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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
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第二章03 誕生日だし服を買おう


 大都市ユニベルグズの長い坂を登った左手に鎮座する白い建物。ご存じの魔法研究施設アルティが、昼の陽光を受けて一層白く輝いている。


 今日は7月22日、なんとメイアの誕生日である。研究視察の一角にあるミーティングルームにて、兄が新たな世界に訪れたことなど何も知らない、ひとりの少女とひとりの女性がそわそわ会話を楽しんでいた。


「お兄ちゃん、今日中に帰ってこれるかな」


「あれだけメイアを大事にしてるんだ、是が非でも駆けつけてくるだろうな」


「で、ですよね。今頃大慌てで向かってるんじゃないかな」


 メイアの予想は大正解だ。

 現在のグラナード・スマクラフティー氏はと言えば、ここ最近開発された輸送用魔導車に乗って移動を______したかったがお金が足りず断念。

 嫌な顔ひとつふたつして馬車に乗ると、途中の村や町で簡単な依頼をこなして金を稼ぎつつユニベルグズに向かっていた。


 と、兄の帰りを今か今かとそわそわしている少女を見て、ナハトは髪を耳に掛けながら言う。


「ここで落ち着き無くしていても不安に駆られるだけだぞ。よし、気晴らしに買い物でも行こう。帰ってきたら君の兄も帰ってきてるかもしれないからな」


「あ…………」


「なんだ、どうした?」


「あわわわ、ごめんなさいナハトさん! そわそわしすぎてましたよね、落ち着かないと!」


 記念日で、更に一年ぶりの兄との再会ともなれば舞い上がるのも必定だが、それで逆に不安を感じてしまいナハトに気を遣わせてしまったと気付く。


「いやいい。本来メイアぐらいの歳の子は強くなるとかそんなのより、はしゃいでる方がよっぽど好ましい」


「そう言うものですか?」


「だから買い物に行こう。ずっと特訓詰めだったが、どこか行きたいところはあるか?」


「なら、あそこに行きたいです!なぜか冒険者さんにも人気の洋服屋さん!」


 ほぼ即答並の速さで繰り出されたメイアの案に従って、二人は研究施設を出て件の店に赴くこととなった。


 ユニベルグズ中層、大通りから少し逸れた道に構える洋服屋はあった。外装はそこまで派手ではなく、言ってしまえば質素で、あまり人気があるようには思えない。それでも人気なことは多くの人が知るところ。


「ふむ…………なるほど」


「何がなるほどなんですか?」


「んや、他の店は客を気を引こうと華美な外装にこだわっている感じがするだろう? でもここだけ違う」


「それじゃあ人は寄ってこないんじゃ………」


「普通の町村ならそうだろう。でもここは大都市。簡素だからこそ、華やかさの中で一際目線を引き、ちらっと中を覗けば虜になってしまうって訳だ」


 大都市なのだから店構えも素晴らしいものなのだろう、という一種の先入観が旅行客や冒険者の目に期待を宿らせている、とナハトは解説する。

 その真偽はメイアにとって定かでないが、中に足を踏み入れてからはそんなことはどうでもよくなった。


「うわぁ…………すっごい種類」


「店内のこの豊富な数で客を圧倒しているって訳か。私もここは気になっていたが、なるほどこれは早く来るべきだったか」


 子供用から大人・高齢者向け、男性向け女性向け及び性別問わずのもの、更にはありとあらゆるニーズに応えんとする圧倒的なレパートリー。

 中でも特に驚かされるのは、冒険者御用達と言われるだけあって特殊効果付きの衣服まで取り揃えられていること。


「さすがに金属製の鎧までは売ってないらしいが、普通に防御力の高いレザーアーマー辺りも置いてある。服屋というよりか、着脱衣できるもの全般の店だな」


「見てくださいナハトさん! これ、作った職人さんの名前がタグに書かれてます! もしかして有名な人?」


「ん〜、その名前は知らないな。こっちの奴なら聞いたことあるんだが………おそらく、まだ名の知れぬ職人が認知される為の場でもあるんだろう、この店は」


「色んな人にとっても良いこと尽くしなとこですね!」


 気に入った服や装備があれば、それを制作した職人の他の品も買いたくなる。それはある意味で芸術とも言えよう。

 人が集まり、誰かが名を馳せ、欲しい衣服が手に入る。多角的に満足感が充足する、これこそが本当の人気たる理由のようだ。


「よしメイア。お気に入りが見つかったら言ってくれ、プレゼントとして買ってやろう」


「え、わざわざいいですよ! こつこつ貯めてきたお金も有りますし自分で」


「何を躊躇ってる。人の好意は素直に受け取っておけ。所持金が足りるか分からないが、足りないようなら研究所の奴らから掠め取ってやるさ。何、アルティのアイドル的存在であるメイアの誕生日プレゼントに使うとでも言えば皆喜んで払ってくれる」


「やり口が気になりますけど…………お願いします!」


「ふ、それでいい」


 満足したように頷くと、ナハトは「これは私が着てもまだ大丈夫だろうか」などと独り言を溢しながら物色しはじめた。

 後数年で三十路を迎えるとかなんとか聞いたが、そこに何か特別な壁でもあるのだろうか。今日18の誕生日を迎えるメイアとしてはまだその事実は掴めない。


( そう言えば、村でもエスティアさんは年齢聞かれると誰彼構わず怒鳴ってた気がする………)


 自分もそんな風になるのだろうかと想像していると、脳内のエスティアが『黙らっしゃい?』と語りかけてきたのでここまでにしておく。


 さて置き、今回狙っているのは装備だ。

 と言っても、いかにも防御に全振りしたようなゴツゴツしたものではなく、可愛くもあり装備として成り立つような服である。本当にあるのかと疑問を呈したい所だが、ここはあらゆるニーズに応える服屋なのだ。


「むむむ? これは…………」


 手に取ったのは一見してただのショートパンツ。こんなのではあっと言う間に朽ちていくはずだが、名札を見るとどうも値段が高い。

 もしやと思い、値札と別に付けられたタグの商品説明を読み上げると、


「この商品は砂漠に住む堅漠トカゲの(たてがみ)を紡績・加工を施し生地として利用したショートパンツです。頑丈さを持ちつつ、しかし伸びやすくもある不思議な性質を追求しました。極上の体験を貴方に_____って、これすごッ!」


 初っ端からあっと言う間に朽ちてしまわない服を見つけ、つい衝動的に買い物かごを取り出し放り込んでしまう。装備コーナーの衣服たちに怪しむなかれと囁かれた気分だった。


 続いて吸い込まれるようにメイアの手が掴んだのはフード付きの半袖ジャケットだ。やはりと言うべきか、こちらもすぐに木っ端微塵になってしまいそうな唯のジャケットに見える。

 だがもう普通じゃないことは分かりきっているから、さっさとメイアは説明書きを一読、


「んーと、本商品は国家(ナショナルド)大陸のネフティビフ火山に生息するサラマン蝙蝠(こうもり)の上質な毛皮から作られており、火に強く、例え火事が起きようともきっと大丈夫。またポーラースネイクの上皮から取れる油を染み込ませ耐熱・耐寒性能も上昇してしるので______これもヤバいってことぉ!?」


 よく見るとタグに刻まれた制作者の名がショートパンツのそれと同じだった。『オルメカ・フォン・ジェット』という名らしい。

 未だにメイアの炎恐怖症は克服されず残っている状況だが、これなら少しは軽減されるかも。オルメカ氏、さてはメイアのニーズを見越して制作したのではあるまいな。


「なるほどぅ。この人の作ったものを探せば自ずと良いものが発掘されるってことだね」


「嬉しそうに呟いてるが、何かあったか?」


「ナハトさん、見てください! このオルメカさんって人の製作物がどれも高機能で、今からこの人の探そうって思ってたところなんですよ」


 ショートパンツとジャケット両方のタグを見せる。ナハトが書かれた名を見ると眉を寄せて、


「どれどれ…………オルメカ・フォン・ジェットだと?」


「あれれ、何か悪かったですか? 悪い噂とか、本当は粗悪品とかそういうことですか?」


「いやいや、そうじゃない。ジェット家は三大財閥にまでは上がらずとも有力貴族のひとつだ。まさかその一人が衣服を模した装備製作をしているとは思わなんだ」


「つまり、隠れた逸品ってことですね!」


 ほんの一瞬、ナハトの反応に不安の色を表したメイアだったが、すぐさま払拭されてより元気度が回復する。有力貴族の作品という言葉だけでも凄そうだと思わされるが、実際家族だからと言って凄いとは限らない。


( いつでも元気なのは素晴らしいことだが、いつか言葉巧みに騙されて悪い勧誘とか受けないか今でも心配させられる )


 そんな懸念もよそにメイアは着々と服探しの旅を進める。

 現状でどれだけオルメカの商品があるのか明確ではないが、どうも「あった!」といちいち叫んで周囲の客から微笑ましい視線を向けられているのを見る限り、まあまあな数は出品されているらしい。


「仕方ないか………………よぅしメイア、1つと言わず5つまでなら買ってやろうじゃないか!」


「ええ、マジですか!」


「さっきも言ったが、これはアルティの皆からの祝いだ。そう思えば5つでも足りんくらいだろう」


「あらやだ私って幸せ者!」


 屈託のない笑顔が閃光を振り撒いて、居心地の良い雰囲気が客から客へ伝播する。喜のオーラを包みながらルンルンと散策するメイアを、研究施設の者らが見たらどうなるだろうか。

 きっと施設内部のメイアファンクラブである『海愛会(かいあいのかい)』の大騒ぎの末、所長ハンニバルに叱責を喰らうのがオチだろうとナハトは予想する。


 それから小一時間、メイアだけでなくナハトもじっくり店内を一周した。「これも、それも、あれも、どれも最高!」なんて呟いて選び抜いた計5つを持って購入するに至ったが、


「な、に? 146ツィアだと……!? なんて額だ………」


「え、146ツィア? え、え、え」


 合計金額を見て石化したナハトは今にも砕け散りそうだった。幾らかナハト自身のものも含まれているらしいが、大半はメイアが選んだものの値段と言うことを考えると、やはり申し訳ない気持ちで見つめざるを得ない。


「有力貴族ジェット家の制作したものと考えれば、これは存外安い方なのだろうが……安くてこれか」


 ちなみにこれがどれだけの金額かと言うと、高級レストランに3回は行けるレベルである。

 この単位の他にも「1ツィア=1024パール」という計算式の成り立つ単位があり、今回の場合、十五万を越すお金の移動と考えればその恐ろしさも予想できるだろう。


「メイアよ、会計はすぐに済ませるから先に外で待っていてくれないか?」


「あ、はい、そうしますね………」


 なぜ外で待つよう指示したのか訝しむ気持ちが過ぎるも、やや重い空気を払拭するため、とりあえず言われた通りに大通りの方へ出ることに。


「………………よし、じゃあお姉さん。ものは相談なんだが、値引きの方を頼みたくてだな」


 メイアが去るのを見届けて、少しでも金額を下げようと交渉する、流石に他の者には見せられない必死な女性の姿がそこに残っていた。

 熱い視線を向けるナハトと対照的に、快い笑顔で反応をしめす店員。


「さあ、ここはどうか130ツィアまで_______!!」


「ナハトさん!」


「るわぁぁぁぁぁぁぁ!も、 戻ってきてどうした!?」


「あ、大通りの方で待ってますねって言うの忘れちゃってたな〜と思いまして」


「そうか承知した!んじゃあ先に行って待っててくれ!」


「ん? まあ、はーい」


 今度こそメイアが行ったのを確認すると、深呼吸で息を整える。ここ最近で一番心臓のバクバクするのが値段交渉だなんて全く予想だにしなかった。

 ひと走りやって来たみたいな汗の量に、店員のお姉さんの顔も思わず引き攣るが、プロ意識でにっこり笑顔に戻す。今度こそ、ナハトと店側の熱い戦いが始まる!



 一方その頃、メイアの方は、


( ナハトさんが来たらもう一回元気に感謝しないと )


 店を出る時に薄汚れたマントとフードを被った子供とすれ違い、ついつい「あの子お金持ってるのかな?」と気になってしまったりと、好奇心でいろいろ見回しながらも、特に何もないまま大通りのベンチに腰掛けた。


 一時間程の買い物をしたところで空に何の変化もない。まだ太陽は高く燦々と街を照らし、この煌めきも誕生日を祝福してくれているのかと思いたくなる。


「ふぅ。この坂道を毎日毎日、変わらず沢山の人の往来が見れる。やっぱりこんな平和な暮らしっていいよな〜」


 人々の歩く足音さえも、メイアを祝福する拍手の音に聞こえる______筈がない。いくら感受性と想像力が長けていたとしてもそれは常軌を逸してしまっていると言うもの。それでも、集中して耳を澄ませれば良い環境音程度には感じられる。


 魔王なんて邪悪の象徴もいない。多少の紛争はあれど、世界的緊張を巡らす戦争もない。

 ただ、犯罪やマナー違反はこの先もずっと無くなりはしないだろう。それはどこに行っても付き纏ってくるはずだ。

 例えば山賊とか。例えば、ポイ捨てだったりもそう。


「もう、誰よ? こんなところに新聞紙を捨てたのは」


 地を這うようにメイアの足下まで風に運ばれて来たらしい。近くにゴミ箱が無いか探すと、ラッキーなことに座っているベンチの横に設置されていた。


「でもでも、折角だし読んでみようかなーなんて」


 誰に言われている訳でもなく、本当に自発的にそう思えるのが近年稀なことである。それも少女が新聞を読もうとする辺り、通行人からすれば殊勝でしかない。

 だがなんと、これがメイアの初新聞体験だ。


「うっへ〜。ほぼ一面に文字が敷き詰められてて、なんかちょっと、気持ち悪い」


 購読を日課にしているでもない限りは気力が削がれるのも当然と言えよう。メイアの強い意志のお陰で、とにかく見出しだけは見ようとモチベーションを引っ張り出すことに成功。

 数ページ見ただけでも様々な文言が書かれていた。


『「大侵攻」から一年半、素早い復興には感嘆の声が___ 』

『大人気女優アストロ・アリストの素顔に迫る!』

『【捜索中】浮浪少女が施設から失踪。白髪に緋色の___ 』

『【募集中】魔導車両開発の為エンジニア志望者を受付中』


 ジャンルは多岐に渡り、他のページにもまだまだトピックがあるとなれば見出しすら全部は追えなさそうだ。適当に目についた記事だけ読んで、何故か中々来ないナハトを待とう。



=============



 荒野を走る川の近く、小さな集落が息を潜めるように建立されている。木の枝を精巧に組み上げて作られた家屋が点在するだけの殺風景な場所だ。

 技術はさほど発展しておらず、基本は狩猟・採集・農耕を主とした原始的な生活が営まれると言う。


 そんな集落に定住する民族には薄紫、薄赤、鼠色などのように髪色が薄い特徴がある。しかし中でも、白髪を持って生まれる人間はごく稀であり、加えてその者は特殊な力を授かることから、集落では『竜の寵児』と呼ばれ優遇される。


 この日、乾きの風が吹く大地でひとり涙を流す少女の姿があった。白髪をした姿は歴とした寵児である証拠だが、それにも関わらず彼女は大した敬意も受けず、或いは劣等の寵児として下に見られる時もあった。


「シィ、どこへ、どこへ行ったの? 出てきてよ。シィがいなきゃリィはどうすればいいの? 何もできない、取り柄がなくなっちゃう。リィ達は二人で一つだから、帰ってきてよ!」


 集落から少し離れた高台から集落を見下ろしながら叫ぶ。心を乱した彼女の咆哮に呼応する声は無く、またシィと呼ばれた何者かが姿を見せることすら無い。

 自身をリィと呼ぶ少女は完全な孤独であった。


「大人達がひそひそ話してるの聞こえちゃった。リィの貰ったこの力は副産物でしかないんだって。集落に必要なのはシィの受け継いだすごい能力の方なんだって」


 少女は今までに心の底に堆積していた鬱積の類を吐き捨てるよう、虚空に語りかける。


「リィは、リィはシィと並んで立ってないと、寵児として生まれたことを恨んじゃいそうで怖いの! こういうの、アワレって呼ぶんでしょ。そう、リィはアワレな人間」


 自分で言いつつも、目から水滴が零れ落ちる。

 広大な荒野に、澄み切った空に、嗚咽も声も何もかもが吸収されて意味をなさない。風がヒュウと答えるだけの、虚無の時間が無常に過ぎて______


「なら、君がシィって子を探せばいいんじゃないかな」


「……………………え?」


 心臓が跳ねた。

 颯爽と現れた、誰かも分からない人物に瞠目する。いや、それが誰かなんて事は二の次だった。何故ならここは秘境の地。(なにがし)が当然の顔でこの場に立っている訳ないのだから。


「なんで、こんなところに人が……………」


「そう聞くだろうとは思ったけど、実際はこちらの台詞さ。一体どうして、こんなところに国が認知していない集落が存在するのかな」



=============



 あれから後、随分遅れてやって来たナハトともう少し街を歩き回って今、メイアはひとり静かなミーティングルームを延々歩き回っていた。

 既にメイアのお着替えタイムも終わっていて、一段と可愛くなった彼女のご尊顔には後光が差している。


 ちなみに、メイアが選んだ商品五選はこれだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


・ショートパンツ : 頑丈・柔軟

・半袖ジャケット : 耐熱・耐寒・耐炎

・ロングブーツ : 機動性抜群

・手ぶくろ : 柔軟・空気抵抗減・武器は滑りにくい

・青魔法具の腕輪 : 防御力上昇


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 なんとこの内の上4つは、先で挙がった貴族ジェット家の令嬢が創作した高性能衣服である。今頃オルメカ・フォン・ジェット氏は、作品が売れた旨の知らせを聞いて大喜びしていることだろう。

 折角の装備にファンクラブ「海愛会(かいあいのかい)」から貰った缶バッジや施設三位の証など色々付けてしまっているあたり勿体無い気もするが。


 それは兎も角として、


「あぁぁぁ、暇だぁ〜。お兄ちゃんはまだ来ないし、ナハトさんは所長さんの所に行っちゃうし、何して時間を潰そう」


 ナハトは会計に長いこと時間を費やした理由を頑なに言わず、そのまま所長ハンニバル・Kに金をせびりに行ってしまっている。

 他の研究員達からの誕生日祝いは午前の内に終わってしまい、彼らも多忙なため独りぼっちという訳なのだ。


「あ、そう言えば結局ナハトさんが自分に買ったものって何だったんだろ?」


 プレゼントとして受け取った紙袋の中にはメイアの分の服のみが入っていて、もうひとつナハト用の紙袋の中身は見れていないのだ。

 秘密にしたそうな雰囲気を醸し出されていたのだが、メイアはお構いなしに知ろうとする癖がある。ちらっと覗こうとしたら怒られたが、あれは恥じらいだと確信している。


「ナハトさんってばまだまだ現役だねぇ。私も、あと十年くらいは全盛期と言えるくらいで在りたいな」


 実力を認めてくれた初めての強者であり師だ。ピンチに陥ったときも助けてくれた。こうして今も研究と同時進行でメイアの特訓に付き合ってくれる。


「ナハトさんに追いついたと思っても、あの人はすぐ私を引き離して強くなってく。免許皆伝と言わしめるまでは絶対に離してなるものかってのよ」


 本人には言えない、自分だけの決意を胸にしたところで、急にやる気がブチ上がって来た。


「よーぅし、トレーニングルームで一汗かいちゃお!」


 暇つぶしも兼ねてと思い立ったが最後、メイアを止めることは誰も出来まい。早速、書き置きをしようとメモとペンを壁際の引き出しから持って来たその時。


 トントン……………ガチャ、と扉がゆっくり開かれた。


( もしかしなくても、お兄ちゃん!?)


 メイアの脳内からは完全にナハトや他の研究員という説は消え失せていた。

 彼らなら、ノックと同時に「入りますよ」的な一言の確認を取るからだ。それがないと言うならもう、答えは絞られたようなもので、


「お兄_______ちゃんじゃ、ない?」


 予想は大きく裏切られる形となった。

 メイアよりも頭ひとつ分小さい体躯をしていて、薄汚れたマントとフードで身体を隠しているため顔は陰ってよく見えない。フードからはみ出て伸びる白い髪だけが現状でわかる特徴だ。


「えと、貴方が、メイアさんですよね」


 か細く、それでいて可愛らしい少女の声だった。

 ここにいるのがメイアと知っての来訪であるのなら、さしずめ沢山いるファンの一人と言ったところだろうか。『大侵攻』を終え一躍時の人となったスマクラフティー兄妹であるが、今でもファンレターが届くことがある。


「そうだけど…………私に会いに来たの?」


「そうです。正確にはメイアさんとグラナードさんの、二人にですけど」


「もしかして私達の熱狂的なファンだったり………とか?」


「違いますね」


「あっ………………………」


 ちょっと自信ありげに聞い分余計に恥ずかしい。しかも即答で否定されて何も返せないし、少女は純粋に質問に答えただけで何も悪くないのが厄介なところ。


「嗚呼、申し遅れました。(わたくし)、名をシーニャと申します故、以後お見知りおきを。早速で申し訳ありませんが、貴方がた兄妹に助けを求めてやって参りました」



お疲れ様です。

今回この世界での単位が登場しましたが、第一章の人物紹介の会でも説明があった通り、1パール=1円とお考えください。


では、次回もよろしくお願いします!

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