第一章06 三日月の狩人
目の前では計12個の大きな宝玉が輝いている。
ただし、それは誰もが羨む富の象徴としての宝玉ではなく、誰もが恐れ慄く大蛇の眼という宝玉であるのだが。
「おいおいおい、マジかよこれは。蛇って言うからもうちょい小さいと思ってたんだが、これはデカすぎだろぉ?!」
仰々しい誇張された反応だと思うかもしれないが、グランの反応は正しい。
なぜなら、湖の中心で堂々ととぐろを巻いているそれは普通に3階建ての家を余裕で覆い隠せる位の大きさを誇っているからだ。もしかしたら、もっとあるかもしれない。
(これは……道中に出てきた奴らとは桁違いに強ぇ筈だ。果たして、こんな見るからにヤベェ蛇を倒せるのか……?? )
そんな一抹の不安を握りつぶすように拳に力が篭る。
「いや、違う。倒すんだよ」
試練として課された以上、何があっても倒さなければならない。
というより、これが試練である以上、それすらクリアできない人間が今後やっていける筈がない。
「なら、やってみる。やっぱりそれに限るよなぁ!」
ニヤリと笑みを溢し、自身に支援魔法をかける。
グランは豪快にもパチャンと湖に足を踏み入れ、魔法の効果で水上を歩いてみせた。
本来ならなし得ない水中歩行を見せられ、大蛇はようやくグランを警戒したらしい。
( 確か、俺らのいた世界にも頭が複数ある生物がいた筈なんだが……その例に則るなら、首を全部切り落とすか、ただ純粋にダメージを与えまくるかすれば倒せるよな)
ただひとつ問題なのは、どのように殺しつつ生け捕りにするかだ。
捕るだけならば、首をほぼ全部斬り落とした状態にして気絶させればいいのだろう。やはり、殺すことと生存させることという2つの矛盾した内容がどうも厄介だ。
(とりあえず瀕死にさせてから考えるってのでいいか。奴が弱って時間に猶予ができたらでも遅くはないな)
一歩ずつ、ちゃぷちゃぷ音を立てながら広い湖の中を進んでいく。とてつもない敵意をヘキサ・アナンタから感じる。
「や、さすがにこんな巨大な奴と戦うなら武器があった方がいいのか? 武器があれば首をぶった斬ることもできるし」
よしっ、と呟いて、
「『ノイモント』」
詠唱すると、グランの手の内に黒い球体のようなものが現れる。それは一定の形を持たず不安定で、実態をもった影であるとも表現できる。
グランはこの黒いものを勝手に「新月」と読んでいるが、これを武器として扱う気など毛頭ない。
「からの、『ヤクト』!」
次にそう詠唱したとき、たった今生成されたばかりの新月は白く輝き出す。更にそのまま変形していき、それは、ひとつの刃物となって現れた。
刃の形状は弧_____三日月型を成し、その端から端にかけて持ち手が伸びている、といった構造だ。
本来、グランの妹のメイアのように魔法で武器を作り出すには創造魔法を使用すればいい。
しかし、今回グランは別の方法で生み出した。
魔法『ヤクト』とは "ものを武器として定義する魔法" と表現させることが多い。
つまり、『ノイモント』と言う魔法で創られた新月を、『ヤクト』を媒介として三日月に作り替えたというだけの話である。
「うし!後は兎にも角にも戦う!試練の達成内容だとかを考えるな、思考によって意識が散漫になることが命取りになることだってあり得るからな」
両者共に、目の前の敵を睥睨する。そして、大蛇はまるで準備完了だ、とでも言うように咆哮し、
「準備はできたな? 行くぜ!」
グランがそれに応えるように号すると、戦いは始まった。
走り出すと、大蛇は6つの頭から牙を剥き出しにしそれに対抗する。
ギィィィィーーン_____!!
三日月の弧と硬く鋭利な牙がぶつかり合い大きな音が鳴り響く。両者の力は拮抗しているようにも思えるが、それは敵の頭ひとつ分と比べたときの力に過ぎない。
ぐわんと横や上から覗き込む残りの頭も様子を伺いながら襲ってくる。
「全部を相手にしている暇はねぇ!どうにか一頭ずつ相手にする必要があるな!」
叫びながらグランは丸みを帯びた刃を身体ごと一回転させ牙を一本へし折り、怯んだ一瞬の隙に横から飛んでくる攻撃を回避、そのまま今度は上からの攻撃に対処する。
幸運なことに、グランの動きが素早いおかげで大蛇は狙いを定めるのが困難らしい。なので襲ってくるのはどれも一頭ずつで、なんとか1対6の状況を上手く捌けているのだが、
「それでも、まだ互角っ!なら……魔法球_____!! 」
手を上空に向けて叫ぶ。
すると大蛇の真上、高さ40〜50m 辺りの位置に巨大な魔法球がドッ!と登場する。
(突然の巨大な魔法が出現して、それを無視して突っ込んでくる奴はいねぇ!)
グランの予想通り、大蛇は頭上の魔法球に気付き顔を上へ向ける。それにより、攻撃の隙が生まれ___否___ヘキサ・アナンタという大蛇は頭が6つ。
それを活かせば、半分上を見て残りはグランを警戒すればいいだけの話だから。
( へぇ……そう簡単に隙はできないって訳か。仕方ない、これは大きなハンデになるぞ?)
なんて思っていると、すぐに視線を戻した大蛇が大移動を始めた。その巨大を活かして瞬く間にぐるりとグランを囲い、逃げ道は完全に断たれる。
「ま、もともと逃げるつもりなんてないしな。逆に、それは失策なんじゃないのか?」
グランの顔から笑みが溢れた。
同時に、グランはどの頭からも最も遠い地点に向かって走り出す。即ち、胴体だ。
囲まれたことにより、襲いくる頭部以外への攻撃が可能になった。ならわざわざ頭部にダメージを与える必要はない。
「さあ、ついて来れるか? ヘキサ・アナンタ!」
甲高い咆哮と共に大蛇は全頭総動員で胴体への攻撃を阻止せんと追いかける。巨大であるが故に速く、すぐに追いつかれてしまうが、
「ま、残念だけど、もともとお前の胴体を狙ったところで大した利益はねぇってんだ。眼中にねぇんだよな!」
すぐに追いつかれてしまうことは思惑通り。
グランは急速にターンし、目の前に迫る頭を通り抜けた。つまり、大蛇の首はもう目の前にありガラ空き。
大蛇は勢いを止めて振り返ろうとするも、そうすぐに止まることらできず、
「これで一本、やっと切断できるな?」
首の猛攻が訪れるよりも速く、手の中の三日月で一閃。
大蛇の重く巨大な頭部をひとつ吹き飛ばした。断面からは血しぶきが、後に小さな血の雨となって降り注ぐ。
大蛇は斬り落とされた痛みで悲鳴と共に激しく暴れ回り、いかにも今他の首も斬ってくださいと言わんばかりの無防備ぶりだ。
(いいだろう、すぐに楽にしてやるさ!)
バシャン!と強く一本踏み込むと、赤い水が跳ねた。
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結果から言って、グランは既に4本の大蛇の首を落としていた。切断する度にのたうちまわり無防備となるので、どうやら最初の1本さえやってしまえば楽勝ということらしい。
あと2本。例の如く現在も暴れ回って怯んでいる大蛇に高速で接近する。
尻尾や胴体がグランと衝突しそうになるも、そう簡単に命中はしない。ただ大蛇がグランに狙いを定めて暴れている訳でないからこそ、どこから攻撃がくるか分からないのが辛いところ。
「でも、残念だがもう俺は目の前にいるぜ!」
大きく三日月型の刃を振りかぶる。
しかし、遂に5本目を切断しようとしたその時、
グルルゥゥシャアァァ_____ッ!!
何とも奇妙で、そして今までの咆哮とは全く異なる謎の雄叫びが戦場に響いた。
その大蛇の声には何が意図されているのだろうか、とグランが一瞬迷ってしまったのが戦況を大きく変化させることになる。
一瞬で大蛇は尻尾をムチのようにしならせグランの腹部に一撃を喰らわすし、まともに喰らったグランは空中に投げ出された。
その空中で刹那、グランを奇妙な感覚が襲う。
キィーーンという、モスキート音のような高音が聞こえた。それと共に、身体が___否___世界がその刹那の間停止したような錯覚が襲う。
しかし、それだけだ。
だからと言って何もない。本当に謎の現象が起きたと言うだけの、無害な事象だった。
「くっ! あと少しのところで!」
なんとか受け身を取り態勢を立て直す。着陸というより着水と言うのが適切だが、兎にも角にも、下が湖だったお陰で着水の衝撃はそこまで強力では無かった。
だがそこで油断はできないと、グランはすぐさま目の前の大蛇の姿を確認し_____絶句した。
そこには、これが試練に設定された理由を説明づける光景が広がっていた。
異音が大蛇の首の切断面から発せられていた。肉がぐちゃぐちゃと蠢くような異音だ。
そしてその怪奇な音とともに、グランが苦労して切断したはずの首が、みるみる再生していた。
「は」
つい苦笑が溢れる。
幻覚の類ではない。事実として、目の前には文字通りの六頭大蛇が鎮座している。
「振り出し……いや、あいつの体力が完全回復しているならば、振り出しなんかじゃねぇ。俺の体力は完全じゃ無ぇ!」
と、次の瞬間、完全復活した巨大なそれは呆気にとられるグランをその尾で吹き飛ばしていた。
「ぐッ!! ……オ、『オリヘプタ』ァァーーッ!」
魔力を全力で逆噴射させることで加速度をできる限り下げ、なんとか受け身をとることで被ダメージの増加を防ぐ。
しかし、今の一撃は両者の間に相当な差を開かせた。
(もろに喰らうと絶対にマズイ!! だからといって慎重にやってるのも駄目だ。どうにか短期決戦に持ち込まねぇと!! )
ふぅーー、と隙を与えない程度に呼吸を整える。先程まで降り注いでいた嫌な血肉の匂いが徐々に湖に溶解して、足下を薄い紅で染め上げている。
しかし、そんな周りの状況など気にする暇はない。
「さあ、第2ラウンドと行こうじゃないか」
再び、見かけ上は互角とも思えるような、そんな戦いが始まった。先程と同じく牙と刃のぶつかり合いだが、おそらくもう第1ラウンドと同じ手は通じないだろう。
あと何度、この再生を見ることになるのだろうか。このラウンドで決着はつくだろうか。そんな考えが始めのうちは脳内をうろついていたが、今はそんな思考を放棄している。
無限回やり直すことになるかも知れないし、これで終わるかもしれない。
でも、そんな気ままに待ってはいられない、と。
グランは、決着はすぐに訪れるはずだと信じ、目の前の敵を睥睨して大きく一本踏み出した。
ちょうどその時だった。
大蛇とて決着は早い方がいいに決まっている。グランの一歩に対応するように、その大きな身体を黒く輝く闇が覆った。邪悪なエネルギーが6つの頭に集中して、破壊の限りを尽くさんとする大きな力が形成される。
破壊光線が来る_____と、グランは見抜いた。
(躱さなきゃ不味い!だが、どこへ行けばいい?)
あの破壊エネルギーがグランを狙ってくることは確実。
避けるしかないが、かと言ってもう時間はない。今から動いたところで、間に合わない。
(あ、これはもう_____)
極大の黒線が湖を突き抜け、森に直線を作図するかのように大地を削って力の奔流は広がっていった。
荒れ狂う黒いエネルギーの影響で湖に波が発生し、辺り一面、森の木々をも薙ぎ倒していく。
大蛇が強く号すると、更にバチバチと漆黒の力が波となって拡散し、暴風、大波と言った災害が酷くなる。例え破壊光線に直撃していなかったとしても被害は免れないだろう。
しかし、そんな中で。
荒ぶる怪物を倒さんと立ち向かうひとりの男は現在、左でも右でもなく下にいた。つまり、この湖に於ける下を指すものは、水中。
魔法球の新たな応用技として、グランは水中に魔法球を作りその中に入ることで水に濡れることなく嵐の鎮まりを待つことができた。とは言え、やはり魔法球は練習用の球に過ぎない。水の侵入は防げても、攻撃や衝撃に耐えられるだけの力は無く、やはり戦闘での使い所はない。
(そろそろ静かになってきたか。大蛇は今の攻撃で俺を抹殺できたと油断するはずだ。だから、その隙を突く!)
勿論、水中とて被害がゼロな訳では無かったが、結果として無事であることに変わりはない。ほんの1秒の間だけ、グランは精神を統一して集中する為に目を閉じ、そしてすぐに目を開けた。
たったそれだけで気分を入れ替えたつもりだったが、
_____視界には赤い水と異物が入り乱れていた。
「な、何が起き_____痛ッ!」
たった1秒だ。その一瞬だけの間に、グランの身体からいくつもの傷が、そして血も滲み噴き出していた。
その要因はグランの周りをぐるぐる回る肉食魚だった。銀色のボディを持ち、鋭利な牙と素早い動きで獲物を翻弄するタイプらしい。
それが魚群になって銀色の渦が生まれてる様を見ると中々恐ろしいものがある。
血液_____肉食魚というのは血の匂いに誘われて寄ってくるとグランは聞いたことがあった。
しかしグランはここらで出血をした覚えがない。道中襲われたときの傷はもう癒えているから問題ないはずだ。
「つまり、こいつらはヘキサ・アナンタの血の雨に!」
赤々とした鮮血を湖一面にぶちまけたのだ。嫌な血の臭いが水中に溶けていったことが、実は裏で肉食魚を覚醒させる起爆剤となっていた。
とりあえずグランは『スラヴ』で自然治癒力を限界まで高めて傷の修復に努めながらこの対処法を考える。
「群れ。そう、群れね。最近よ〜く群れに遭うんだよ。ってことで、大体こういう時にやるべきことは」
魔法球の壁を軽々すり抜けて襲いかかってくる魚の牙を回避しきるだけの技量はない。なら、強引に引き離せばいいだけのこと。
「これは村のグリムさんに教えてもらった魔法だ!『怒れる掌』!」
詠唱と共に、グランの隣に巨大な手が顕現する。溢れるオーラは荒々しく、そして軽々と魚群の一部を包み込む。
グランの拳と連動したその魔法の拳は湖の深いところまで勢いよく潜って、握り潰す。水面近くで握り潰してしまうとその血が再び悲劇を呼んでしまう。それを防ぐ為の手だ。
「くっ……それでも、まだ一部だけ!! 残りはまだまだいやがるし、攻撃の勢いが止まりやがらねぇ……」
自然治癒力と無数の牙の猛威では、圧倒的に前者が不利となる。もう既にグランも満身創痍で、血だらけだ。
「『怒れる掌』ぁ!さあ、早く対処しねぇと俺が食われちまう!」
作戦を考えるでも無く、ただひたすらに、少しずつ魚群を殲滅していく。もうグランが貧血で気を失うのも時間の問題。
焦燥感が増していく。
( 早く、早く、早く終われ! まだヘキサ・アナンタも残ってるんだ!)
そうして遂に、グランを襲った突然の災難は掃討された。
その安心感からか一瞬気が緩み、足下がふらつく。出血多量で酷い傷の多さだ。
何故そんな状況でかろうじて立てているのかと言えば『スラヴ』のお陰だが、やはりこの魔法では限界があるらしい。これからまた大蛇と戦うことを考えるとこのまま水中で回復するのをのんびり待つしかないらしい。
逆に丁度いい機会だ、とグランは考える。
ヘキサ・アナンタもグランは死んだものと思っているに違いない。だからこそゆっくり傷を癒し、どう戦うべきかを練り上げることができる。
どっとグランは球体の中で横になる。
( そういや、ここの水……神秘性があるとは思っていたが、こりゃ驚いた。俺の身体が癒されているらしいな )
『スラヴ』という、自然治癒力を高めるだけの魔法の効果とは別に、何か説明のしにくい心地よいエネルギーが身体中を巡っているのが感じられる。
暗く鬱蒼とした森の中にポツンと存在するこの湖。ここだけは未だ何故か、神聖さだけでなく癒しの力も残っていたらしい。
「ま、遠慮なくこの不思議な回復力も使わせてもらうとするかね」
気分を入れ替える為に深呼吸して、声に出して作戦を考える。
満身創痍だと何かと眠気が襲うものだ。話すという行為がどれだけ意味のあることかわからないが、黙って考えるよりは眠気を払えるだろう。
「今頃上でトグロ巻いておねんねでも始めようとしてんのかね、あいつは。なら奇襲を仕掛けるってのもアリっちゃありなんだよな」
どうやら無駄にあの蛇は生命力が高いらしいと、グランは敵の優れた点を称賛した上で、
「あいつの弱点と言って思いつくものは、そうだな。6つも頭を持ってるクセに攻撃してくるのはひとつずつってところだよな。だからこそ俺はほぼ互角に戦えてる」
しかし、それでもほぼ互角でしかないと、グランは楽観的に状況を見ることはしない。
グランは、完璧とは言わないまでも、自分が優れた力の持ち主だと思い込んで今まで生きてきた。それもそう。村の外の世界をほとんど知らないし、だからこそ自分より強い人に出会ったこともなかった。自分はこの世界でも十分やっていけると半ば驕っていた。
「まぁ、これだけ特殊な魔法を持ってたらな。そりゃぁ、少しくらいは自信過剰にもなるだろうさ……ってのは合理化してるだけなのかもしれんが、まあ」
それが故の試練なのだ、と結論付ける。
「さて、そろそろ本格的に戦線復帰の準備をしないと。もっと時間が経てばいつバレるかわからないしな」
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グランが水面下で治癒と熟考を同時進行している中、その水面の上にて、大蛇は睡眠を始めていなかった。
何を隠そう、この魔物はグランを倒しきっただなんて思っていないのだ。今現在ここに鎮座するヘキサ・アナンタにとって、首を切断されるなんて体験は初めて。
そこまで自分を追い詰めた敵が、こんなあっさりやられるなんて、この大蛇には信じられなかったのだ。
破壊光線が放たれる直前、敵として襲いかかってきた男がどこかに移動しようとしていたのを実は見ていた。
たとえ光線を回避できていたとしても、荒れ狂う波や風の影響を受けていない筈がない。だからと言ってくたばったとも考えられない。だから、今もきっと何処かに潜んでいるに違いないのだ、と。
キョロキョロと、複数の頭で周囲を注意深く観察する。奇襲は絶対にさせない、絶対に見つけ出してみせる。
本能がそうしろと騒いで仕方ない。
既に波は収まり暴風も吹きやんでいる。
だが、それでもまだ少し水面が揺らめいているし、冷たい風が微かに吹いている。
あれだけの破壊エネルギーを使用した大蛇も、疲労は顕著に現れ始めていあ。
故に、波と波がぶつかり合う音や木の葉が擦れる音がそこら中から聞こえてくる、その度にそこに敵がいるのか、だなんて警戒心を巡らせなければならず、休みたくても休めない。とぐろを巻いて寝たくても寝れない。
いつまで経っても何も起きない空間で、ヘキサ・アナンタは音と戦っていた。
周囲、と言って視角と聴覚に頼るだけの、上下、つまり空や水中を確認しない、水平面上のみを捜索する何の意味もない戦いは続く。
遠く離れた拠点で、黒龍は轟音を聞いた。
龍がいる拠点は古く寂れていて、崩壊した部分さえある。もはやもともとこの遺跡が何を目的として作られたものなのかが分からない程に、老朽化は進んでいるのだ。
それでもなおこの建物は失踪者達の身を護る場所として未だ存続している。
その1番の理由は魔物が周囲にいないからであり、黒龍ラグラスロにとっても、周辺の魔物の掃討をする手間がなく安全であることは有り難く思っていた。
しかし、たった今南の森の奥地から鳴り響いた轟音は、一瞬とは言えラグラスロの心に動揺の二文字を植え付けた。
「ヘキサ・アナンタ。六頭大蛇とも表現されるその怪物はときに膨大な力を以って破壊の一線を描くと言うが、なるほど、よもやここまでとは」
今までもラグラスロは失踪者に試練と題してヘキサ・アナンタ討伐アンド生け捕りを指示してきた。だが、ここまで凄まじい破壊光線を撃たれるのは初めてのこと。
しかも、丁度拠点のある方向に放ってくるとは。
勿論拠点方向に目掛けて光線が引かれる可能性を危惧していなかった訳ではなく、遠く離れた場所からこの拠点まで影響を与えかねない一撃を放てることに驚嘆しているのだ。
「さて、かような並外れたエネルギーを間近で体験して、グラナード・スマクラフティー、あの童が未だ生きているのか否か」
その言葉には、グランの生存を心配しているような意図は含まれていなかった。「失踪者を護る者」を自称する者としては不合格とも思える言葉だが。
それはグランが生きているという確信に基づいた言葉かどうか、それが分からなければ咎めることもできやしない。
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ざっと5〜6分と言ったところだろうか。回復を初めてグランの身体からは傷もほとんど消えていた。しかし服はボロボロに引き裂かれ、穴もまばらに空いて模様みたいになっている。
現在グランが着ている服にはアル・ツァーイ村の紋章が刻まれていて、この世界に於ける御守り的存在だと捉えていた。
だから、
「また拠点に戻ったら、糸やら毛やら探して縫い直すか」
そう言って立ち上がる。
立ち上がった瞬間、一瞬足がふらついたが堪えてしっかり直立する。傷が癒えたからと言って疲れが取れる訳ではないのだ。
しかし、その疲れを吹き飛ばすようにパァン、と頬を両手で叩いて気合を入れ直し言う。
「さて、さっさとさっきの第2ラウンドを再開するか。さっきあの蛇の影が動いてるの見えたし、どうせ奇襲は通じないだろうな」
自然と傷が塞がるのを待っている間、グランはどうやって戦うかを考えていた。
戦いが始まってから破壊光線が放たれるまでの間、グランは三日月の武器だけで攻撃を仕掛けていた。つまり、武器を作ってから魔法を使っていなかったことになる。
「あれだけのビームを撃てるんだ。あんなのがまた来て、いちいち躱していたらキリがない。言うて、あれだけの力を行使したんだから疲れてるはずだし、流石にあの規模の攻撃が来るとは考えにくいが……」
これからどう戦うか、ひとつ当たりを付けてみる。
「今度は俺もエネルギーをぶつけてやろうか」
ザバァン_____と、湖の中心付近にて水飛沫が上がった。
今回の「音」は今までのとは完全に違う、自然に発生するものではなく、何らかの意図的な力によって発生させられた「音」であると、ヘキサ・アナンタは瞬時に見抜く。
水面より下から突然、半透明の球体と共に1人の男が浮き出てくる。見覚えがある。_____敵だ。
「よぉ、ヘキサ・アナンタ。まさか、俺が下にいるとは思ってもいなかったって顔だな?」
人間の言葉など分からないし、そもそも男にも大蛇の顔の変化など分かっているはずもないが、それはさて置き。
大蛇にも、その男の笑みと声色が挑発の類のものであることは理解できた。
宣戦布告をされたのだ、と。
「俺もお前も疲れてるだろうしよ、もうそろそろケリをつけようじゃないか!」
男の手が光に包まれる。
大蛇の目を潰すための光ではない。光が消えるとその手の中には三日月型の刃を持った武器が生成されていた。先程の戦いで首を切り落とした恐るるべき武器だ。
「さあ、いくぞ?」
確認の合図が掛かると、それに対応するように大蛇は咆哮し、
「……『オリヘプタ』!!」
グラン VS ヘキサ・アナンタは再開される。
_____そして、戦いはもう折り返し地点を過ぎている。