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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章56 「王の罅」攻防戦②


 屈強な鎖の鎧を脱ぎ、その中の姿を晒した男、アスタロ。

 彼の体躯は細くないが痩せており、象牙色した長めの髪なども含め、見た目で言えば強そうな印象は受けない。

 下半身の鎖は解けていないが、上半身裸というこの状況は待ちに待ったチャンスと言えよう。


 なのに、不思議と強者の雰囲気を拭うことは叶わず、容易に攻めることは難しい状況であった。


( なんだか分からないけど、とりあえずもう攻撃が通らないなんてことは無くなったのよ。なら『効果付与(エンチャント)』の俊敏性上昇効果が乗った私のレイピアは避けられない、はず!)


 勇気の一歩、先に場の硬直を破ったのはエスティアだった。後方に手負いのダルジェンがある以上、前に行くしか選択肢はあり得ない。


「私はもう迷わない!」


「おお、速い速い速いね君! …………いでッ! イテテテテテテ!」


 最初こそヒョロヒョロと刺突攻撃を避けていたが、それもすぐに終わりアスタロの身体に複数の小穴が開く。やはり、狂人の頃とは打って変わって戦闘能力は低めらしい。


「なによ、この程度なら問題なく勝てるわね。(おのの)くほどの敵じゃあなかったじゃない」


 巧みな剣捌きで着々と敵を追い込む。


「IDIOT!! 確かに WRONG ではないけれど、僕の強みは他にある。だから負けない」


「え?」


 その言葉のすぐ後だった。

 アスタロが「ふ」と鼻で笑ったかと思えば、エスティアの剣は()()に弾かれていた。

 ほんの一瞬だけ見えたそれは黒い影を覗かせて、明らかに今ここに無かったはずである。エスティアに言わせれば、無から突然現れたと表現するしかない。


「今のは、何が………」


「あっと、やはり脚の鎖が DISTURB してて動きにくいな。あまり力が制御できないと言うのも今となっては不便ですからねぇ」


「え、全く聞いてない………??」


 不快そうな表情を浮かべつつアスタロは腰に巻かれた鎖を緩め始めた。するとどうだろう、まるでゴムが緩みきったパンツでも着ていたみたいに下半身をぐるぐる巻きにしていた鉄の塊が一気にずり落ちた。

 となれば、彼の姿がどうなったか予想もできよう。


「ふぅ、これで晴れて自由の身。あ、すみま_____ 」


「きゃ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 アスタロは産まれたばかりの姿、つまり()()()()()()のままエスティアの前に立ち尽くしたのである!

 

「変態、最低! 『ブリッツェンド』!」


 目を瞑って反射的に雷魔法を連発するエスティア。耳を割くような甲高い叫び声で自分が裸だと気付くアスタロ。

 男は慌てて雷魔法を斬り裂くと、すぐに黒い毛皮で局部を包み隠す。


「すまない、淑女の目の前で EMBARRASS な姿を晒してしまって。これは流石に詫びさせてもらうよ」


「そりゃ当然でしょ馬鹿ぁ! …………………って、え、待って。今あなた、どうやって魔法を防いだ? それにその毛皮はどこにあった?」


 そう、エスティアは見ていなかった。

 虚空から毛皮が出現したのと、同じく虚空から黒い鎌のような影が魔法『ブリッツェンド』を裂いた瞬間を。

 前髪をかき上げ、恐る恐る尋ねる。


「あなた一体、何をしたの?」


「僕はただ呼んだだけ。僕を護ってくれてるのは彼らだよ」


「彼ら…………………ですって?」


「さっきのお詫びと言っちゃなんだけど、教えてあげよう」


 おいで、と言いながら二度手を叩く。"彼ら"が姿を見せるまでただの1秒かかるかどうかのごく短い間。

 突如として空間から湧いた"彼ら"にエスティアは、およそ凶器を振り回す強盗犯にでも遭遇したみたいな感覚を打ち付けられた。


 一言で表すなら猿型モンスターが的確か。

 闇に溶けるが如く漆黒色の全身と、その姿に見合わない鋭利な鉤爪。中でも目を引くのは、尾から生えたノコギリ状の刃だろう。艶やかな妖光を反射させていて、それが危険だというのが素人目にも分かる。

 現状全5匹。アスタロを囲むように陣取る魔物だが、これからまだ増える可能性も捨てきれない。


「紹介しよう、彼らはタロット。彼らは僕が気に入って唯一 TAME している魔獣でね。ああそう、もうお気づきかも分からないが、僕は魔獣使い(ビーストテイマー)だ」


「また、厄介な………!! 」


 キリキリ、カリカリと歯軋りやら金属音ぽい威嚇声が耳をぞんざいに刺激して、エスティアは苦悶を塗りたくったように顔を歪める。


「でも、なるほどね。あなた自身は強くないけど、その代わり厄介な取り巻きが護衛してくれると」


「これでトリックは EXPOSE させたことだし、僕は後方でゆっくり観戦させてもらうとするかな」


「ッ! 待ちなさい!」


 アスタロが攻撃範囲から逃れたことで焦って詰めようとするも、そうは問屋が卸さない。

 殺意を受け取った魔獣タロット達は、一斉にエスティアへ飛びかかって進行を阻止する。俊敏にレイピアで攻撃をいなしていなければ心臓や腕を引き裂かれていたかも知れない。


「こいつら、さっきより威嚇がうるさくなった……!! 5匹相手してあの男も倒さなきゃいけないなんて、分が悪いったらありゃしないわね」


 まず一体ずつ対処していくべきだと策を立て、まず狙う対象を定める。が、今の一瞬の攻防を体感してそれも難しいのではと心なしか不安を抱いていた。


( あの男を護る意識の高さはもう褒めちぎってしまえるくらい素晴らしい。けど、私を()りにくる連携も慄えるほど素晴らしい。きっと集中して一体一体狙ってもカバーされる )


 隙を窺いながら剣先を向けて牽制していく。

 だがそれも虚しく、


「さあタロット達よ、SMASH だッ!!」


 アスタロが声を大にして号する時、魔獣は牽制など知らん顔で飛びかかり出すのだ。

 まともに喰らえば命ごと刈り取られることが十分あり得るこの状況では、守り一徹になることもやむなし。避けてはいなす、避けてはいなすを繰り返して反撃の機会をじっと待つ。


「しまっ__________!! 」


 それこそが魔獣の罠だった。

 乱戦になれば、自ずとエスティアは五方を囲まれることになる。そうなってしまえば同時に対処するなんて不可能に近い。


「ブ、『ブリッツェンド』!」


 前方2匹を魔法で足止めして次に左右をどうしようかと考える頃にはもう手遅れ。

 ザクッと、ノコギリ状の刃で背中をひと薙ぎ。ギザギザが背の肉を抉り掻き回し、ものの見事に(むご)く深い裂傷を刻み込んだ。


 普通一生に一度も体感しないはずの痛みに叫び声を上げたいところを、舌を噛んで死ぬ気で堪える。


「はッ……はッ……はッ……はッ………この傷、止血しないと、多分出血多量ですぐあの世行きよね」


 気付くのが遅れたが、なぜか魔獣の猛威がもう止んでいた。たった一度攻撃できれば十分とでもいうのか何なのか不明だが、それはそれで好都合。

 すぐさま背中を触って傷の具合を探ろうとする。


「ん………え、え、え?」


「なぜ背中を摩っているんだい。血なんか流れてないだろう? なぜって、タロットの尾刃には BLEED を止める毒、それと全身を徐々に RUIN する毒が分泌されているんだしね」


「毒、ですって」


 気付いたとほぼ同時、急に力が抜け視界が曲がる。すると自然、エスティアはバランスを崩し転げる。

 いつの間に発汗も恐ろしく、立ち上がることもままならない、まさに猛毒。

 

「圧倒的な防御と攻撃の次は、状態異常って」


 深く息を吸っても酸素が足りてる感覚がまるでない。次の一手をどうするか考えても、頭はクラクラするし手は麻痺するしで明瞭としない。


 そんな朦朧状態なエスティアを囲んで嘲笑う魔獣タロット。先程の威嚇といい嘲笑といい、すこぶる五月蝿(うるさ)いったらありゃしない。


「そろそろ後ろでくたばってる彼と一緒に死んでもらうよ。でも安心していいよ。君たちは光る原石だ。近いうちに REVIVE してもらうつもりでいるよ」


「何を言ってるのかよく、分からないけど、今一度聞くわ。あんたの目的は、一体何?」


「僕の AIM ………そうだね、強いて言うなら自由の為かな。あんな窮屈な城で峻厳な圧を浴びながら過ごすよりずっと開放的で COMFORTABL だしねぇ。他の皆は特に理由なし、なんて言ってるけど心ん中じゃ僕と同じはずさ」


「何………?? 他の皆って言った? まだ、何かあるって言うつもり?」


「ここにいるって訳じゃないが、この大陸の各地を大群が攻め込んでいるだろうね。あの兄妹の生まれ故郷と言えどこんな辺境の村は僕程度の実力者が一人いれば制圧できるだろうし」


 アスタロは大軍がいると言った。それに「僕程度の実力者がいれば」とも言った。つまり、アスタロ並みかそれ以上の強さの敵が他にも各地で暴れていると言っているようなもの。


「もしかしたら君たちの ACQUAINTANCES もどっかで襲われてたりして、ね?」


( まさか、グリムもアンスターで交戦を余儀なくされているんじゃ……… )


 不安を煽るような言葉にまんまと乗せられるが、エスティアの疑惑は的中している。グリムも今やザガンと交戦し、苦戦を強いられている頃だろう。


「兎にも角にも、もうお喋りはおしまいだ。ささ、タロット。()ってしまいな」


 毒に致命効果までは無いのか、魔獣タロットの鉤爪がぎらり主張を強め、黒い矮躯はもはや白昼堂々と出歩く暗殺者。時は待つことを知らず、何本もの鉤爪が一斉にエスティアへ向かう!


________血汐が、世界を紅に彩る。



===============



 その光景に一同が、いや時間が止まり、時間が進んだ。

 矛盾を体現せしめたこの目下にて動くものは赤い川のみ。魔獣の鉤爪がエスティアに到達する寸前というところであった。


 そこに這い寄る影がひとつふたつと数を増しつつ姿をみせる。さしずめ時を制したとでも言えよう先頭を行く者は、予想にそぐわぬ一介の老人であった。


「『シフィム』」


 先頭の嫗に連なるひとりの女性が詠唱し、ようやく全てが動きを再開させる。

 背の裂傷が血汐を沸かせたエスティアだったが、回復魔法の効果でダルジェンも同時に傷が塞がっていく。


「誰だか知らないけど、随分と大勢連れてきたものだね」


「な、何故ここに………」


 アスタロとエスティアがそれぞれ反応を示す。

 目を引く老躯の背後には十を超える村人の姿があった。そのほとんどがダルジェン率いる警備班員で、その他数人は魔法を使える志願兵的な配置だろうか。


「何故かと聞かれてものぅ。村の危機だと言うに、この村長たるわしが、黙って村の行方を眺めてるわけにゃいかんだろうて。齢85にもなって、急に慌ただしくなりおるわ」


 そう、「王の罅(アル・ツァーイ)」村長ハバキリを筆頭として、戦士達が重役ふたりの危機に駆けつけたのである!


「さて、そこの魔獣達は厄介な毒を得意とするらしい。じゃからほれ、エスティアよ。いま毒耐性を付与してやった。そのお陰で固まった血液が流れ始めたじゃろ」


「あ………そう言えば、わたし毒で血を固められてて、なのに血が噴いたのってそういう」


「なんて、なんて猪口才な老獪なんだ HOLY SHIT!!」


「なんとでも言うがよい。われらは其方らと比べて貧弱と言われればそれは是よ。でもな、邪な輩に屈服されることだけはあってはならない。よって宣言しよう」


 ハバキリは胸部に描かれた村の紋章に拳を当て、アスタロを睥睨しつつ高らかに述べる。


「これよりわれら『王の罅』精鋭、目下に立する邪悪なるを掃討し、安寧を以って帰るべき地を護り抜かん!」


「「「「「「おおおおおおおおおおおおッ!!」」」」」」


 これこそ、村長のみに許された特権。拳を紋章に当て宣誓したことは全て村人の総意として確定される、もはや究極としか言いようのない効力だ。

 数十年と使われることのなかったそれが、メイアを兄探しに行かせる許可として総意を決定してはや数ヶ月で再び使われることになろうとは、空前の出来事である。


「何をはしゃいでいるのか知らないが、雑兵数体追加されたどころじゃ屁でもないんだけど?」


 されどアスタロは表情変えることなく魔獣タロットに指示を出すと、なんと個体数を5匹だったのが10匹まで増え、波のように村人兵の方へなだれ込む。


「「「村長を御守りしろおおおおおおおおお!!!」」」


 警備班が率先して声掛けして統率を取り、迫り来る黒猿に対抗する陣形をとる。村長とヒーラーを殿(しんがり)に、槍の先端をイメージさせる鋭角の陣だ。

 だが金属音を連想させる不快な鳴き声に武器を握る手も汗で一杯。緊張は最高潮に高まっている。


「くっ…………あなた達は行かせない!」


 毒耐性と回復で動けるようになったエスティアが群れの一画を横から突いて邪魔する。が、敵数が倍に膨れ上がったのでは状況はさして変わらず戦況は停滞。

 否、鉤爪は兵士たちの盾をも貫き、それはもう回復も追いつかない不況であった。


( エスティアの様子を見るに、既に『戦士形態(ナイトモード)』は効果を切らしているか。おそらくダルジェンが身を賭して発動させたのじゃろう。なら…… )


 ハバキリは日和ることなく沈着に物事を見ていた。

 宣誓をしたばかりの身として、ここで臆さずが彼女ができる最大の手なのだ。そしてもうひとつ、


「エスティアよ、受け取るがよい!」


 ハバキリができるのは、彼女が持つ唯一の魔法。


「っ! これは、急に私のレイピアが光を浴びて……?! 」


「たった今、『戦士形態(ナイトモード)』の回数制限を解いた。わしにできる最後の『効果付与(エンチャント)』じゃ!」


「な、あの老婆が『効果付与(エンチャント)』だって? じゃあまさか、さっきの毒耐性も………」


 瞠目するアスタロなど目もくれず、託された最後の力にエスティアは即決した。もう大半の駆けつけた村人平は傷を負ってる。毒を受けた者もいる。

 今しかない、チャンスは作るもの!


「ダルジェンがよく言う血沸き肉躍るって、このことだったのね。滾って来るじゃないの! 『戦士形態(ナイトモード)』!」


 綺麗に手入れされた髪は逆立ち、美しさと格好よさを同時に演出したような煌びやかな姿はまさに女傑のそれ。引き締まった身体が魅力のベクトルをひっくり返し、これもまた見る人を惹きつける。


 エスティア本人はこの形態をそこまで気に入っていないようだが、普段の司書の姿と比べて誰が呼んだか、このとき彼女は"司処(ししょ)"として敵を翻弄すると言う。


「さあ、覚悟なさいよ魔獣達!!」


 言うより早く、まず1匹を串刺しにして始末する。そこから休む間もなく次から次へと弱点狙って刺突する。

 もともとある俊敏性上昇に加えて、この形態の身体能力上昇はエスティアを更なる俊足へと引き立てる。

 即席だったダルジェンとは違い、彼女は日々の訓練で形態変化に慣れていた。よって身のこなしも一段と秀美なもので。


「どれだけ不況でも、ただの猿なんかに易々と負けてられないのよ! ほら次!」


 次第に空気が「王の罅(アル・ツァーイ)」側に向いてきていることをアスタロも肌で感じ始めていた。


「こうなったら、僕のタロット達を全員解放だ! 加えて10匹、奴らを CHAOS の渦に飲み込んでしまえ!」


 どこからともなく襲い掛かる新手の魔獣。敵数はまた倍になったものの、エスティアの快進撃は止まらなかった。

 魔法で遠距離のタロットを牽制しつつレイピアで近場の敵を刺し殺していく。


 流石の流石にこれを見せられてはアスタロも焦らざるを得ない。手を顎に当てて深く考え込む。


「くっそ、こんな村の人間なんて弱者に変わりないのにタロット達のターゲットが分散させられている…………どれもこれもあの老獪のせいだ。『効果付与(エンチャント)』なんて、アレはステータス上昇程度の効果なら簡単に付与できるが、あの変な強化状態やら毒耐性やら………そういう上位の効果は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。てことはあの老獪は実際この能力を使う人間に出会ったことがあるってことだろう、クソぅ!」


「さっきから戦場からちょっと外れて何やら喋ってやがるけどよ、ちいと油断のしすぎじゃないか? 護衛もなしに一人でいるなんてよお」


「ッ! 誰だ!」


「俺だよ俺、ダルジェン・サーケだ。まだ左腕は折れたままだが、回復してもらったんで戦線復帰するぜ」


「タ、タロット! 1匹でいいから戻って________ 」


「今さら遅いんだぜってなぁ!」


 振り上げられた両手剣(ツヴァイヘンダー)がアスタロの左腕を肩から一刀両断。ボトン、と案内重そうな音を立てて腕が地に落ちる。


「があああああああああああああああああああ!!!!」


「ほれほれ、叫んでる暇があるんかってんだ!」


 左腕を断った勢いのまま今度は剣を振り下ろし、恐怖で身を守るように構えられた右手首を躊躇なく切断。苦痛を全身で表現しつつ空を裂くようなけたたましい声が轟渡る。

 予想以上にグロい絵にダルジェンも少し驚く。


「ま、まだだ……僕こそは生き延びなくては、なぁ。使い物にならねぇタロットより僕が先に殺されるなんて、心の底から INSULT なことだ。だから………」


「何をしようたって無駄だぜ。今すぐその首、斬り落としてくれるわ!」


「黙れえええええぇ! 来いよ、タロットども!」


 決死の指示の直後、ダルジェンの両手剣(ツヴァイヘンダー)は敵将首を薙がんとしたが、寸前で複数の黒い影がタロットに吸われるように溶けていった。

 そして、


「な、にぃ?!」


 フルスイングで払った剣は首を切断することなく、硬い音を響かせ何かに引っ掛かって動かなかった。

 それを頭でよーく理解して、すると異変に気付く。


「ダルジェン………その男の腕が、」


「ああ、こいつぁ………あのクソ猿を吸収して自分のものにしやがったんだ………!! 」


 全体的に漆黒に染まった肌の色と、特に異常なのが長く伸びた4本の腕。その先端には魔獣タロットに見られた白銀の爪。それがダルジェンの攻撃を防いでいたらしい。

 また、ギロっと周囲を視るその目すら、そこに人間性は残っていなかった。


「ア、ア………殺戮………マズハ、オマエダ」


 悍ましく邪悪な声にダルジェンの身が震えた。今目の前にいるのが最初の狂人よりもヤバい奴だと全器官が告げている。


「アアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!」


 奇声を響かせながら、敵は4本ある長い腕を一心不乱に振り回して攻撃を開始する。

 そこに理性があるのか無いのか、しかしどちらであれ確実なことは、たった今の一瞬でダルジェンの右肩と左横腹が抉られたことである。


「ダ、ダルジェン_______!! 」


「駄目じゃ、待つんじゃエスティア!」


 エスティアの顔面その真横を黒い腕が通り過ぎた。


「________ぐふぁ」


 その後すぐ、背後の村人の気配がひとつ消えるのが伝わる。足下まで飛び立った血の跡が実際の惨状を見ずとも想像できてしまう。

 地獄絵図だ、とエスティアは思った。


( 私の今の反応速度でも回避するなんて出来なかった。魔物を吸収するなんて狂気じみた行為、あの男イカれてやがるわ! 自由を求めているなんて言ってたけど、本当にあんなのが彼の求めていた自由だっていうの?)


 誰も動けない。

 いや、誰も動かないだけなのか。戦意はあるが、それを遥かに凌駕する殺意を前にして真っ先に動こうとしないだけ。

 この沈黙の数秒間なんとか立ち上がっていたダルジェンも血反吐を吐いて片膝つく。


「オREハ、アスタ………イヤ、タロット………アス………?? ヤMEロ、ジャマWOスルナ。オレハ、MAゴウコトナキ()()()()()ダ!」


 なにやら脳内で混雑する複数の知能が(せめ)ぎ合って混乱状態らしい。無理やり吸収した弊害が訪れたか、一本の腕が頭を抱えて独り言が止まらない。


( 今だ、今しかアレを止める瞬間はない )


 震える手をギュッと握りしめて慎重に一歩出た。

 しかし、


「コッチニ、チkAYOルンジャネェ!」


 体重を乗せて上半身を捻ることで、地面に引っ掛けた鉤爪を無理やり振り回し舞い上げた石弾がエスティア達を襲う。

 誰も近寄せないということだけはアスタロ、タロット共に共通認識なのか周囲への警戒だけは一切の隙がない。


「『シフィム』」


 ヒーラーがダルジェンを回復させる声だけがせめてもの癒しだった。それだけが意識を現実に引っ張り戻してくれる。


( 考えろ。何年司書やってるの、何か知識を使って打開策を見つけなきゃ)


( わしに出来るのは『効果付与(エンチャント)』と村長としての姿勢を見せることだけ。でも、考えることを放棄してはそれこそ村の敗北じゃ!)


( 少しでも攻撃の意識を抱いたら反撃される。あのエスティアですら反応できてねぇんに、俺がどうこうできる訳ねぇ。だから俺はひたすら考える!)


 戦場にいる誰もが、全く同じことを己に課した。



(((((((((((( 考えろ!))))))))))))



 今目の前にある状況は常識の範囲外。

 動けば死ぬ。動かなくてもその内死ぬ。

 極限に立たされた戦士達の意志は、ただ思考することだけにリソースを費やしていた。


 そして、希望はいつも皆の側にある。


 法則を味方に付けるのは、いつだって絶望の淵で希望を描く()()()()なのだから。



今回もお読みいただき感謝でございます!


最近ちと忙しくなってきまして、休みの内に執筆を急ぎ終わらせ本日投稿となりました。

じゃあ今までそこまで忙しくなかったのにあの投稿頻度かよ!と思われた方、全くもってその通りです。ゲームしてました。寝てました。はい。


兎にも角にも、今回はここで終わりです。

また次回と評価の程、よろしくお願いします!

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