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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
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第二章14 亜人獣魔、闇夜にて


 つい昼間までは人間の姿として、なんら違和感のない暮らし振りを見せていた住民たち。

 それが今見てみれば、彼ら全員の容姿は獣人族の特徴を持っており、集落ミンスタージュ自体が変貌したかのような錯覚までも覚える。


「でらああああああああああああああッ!!」


 驚きも束の間、戦いの始まりを告げたのは、一回り大きな獣人がアイネック目掛けて突進する咆哮だった。


「くうぅぅぅぅぅぅ______ッ!!」


「アイネック殿!」


 予想外の方向からの猛進に間一髪、盾で衝撃を緩める。しかし敵の勢い止まらずアイネックとメイア達は分断されてしまった。


「私の方は、大丈夫だ! 亜人獣魔の中にはとりわけ強い者がいると聞く。不意の一撃に気をつけろ……!」


「承知! メイア氏、フェルナンド。ここは各々でまず数を削った方が良さそうだ」


「了解!」「わかりました!」


 百近くの敵陣に対し、囲まれた四人の戦士。どうも分が悪いが、切り抜けるしかないと言い聞かせる。

 夜の空に雄叫びを轟かせて、亜人獣魔は一斉に動き出す!


「ええい! 久しぶりの『コルティツァ』第三形態、氷河を穿つ薙刀! これでも喰らえぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 反撃を喰らう前にと、すかさず身を回転させ斬り込む。突如として手の内に武器が生まれたことで意表を突けた。それでもせいぜい数人。

 メイアも亜人獣魔も、どちらも戦闘経験はある。なら、意表を突き終えた後で差をつけるのは純粋な力のみ。


「身を屈め、隙間を縫うように…………せいやッ!」


 間髪入れず刃を振るう敵の間を軽やかに通り抜けては斬る。熟達した薙刀捌きはさしずめ踊り子か。数週の前にナハトと買い物した、装備が功を奏したようだ。


「うっひょ〜! 流石は英雄メイア、やるね〜。俺も負けて、らんねぇなッて!」


 フェルナンドは滾っていた。

 自身を集落一の実力と信じる男が、側で華麗に舞う強き少女の姿を見たのなら、逆に滾らぬ方がおかしいと。


「まずは手始めに…………『浄波』!」


 右手に白い光を帯び、手のひらを突き出す!

 白い波動が前方六、七メートルを飲み込み飛ばす。単純だが高威力。こちらもメイアと同様の意表空間を生む。


「お? 案外これだけでイケちゃう? ならば『浄波』! 次に『浄波』! 違う構えをしてから〜のやっぱり『浄波』! ああ『浄波』『浄波』『浄波』『浄波』ァ________ 」


「な、何だこいつブッ壊れてやがるッ! おい、こうなったらもう一人の男だ! 目標変更!」


「させるかテメェ! の『浄波』ァ!」


「うおおお、クソッタレがあああああああああああッ!」


 アッバースを狙おうとターゲットを切り替えた組を一斉に吹き飛ばす。壮観な大暴れっぷりに悲鳴が響き渡る。


「歓喜、助かったよフェルナンド! と言いたいが言えないよねこの状況は」


 一方でアッバースは絶賛活躍中の二人とは違い突出した戦闘能力を持たない。各自で頭数を減らそうと指示したはいいものの、囲まれれば圧巻の不況である。


「不況。王璽尚書として王族周辺を護身する術はあるが、物理に全振りしてるような輩相手じゃ分が悪すぎる。必須、距離をとって広いところに出なければ」


「おっと、やっぱこいつ弱そうだ! 畳みかけろ!」


「いかんいかん、とりあえず時間稼ぎを……ほい!」


 懐からばら撒いたのは小さな麻袋。漏れた中身に目を向けてみれば、赤黒い火薬があるではありませんか。


「そしてほら!」


 軽くちらっと火属性魔法も撒いてやれば、


「どがああああああ________ッ」


「よぅし上手くいった。今のうちに住宅区の広場まで行くぞッ」


「く、くそ。追え! 奴が弱い事実は変わらねぇ!」


 状況は秒を追うごとに変わっていく。

 それでも変わらないことは、依然としてメイア達の勢いが相手の想像を超えていること。


 メイアとフェルナンドはこのまま亜人獣魔を次々と倒し引きつけていくだろう。アッバースも護身程度なら難なくできる。最初に分断されたアイネックも、王朝の聖騎士団統領と言うから暴徒などに負けることはないはず。


「キリがない、けど! 敵の戦力は上手く分散できてる!」


「オレらのことを嗅ぎ回る輩は、ここで絶対潰す!」


「そういうことは、私の『コルティツァ』を防げてから言ってもらいましょうね!」


 斧を持った小太りの亜人に言い返した瞬間、背後から殺気が迫るのを感知した。ただし真後ろではなく仰角45度の、かなり後方から。


「______弓ッ!?」


 眼前の敵よりも優先して、正確にメイアの脳天目指して飛来する矢を叩き落とす。


( 完全に遠距離攻撃を度外視してた……! 今まで撃って来なかったのは、油断を誘う為!)


 まさかメイアが射撃部隊に気付くとは相手も想像だにしてはなかったろうが、矢は一本どころじゃ止まない。

 そしてターゲットがメイアだけとは限らない。


「のわあああああああああああッ!」


「しまッ_______!! 」


 と、矢の対処に意識を向けている間も周囲の敵は待ってもくれない。

 大きくスイングされた斧を間一髪、大きくのけ反ることで回避したが、避けた先にはまた別の顔が。反った体勢では満足に躱せず、顔面を冷たい手に掴まれてしまう。


「うぎゅ、が」


「あたしらの領域にずかずか入って、余裕ぶっこいてんなよ少女風情が」


 掴まれて気付いたが、やけに冷たい手の正体は鉄だった。鎧を纏い、剣を帯びに持つ女剣士。特に戦闘慣れしている駐屯兵。


『亜人獣魔の中にはとりわけ強い者がいると聞く。不意の一撃に気をつけろ……!』


 最初にアイネックが忠告してくれていたではなかったか。どこかの山賊とは違って、数だけで襲ってきているんじゃない。個では勝てずとも、亜人獣魔には力があるから。


「痛い目見やがれクソガキ」


 メイアを片腕で持ち上げ、思いっきり投擲するこの腕力。受け身をとって起き上がる前に押さえ込ませる仲間との連携。


「亜人、獣魔って、凄いんだね……!」


「おいおい、訳わからねぇ何微笑んでやがる」


 メイアはただ感心しているだけのつもりだったが、兵士の女は気味悪そうに携帯していた剣を突き立てんと跳んだ。四肢をがっちり抑えられたこの状況では易々と動かせてもらえない。


「じゃあ躱さずに受け止めちゃう! 『アイスガトン』!」


 それは、ユニベルグズで鍛えた攻撃魔法。

 氷の結晶は銀嶺の如き煌めきを灯し、メイアを挟むように地より生じた。四肢を捕える敵ごと凍らせ、空中より来る刺突をも跳ね返す。


「ちッ、このクソガキ少女、攻撃魔法まで使えるか……」


「残念だったね。私の師匠は凄いんだ。そんな弟子の私も、凄い。そしてあなた達も凄い。世界は『凄い』で溢れてるんだ!」


「さっきから気色悪ぃぞ。そりゃ今の魔法は強いんだろうが、書類上は哨戒班の一員としてお国に仕える兵隊なもんでね。アタシらもそこらの対策は出来ている」


「へ、そりゃ楽しみだぁ」


 メイアはとことん強気に行くことに決めた。

 更にぞろぞろと強いだろう兵士の格好した人達が揃っていく中で、依然として弓組も建物の屋根から好機を狙い続けている。ここからの戦局は全く予想つかない。


「ふん、そろそろ皆の身体も温まってきて…………そこの氷漬けにされてるのは凍えてるだろうが、ともかくこの暴れん坊のクソガキ少女を嬲り虐げてやろうじゃないか!」


 女兵士の一声に者どもが猛き叫びを鳴らして、動く。


「まずはこの氷塊を解除して視界を晴らして、と」


 メイアは先の防御で築かれた銀嶺を解除し、手始めに氷漬けだった者らを、向かってくる者ら目掛けて蹴り上げる。飛んできた人体を受け止めるのに隙ができたところで、一点突破で突き穿つ。


「『コルティツァ』第一形態、ただの槍ぃ! かっこいい名前募集中です!」


 受け止めた人と蹴り飛ばされた人、その二人が団子みたいに串刺しになった。かくも元気に攻防を繰り広げているが、人の体を貫くのは人生で二度目である。


 人殺し、と言えば憚られる。

 極力は傷付けたくないとの思いもある。


「夜襲しかけてまで殺しにくる人たちですから、すみません。心置きなく暴れさせていただきまっす!」


 戦場に来た以上、やらなければならない。

 一体どこからそんな感情が湧いてきたのかメイアすらも分からない。けど、針の(むしろ)なるこの状況下、ふと頭を過った「因果応報」の一言がメイアをそうさせていた。


「このやろッ…………こいつの方がよっぽど危ねぇ人物じゃないかクソッタレめ!」


「私が危険人物? いやいや、いつも元気で可愛い、メイア・スマクラフティーでっす!」


「ああ、確かに可愛いっぺな?」


「おいテメェ何言ってやがる!」


「はッ、これも貴様の罠か! 騙されねぇっぺ!」


「はい隙あり。 なんか勝手に騙されちゃってんね」


 槍から鎚、鎚から薙刀、という風に『コルティツァ』の三形態を駆使して貫き、砕き、斬り刻む。

 気が緩みそうになる会話にも速攻終止符を打つ。一瞬の笑顔の後に降りかかる、冷徹な斬撃。荒れる呼吸も、深く息をついて強ちに整える。


「囲え! 敵は強いが片手で数えられる程度! 休む暇を一切与えるなぁぁぁあ!?」


 所々で聞こえる声は司令塔によるものだった。その一言で倒れていた仲間達も奮起し、立ち向かってくる。まるでゾンビのように、粘質な攻撃が止まらない。


「ほんと面倒! 『アイスガトン』に『リュミエール』!」


 得意とする氷魔法に加えて閃光の衝撃を撒き散らす。一気に敵が吹き飛ぶ様は見ていて爽快だ。


( 魔法使うと視界が狭まるから極力使いたくなかったけど、ここままでもジリ貧だ……!! )


 そう考えている間にも氷塊の奥からも弓矢がバシバシ飛んでくる。


( もう、亜人獣魔の射撃部隊狙いが正確すぎるんじゃないの? だったら、それを利用してやるまで )


 魔法で生じた氷山を敢えて解かず、自ら敵陣に潜り込む。これでもきっと、矢はメイア目掛けて綺麗に進むのだろう。そこについては敵を信頼できる。

 だからこそ、

 

「いましゃがめば……ほら、仲間を射させることだってできるよね」


 敵と自分の位置を調整して、寸前で躱す。矢の狙う先が分かるなら、そこに相手を配置してやればいいのだ。


「よしこれだ、これならわざわざ射撃部隊に魔法撃つ手間を省ける。弓放つのも躊躇うだろうし、放ってきても同じことをやればいい」


「ぶつくさ喋ってやがあるってか、余裕だな!」


「ええ、流れは掴めましたもの」


 簡潔に返し、薙刀で以って上から叩き斬らんとする。どんなに群れで強くても、一撃を受ける者は一人だから、メイアの速撃はもはや回避不可能。


「そう、思ったよなぁ強き少女さんよ」


「な__________んで 」


 ガキンッ!と金属の高い音を鳴らし、断罪の刃は相手に受け止められ、加えて横で倒れていたはずの二人がメイアを抑えていた。

 すぐに気付く、彼らは地に伏せるふりをしていただけだったと。倒れた感じを装って機を狙っていただけと。

 しかもメイアを封じた三人は、


「驚いたかよ。俺らが強い駐屯兵じゃなく、ただの住民のなりをしてるから」


 そう、鎧は着ていない。武装していない。集落ミンスタージュの住民に偽装している人たちだ。


「でも考えてもみろよ。確かに住民に偽装しているが、それは偽装でしかない。それは駐屯兵に偽装してる方にも同じことが言えるな。つまりだ、亜人獣魔とか世間で呼ばれてる俺らに、本当に戦力の差があると思うか?」


「じゃあ戦闘が始まってから今まで、あなた達は演技を続けていた______?」


「答えはいまにわかるさ」


「しかし、その前に貴様は命を落とすことになるだろうが」


 冷静沈着にそう告げられた途端、メイアの危機感知もとい殺意察知が背後から働いた。

 音もなく忍び寄り、物陰から高く飛び出した双剣使い。首だけ回して見てみれば、それはアイネックに出会う前、番兵をしていたあの兵士。


「押さえつけられて、無理やり動いても間に合わない!」


 一秒の後には血潮散る惨状と様変わるかと、そう思われた矢先の刹那であった。


「おんどれくたばれ『浄波』ァァァァァァァァッ!!」


「な__________ 」


 刃先がメイアの首元を掠めんとする寸前で、白い波動が番兵を明後日の方向へと押し飛ばす!

 派手に登場したのは紛うことなく、破天荒に暴れ回っていたご存じフェルナンド。所々に傷をつくりつつ、軽快に馳せ参じた彼は視界にメイアを捉えると、間髪を入れずに叫ぶ。


「よしメイア! 今のうちに拘束を脱せ!」


「そうはさせるかよ、全力で押さえつけてやる!」


「助太刀感謝致します。では……『リュミエール』ッ!」


 それはフェルナンドの『浄波』と似て非なり、されど辺り一帯を呑み込み爆ぜる閃光の衝撃。これには亜人獣魔も演技も許されず、気絶を余儀なくされていた。


「なるほど光属性も使えるのか! 俺のは聖属性だけど、ぱっと見そんな違いはないのな」


「聖属性? 初めて聞いたかも」


「お、メイアの世界には聖属性はないのか? ま、それは追々話してやるとして、さっき俺が吹っ飛ばした双剣男、なかなか手強いな。あの不意打ちにも怯まず咄嗟に双剣で『浄波』を受け止めやがった。ダメージは負ってるだろうが、また機を狙って襲ってくるぞ」


「ここの皆んながこのレベルって、今考えれば納得だよね。これだけ実力と連携を兼ね備えてなければ国の未解決命題って程にまでなってないはずだもの」


「ああ、ホントにな。それに俺の予想では、まだ奴らは本気じゃないね。まーだ、どこかおかしい部分がある」


 前のめりで敵の動きを見計らいながら、フェルナンドは残る不安要素を口にする。


「奴らはとことん戦闘センスに長けている。が、俺たちは散々やっているのに向こうはまだやっていない、身近なものがある」


「それって」


「______噂をすれば、敵さんも全力で潰しに来たらしい」


 言われて視線を横に向ければ、建物の奥、集落の中央あたりから光の柱が立ち顕れた。あれは単純な光でなく、魔素の流れ。


「住民に扮して夜襲を仕掛け、弱く装い、そして最後に魔法と来たか〜。それも至る所で発動準備をしてるし」


「余力を残してることが露見したから、一気にことを片付けるつもりだな。怒涛の攻めはお互い譲れねぇってか」


 中央で立った光の柱を起点に、その魔法の予兆は急速に集落全体へと広がった。これは亜人獣魔の攻撃というより、ミンスタージュ自体がメイア達を駆逐せんと蠢いているようで。


「こりゃ、今から何人か潰したところでヤベェことに変わりなさそうと見たぜ。弱ったな」


「同感です。百の人間が同時に一人を攻撃することはできないけど、魔法なら百を一つにできる。足し算でなく、掛け算、あるいは指数関数のように強く」


「成功を信じた瞬間、どんでん返しはやって来る。そんな格言をどっかで読んだ記憶があるんだが、今になってそれを思い出すたぁな」


 冷や汗浮かぶメイアとフェルナンドを尻目に亜人獣魔の魔法詠唱は着実に進行して、止める術はもうなくて、自衛の術を探すしかなくて。

 まだら模様に拡散する光線が泉の水面に反射する様は、こんな戦況になければ高台にでも上って眺めていたいとさえ思える。


「来たぞ構えろメイア!!」


 全が一に収束した、その巨大規模魔法の名は、


「「「「「「『嵐よ踊れ(テンペスト)』」」」」」」


 詠唱の咆哮は轟いた。

 哨戒設備や住居の破損を厭わない大破壊の竜巻が、メイアとフェルナンドを包み隠す!

 徐々に徐々に、木片や土塊を巻き込んでは範囲を狭めては勢いを増していく。


「おめでたいことに、嵐壁の外ではまだ亜人獣魔が俺たちを殺す為に魔力を送り続けてるってこったな」


「殺意をマシマシに感じます……とても痛い」


「殺意が痛い、か。なんとなく分かる気がするぜ」


 ここにいたのがグランなら、液体系の魔力オーラを纏わせるとかなんとかで攻撃を防げるのだろう、なんて考えが脳裏をよぎる。でも、そんな芸当は二人ともできない。


( ナハトさんから教わった二つの秘策…………あっちならなんとか凌げるか?)


 下唇を噛み、脳内をなんども周回しまくる。

 いまできる魔法の数々を鑑みても、メイアにできそうなことは一通りに縛られていた。


「フェルナンドさん、ここは私が!__________え?」

「メイアよ! ここは俺がやるぜ!___________え?」


 セリフがかぶった。


「ちょっと待ってください、フェルナンドさんにも策があるってことですか?」


「あるにはあるぜ。風穴開けるっつう策がね。そっちこそ何を」


「風穴ですって? 私の方は防御策です! こんな分厚い嵐壁に穴を開けるなんて荒技よりは確実性があるかと!」


「なぬ、俺を信じられんと言うか!」


「はいッ!」


「ぬぬぬ……メイアのそれは効果に自信があるんだろうな!?」


「いえ、まだ試したことはないです!」


「何だってえええ!?」


 ここで途端に歩調が崩れ始める。

 そうこう言っている間にも、終わりの刻は近づいている。二人の息と意見が噛み合わないとこうも停滞するのかと、気持ちが逸りだす。


「ええい、なら各自で動くしかあるまいな!」


「どうやらそのようですね!」


 もはや息を合わせるの止め、それぞれの方法で対処することに合意する……ところだったが、メイアの動きが止まった。


( 風穴を開けるって、竜巻の性質上すぐに回転する気流で閉ざされるんじゃ……なのに風穴?)


 よくよく考えれば不可能とさえ思える作戦。

 これはフェルナンドも気づいていようものだが、その上で言っているとしたら何処に自信を持って言ったのか。今更問い詰める時間も惜しいと、メイアはただ彼の背を眺めることしかできなかった。


 ところで。

 この嵐壁の外にも対抗する術を探す者がいるということ、お忘れではなかろうか。


「ええいええい、どいつもこいつも無視してくれおって。弱者だからと何もできぬと申すか?」


 アッバース・カンペリアは凝縮する竜巻の間際に立ち、堂々と見栄を切った。周囲の皆々が竜巻に手を向けて魔力を送っている中で、何を隠そう、アッバースも同様手を伸ばした。

 何の真似だと亜人獣魔の間で微かな動揺が生まれる。


「王朝を困らす亜人獣魔ともあろう輩が魔法も使わないのかと焦りはしたが、僥倖! やはり隠しておった!」


 笑顔のまま更に続ける。


「レーベン王国が御璽は国王も同様! すなわち王璽尚書は代々、王を護る術を持つ! さあ往くぞ………『収納(リュッカ)』!」


 その詠唱が、まさしく世界を変えた。

 なんの予兆も見せず、次の瞬間には目下の嵐風が虚空へと消失していたのである。何が起きたのか、どこへ霧散したのか、誰もが目を剥いてアッバースを凝視した。


「爽快。大丈夫だったかな、メイア氏、フェルナンド」


 他方から向けられる視線を気に留める様子もなく二人の元へ駆けつける。二人も何かをしようとしていたらしいが、それをするまでもない消滅を目の当たりにして硬直。


「驚かせてすまない。だが、これで終わりじゃない」


「え」


 言って、アッバースは唖然から抜け出した亜人獣魔達の方を向く。弱者と侮ったが故にじりじりと緊張が膨らみ始めていた。


「そこな亜人獣魔の者どもよ。かなり肝を冷やされたが、その集団としての強さ、実に惜しいものよ」


「な、何を言ってやがる! ちと予想外の事象だったとは言えアタシ達がもう負けたみたいに言ってくれるな!」


「正解。もう負けなのだよ。全ての力を集約したが為に、それが仇となって負ける…………『攪拌(カースティ)』」


 聞き覚えのない詠唱が始まった。


「お前ら! 奴に不可思議な術を使わせるな! 総員出し惜しみは無し、全力で叩き潰せーッ!」


「「「「「「おぉーーーーーーッ!」」」」」」


「ちッ、メイア、アッバース様の邪魔立てを阻止するぞ!」


「言われなくとも!」


 アッバースが腕を伸ばしてフェルナンドとメイアを制する。動く必要はないと目で訴える。


「ここから一歩でも動けば、すべてが崩れる。この位置が丁度いいのだよ、ご両人。俺はあの竜巻を『収納』し『攪拌』した。なら、あとすべきは…………嵐よ踊れ、『放出(エルヴィプ)』だ」


 攻め入る軍勢をもろともせぬ気丈なふるまい。余裕を持ってアッバースは紡ぎ、綴る。

 ビュウッ! と、瞬間の後、大嵐は復活した。再臨する嵐壁に阻まれることにより、亜人獣魔の猛威から世界を隔絶したのだ。


( でも、これじゃ結局私たちの身が____ )


「待てよ、この渦の向き……逆になって今度は拡大していっていやがるぜ!」


「然様。我が『攪拌』の作業を施すことで回転を逆転させた! 然れば、必滅はこちらでなく、壁の外にいる彼らということになる!」


「凄い……王璽尚書って、こんな業を持っていたの!?」


「代々継がれる、最終奥義のようなものさ」


 ぐんぐん、ぐんぐんと嵐の奔流が集落を呑み込んで、視界の限りが野ざらしに帰していく。総員の魔力を賭して生み出した魔法攻撃がそっくりそのまま返されるとは、どれほどの絶望感なのだろう。


「立場が逆だったら、正気じゃいられなかったよね」


「まったく同感だ。こりゃ、帰ったらすぐ特訓だな」


「賞賛。その意気だフェルナンド。竜神解放の阻止というカンペリアの祈願を現のものとする為にも、今ここオーロイド朝なんぞで身を滅ぼしている暇なんかないのだからな」


 間もなく哨戒集落ミンスタージュは巨大渦に全てを薙がれ、魔法が消えた時、辺りは頽廃していた。

 住居は木片になり、兵士達の装備なども散乱している。敵の陰は見えない。嵐風に仰がれて自然の森の中に飛んでいったとか、その線が高い。

 これらを鑑みて、アッバースは腕を挙げて宣った。


「たったいま亜人獣魔は、掃討された!」


「「おおおおおおおおおおー!!」」


 勝鬨(かちどき)があがる。歓喜の声が漏れる。興奮に身体が躍る。

 見事、夜襲を乗り越えたのだ。

 そして、これを幸福なことだと捉えるのならば、


「そうだフェルナンド、メイア氏。早々に分断されたアイネック殿を探さねば。ミンスタージュ全体を壊滅させてしまったから巻き込まれておるかも知________ 」


「______? アッバース様どうしましって、アッバース様! 背中に剣が!」


「嘘、でしょ」


「いやはや、危うく私も巻き込まれるところだったな。亜人獣魔の殲滅を餌に謀反を企むだけのことはある」


「アイネックさん…………あなたがいま、背中に剣を投げ刺した。それを否定はしませんね?」


「当然、否定しない」


 幸運を中和するように、戦いは終わることを知らない。



いやはや、乱戦を書くのが難しすぎて二週間が経ちました。

しかしミンスタージュでの戦いはまだまだ続きます故、次回のメイア達の激戦(?) もよろしくお願いします!



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