第二章12 兇廻獣討伐作戦
これから決行される作戦は大規模な討伐を旨とする。
大規模と表現されることから、つまり兇廻獣討伐作戦の目標となる兇廻獣とやらは大群であるか、はたまた巨大であるかのどちらかであろうと予想できる。
「卿も粗方は想像してるだろうが、本作戦は我々の戦闘力があったとしてもかなり厳しい戦いになる。これは確定事項と考えてもらっていい」
「確定って、そんな恐ろしいのか兇廻獣とやらは」
ドンケル将軍の発言に不安が隠せない。
「脅すわけではないのだが、我々『銀字軍』の中からも死者が出るほどでね。それに討伐作戦などと銘打っているが、今まで一度も討伐できたことはない」
「なら、今まではどうやって」
「撃退で妥協してるんだぜ。兎に角街に被害を出さねぇことを一番に考えれば、撃退するだけでも何とかなるからな」
ナヴィルが過去の討伐作戦について口を挟む。
何度も決行して、それでも討伐まで持ち込めない事実。グランやイッポスが参加しても微々たるものでしかないかも知らない。でも逆に言えば、猫の手も借りたいほどに逼迫していると。
「そうだ忘れていた。まず件の兇廻獣がどんな存在なのかをハッキリさせておかなくてはならなかったな」
言って、ドンケルは机上のレーベン王国とその周辺国家が描かれた地図に指差す。
「兇廻獣とは巨大な怪物であり、とある神話から取ってムシュフシュと呼称されている。蛇のように大地を這い、一年周期で移動している。経路としてはレーベン王国北西からぐるりと徘徊を始め、西のオーロイド朝、北の神聖アルパニオン帝国、そして再びレーベン王国へ戻り、ここデモクレイ城を直進するルートを辿って元の地に至る」
「デモクレイ城を直進……そうか、バーティが城に結界を張ってるとかって話、あれはムシュフシュからの被害を抑える為ってことだったのか」
「そゆこと。万が一奴に突っ切られても障壁があれば時間を稼げるから、その間に少なくとも撃退させることさえできればいい」
「でも、所構わず移動してるなら、他の国の人達もそいつを仕留めようと戦いを繰り広げてたりするんだろ? なら、蓄積したダメージなんかで倒せそうな気もするんだが」
確かに、とドンケルは頷くが話は上手い具合に進まない。
「そこが奴の恐ろしいところでね。奴は一体どういう訳か、並々ならぬ再生力を保持しているのだよ。これは推測でしかないが、非常に特殊な器官があるとしか考えられない」
「それが、あんたらの火力を持ってしても屠れない理由のひとつになってると」
ドンケルは静かに深く頷き、加えて情報を共有する。
「補足しておくと、そうすぐに全快するという事ではない。幾らかダメージを与えると我々の手に負えない程暴れ出し、ようやく落ち着いたかと思えば傷も塞がれているのだ」
「そうそう。私達がいくら集まったところでムシュフシュに比べりゃ蟻の軍勢みたいなもんでしょ? 破壊力に回復力にそもそもの規模と、嘆息せざるを得ないってね」
「正直、我も幾年と兇廻獣と殺り合っておるが毎年嫌気がさしておる。彼奴の前では蜥蜴の力も皆無。作戦に参加する者の中にどれだけ真に討伐を期待している人間がいることか」
( やっべ〜こいつら超ネガティブじゃん。もっと「成功させようぜー!」くらいのテンションで進めてくれ!)
この場で最も兵士達の士気に繋がるモチベーションとなるのは『銀字軍』だ。それを、グランが盛り上げようと何か言ったところで彼らがこの調子では変えられるはずもない。
グランは静かに、将軍に期待を込めて視線を送り続けるのであった。
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「________という感じですかね」
ある宿屋の一室で、少女は言った。
外は夏の日照りで灼土の地の言っても過言ではなく、窓から吹く荒野の熱風はまさに焚火でもしてるかのよう。
荒野のど真ん中で侘しい場所だが、室内は氷属性の魔石を用いた冷房が効いており、項垂れるほどの暑さから一応逃れることは可能だ。
「ムシュフシュか……この国にそんな危ないのがいるんだ」
少女の話を聞いていたもう一人の少女が、城下町の存亡を案じるように反応を示す。
「私どもからすれば危機はありません。だからと言って他人事でいていい理由にはなりませんが、実はムシュフシュにはもう一つの呼び名があるのです」
「なんて言うの?」
「グェバゲーペセラ…………竜神語で『繁栄齎らすもの』を意味する名です」
「グェ? ゲバ、ゲバベーぺセラ? ごめん覚えられない」
「覚えなくてもいいです」
即答された。
記憶力に期待されてないみたいな雰囲気でちょっと悲しい。というのは完全にメイアの被害妄想で、
「本題はなぜ破壊の限りを尽くすムシュフシュがここカンペリアでは『繁栄齎らすもの』とされているかです。それを紐解く鍵は特性といいますか、体内にある特殊な器官が関係していてですね」
「ほうほう」
「説明したようにムシュフシュは地を這って大陸を徘徊する獣です。その巨大な口は大地を抉り、舞い上がる土塊が総じて体内に入ることも厭わず、そして休みなく周回を終える。そうなると疑問が一つ、自ずと湧いて来るのです」
「そうなの?」
「…………休みなく、碌な食事もせずに大陸を一周する。摂取しているのは土塊が主。でも生物である以上、これだけで生命に必要な要素を全て摂りきれるはずもない」
「あぁ〜」
少々、メイアが話について来れているのか不安に感じる反応をするのが気に障る。そういうキャラなだけで本当は理解できていると信じシーニャは続ける。
「幸運にもカンペリア集落はレーベン王国の西方に位置しますので、あの獣の寝床は目と鼻の先と言えましょう。そこで過去に調査が行われました。調査方法は信じがたいもので、直接胃の中に潜り込むというもの」
「自分の目でムシュフシュの体内を探検しようってこと?」
「まさに。細かいことよりまず結果から言いましょう。胃の中に入った者は、片腕と片足を失い戻って来ました」
悲劇が起きそうなことはメイアも若干予想していたが、言葉にして聞くと改めて緊張が張り詰める。
「しかし重要なのは、私が話をすっ飛ばした細かいことにあります。片腕と片足を失ったならば出血多量で普通は死にますし歩けません。どうやって帰って来たと言うのでしょうね?」
「そ、それは空を飛んできた…………は、違うよね。わざわざ聞いてくるってことは意味の或る答えが必要だもんね」
「安心しました。空を飛ぶなんて答えで終わらせてたら私が話を諦めるところでした。信じててよかったです」
「何の話? 私、もしかしなくても不安がられてた?」
「気になさらないで下さい。不安に思うようなことは何も、ええ何もありませんでしたとも」
「ちょっと! 絶対あった! 本当に何もないなら何もないを強調しないもん、そうでしょ!」
今の発言でシーニャは理解した。
メイアは人の話を聞いていないような素振りを見せることがある。が、決して見たままが全てではないのだと。
「メイアさんの明るい印象が、話を理解できているのか否か判別しにくかっただけです。ささ、脱線させずに話を進めましょう」
「むむぅ不服ぅ〜。でもムシュフシュの件が優先だよぉ〜」
「物分かりのよい子で私は嬉しいです。で、どこまで話しましたっけ……そう、どうやって隻腕隻脚の者が帰って来れたか。ごめんなさい、少し私の表現が悪かったですね。彼が失ったのは腕や脚それ自体ではなく、機能」
「つまり、身体に四肢は付いているけど使い物にならない」
「実際のところ、メイアさんの言った空を飛ぶと同程度に驚くべき事象なのですが……彼の身体は、完全な金属にされていたのです」
金属とは、この世の元素の多くを占める物質だ。
常温で固体であり、硬い。金属光沢を持ち、電熱の伝導率も高い。まさにその特徴を持ったそれに、生命の細胞が変化させられたというのか。
「彼の手脚は鉄。削っても触っても痛覚はなく、金属であることはすぐに証明されました。それでも衝撃は終わらなかった。彼の口から溢れた、胃の中で突然ものが変化したとの言葉が為に」
「もしかして、ムシュフシュの特殊な器官って」
「はい。物質を分解し、再構築する性質です。言わば錬金術のような、電子や陽子を自在に組み替えると説明するのが正しいでしょうか」
なんとも物理学者や科学者達が頭を抱えそうな内容だ。
「そうやってムシュフシュは生きるのに必要な要素を土塊から創り出し、過剰分を金属にして排出。そしてたっぷりと時間を費やしエネルギーが足りなくなったら大陸を走り出す。ちなみに、毎年撃退されて寝床に戻って来るのですが、あれが死なないのも変換能力で自身の肉体を生成し埋めているからなんです」
「ええ、回復までできちゃうの!? でもそうか。毎年走り回っている理由は、敢えて大地を喰らっている理由は、生きるためなんだね」
シーニャが静かに頷くことで、詳らかに語られた獣の生態がおおよそ全てであると示された。
しかし、本題はまだ終わっていない。
「メイアさん、覚えていますね? 私がなぜムシュフシュの詳細を語り始めたか」
「うん! 『繁栄を齎らすもの』って呼び方の理由だね!」
「いかにも。メイアさんが疑問に思ったかどうかは分かりませんが、長のもとへ行く際に機械仕掛けの隠し通路を見たかと思います。あれに限らず、この集落の至る所で使用されている金属、そのほぼ全てがムシュフシュの排泄したそれによる資源でありまして」
「え…………つまりこの集落って獣のうん______ 」
「だまらっしゃい。私も最初はそう思ったけどね?」
思ったままを呟こうとしたら背後から頭を叩かれた。
シーニャは目の前にいるから、叩いたのは彼女じゃない。そして振り返った先には、見知らぬ女性が。
「えっと〜ごめんなさい。誰でしょう?」
「おや、丁度いいタイミングですねフェアギッスさん」
そう呼ばれたのは、陽の光を受け燦々と赤く照る、大人のお姉さん。杖をついて歩いているようで、生命の雄大さの中に弱々しさを垣間見た気分になる。
「私が誰かって聞かれると難しいのだけど、皆からフェアギッスって呼ばれてるわ。よろしくね、可愛いお嬢さん」
「可愛いお嬢さん……! メイア・スマクラフティーです! 是非ともメイアと呼んでください!」
「フェアギッスさん、彼女は褒めるとすぐ調子に乗るんです。あまり頻繁に褒め称えないようにお願いします」
「ちょっとシーニャちゃん余計なことは言わないの!」
「はいはい二人とも、仲がよろしそうで私も嬉しいわ。でも今はお遊びの時間ではなくて、ね?」
朗らかな会話を諌め諭すようフェアギッスが入ると、少々シーニャは顔を顰める。
「あの、少なくとも私は遊んでるつもりなど……」
「あー! シーニャちゃんだけ助かろうとしてるな〜?」
「助かろうも何も事実ですよ?」
再び少女たちの稚拙なレスバが始まろうかというタイミングで、横から大きな咳払いが飛び込む。二人して横目で確認すると、フェアギッスが仁王立ちで黙々と見下ろしていた。
大らかな女性の印象はそのままに、並々ならぬ底力があるとさえ錯覚させられるような重い視線を前に、軽率な発言はできまいと心に深く刻まれる。
「……こほん。気を取り直してメイアさん、ムシュフシュが排泄した金属たちを確保しに行きましょう」
「え、えっと……確保って?」
「何のためにメイアさんにこの話をしたと思ってるんです。丁度今はムシュフシュが北方の神聖アルパニオン帝国を超えて城下町方面まで迫ってくる頃。不在の内に貴重な資源を回収しなければ繁栄が齎されないじゃないですか」
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少しの時が経ち、グランと『銀字軍』を主とした王城の戦闘員達は北方に数キロ離れた広い荒野に赴いていた。
移動中イッポスに聞いた話では、本来この地は平原であったらしいが、毎年の兇廻獣討伐作戦により大地は削れ、抉ぐれ、不毛な土地に近づいていったそう。その話の通り、見るからに戦場と言わんばかりの痕跡が一帯に巡らされていた。
過去何年にも渡って繰り広げられた戦いを風景の中に夢想しながら、グランは作戦の概要を反芻する。
『討伐作戦の前衛は毎年の如く我ら『銀字軍』が担当するが、今年はグラナード君にも前衛を任命しよう。実力の証明の場がぶっつけ本作戦になってしまうことは心苦しいが、任されて欲しい』
将軍ドンケルのこの言葉を始めとして概要は告げられていく。内容自体は至極単純なものだった。
『前衛は好きに動いてもらうが、後衛は奥義型に展開、魔法や遠距離武器での牽制や回復、支援に徹してもらう。また外殻の複数ポイントから兇廻獣専用バリスタで動きを封じ、少しでも拘束時間を伸ばしてくれ』
『将軍! 今年は土魔法を得意とする魔法使いさん達も多く参加してくれてるって!』
『おおそうか。なら、土魔法で大きな土台を創ってもらおう。これで高低差を活かした陣形展開にも手を広げられる』
大雑把に振り返るとこんな感じであったのだが、最後にあった会話の通り、両翼に数メートル大の段差が生まれていた。土属性魔法による岩の砲撃台とのことだ。
そして、今回の作戦参加者は総勢二百弱。少ないとも多いとも取れる人数だが、実は例年より若干少ないという。
その理由となったのが、やはり王国に届いた転覆予告状の存在。作戦で『銀字軍』などの主要戦力の大半が城を空にする、この期間を狙ってこないとも限らない。
「こんな大掛かりな準備を施しても撃退で精一杯と来られちゃ俺も滾ってくるな。一年の修行を経て初めての暴れ時か」
「ようよう小僧が粋がっておるな?」
「ん……あなたは確か、クラーさん」
大きな鎚を担ぎ【激震】と呼ばれる男。顔合わせの際でのグランの直感だが、単純な破壊力では彼が最も強い。
「気張るのも良いが、ゆめゆめ驕りはナシじゃぜ。なんて言っても、ここ数年『銀字軍』にも若人が集うようになっておってな。そこな『傾聴者』の小僧と手合わせしたナヴィルは今年加入したばかりで血気盛んも盛んよ」
「あの時はあいつに一番弱いなんて言ったけど、俺とほぼ同い年だろ。それで『銀字軍』に入れたんだ。奴が相当強いってのは理解したし、手柄を立てたい気持ちもよく分かる。まあ俺の方は安心してくれ。俺は驕らん」
「はっは! 随分と確固たる自信があるようだ。その言葉をナヴィルの奴にも言い聞かせておかんとな。では、よくよく準備しておけよ小僧!」
おいしょと鎚を担ぎ直して踵を返す。
短い会話だったが、長年の経験も合わせて貫禄が凄まじかった。賢王デアヒメルとはまた違ったオーラが彼にはある。
「ふぅ、話しかけてなくってよかった」
「どうしたイッポス、こそこそして。クラーさんには普通にバレてたけども」
「いや、バレてても話の輪に入らないことが大事なんだよ。僕とグラナードとだけで話したい場合にはね」
「んだよ告白か? 受け付けてないぞ俺は」
「それに関しちゃ僕も同じセリフで返すところだけど、重要な話って点では同一かもね」
おおかた予想していたが、人目を忍んで話を切り出してくる辺り、それはグランにしか出来ない内容となる。
「まだ兇廻獣が出るまでには時間があるようだから、手短にちょっとした報告をしておくよ」
「まだお国についての説明パートは続くってか」
「つい先日、僕とバーティが王様の命で西方の荒野に向かったところ、国の認知していない、つまり地図にも載っていない謎の集落があることを発見してね。そこから同意の下で一人に城まで同行してもらったんだ」
また突拍子もなく変な話題が飛び出したなとグランは小さく嘆息する。
「ところがどっこい、当然フラート王は集落の詳細について問い詰めようとしたけど少女に逃げられちゃって。指名手配でその子を探してる所なんだよね」
「まず追いかけてるのが少女ってのが驚きだ。けど、それだけなら大して重要そうには見えなんだが」
「ここからだよ。この件を知る人みんなは与えられた役割に夢中で気付いてないようだけど、グラナードだって聞いてて気付かなかったろう? なんで集落は秘密の存在だった筈なのに、王様はピンポイントで集落付近の捜索を僕らに命じたのかって」
「あ、そう言えば…………」
このレーベン王国と全く密接な関係を持たぬグランだから、ここまでの話で一つの可能性に至る。
「つまり纏めるとこうか? 現王フラート七世ってのは」
「「ちょっと怪しい」」
知らないはずのことを知っていた。そう思われても不思議じゃない怪訝な存在がここで浮上する。
「偶然の可能性も捨てきれないから、あくまでも可能性は可能性として取っておいて。結局のところ僕たちのやる事は変わらず、国を護ることにあるんだから」
「そうだな。記憶の片隅にでも置いておくさ」
「じゃ、災害たる兇廻獣さんが出るまで待機しとこっか」
作戦直前に情報量が増えたことは意外だったけれど、イッポスの言う通りやることは変わらない。国の行先を賭けた使命を引き受ける以上は広範囲に対応すべきという、その責任と考えたら納得もできた。
されど、
「……王様ちゃんが怪しい? う〜ん? 今はいっか!」
その会話の断片を『銀字軍』の探査役、クォ・スィールに聞かれていたことをグラン達は知らない。故意にでなく偶然、地獄耳たる彼女の鼓膜をひそひそ音がなぞっていた。
それから時間が経ち、討幕作戦参加者は五日を戦地で待機した。毎年ムシュフシュが現れる期間や気候条件など、過去のデータに基づいた作戦であるはずが、対象巨獣は終ぞ出現することはなかった。
ムシュフシュが姿を見せるまで一、二日の差が生まれることも度々あるらしいが、今年の状況は異例として『銀字軍』でさえ動揺を隠せない状態。
戦地から離れた観測台からも報告は上がらず、神聖アルパニオン帝国からの急使によれば対象は既に城下町方面に向かったとの情報も寄せられている。
突然迂回ルートを変えたのか、はたまた別の何かがあるとでも言うのか、作戦待機七日目にして総員は何も成し遂げることなくデモクレイ城に帰還することとなった。
こうして城内の緊張が昂ったまま、国は波乱の大闘技大会へと差し掛かっていく。
お疲れ様です!
今回でおおよその説明パートが完了したかと思いますので、ここからは戦闘描写も増えていくことでしょう。
では、次回もよろしくです。




