第二章06 使命②
二人の口から紡がれたのは、シーニャの双子の妹であるリーニャが王都にいるのではという、衝撃的な仮説だった。
別言すれば、一体何の理由があってかはさて置き、妹が集落を抜け出して外界に出たのであり、彼女が理由で集落はの存在が露呈したと言っているのだ。
「そ、そんな、リーニャちゃんは妹なんでしょ!? なんでそんな簡単に言っちゃう、言えちゃうの!」
「正論。メイア氏の意見は尤もだ。しかしだな、この仮説をより尤もらしくさせる動きが城に見られたのだよ。つい最近のこと、王璽尚書として御璽を取り出すことがあってね。どうやら臨時として『傾聴者』を三人も追加したらしい」
「すらおしゃ?」
「『傾聴者』ってのは要するに、国が広くて城下町からだけじゃ統治できないからってんで、地方ごとに派遣されてそこを代わりに統治する役割のことだ」
「それとリーニャちゃんにどんな関係が」
「詳細は俺も分かってはないけど、任命された三名の内二人がどこかに派遣されたって話だ。大臣なんかにちらっと聞いた所では、行き先は何故だか何も無いはずの荒野らしい」
「…………………まさか」
「無論。ここまで、或いはここの存在を確認できる場所まで国の犬っころがのこのこやって来たんだろうさ。さしずめ、そこでリーニャと出会い、拾ったってとこかな」
淡々とリーニャが消えた事実に対する考察を述べたアッバース。彼によれば、彼女は集落周域で『傾聴者』とか言う役職の人と出くわし、王都デモクレイまで赴く。それが原因となってカンペリアが見つかった。
「________あれ。それっておかしくないですか?」
「気付きましたか、メイアさん」
先程よりも元気を失ったような、どことなく疲れた表情とどことなく震えた声のシーニャが、白く透き通る髪を指先でいじりながら言った。
「メイアさんはリィが理由でバレたと思ってたのでしょうけど、私どもが言いたいのはそうではありません。リィが消えるよりも前、既に勘付かれていたのです」
次々と連投される情報にメイアは混乱し始めていた。
竜神を祀る集落と、力を授かった二者の幼子。そして不穏な動きを見せる中央に、何故か秘境の存在を知る国王。
これから波乱が待ち受けていると言うが、何と何がどのように繋がりを持つのか、その精査が追いつかなくなる前に後で再復習しなくてはと胸に刻み込む。
だが、更に追い討ちをかけるようにアッバースは言う。
「さて、ここでようやく本題だ。わざわざ呼び出して、俺たちがメイア氏に何をして欲しいのか」
ドカッ、と大胆に椅子をひいて座ると、アッバースからさっきまでの笑みと空気が一切なくなる。こっからは更に、冗談を一切排した内容であることを意識させる。
この座るという動作を通して場の空気を変えてみせる彼の力量にメイアは唾を飲んだ。
「まず第一に、もし本当にリーニャが王のもとへ連れられたのだとしたら、奴らは必ずこれを聞くはずだ。俺らが何故僻地に隠れてこそこそ生き抜いて来たのか」
「もしリーニャちゃんが秘密を喋ってしまったら、どうなるの?」
「この危機に瀕する中では最悪の可能性を挙げるとするならば、竜神が復活させられるだろう」
「復活って、どう言う意味………ですか?」
そうメイアが質問したのは、単に復活という言葉の意味を知らなかったからではない。二通りの解釈ができてしまったからだ。祀っている竜神が現世に復活することは、本来なら喜ぶべきことだろう。でもそれを最悪と表現した。
つまり考えられるのは、第一にカンペリアの民は実際は竜神信仰など考えていない。でもそれは考えにくい。
だから必然、可能性は第二のそれに絞られる。
「竜の神、確かに聞こえは良いだろう。けど真実はそう美しいものではなく、御方は悪神と言い換えても差し支えないような存在なのさ」
「竜が悪の存在、か。もしかして、一年前の黒竜と関係してるのかな」
「一年前とは、何のことかな」
「私達、実は同じように世界を支配しようとする悪い竜と出会ったことがあるんです。何とか今はこうして生き延びてますけど…………」
「理解。そんなことがあったのか」
「ぁ________ 」
メイアの発言にそれぞれが反応を見せる。
特にシーニャは、転移前にメイアが竜神のお告げについて聞いても驚きを呈さなかった理由をここで納得したようだ。
「兎にも角にも、俺らには竜に関して色々と曰く有りって感じで、当然、ここで最悪の事態は考えないようにするなんてことはあり得ない訳だ。だからって訳でもないが、メイア氏にはまずこれを見てもらおう」
そう言って立ち上がると、アッバースは棚の奥から謎の巻き物を引っ張り出した。テーブルの上に広げることで、その大きさが露わになる。大体2メートル程の絵巻物だった。
「これ、ひとつの物語になってるね」
「左様。左から順に平和・出現・厄災・対峙・封印と言ったように、過去の人間が竜神と戦った記録が残っているのだ」
「じゃあ、これが竜神の姿ってことだ」
メイアが指さしたのは一番右に描かれた殊に大きな怪物。本当にこの描写が正しいのかは不明だが、翼と一本角が強調されているからここだけは正確だと考えられる。
「加えてメイア氏、絵巻の上方を見てごらんなさい」
「上、上…………あっ、文字みたいのがずらっと並んでる」
「それらは竜神語、殊に文字のことを竜文字と俺たちは呼んでいる。メイア氏はいま『文字みたいの』と言ったね。つまり普通の人からすれば、文字だと予想はできるけど全く分からないものって事だ。カンペリアの民は特別、幼少期から代々受け継いで学んでるから問題ないけどね」
「ほほーう。それでそれで、何て書いてあるんですか?」
「そうだな………パルパン バッパ ヘロヘロ ココククカカココウルベルガルド______ 」
「適当言わないでくださいアッバース様。もはや竜神語でも何でも無いですし、何故急にウルの名が出てくるのですか」
「意外。まさかシーニャに怒られる日が来ようとは」
真面目モードだったのにふざけ出したアッバースの代わりに、今度はシーニャが徐に読み上げる。
「『アンスァヤ カジャ コルネントロログェバ ゾーンダ ナーレマン______ 」
「ちょちょちょストーップ!! 結局どっちも分からないし! 翻訳してから教えてくれないかな!」
「これは失敬致しました。そうですね………意訳すると『竜神はありとあらゆる全てを殲滅せんとしたが、賢者はこれを征し、彼の者は恩恵のみを奉ずるに至った』と言ったところでしょうか」
「つまり、昔の人は竜神を倒しちゃったってこと? なんか、流石にそれは強すぎると言いますか、私にそんな偉業ができるとは思えないと言いますか」
「理解。そう思うのも無理はない。厳密に言えば、賢者とやらは滅ぼしたのではなく封印したのだ。また他の伝承によれば、竜神は当時まだ成長過程で、それでも一地方が壊滅状態になるまで被害は広まったらしいがな」
「ひぇえ。やっぱ私にはとても太刀打ち出来ないのでは」
実際に黒竜と邂逅したことはないが、過去千年であの邪なる者が行ってきた非現実的な所業の数々は知っている。加えて、一度は命を落としたメイアを蘇らせている点でも異次元だ。
竜神と黒竜を同一視するのはお門違いというのはメイアも理解している。それでも人生の中で2位3位に躍り出るくらい波乱を生んだ黒竜が基準となってしまうのだ。
「大丈夫、と断言すると嘘になる。けれど誰も君に全てを背負わせはしない。やるからにはカンペリアの猛者共の総力で大暴れしてやらんとな」
「………竜神を屠る為でなく、先に考えるべきは復活を阻止するための大暴れですけれど」
「そう。俺らはこぞって城に乗り込まなくてはならない。だが普通に行っても城の守りは堅いだろう。だから一ヶ月後、デモクレイ城下町で開かれる大闘技大会を狙う」
「大闘技大会………それなら大勢の人が外から集まるから、難なく城付近まで接近できますね」
「それだけでない。会場には必ず王が来る。警備は至極厳重だろうが、これを突破すれば未来は我らが手に」
胸前で握り拳をつくり、やる気を滾らせる。彼らがどこまで先を見据えているのかは未だ分からないが、穏和な未来を掴むためと言うならと、メイアも同調して息を呑んだ。
「詳しい作戦内容については追々、決行メンバーと顔を合わせた時にでも聞いてくれ。それと、これは秘密の話として聞き入れて欲しいんだけど、俺らよりも先に王宮に予告状を出した不届者がいたらしい。何でも闘技大会で国家転覆を図るだのなんだの書いてあったと聞く。実はこれに乗じて暴れてやろうってのも思索の内にあるってね」
「はぁ。差し出し人は不明なんですね? 実際に予告状を出すなんて、護りを固めろと言ってるようなものなのに」
「どうせ格好よさを追求した愚か者といったところでしょう。浅はかにも作戦の難易度を上げてくれた何某には感謝しておきましょう」
「急に毒舌」
丁寧な口調で名も分からぬ何者を罵倒する姿には驚くが、シーニャの言ってることは的を得ている。確実性を選ぶなら相手を警戒させる必要なんて一寸もありはしないはず。
誰でも分かるような予測とは逆の行動を取ったとなれば、やはり格好よさを追求したのか、或いは敢えて難易度を上げようとしたのか。
「何にせよ、大闘技大会を除いて絶好の機会はそう訪れん。これを逃せば即ち、王の蛮行を許すことに繋がるからな」
「……………ちなみに、大会まであと一ヶ月あるんですよね。私はその間何をしてればいいんでしょう」
「簡単。ただ、ひたすらに強くなって貰う。カンペリアは確かに『竜の寵児』を軸に成り立っているが、他にも面白い力を持ってる人間が意外と多くてね」
「まさか、あそこに放り込むつもりですか」
「酷だと思うか?」
「……………いいえ。大丈夫だと思います」
アッバースの問いに一瞬の逡巡を見せたが、メイアとアッバースの顔を交互に二度三度見返しして、首を横に振った。
それを受けてメイアも、一抹の不安もないと言ったら嘘にはなるが、強くなるという単純明快な指令に深く頷き返す。ナハトのもとで一年叩き込んだ知識と経験に、ここで磨きをかける。かつて黒衣の男に言われたアドバイスを思い出す。
『世界は広大だ。悠久の大自然に放り出されればまた、その環境に沿った新たな対抗技術を得なければいけない。そう、必要なのは幾多とある強さのパターンを経験することなんだ』
ひとつの場所だけで強さを求めるのではなく、あらゆる場所での経験がやがて卓越したそれを創り上げるという。
「やれることは沢山やっておきましょう。やって後悔はない。そう思います!」
「愉快! 良い返事だ。でもずっと鍛錬に打ち込ませるつもりはこちらも無い。こちらの方でも済ませる用事が多いんで会う機会は減るだろうが、シーニャを通して指令を追々送るつもりだ。この世界について理解する為にも、色々見知っておいた方が良いだろう」
「了解です!」
「よぅし! それじゃあ本日のところはここでお開きとしよう。そうだ、泊まる場所と食事については心配せずとも結構。シーニャ、メイア氏を案内し、この書状を家主に渡してくれ」
「承知しました。では、これで失礼致します」
軽くお辞儀をするとシーニャは「こちらにどうぞ」と言って、来た扉を開けて行く先を手で示す。
こうして、集落長アッバースとの初顔合わせは閉幕し、彼の計らいも会って無償で宿泊場所を提供されたのであった。
夜更け、都会とは異なり星河一天の夜空が見渡せる集落でメイアはもの想いにふける。
長い間グランと会っていないことの寂しさはもう拭ったつもりでいるが、それでも本来ふたりで来るつもりだったという話を聞いて、ここ一日考えていたことがあった。
作戦決行日まで猶予はまだある。なら、その間にグランをここに連れてくることができるんじゃないかと。
アッバースとの邂逅の後、案内を終わらせ帰ろうとするシーニャにメイアはその旨を聞いた。どうやら、可能か不可能かで言えば前者であると言う。
ただし彼女の転移魔法では「歪み」の発生した地点にしか転移できず、今から移動したのでは半月程の時間を要する。ここカンペリアで主要な軸となる「竜の寵児」がこれだけ長いこと集落を離れることは異例で、とても短期間で何度もできることではないようだ。
また異世界絡みの一件で兄妹離れ離れになってしまったことは惜しいことだと思うが、先走って転移を催促したのはメイアだ。これ以上強く出ることはできなかった。
他にもシーニャの双子の妹であるリーニャのことなど気になることは尽きないが、それらは後日また聞くとして、メイアは眠い目を擦りながらベッドへ向かう。
「多分、これから国を敵に回すことになる。それが良いことなのか悪いことなのか分からないけど、これが私の使命だよね。なら、失敗は赦せないし、許さない!」
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少し時は戻り、陽の沈みかけた夕刻。
暗夜が迫る中でも街の光が途絶えることはなく、人々の発する熱気が暗がりを見せることを阻止しているかのよう。
ここは、朝夕問わず活気溢れる大都デモクレイである。これから波乱が幕開けようとしていることなどつゆも知らず、大通りを行く雑踏は大闘技大会の幕開けにのみ意識を向けていた。
更に道を進んで進んで、一本の伸びた大階段を登った先に荘厳な王城は聳えていた。堅牢さを備えながらも、煌びやかに目を引く装いからは王の権威を象徴している。
それは城内も同じで、ちらほらに飾られた絵画や骨董品、隅々まで人の手の行き届いた清潔な回廊など、抜かりは無いようである。
然様な王都に圧倒された一人の少女がいま、王の間の中心で王の尊顔と見合わせていた。
「さて、卿の話を聞かせてもらおうか? リーニャ殿」
「リ、リィに何を、話せと仰るので?」
「この期に及んでまだ凡愚を貫くと言うか! 王に対して無礼とは思わんのか貴様!」
「よせ。君こそ分からないのか? この者が怯えているのが。ただでさえ大勢に囲まれているのだ。この程度のことで儂は堪忍袋の緒を切ったりせぬ」
「はっ、済みませんでした!」
目つきの悪い兵士が王に注意され、少女リーニャは内心ほっとした。先程からの丁寧な対応といい、目の前に座する王様はどうやら所謂人格者と言える人であるらしい。
常に十名程度の人間から視線を向けられるこの状況はすこぶる居心地が悪いが、この王が知りたいこととやらを話せばすぐに解放してくれるだろうと希望が差す。
「______それで、儂がリーニャ殿の口から語ってもらいたいのは簡単なことなのだよ。何故、卿の住まう集落は国の認知が及んでおらぬ。いや、そんなつまらぬことより、卿ら集落は、一体何を隠している?」
「そ、それは_______ 」
リーニャは思わず息を呑んだ。王直々の質問が意味することは、これまで永らく秘匿されて来た事項をここで暴露しろと、竜神の存在と「寵児」についてを白日の下に晒せということであるからだ。
物腰柔らかに問われているが、これが王の口から問われている以上、これは単なる質問ではない。リーニャには答える義務がある。
( もし、ここで答えなかったらリィはどうなる? 絶対に厳罰になるに違いない。でも話せる訳もないし…………いや、ここで話したらどうなるんだろう。秘密は知られちゃいけないって慣わしになっているけど、もしかしたらリィを締め付ける窮屈な暮らしから解放されるかもわからない )
「さあどうした、国王である儂自らがこうして頼んでおるのだ。教えてはくれぬか。かねてより秘されてきた事実を! 君が知る、秘境の全てを! この王に!」
「私が知っているのは…………」
全ての権力の頂点に君臨する、目の前の人物。揺らぐリーニャの意思。少女にのしかかる無慈悲で究極の重圧を受けた末に、彼女が選んだ選択。
これが、王の間を瞬く間に轟然とさせた。
長いことお待たせしました!
サボりすぎました!休みは闇ですね、人を堕落させます。まあ私はいつでも堕落してるんですが。
とまあ、まだまだ話は続きます故、よろしく願います!