間奏01 アプス家のミステルーシャ
世界を動揺させた『大侵攻』も終わり、また同時に失踪事件の解決も人々の注目を集めている今日この頃。
世界三大派閥、または世界三大財閥とも呼ばれる御三家のひとつアプス家は、都市大陸の最東端に位置する大都市バウナーレにその拠点を置いていた。
この街は他の大陸との交流場でもあり、漁業が盛んなことでも一躍その名を馳せている。
また、大都市アラ・アルトは「古き楔」、大都市ユニベルグズは「連なる大地」と言った風に、このバウナーレにも「叡智の誓い」なる立派な意味が込められているのだが、何が「誓い」であるのかは、またいつかの機会に説明するとしよう。
さて、話を戻して。
バウナーレの僻地に広大な敷地を持つアプス家であるが、その本館の前に一人の女性が現れた。サングラスを掛け黒のローブを羽織るだけでも怪しさマックスなのに、大きなケースを抱えて登場したとあっては、当たり前だが警備の男達もこぞって静止にかかる。
「止まりなさい。とりあえずサングラス外して、あと名前も言いなさい」
多方を囲まれ絶体絶命かと思われたが、女性は何も慌てることなく素顔を白昼の下に晒す。その素顔に怪しさは1ミリたりとも無く、ただ美しさだけが際立っていた。
「ああ、これは申し訳ありません。どうもお勤めご苦労様です。ミステルーシャ・アプスと、そう名乗ればお分かりになられますか?」
「なに…………?」
「確かに、失踪事件の解決と共に数人が帰ってきたと報道されてはいたが」
「…………こんな事を聞くのは忍びないが、本人だと証明できるモノはお持ちで?」
警備員全員に動揺が走る。世界的には非公開となっているが、アプス家の直系血族とその他一部の人間にはルーシャ失踪の旨が一報されているのだ。それにはここにいる彼らも含まれていた。
ルーシャは驚愕する彼らの様子に気付かず荷物の中を漁り、本人証明ができる物証を探す。
「あったあった、これです。アプス家のミステルーシャ、その身分証明書」
言って取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さなカードだった。表面にはルーシャの情報が数項目箇条書きされており、裏面はアプス家の三日月形家紋が印刷されている。
極めつけ、偽物の類でないと証明するのに必要なのが電子チップで、カードに埋め込まれたそれを機械に翳すことで情報を読み取ることが出来る。
そこまでしてやっと、
「本物だ…………お顔もミステルーシャ様そのものですし、つまり、無事お戻りになられたのですね!」
「ええ、お久しぶりです」
「疑ってしまい申し訳ありません! あ、ささどうぞ中へ。帰還なさったことを早く報告しなくては」
「分かりました、そうさせていただきます」
淑女たる礼儀を以って丁寧に対応すると、怪しいローブも脱いで、とうとう本館に足を踏み入れる。向こうの世界では崩れた口調や素振りを見せていたが、ここに戻ったからにはそれも正していかなくてはならない。
そう考えた矢先、本当にその必要があるのかと疑問を抱かせる人物がエントランスに躍り出た。
「おいおい、お前ルーシャかよ。いやまさか、でも…………本当のルーシャなんだよな?」
「エリザお姉さま! 本物ですよ。ミステルーシャ・アプスは只今この地に帰還致しました!」
エリザと呼ばれた女性は、ルーシャと同じ紅一色の髪を長く伸ばし、感情の窺いにくい格好良さが引き立っていた。
アプス家の次女、エリザベート・アプスである。
彼女はアプス家の女性の中でも唯一、日常的に砕けた言葉使いを振舞っている。と言うのも、本人曰く大胆不敵さをアピールすることでトラブルにも動じない精神を宿すため、だそうだ。
「そうかそうか、帰ってきたか。警備班の方から怪しい奴がいるって連絡があったから来てみれば、まさかこんな形で再開することになるなんてな」
「確かに。怪しい者が本館に侵入しちゃって済みません」
「おやルーシャ、そんな冗談言うようになったのか? 私の知る限りのお前とは随分変化があったみたいだな」
「そりゃあ向こうで沢山起こりましたから……………と、いけない。エリザお姉さま、お母様はいまどちらに?」
「それなら自分の部屋に籠ってるんじゃないか? いつもはお前に厳しく当たってたが、あれでも必死に探そうとしてたからな。今頃は最近出された失踪事件に関する論文やらを読み漁ってるだろうよ」
「わかりました、行ってみます」
一礼するとルーシャは再び荷物を抱え、エントランス奥にあるエレベーターのスイッチを押す。4つのエレベーターが並んでいるが、一番到着が早そうなものでも現在5Fとの表示が出ているから一分かそこらは待つことになりそうだ。
ちなみに、ルーシャが肩に掛けている鞄とは別に大きなケースを抱えている訳だが、明らかに重い。何とか馬車などの移動手段を駆使してバウナーレまで来たとは言え、苦労がそれで和らいだとはとても言えなかった。
そんな彼女を見兼ねてか、エレベーター到着の鐘が鳴って扉が開く寸前、
「なぁルーシャ、私も母様んとこまで行くよ。だから、その荷物貸しな。持ってやる」
何と頼もしいことか、エリザベートが妹の様子を見兼ねて後を追って来てくれたのだ。
案外珍しいことだった。優しくも厳しくも無かったが、いつもルーシャが困っていても「そのくらい自分で出来なきゃアプスではやってけない」と言って手伝うことはしなかった。
そんな彼女が、かなり恥ずかしそうに顔を赤らめながら手を差し伸べたのだ。この数ヶ月でルーシャは大きく成長したが、変わったのは彼女だけじゃ無かった。
「ありがとうございます。じゃあこのケース、持っていただけますか?」
「勿論だ_______________いや、重くね?」
「中には凄い大切な物が入っているので、ガタンッ! でドンッ!みたいな事はしないで下さいよ? 慎重にお願いします」
「この妹、随分変化したとかいうレベルじゃない……………どこか色んな所で積極的になってやがる……………!!」
冷静さを損なわないことで知られるエリザベートが珍しく動揺を隠しきれなかった。エレベーター到着の鐘が鳴り、ルーシャが入っていくのを何も考えず見送ってしまう。
「えっと、エリザお姉様? エレベーター来てますよ?」
「え、ああそうだな。久々に重いもの持ったんで大丈夫かなと心配していたんだよ」
「大丈夫ですよ。お姉様は凄い人ですもの」
厚い期待の眼差しがエリザベートを突き刺したところで、扉がガシャンと閉じた。その重厚な音さえもルーシャが抱く信頼の重みの現れなのだと、姉の心の中で結び付けられた。
アプス家本館は高さ30メートル程の7階建て施設である。
災害時にすぐさま移動できるようにと居住スペースは1〜3階まで用意されており、3階はアプス家の者のみが入ることを許されている。
それより上の階層では世界各地の要人を迎える間や、別館とは別に設置された研究室、加えて教育を施す部屋などが各種用意されている。ルーシャも教養はこの本館で全て身につけたと言って過言ではない。
そして、彼女らが向かっているのは最上階。
現アプスの頂点に座するルーシャ達の父親に並んで、母親と一女も大体ここにいることが多い。
「さて、もう入る心の準備はできてるか?」
家族がいる最上階唯一の部屋の前で、最後の確認と顔を覗き込まれる。それにルーシャは深く頷いた。
だから、扉に手をかける。
入室した瞬間から、さっきまでとは空気が別世界であると感じられた。荘厳な、威厳ある佇まいの親族達が集う場であると同時、ここでは日々の団欒は行われない。
大陸間、或いは都市間でのやりとりに止まらず、魔法研究に関する試行錯誤など、人によってやる作業は異なる。実はあのユニベルグズの魔法研究施設アルティとも連携を結んでいたりもするのだが、それはまたいつかのお話。
「お母様お父様、それにアンお姉様、ただいま帰りました」
変わらず慇懃な態度で帰宅の声を発した。この家での振る舞い方は身体に染み付いている。だから特に緊張も何もせず、数ヶ月前のように勝手に口が動いて言っていたのだ。
ボトボトボト………………と目の前で液体が垂れ流れた。
「ル、ルーシャ、よね?」
絶賛お茶を全溢し中なのはルーシャの母親、ソルティー・アプスである。透き通るような白い髪が、齢50を超えても相変わらず美しい。
普段から攻撃魔法の使えないルーシャに厳しく指導をしていたが、それでも彼女は目一杯の愛情を注いでいた。だから今この時も、失踪事件に関する最新ニュース等を読み漁ってルーシャに関する情報を必死こいて探していたところだ。
ズザザ……………と重要書類をインクが縦断した。
「奇跡だ」
ガトンッ……………と文献が足の甲に落下した。
「痛ッ……ルーシャが、痛い、帰って痛い、来ましてよ! 痛いですけど!」
沈着に一言こぼした父親のオーギュストと、痛々しく足を抑える一女のアンブロシアも意識を完全にルーシャへ持っていかれていた。
オーギュストは赤黒い髪を逆立て、巷ではイケおじと噂されるほど老いをあまり感じさせない。財閥当主と聞いて厳格なイメージを持つ人々からは意外の一言も多い。
アンブロシアは姉妹同様の紅色した髪色で、ポニーテールに黒縁眼鏡を掛けた博識お姉さんの印象が強い。普段はしっかりしていて業務も魔法もそつなく扱うのだが…………
「嗚呼! 勢い余って絆創膏ごと破ってしまいましたわ……」
裏では不器用、と言うよりうっかり屋属性が強い。帰宅早々にルーシャの回復魔法のお世話になる姉の姿に、家族一同がため息をついた。
「またアンったら………それより、お帰りなさいルーシャ。私は、私はもうずっと心配で仕方なかったのよ。よかったわ、よかった。安心してもう眠れるのね」
「ええ、私はしばらくここに居るつもりですから、どうか安心してくださいお母様」
「待てルーシャ。今、しばらくと言ったのか。それはどう言う意味だ」
「未定ですけど、いつかその内には世界を回りたいと思ってるんです。そうですね、まだ数年は居続けますからそこまでご心配なさらなくて大丈夫ですよ」
「いや、そうではなくだな……………」
オーギュストは口を噤み再度、ルーシャを俯瞰して見る。
攻撃魔法を中心に功績を残すアプス家にとって、攻撃魔法適正のほぼ無いルーシャは正直言って弱く劣等であった。それ故に身体能力だけでもと魔法以外の点で育てられて来たのであるが、
「ルーシャ。確かに過酷な状況を生き延びた実績を持っているが、だからと言ってこの世界にもモンスターはいるんだぜ? そんな時どうするつもりよ」
父の代わりに横からエリザベートが口を挟む。憐れみではなく、純粋に大事だからこそ現れる不安だ。ルーシャもそう聞かれるだろうことは予想していたらしく、
「それなら問題………今はありますけど、ありませんって言える様になってから旅をするつもりです」
「何を根拠にしているんでして?」
「はいアンお姉様。それはこちら、エリザお姉様が抱えてらっしゃるこのケースの中に入ってるんです」
言ってエリザベートに持たせた重いケースの方へ向き直る。大事なものだから落とすなと念を押した謎のそれに一同が疑問の表情を見せる。
「そうだよ、結局この中身ってなんなんだ」
「じゃあ早速開けますか。エリザお姉様、それを優しく下に置いていただけますか?」
あいよ、と返事して慎重にケースを下ろす。
後はルーシャが解錠すると、その場の誰にとっても初めての逸物が姿を現した。盾のような形をしてはいるが、その中央を数本の弦が縦断しているところを見るに楽器らしい。
「こんな造形の楽器を見たことがない。だが、それにしてもまだ謎は解けないな。一体なぜこれを根拠とする」
「お父様、これはただの弦楽器じゃありません。正直言葉で表現しても理解が追いつかないかも分かりませんが、これは私の武器なのです」
「楽器を武器に、だと? そんなこと、曲を奏でるでなく武器にするなど許しはせんぞ!」
「いいえ違います! 楽器を武器にするのではなく、武器を楽器に仕立て上げているのです!」
「何、それのどこが違うと言_______ 」
「父様、ルーシャは言葉で表現しても理解し難いと言っていた。なら、実際に見せてもらおうじゃないか」
エリザベートが手で父の言葉を制し、苛烈しそうに思えた口論は一旦の鎮静を見せる。だからと言って、彼女は父オーギュストの下す楽器使用の可否にまで干渉はしない。
( お父様に認めてもらえるかどうか、それは全て私に掛かっていると、そう言うことですよね。勿論わかってますとも。私は私の力で奇鬼忌琴を側に置いてみせる )
歌に込められた意味を効果にする、その特殊な力を付与された楽器を前にルーシャは強く意気込んだ。ただ受動的に動くだけの彼女はもう、失踪の中に捨ててきたから。
( 本当はみんな、ルーシャがどんな生活を過ごしてきたとかそんな積もる話をしたいんだろうが…………こんな前向きな姿を見ちまったら止められないじゃんかよ )
エリザベートが家族の顔を一通り窺って深く息を吐くと、より一層ルーシャに向ける親愛の目を細めた。
家族は誰も、ルーシャを劣等とは認めない。
心の底から嫌悪はない。
だから、成長する彼女のことを信じてる。
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それから場所を移し、本館横のスタジアムに来ていた。
重い奇鬼忌琴を、もう慣れたと主張するように構えるルーシャと、それに向き合う形で立つ母ソルティー。姉二人と父は少し離れたところから二人を観察している。
今から行われるのは戦闘ではない。
ソルティーが次々と魔法を投げつけ、それを楽器の力で防いでみせるというものだ。簡単に言ってしまえば、ルーシャがどこまでやれるか、そしてどう防ぐのかを見極める指標である。
「さあ、行きますよルーシャ」
「どんと来いです、お母様! お父様もしっかり見ててくださいね!」
念を押す忠告にオーギュストは首を縦に振る。先程の叱責を反省し、今は娘の成長と娘の攻撃方法に期待を膨らませているところだ。
「まずは軽めに、これを防いでみなさい!」
母の合図を皮切りに、単純な攻防が始まった。
「『プロム』3連撃!」
「このくらいなら、普通に音を出してれば問題ないかな」
母も父も姉も、ルーシャの持つ奇鬼忌琴を打撃武器だと思っていた。武器とは基本は物理攻撃だ。その先入観がために、楽器を殴るために使うなどとオーギュストは反対した。
しかし、そうじゃない。
もう一つの世界で幸運にも入手したそれは、音それ自体に攻撃力を付与して対象を破壊する、すこぶる革新的な武器である!
「うそ…………………」
「ルーシャは今、何をしましたの?」
「ありゃとんでもねぇ。美しさと荒々しさが両立してる」
「____________。」
それぞれがそれぞれの反応を見せる中で、唯一ソルティだけが面白そうに白い歯を見せた。彼女の魔法は止まらない。
「これならどうだい、『プロミム』5連射!」
ところがこれもルーシャは軽く凌いでみせた。この時点で、武器のお陰とは言え半年前のルーシャには絶対出来ない芸当だった。
ソルティはますます楽しそうに拳を握り、次々と魔法の段階を上げていく。
結論から言おう。
その後『プロミネンス』『プロムガトン』とレベルを上げて放たれた魔法もルーシャはなんとか凌いでみせた。
本当にギリギリだったと言っても過言じゃない。普通の音符エネルギーで母親の上級以上の魔法を相殺できるはずがないのだ。
「『赤い色』を結んだかと思ったら、何? いまの」
「えっとその……『赤い糸』はズルでしたよね」
「ち、違うわよ。確かにズルですけど、私が聞きたいのはそっちじゃなくて今の、蛇の様なもののことよ」
「そっちなら、お母様も知っての通り狂想曲『智喰の大蛇』ですけど………」
ルーシャが言う『智喰の大蛇』とはアプス発祥の讃歌であり、ひと月ほど前の『大侵攻』にてゴースを屠るのに奏でられたものであった。
しかし未だルーシャはこの曲を普通に弾くことは出来ず、代わりに魔力を消費して魔法『赤い糸』を発現させている。この魔法は糸が切れない限り、術者の設定した未来を確定させることができる代物だが、設定する結実に応じて消費魔力が増えるため好き勝手に事を運ぶことはできない。
「曲を弾いたら、本当に蛇が現れたって解釈で間違いないのよね」
「まあそんな感じですね」
「最高に面白いじゃないのその武器! いや楽器? どっちで呼べばいいかわからないけど、イイわ」
まだ見ぬ奇鬼忌琴の効果に興奮を隠し切れないソルティだが、ふと深呼吸すると足を肩幅に開いて体勢を整えた。
半ばズルをしたとは言え、特級魔法『プロムガトン』までを相殺した以上、ここで攻防は途切れたと思ったが、
「数ヶ月の内に進展があったのは何もルーシャだけではない。それを教えてあげようかと思ってね」
空気が変わった。
いつも温和な性格で、母として威厳を保ちつつ丁寧に振る舞うソルティだが、かつてユニベルグズで魔法論を学び、どっぷり沼に浸かった人間だったと聞く。
その頃の癖が今も抜けず、魔法を使う際はいつも同様にワクワクしていると、そう家族は評価しているし、実際にそれは間違っていない。
( でもこれは、いつもの興奮とは一線を画したような、また別の雰囲気。何かドデカいのが来る!)
この変化は他の家族たちにも伝わったようで、またいつの間にか見物に来ていたアプス関係者も喉を鳴らして見守っていた。
ところが、
「お母様、それはいくら何でも、危険でして痛ッ、よ!」
「ルーシャ! 避けなさい! 全力で避けて!」
アンブロシアとエリザベートだけは慌てていた。父は不干渉を徹底して続けているが、姉二人の様子だと本当に危なそうだ。まあアンブロシアは目の前の手すりに手をぶつけて雰囲気ぶち壊しだが。
魔法『赤い糸』で凌ごうにも、『智喰の大蛇』の力でようやく特級魔法を防げたのだ。果たして、それ以上を予感させる母の魔法に真っ向から対応できるだろうか。
( ______できない。だから考えるんだ、私ができること )
ルーシャができることと言えば、やはり支援魔法だろう。俊敏性を上昇させることで回避出来るかも知れないが、
「さあ行くわよ。消費魔力量絶大、現状最高威力の_____ 」
深く力を溜めてまで披露しようとするのを見る限り、あの母親なら絶対に命中させにくる筈だと見切りをつける。
蛇では勝てない、浄化も意味なく、物理反射も見せ場なし。あとルーシャが演奏できる曲があるとするなら………
「あった」
それは児童向けに作られた有名な歌である。
人によって好き嫌いが分かれ、いや、子供向けの歌としてあるまじき事に子供には大不評で、逆に有名になってしまうという逸話持ち。
「お姉さま、これって」
「懐かしいですわね。寒………いえ、決して今も怖い訳じゃないですが、寒気がしますわね。怖くありませんけど!」
「昔、ルーシャがよく歌っていたな。その度にアンをエリザが宥めていたのを覚えている」
「そ、そそそんなことは記憶にあり………ますよ? でも、もう十年以上も前のことでしょう!」
アプス家の者たちにとっても思い出のある一曲であり、懐かしむように、時を同じくして題が告げられた。
「「「「「『幽霊』」」」」」
それは、向こうの世界でもたったの一度だけ奏でたことがある。この曲さえあれば大男ゴースとの戦いも楽だったんじゃないかと今さらながらに考える。
そんな『幽霊』に込められた効果とは、
「喰らいな! 『撃魔【燦_________ッ」
ソルティの右手に蓄積した絶大な魔量が解き放たれる、詠唱終わりのその寸前に気付く。今にも撃ちたい心に反して、身体は一切たりとも動かないのだと。
「これは…………」
「金縛り。言葉通り、一寸たりとも動くことはできません」
「え、地味すぎませんこと?!って私の身体も動きませんわ!」
「なんでだよ。アン姉さんが金縛りに遭う筈ないって。怖くて自己暗示に掛かったんでしょ」
「だから怖く無いんですぅ! とうの昔に克服してましてよ」
「ほらほら、いま普通に身体動いたじゃん」
「なんてこと、本当ですわ!」
わいわい賑やかなエリザベートとアンブロシアの姉妹会話を傍に、次第に金縛りが解けて来たソルティがゆっくり拳を握って一言、
「はは、こりゃやられる側からしたら厄介だよ」
先程は彼女の蓄積された魔量は明後日の方向へ吹っ飛び、客席を防護する魔法バリアをぶっ壊す事で試験はあっさり幕を閉じた。
その後すぐ父オーギュストの誤解は氷解し、奇鬼忌琴を武器として扱うことは許可される。ただし、奇鬼忌琴の扱いに慣れ、またこれが無くともある程度戦える位に成長するまで、アプス家に留まることが条件として出された。
これが、ミステルーシャ・アプスのこれから歩む道。
家族と共に切磋琢磨し、大都市バウナーレでの日々が戻る。彼女が次に街を離れるのはまだまだ先の話となるだろう。
お疲れ様です。
ここから少しだけですが、第一章と第二章との間にある空白の時間を埋めるために、間奏という形で主要キャラ達の生活を送りたいと思います。
では、次回も宜しくです!




