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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
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第二章04 少女はお告げを賜った


 シーニャと名乗るその少女は頭に被ったフードを取り、その素顔を明かした。

 先程から見えていた白い髪はなめらかに靡き、白銀のまつ毛に緋色の瞳。牙のような青い模様が左頬を一閃している。なかなか最近じゃ見ることの無いような外見、とメイアは結論付ける。


( あれ、つい最近これと似たような特徴を見聞きしたことがあったような気がする…………どこだっけ )


 少女が被っていたフードと今も羽織っているマントをまじまじと見て思い出す。凝視されて彼女は一歩引いているが気にする様子もなく、


「そっか! シーニャちゃん、だっけ? さっき中層の服屋さんの入り口ですれ違ったでしょ!」


「服屋…………?? まさかあのときシーニャ………(わたくし)とすれ違っていたのですか? そうでしたか。実はお金は持っていたのですが、どうもここでは使えないものらしく」


「使えないお金なんて持ってるの、すっごいね! でも、そんなものあったっけ…………?」


 この世界にはパールとツィアの2つのお金の単位があるが、両方とも世界共通の貨幣で、古来から普遍のものであるはずだ。

 メイアは頭を柔らかく考えようとしたが、結局常識に囚われて解は見つからなかった。


「このまま汚れた格好をしているとまたすぐ捕まってしまいそうだったので、せめて外見だけでも新調しようと思ったのですが」


「つ、捕まるって、シーニャちゃん何やらかしたの」


「私は特に何も悪さしたつもり無いのですが、夜中に一人で歩いていたら家出と言われ施設の方に隔離をされまして。予想外の事態に少々苦労しましたが、無事逃げ出してここに辿り着けたと言うわけです」


「施設から逃げ出した少女……………なるほど、新聞に書かれてた白髪で緋色の瞳の浮浪少女ってシーニャちゃんのことだったか〜」


 バチーン!と電撃が走ったみたいに爽快な思い出しだった。ナハトを待つ間に読んだあの新聞に、ちょうど彼女の特徴と合致する記事が書かれていた。

 と言うかまさか買い物中、既に二度もシーニャ自身やその情報に触れていたとは、そこにまず驚かされる。世界は狭い。


「それでそれで、私に何の用…………ってそうだ。さっき助けて欲しいみたいなこと言ってたよね」


「はい。ようやく主題に入れて安心しました」


「うぐ、ごめんねぇ」


 普段から気ままなメイアでも分かる直接的な不満の言葉に、良心の呵責も顔を見せる。

 とりあえず二人とも席に座り、メイアは脱線したくなる性分を必死に抑えて話を聞く姿勢を取る。


「ですがその前に一つだけ。もう一人グラナードさんと言う方がいると聞いたのですが、いますか」


「お兄ちゃんでしたら、まだ来てない、デス」


「なぜ急に強張って敬語に」


「脱線を堪えてオリマスから、力が入ってしまいマシテ」


「ふぅ、もう普通にしてていですよ。そっちの方が話しにくいです、切実に」


 どうしてこんなに大変なんだ、と抗議の目が痛い。恐らく、と言うより確実にメイアより歳下であろうが、シーニャからの遠慮は一縷たりとも感じない。

 お願いがあると施設を抜けてまでやって来た覚悟と信念は相当のものであると推察できる。


「ごめんね、今度こそちゃんと聞く。要件を聞かせて」


「ありがとうございます。グラナードさんが不在の件については後々考えることとして、兎に角話を進めてしまいましょう」


 一回だけ手を叩いてメイアの意識を集中させる。人の気を逸らさせないシーニャなりのテクニックだ。


「まずは私の能力からお伝えした方が宜しいでしょう。私、竜の神様からのお告げをいただくことができまして、これから起こる動乱に際して、メイアさんとグラナードさんのお力を拝借するが吉であるとのことでして」


「なるほど、竜の神様ね」


 竜の神からお告げがあってどうのこうの、なんて言われても正直さっぱり分からない。でもメイアは、一年前の黒竜(ラグラスロ)との関係もあって理解が著しく良かった。

 しかしそうなると、シーニャの言う「竜」も同様に何か悪神的な立ち位置に居るのではないかと勘繰ってしまいたくもなる。


「……驚かないのですね。現実的な話じゃ無いでしょうに」


「きっと、私たち兄妹は動じないって分かってるからシーニャちゃんの言う竜の神様は私たちを選んだんだよ。何で知っているのかは考えたくはないけど」


 含みを持たせたメイアの発言を訝しむ様子を見せたが、潤滑な会話を意識してか、シーニャは敢えて追及することはしない。


「詳しいことは私の住む集落の長から聞いていただきたいのですが、近い未来、国全体が揺らぐほどの波乱が起きることが予想………ほぼ確定しています。それに伴って、メイアさん達には元凶となる存在の打破、或いは抑止をお願いしたくあるのです」


「国があるってことは、この大陸じゃない訳だね」


「ええ、そうなります。むしろ、私たちが向かう先は_____」


「なら早く行こう! 何て国に行けばいいの?」


 完全にシーニャの言葉を遮った。ことの大事さを汲んだからこそ、逆に円滑すぎる展開に運ぼうと躍起になってしまっている。

 仕方ないので、シーニャは対応を諦めた。


「ふぅ、レーベン王国の秘境にある集落へ行く予定ですが、まずはミスティカランドっていう町を通り_____」


「う〜ん、やっぱり聞いたことないね」


「それは全くもって当然です。だって私どもの住む地は貴方達のとは違______」


「お兄ちゃんの事は大丈夫だよ。書き置きしとけばきっとすぐ駆けつけてくれるからね。ささ、行こう行こう!」


「___________。」


 もう黙る他に出来ることが思い浮かばなかった。

 まだ幼いにもかかわらず慇懃な態度を取り、目的の為に遠い地まで移動し、更には必要なことを選びとって行動することができる。そんな彼女でもメイアの破茶滅茶には打つ手なしと判断せざるを得ない。


「ん、どしたの?」


「分かりました、そこまで言うのなら行きましょう。ですからこれを最後の確認とします。本当に、今からひとりで私どもを助けに向かわれるのですね?」


「当然だよ。助けるって行為は人を強くするんだって、私が小〜っちゃい頃にお母さんから教わった。悪いことには手を貸せないけど、そうじゃないなら、お願いを無碍にする訳にはいかない」


( 聞きたかった答えはそう言うことじゃありませんが、これだけの気合いがあれば十分でしょう。グラナードさんには申し訳なさも残りますが )


「シーニャちゃん、少しだけ待ってて! お兄ちゃんが来ても大丈夫なように書き置きだけしちゃうから」


 紙とペンを手に取って、やや殴り書きのような勢いで筆を進ませる。兄を案じる妹の親身な心境が、加速した展開を一時的に緩めた感触を憶える。

 雷霆の如き激しさを伴うメイアだが、彼女の(コア)となる部分は絶対零度を思わせる、そんな第一印象だった。


「よーっし書けた! じゃ、行こっか! って、あらやだ、そんなに私のこと見つめちゃって」


「え? あ、すみません、ぼーっとしてしまいました。あの、その、それには何と書いたのですか?」


「お兄ちゃんが帰って来たら私はミスティカランドに行ったと伝えておいてくださいーってだけだよ」


「へえ、そうなんですね…………では、今から転移して移動するので私の肩にでも掴まっていただけますか」


「て、転移って言った?」


「はい、転移です」


 あたかも当然のように返されたが、この世界で転移なんてものは普通じゃない。そう言う意味では失踪事件の時も強制転送する形で異質であったが。


「あら、先程『私たちは動じない』と仰っていたはずなので簡潔に述べたのですが、驚いた様子ですね」


「なっ、竜の話と転移の話は別なんです〜」


「実際のところ私共からしても非日常の類のものですし、今の反応こそが正しいまであります」


 返事をしながら、メイアはシーニャの肩に手を置く。彼女に触れるとより一層、その幼さを実感できる。メイアよりも遥かに小さく、なのに逞しい。物理では表せない、およそ魂が云々とかいう領域の話だ。


 それから間髪を入れず今度は少女の詠唱は始まった。

 途端、部屋の空気が一変して、


『エルヴィプ ナルララン ミスティカランド_____ 』


 聞き慣れない、というより絶対に聞いたことの無い単語の羅列がメイアを驚かせる。ふたりを取り巻く空気の流れがおどろおどろしく渦となり、シーニャを中心として身体が閃き出す。


『竜神ノ加護ニテ我ラヲ誘ワン_______ 』


 詠唱が完了したことで光柱はメイアも包み込み、静かに、長っ細い楕円体状に姿形を変遷させる。これが限界まで細くなった末に、二人は消えた。

 もうミーティングルームに人の影はない。


 あっという間としか言い表せない濃縮された時間だった。

 つい数秒までは無かった爽やかな風の流れを受けて、薄ら薄ら瞼を開ける。雲の狭間から差す陽光に再び目を細めるが、慣れてくると周囲がどんな場所であるか一目瞭然だった。


「すっごい、谷。私たちを通り抜けるこの風が削り取ったみたいな絶壁だぁ」


 四方を崖に囲まれた超危険ゾーンに突っ立っているようだ。驚いたことに振り向くとそこで「歪み」がこんにちは。足下に敷かれた土には足跡があるが、シーニャのそれにしては大きいような気もする。


「貴方達からすれば、これを絶景と言うのでしょう。こちらは見慣れてしまって感慨深さを失ってしまいましたが」


「えええ〜勿体無いよ! こんな地形、なかなか見れない」


「逆に私からすれば、メイアさんのいた岩山の街の方が技巧を凝らした芸術のように思えます」


「そっか、私も最初見たときは感動したっけな〜。いつの間にか何とも思わなくなっちゃってたんだ」


 メイアはしゅんと若干悲しそうな顔を見せる。

 時に、幼い頃の感動を、大人になっても感じられないのであれば死んでも構わないと語る者がいると言う。死を自身に下す必要性までは無いであろうが、確かに大人になって感動を失うのは寂しい所でもある。


「しかしメイアさん。初めて見た時、体験した時の感動を覚えているのであれば、貴方はそれに浸ればいい」


「シーニャちゃんは、覚えてないの?」


「私は……….生まれてこの方、激動の日々の中にいて思い出など存在しませんでしたから」


「ッ…………………それこそ寂しいよ」


「はい、そうかもですね」


 僅かに肩が揺れ、瞳も震えたが、仏頂面で特に話すことは無いと一蹴される。

 これ以上の言及は一線を超えてしまいそうで、メイアには何も言えなかった。


 崖に取り付けられた、脆そうな梯子(はしご)をシーニャは黙って降り始め、それに慌ててついて行くしかなかった。

 降りた先には、崖に人がちょうど歩いて潜れる程度の穴が。それを抜けてまた少し移動すると、吊り橋とその先に町が姿を現した。


「ふぅ、この橋を渡ればミスティカランドです。渓谷ならではの風でとても揺れますけど、頑丈にできてるはずなので普通に渡れます」


「えええええ、揺れるの?」


「何を言いますか。今も商人や冒険者さん達が渡っているのが見えますでしょう? 何も恐るることはありませんね」


 目下の吊り橋を観察すればするほど、考えれば考えるほど落下のビジョンが脳裏を過ってしまって勇気が中々出ない。

 だけども奥に広がる日干しレンガの景色が「初めての土地」感を増福させるので、早く渡りたい願望とで板挟みのジレンマ状態だ。


「うわわ、シーニャちゃんがどんどん遠ざかってく!」


 吹き下ろす風に脚を生まれたての小鹿にしながら、手すりへの全面の信頼と共に歩を進める。足下は渓谷の底が見える編み目タイプで、絶対に下を見るわけにはいかない。


 ようやく渡りきった時には、シーニャは退屈そうにメイアを見上げて待っていた。いつの間にか再びフードを被っており、顔があまり白昼の下に晒されないよう隠している。

 メイアの心の内を察したシーニャは「これですか」と一拍置いてから口を開く。


「先程も言いましたが、私たちの集落は秘境の地にあります。王都からも認知されないよう密かに暮らしている為に、素性を知られる訳にはいかないのです」


 身分を隠し、国の統治から逃れて生きる彼女の故郷はさぞかし窮屈に思えるだろう。でも、そうでなければ生きていけないと言うのなら、部外者にどうこう言えた義理はなく。


「竜神の力を奉る民族など、大衆の前に晒されてはいけない。強大な力だからこそ、限りなく秘匿されるべきでして」


「力は人を滅ぼす、それは色んな意味で知ってる。だから安心していいよ。私は安易に情報は漏らさないって」


「ふぅ、そんなこと最初から信じてますとも。信じてなきゃ頼めませんし、それが信頼というやつです」


「えへへ、そっか。ちょっとだけ恥ずかしいこと言っちゃったかな」


「いえ、そう仰っていただけるのは、嬉しいことです」


 歩きながら、相手のことを少しずつ知っていく。

 まだ邂逅から数十分辺りの浅い関係でも、最初から相手が信頼を寄せてくれているなら歩みは早い。寡黙な中でもコミュニケーションを取ろうと努力しているのがひしひし伝わってくる。


 ミスティカランドの賑わいっぷりにも目を向けると、見知らぬ大きな生物が荷物を運んでいたり、人間でない種族が露店を開いていたりもする。

 外見はほぼ人間と同じだが耳の長い者、頭部に動物の耳が生えた獣人族の者、外皮に堅い鱗を持つリザード族の者など、雌雄を問わず共存しているのだと知れる。


 本当は転移して来た時から思っていたことだが、そろそろメイアも、余り考えないようにしてきた事実を認めざるを得なくなってきた。


「やっぱりここは…………異世界だったんだね」


「今さら何を仰いますか。私は転移する前にずっと説明しようとしてましたから。話を遮って行こう行こうと催促したのはメイアさんですから」


「えへへ、そっか。ちょっとだけ恥ずかしいことしちゃったかな」


「いえ、さっきと同じように仰っても、逆にとてもお恥ずかしいだけと存じますが」


 シーニャはきっと生まれてはじめてツッコミを短時間に何度もしただろう。慇懃無礼な感じになってはいるが、メイア的には言葉のキャッチボールが続いていればヨシだ。だから今後もメイアが省みることは(ぜったい)無い。


「お兄ちゃん、もう絶対これないじゃん」


「ですから、グラナードさんの分まで頼みましたよ」


 メイアもシーニャも、表情が少し硬くなった。本来あるはずだった戦力の空白に一抹の不安は拭いきれないだろう。


「おうそこの嬢ちゃん達! なんだか浮かない顔しとるじゃないかぃ。可愛い顔が台無しだぜ?」


 そんな不安を嗅ぎつけたのか、雑多の中を縫うように届いた声は完璧にメイア達を呼んでいるらしかった。この人混みでも気にせず大声を出す器量の良さの持ち主を探すと、奥にいたのは商店街のオヤジだった。

 無視するのはメイアの良心の呵責が痛むので、シーニャの手を引いて人混みの中を泳いで渡ってみる。


「およ、近くで見るともっと可愛らしいじゃんか! どうよ、元気がないときは俺ん店の果実よ! 新鮮さ、栄養共に抜群の逸品だでな!」


「すみません、今急いでるもので。また次の機会でも?」


「その声、ちっこい方も嬢ちゃんだったか! 俺はいつでも構わねぇが、どうも切羽詰まってるように見えてな」


「そんなことはないと思______ 」


「あ! おじさんこれ、もしかして人探しも大丈夫?」


 突然メイアが興味を示したのは、店主のおじさんの横に設置してある掲示板のようなものだった。時々お客が探している物品をこの店で代わりに募っている、言わばプチクエスト欄か。

 こうやって往来する人々に話しかけているのも、依頼を集めて集客率を高める戦略だろう。


「さては嬢ちゃん、誰かとはぐれて暗い顔してたな?」


「うーんと、そんな感じかな。おじさん、何も買わないのに申し訳ないんだけど、言伝(ことづて)頼んでもいいかな?」


「いいけどよ、なら一つだけ約束だ。次ここへ来たなら、そんときゃあ沢山野菜と果物、買ってってくれや!」


「もっちろんだとも!」


 気前の良い店主の快い返事には感謝感激でしかない。

 もしかしたら、一年前メイアがそうしたように愛する兄グランもこの世界に駆けつけてくれるだろうと信じて、伝言を残す。別言すれば、兄と一緒にこの世界の国家を救いたいというメイアの強い願望の表れでもあった。


「__________よし、これでお願いします!」


「ほほーぅ、嬢ちゃんらしい元気な言伝、確かに受け取った。それらしい青年がいたら片っ端から声かけてやらぁ、任せてくれ!」


「あの、そろそろ宜しいですか」


「おっとちっこい嬢ちゃん、確か急いでたんだったか。丁寧な口ぶりで圧かけて来よるたぁ肝が座っとる! 気に入ったから林檎ひとつおまけだ、かっかっか!」


「私はお金持ってるので、タダで貰う訳には」


「そうかぁ。少し余分に仕入れ過ぎちまったんで、在庫余って廃棄にでもなったら困っちまうんだけど、どうしたものかなぁ〜」


「そ、そういう、ことでしたら」


 素っ気ない態度で接していたシーニャだったが、手のひらにぽんと置かれた真っ赤な果実を目の当たりにして、少し頬が弛んだ。


「………………ありがとうございます。美味しそう、です」


「そりゃあ粗悪品なんて出せんじゃろうて! ま、気張んのもええが強張んのは止めときな! こんなおっさんの助言なんざ不要かも知らんがな!」


「そんな、心に留めておきます」


「へっへへへへ〜」


「なんですか、その気味の悪いニヤけ顔は。何だかとても変なことを考えているような気がするのは、私の気のせいでしょうか」


「変なことなんて考えてないよ。ただ、シーニャちゃんも可愛いんだね〜?」


「変なことです!」


 言われ慣れていない単語に頭を蒸発させた。

 照れ屋と表現するよりも免疫がないとする方が適しているだろう。シーニャは「竜の寵児」であるから、褒められたところで毎度毎度、そのお告げを預かる能力についてのみであった。素晴らしい能力だとか、私たちの希望だとか、実質的にシーニャではなく能力だけを賞賛しているようなものだった。


( (わたし)が、可愛い。集落の外には、私を寵児以外の目線で見てくれる人がいる )


 もしかしたら、そんなことをしてくれるのはメイア以外に居ないのかもしれない。偶然、彼女がシーニャをそう言う目で見ない人間だっただけなのもあり得る。


( よかった。私は孤独じゃない。まだ、孤独じゃ )


「ーーー? ーーーちゃん? おーい!」


「ぁ…………………すみません。少し考えごとを」


「やっぱり嬢ちゃん暗いのぅ! ま、若い内から沢山のこと経験するんは良いことだけどな! がっはっはっは!」


 最後に快活な笑い声を響かせて露店のおじさんとのやりとりも終わり、ふたりは再び雑踏の流れに合流した。人数で言えばまだユニベルグズの方が上だとは思うが、賑やかさ的には同等レベルだ。

 獣人族やリザード族がいることもそうだが、特に商人がこぞって集まる中継地点と言うだけあって荷馬車があっちこっちを歩いている。


 目移りしそうなほどの露店の多さと、それらを展開できるほど分岐した道の多さに、迷子となる者もしばしばいると言う。

 そうならない為にもシーニャは先導して歩いていき、案の定何度か目移りしたメイアを引っ張ってミスティカランドの外までやってきた。


「ここから道を外れて進みます」


「その先に集落があるの?」


「いえ。そこに赴くために常駐させている移動手段がありますので、まずは無事を確かめてから出発です」


「移動手段…………って言っても、馬車じゃないよね」


「……………ふふ、行けば分かりますとも」


 今すぐに知りたいオーラ全開なのを察知してわざとやっているのか、いやほくそ笑んだ時点でわざと確定だ。


「もおおおおおおおお、シーニャちゃんのいじわる」


「私の意地は悪くありません。少し天邪鬼が出ただけです」


「それ大体同じ意味だから!」


 メイアや先ほどの店主とのやり取りを交えて会話に慣れつつあるのか、未だに林檎を両手で抱えながら揶揄(からか)うようになってきた。しかしそこに幼さが滲んでいて可愛らしいところ。なんて考えてる辺りメイアもそこそこ危ない人間になってきているのかも知れない…………。


「じゃあ、ひとつだけヒントを出しておきましょう」


「待ってました!」


「可愛らしい生物が私たちを待ってます。是非とも心待ちにしてついて来てください」


 その言葉に気分も盛り上がり、まんまと手綱を握られたメイアはその後すぐに知ることとなる。シーニャがわざと「可愛らしい」と形容した罠の存在を。


「どええええええええええええええええええええええ!!」


 整備された道を大きく外れた先にある隠れスポットに辿り着いた途端、メイアはここ最近で一番の絶叫をあげた。ここではメイアの叫び声も道を行く冒険者や商人には聞こえまい。

 背後には小さく笑いを漏らすシーニャが、眼前には大きな白銀色した怪物が横たわってメイアをギョロリと見つめていた。


「どど、ど、どどどドラゴンじゃん! ねえ、ドラゴン!」


「ドラゴンなんて言い方は好ましくないですね。飛竜ですよ。普通は嫌厭の対象ですが、何てったって私たちは竜神のお告げを生活軸にしている程ですから、特定の竜族には親しみもあります」


「そっかー、可愛いってそう言う意味だったかー」


 あくまで親しみがあるからシーニャが可愛いと思っているだけという、間違ってはいないが納得はできない言い回しで騙されることとなったメイア。


「この子は村で唯一育てている飛竜の家系の一体で、名をカリギュラといいます。この白銀の堅鱗が日光を反射してくれて、日中であれば飛行しても見つかりにくいんです。当然細心の注意を払って人目につかないルートを飛びますけれど」


「カリギュラって、またカッコいい名前だね」


 シーニャは飛竜の鼻息がかかる場所まで近くと、小さい手で大きな白光りする鱗を撫で始めた。カリギュラは巨躯を揺らして気持ちよさそうに嘶く。互いに互いを信頼し、そこに友情の類が存在しているのだと見ていて分かる。


「うわわ、こりゃ確かに可愛いかも」


「ちょっと待ってください」


 前のめりでシーニャは言う。


「つい数秒前まで大声を出して驚いていらしたのに、もう可愛いと思えてしまうのですか?」


「だって、シーニャちゃんが撫でて、それをカリギュラくんが受け入れてるってもう凄いことじゃん!」


「凄いと可愛いがどう直結するのか気になりますし、あとカリギュラは雌です」


「こりゃ以外、雌だったの」


「ふぅ、なんだか急に疲れてきました。戯れはここまでにして、とりあえず乗ってください」


「これ普通に乗って大丈夫______ってもう乗ってるし!」


 背中の方まで回り込むと、角度の問題で見えていなかったサドルや手綱があった。装着されたものもカリギュラの体色に合わせて銀を基調としたものとなっており、正面から気付かなかった要因の一つでもあるのだろう。


「それじゃあよろしくね、カリギュラ!」


 グルゥゥゥーと起き上がる様はまるでメイアの声に応えたみたいだったが、実際はシーニャが手綱で指示していた。メイアは少し落胆の色を見せる。

 だが一旦カリギュラに飛び乗ると、急な視界の変化と初めての乗り心地に感動を覚える。


「今から飛び立ちますから、ちゃんと掴まっといてください。落ちたら待つのは死のみです。死ですから」


「はい、気を付けますっ」


 余程心配でならないのか、全力で死を強調した。


( あ〜、シーニャちゃんには私が空で手を離そうとしてたことバレてたかぁ〜 )


 シーニャの心配は大当たりだった。ここまでの道中でもうメイアの傾向と対策を打ってくるとは、なかなか賢い部分がある。逆に言えばそれだけ、周囲からはメイアが危なっかしいと明瞭なのであろうが。


「さあ飛びますよ!」


 メイアがぎゅっとサドルにつけられた取っ手を握るのを確認すると、ついにカリギュラが大きく動き出す。大きな揺れの末、身体が一気に空へと引っ張られた気がした。それは決して錯覚ではなく、確かに飛竜の羽ばたきによって空を裂いていたのだ。


「すんっごおおぉぉぉ〜い!」


 二人と一頭は太陽の光と同化して、雄大な自然を下に見据えつつ、天高くを快速に進んでいくのであった。



お疲れ様です読者の皆様。

お気づきでしょうか、今回がやけに長いことに。そう、久々に一万字を超えました!


さて、私は平日の通学の電車内で執筆をしております故、一万字を超える話数が増えていくだろう今後、果たして週一投稿が間に合うのか? 不安でいっぱいです。


とかなんとか言っても仕方がないので、また次回もよろしくです。

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