第二章13 西のオーロイド朝
レーベン王国の西方に隠れ住むカンペリア集落の民は、毎年空になったムシュフシュの巣から様々な金属資源などを得ている。当然今年もそれは行われ、集落は潤いの喜びに満ちていた。
同時、大闘技大会まであと二週間を切ったこともあり、集落長の代理的立場たるビスクレットが管轄する、複数の戦闘部隊の調整も終わりが見えてきたという頃。
「安堵。カンペリアの強者共の首尾は上々だな。魔法剣を主とした攻撃展開によって武装を最低限にし、城の騎士団の油断を突く作戦。流石はビスクレットと言ったところか」
いま、長アッバース・カンペリアが集落の状況を見渡しながら、メイアと共にある者の家の前までやって来たところである。
なんでも、城下に攻め入る準備としてこれから政治方面での施策を巡らすのだという。
「さて、ビスクレットの方には後で報せを送るとして……今日はメイア氏に、彼らとの訓練とは離れて別の旨を任せようと考えている。その為にまずここに寄らせてもらった」
「ここって確かフェアギッスさんが暮らしてるお家、でしたよね? つまりフェアギッスさんが関係して……??」
「否。用があるのはフェアギッス・オール女史の息子だよ。来たる王城攻略戦の主軸を担う一人と言っても過言でない。だから今回の任を通して友好を深めもらおうと思っている。そろそろ出てくる刻の筈だけれど…………」
「…………………………さっきから音沙汰なし、ですね」
扉の前で待機してまだ間もないが、約束の時と言うに静寂を保ったままともなれば疑念も湧こうというもの。
と、思ったのも束の間。扉の向こうから何やら慌ただしい声が漏れ出た。
「わあってるから! おい押すなって______うわわっ!」
バタンッ! と乱暴に解き放たれた玄関から前のめりで飛び出したのは、紅の伸びた髪の特徴的な青年だった。紅の頭とはつまり彼こそ、以前メイアの顔見知ったフェアギッスの息子なのだろう。
「ほら、さっさと行かないとアッバース様に怒られちゃうよ! ってあら、皆さん既にいらしてたのですね」
遅れて、玄関から女性が歩み出る。
「フェアギッスさんこんにちは!」
「メイアさんこんにちは。先のムシュフシュのうん____排泄資源の回収ではお手柄だったらしいわね。フェルナンドにも見習って頑張って欲しいのだけど」
「だからわあってるって。だから今日はアッバース様の任に着いていくんだろ?」
「期待。これから赴く先での成功の可否は君らご両人にも掛かっている。よろしく頼んだよ」
「おうよ! んで、あんたがメイアか!竜神の選んだ俺らの英雄とやらと一緒できるなんて幸運だ。宜しく頼むぜ」
出だしこそ、母親に追い出されるという驚きの登場だったものの、かなり陽気な青年のよう。
メイアはこの集落に連れられてから後、ほとんどをビスクレットの下に放り込まれて鍛錬をさせられてきた。その中で一度も会わなかったことを考えると、彼が戦闘員でないように見受けられるが、
「おっと、勘違いされる前に言っとくぜ。俺はこのカンペリアじゃ一番強え自信がある。メイアと今まで顔を合わせなかったのは、俺が一人で籠って修行してたからなんだな」
「一番強いんですか、そりゃ凄い。じゃあ、もしかしてアッバースさん、今日私たちを呼んだのって」
「強者。かの異邦の地で必要とされるは戦闘、その為に同行をお願いした次第さ。もう顔合わせは済んだね。早速だが、向かうとしようか______西方のオーロイド朝に」
アッバースの先導により、メイア、フェルナンドら三名は彼の言葉の内にあった王朝オーロイドへと足を運ばせることとなった。移動には飛竜カリギュラとその他二頭の協力で楽々と国境まで辿り着くことができ、至極快適なものであった。
して、レーベン王国のような岸壁や荒野が大半を占める国とは異なり、オーロイド朝は、一度境を越えれば緑豊かな森の国と著されることが多い。
アッバースら一向は国境を超えて徒歩間もなく、森と泉の中に構える集落と駐屯地の併合した場所へ到着。薫風爽やかにして清流麗らか、これがカンペリア集落の近辺にあるとは俄かに信じがたくもある。
「アッバース様、ここは一体どこなんだ?」
「失念、説明がまだだったか。ここは王朝東方のミンスタージュと呼ばれる集落だ。元々は唯の集落だったのだが、例のムシュフシュの移動経路付近でもあるから、奴に対する哨戒場としての側面も設立されているのだよ」
「ああそっか。あの巨獣が通ったなら、この自然も削れ無くなっちゃうんですね。被害は甚大だ」
「そう。だから幸いなのは、奴が気まぐれでなく決まった経路で移動することだろう。けれど、わざわざ国境を超えてミンスタージュまで訪れたのはムシュフシュ関係じゃない。詳しいことは、すぐに分かるさ」
兇廻獣の行動圏内に近くあろうとも、人々の暮らしぶりが落ち着いて見えるのは安全と知ってのことだろう。カンペリアも巣の近辺にありながら「繁栄を齎す」なんて言える程なのだから、驚きは少なかった。
集落すぐ隣の泉から流れる小川の橋を渡ると、住居区を抜けて哨戒班の駐屯する区に様変わりする。
「失礼ですが、あなた方はどちら様かな」
「この先のダリア・アイネック殿に取り次いでいただけるかな。こちらの書状を渡してくれればいい」
駐屯地の奥、邸宅とも見える建物に入ろうとして番人に止められるも、アッバースは彼の質問を無視して話を進める。
不満そうに眉を寄せるも、番人は仕方なさそうに中へ入り、数分してすぐ中に入ることを許された。最後の最後まで番兵はアッバースを睨むように見ていた。
「失礼します」
迎賓室と表に記された部屋に通され、アッバースから順に入室する。そこで出迎えてくれたのは眼帯をした男性。露出した両腕にも多数の傷が浮き彫りで、いかにも歴戦の猛者だ。
「ふむ、貴殿がアッバース・カンペリアだな。そして後ろ二人は従者かな。兎も角、お初にお目に掛かる。オーロイド朝聖騎士団が統領、ダリア・アイネックだ」
「アイネック殿のおっしゃる通り、私が王璽尚書を勤めるアッバース・カンペリアです。こちら二人は後に紹介させていただきたい」
「了解した。さて、互いに多忙な身であろう。私も中央から任務の合間を縫って飛んできたのでね、挨拶はここまでにして要件をお聞かせ願おうかと思うのだが、よいかな」
アッバースが問いに了解すると、二人は椅子に腰掛ける。メイアとフェルナンドは、なんか空気的に部屋手前で立っておくことにした。
「単刀直入に請いましょう。我々の軍に加わって、レーベン王国が誇るフラート七世の、その蛮行を阻止する手助けをしていただきたい」
「…………それはまた。貴方が仰りたいのは、是非ともそちらの王国に攻め入って下さいとの宣言と考えても?」
「否定。こちらが求めるは国の垣根を越えた、単なる戦力の補充としての役割。謀りを計画している者として言えたことでないかも知らないが、僕もレーベン王国を愛する身。オーロイド朝の征圧を受け属州となることまでは望んでいない」
「ふむ、我儘と呼ばれてしかるべき要求だな。御璽を悪用してまで私を呼びつけておいて、要件は謀りの為の手足となれと。貴殿は少々舐めてかかっているのではないかね。やれやれ、時間が惜しいのでね、失礼させてもらう」
メイア達も、眼前で対話が進むのを眺めてアイネックの方が正しいと感じていた。が、アッバースはそれでも諦めない。
「お待ちくださいアイネック殿。何も、無償で働けとはいいません。こうも無茶な申請をするに際して、当然見返りとなるようなものはある。それを聞いてからでも遅くはないでしょう」
「…………よかろう、帰るのは聞いてからでも遅くはない」
「まず、仮に現王の目論見が成就されたのならの話です。いいですか、恐らく混迷を極めるはレーベン王国だけに止まらない。大陸全体、或いは世界そのものが混沌に堕とされるはず」
「なるほど、今度は協力しないことによるデメリットを提示するか。その混沌とやらは詳しく何なのだ?」
「言ってしまえば国家の滅亡。厄災はレーベン王国を滅ぼした後、燃える火の手が広がるように拡大し、果てにはあらゆる生命が朽ちると考えるが自然でしょう」
「自然だと? 然様な荒唐無稽な話、根拠はどこにある」
メイアは息を呑む。
竜神が解放されるだのという伝承関係は集落の秘匿情報である。さては根拠としてそれを公開してしまうのかと、アッバースへの注目が強まる。
「遺憾。これを示せるのは一人の少女の能力によってであるが、現在彼女はここにいなければ、いたところで子供の戯言と一蹴されることだろう」
なんと根拠が事実上ないという事に仕立て上げた。いや、伝承を言い聞かせたところで、それも一蹴されていただろうか。
「なら尚更貴殿の主張は見苦しいものになるぞ。いたところで一蹴されると分かっておきながら、なぜわざわざ言った。本末転倒も甚だしい。これ以上の材料が無いのなら、私を説得することは不可能と知れ」
「ま、待って下さい! 世界が混沌に包まれるのは本当のことで、決して嘘なんかじゃ______ 」
「メイア氏。すまないが今は、口出し不要だよ」
「ぁ______ごめんなさい」
無駄足に終わると焦り、つい口が出てしまった。その必死さに嬉しそうな顔を一瞬見せるも、アッバースは途中で言葉を制し、再び自分のターンに持ち込む。
「予測。アイネック殿は俺が『まず』と口を切って、話題が複数あることを仄めかしたことに気付いていたのだろう。『これ以上の材料がないのなら』との言葉は、それを受けての返しなであるのでしょう?」
「ふ、どうだかな。仕方ない、そこの熱意ある少女に免じてもう少しだけ話を聞こう。今度こそ、意味のある議論であることを期待するのだが」
アイネックはメイアの先走りを上手く利用して話題を持ち直した。免責がメイアに向かぬよう計らったと見るべきだろうか、何にせよ救われたことに変わりない。
「あの、ありがとうございます」
「そこな青年少女も聞いておくとよい。このような場に必要なのは感情や熱意ではないことを、目と耳で学ぶんだ。私も、この者がどのような論で私を説得せんとするか、楽しみだ」
対話を止めてしまったことにちょっとした負い目を感じつつ、しかしメイアの感情とは関係なしに対話は再開される。
「先に僕からも感謝を述べよう。次いで、こちらから出来る最大限のことが何なのか。恐らく一つしかあり得ないと考えていてね。王朝を悩ませる種のひとつ、亜人獣魔の撲滅を提案したい」
「な、何だって!? 亜人獣魔……我々でさえ彼らの真の本拠地も掴めておらずと言うに、隣国の人間がどう対処しようと言うか!」
あまりの驚きように手元に置かれていた筆立てが倒れた。どうやらアイネックにそれを気にする余裕も無さそうだ。
「意外、随分と驚かれるな。アイネック殿と言えど無理もなかったか、けどそう難しい話ではない。奴ら、時たまレーベン王国に侵入していることを知っているか?」
「…………貴殿らの国へ、だと? それが確かなら、どうして今の今までオーロイド朝に特使どころか、一報すら送ってくれなんだ。そちらも亜人獣魔の粛清が我が国家の命題のひとつと承知のことだろう!」
「何故と問われましたら、国家単位では認知していないから。これに尽きますがね」
「は、ぇ_________??」
妙に饒舌なアッバースの言葉の波に魂抜かれたような声を漏らすアイネック。次々と飛び出る言葉の数々は、まるで事前に用意された台詞だった。
「回想。始めに言ったはず、御璽を悪用して城下から離れた隣国までやって来たと。なら、一体どうして王璽尚書としての役目を持ちながら、大胆不敵に遠出なんて出来るのかだろうか?」
「城下から離れた荒野付近で亜人獣魔を確認したとすれば、貴殿らは特異な観測方法と移動手段を隠して……??」
「質問しておいてあれだが、秘された情報はそう簡単に明かせない。近からず遠からず、と言ったところか。とどのつまり、侵入の事実を知るのはごく少数ですよ」
「そう、か。貴殿にも計り知れぬ訳が…………待て。もしかしなくともこの交渉の時の為に、今まで報せの一本もくれて来んかったか!」
「然様。理由がどうあれ、情報を持つこちらに与するが国家の為にもなると考える。どうだろう、いま僕の手を取って契約を結んではくれまいか。取らずして延々とイタチごっこを続けるも貴殿の自由だが」
見事な必殺の一撃が突き刺さる。
最初こそふざけた要請だと思わせつつ最後には相手を屈服させる逆転劇。
「相わかった。貴殿らに協力を要請すると同時、こちらもレーベン王国のフラート七世を止めるための手足となることを了承しよう。そうとなればここミンスタージュの常駐兵に報せ、出兵の準備をさせなくては」
「ああいや、その必要は断じてない」
「何を言って、ここの皆で団結しなくては闘えやしない。彼らは集団で動く武装集団。なればこそ私達は____ 」
「訳は後で話そう。だが、僕とアイネック殿、加えて主力たる背後の二人による計四人で全てをこなす。確定事項であり、これ以上人員は増やさない」
「ええい、全く意味の分からない。当然ながら、失敗したら契約は破棄させてもらうからな」
「全く構わない」
契約成立の握手が交わされる。
心理的に長時間が経過したものと思ったが、思ったよりかは短かったらしい。
「おっと忘れていた。後で紹介すると据え置いたままでしたな。やつ……俺の自慢の戦士達を」
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既に知ってのことだろうが、レーベン王国周辺の国家では亜人が寛容に受け入れられている。その根源を話し出すと長くなるので割愛するけれど、純粋な人間族に比べ数こそ少なくとも、彼らは同胞なのだ。
オーロンド朝を悩ませる亜人獣魔とは、まさに名の通りの亜人______獣人族が山賊稼業かの如く各地の町村を破壊に回っていることから付けられた呼び名である。
獣人と言えばやはりケモ耳が目を引くだろう。
ケモ耳少女とも聞けば、多くの人がこぞって近づきたがり、触りたがる。これは一種の例でしかないが、彼らは、そんな多種族の欲の中に生き、不満を募らせた。
獣人族が欲の為の象徴となりつつあった過去十数年前のオーロンド朝の風潮の中で、過激に不満を爆発させた一団。これが亜人獣魔の始まりである。
それから年月の流れた今では当初の不満も薄れ、ただの暴徒と化している。それがこの国の実情であった。
______歴史の話はここまでにするとして。
夜の帷はすっかり下りた。
アイネックの好意で宿屋の一室を借り、今日のところはゆっくりお休み______したい気持ちを抑えて準備運動を始めていた。遅れて部屋にやってきたアイネックからは案の定冷たい視線が向けられる。
「貴殿ら、まさかとは思うが夜襲をかけるつもりか?」
「夜襲だぁ? 違うな、別に俺らも今日のところはぐっすり眠るつもりでいるさ。俺らは、な」
「それは、どういう」
「警戒。メイア氏、そろそろ明かりを消してくれるかな。アイネック殿もこちらに寄って、身を屈めていただきたい」
アッバースの指示通りにメイアが部屋の明かりを消し、暗闇に包まれた密室の中央で四人が身を寄せる。
そうして身を潜めたことで気付く。自然の中に潜む虫や鳥の声とは別に、次第に足音が、それも忍び寄るような微塵な音が紛れていることに。
「ま、さか______ 」
アイネックが何かの答えに行き着いた瞬間、部屋の窓とドアが同時に砕け散った。
それが意味することとは、
「さあ来たぞ、亜人獣魔の輩が!」
「夜襲を仕掛けるのはこちらでなく、向こうだった!?」
両脇からの敵侵入を許したかと思えば、続いて宿の壁をも容赦なく破壊される。言い換えれば、四方を囲む為に宿屋ひとつが壊滅されたのだ。
狭い室内が一変して、広い集落に視界が切り替わり、敵の総数が大方把握できるようになる。
「な、おい。なんだこいつら…………見覚えのある服装に、鎧。風貌こそ獣人のそれだが、顔には見覚えのある者もいる! これは、亜人獣魔ってのはもしや!」
四十か五十か、或いは百か。
そんな敵数なんてどうでもよくなるくらいの光景が、全面に行き渡っていた。
「お気づきかい、アイネック殿。亜人獣魔の正体は、純粋な人間に扮したミンスタージュの住人と、駐屯兵その全てさ!」
まずはお読みいただき感謝です!
前回「説明パートは終わり」だとかそんな雰囲気の事を言いましたでしょうが、すっかりメイアパートの存在を忘れておりまして、今回こそ、ひとまずの区切りであります…………きっと多分おそらくですが。




