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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章51 【叡智の書】VS 大魔女


 大都ユニベルグズはたった今混乱渦巻いていた。

 素性の知れぬ軍がこぞって迫ってきているのを知らせる鐘が絶え間なく響き、市民への呼びかけ及び戦闘が可能な人員の確保も同時に行われている。


 ご存じ魔法研究施設アルティの研究員達も、第二位【叡智の書(エンプレス)】を冠するナハト・ブルーメの指示を受け軍勢撃退に赴いているが、かく言う彼女はいま、ある一人の魔女と対峙していた。


「さっきのお前の魔法威力で判断するなら、多少苦戦するかも分からんが勝てないこともないな」


「あらまあ、弱体化させられたとはいえ私にはあんたに負ける未来がどうしても見えないのよね」


「そりゃあ、負けると思って戦うやつなんてそう居るもんじゃないさ」


 言いながらナハトはかつての刺客到来時にメイアが半ば諦めながら戦っていたことを思い出す。「あ、近くに居たわ」などとボソッと呟きながら、しかし今の彼女はそんな弱くないとの確信から頬をぱちんと叩いて邪念を振り払う。


「あら、負けると思いながら戦う人が居たのね?」


「何、それは過去の話さ」


「あらそう。折角会えたのだしもう少しお話もしたいのだけれど、今は兎に角、早めにこの都市を陥落させないといけないの。だから………」


 次の瞬間、視界の先から魔女バーティーの姿が文字通り消えた。視界に残るのは魔女に破壊された研究所の壁や装飾品だけ。

 一人取り残された虚空の合間。

 実際その時間は1秒にも満たなかったが、体感じつに数秒という程に、感覚が現象に追いつけていなかった。


「何ぼけっとしてんのさ。私はここよ?」


「っ!」


 ふっ、と鼻で笑う様な声が真横、それも超至近距離から飛んでくる。それを認知すると同時、灼灼たる火炎が手のひら一杯に広げて放たれた。

 いくら弱体化していても威力は並の魔法使いレベルだ。それを無防備で受けて無事でいられる訳も_____


「おいおい、研究所アルティの制服が灰になっちまったじゃんかよ魔女さん? 」


 炎が晴れた先には、白い法衣のような制服を失い薄着姿となったナハトが平然と構えていた。

 いや、彼女とて次は無い。


「まさか羽織っていたものを瞬時に身代わりとして使えるとは驚いたわ。じゃあ、これならどうかしら」


 再び魔女の姿が完全に消え失せる。

 その刹那の後、火炎魔法は背後から飛来。しかし振り向いた時には既に遅く左から、そして右、さらに左、またまた背後というように止まらない虚空からの攻撃。

 そうやって左右前後からの猛撃に耐え続ける中で、ふと四方からのそれが止んだ。すなわち、


「あらまあ、頭がガラ空きなのよね!」


 頭上からの声と共に降り注いだのは炎、ではなく氷だった。

 エントランスに突如として形成された結晶の山。冷霧を帯びたそれは永年ナハトを氷獄に監禁するかと言っていいくらいの代物だ。


 あっという間に敵を翻弄し優雅に佇む魔女の風貌は、はたから見れば絶世の美女と持て囃されていたかも分からない。

 だからこそ、そんな女性が大都市の陥落を目論む理由など誰に察せるものでもない。


「はぁ。早く終わらせたいのだけれど、そうやって固まったふりをされると困るのよねぇ」


 と、ため息つきながら吐かれた声に呼応するように細い光が屈折しながら氷の外へ飛び出す。その極めつけ、視界を真っ白に染め上げる閃光が魔女ごと氷塊を破壊し押し寄せた。


「あ〜あ〜あ〜。炎からの氷とか極端すぎるサウナかよって」


「なかなかいい魔法使うじゃないの。流石に痛い、全身がヒリヒリするって感じよ。でも安心して。次からはサウナなんて冗談言わせないから」


「そうかい」


 もはや彼女らの魔法での殴り合いは止まるところを知らず、それぞれの矜持と卓越した能力がどこで尽きるかという、ある意味自慢バトルのようなものとなっていた。


 魔法界の権威たる三代派閥に属さぬとは言え、ナハト・ブルーメは彼らに追いつけるだけの実力を持つ者として世界にも名を知られる存在の一人である。

 一方対峙する魔女の実力は彼女を遥かに凌駕する異次元なものでありがら名も姿も知られていない、全てが謎に包まれた女性。

 ナハトはこの状況を試練と捉えていた。


( こいつの消える力、信じがたいが瞬間移動系のものと考えていいだろうな。こんな神がかった権能を有する人間、いやぁ危険だが研究価値があるなぁ!)


 いや、ただ内心ワクワクしているだけかも知れない。

 小さな声でぶつぶつと長ったらしく独り言を始める。


「兎にも角にも、要は観察が大事になってくる。五感で相手を捉えて仮説と検証を積んでいく。ハイクラスな戦闘ともなってくると攻防と思考のどちらもフルで働かせなけりゃ負けだからな。そういう意味で、ってあれ、これメイアに教えてたっけ。いや教えてなくてもあいつなら勝手にできるし今は考えるなよ私_____ 」


 と、視界から魔女が消えていた。

 ナハトは攻防と思考のどちもフルで働かせるどころか、自分の世界にフルで入り込んでいた。当然、仇となった。


干魃(かんばつ)よ」


 声が鳴ってすぐ、露出した肌が悲鳴を上げはじめる。


「炎天よ」


 声の位置に魔女はいない。超高速で移動しているらしい。


「放射せよ」


 研究所の床が真っ白に照り____熱が極限まで光として射出させられているらしく____燦々と、プロミネンス的な光の柱が地を這い始めた。

 壁を食い破るように貫き、天井を溶かし、エントランスはもはやその原型を留めていない。

 研究所の外にも既に熱波が溢れ出している。


 さしずめ煉獄と解釈しても差し支えないであろう景色の中で、かろうじて魔女の姿を視界に押さえる。

 宙に浮いた彼女の髪とゴスロリドレスを(なび)かせてナハトの最期を見守ろうとしているようだ。


「ちッ、馬鹿げた破壊力だ。てか普通に馬鹿だろ!」


 しかし、その叫びにバーティは目を見開く。

 施設を壊滅させる程の正に煉獄の中で、たったひとりそのナハト・ブルーメだけは生きていた。普通に喋れていた。


( あり得ないわ。あの熱波で喉も潰されていないと言うの? あり得ない。そう、あり得ない )


「ああ、もしかして気になってるかい魔女さんよ。なぜ私が生きてるのかって」


「_____っ!」


「ふふ、図星か。でも、その理由を一番よく知ってるのはお前のはずだが?」


 ナハトの指摘にバーティは揺らいだ。

 なぜなら知らないからだ。

 攻撃魔法に長けていて、そして魔法陣にも手を付けているらしいが、だが魔法陣を書かせる暇など与えた覚えはない。


「えぇっと、あれだよ。なんて言うんだっけこういうの………そう、帰納法だっけか」


「意味が、わからないわッ!」


 ついに癇癪を起こし無闇に熱線を撃ち始めてしまう。


「お前ほどの! 魔法の使い手が! 見抜けないと言うのは! おかしいと! 思うんだがな!」


 飛び交う熱線を自慢の雷槍で相殺しつつ助言を与える。敵に塩を贈るような感じになってしまっているがお構い無しといった感じだ。

 ナハトは華奢な体躯を活かして巧妙に熱線熱波をひらり躱すとバーティの腹部に一殴_____しようとしたが、


「ちぃッ、瞬間移動(そっち)瞬間移動(そっち)で厄介極まりない!」


 無制限に移動を繰り返す魔女に嫌気も立ち込める頃、偶然、その目が微かに項垂(うなだ)れ倒れている人間の存在を認めた。

 この破壊的な状況下で瓦礫に押し潰されていないことがまず奇跡のようなもの。いや、意識を失っていても【翻弄者】の名の由来通り強運という事なのか。


 しかしそれが誰であれ、ナハトは人命救助を優先する。

 瀕死の男、現第4位のアルベド・ロダンをいわゆるお姫様抱っこで抱えると、魔女バーティを一瞥して比較的安全な場所まで大急ぎで走る。


「まさか、私を置いて逃げるつもり? まあいいわ、どうせあんたを殺すまで追い続けるつもりでいたのだからね」


 ゆっくりだが、しかし見逃さない程度の速さでナハトの消えた方へ歩を進める。

 かろうじて残っている一本の廊下をずっと奥へ走り途中で曲がるのを確認すると、逃げ道を塞ぐようにバーティは通ったところを徐々に融解させ極熱の瓦礫やらで道を塞いでいく。


 そしてバーティも廊下を曲がると、またその少し先で曲がって気をうかがっているのか、僅かに先程抱えていた男の足が見え隠れしていた。


( 間抜け……と言いたいところだけど、罠の可能性も捨てきれない。いや、やはり間抜けよ。私には瞬間移動があるのだし )


 だが、バーティは知らなかった。


「なっ_______ 」


 曲がった先にあるのが廊下や部屋ではなく、上へと繋がる階段であることなど、知るよしもなかった。


「居ない! まさか、この男を置き去りにして逃げたとでも? 」


「おい______改めて言ってやる、馬鹿かよってな」


 声は背後の、それも上から降るように響いた。

 バーティが崩した一階の天井、その一瞬を狙って頭から飛び込んだように落下。完全に不意を突いて降りてきたのだ。


「馬鹿ですって? それは、今の声であんたの居場所を私に知らせたあんたの方でしょう!」


 叫びつつも例の如く瞬間移動の素振りを見せるが、


「何、こっち見てんだよ」


「は________?? 」


 突然、バーティの死角から凄い勢いで飛び出す存在があった。アルベド・ロダン、その男が鬼のような形相で魔女にしがみついたのだ。


「な、なんなのよ! 酷い怪我を負ってる筈、で____ 」


 バーティが絶句した理由は単純なことだが、彼女には信じ難いことだった。

 弱体化する前の壮絶な威力の魔法でアルベドとか言う男を蹴散らした。それは紛う事なき事実。

 なのに今の彼は、火傷の跡ひとつ無く生きている!


「『束縛(ロック)』!」


 抱きついた状態のまま男が詠唱し、魔法製の鎖が魔女の四肢胴体に絡みつく。それは完全に敵の動きをその場に固定したのだ。


「動、けない………!! 瞬間移動も、できない……!! 」


( ナイスだ、あとは私が終わらせる!)


 逆さのまま降下するナハトは光魔法の噴射を利用して魔女に急接近すると、腰の辺りから金属の輪っかのような物を取り出して、それを彼女の腕に取り付けた。

 その輪っかの正体は、


「な______手錠?!」


「確保完了。これで、戦闘は終了だ」


 ナハトのクールな発言によって、勝者は確定した。


「何を言って、手錠ごときで私を止められるとでも思っ」


「お前、本当に何も知らずに此処に攻めてきたんだな」


「っ_____!!」


 実際、魔女バーティも認めざるを得ない状況だと気付いてしまった。なぜなら()()()()()()()()()だ。

 どういう原理か、手錠を掛けられたその瞬間から既に最大の武器を奪われてしまっていた。


「それに使われている金属は特殊な素材でな。魔法とは基本的に体内の魔素(マナ)をそれぞれ別の魔法として出力する訳だが、それはその出力孔となる機能を停止させる作用がある。現代、こんなの世界中の警察やらで使われてるはずだが……知らないなんてことあるか?」


 無知であるという痛いところを突かれて魔女は次第に反抗の意思を無くしていく。

 だが、まだまだナハトの指摘は止まることを知らず、


「あと、お前は私があの焦土の中で平然としていることに疑問を呈していたが、別に平然となんかしてない。装っていただけだよ」


「でも、あの温度の中では少なくとも喉にも異常があるはずなのだけれど」


「やっぱお前は知らないのか。私は【叡智の書(エンプレス)】の異名を戴いた身。この意味が分からないだろ?」


 当然、知らないわよと言いたそうな顔でナハトを睨みつける。反抗の意思はなくとも悪態はつくらしい。


「多分お前は、私が攻撃にステータスを全振りしてる超アタッカーの人間だと思ってるんだろうよ。けどな、言っておくが私は回復魔法も支援魔法もそれなりに使える。だからお前が最初に研究員達を熱で脅してる時には既に耐熱してあったのよ」


「ああそう、広く深くってことね。タラレバの話は余りしたくないのだけれど、でもあんた、私を弱体化できてなきゃ死んでたわよね?」


「は、ははぁ……それは否定できないな」


 突然の指摘返しにナハトも苦笑いをするしかなかったが、「それよりも」とバーティが話を逸らす。


「この男は、いつになったら私から離れてくれるのかしらね? 抱きついてきてそのままなんだけど」


 と言うのも無理はなかった。

 アルベド・ロダンはバーティを捕らえるのに一役買った男だが、戦闘が終わった今、再度見直すと異常だ。

 母親にまとわりつく赤子の、その赤子を成人男性に入れ替えた図を想像すると分かりやすいだろうか。


「す、すまん。こいつまだ気絶してるまんまだから……」


「はぁ? まさか、気絶しながらこの私を食い止めたとでもいうのかしら」


「そのまさかなんだよ。私が駆けつける前に一瞬でもアルベドと戦ったんだろ? なら、まだアルベドにとって戦闘は終了してなかったってことかんだろ。こいつは戦闘をいつの間にか自身の有利方向に進めるってんで実力を上げてきた男なんだよ」


「そう言えば自分が【翻弄者】だとか吠えていたわね。なるほどそういう……ある意味ここも化け物の集まりってわけさね」


「お前らがここの情報を全然知らんで来たってのも含めると、そう言う意味でもう一人のガキんちょも多分あっさり負けるぞ」


 そう、敵はもう一人いる。

 所長と共に場所を移した子供がそのもう一人であるが、ナハトは所長が勝つとはっきり宣言するのであった。

 それに呼応するように、魔女バーティは「どうだかね」とため息混じりに呟いた。




お疲れ様です、ナハトさんが予想より強すぎたので久々に文字数やや少なめですね

では、次回もよろしくです!

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