第一章55 「王の罅」攻防戦①
_____キンッ! ガキンッ!
その音は複数の刃と金属がぶつかり合うことで生じる硬い音だった。それだけ聞けば、まるで激しい剣戟が繰り広げられているのではないかと勘違いする者も多いに違いない。
「こいつ、いくら何でも硬すぎるわよ! どうやってこの装甲を剥がせばいいのやら!」
「ただの鎖帷子みたいな感じなら良かったんだがな! 俺のツヴァイヘンダーの衝撃が通じてるのかも分からんぞこりゃ!」
「ExhaaaaaaaaaaaAusss!!!!」
「そや、火の魔石を一斉に爆破させりゃ奴の鎖も柔らかくなるんやないか? もしかしたら奴ごと消し飛びやで!」
「不謹慎すぎ! そんなことしたら私達までお陀仏よ! ただでさえ世界中で毎日のように魔石爆発事件つって問題になってるんだから!」
「王の罅」の警備班班長ダルジェン・サーケと資料室司書エスティア・シンシア、この2人の刃の尽くを容易に弾く鎖が戦況の進展を阻害する。
相手は素性も知れぬ狂人。彼はただひたすらに叫んでは暴れて鉄槌を下している。
既に彼の猛威により民家も数棟崩され、村人から死者も出してしまった。
「さっきから叫んでばっかで、何が目的なのかも分かりゃせん! こんな村で暴れたって何も得られんだろうによ!」
「GrrrrrrrNaaaaaadt!! MeeeeeeeeeeeeR!!」
「え? ねえダルジェン、今こいつ…………」
「ああ、言いやがったぜ。グランとメイアの名を!」
ふと狂人が放った見知った者の名前。これにより更なる緊迫が戦場を駆け回り、武器を握る力も強まる。
未だここに攻めて来た理由は不明でも、これにグランとメイアが関係しているのだと知ってしまった以上はもう止まれない。
これが幸か不幸なのか微妙なところであった。
兄妹ふたりの名が同時に挙がるということはどちらも生きていて、また無事に出会えている可能性が高い。
しかし突然の敵襲来で被害を出してしまったことや状況の打開策は見出せないこともまた事実。
同時に、ダルジェンとエスティアはひとつ確信していた。
「さっきから戦ってる感じ、ただ大雑把に暴れ回ってるだけのようにも見えるけどさ」
「明らかに俺らより、と言うか俺らの知ってるグラナード兄妹より断然強いぜコイツぁ」
鎖に包まれた鉄腕を剣でガードする度に爆音響かせ、加えてそれだけで振動が全身を駆け巡りダメージになる。もはや防御できているとは言い難い。
ただ大雑把で攻撃の軌道が分かりやすいから直撃を免れることができている。これだけが今ふたりの命を繋ぎ止めている要因と言っても差し支えない。
「TrrrrrrrmNaaaaTe………」
唸るように何か言葉を発する狂人だったが、残念ながら先の名前以降なにも聞き取れやしない。
そのお陰かエスティア達もこれ以上敵の言葉に耳を傾けず戦況の打開に思考を割くことができていた。
「この金属をどう対処するか、考えろぉ〜私。司書として沢山の資料をこの頭に詰め込んでるんだ。その知識を今こそ使うべきでしょう私ぃ〜」
しかし、狂人もただただ無差別に殴るだけではない。
「WoooooooooooRssss!!」
「おいエスティア! 避けろ!」
「えっ」
敵の拳の届かない位置にいるからと油断していた。
全身に巻かれた鎖の一部を鞭のように伸ばし、馬鹿力で上から下へ叩き付けたのだ。リーチの長い攻撃だからといって攻撃力はそう落ちない。
「ぐあああああああああああッ!!」
「ダルジェン!」
薙ぎを受けたのはエスティアを庇って飛び出したダルジェンだった。上からの一撃を喰らい地面から思いっきり反動を浴びると全身が麻痺するような感覚に囚われる。
武器を構えるより早く左腕で防御したが故にその傷は見るに堪えない。手首の辺りでぐにゃりと折れ曲がっていた。
「ダルジェン、その傷!」
「大丈夫じゃいエスティア! けどもうこれ以上互いに構っている暇はねぇ。気張ってけよぉ」
「ッ_______ 」
自身の不注意で生んでしまった仲間の負傷に自責の念が襲う。
両手剣を右腕だけで振るわなくてはならなくなったこの状況で、この失態を早く取り戻さなければと焦燥がエスティアを掻き立てる。
「そ、そうよ。最近剣術の特訓しかしてなかったし、何よりあの男が力でゴリ押しして来るものだから私たちも剣で対処しようなんて勝手に思ってたんだわ。魔法があるじゃない!」
「魔法ったって、俺らの実力じゃ使えても中級程度だろ? そんなんで奴の装甲突破できるってのか?!」
味しめた狂人が今度は鎖鞭を2本に増やして振り回し始めた。近づけず近づかず、そして確実に嬲り殺そうと攻撃手段がシフトされる。
「残念ね、私達も執拗に近づく必要は無くなった。そして全身に巻いているそれのせいで負けるのよ!」
ダルジェンに庇わせてしまった負い目を払拭し、敵を打ちのめすことで挽回せんとエスティアは詠唱した。
「ああ、こんな爽快に魔法を放つのは初めてよ。さあ是非とも存分に浴びなさいな、『ブリッツェンド』!」
次の瞬間射出されたのは青光りする雷光の一閃だった。
金属はよく電気を通す。なら、初級だろうが中級だろうが雷魔法は敵の鎖を貫通して敵本体にダメージを負わせられるはず。
と、そのはずだったが_______
電撃走る光の中に混じり、鎖の奥から輝く男の眼光が怪しくエスティアの相貌を強ばらせた時、衝撃は生じた。
彼女から一直線に引かれた電撃の道はしかし、すぐに彼女を穿っていたのだと気付く。
「きゃああああああああ!!!」
「おいおいおい、何が起きたってんだこの野郎……!! 」
「電気を跳ね返された、のよ………」
「よかった、無事かよエスティア! そんで、跳ね返されたってのはどういうこった!」
「どうゆーも何もそのままよ。普通金属はよく電気を通す。けど、その常識が通じずに電気を反射する性質『反電性』を持つ金属がごく稀に存在する!」
これで弱点は無くなった。
攻撃・防御共に強靭で、更に二人は手負いだ。まず勝機は薄いとしか言いようがない。
だが、エスティアの脳内にひとつの引っかかりがあった。
( 確か『反電性』を持つ金属って他にも特徴あった気がするんだよな〜なんだったかしら、思い出せ私〜 )
もやが掛かったように中々記憶を思い出せず気持ち悪さが大噴火しそうだ。
なおこの最中も攻防は続き、戦況は未だ一方的な大暴虐。
( 多分資料室に行けば思い出せる。けど、資料を見つけるのに時間かかるしダルジェンをひとり残すことになっちゃう。一体、一体どうすればいい____ )
「おいエスティア、あるんだろ?」
「_________あ」
「何考えてるか分からんが、資料室に打開の策が眠ってるかも知らないってんならよお、俺のことは構わず行ってくりゃいい!」
その言葉を深く飲み込んで、即決した。
「ダルジェンこれを! まだ、使ってないから!」
「おう、行ってこい!」
明るく送り出されたエスティアは右手に握られていたものを投げ渡し、颯爽と資料室目指して走り出す。
残されたダルジェンの左手に渡ったのはレイピアだった。
「ChaaaaaaaaaaasssssSe!!」
「うっせえ、お前さんの相手は俺だぜってんだ!」
ダルジェンを無視して横を通り抜けようとしたのを素早く一閃。横から両手剣でど突いて飛ばす。
見事に敵の動きを阻止した所だが、一番驚いていたのはダルジェンの方だった。
「わお、流石はこのレイピアに掛けられた俊敏性上昇のバフよ。でも、『効果付与』の効果はもう一つある。わざわざ使ってないって言ったってこたぁよ、俺はアレを使って持ち堪えりゃいいんだな。やってみせる、アレであんたと張り合ってみせる!」
その瞳に宿ったのは自信や勇気とは違う、決意の光。現状ダメージすら碌に与えられていない状況でも挽回してやろう、という決意が座っていた。
「BeeeeeeeeeeATTT!!」
確実に何かが変わった男の目を見て狂人アスタロも感化されたか、咆哮と共に魂の一騎打ちが始まった。
まず鉄腕で思いっきりダルジェンを弾いて距離を離すと、再び鎖鞭のうねる蛇撃が猛威を振るう。
だがその対策はできていた。
タイミングを合わせて剣を構えることで鎖を巻きつけさせ、思いっきり引っぱれば後は綱引き勝負。
「おおおおおおおりゃあッ!」
叫びの勢いで敵を引き寄せ腹蹴りを見舞うも鎖ガードで効果いまいち。なればと、狂人ごと剣を担いで更に叫ぶ。
「ひと一人なんざ、簡単に持ち上げてやらぁぁぁああああああああああああッ!!!」
背負い投げの要領で全身鎖男を地面に叩き落とした。
地面に鎖が食い込んでできた奇妙な凹みも、片腕一本で投げ飛ばしたダルジェンの胆力も、しかしこの場では誰も関心抱かない。
「硬い装甲でぐるぐる巻きだから余計に今のは痛ぇはずだ。なのに『今何かありました?』みてえにヌルッと立たれちゃもう何も言えないってばさ」
「BeeeeeeeeATTT………」
狂人の動きは大雑把でいつ攻撃が飛んでくるか分かったものではなかった。
その厄介さは甚だしく、まさに今も不規則な動きに意識を持っていかれ大きく後方に弾かれ家屋の壁を突き破ってしまう。
だが、
「わかった、わかったぜあんたさんよ」
土煙の中から声が響く。
その中に忍ぶシルエットは先程と比べ痩せて見え、上半身の鎧が砕け散ったのだと予測できる。在るのは、ただ鍛えられた体躯のみ。
「早速だがアレを解放しよう。そうするしか村を守る方法は有り得ねぇんだからよ」
ダルジェンの影が陽炎みたいに揺れる。
「『戦士形態』」
言葉と共に煙が晴れた。
その様は言わば永らくの修行を終えたばかりのそれ。下着越しでも卓越した肉体美は一目置かれる程だが、最も目を惹くのは紅みを帯びた全身と逆立った髪。
「これは普段資料室に引きこもってて力不足の恐れもあるってんでエスティアの為に一日一回の制限付きで設けられた効果よ。これでどこまで渡り合えるか。さて、見ものじゃな」
「SShAAAAAAAtuPP!!」
直後、繰り広げられるのは剣と鎖の大激突。
二者二様の剣戟と咆哮を以ってして金属の硬音が閑散とした村中に鳴り渡る。激しさはもはや語るまでもなく増大して、それでも狂人が優勢に見える。
殴り合い、ど突き合いが続き、一方的にダルジェンの被弾が蓄積するばかり。
「くっそがぁ! こいつ、俺がパワーアップしたのに合わせて更に元気になりやがったで!」
しなる鎖鞭を弾きつつ前進するダルジェンに対し、狂人は向かってくる両手剣を左腕で去なすと右腕で反撃を打ってくる。
左腕が潰されているダルジェンにとって攻撃の手数の少なさが圧倒的に戦況を悪辣なものにしているのだ。
「SMAAAAAAAASH!!」
ゴッ!という風な鈍い衝撃音を立てて狂人に殴り押される。突っ込んだ家屋数棟が一気に倒壊し多くの破片が宙を舞った。
それで怒涛の暴走が止まることはなく、男は高くジャンプして奇声を発すると自由落下に任せて上から家ごと粉砕する。
しかし拳の下に人の姿はいなかった。
「へっへ……惜しいな、俺はもう横にズレてるぜ。それと、ここアンネさん家のこの場所はキッチンなのよ」
「Ahhhhh??」
言いながら後ろ歩きで距離を取っていく。
狂人から遠ざかろうとしているのではなく、その挙動は別の何かから離れようとしているように見える。
「ちょうど料理でもしようとしてた時にお前さんが来ちまったせいでそのままにしてたんだろうな。でもそのお陰でそれが残ってる」
指差した先に狂人の目線が向く。
「火の魔石。一食作るのに必要な魔石量じゃ所詮小さな火しか起こさねぇが、何ヶ月分とキッチンに蓄えられたものを一気に刺激したらどうなるか、少し考えりゃすぐ分かるだろ?」
言って間もなく、熱波が辺り一体を轟然と包んだ。水蒸気爆発でも発生したかのような恐ろしい威力と温度に広範囲の窓ガラスが同心円上に割れていく。
当然、被害を抑えるべく全力で距離をとったダルジェンも無傷では済まない。
「ケホッゴホ……………………ッくしょう、『戦士形態』様様だぜ。上半身に破片やらがぶっ刺さって熱波に肌がやられた程度で済んだ………流石にあんにゃろうも無事ではいられね______」
思わずの絶句。
ジャラジャラ鳴らして奴は堂々と姿を目の前に晒した。
鎖こそ赤熱しているが、あれだけの威力を受けて立っていられるなどあり得る筈がない。それがダルジェンの人間に対する理解だし、至極尤もな意見だろう。
「SHAME」
初めて、狂人は狂人らしからずハッキリと言葉を呟いた。
その意味までは解らずとも、圧と込められた凄みに思わず身が震え上がる。
「まだ、だ。エスティアが来るまでこん野郎には負けられねぇってのよ。だから、俺は立________ 」
言葉の途中だが、いつの間にダルジェンは更に背中から家屋数棟を貫いていたことに気付かされる。ついでに鼻が潰れていることも知る。
その瞬間を知覚できないくらいの衝撃がどうやら頭部を襲ったらしい。なのに、だ。
( なかなかどうして、麻酔でも注入されてるみてぇに何故か身体が動かせちまう。『戦士形態』の効果も怖いくらいだぜ、こりゃあ )
身体はボロボロだからおそらく効果が切れれば長時間動けなくなるに違いない。
だから立つ、だから動く、だから斬る!
「動ける間に動かんで、何が警備班じゃクソッタレがああああああああああああああああああああああッ!!」
「WhhhhhhA_______!!」
今度は感触があった。
装甲が赤熱で柔らかくなった為にようやく敵本体に重撃が届いた、まさにその刹那の快感のような昂りを噛み締めるダルジェン。久しく受けたダメージでバランスを大きく崩す狂人。
( 今だ、今しかねぇ、このチャンスを逃すな! 両手剣をぶん回せ!)
熱が冷める前に叩けるだけ叩き、全身を包む装甲の一部が潰れ切断まであとひと息という所まで攻めた。
数カ所の金属も欠け始め、これこそ現状でみれる唯一の狙い目だった。これを逃すまいとダルジェンは大きく脚を開き、腹部に狙いを定め剣を構える。
「今こそ穿つ時よ! 剣技『大流弍焉・突』ッ!!」
全身に降り注ぐ重みと火を噴くような熱さ、そして廻る稲妻とが吠える漢の剣技を一入に加速させ、彼の形相ももはや修羅であった。
誰も、彼を止めようなどできやしなかった。
「あ、、、、、れ、、、、、、、、、、」
刃は確かに敵目掛けて穿たれた。狂人は受け止めることも叶わず棒立ち状態で、当然ダルジェンも「してやった」感覚を彼の手いっぱいに浴びていた。
ちょうど髪を靡かせたそよ風が、寂しく急を告げる。
( すべて、錯覚だった、、、のか )
身体の重さ、熱さ、廻る稲妻といった一切合切はダルジェンを鼓舞する要素などでは無かった。
これらは全身の異変を知らせる為のアラームで。とどのつまり『戦士形態』の効果は既に終わっていて。
ダルジェン・サーケを止めたのは、自然の流れだった。
「E………EeeeeeeeeeeeeNde!!!!」
遅れて狂人は手を組み、地べたに這いつくばる男に最後の鉄槌を下そうと大きく頭上に振り上げる。
ダルジェンは過呼吸状態で動ける状態では無い。だから重い鉄槌は必中攻撃となり、
________その場を水飛沫が包み込んだ。
気付いた時には全身はもう濡れており、額に滴り落ちた水滴をひと舐めすると塩気が強い。
なんだこれはと疑問が過ぎる。本来なら鉄臭い真っ赤な液体が一面を支配する算段だったのに、予想外の液体が全身に降りかかったぞと錯乱する。
「今度こそ______ 」
声が聞こえた。
さっき何処かへ消えていった女の声が。
「今度こそ喰らってもらうわ!ダルジェンの側から離れなさいよ、『ブリッツェンド』!」
上だ! と上空を仰ぐ。
そこに彼女はいた。雷が一閃、自分の方へ向かって急接近しているのだと瞬間的に察知した。でも自分が纒う鎖は電気的攻撃を反射するのだから意味がないはずだと余裕の表情。
「OOoooooooouCh!!」
それもコンマ数秒後には消え失せる。
あり得ないと彼は思った。電撃が鎖を貫いてダメージを受けるなんて有り得ないと。
「『反電性』を持つ金属に電気を通すには条件が2通りあったわ。まず一つは超伝導と同じように、金属をマイナス200℃程にまで冷却させること。でも今の私たちにそれは不可能。だから私は今、あなたに塩水を撒いた。塩水を浴びることでその金属は電気を通してくれるらしいのよ。ま、そんなことしたら錆びやすくなっちゃうから実際この方法が使われることは無いらしいけど?」
ドサッ、と思わず膝から崩れ落ちた。
狂人はかれこれ100年以上の間を鎖に身を包んで生きてきた。だから物理・魔法耐性は高く、ダメージを受けるなんてことは久しく無いものと考えていた。
だから、彼本体はダメージに慣れていない。
よって、ダルジェンから受けた分の蓄積も合わせて、ようやく電撃を浴び行動を停止させたのだ。
満を辞して戻ったエスティアが急いで地に伏すダルジェンのもとへ駆けつける。
「ダルジェン、大丈夫? さっきの爆音とこの惨状……火の魔石を爆発させちゃったのね。それに、私のレイピアの効果でもここまでボロボロになるなんて……」
「は、は。ダセェとこ、みせちまって、なぁ。俺のことは、後に、してよ、はやいとこ、奴の、鎖を、剥いちま、おうぜ……」
言われて、エスティアは先の攻撃以降沈黙している狂人の方に目を向ける。
「そ、そうね。待ってなダルジェン、もう少しの辛抱よ」
「おうよ」
早速、敵が再び行動を再開させる前にぐるぐる巻きにされた鎖を全て解きにかかる。予想していた通り何重と厳戒な巻かれかたをしていて思っていたより時間が過ぎる。
( この中の人、一体どうやって身体にこんな巻いて………というより食事なんかはどうしてた訳? )
少しずつ露出していく敵の肌を見る限り、男は細身で若干筋肉が付いているだけのようだ。
このような体格であれだけの破壊力を持っていたなどとは信じがたい。
( 毎日重い金属を背負って生きてるようなものなのに筋肉がそこまで多くない……不思議なものね )
そうやって徐々に解放していき、とうとう上半身全体が露わになった。顔は大体三十歳くらいかという至って普通の男性という印象を抱かせ、あの凶暴さを全く感じさせない。
ところで、
「上半身は裸だけど……いや、まさか下も裸です、なんてことにはならないわよね?」
ここにきて全く予想外な要因で訝しむことに。
しかしその様子を見兼ねてか、掠れ声のままダルジェンが語りかける。
「エス、ティア………!! 敵の、正体は知れた。後は、お前が、奴を斃す、だけだ…………」
「私が……………………」
言われてダルジェンの左手から溢れたレイピアを拾いあげるも、なかなか動けない。
本来、上半身が露出した時点でトドメを刺すことはもうできる。だが比較的平和な辺境の村で過ごしてきただけあって、いやそうでなくとも人の命を奪う行為に躊躇いがあった。
「今しかねぇ…………奴が目を覚ましちゃ、また面倒な、ことに………!!」
息が大きくなるのがよく分かる。
生殺与奪は今エスティアに委ねられている。
今しかない、というダルジェンの言葉が正しいのは分かる。敵を殺すことが名誉の戦果として語られるだろうことも分かる。
( そうよ、そこまで分かっているのよ。やりなさいエスティア・シンシア! 私がこの戦いを終わらせるんだわ!)
祈るように心を決めて、レイピアを突き立てるように構える。深く息を吐いて心を落ち着かせ、狙うは心臓。
いざ決着の時! と、目をかっ開き焦点を合わせ_____
「ひッ_____________________ 」
男は黒い眼で獲物を絡めとるよう、エスティアを睨んでいた。
目が合ったのを知覚した須臾の後、「離れろ」と叫ぶ本能に突き動かされるままに飛び退いてしまう。
その行動が悪手だったとすぐに気付くが、時すでに遅し。
「ああ………とても Very に久々な感覚だ」
優しい声だった。
凶暴さとはかけ離れた人物だった。
「君が僕を解放、したんだね?」
「え、あ…………」
「やっと息苦しい鎖を脱げて気分 Super だ。でも、このアスタロは課せられた使命の為にここを Conquer しなくてはならない。それは確定事項だから」
やや猫背のアスタロと名乗った男は嫌なオーラを放ってるようだ。強そうには決して見えないが、しかし人に固唾を飲ませるだけの圧迫感が備わって他とは違う雰囲気を孕ませる。
( ダルジェンはもう瀕死寸前。私がもたもたしてたから、私がトドメを早く刺せばよかったんだわ。だから、ここは私が戦わなくちゃいけない!!)
エスティア・シンシア、この日初めて彼女は強敵とひとりで対峙する。
対するは、檻から抜け出た獣。
戦いは、烈火のごとくペースを増してなお続く。
今回もお読みいただき感謝感激です!
えー、2週間以上投稿をサボってしまいました! 前回のグリム編で執筆のやる気が燃え尽きました!
何はともあれ、果たして鎖を脱いだアスタロはどんな戦い方をするのか、次回もよろしくお願いします!