだが、無理やりに起きる。特に体内からの悲鳴が酷い。痛みと、それに伴う熱さが徐々に精神を蝕むようだ。
( 出血は氷で塞げるけど体内の傷は……そうだ )
熱いなら冷やせばいい。
痛いなら神経を鈍らせればいい。
「うん。傷を塞ぐ以外にも、氷って沢山使い道あるんだ」
痛くないと思い込むことで戦線に復帰するとは、どこか狂ったようにしか思えないが、実際動けてしまうのだから、メイアは戦いから退く理由を持たない。
「感覚の鈍化は確かに合理的な処置だが、恐怖だな」
「ところでフェルナンド、策はあるの?」
メイアとフェルナンドはアイネックの言葉を無視して喋り出す。
「あるにはあるぜ。兎に角暴れ回ってワンチャンを狙うっつう策がな。そっちこそ、あるのか?」
「暴れ回るですって? 私のは一点突破策です。そっちのよりは確実性があるかと」
「俺のが信じられないってか!?」
「はいッ!」
「ぬぬぬ……メイアのは自信があるんだろうな!?」
「いえ、まだ試したことはないですが!」
「おいおい何だってええええ!?」
少し演技感があることは否めない。
が、一度は一連のこの会話で歩調が合わなくなっているのも事実。その再現ともなればアイネックを騙すのには十分だった。
「ええい、まずは視界を塞ぎます! 『リュミエール』!」
ある程度の距離を保ちつつ閃光の波動を放射し、言った通りアイネックの視界を白一色に染めたあげる。こうして戦闘は激化再開の鐘を鳴らした。
「チッ、氷の次は光か」
「こっちを向けよ、タコがぁ!」
聖属性魔法を多重展開し、フェルナンドに後光が差す。放つ攻撃は依然アイネックの剣と相打ちとなるが、紅く発光した腕が刃を大きく弾き、胴から顎にかけてガラ空きになる。
「くッ、剣身を伝う振動で腕が痺れ______でも!」
仰け反って浮いた片脚を気合いで踏ん張って、地に強く打ち付ける。足元が爆ぜる、そう認識したところでこの距離では対処しようがない。
「任せてくれフェルナンド!」
アッバースが離れたところから懸命に叫ぶ。
直後、フェルナンドを小さな氷塊が宙へと押し出し、不可視の爆撃を免れることに成功した。
「メイア氏から貰った『アイスガトン』を攪拌し、氷山の一部だけを放出させた!」
「キョウエツシゴクに存じますって奴だ、アッバース様!」
「ふん、主従関係での連携はピカイチというわけか」
「悔しくて仕方ないのに強がるなって!」
「誰が強がってるだと!?」
「やっぱ二つの団をまとめ上げるお方となるとおっかない!」
適度に煽りを入れていく。
ただ逆撫でしているようだが、相手の視界を狭めるという点ではかなり有効なのだ。だから自然とアイネックの標的も目と鼻の先のフェルナンドに集中する。
「おおりゃああああああああああああああああああッ!」
天に向かって大咆哮を轟かし、魔法の多重展開で再度後光を生み出す。喉が枯れるかも分からない叫びは続く。
「くっ、そう叫ばれると獣人としては苦しいものがある…………けれど、捉えたぞ、隙だらけだ!」
「そう、お前が獣人は耳がいいと教えてくれたよなぁ!」
「なに?」
フェルナンドの言葉で、アイネックは先程自分が放った言葉を脳内で想起する。
確かに『性懲りもなく背後から跳んで頭上を攻めようとしてるようだが、獣人は一般に聴覚が良いんだ。貴様が地を蹴った音までは隠しきれない』と、そう言った。
「地を蹴る音……さては!」
フェルナンド目掛けて突っ込む勢いはそのままに、首だけ後方頭上に回し、危険を確認する。
しかし、そこにはメイアの姿も魔法の脅威も存在しなかった。
「小癪な罠を!」
「いいや違う、跳ぶのは今からだ。そう、俺が今から跳ぶんだぜ!」
宣言して、後光を広げたまま頭上まで飛び跳ねた。目線はフェルナンドを追ったが、その端っこに、後光に隠れて見えていなかった少女の姿がチラついた。
メイア・スマクラフティー、その少女は全身に氷の鎧を身につけて、大地をスケートするみたいに滑って向かって来ていた!
「これが、ナハトさん達との特訓の成果だ。ふたつある秘策の片方、『コルティツァ・装』! そして、滑るように移動できるから、重〜い武器だって今なら持てる!」
「待て。貴様ら烏合の衆ではなかったのか、独りよがりな子供なのではなかったのか。いつから!」
高速で滑るメイアと、フェルナンド目掛けて駆けていた勢いそのままのアイネック。互いに向かい合って間を詰める分、余計に両者の間は秒すら数える暇もなく無くなって、そして。
「『コルティツァ』第二形態、凍てつく鎚・特別版! でっかいハンマー、全身に浴びろおおおおおおおおおおおッ!!」
「はぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
メイアの重い重い一撃が、アイネックの硬い硬い鎧を粉々に叩いて砕いた!
お疲れ様です!
文字数が一万を超えたことは申し訳なく思っておりますが、キリのいいシーンがここしかなかったのであります。と、言い訳したところで、次回も宜しくお願いします!




