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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章58 「未来」にて①


 グラナード・スマクラフティーは暗澹の中に揺蕩っていた。他には何もない、完全な黒の世界。

 ただ浮遊感を感じながら、しかし体を動かそうにも動かし方が分からない。ただ意識だけがそこにあるみたいな状態だった。


( ここは、どこだ?)


 過去に起きた出来事を振り返る。


( 俺ってラグラスロに屠られて…………死んだ、のか?)


 思い出せる最後の記憶は、真の姿を見せた黒竜に大敗を喫し、残りの気力を振り絞って賢王デアヒメルを呼んだこと。

 それからの記憶は全くと言っていいほど皆無で、周囲見渡す限り「無」そのものを体現したような漆黒の場所に浮いている状況を考慮すれば答えはひとつしか浮かばなかった。


( やっぱり、ここは現世とは別のどこか。例えば、俗にいう幽世って場所みたいな。俺の夢もここで終わりか………メイアは、無事かなぁ )


 ふと意識が霧に包まれる感じがして、しだいに遠のいていく。グランは全てを委ねるように意識を手放した。



==============



 それからどれだけ時間が経ったか分からない。

 だが、グランの感覚は再び目覚めていたらしい。

 おそらく、位置的に左手だろうか。心地の良い、何だか人の温もりのような熱に包まれている。


( なんだ、まだこんな寂しい場所に放置するのかよ )


 辺り一面真っ暗で、そんなとこで孤独に揺蕩うだけの完全な虚無。なのになんだか涙が込み上げてくるような、むず痒い感覚が全体に散らばる。


( あれ、なんだか、左手だけじゃなく、体中が何かに包まれているような気がしてきた )


 それに気付いた途端だった。


 ズシンッ! と、今まで曖昧に感じていた全身の感覚が一気に舞い降りてきたのだ。背中に当たる触り覚えのある何かや、一気に首から下へ被さる大きな布の感触。

 そして何より、やはり左手には人の温かみが宿っていた。柔らかな肌の触感がいかにも女性的で、離したくないと()()を強く握り返す。


「ーーーーー! ーーーーーー?! ーーーーして!」


 いま一瞬だけ、近くのどこかで声がした。でも周囲には人の姿はおろか、変わりなく何もありやしない。


「ーーい、ーーちゃん。ーーー、目を開けて?」


 目を開けて。

 その一言が鮮明に聞き取れた瞬間、グランは理解した。


( ああ、一面真っ黒なのは目を閉じていたからなのか )


 瞼の開け方を数秒思い出すのに費やしてしまったが、ゆっくり、その瞳を空気に晒す。

 何も考えず、ただ二度三度と目をパチパチ瞬きして、ようやくまずひとつの確信に至る。


「俺は………生きて、いる」


 口に出して実感を噛み締めると、今度は温もりを強く感じる左手に目線を移す。と、その視線の道のり上に目を引く姿が鎮座していた。


「お……………………………」


 桃色の髪色をした少女………と言うには髪も伸びているし大人びているものの、このグランが見間違うはずもない。

 彼女は涙ぐんでグランをまじまじと見つめていた。


「お、お兄ちゃん。おはよう」


 メイア・スマクラフティー、彼女は目を潤わせ、慈しみに溢れた笑みを零してグランを迎え入れた。


「本当にメイア、なんだよな。何というか、随分と変わった感じがするな」


「ふふ、そうでしょお兄ちゃん? あ、でも年齢的に今は………私がお姉ちゃんって感じかな?」


 恥ずかしそうに自分をお姉ちゃんと呼ぶも、手で火照った顔を仰ぐ様子にはグランもうっとりしてしまう。

 シスコンの疑いが強いグランたが、今回ばかりは妹という属性を突き破って()()()()()としての印象が上回った。


「年齢的にメイアがお姉ちゃん………どゆこと?」


「やっぱ普通そうなるよね〜。私も少しは受け入れつつあるけど、それでもまだビックリタイム継続中だし」


「????????????」


「えっとね、お兄ちゃんって何歳?」


「18、だけど」


「でしょ? 今ね、私ね、20歳」


 ニコッと自慢するように年齢を告げるメイア。情報の更新に手一杯で沈黙するグラン。その間、一寸たりとも表情を崩さず微笑むメイア。それを見てさらに頭ををフル回転させるグラン。


「どええええええええぃて、痛ッててててててて!!!」


「あぁあぁ! まだお兄ちゃんの体ボロボロなんだから、騒いじゃダメだって! 特に四肢なんか炸裂してて回復魔法でも治すの大変なんだから!」


 驚いた勢いで上半身を起き上がらせたんで当然、こっぴどくやられた傷が恐ろしく悲鳴をあげる。そう言えば、ラグラスロに勝つ為に両脚両腕を破壊しながら戦ったのだった。

 しかしそれでも、驚きがダメージに勝った。


「だだだだだだってよ、俺の知ってるメイアは16歳で、つまり4つも違うんだぜ?! 一体全体どうして、いやでも目の前で現実に起きている事なんだし事実だよな。だとしたら俺って_____ンンッ!」


 突然、なんの前触れもなくグランをメイアが抱擁した。

 桃色の髪がグランの頬を撫で、柔肌が慈母のごとき熱を帯びて密着する。香る艶やかな匂い、耳後ろから聞こえる小さな息遣い。

 この上ない幸福シチュに心の臓も跳ね上がる。


「落ち着いた?」


 耳元で囁かれた。

 そう言うことかと、グランは気付く。


「ありがとう、落ち着いたよ。目の前のことを理解しようと必死になりすぎてた。ゆっくり、話を聞かせてくれ」


「ふっふっふ。勿論だとも、()()()?」


「いや、弟なのか兄なのかどっちかにしろよ」


「じゃあ…………弟くんで」


「おおう」


 二人とも照れ照れして、メイアは離れるのを惜しみつつも抱擁を解いて再び椅子に座る。

 生きた心地がし始めたからか、グランの方はメイア以外のことにも目が行くようになり、ようやく自分がスマクラフティー家の一室にいるのだと知る。


「あーえと、それでさ、ここって俺の部屋だよな?」


「うん、正解。ここはアル・ツァーイ村スマクラフティー家のお兄……じゃなくて弟くんの部屋です!」


「そうなのか」


 脳裏に浮かんだのは暗闇に塗り潰されたあの世界。そこにいたはずのグランだが、気付けば成長したメイアのいる自室に移動していた。


「そっか、そうだよね」


「ん? どうしたメイア」


「いや、なんでお……とうとくんが部屋で寝てるのか教えなきゃだったな〜と思って」


 弟くんと呼びなれない感じが消えないまま会話は続く。


「もしかしなくても、メイアは知ってるのか」


「ん〜、曖昧かな。ほら、さっき私がビックリタイム継続中って言ったでしょ?」


「言ってたな。ん? てことは、メイアも詳しいことは知らずに今ここにいるってことか?」


「厳密にはさっきこうなった理由を聞いたんだけど、全て飲み込めてる訳じゃないの。だから、今から事情をぜーんぶ知ってる人を呼んでくるね」


「わかった」


 思わず普通に返事をしてしまったが、妹であるメイアですら知らなかったことを知っている人物がこの村に他にいると言うのか。そこに衝撃が走る。


 ドアの隙間から「ちょっと待っててね」と一言残してメイアは部屋を出て行く。

 また一人になって、しばしの静寂がやって来た。


( 誰が来るんだろうな。やっぱ有力候補は村長のハバキリさんとかか )


 いろいろと考えを巡らせつつ、外の様子を見ようとカーテンに手を伸ばす。少し傷が痛むが普通に耐えられるレベルだったため無理やりカーテンを開けた。


「真っ暗だ。でもよかった、月とか星が見える。この世界までラグラスロの魔の手が伸びてる訳じゃないんだな」


 窓から見えたのはグランもよく知っている景色。ところが、どこか見知らぬ建物がちらほら見えて、少し違和感は残る。

 そうやって狭い範囲だが景色を見渡していると、今まで無かった場所に街灯が立っているのに気付く。


「村はずれの高台に街灯? 遂にあそこにも光が灯ったか」


 昼間は見晴らしがよく人も時々訪れる場所だが、夜にわざわざ行く用事もないため今まで街灯も建てられていなかった。

 だから余計にそれが気になって、よーく目を凝らすと、


「あそこだけ………まだ誰かいるのか?」


 目を凝らしても、窓越しでは遠くて誰がいるのかまでは見えない。グランの視力はとんでもなく良い方で、人影が見えているだけでも十分おかしいのだが。


 窓を開けると、夜風がひゅうひゅう入って来る。とは言っても風は生ぬるく、部屋と外との温度差がかなりあるのがすぐ分かる。

 外の風を浴びて初めて、部屋の中で冷房装置が稼働しているのに気付かされた。


「てことは夏なのか………確か俺らがラグラスロと戦ってたのはまだ春になる前、ってかまだ新年開けてひと月とかだった筈」


 自分の知る情報と現状のギャップに半ば戸惑いつつも、なんだか案外すんなりと受け入れてしまうグラン。

 世界転移なんてものを体験してしまった以上、何が起きてもあり得ないと一蹴することはもはやできない。


「それに夏といや俺とメイアの誕生日か。もう誕生日迎えて20歳になったのか、それともこれからすぐ21になるのか、どっちだろうな」


 日付は違えど兄妹ともに夏生まれで2週間程しか離れていないということあって誕生日は同時に祝われることが多かった。

 ふたりは村でも村長レベルと言っていいほど信頼を置かれているため、毎年誕生日になるとスマクラフティー家に多くの人が祝いに訪れる。


「って、にしても暑すぎるだろこれ」


 本当なら優雅に夜風でも浴びてエモい感じを出そうとでも考えていたが、暑いからとすぐ窓を閉め温風を出禁にした。

 ここで、


「……………………………………。」


 独り言も終わり、沈黙タイムが顔を見せ始める。


「うん」


 時計の針がチクタク言う音が気になり出してくる頃、あれこれと必死に考えるネタを探る。あまつさえそんな時に限って話題が出ないのもあるあるだろう。


 定期的に「メイアよ早く戻ってきてくれ」という願望が顔をちらつかせつつも、結局最後に行き着いたのはグランが体験しているこの不思議現象についてだった。


( 村に知らない建物が建ってて、そしてメイアは俺より歳上。そして今思えば、あんだけ酷い傷を負ってた俺をここまで回復させる術師の存在。そんなひと村には居なかったはずだし、これってやっぱり______ )


「たっだいまぁーーーーッ!!」


「どわっ!」


「あはははははは! どわって何どわって! 驚きすぎ!」


「そんな笑わんでも…………静かだし色々考えてたんだよ」


「ふぅん?」


 ドアを蹴り開けて帰還したメイアに驚愕しつつ、しかし嬉々とした感情は捨て切れない。

 沈黙が解かれたから、というのは表向きの理由で、本当はメイア大好きグランの寂しさゲージがゼロに戻ったからである。とんだシスコンである。


「そんなことよりさ、連れてきたよ事情知ってる人」


「そりゃありがたい。でも、何でわざわざ "事情知ってる人" なんて遠回しな呼び方するんだ? 『ハバキリさん連れてくる〜』とか名前教えてくれりゃいいのに」


「だって、ビックリタイムは溜め込んだ方が楽しいじゃん」


「訳わからんのだが」


「じゃあ入って来てもらいましょ〜。ほら、入って!」


 部屋の外にいるらしき "事情知ってる人"に手招きすると、ゆっくりその者は姿をグランの視界の中へ晒した。


「ぇ」


 驚きを越えて、声にならない小さな息がただ微かに漏れる。想像通り知っている顔ではあるものの、なんとこの村の人間では無かった。

 もはや()がここに居る理由すら理解しかねる程に。


「やあ、幼きグラナード。無様に血反吐垂らして、こっぴどく負けて来たみたいじゃないか」


 声も、グランを嘲笑うような言い草も、知っている。


「なんて事だ。まさか、お前のことだったのかよ。あのフィースト・カタフじゃないか!」


「どう? 驚いたでしょお兄ちゃん!」


「驚いたも何も、なぜか一周回って冷静さを保ててしまっているよ。あと、俺のことは弟くんと呼ぶんじゃなかったのか?」


「そうだった! もういいや!」


「はんッ! 兄妹でイチャイチャするのは俺がいない時にやってくれよ面倒だな。話しろと言われたから見舞いも兼ねて来てやったってのに、バカ野郎め」


 成長して何だか見た目の雰囲気が変わったフィースト・カタフだったが、性格の方はグランもよく知るままらしい。

 これでグランの中である確信がより強固になった。


「面倒だから早速ことのあらましを話すぞ、グラナード。結論から言ってしまえば、お前が今いる場所は」


「未来の世界、だろ?」


「はッ、理解が早くて助かるよ。目覚めたばっかの幼稚な頭でもそれくらいは出来るようで良かった良かった」


「ちょっとフィースト? そんなこと言ってないで続き説明してあげてよね」


 言いながらメイアは氷刃を形成して脅しにかかる。

 兄目線から見てもあれは怖い。フィーストも舌打ちしながら素直に本題へ戻る。


「そんで、本来ここにいる筈のお前がどこに居るのかって疑問に思ったかも分からんが、逆にあいつは過去にいる」


「と、言うと?」


「一言で言うなら、交換だな」


 壁に寄っかかり淡々と語るフィーストと真面目に話を聞くグラン。そして刃を手に眼光煌めかせるメイア。

 色んな意味で緊張の残る情報共有が進んでいく。


「交換って言ったが、俺はこの後もとの時間軸に戻ることになる………んだよな?」


「そうだな。ちなみに、ふたりのグラナードが交換になった理由は分かったんだろうな」


 そう聞かれて、グランは即答する。


「それはもう、あの邪竜を滅する為だろ」


「わかってるならいい。今のグラナードじゃクソ程の役にも立たないから実力を身につけたグラナードを連れてこようって魂胆だ。生きてることに感謝しろ」


「あれれ〜? 確かフィーストも当時、滅多打ちにされて死に際だったんじゃなかったっけ〜?」


「おいグラナード妹、さっきから妙な圧をかけるな」


「まあまあメイア、とりあえずその武器しまおうか。俺はフィーストの『生きてることに感謝しろ』って言葉に感動したぜ? 」


 (なだ)めるようなグランの説得にはメイアも威嚇を強行することも出来ず、しゅんと氷刃を消す。

 とりあえず、短くはあったが説明のおかげで状況は把握できた。となると後は元の時間軸に戻るまで待機するだけだ。


「あ、そうだ」


 メイアが何か閃いたように手を叩くと窓の外、村はずれの高台を指差しながら提案する。


「あそこにある高台いこ? お兄ちゃんが入れ替わるまで私たちあそこに居たんだけど、多分エスティアさん達がまだ残ってるから懐かしい顔見せてあげたいんだ」


「あ〜、あそこにある人影ってエスティアさん達だったのか。いいけど、俺多分まだ歩けないよ?」


「いや、あそこの人陰が見えてることは君たち兄妹にとって普通のことなのか? 普通見えんだろ、なんでだよ」


「大丈夫だよ、車椅子あるから!」


「無視すんなや!」


 メイアの見事なスルースキルについ笑いが溢れる。これだけ扱いに慣れているところを見ると、見かけに反して意外と友好関係は築けているらしい。

 と、これ以上フィーストの苛立ちが加速する前に、グラン達はそそくさと移動することにした。

 

お読みいただき有難うございます。


さて、未来の一部始終を今回は描写しましたが、果たしてこの日は何章でやってくるのか。それとも今後の物語ではやって来ないのか、どうでしょうね?


という訳で、また次回と評価もよろしくです。

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