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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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エピローグ 凱旋行進


 メイアが意味ありげに周囲を見渡した。

 その場所は小さな林に隠された小さな洞穴の前。何を隠そう、そこは世界を行き来する「歪み」がある地である。


「メイアどうした?」


「え? いやね、なんか私、この世界に来てから嫌な記憶が幾つも増えたな〜って思って」


「え?」


 言いながら洞穴沿いに直立する木をよく観察すると、一本だけ座りやすそうに枝が加工されているのが発見できる。なんと便利なことに、肘掛や小さな机みたいなものまで取り付けられていた。

 どれも一見するだけでは絶対に見つからないであろうカモフラージュっぷりである。


 加えて、足元には何やら赤い染みがじんわり広がっている。周囲の土の色と比べてもここだけ染まっているのは不気味な感じがして堪らない。


( 私、やっぱここで一度………)


 チラッと目線だけフィーストに向けると、彼はメイアの考えにすぐ気付いて目を泳がせる。


「ん、てかさ、フィースト。なんか挙動おかしくね?」


「そんな訳あるか阿呆め。僕はその………久々にあの世界に帰るんで、空白の年月を経て世界がどう変化してるのかと期待を膨らませているんだよ」


「はあ…………」


 ここまで来るとジト目で凝視するメイアも見れずそっぽを向くしか無かった。

 メイアが自分の足で世界転移したあの日、この場所で、フィーストは無垢な少女を槍で射抜いたのだ。


「まー何でもいいからさ、そこの槍持ってる人のことは置いといて早く行こうよ。私はやく帰ってみんなに会いたいし」


「ん? おお、そうだな」


 なんだかフィーストに対する当たりが強い気もしたが、みんなの顔を見たいという気持ちが同調し合って、一線を画した話題に触れることなく会話は途切れた。

 目の前の洞穴に入っていく仲間達の背後で、こっそり青年が思わず安堵の息を吐いたことは誰も知らない。


「へぇ、この世界の出口ってこんな狭い場所にあったんですね」


「なんだ、すぐ行き止まりだな。あと声の反響すっげぇ」


「靴の音とかも凄いよね! でね、これが目的の『歪み』。なんか機械を使うとε波(イプシロン)とか言う特殊な力が観測できるんだって。なんの事かはさっぱりだけど」


「本当にそれ大丈夫なのか? 特殊な力場に気付けないってことは本当に微弱なんだろうが、身体に悪くないだろうな」


「うーん、私もアプス家では聞いたことないかもです。でも気にしたって無駄ですよ。どうせ分かりっこないんですし」


 軽いノリで謎を放置しようとするルーシャに、後から追いついたフィーストを含め全員が賛同した。こればっかりは誰も専門外の話題すぎた。


「よし、じゃあ私が先に『歪み』を通っちゃうから、私に続いてみんなもくぐり抜けてね〜!」


 言うと、最奥の壁面に浮き出ている楕円形のゲートをひょいと飛び越える。

 それに続いてグラン、ルーシャ、フィーストの順で同様に足を踏み入れると、強い引力に引っ張られる感覚と共に、一気に全身が吸収された。


 時間にして一秒も経過することなく、次に目に飛び込んできたのは壮観な緑の大地だった。大分(だいぶ)高所にいるらしく、遠くの方まで一望できる。

 刹那の間に行われた空間移動と眼前に広がる見知らぬ風景に、普通に絶句してしまう。この体験を一度しているメイアだけが、この状況をすんなり受け止め口を開いた。


「驚いたでしょ。ここはまだ裏世界だから、実はもう少しだけ進まないと本当の私たちの世界には帰れないんだよね。あ、でも大丈夫だよ! ほんと、ただ真っ直ぐ歩くだけだもん」


「これが裏…………閉ざされた門の先には良くない何かがいるだの噂されてたが、全然そんな気しないな」


「へぇ? 僕も一度『禁忌の門』を見に赴いたことがあったけど、今の時代になっても未だ健在なのか」


「あ、でも私が街の人に頼み込んで開けてもらったから大丈夫! ちゃんと帰れるようになってるはずだよ」


 それぞれが感想を溢す中、ひとりルーシャだけが無言を貫いていた。何か記憶を手繰るように、こめかみを指でトントン叩いて自然の大地を遠望している。


「えっと、ルーシャさんどうかした?」


「………………え?」


「ルーシャさんがずっと黙ったままだったからさ」


「ああ! ごめんなさい、見覚えのある景色だったからつい色々と考え込んでしまって」


 見覚えがあると一口に言ったものの、勿論ルーシャは生まれて以来ずっと故郷の大都市で暮らしていたし、門を越えて裏に来たこともない。だからデジャヴを見たのだと自己完結しようとしたのだが、


「思い出した! グランさん、私あの時、魔獣ファヴァールと戦った時にこの景色見たんですよ!」


「なに、ファヴァールだって? つまり…………今背負ってるその、奇鬼忌琴(ききききん)を回収しに行った先でって事だよな?」


「そう、そうなんです。エルカジャ遺跡の奥の扉を開けたら全く異なる所に出て、ここと酷似した風景が展開されてたんです!」


「じゃあ俺らもしかして、あの遺跡から闇の世界を脱出できた可能性もあったと」


「でも多分ですがその周囲だけ特殊な結界みたいのが張られていたので、私的見解としては期待は薄めですかね」


 突然の大発見にグランとルーシャが騒ぎ始め、残された二人は何がなんだがさっぱり理解できていなかった。いや、ファヴァールと奇鬼忌琴の事はフィーストも一応知っているから、完全に取り残されたのはメイアだけだったか。


「ねえねえお兄ちゃん?」


「ん、どした_______って怖!」


 愛しき妹の必殺奥義、氷刃脅しの炸裂である。槍を突きつけて話の説明を強要する姿に容赦はなさそうだ。

 魔法『コルティツァ』の切れ味は誰もが知るところ。ここは抵抗せず穏便に、歩きながら解説するのだった。


 それからすぐ山を下ると、黒い瘴気が地表を漂っていた。俗に言う不可侵領域であり、ここを通り抜けるには原初の炎の光が必要になってくる。


 しかし炎を出そうにも一つ問題があった。

 昨晩メイアに植え付けられたトラウマで錯乱状態が再発症する可能性が濃厚なのだ。そんな仲間の懸念を追っ払うようにメイアは「気にしないで!」と気丈に振る舞うが、無理はさせられない。


「どうせお兄ちゃんの魔法がなきゃ帰れないでしょ。それにもっと強くなるなら、いつかは焼き付いた恐怖も克服しないといけないでしょ。だから、そのファーストステップだよ」


「………じゃあここからは俺が先導するから、メイアは殿(しんがり)を頼むよ。少しでもヤバそうに感じたら言えよな」


「おっけーおっけー!」


「グランさん、私たちもいるので安心してください」


「ふん、お前が強くなるのに妹が必要なら倒れてもらっちゃ困るからな。僕も見張っててやるよ」


 出会って日の浅い仲間達とは言え、共に苦難を駆け抜けた者達同士の美しいカタチがそこに芽生えていた。

 それは些細な力にしかならないかも知れないが、決して枯れ果てることはない、強固な糸。


 グランが瘴気を祓いながら進む後ろで、何度かメイアが目を伏せたり深呼吸で気を鎮めたりする場面もあったが、適材適所の対応で不可侵領域を乗り切ることができた。

 この調子もう少し歩けば元の世界だ、というところでまた彼らの足が止まる。


「誰だ、あいつ」


 グランが指差した先には謎の男がいた。スカジャンを羽織った少々強面(コワモテ)な容貌で、だるそうに林道の端で腰掛けていた。

 目が合ったが、見た目に反して別に悪さしようという感じは伝わってこない。


「おやおや、ザガンじゃないか。なんでこんな所に」


「フィーストが知ってるってこたぁ、こいつ」


「………追い出された。試合に負けて勝負に勝った、とでも言うべきなのか、蹴られたらここにいた」


「蹴、蹴ら…………………?」


「へぇ、ザガンに負けを認めさせる程の何かがこの先にいたんだね。どんな奴なのか興味あるんだけど」


 フィーストは嬉々として詳しい話を聞こうとするも、どこかザガンと呼ばれた男はそこまで会話を続ける気力が無さげだ。鬱陶しそうにため息をつくが、諦めたように言葉を溢す。


「あいつぁ………そこの二人の帰りをずっと待ってる風だったぞ。弱すぎるが、勇気だけはあった」


「俺らを待ってる人間?」


「あ、グリムさんだ! 私、グリムさんと一緒にアンスターまで来たんだよ! それで、私が戻るまで街で扉の監視をすることになってるんだった」


「グリムも来て、そんで戦ったのか…………なら尚更はやく帰って顔を見せてやらないとな。ルーシャにフィースト、すまんがここからは超特急で進んでいいか?」


 急ぐことに全く異論なしと、兄妹の嘆願は快く了承される。


「もう行くなら一つ忠告だ。冷静に現実を見据えろ。現実を知ったなら、死ぬ気で生かせ」


「現実と、それに生かす? 」


 半分理解できて、半分理解できなかった。

 ザガンの言う現実とは恐らく『大侵攻』による被害と考えて不足なしだろう。でも、死ぬ気で生かすものが人なのか街なのか、断定はできない。


 とは言え待ち人がいる今、ここに留まってお喋りを楽しむ余裕は無い。しかし別れ際、メイアの疑問が重大な点を突いた。


「そうだ、あなたってアンスターの街まで行ったんだよね。まさかあの池を潜って行くってことは無いと思うんだけど、そうなるとどうやって戻ればいいのかな」


 メイアの記憶にあるのは、『禁忌の門』の先にある深い深い穴。勇気を出して飛び込むことで見事この裏世界に到達できる寸法だが、問題なのはその後。

 飛び込んだ穴の先はメイアも言った通り池になっていて、潜るのも難しければ、もとの世界に帰れても水が無ければ多分死ぬ。


「ああそれは、池をぐるっと周って崖を登れ。そうすりゃすぐに帰り方も分かるだろ」


「ふーん、ありがとう!」


 一応、この場所に関しては少しだけメイアやザガンの方が詳しいのを知っている。そのため彼らに従うがベストだろうと、ここはメイアに道案内を任せる。


「皆の者ー! 遅れずついてこーい!」


「「おぉー!」」



=================



 そんな、楽しい帰りの時間も束の間と言ったところ。


「おお! 随分と待ちましたぞメイア殿。どうやら人数が多いですが、当初の目的は果たされたようですな」


 ようやく『禁忌の門』を潜り、古風都市アンスターへたどり着いた一行がまず出会ったのが町長カイ・ロダンであった。

 グランらは歓迎の言葉に感謝しつつも、滅茶苦茶に崩れた街並みに唖然させられる。本当に世界を越えて侵攻が始まっていたのだと嫌でも思い知らされる。

 驚愕も一入(ひとしお)に目を奪われる中、まずメイアが気付いた。


「って、あれ。グリムのさんは今いないん、ですか?」


「むう…………。そのことなのだが、とやかく聞く前に急ぎ私について来てもらいたい。話はそれからだ」


「え? あ、はい」


 当然あれこれ質問したいが、カイがその間も与えず場を離れて行く。明らかに早歩きなのも相まって、四人は仕方なくただ後を追った。


 道中そこまで街を見回していられなかったが、それでも道が道で無くなるほどの惨状に言葉も出てこなかった。

 瓦礫の上を淡々と伝ってカイに付いて行くだけで、多くの視線がグラン達に集まる。泣き崩れる人、涙すらも枯れた人、重傷を負った人、男女大人子供問わず等しく惨劇の役者に仕立て上げられている。


 これらがたった一人の男による仕業だと、誰が一発で看破できるだろう。その男が竜巻を横薙ぎにして破壊したなど、誰が予想できるだろう。いや、できるはずがない。

 ザガンと呼ばれたあの男がこの街にいた、それを知るグラン達ですら飲み込み難いところがある。


「グリムは………グリムはザガンと戦ったんだよな」


「今ある判断材料からすれば、その線が濃厚だろうね」


「現実を受け止めて、生かせ。あれを聞いてから、まさかとは思ってるんだが、嫌な予感が止まらない。丁度昨日のメイアん時と一緒だ」


「生かせってことは、殺すなってことだろう? でもグラナードに殺すつもりなんて微塵もない。なら、ね」


 不安を煽らないよう小声で会話を挟む。

 グリムと面識がないフィーストは少しも他人を偲ぶことなく疑問に答え、ただの勘が現実味を帯び始めていく。でもグランはそんなことで可能性を手放しはしない。

 なぜなら__________。


「到着だ。皆、説明もなしに誘導する形となってしまいすまない。だが、大事なことなのだ。刻一刻と過ぎる時間に抗うには急ぐしかない。さあ、少々寂れた建物だが、中に入ろう」


 ザガンの被害を免れた区画に聳える、なんの特徴もない灰色の建物。カイに連れられて中に入ると、まず一言で言っててんやわんやの大混乱だった。


「おい、彼はそっちに回せ!」

「こちら包帯残数6です! 補給お願いします!」

「誰か来てくれ! 出血が止まらない!」


 ここは災害をかろうじて生き延びた人々の治療場だったのだ。恐らく崩壊した本当の病院の代わりにと、即興でここを治療場と設定したのだろう。

 回復術師の冒険者らしき人達もせわしく負傷人の回復に努めている。


「街着いて最初に行くのがここか………ますます()な予感」


「間違ってはいない。ささ、この部屋だ」


 ギギギ、と古めかしい扉が開かれ中を覗く。

 部屋は誰から見ても普通の民家を思わせ、それでも異質と思わざるを得ない物があった。透明の液体の入ったパックと赤い液体の入ったパックに、それぞれから伸びる管。ベッドに横たわるその人に巻かれた包帯は、元からそうだったのではないかと思わせる程赤い。

 枕元に置かれた眼鏡も、壁に立てかけられたレイピアも、誰の所持品かすぐにわかる。


 だが、どうにもおかしい。

 さっきまで手元にあった可能性のカケラが割れてしまったかのような、そんな感じだ。


「おい待て、一体どういう…………グリム殿!」


 カイも異変に気付き、すぐ近くの回復術師を呼んでベッド脇に寄る。

 何があったかなんて一目瞭然だった。横たわる人、グリム・ベムの息が静止して動いていなかったのだ。


「ついさっきまで、生きていたんだ。君たちに早く会わせようと連れて来たのに………」


「おい町長どうなって、いや、何があってこんな!」


「街を襲った男を追い出してすぐ、戦闘で受けた傷が致命的で同時に倒れたのだ! しかし、今は救うが先!」


 傍らで術師の女性が回復魔法を施すも、グリムが復活する予兆は見せない。女性の力量のせいではない。ただ単純に、回復でどうにかなる問題では既に無いのである。

 それでも、


「私もやります!」


 ルーシャが率先して回復魔法の援助を申し出る。

 無駄なのにどうして、と冷静に考えてしまうグランがいた。会って日の浅いはずのカイに、まだ会話すらしたことのないルーシャですら、まだ助かる道を思索している。ただ自分が勝手にグリムを諦めているだけ。


「もういい。もういいから、回復を止めてくれ」


「何を言うか。もはや彼は貴殿らだけでなく、我らにとっても大事な________ 」


「だから、止めろって」


 さしものグランもここで()の力を使う真似はしない。しないだけで、圧を掛けないとは言ってないが。

 迫力のあまり皆の手も止まり、静かに道を開ける。目線は晒さずグリムに固定され、傍に立つと彼の胸に手を置く。


「なんで、なんでだよグリム。あの男、ザガンだっけか。あいつはフィーストくらい、いやそれ以上かも分からない男のはずだ。それを、全く『効果付与(エンチャント)』を使いこなせず、仕舞いには自分を見失うあのグリムが追い出したって? すげぇじゃんかよ!」


 ぼすっと、拳がグリムの胸を叩き続ける。涙のしずくがぽたぽた垂れる。

 つい昨日までは誰もいない世界で、ただ勝つことだけを考えていればよかった。けれど今日からは違う。日々を、安寧を信じ生きてきた人々が周りに沢山いるのだ。自分だけじゃない、それこそ身近な人の生死すらすぐそこにあったりする。


「ね、ねぇお兄ちゃん……………お兄ちゃんの魔法で助けられないの? 私を救ってくれた、あの魔法」


 一拍の間を置いて首を横に振る。


「無理だ。あれはそう万能なんかじゃないから」


 何もやらず諦めるのか、そうやって自分に問いかける自分がいた。いや、既にやっていた。あわよくば蘇生できるんじゃないかと、最初の内にもうやっていたのだ。

 そうして意欲を衰退させたグランは幻覚を見る。


「グ、リム……………?」


 一切の動きを見せないグリムの身体から、幽体離脱でもするようにもう一人のグリムが起き上がる映像だった。どうも他の人は見えていないらしい。

 瞬きした次にはもう見えなくなっていて、だからこそグランも幻覚だと頭を抱えたのだったが、


「く」


 何かが軋んだらしき異音_____否、苦痛に堪え忍ぶ何者かの、喉奥から漏れた声にならない声といったところか。

 幾多の可能性が並列して浮かび、まず振り返ってメイア、ルーシャ、フィースト、カイ、回復術師の声であるかどうかを確認する。だか五者一様に「?」と反応を返され、一気に可能性の大半が排除される。


 すると「く」とまた鳴って「ら」、最後に続いて「ん」と。「グラン」と語りかけるようにしか聞こえなかった。

 立て続けに起こるトラブルとショックで自分がおかしくなっているのかと疑ってしまうほど混迷する。


「ち、が、い……ま、す。ぐら、ん。こっち……で、す」


「お、兄ちゃん…………………………」


 今度こそ幻聴では無い。メイアだけじゃなく、この部屋にいる全員がその声を聞いた。目を見開いて、世にも珍しい事象を目の前に発声元を見ることを強制される。


「はは、こりゃあトンデモすぎる奇跡だよ」


 心の臓を沈黙させたグリム・ベムが、その目を開けた。



=============



 しばらく時は流れ、峠を越えてグリムの容態は快方に向かっているとの診断が下った。しだいにグリムも軽くではあるが会話を挟める程度になり、蒼白な顔も血の気を取り戻しつつある。


「と、そんなこんなで、生き返りましたよ」


「いや()()()()()()じゃ生き返れないだろ。てか今の話と全く脈絡関係ないし」


 こんな感じで適当な冗談も言えるらしい。

 回復魔法とてすぐに万全の状態にはできず、まだ安静が必要とのことだ。


「なあグリム、起きたばっかりで色々質問攻めってのも辛いだろうから、これだけ聞かせてくれ」


「なんです?」


「どうやってあいつ……ザガンと戦ったんだ?」


 そう聞くと、グリムはグラン達から視線を外して天井をじっと見上げる。そのまま少し沈黙して、回想を始めた。


「一年前、私はグランにこう聞かれた。なんで勝ちにこだわるのか。そして、戦う意味を見つけたら教えてくれとも」


 紡がれた言葉はグランの問いの答えにはなっていなかった。でもグリムは無駄な話をしないって兄妹は知っているから止めないし、周りも話を遮るだけの権限を持っていない。


「私は見つけましたよ、グラン。皆が帰るべき場所を守る為に戦う、それが私の答えです。そうやって自分と向き合って、そしたら私のレイピアが応えてくれた」


 そうしてグリムは、『効果付与(エンチャント)』の効果を発現させたことや、攻防の一部始終を短めに語った。

 そして_________


「グランにメイア女史、それからお仲間の皆さんも、私のことは構いませんから、どうぞお先にお帰りになって下さい」


「な、なんでそんなこと言_____ 」


「貴方たちの帰りを待っている者がどれだけいると?」


「________!! 」


「私は回復したらすぐ帰りますから。いち早く皆を、今か今かと待っている村の人々を笑顔にしてあげて下さい」


 そして、グラン達はアンスターを一足先に去ることとなった。

 ルーシャやファーストもひとまず共にアル・ツァーイ村まで付き合ってくれるらしく、更に町長カイからの提案で、アンスターから無償で馬車を提供してくれると言う。

 だがしかし、


「いいや、大丈夫だ」


「ばッ、何を言ってんだよ。自分の金で帰りますってか? いいやフィーストはそんな人間じゃないし、じゃあ歩いて帰るとでも?」


 フィーストが手厚い馬車の手配を断った。当たり前だがグランを始めとした全員が怪訝な視線を向ける。

 まあ待て、と言うように手を小さく挙げて制止すると、


「馬車ってものがどうも僕は嫌いでね。無償で乗れるってのは有り難い申し出だけど、実はもっといいモノがあるんだ」


「いいモノ、と言いますと?」


 言うと、手に握る青い槍をちらつかせて微笑む。

 その仕草で理解できたのはグラン、メイア、ルーシャだけで、町長カイは何も分からず取り残された。


 それから外に出てアンスターの入り口まで歩き、ここで初めて焦らしに焦らした槍のネタバラシをすることに。

 ちなみに、医療場からここまではザガンの被害を受けておらず、町民の表情にはやや影が差していたが、それでも普段通りの生活をしようと心掛けているそうだ。


「いやぁ驚きましたな。まさかその槍で空を飛ぶなんて芸当ができるとは。いやはや流石はカタフ家の逸品」


「ふん、そりゃあこれは三百年前に神器とも謳われたものだからね。でも空を飛ぶのは芸じゃない、そこは譲らない」


「頑固…………」


「あ、何だって?!」


 ボソッと吐いたメイアの毒にフィーストご乱心。しかしそんなことに時間を割くつもりは無いので、フィーストには悪いがグランを中心にさっさと話を進める。

 で、槍に乗って4人を運ぶと言っても限界がある。と言うのも4人もまたがれる長さがないのだ。よって操縦士フィーストを抜いた3人でじゃんけんし、結果グランがぶら下がることになった。


( じゃんけんの結果がなんであれ、どうせ女子に辛いことをさせるなとか言って俺がぶら下がることになったんだろうけどなぁ…………)


 文句を垂れても仕方ないと割り切って槍を掴む。

 ここから握力が速さと時間にどれだけ耐えられるかという、明らかに落下間違いなしの時間がやって来る。グランにできるのは、自分の拳は耐えられると念を唱え続けることだけだ。


「それじゃあカイさん、俺らは先に帰ります」


「あの、グリムさんのこと宜しくお願いします!」


「引き受けた。では達者でな、皆殿」


 会釈して別れを告げると、フィーストの合図で神槍トロフィーは飛び出した。風圧によって体のバランスがこれでもかと揺れ動くも、一旦コツを掴んでしまえば後は快適な空の旅。(ただし、グランは常に死にそうであるが)


 時折休憩を挟みつつ、比較的安全運転を心がけて(いるらしい)速度で進んでいく。この日は陽も沈みかけてきたこともあり通りかかった町の宿で一泊。

 翌日、メイアの催促でフィーストを叩き起こすと、朝日が登り始めた辺りで出発し、遂に丁度夕陽も沈むかどうかと言う辺りでアル・ツァーイに到着した。


「はぁ、すごーい。馬車だったらあと2日は掛かっててもおかしくないよ!」


「嗚呼……………………………手が死ぬ」


「はーん、ここがグラナードの故郷ねぇ。予想通りの()()()じゃないか」


「ほらほら皆さん、早く入りませんか?」


 全く話の噛み合わない彼らの背中をルーシャが押して、村の門を潜る。ここもアンスターと同様、壊滅した家屋が点在しており、何者かの侵攻を受けたのだと推察できる。

 誰の仕業なのか、その答え合わせはフィーストの独り言がしてくれた。


「確かグラナードの故郷はアスタロだったか………にしても、奴を退けるなんてとんだ化け物だろ」


「アスタロ?」


「ああそうさ。鎖でグルグル巻きにされてる狂人なんだが、多分僕には倒せない」


「ええ!? フィーストでも倒せないの!」


「僕と奴とじゃ相性が悪い。その意味で言えば、もしかしたらこの寂れた村には奴を追い込む術をもつ相性の良い人間がいたんだろうね」


 村民であるグランとメイアの脳内に真っ先に浮かんだのはエスティアとダルジェンの二人だった。村で戦える人物の中でも特に鍛錬を積んでいるのが彼らだし、村長ハバキリから授かった『効果付与(エンチャント)』がある。


「そうだ! お兄ちゃん、まずはあの人達に会わないと! 多分この時間ならまだ集会所にいるよ!」


「そうだな。 すまん、先行くわ!」


「えっ、ちょっ_______ 」


 村の重役達のことを思い返して、向かう道は決まった。

 そうとなれば兄妹は走る。ルーシャ達を置き去りにして、全力で駆ける!

 途中、あまりにも全速力すぎる兄妹に気付く村人も多かった。辺境の小さな村ともなれば、その吉報が広がるのも一瞬なのだろう。でも、彼らはいちいち止まらない。


「あ、エスティアさん!」


「え_________メイアに、グランまで!?」


 集会所に辿り着いた時、入り口の前に彼女は立っていた。突然の登場に理解が遅れて追いつくと、司書エスティア・シンシアは大慌てで集会所内の全村人に向かって「ぐ、ぐぐぐぐグランとメイアが帰って来たわ!」と一報入れる。


 時を同じくして、遠くの方で先程爆速の兄妹を見かけた人達の声が響いてこだましてくる。それが連鎖的に広まることで、あっという間に中央広場は村民に囲まれた。

 そこにはルーシャとフィーストの姿も見える。


「ほんとによかった…………よかった」


「やっとこさ帰って来おったか! おかえりやで!」


「グランにメイア、お帰りなさいや。儂もまた生きて会えることが嬉しゅうて嬉しゅうて。よかった、儂の涙は枯れとうなかったらしい」


 司書、警備班班長、村長だけじゃない、360度全方位から2人を歓迎する凱旋行進曲(おかえりなさい)がどっと奏でられた。久しく触れていなかった温かな声援にようやく、本当の意味で帰ってこれたという実感が湧く。

 爛々とする笑顔と出迎えを受け、兄妹は、



「「ただいま!」」



 或るどこかの世界の勇者になったグラン達。

 しかしところで、覚えているだろうか。この世界を作り上げる根幹は何だろうかと問うた最初の質問を。

 結局のところ、答えはでない。


 だから、これからも物語は紡がれる。


 あらゆる謎を残して消えた黒竜も、その意図もはっきりせず終結した『大侵攻』も、大事な「世界」にまつわる要素だったかも分からない。


 だけど今は、円満な彼らを祝福して幕を閉じよう。

 勇者などいない世界にて、優者が生まれたことを祝って。



第一章、ついに終わりました!

ここまでお読みいただいた方がいらしたら、ありがとうございます。何となくページをスクロールしただけの方もありがとうございます。


まだ作品は続きますので、以降もよろしくお願いします

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