間奏02 カタフ家のフィースト
時は五月、アル・ツァーイ村でグラン達と別れて以降、フィースト・カタフは宛もなく世界各地を放浪していた。
馬車なんて遅くて尻が痛くなるだけの最低な乗り物だと見下ろしながら、今日も今日とて神槍トロフィーに乗って移動中である。
たった今目指しているのは国家大陸のカーシミア公国、更にその北部に座する首都コンコルド。カタフ家の本拠地があるとして良く知られるも、正直他に有名なものがあるかと言われると回答に困るところだ。
グラン達の住む都市大陸とは違い、名前の通りこの大陸は国家で構成されているため、当然国境が存在する。
本来なら越えるのに色々な手続きなんかが必要だったりするのだが、フィーストは雲の上に隠れることで巧みに国境を越えた移動を可能としていた。
「はぁ、やっと見えて来たな。この数百年でカタフの規模もどうやら大きくなったらしいけど………」
正直なところ、フィーストは億劫に思っていた。
ルーシャは家に帰ると聞いているが、結局のところフィーストは何世代も前の人間だ。カタフに戻ったとしても周囲は誰かも分からぬ者だらけ。
いきなり「ただいま」と気楽に訪ねたところで歓迎されるはずもないだろう。
「ほんの僅かな可能性に期待してってのは趣味じゃないけど、グラナードの奴を超えるには必要なことだ」
『僕は絶対、お前を倒す』
黒竜との戦いを終えた後の、あの時の言葉が蘇る。
フィースト・カタフにとって人生の岐路は今まで二つあった。黒竜ラグラスロに敗れた時とグランに敗れた時だ。特に後者は、最初こそ相手を格下であると嘲笑して見ていたが故に悔しさも数倍に膨れ上がった。
だから彼はもう、気が乗らないという理由でカタフ本家への帰還を諦める訳にはいかない。少しでも糧を見つけなければならないのだ。
「んん、ここなら降りれそうか」
監視の目が無さそうな地区を吟味して選ぶと、怪しまれないよう急降下で着地する。人通りの少ない裏路地的な所を選んだが、ここからでもカタフの屋敷がギリで見える。
「景観も変わりすぎて土地勘もクソも無いし、真っ先にあそこに向かうのがベストか」
そう言って、閑散とした路地を足早に抜ける。
フィーストが降り立った場所は、カタフの事業として魔法を絡めた武器製作が展開される工場が林立していた。
少し離れた地区に行けばちゃんと商店街もあるし人通りも多い。たまたまここが首都らしく無いだけ。逆に言えば、工場区はコンコルドの重要地区と言える。
では軽く問題だが、そんな所にひとり見知らぬ青年がふらっと立ち入って、更に槍を片手に持っているとなればどうなるだろうか?
「君、ちょっといいかな」
「ちょ、なんだよお前ら」
「それはこっちのセリフなんだけどね」
アプス家専属と思われる警察複数人に四方八方囲まれた。手に握っている神槍トロフィーさえあればたった数人など軽く一蹴できるが、そうすれば指名手配ものだろう。
「ちッ、仕方ない。大人しくお前らに従うとするよ」
「いや、何様だよ…………」
ボヤかれつつも手錠を掛けられ、囲まれた状態のまま連行されることになった。
道中何事もなく深妙な面持ちで、ただ無言の空気が気まずさを孕んでいる。目的地とは反対方向の市街地まで戻されるのだろうと予想して、静寂を崩さぬよう溜息をついた。
しかし、到着するとフィーストはたちまち混乱した。
どの道がどこに繋がっているのか分からないで歩いていたせいもあるが、なんと行き着いた先はカタフ邸裏だった。
「丁度目的地に到着できて大感激だけど……なんで?」
「なんで、とは何がだね」
「いや、怪しい人間を易々とカタフ邸の側まで連れて来て大丈夫なものなのかと。さては頭悪い?」
「な、侮辱は許されんぞ! ほら座れ、取り調べを行う!」
肩を強く押され、強引に椅子に座らされる。
ちなみに今も四方を固められていて、対面に座る警察官が主に喋っている。おそらく彼がリーダー格なのだろう。
「まずは君の名前と年齢、それと住居を聞こうか」
「…………フィースト・カタフ、19歳。住居と言われても難しいんだけど、強いて言うなら数百年前のここ」
「ふざけているのか?」
「こんな四面楚歌な状況で適当こくわけないじゃん」
「その悪態ぶりを見れば疑って同然。君がカタフを名乗ってて、あまつさえ数百年前にここに住んでたって? 大概にしろ」
正直こうなることは分かっていた。
フィーストが実は失踪被害に遭っていることは必然的に秘匿されているだろうし、仮に彼らが事実を知っていたとして、それでも何世代も前の人間が平然と生きている時点でもうおかしい。
「嘘を吐くならもっとマシな嘘であるべきだ」
「だから嘘じゃあ」
「もういい」
男が手で制止する。これ以上は議論の余地はないと判断してのことだろう。口競り合いは依然警察サイドを優位として新たな話題に切り替わる。
「じゃあ、君はなぜ槍を片手に工場地区を彷徨っていた?」
「……………ここに来るため」
「ここ、とは裏にあるカタフ邸のことで合っているか?」
「そうだけど」
「なぜカタフ邸に用があった」
「さっき言ったろ。僕はカタフ家の人間で、元々僕も住んでいたって。だから久しく戻ってみたという訳なんだけど」
ふぅ、と溜め息をつく警察は一向に理解を示さない。難色を浮かべて周囲とアイコンタクトで意思疎通を図っている。
機嫌を徐々に陰らせるフィーストがじっとリーダー格の男を見ていると、今更ながら胸にネームタグが付いていることに気づく。
( イールド・イーストねぇ。真面目な性格で的確に仕事をこなそうとする気概が強い。厄介だけど、味方になれば大いに役立つタイプだ )
「君、フィーストと言ったね。最後に聞くけどあの槍は何だい。なぜ槍を何かに包むとかせず持ち歩いてるんだ」
「神槍トロフィーって言ってお前らに分かるのか? あれで空を飛んでやって来た、なんて言って信じるか?」
「………………信じれないな」
「はいはい、そうだろうと思ったともさ」
「いいや、信じれないって言ったのはその意味じゃない」
警察達に期待を向けないフィーストと、含みのある言葉と共に増して眼力が強まるイールドという男。懐疑的な視線を向けられようと動じやしないが、どこかそれとは違うようにも思える。
「じゃあどんな意味だってんだ」
「神槍トロフィーの名を知っている、そしてそれを持っている。そのことが信じれないって言ってるのさ」
「その文言じゃあ違いが分からんな」
「別にそれで構わない」
イールドは先程同様に仲間達とアイコンタクトで沈黙の会話を挟むと席を立った。どうやら取り調べは終わりらしい。
「さあ君も立つんだ。君の話はどうも嘘にしか聞こえないが、カタフの名と槍が絡んできた以上は私たちの裁量を超えていてね。特例で本家に通す許可が降りたよ」
「わお、そりゃ願ったり叶ったりだ」
「言っとくが、怪しい素振りを見せても無駄だからね」
「はぁ…………はいはい」
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「失礼致します。イールド・イースト、件の人物をお連れしました」
ノックと共に扉の外から呼びかける。すると向こう側から「どうぞ」と許可がでて、早速取っ手に手を掛ける。
カタフ邸一階中央の大ホール。
フィーストは拘束されたまま黙って連れられてやって来た。別に彼には口を噤んでやる義理などないのだが、館内に漂う異質さに沈黙を強制されたとでも言うべきだろうか。
使用人達が忙しく働いている、それだけならいい。フィーストが思うに、彼らは凍えているのだ。
あまりにも無駄のない動きは音すら最小限で、そうあるべきを強迫観念かのごとく自身に押し付けているような。
( あいつら、常に恐怖と隣り合わせって感じだった。冷汗三斗と強迫観念が心の凍えを助長している。そんで、その原因になっているのが……… )
「よくぞおいでくださいました、フィースト・カタフ」
大ホールでイールドとフィーストを迎え入れたのは、女性二人と男性一人であった。突き刺すように冷徹な視線が居心地をすこぶる悪化させている。
「で、では私は外でお待ちしております故、」
「いいえ、貴方もここで話を聞いていきなさいな。ですから只今よりこの場にて存在を許されるのは私、エス、ツェット、イールド、フィーストの5名のみ。よいですね?」
使用人を含め、大ホールにいる全ての人間に対し命令が下されると、許可されていない者らはそそくさと退出していく。ひとつ飛び抜けて豪華な椅子に腰掛ける女性は、その絶対的な権力を象徴していた。
「さて、私ども名乗っておりませんでしたね。私はドナテラ・カタフ。そして私からみて右手にいるのが長女エスで、左手にいるのが長男ツェット」
「アハハ! 急にとんだ迷い鼠が紛れ込んで来たものだねぇ。ヨロシクね〜」
「おいおいエスよぉ、そう虐めてやんなって。で、あんたさあ、本当にフィースト・カタフなのか? だったら凄えことだよなぁ過去の偉人に会えたんだからさ。魔力を持たない残念な偉人さんにさ」
「「はははははははははははは!!」」
「____________。」
どうやら誰も決して好感が持てる人物像をしていないらしい。この中で唯一の常識人を挙げるなら当然イールドだろうが、彼の苦労も少し窺える。
「だんまりしてないで座りなよ偉人さん。あと、その手錠も解除してやっていいよな母さん?」
「ええ、構わないわ」
「どーせ手錠外したところで槍がなきゃ戦えないもんね! ここに来た瞬間から、アンタに善いことなんて何一つ起こりゃしないのさ! きゃはははははははは!」
こんな醜悪な環境で使用人がこき使われていると考えると周囲一帯を取り巻いていた異質な雰囲気も頷けてしまう。
ツェットと呼ばれた男は容姿がフィーストとよく似ているが、彼の相手を卑下する態度はフィースト以上と言っても過言ではない。
それを加味しても、青と黒のラインの入った縦ロールをした長女、エスの酷さは拭いきれない。徹底的に人を馬鹿にして嘲笑う様は見ていて逆に冷静になれる。
( 人をコケにする罵詈の類を容認してる時点で、あのドナテラとかいう当主も碌な人間じゃないね。同じく人を下に見てきた僕が言えたことじゃ無いかもだけど )
そう考えながら、かつて闇の世界に来たばかりのグランに発破をかけ、また妹メイアを利用して最低なことを普通にしてきた過去を思い出す。
「さて、本題に入りますけど、貴方は何故ここに帰って参りましたの? かれこれ三百年程前の人間がいまさら来ても歓迎されないことは貴方も承知のはず」
「……………強くなるため」
その一言で長男長女が吹き出した。会話の邪魔をしないよう抑えているが、全然隠しきれていない。
「カタフに残る記録簿に貴方のことも記載されてですね、特殊な例ということもあり、私たちは貴方を無魔力にして失踪に巻き込まれた憐れな人間として認知しているところでありまして」
「まさか、本当にカタフの人間だったのか………??」
「イールドが知らないのも無理はありません。そして先程言ったように彼は三百年程前の人間。そんな者がどうして今も生きているのか、信じられないのも必然でしょう」
フィーストの存在を怪訝に思うイールドに共感の言葉を発するドナテラ。ところが、その口ぶりに決して彼が本物であることを疑っていないような迷いの無さがあった。
「あんたらは………僕の話を信じているのか?」
「一ヶ月前のことなのだけれど、都市大陸のアラ・アルトで失踪被害からの帰還者として或る兄妹がインタビューを受けていのは皆知っているわね?」
「そりゃあ、世界的に話題になっていたし」
「そこで彼らは言っていた。一部の人間は殺された後、精鋭部隊の一員として蘇生・不老を与えられたと。犯人が消滅することで不老は解除された様だけれど、その精鋭部隊に彼がいたと考えれば辻褄も合う」
「ふっふ、偉人さんが精鋭部隊の一人だったってんなら面白ぇ話だぜ全くよぉ。どうせ愛用の槍が無ければ見向きもされなかったんだろうな? え?」
「それそれそれよぉ! 敵さんはきっとアンタじゃなく神槍トロフィーだっけ? に目を惹かれたんだね。可哀想〜!」
頻繁に割り込んでくる雑言はもはや倫理観がどうのと言うレベルではない。ドナテラもドナテラで会話の邪魔するなと注意してくれよと本気で考え始めてくる。
「そーだぁ! もしかしてさ、もしかしなくてもさぁ、アンタってあの兄妹と戦ったんでしょ! で、どうだったのさ、勝てたの?」
「___________ッ!」
「沈黙だぜこいつよぉ。アァーハッハッハッ!」
これほどまで嘲笑されて怒りを覚えぬ者はいない。だが、ここで怒りを暴発させてもいけないと歯を噛み締める。
この姉弟がフィーストを嘲るのは相手を格下だと確信しているから。恐らくそれは、神器まで含めた上での力。
「…………だけど、神槍ほどの武器を開発するのだって相当なコストがかかる筈だ」
「ふむ、少々貴方は時代の変化とカタフの技術を甘くみているようで。エス、ツェット、見せておやり」
その言葉に今日一番の邪悪な笑みを見せた姉弟。嫌な予感をすっとばして既に嫌である。
拳を強く握り必死に堪えるが、
________途端、背後から首元に刃物が宛てがわれた。
フィーストの座る椅子の背もたれ部にツェットが飛び乗ったのだと一瞬気付かなかった。いつの間にか握られていた双剣は不気味に唸っていて、峰は渦巻いたような模様を見せている。
「なるほどねー。この状況で冷静こいて観察から入るたぁ流石カタフの血を継ぐだけのことはある」
「そりゃどーも。君のそれ、かなり鈍なようだけど手入れはしてるのかい? いざ斬り伏せようって時に意味があるのかい?」
「馬鹿め、何故母さんが武器を出すよう指示したと思ってる。神双アルマ、これが現代の神器の名だよ。そして神双の真骨頂は、質量の増加を伴わない、魔力エネルギーによる最大5メートルにも及ぶリーチ延長さ」
「近距離特化型の魔力ブレードか。殺意が高いね」
ツェットの武器自慢と同時に双剣の唸りがやや顕著になる。「いつでも引き裂いてやるぞ」という脅しなのだろうが、フィーストは決して引き下がらない。
「ねえ。君が僕の首を狙ったならさ、僕も君の首を狙っていいってことで合ってるよね?」
「おい阿呆かよ? 何をどうやれば挽回できるんだぁ?」
「ふ、当然トロフィーの出番だ」
その言葉はもう我慢の時間はお終いだと、その意志を表明する言わば最終通告であった。
「何を言って、君の槍は署の方に置いてあるんだぞ……?!」
「まさか、この僕がただ回収されたまま放っておく訳ない」
右手を顔の高さまで挙げるとそれに呼応して青い槍が扉を破り来た。一体どうやって来たのかなんて考える暇は与えず、それはツェットの首元に一直線________と、
「まさか………ってのはウチのセリフなのよねぇ」
うなじに突き刺さる寸前で神槍トロフィーの直進が急停止、いや長女エスの何かしらによって封じられていた。長いロープ状のもの数本があらゆる箇所から顕れては硬く巻き付いている。
「まさか、神器が神双アルマだけだと思って無いよねぇ? ウチの神鞭マキアは愛のムチ。捉えた獲物は逃さない超サイコーな存在なの! なんならアンタを捕えてウチの配偶者にしてやってもいいのよ? ねえ光栄でしょ? 迷い鼠さん?」
「はあ、君は特に最初からずっと姦しかった。誰が好き好んで君と半生を過ごしたがるだろうね」
「はは、それはそれは____ 」
「あぁん?」
「いや何でもねぇって、そう怒んなよエス」
姉弟喧嘩でも始まってくれるとフィースト的にはありがたかったが、一度ツェットに向けられた鬼の形相がそのままフィーストの方に回ってくる。
武器を振り回す三つ巴の環境に警察イールドはポカンとしているし、ドナテラは黙って行く末を優雅に見守るだけ。
( なら僕は、好きに暴れてここを離れさせてもらうか )
「一つ言及するけど、僕は決して背後の彼を攻撃しようとしていたんじゃないさ。神槍トロフィーは僕の手中に戻ろうとしていただけで、ただ彼がその直線上にいたに過ぎない」
「だからなぁんだって? それで、まだ自分にはウチらを出し抜く手札があるとでも言いたいの? キャハハ! 底辺鼠が、この私を、そしてツェットを、驚かせてくれるってぇ??」
「はっは、そりゃ傑作だ。首を狙われてることに変わり無いってのに、偉人さんの何処にそんな嘯くだけの元気があるんだろうね」
「それだよ、それ」
言うとフィーストは神双アルマの剣身を両手で掴んだ。
それ自体は鈍だから、握ったところで大騒ぎする程の出血はしない。自傷行為に走っている事実に変わりはないのだが。
「カタフの神器は基本カタフの者にしか使用できないし、だから流通もしない。世界各地を見回ってきたから確認は取れてる。そこでだ、お前らは知らないだろうな。槍先だろうが鞭のどこだろうが、或いは剣身だとしても、カタフの人間が触っていれば扱えてしまうってことを」
再び双剣が唸りを起こし出す。それが何を指し示すのかを一番よく知るツェットだけが、いち早く異変に気づき、汗を浮かべた。
彼の意志でブレードが動いているんじゃない、いや勝手に動かされているのだと。
「僕は再び旅に出る。グラナードを超えるその前に、まずはカタフ家を凌駕する。これは妄言じゃない、宣誓だ」
3メートル程の魔力ブレードが逆噴射した。フィーストの手のひらを焦がしながら、同時にツェットの身体を押し飛ばす。
「おわああぁぁぁぁぁああ?!」
「ちょ、馬鹿なんじゃないの?! 自分の手をボロ雑巾みたいにして、まったくこれだから劣等児は困る!」
「さあ、僕の神槍トロフィーを離してくれるかな」
席を立ち、槍を雁字搦めにする神鞭マキアに手を掛ける。すると自然、鞭の持ち手が大広間をエスごと縦横無尽に駆け回り、彼女を視界の外まで吹っ飛ばした。
「あらあら、随分と派手に………確かに貴方はカタフね」
「母さん、なに悠長に話してるんだ。こんな問題児、さっさと握り潰してしまった方が良くないか?!」
「その必要は無いかと思いますが………そうですね、ツェットがそこまで言うなら少しだけ罰を与えます」
「罰だって? 僕が何か罰せられるようなことをした覚えはないんだがね」
「黙らっしゃいな」
ドナテラは指で拳銃を形作り、フィースト目掛けて構える。静粛せんとする当主自らの威が、風となって髪を撫でた。
愛する娘息子を傷付けたからなのか、反逆の意志を見せた時点で駄目だったのか、理由は不鮮明でも、「来る」という感覚だけは確固たる。
「神器____神指プルガト____第六指『顧復之恩』」
槍を手に取って反撃に転じようと試みるフィーストに、のっぴきならぬ気配が横から割り込んだ。
青と黒と銀からなる縞模様の髪をして、ツインテールが解けた長女エスの様は、いつかの狂人を思い出させる。
「母さんの『顧復之恩』が確実に命中するよう、アンタを移動させてあげるわ。カーシミア公国随一の天才の名の下に!」
何か「やばい」ものから逃れようとしたが、両脇を数メートルに及ぶ溶接ブレードが挟んだ。ツェットの神器がそうはさせまいと逃げ道を塞ぐ。
「徹底的に痛くするわよ。『空鞭絶後』」
自由自在な鞭の激流はさながら倍速で殴られるようなもの。生死は問わないとでも言いたげな容赦の無さが、カタフの気質を丸々と滲み出ている。
知っている。
とうの昔から知っている。
槍からレーザーを射出して攻撃を相殺、加えて空中に飛び出すことで両脇のブレードから逃れる。
ドナテラの指銃は未だ撃たれていない。勝てる見込みがない以上ただ出来るのは退出すること一つで、
「飛んだわね。やはり、その槍を使えば空中浮遊だってできる訳よね。ふふふ、どうせ国境だって空高くから超えてきたんでしょ?」
「________ちッ 」
「だからウチは、アンタが飛ぶのを待っていた」
天井の一部、フィーストの頭上部分だけが崩れた。邸宅が大きく破損することをも厭わないとは露も知らず、崩落に巻き込まれるのは運命の結実だった。
「アンタに飛行能力があるからと言って、巻き込まれれば一瞬でも対処は遅れる。つまり、自由落下してるのよ。ここまで持ち込めば演算は簡単ね」
重力加速度と物質の質量、そしてドナテラの指の角度などの情報を統合し、天才エス・カタフは計算した。いつ、どのタイミングで撃つべきか、後は合図を送るだけ。
( クッソ。頭ではヤバいって認識出来てるのに、まだ身体が落下に身を委ねちまって動かせない!)
「_________________今よ!」
閃光と共に、高密度エネルギーの指弾が宙を薙いだ。
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時は六月、カタフ家での騒動からひと月が経過した今、再びフィーフトは大陸を回って旅していた。
特に目立った傷も負っていないし、あの日から特別変わったことも無い。いつも通り不法入国を繰り返しつつ、変わりゆく時代を眺めては強くなる方法を探している。
だがひとつ変わったことがあるとするなら、今度の旅は目的地が明瞭だということだろう。
正直、ドナテラの攻撃は不可避だった。
驚いたことに、それを受け止めたのはフィーストでもエスでもツェットでもなく、専属警察イールド・イーストだ。彼はどうやら防御力の高さ故に雇われていたらしく、あの瞬間に彼が受け止めてくれなければ大打撃は間違いなかった。
イールドは特に懲罰を受けることもなく、その後も警備を続けている。だが首都コンコルドを去る際、彼はフィーストを偽物と疑ったことへの謝罪と、もうひとつ有益な情報を教えてくれたのだ。
『君は魔力を持たなくて、たった一本の槍だけで世を渡って来たと言ったね。だったら、法皇大陸の北方にある私の故郷に行くといい。年を通して寒い場所だが、これを町の者に見せればきっと君の助けになるはずだ』
手渡されたイールドの名刺と徽章のスペア。
永らく触れることのなかった人の優しさを知り、だからこそフィーフトは北上することを即決する。
「さて、ゆっくり色んな所を巡って来たけど、そろそろ寒くなってきたね。目的地は近くってとこかな」
かくして、彼の旅路は定まった。
孤高の青年はこれから訪れる地にて何を体験し、何を得るのだろうか。また、いつか再びグランと出会うとするならば、これが如何なる影響を齎すのだろう。
執筆をサボってしまいまして申し訳です。
さて、今回エスが終盤で突然の物理演算を始めますが、なんで崩落部の天井の質量とフィーフトの質量を知ってるんだって話になりますよね。
皆まで言いませんが、その秘密は彼女の神鞭マキアにあるとだけここでご紹介しておきます。
では、また次回もよろしくです。




