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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
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第二章02 まだ見ぬ世界


 グランは、イッポスとバーティの後ろを付いて歩き、「歪み」の手前で立ち止まった。

 どうせ世界転移するなら向こうの世界で待っていればよかっただろうに、なんて思ったが聞いたところで適当にあしらわれる未来がなんとなく予想できたから止めておく。


「さてグラナード、まずはついて来てくれて感謝を。時間も限られていることだから『歪み』を潜る前に一度だけ忠告するよ」


 依然としてイッポスに説明を全任せして洞穴の壁に寄りかかる魔女バーティに一瞬気が向く。面倒くさがりなのか、或いは寡黙な性格なのか、彼女の心中を窺い知ることは叶わない。


「私の方を見なくていいのよ。イッポスの話を聞きな」


「…………すまん」


「ふふ、じゃあ説明するね。既知かどうかはさて置き、この世界と君の世界の間に約一歩分の空間がある。今から向かうのはその隙間を跨がず、右に曲がった方にある別世界の入り口だ。いいね? 『歪み』を潜ったらすぐ右だよ」


「あの、いいね? と言われてもちょっと」


「僕は一度だけ忠告するって教えたから、さあ行こう!」


 ヤバい状況だ、と瞬時に悟る。

 時間が惜しい状況下にいることは間違いないが、理解が追いつく前にもう二人は潜り始めている。


 確かに『歪み』を通り抜けるときにちょっとした間があるっぽいのは感覚で理解していた。無重力状態みたいな浮遊感と、世界の引力に引きずられるアレが無ければもっとすんなり受け止められただろうが、今は無理だ。


「本当にあの狭間を自由に移動できるってのか…………?」


 言いながら、恐る恐る腕だけ突っ込んでぐるぐる回してみる。向こうの世界の引力に引かれ全身ごと持っていかれそうになるも、どうやら移動の余地があるのは事実だと判明。


「念には念をで目視もしておかなきゃな」


 言い聞かせるように今度は首を突っ込んで外を眺めてみる。宇宙のような広い空間に円盤状の世界の入り口がある。

 呼吸も問題なくできるし問題はなさそうだが、


「どわああああああああああああああああああ!!!」


 グランの頭部が痺れを切らしたバーティに上から鷲掴みにして引っ張り上げられた。

 すると今まで体感したことのない脚が揺蕩う感覚に身体のバランスを大きく崩される。加えて周辺の円盤状の入り口が持つ巨大な引力がグランを揺さぶっているのも体感できる。


( ちょっと待てよ。こいつらどうやってバランスを保ってる。いま魔女に掴まれて無かったら俺、一体どうなっちまうんだ?)


 なんて考えている矢先、イッポスの目の前まで来て手を離された。


「腕を回したり首だけ出したり遊んでる暇が______ 」


 つい先刻まで沈黙を貫いていたバーティがぐちぐち喋り出したが、グランにとってそんなことは重要じゃなかった。

 グラン達のいるこの空間には、どうも数えきれないだけの世界の入り口、すなわち「歪み」が存在しているらしく、とても話を聞いていられやしないのだ。


______________どういうことか?


 では振り返ってみよう。

 一つ、ここは無重力状態に等しい空間だ。

 二つ、「歪み」には強い引力が働いている。

 三つ、「歪み」は四方八方に点在して煌めいている。

 言い換えればこの場所は数々の世界の狭間と言えよう。



「ぬおぉわぁおぁおおぉああ_______!!」



 だから、無尽蔵に渦巻く引力の嵐に飲み込まれ、楕円を描きながら回転するのは必定なのである!

 イッポス達からすれば何をやっているんだと言いたいだろうが、グランからすれば何故普通にしていられるのか理解不能と言ったところ。


「はぁ、さっきから何遊んでいるの」


「違うさバーティ。きっと彼はここでの移動方法を知らないだけで、あれは放っておくと近いうち死んじゃうやつだ」


「おおおおおお! 話してぬぇーで、だどげでぐるるらッ!」


「まったく、そうならそうと先に言って欲しかったのよ」


 長いため息をついてから、流石としか言いようのない魔法威力で瞬間的に周るグランの軌道上に到達し、抱き抱えるように受け止めた。


「________んいわおぅ」


「は?」


 グランが何かを喋ったが、全く聞き取れない。音程から察するに「ありがとう」とでも言いたいのだろう。

 でも、受け止められて彼の顔面はバーティのゴスロリに埋っている状態。鼻腔に到達する芳香。分子レベルで言えば魔女を摂取しているとも言える状況で。


「大丈夫かしら? ここに働く引力は特殊で、全身に魔力オーラを纏う必要があるのよ」


あんぉど(なるほど)! も、もももももももう大丈夫だ! その腕はもう離してもらって構わない。改めてありがとう!」


 急いで言われた通りに魔力で身を包み、バーティから離れる。

 大人の女性に抱えられたことと顔の着地場所が色々とアレで顔が紅潮していた。冷静に考えて匂いなんて無我で嗅いでる場合ではなかったと内省する。


「何を焦っているのかしら。もう大丈夫よ?」


「違うよバーティ。君の受け止め方がグラナードには刺激的だったってことだよ」


「あら、こんな時に発情されても困るのだけれど」


「悪かったな! って、そもそも発情してねぇし!」


 ようやくまともにバーティとも言葉を交わすようになったのは良いが、若干グランを雑に扱っている感は否めない。


「容赦してあげてねグラナード。彼女、今はあんな感じで鈍感だけど、昔は凄いアンテナ張り巡らせて察知能力には長けていたから」


「察知能力があった? じゃあなん______ 」


「ラグラスロに捕われて蹉跎歳月、ほとんど人と関わるなんてことは無かったから。そのやり方を忘れてしまってるだけなんだよ、きっと」


「あ」


 そうだった、と思い出す。

 以前まではラグラスロの支配下にある軍勢を敵と認識していたが、元々はグランと同じ被害者なのだ。あらゆる機会を奪われ絶望に追い込まれ、更に数百年も暗黒の虚無の中で生きる他ない。


「だから、バーティが元々の感覚思い出すまで容赦してあげて」


「ちょっと、二人で何を話し込んでるのさ。三十分って制約があるのだし、もっと急ぎめで願いたいところよね」


「おっと済まないバーティ。さ、グラナードも付いて来て」


 催促ぎみに手招きされ、一行はすいすい世界の狭間を進んでいく。まるで夜空に浮かんでいると錯覚するほど光の背面が浮かんでいて、世界が二つどころか無数にあったことに瞠目させられる。


「これって、全部別々の世界の入り口なのか?」


「それは解らないけど………ああ、そう言えば君たちが裏世界って呼んでるあれだけど、多分あれも異世界だよ」


「マジ?」


「多分、ね。そう仮定すれば、これ全部が別々の世界なんじゃなくって、一つの世界に複数の出入口があると考えていいのかも」


「ふぅん。てか、何でお前達はそんなに世界について色々知ってる? ここ一年でそんなに大きく研究が進んだのか?」


「いいや違うね。僕たちは_____ 」


「ほら着いたわよ、目的の世界に」


 横槍が入って意識が強制的にバーティに持っていかれた。

 言って彼女は光る円盤状の入り口前に立つと (正確には浮いているが)、親指でここに入れと合図を送る。いや、先に入れのニュアンスが強いだろうか。


( 初めてくる世界だし中が危険じゃないかどうか確認してから入りたいんだけどここはどっちかが先に入って安全を証め )


「ごふ」


 背中を押されて突き落とされた。

 何だか視界が真っ黒で、顔が冷たい。顔から土に落下したのだと分かるのに数秒を要したが、どうやら今日は色々なものに顔を突っ込みがちらしい。


「土じゃなかったら大怪我もんだけど………俺みたいな奴が出ないようここだけ柔らかくしてあるっぽいな」


 ほっと一息一安心と行きたいところだが、それも無理な話だと次の瞬間には気付かされる。


「おいおいおい嘘だろ………」


 世界は闇に包まれていないし、戦火が渦巻いてもいない。目の前に明らかに敵って感じの何かも居なければ天変地異も起こっちゃいない。

 着陸したこの地、四方を断崖絶壁に囲まれた渓谷なのだ。地形ゆえにまあまあな強さの風も吹いているし、魔法があると言っても怖いものは怖い。


「うっそだろ、少し歩いたらフリーフォールまっしぐら! 何だ何だ、まさか落下途中で龍が飛んできて助けてくれるなんて言わないだろうな」


「言うわけないじゃない、馬鹿なの?」


「なっ」


「それは被害妄想が過ぎると言うか、誇張のしすぎだ」


「にぃ〜?」


 グランに続いて「歪み」から出てきた二人に嘆きを一蹴され、もう何かを返す気力も湧かない。

 とは言え、このままでは本当に死と隣り合わせだ。

 崖と崖に挟まれた、言わば中洲のような立ち位置の狭い場所にいる。見渡したところ橋も無く、この孤立した状態が「禁忌の門」的な役割を果たしているのだろう。


「先に言っとくけど、ここから対岸までは『魔法解除(スペルキャンセラー)』の結界が張られているから、魔法使って渡ろうとしても死ぬだけだよ」


「ぅおっぶね〜! 丁度やろうとしてたんだが」


「そうやると思ったから先に言っといた。本当はこの先にある街まで行きたいけど、時間が許してくれなさそうだし渡り方だけ教るよ」


 言いながら崖っぷちに立つと、何の躊躇いもなく下を覗き込む。また背中を押されないか不安でしかないが、グランもイッポスの隣で覗いてみる。


「これは………随分とまたボロい梯子(はしご)だな」


「ここを底まで下ると断崖に道が出来ててね、ずっと進んでいけば人が普通立ち寄らない所に出る。更に右手に歩いていけばその内ちゃんとした道にたどり着くから、また右手に見えるつり橋を渡れば街に到着さ」


「下って道に沿って右からの右でつり橋渡って街ね」


「それがミスティカランド、僕とバーティの故郷さ」


 自然な会話に溶け込んで、さらっと今、大事なことを曝け出された気がした。



=============



 残り時間も僅かになってきた為、三人はその場で座り込んで、主にイッポスによる情報共有を始めた。


「ミスティカランドは僕らの故郷って話をしたけど、実はカラピアやゴースを始めとして、あの古城を拠点としていた僕ら精鋭部隊のほとんどがこの世界出身だったりする」


「おい唐突に驚愕の事実をぶっこむな」


「この渓谷に何で街が〜って思ってる? こんな何もない場所だからこそ休憩ポイントは必要なのさ」


「そして普通の会話に戻る、と」


「旅商人も多く通るけど、一番ミスティカランドを大きくした要因は貿易なんだ。何せ輸送便はここを通らなければ遠回りを強いられる。なら、長いこと荒野を走るよりかはお金をかけてでも街に寄った方が良いってもの」


 急に大事なことを言うなというグランの言葉に従ったのか何なのか、イッポスの故郷自慢が止まらない。

 それに彼が鼻高々に話すのは、昔のミスティカランドの情景も含めてのことだろう。かつてから変わらない様子にノスタルジーに浸る気分を噛み締めている。


「でね、この渓谷を交易路として繁盛させようと計画したのは僕とバーティなんだよ」


「ラグラスロに攫われる前の話、だよな?」


「ご名答。大分遠回りになったけど、僕らは『傾聴者(スラオシャ)』という国王直属の2代目として役職に就いていたんだ。ついでに言えば、あの精鋭部隊の中でフィースト以外は元『傾聴者(スラオシャ)』の人間だったそうだよ」


「やっぱあの黒竜(やろう)、俺らの世界以外にも手を出してやがったのか」


「ラグラスロ関係の話はまた今度するよ。それで、僕たちの役割は王の代わりに地方を統治するってものだった」


「王の代わりって、じゃあ王様は命令するだけしてぐうたら過ごしてたと」


「まったく、思慮が浅いわね」


 突然バーティが口を挟む。

 グランの住む大陸に国家はない為、そこら辺の知識は曖昧なところが多い。だから今のグランの解釈に何かしら地雷があったのだろう。


「諸侯と言って伝わるのかしら。国王は全体的な統治もするけど、各地方に代表を派遣することで広い国土の状況を把握するの。ま、あの国境のない、自治都市が乱立している大陸を見ればあんたが疎いってことは嫌でも分かるわね」


「す、済みません、です」


「ふふ、でもこれで基礎知識は揃った。ここからが本題だ」


 そう言ってイッポスとバーティは懐から一枚の薄い板を出した。

 掠れていて見にくいが、それぞれ「2 ED : IPOS」「2 ED : BATHIN」と書かれている。この上には更に赤い印が押されていたが、特殊な文字なのか、何を示す物なのかまではグランには予想もつかない。


「これは?」


「『傾聴者(スラオシャ)』の証と言ったところだね。僕たちはこれが有ればまた入城させてくれるんじゃないかと思い立って、この前中央まで赴いたのさ」


「いやいや、もう何百年も前の話だろ? 初代です〜とか言っても信じてもらえるはず」


「ないって思うわよね。 でも、厳重に管理された歴代の名簿があってね、加えてこの証付きともなれば私たちの声も世迷言として無碍には出来ない」


 歴代の『傾聴者(スラオシャ)』の中からも複数名の失踪被害が出ていたという話もあるから、あり得ない話じゃない。なぜ生きているのかという理論はさて置き、その被害者が帰ってきたと考える柔軟な心があれば確かに。


「事実、現国王は失踪についての理解があった。驚いたことにラグラスロの名も知っていてね、なんと臨時で本業復帰を仰せつかったよ」


「嘘みたいな話だ」


「嘘だよって言えたら面白いんだけど、大マジ」


 微笑を口角に浮かべつつ、再び懐から板が登場する。先程のそれとほぼ同じように見えて、少しだけ文字列が「2 ED TE : IPOS」と異なるのが目を凝らしてやっと判明する。


「これが新しい証なんだけど、とは言え当然地方の統治は枠が余ってない。だから特例でミッションを課されたんだ。謀反を起こそうとする輩を鎮圧できる実力の持ち主を探せ、とね」


「それで俺か…………」


「そゆこと。実は一ヶ月後に中央で大武闘大会が開かれるんだけど、出場志願者の中から匿名で国家転覆を仄めかす予告状が届いたらしい。当然、国としてもこれを公にできない。けど予告して来たってことは」


「傾国するだけの自信と実力がある?」


「そう仮定して損無いよね」


 国が揺らぐとどうなるのか、こと細かくまで被害を予想することはできないけれど、グランは『大侵攻』を体験して知っている。破壊された街並み、いつも通りじゃない暮らし、死と隣り合わせの恐怖。

 それがこの世界でも起きようとしているのなら、グランの答えは決まっていた。


「ねえいいの? 私たち、一度は魔法研究の盛んなあの街の壊滅を図ったのよ。また何か策略が働いているかも知れない」


「そん時はそん時だ。けど、助けてくれって求められるなら手を取ってやるに決まってる」


「……………………そう」


 やれやれと即答する。

 わざわざ二人には言わないが、彼らから悪意の類は感じなかった。たとえ計略の渦に飲み込まれることになっても、それは二人のせいじゃない。


( 倒すべきは、混乱の渦を作る張本人なんだ )


 心の内でそう強く思ったとき、イッポスから手を差し出された。互いに握り返し、ひとつの盟約が誕生する。


「ありがとう。僕たちはグラナードに信頼を寄せて、全面的に支援すると誓おう」


「ああ、国を左右するこの事件、共に解決しよう」


 この契りを祝福でもするかのように、一際強い風がヒュウヒュウ渓谷を通り過ぎていく。

 飛ばされないよう、とんがり帽子を取ったバーティの素顔が日の下に晒される。長く靡く黒い髪。日光を浴び艶やかに白む肌。


「私の方を見なくていいのよ。イッポスでも見てなさい」


「…………すまん」


「はっは、僕だってじっと見られても困るんだけどね〜」


 そうやって最後に談笑を挟んだところで、約束の三十分が経過した。短くはあったが、大きく物事が動き出した半時間だったとグランは感じる。


「とりあえずはここでお別れだ。できたら二週間後、またここへ来て欲しい。後は………そうだ、妹くんにも手伝って欲しいんだけど、声かけておいてもらえるかな」


「了解、伝えとくぜ」


 立ち上がってイッポス達に背を向け帰るかと思いきや、「歪み」の前で立ち止まる。上半身だけ振り返ると、やけに申し訳なさそうな面持ちで頭を掻いた。


「あーっと、最後にひとつ質問していいか」


「躊躇ってないで言いなさいよ」


「言われるがままついて来たけどさ、こっから俺、どうやって帰ればいいんだ?」


「「…………え?」」


 その後グランが首に掛けたロケットペンダント、もといワープ装置を思い出すまで、数分のタイムロスを要した。これに慣れるにはもう少々の時間が掛かるのだろう。



お疲れ様です皆様!

少しだけ第二章の主軸が見え隠れした会となりました。


そう言うわけで次回の程も宜しく願います。

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