第一章48 九死
グランが実践したのは「想いの力」そのものを攻撃力に変換しようと言うものだった。実際、「想いに応える魔法」を溶媒とすることで見事それを成し、打倒ラグラスロの成就にも近づいたように思われる。
が、そんな進展も束の間のこと。
______キーン、と。
まず脳内を駆け巡るように鳴り響く鋭い音が彼を襲った。
「急な変化に身体が耐えられない……!? 」
次第に、全身の筋肉を張り詰めるような痛みが追い討ちを掛けるように頭角を現しだす。脚の感覚が刹那消え、ついガクッと膝をついてしまう。
「おいおいおいグラナード、何やってんだ!」
「憐れな。フィースト・カタフ、汝も愚かよ。自らの力に耐えきれず立つことさえままならない、自滅の一途を辿る斯様な者に与するとは」
四つん這いになりながら身体を震わし、必死で奮起せんと四肢を動かす。
「怒」のオーラとは違って一部分にだけ力を集約させるということも出来ない。どうも全身に負荷がかかるのは避けられないらしい。
( 一撃、たった一撃でいい。俺の身体を蝕み破壊するほどの力なら、奴にも度肝抜かせてやれる!動けよ、俺の身体! )
一撃。彼の言葉を裏返せば、出来たとしてもせいぜい二撃が限界で、だから次の一撃を当てなければいけないという事でもあった。
それを看破したか、ラグラスロは動き出す。
「このまま地に伏し草食動物のふりを続けるとあれば、もはや寛容に待ち続ける沙汰も無しか」
そう無慈悲に言い放つと同時、空一面に淡赤に仄光る巨大な剣が顕現した。魔法の一種であることは一目瞭然だが、あれが落下してくるとなれば相当な被害は免れない。
それに、
「あれは、全盛期のデアヒメル王も使っていた……」
グランはかつてあれと同じ攻撃を受けたことがあった。それ故に剣をまともに受けたらどうなるかも知っている。
知っているからこそ、今動けないこの状況はまさに地獄そのものであり、
「グラナード、汝は危険だ。我が軍の精鋭に徴兵せんと思索しておったが、今ここで完璧に抹殺する!」
無数の剣が、一斉にグラン目掛けて発射される。
雨のような広範囲を同時に攻撃する形式でなく、ただ群れを成して固まって進む、それこそグラン一点を狙った一本の流れが出来ていた。フィーストなど二の次だ。
かつて、これほどまでに積怨と邪悪に塗れた殺意を向けられたことがあったろうか。
「畜生グラナード! 動けよグラナード! クッソ野郎め、本日三度目の『超魔力厄災』いいぃぃぃぃぃ!!」
罵声を号しながら最高威力の魔法を発現させるフィースト。濁流のように押し寄せる剣と拮抗するレベルの威力でぶつかりあい、大規模に爆発する。
「いいか、これは言ってしまえばただの魔力爆発に過ぎない。こんな程度で奴の剣撃を全て防げるはずはないぞ!」
その言葉の通りになった。
曲がりくねりながら、しかし未だ大量のそれはグランを淘汰するためだけに猛進を続けていく。終わることのない流れが宙に浮かび止まらない。
蹂躙の剣技。それを今凌げるとするならば、何があるだろうか。グランがなによりも先に思い浮かべた方法は至極簡単、ただ拳を突き上げることのみであった。
硝子がひしゃげる快活な音を響かせ、その一切の追随も許されることなく破壊される。突き上げた右拳の力がそのまま空気砲のような高威力となり発射されたのだ。
フィーストが空を仰ぎ見ながら、目の前で起きた恐ろしくもある現象に感動の言葉を漏らす。
「……まじかよ。あんな事が出来るんなら、勝てる、勝てるぞグラナード! あと数発我慢し_____」
しかし振り返ったとき、超絶威力の代償を知ることになる。
「ぐ……ぎぁ、が」
振り上げたまま硬直したグランの右腕、その肩から拳にかけて破裂していた。内側から食い破られたような悲惨な跡を残し、血も噴き出るようなその様は見るに堪えない。
その隙だらけの彼を、好機とばかりに巨剣が貫いた。
だが覚えているだろうか。
攻撃魔法は液体系魔法に属し、それを相殺できるのは同じ液体系魔法のみ。つまり、グランの纒う強力な想いの力は液体系であるから、ラグラスロの巨剣のダメージは大幅に削り取れる。
「何? この剣を直で喰らっておきながら斃死せぬと? 」
三本、五本、十本と、グランを貫く数が増えていく。だが、圧倒的攻撃魔法耐性のある彼には無意味も同然だった。
「そうか、物理攻撃さえ喰らわなけりゃ死ぬこたぁ無いのか。なら、正真正銘のラスト一撃、やるしかねぇ」
至って冷静に、全身を走る暴走した痛覚など超越し、悟りに悟った表情で立ち上がった。膝は思い通りに動くし、まだ左腕が残っている。
「火事場の馬鹿力とはまさにこのこと。そして、俺はお前の隠された秘密に気付いちまったよ」
「その風貌で何を言われようが、負け犬の遠吠えにしか聞こえぬのだがな」
( さっき奴から頭突きを喰らった時、妙に魔力的な流れを感じた。そんなことどうでも良いかと思ってたが、冷静に考えてみりゃ、頭に付けられたプレートよ。俺の故郷の紋章が刻まれたアレに、信じられないくらいの魔素が溜まっていやがるんだ )
グランは簡単な目測を付けた。
第一に、黒龍の頭にこそ力の秘密がある。
第二に、それを破壊すれば弱体化が期待できる。
「何が守護龍だ、何がアル・ツァーイの関係者だ。そんな嘘っぱちを信じて安堵していた過去の俺が、なんと馬鹿だったことか」
三者三様、それぞれ戦う理由はある。
だが、その熾烈の最たるはグランのものである。
「フィースト、全力で俺をサポートしろ」
「僕に命令するなよ、自由にやらせてもらう」
死中に活を求めた男の一歩が、まず大地を揺らした。それと同時、その場所からグランは姿を消し、地を揺らすに足るだけの瞬発力を以ってラグラスロの顔面その目の前まで移動し、
「待っ、速すぎだろうがグラナードの野郎……!! 」
フィーストですらサポートどころか反応できずにいる瞬きレベルでの一手。その代償として片脚が破裂したことなど度外視で、さらに残った左腕を思いっきり前へ、
「なっ」
そのタイミングに合わせて、まさかの真下から巨剣が顕現した。それによるダメージは無いものの、攻撃の軌道を見事に逸され空振り。左腕も壊滅状態へと追いやられる。
( だが、まだあと片脚が残っている……!! )
なんと見透かされたことか、ラグラスロはグランの脚に一瞥くれると颯爽と天へ駆け出しその攻撃範囲内から逃れる。
爆発的な力を使えば黒龍の下まで辿り着けるが、それでは残りの攻撃手段が無いようなもの。現地点から衝撃波を送っても頭の鉄プレートを破壊できるかは分からない。
( なら、こうすればいい!)
その時、グランの真下に回り込むようにして青い光線が宙をかっ割いてやって来、それが下からグランを押し上げた。
フィースト・カタフは戦況をよく理解し、最適な道を切り開いて見せたのだ。
「これしきのこと、また躱せば良いだけのことよ!」
「それなら死ぬ気で追うまで、だ……!!」
「君を動かしてるのは実質僕なんだけどね!」
その構図は闇を光が飲み込もうとしている、そんな瞬間に酷似していた。
方向転換を繰り返し逃げ回る龍の進行方向に別の光線が何本も行く手をふさぐ。光の檻に囲まれたじろいだその瞬間を、二人は見逃さなかった。
「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
一閃!
踵は脳天を突き、上から下へと黒龍を墜落させた。紛う事なき事実だった。
グランの四肢はズタボロに裂け破れ、同時に全身を覆っていた想いの力さえも消え失せてしまう。次いで、無抵抗な彼の体が自由落下を始める。
「今の君なら僕でも簡単に殺せるね。放置してても勝手に潰れて死ぬんだろうけどさ」
「そう言いながら掬い上げてくれるなんて、どういう風の吹き回しだっての」
即座に落下を阻止したフィーストと小言を挟みながら、墜落してから音沙汰ないラグラスロの方を覗き見る。このたった数十分の攻防の中で荒廃しきった居城の跡。その上に横たわっていた。
龍体の至る所に傷を残し、頭上のプレートも粉々に砕け散っていた。完全に撃沈しきったと言っても過言ではない。
「流石に奴もあの破壊力で脳天ぶち抜かれて生きてられるほど異次元的な存在じゃないさ。僕たちの勝ちだ」
「……………」
「おい? なんで何も喋らないんだよ」
「いや、なんかとんでもない覇気を放っていた割には呆気ないなと思って」
「はぁ? そんなの奴の油断怠慢が功を奏したってだけの話だろ。グラナードも分かるはずだ、余裕ぶった奴の末路がどんなものかなんてことは!」
フィーストの言うことは尤もだ。
それでも捨てきれないグランの不安は、踵を叩き込んでやる直前の流れにあった。しかし、そのどこに不審点があったのかがいまいち掴めずにいる。
「_______おい」
「今度はなんだよ。それでも不安を隠せないか? 僕を倒した人間がまさかこれ程にビビリだったなんてな」
「おい、見ろよ」
「何を見るってんだ。あいつの死骸をか、そうかそうか。なんなら近寄って死んでる事を確かめて___ 」
「ラグラスロの野郎、どこ行った?」
「……………………………………………………は?」
確か、いや確実に、確信を持って二人は言える。あの黒龍は真下で倒れてた。仮に生き延びていたとして、あれだけの巨躯が、二人に気付かれることなく姿を完璧に隠し通せるものなのか?
状況がこの戦闘だけで何転したか分からない。
「これだけは分かる。今俺たちは、ようやく起承転結の内、真に『転』にたどり着いたらしい」
混迷を極めるこの状況。
汗腺という汗腺から嫌な汗が噴き出るのが分かる。
「どうだったかね、我が迫真の演技は」
それは頭上の方向から聞こえた。
あまりの出来事に身体が硬直し上を向く事さえ出来ずにいたが、ただひしひしと、死を凝縮したかのような真っ黒な空気が二人の肌を薙いだ。
ゆっくり、硬直した視界の中に黒龍が___否___黒竜が舞い降りる。
表現の違いの通り、姿は先程までと全くもって異なり、体躯は小さくなったものの潜在的な戦力は馬鹿にならないほど膨れ上がっているらしい。
ただ対峙しているだけで息が苦しくなるような、緊張が極限まで張り詰めた雰囲気。
人型に似た体型をし、竜の剛腕と小さな翼が一体化、そして背中部にも小さな翼が生えている。そのほか堅角などがあるが、それら翼と角のどちらとも地獄の業火を思わせる赤紫の妖光を滲ませている。
「翼から何から全回復して………なるほど」
「なるほどって何だよ。これ以上のビックリ要素を投入するつもりじゃないだろうなグラナード?」
「いやよ、さっきフィーストが光線打ってラグラスロの行く手を塞いだとき、あいつ自慢の翼で消し飛ばせば良かったものを、わざわざ突破せず停止したんだぜ?」
「まさか、だろ」
「そのまさか。こいつ、わざと俺の攻撃を喰らうため立ち止まったんだ……!!」
魔力を弾く翼があるのに弾こうとしなかったことこそが、グランの脳内で引っかかっていた違和感の正体だった。
「やばい、やばい、やばいやばいヤバいヤバいヤバいヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!」
極上の危険を察知したフィーストがグランを抱えたまま一目散に引き返す。ほぼ全速力で空を駆ける槍の噴出力もさることながら、しかしそれを遥かに上回ったのは言うまでもなく、新生ラグラスロであった。
「何をそんなに急いでいる」
「______な」
気付いた時には既に、ふたりは真下へと空を切って進んでいた。知覚が遅れるほどの速撃と、全速力水平に進んでいたはずの彼らのベクトルを鉛直下向きに捻じ曲げるほどの重撃。
体が地と衝突した衝撃で周囲に凹みが出来る。下が平原、つまり土草の類で無かったらどんなに残酷な運命を辿っていたことか。
およそ人が到達し得る領域にいるとは思えなかった。
種族によるステータス差など幾度となく超えて来た。それを成し遂げたのは魔法があったからで、でもこれは果たして超えられる壁なのだろうかと、心が疑って仕方ない。
なのに何故だろうか。
フィースト・カタフの身体が考えるよりも先に動いていた。待ち受けるは必滅と分かっているのに、戦わずにはいられなかった。
当然、近寄っただけで次の瞬間には真反対へ進んでいたという規格外事象が引き起こされている。
( 嗚呼、目の前が真っ白だ。でも不思議と、真っ暗な竜の姿だけはハッキリ見える。まさか僕がこんな義務感に駆られて衝動的な攻撃をしかけるなんて、僕自身も予想しなかった )
脱力しかけた手が再び槍をぎゅっと握りしめる。
そして彼は、果敢に幾度となく吹き飛ばされては迂回し攻めるを繰り返した。
「逃げてダメなら、何度でも、攻め続けて、やる、ぞ!」
「その英断と意気はよいが、無謀だ」
「『超魔力厄災』! そして、更に『超魔力厄災』! 6回目の、『超魔力厄災』!」
本来魔力を十分に溜めて放つ魔法である分この連撃は次第にに威力を減少させてしまったが、それでも天地が轟く威力だった。
でも、
「忘れたか、我が翼はあらゆる魔力的効果を無効とする」
その言葉と同刻、フィーストは体力を使い果たし大平原のど真ん中にひとり落下していった。これでグランと合わせ二人とも、これ以上戦うことは不可。そこに奇跡も何もあり得ない。
「何をしても破壊出来なかった枷を払ってくれた、汝らへの感謝と餞別として、過去について少しばかり語ってやろう」
もはやグランもフィーストも反応できず突っ伏すのみ。
黒竜の一人語りとなるのは自然のことだった。
「汝らが見知ったあの姿は、過去千年と前に戦火を交えたかのデアヒメルによりある種の封印を施されたことに起因する。一度は彼奴とほぼ互角に渡り合い、そして我が追い詰められるにまで至った」
過去に起きた真実が赤裸々にされていく。
「だがそんな彼奴も完璧ではない。未だ世界の全生命が闇に堕ちていなかった当時、我が苦肉の策として放った世界中の生命を滅ぼすはずの一撃を彼奴は吸収、そしてそこのグラナードと同じく内部から力に喰われ戦闘不能を余儀なくされた」
だがしかし、とラグラスロは続ける。
「内側から破壊される瞬間、同時に強力な呪縛をプレートに刻むことで我の力を封印。見事我は龍の姿へと変えられ、あまつさえ天使の翼などという下賤な象徴を植え付けられた。とは言え、体躯を八つ裂きにされたデアヒメルごとき龍の我でも滅せる。それでも老いぼれるまで生かし、今も失踪者たる者どもの拠点に安置しているのは彼奴に、世界の闇に包まれる様を永久に見届けさせる為よ」
全生命の腐りゆくを見させるために生かすという、人々を救おうと力を尽くしたデアヒメル王にとってどれだけ屈辱で邪悪なことだろうか。
「それ、でも………あの王様は、自害を選ばなかった」
ひしゃげた身体を無理やり動かし、上空の黒竜を見上げて言う。
「王は、デアヒメル王は、決して……諦めていない!」
肺が圧迫されるような感覚だ。体内からジンジン痛み、声もしわがれている中で、グランは意識途切れる寸前言った。
「あとは、託、した………ぞ」
その手には小さな鈴玉が握られていた。
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グランがルーシャと共に初期拠点を出る直前、彼はダッシュで拠点の中まで何かを取りに戻った。寂れた廊下を進んだ先は彼の部屋____ではなく、中庭だった。
何用かと、中央に座すデアヒメル王は問う。
グランはこれからこの地を去り黒龍の居城目指して進み続ける旨を語り、王に助けを仰いだ。
そして、包帯に包まれた小さな鈴玉を渡される。
『死ぬ気で挑み、それでも叶わぬのなら最後に吾を呼べ』
その言葉と共に。
だから、彼はグランの助けに応えた。
「その姿に再び戻ったか、邪竜め。まさに生きる天災だな」
玉座がワープするように出現した。
その座の上におられるは、正真正銘の王デアヒメル。かつて黒竜と互角をなすほどの激闘を巻き起こしたとする究極の賢王だ。
「なんの絡繰だ? されど貴様がここに来たとて、そのような老いぼれた体では何もできまいよ」
「この千年間、世界の破綻を眺め鬱積し、時には黄昏に身を任せるばかりになることもあった。だが、吾はそこな邪竜を弑する策を試行錯誤し続けた」
言ってすぐ、デアヒメルを中心として宙に幾つもの魔法陣が描かれた。大きなものから小さなものまで全て等しく、その力の大きさに微弱ながら揺れていた。
「何……?? 立つこともままならず、既に意気消沈した老いぼれと嘲っていたが、千年もの間、待っていたのか」
「刮目せよ。これが、吾の構築した最高傑作。『超越交換式時空間召喚』ぞ!」
全魔法陣が一斉に拡大され、中に書かれた文字は高速回転を始める。
王様が言うにこれは召喚魔法であるようだが、異次元的な領域まで昇り詰めた彼のことだ。呼び出されるのは神話に出てくるような聖獣か? それとも黒竜に劣らずの悪魔か?
「貴様は一度我を死地の手前まで連れ去った者。老軀だろうと、ここで油断は厳禁か!」
圧倒的に有利なラグラスロですら、賢王の策には危機感を抱かせる威風がある。黒竜はデアヒメルの魔法が発動するより早く、獄炎球を数発発砲する。
そんな圧倒的な力の衝突を前に、閃光が世界を包み隠す。
「はぁ……こんな大事な日に呼び出されるなんて、運悪いと思わないか? 思うよな? じゃあ、早く帰らせてもらうぞ」
そこに、ひとりの人間が立っていた。
獄炎からデアヒメル王を見事護り、黒竜を睨む男が。
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