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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章49 アンリミテッドバトル


 グランとフィーストが黒龍、ないし黒竜と激戦を繰り広げている間にも並行して『大侵攻』は決行されている。

 その一環として、同じく闇の世界ではメイアとルーシャが、ラグラスロ軍の精鋭部隊と剣戟を交えていた。


 氷薙刀と真紅のダガーナイフが火花を散らす。


「こん前()りあッた時はしくじッたがよォ、そう無策で再戦する程無謀じゃねェ」


「それを言うなら、実は私だってあの時は万全じゃ無かったんだよね〜」


 メイアとカラピア、二人は以前も大都市ユニベルグズで戦った相手同士だが、その(よしみ)からか言葉を交わす余裕があるようだ。

 対して、その少し離れたところで火花を散らすのはルーシャとゴースだ。


「なんなのこの人、奇鬼忌琴(ききききん)の攻撃正面から受けて平然としてるなんて……それになんか、」


「嗚呼美しきかな、音奏でる乙女の一撃。これまた、ある夜に咲いた魔法陣の乙女と異なる美よ」


「なんか変な独り言をぺちゃくちゃと、どこまで相手にされてないんだか……!!」


 この二者は初の邂逅ということでそれぞれ全く違う反応を示して_____と言うよりかはゴースの耽美主義的な発言が一方的にルーシャを困惑させているらしいが。


「おいゴース! 俺はこいつと今度こそ決着を付けるんだ。邪魔するじゃねェぞ!」


「分かっている。我もこの乙女との決闘に集中したいと思っているからな!」


 そして再び剣戟が再開される。

 どちらも白熱の戦いだが、頑丈すぎて不動とさえ思えるゴースと比べ、やはり大きな動きが見られるのはカラピア対メイアの方であった。


「畜生、やっぱスペアの劣化ナイフじゃこの前と同じ有り様になッちまうみてェだな」


「なぁに、今度は本物の武器を持ってきたの?」


「ご名答ォ!」


 言って、見た目のまるで同じなダガーナイフが取り出され、すなわちカラピアは二刀流となったのだが、


「んじゃぁ、私からもとびっきりのサプライズ!『リュミエール』!」


「んなァにいィィッ?!」


 そう、以前の戦闘でメイアは攻撃魔法の使用を禁止されていた。

 だからカラピアにとって、突然向けられた光の波動に対応することは全くの予想外。これは以前とは似て非なる、いわゆる制限なき戦い(アンリミテッドバトル)なのだから_____


「なんて、念には念をッてんで魔法具を身につけておいて正解だッたな」


「高威力魔法の筈なのに、効いてない?」


 パラパラと、カラピアの胸の辺りから金属片と思われる塵が風に運ばれていく。


「いま崩れ散ッたのは一度だけ魔法威力を激減できるッつう代物だ。いやァ〜驚いた驚いた。油断ならんな」


「でも、逆に言えば次からは当たるってわけだね」


「俺はラグラスロ精鋭部隊が一人だぜェ? そう簡単に行くと思うな」


 両者共に走り出し、3つの刃が入り交じる。

 ひとつの薙刀に対し真っ赤に燃える双刃。手数の多さで言えばカラピアの方が有利だが、流石ユニベルグズでの修行を積んだ者の言ったところか、メイアの「対応」能力が速攻の赤刃を防ぎきるだけのレベルまで培われていた。


「ちィッ____分かッていたとは言え、その薙刀、なかなかどうして物理的に上手くいかねェ!」


「そりゃ、魔法ですから!」


「当然ダガーひとつじゃ勝てねェ。ふたつでもどうやら攻めきれねェらしい。なら、三本目があッてもおかしくねェ!」


 それを言い終わる前にひょいと新たなナイフが飛び出す。まるで物を取り出す素振りを見せなかったことが起因し、メイアの反応が乱れる。

 だが、彼女の滑らかに研磨された反射神経が一歩だけ下がるという英断を下し、僅かながらに生まれた距離を利用して三刃を凌ぐことに成功。危機一髪の神回避かと思われた、それすらも束の間、


「四本目が無いとは言ッねェぜ!」


「っ!!」


 頭上、その目の鼻の先にまで赤いそれは迫っていた。

 が、センスと一言で括ってしまうのが勿体無く感じられるほどの美しい判断、それが今もメイアを生かしている。

 身体を大きく()け反らせながら咄嗟に手を伸ばしてナイフを掴む。すぐ元の体勢に戻すもカラピアは既に腕を突き出しており、掴んだばかりの真っ赤なそれで守ろうとするも手から弾き出されてしまう。

 ただそのおかげで攻撃軌道がずれ、服の端が破けるだけで乙女(メイア)の柔肌に傷が付くことは避けられた。


「へ、切ッた」


 だがそれでいいとばかりにカラピアは微笑む。怒涛の乱撃も虚しく傷ひとつ付けられなかったことなどとは別の、彼だけが知る喜びがあった。


 ぼふっ、と。


 それは微かで、しかし確かに何かが()()()()だった。

 視線の先が、たった今切断された布端に向けられる。腕の辺りからじわじわと火が勢力を広げんと服を這っていたのだ。


( まさか、あれに切られると火が……!!)


 メイアの脳裏で、走馬灯のように記憶が蘇った。

『畜生! 本来なら丸焼きにされるのはお前だッたはずだッてのによォ!! 』

 大都市での一件の最中(さなか)、カラピアが攻撃が通用しないことに苛つきながら放ったその言葉。つまり、今起きている現象はこのことを指していた。


( なら、)


 類まれなる即決力、メイアはまたしても決して躊躇わず行動に移す。


「『リュミエール』、これで断つ!」


 本来、光の波動と解釈される上級攻撃魔法のひとつであるが、それをメイアは自身に向けた。規模を最小限まで抑え燃える布地を消し飛ばす。それも、自分の腕も巻き込みながら!


「くぅぁッ……!! 」


 見事丸焼きは回避され、同時に削り取られた肉は僅かのみで済んだ。たったそれだけ、とはとても言い難い行動にカラピアが気圧される。


( なんなんだよォこの野郎はッ! せッかく切り傷付けられたと思ッたのに、普通自分の身体ごと消し散らかすなんて考えても実行しねェだろクソッ!)


「ガキの分際で、前まで俺より遥かに下だッた筈のビビリの分際で、今更かッこ付けようだなんて遅ェんだよォ!」


 カラピアが恐ろしい加速を見せる。前傾姿勢の、スピードと殺傷力の両面に長けたまさに刺客の動き。


 ドガガッ!!!!!!! と。


「何ィ……?! 」


 電光石火で縮まるふたりの間に、突如として大岩が隆起した。勢いを殺し切れずカラピアは大岩にナイフつき立て突撃し、反作用の力でターンする。

 この場でこんな大きな力を振るうことの出来る人物などたった一人に縛られる。


「おいゴース! 危ねェし邪魔すんなッつッたろうが!」


「すまぬ、だが今は勘弁!」


 謝りながらゴースは大きな拳を足下に叩きつける。するとまた地面が大きく揺れ、岩がドカンと捲りあがる。その捲られた地面の影から飛び出したのはゴースと対峙するミステルーシャ・アプスだった。


「ごめんなさいメイアさん、邪魔しちゃいました!」


「ルーシャさん!大丈夫!?」


「ええ、今のところは問題ありません! ですが、今は会話を挟む余裕がないので失礼します!」


 次々と岩壁やら何やらの隆起が繰り広げられる中、華麗にそれを回避しながらルーシャは大きな立ち回りで走っていく。


「どこ見てやがる、クソガキィッ!」


「な、」


 突然の介入に気を取られ、注意力が散漫になっていた。その隙を見事に突かれ、咄嗟の薙刀でのガードも間に合わず、巧みな剣捌きがメイアを切り刻む。


「勝ッた……!! 」


 全身数カ所の切り傷から火が吹き出す。まだ小さなものだが、すぐに全身を包む業炎へと変貌してしまうだろう。そうなってしまえば最後、命途絶えるまでの生き地獄を味わうことになる。


「負けてなんか、いないよ!!」


 もはやそれは自傷行為と何ら大差ない蛮行だ。(さき)の服を消し飛ばしたよう魔法『リュミエール』を使った火の消火。

 だが、今回ばかりは誰もが躊躇せずにはいられない。着火された切り傷を直で抉り取るなんて事は、誰もやろうとすら思いつかないだろう。


 メイアは、しかし実際に行動に移した!


「こんの野郎、アスタロ以上に狂ッてやがる。前の戦いから短い間に、こいつに何があッたらこんな愚行をホイホイとやるようになるッて言うんだァ?!」


「痛い、イタイ、いたい、いだい! あああああああああああああ『コルティツァ』ァァァ_______!」


 カラピアの動揺の声を掻き消すほどの悲痛な絶叫と共に、メイアお得意の創造魔法が詠唱される。


 創造魔法とは端的に言えば属性装備を造る為に使われるが、別に武器や防具を造るだけが効用ではない。メイアの『コルティツァ』の場合、氷の破片という原型がまず存在している。

 つまり言い換えれば、その原型となるそれを増幅・変形させるのが創造魔法であって、


「クソッタレ、つくづく便利だなァ魔法ッて奴は!」


「へへ。そ、そうでしょう?」


 抉り取った部分に氷を纏わせ、止血と共に冷却による痛覚の麻痺を体現させることだってできるのだ。


 ゴースとカラピアは魔法が使えない。誰もが一度は夢見て、そして学ぶ内に次第と身につけることができる魔法という希望に、彼らは見放された。軽く言って絶望に近い感情を味わった。

 それでも彼らがここにいるのは、物理だけで捻じ伏せてやると強く決心した過去があるから。そして実際に魔法無しでラグラスロ軍精鋭に選ばれる程の実力を身につけるに至った。


 そんな男が、人生何度目分になるかという位に長い時を闇の世界で過ごして来て、今一度目の前の反物理的な事象に恐怖を覚え、そして希望を見た。

 ここで勝てたなら、これこそ人生最大の勲章になる!と。


「『エニグマ』!」


 歯を食いしばりながら詠唱する本気の顔が視線に飛び込んでくる。ゴースは戦う女性はすべて美しいと言うが、それとは別に、カラピアもメイアに美しさを見出したような気がした。戦う者の、彼女の精神の有り様に感激を抱いた。


 すると直後、虹色とも取れるが何色とも形容できない、エネルギー体の筈だが液体にも思える、そんな不可思議な魔法が視界に入る。


「今までやったことないやり方だけど、ユニベルグズで習った知識を応用すればこんなこともできる!」


 言葉の直後、『エニグマ』と呼ばれた超上位魔法が霧状に拡散したかと思えば辺り一体が摩訶不思議な虹色空間に包まれた。とどまれば気分が悪くなりそうだがそれ以上に、


「なんだ、これは」


「エニグマ錯視って言葉知ってる? なんでも、静止画なんかを見てるとね、まるで動いているかのように錯覚してしまう現象のことなんだって。なら四方八方がこんな状態になっちゃってるなら、そりゃもう脳内はパニックだよね」


 メイアの言う通り、視界に入る全ての情報が「(うごめ)いている」で統一されてしまっている。それに釣られて足下も揺れているんじゃないかと錯覚し、自然とそれが自己暗示となって沼にハマっていく。


( だが、それはアイツも同じに違いねェ。なら俺はすかさず攻めるだけだろッて!)


 鋭く目を光らせ、獲物を狩る捕食者の気持ちになって前へ飛び出す。足場が揺らいでいるとかいないとか、そんなものは度外視だ。

 すると突然、一歩分前の辺りに数十センチ程の高さの凹みが生まれる。


「馬鹿め、この程度の凹みがなんだッてんだ。俺がこんなんで足を捻るとでも思っ____ 」


 その一歩で凹みの箇所を踏み締めた途端、膝がカクッと曲がりカラピアの体勢が大きく崩れ、片方のダガーナイフも落としてしまう。


( これも錯覚ッ!)


 そもそも、地面は全くもって凹んでなどいなかったのだ。トリックアートのように、ただそこに窪みが生まれたと勘違いさせられていただけであった。


( まんまと罠に引ッかかッてんじゃねェぞ俺!)


 体勢が崩れたその瞬間に不思議空間は解消。すかさずメイアが薙刀を構えて間合いに詰め込んで来る。何やら既に支援魔法でバフをかけてあるらしく、迫力が先程までよりもずっと大きい。


( まずい、これは、こればかりは )


 どうしようもなかった。

 圧倒的無抵抗の状態で腹を横にひと裂きが入った。内臓が飛び出るんじゃないかと思うほどの激痛を認識するよりも先に、加えて顎を蹴り上げられ脳が揺れる。更に追い討ちをかけるが如く、右脚を軸にした一回転で勢いを付けた強力な蹴りが引き裂かれた腹を直撃。

 慈悲なき怒涛の三撃にカラピアも宙に投げ出される。


「ねえ、あなたは何がしたくて戦ってるの?」


 メイアは素直な疑問をぶつける。


「本当に、『大侵攻』なんてことに賛成しているの?」


「はァ?なんだ急に」


 転げながら、腹部を駆け巡る激痛に顔を歪ませながらカラピアはその問いに答える。


「賛成、反対、どッちも俺らには必要ねェのよ。ラグラスロ軍の、それも精鋭部隊として存在する以上、本能が積極的に暴れることを許容してくれる。俺らは、心に根付く闇の意志のままに作戦を実行するだけッてな」


「あなた自身の意志を持たないで、本当にいいの?」


「そんなことはとうの昔に捨て去ッた。今の俺らにあるのは、ただ与えられたこの役目を確実に遂行するッてことだけだ。善悪で言えば悪だなんてこたァ自明のことよ。で? それがどうした」


 彼の内にあるのは徹底された闘争心と従順性。もはや彼に、「()」があると言える状態ではない。


( フィースト・カタフ、あの人はちゃんと自分を持ってる感じしたのに、なんでこの人は____ )


「しッかしそれはそうと、そんな悠長にお喋りしてる暇なんてあるのかァ? 正直言ッて、俺ッてとても運がいいらしい! 勝ちだ、俺の勝ちだァ!」


 自信に満ちた、それこそ勝利を確信した歓喜の笑みがメイアの不安を煽る。ゆっくりゆっくり立ち上がり、カラピアの人差し指がメイアの足下を指す。

 真紅の色したダガーナイフを、踏んでいた。


( えっ_____ )


 好調子だった。

 いい流れに乗っていた。

 なのに呼吸が、拍動が分かりやすく加速する。


「気付いて無かッたか? 魔法には抗えず断面したが、お前の靴は物質、物理だ! 切れ味抜群のそれを踏んだとあッちゃ、後はもう分かるよなァ」


 靴が丸々、真っ赤な熱に包まれた。

 脱いだ所でもう遅い。足も一緒に燃え、火の手は上へ上へと着実に進行を始めている!


「どうするよ。足ごと得意の魔法で消滅させるか、それとも放置するか。どッちにしろ俺は構わんぜェ!」


 急転直下の絶体絶命。

 命途絶える危機を目の前にして、メイアの氷薙刀を握る拳にぎゅっと力が込められた。


「嗚呼、すっごい熱いね」


 なのに、声はとても穏やかそのものだった。


「このままじゃ焼け死ぬかも知れないよね。自分でも不思議で仕方ないんだ。なんでだろう、一生の傷になるかも知れないのに、私はこのまま戦いたいと思ってしまう!」


「おい、おい、おい。追い込まられて頭のネジが緩んだかァ? 身体が燃えるんだぞ! 慌てふためかない人間がいるッてんだ!」


「理由、分かった」


「_____なに?」


 メイアの可愛らしい顔っ面に涙が一筋流れて、実際は恐怖していたのだと知る。作られた穏やかさ、作られた威勢、作られた、作られた、幼い少女の決意。


「私は大好きな兄グラナード・スマクラフティーが妹にして、魔法研究施設アルティ第三位【恐れ知らず(ドレッドノート)】のメイア・スマクラフティーだから! 私は肌が爛れて焼け焦げることなんかに怯んだりしないわ!」





今回もお読みいただきありがとうございます!


まだ第一章は続きますが、次回もまた宜しくお願いします!

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