第一章04 『ヒビ』と『クサビ』、過去のお話
グランやメイアの生まれ育った村、アル・ツァーイ。
大陸の都市部から遠く離れた地の森の中に位置し、それ故にここを訪れる人などほとんどいない。
人口も少なく、村を管理できるような偉い役職の人間は村長含め4人しかいないため、時々スマクラフティー兄妹も話し合いに参加することがあるのだが。
そんな小さな村の名前には「王の罅」という仰々しい意味が込められている。
普通、村の名前に「・」が入るなんてことは無い。そういう点から見てもこの村は何かと特殊であることが分かるが。
では、何故このような名が付けられたのか。
それは、古い古い時代に遡ることで見えてくる。
1000年以上も昔のことである。
当時この地には小さな城と小さな城下町があった。周辺地域との交易も栄え、様々な地域の人々を受け入れ多くの文化や技術を少しずつ吸収していく。
それでいて傲慢になることもなく、国は巨大化せず小さなままでいることを望んだ。そんな平和な国があったのだ。
この時、この国はまだアル・ツァーイではなかった。
アル・ティニーという国名で、その名は「小さな王」を意味する。傲慢になって不必要な争いを生まない、という理念がそのまま国名になったという形だ。
だが、しかし。
事件は唐突に訪れた。
ある朝、その城はいつにも増して騒がしく、そして誰もが大声で何かを叫んでいた。
「王!何処へいらっしゃるのですか!お姿をお見せください!」「デアヒメル王!御返事なさってください!」と言った言葉が玉座の間を始めとして、廊下、寝室、便所、風呂、ベランダ、城下町、更には周辺の森にまで響き渡っていて。
1時間が過ぎた頃、大臣は言った。
「デアヒメル王は失踪した。緊急事態である」と。
王が失踪した、という噂は瞬く間に小さな国中を駆け回り市民は大いに動揺。中には城に駆け込んで騒ぎ散らかす者まで現れ、この日を境にして国は混迷を極めていくのである。
有力諸侯や大臣らの話し合いによって新たなリーダー的存在が即座に設置されたが、その努力も虚しく、もう混乱の激化を止めることはできないほどに問題は深刻化していた。
こうして小さくも豊かで栄えた国、アル・ティニーは一気に衰弱。このニュースはもはや国内だけでなく、大陸中に広がることになる。
この失踪問題が世界を悩ますなど誰が予想できただろうか、いや、この時はまだ誰も予想していなかった。
だからこそ、問題が世界的に浮上した時、それは争いにまで発展する。
デアヒメル王の失踪から1年。優秀な人材の施策によりギリギリで存続していたアル・ティニー国だが。
しかし、
_____この年、全ては狂い出す。
1年という時間の経過で皆が失踪など忘れていたその時だった。大陸各地の大都市を中心として、数名の人間が世界から消えたのだ。つまり、失踪である。
貴族や兵士など、身分に関係なく、そして突然。
目撃者によると、彼らはいきなり黒い何かに覆われ、抵抗する間もなく消えていったらしい。
これを受けて大陸中の大都市圏代表者は即座に対策会議を開き、世界で多発している謎の失踪事件についての議論が交わされた。
しかし、目撃例の少なさと事件の特異性が解決策の思索を妨げ、結果は振るわず「要・観察」として解散となるのみであった。
そのような、謎を謎のまま放置するという結果に市民は大きな反感を抱き始め、有名学者などを筆頭とした「解決案とその因果を纏める会」などという有志団体なども登場する。
結果、大都市の一つ、アラ・アルトではある2つの仮説が有力として挙げられた。
「事件の犯人は初代失踪者であるデアヒメル王である」
「人民の理解を超えた "謎の力" が引き起こした」
勿論、側からみれば前者の論は明らかに暴論だ。
何故最初に失踪した人間が実は真の犯人であるなど考えついたのか理解もできないし、何の為にする必要があるのかも不明だ。
しかし世界とは残酷なもので、皮肉なことに、その説は都市の代表者も有力だとして認めてしまったのである。
どちらかと言えば、というより確実に後者の説の方が的を得ているに違いない。
しかし、当時の人々は既に "謎" に飽き飽きしていた。何故事件が起こるか謎だから解決策を考えたのに、そこでまた謎の力などという謎が出てくるのが認められなかったのだ。
結果、大都市アラ・アルトは衰弱した小国を滅ぼすことを公表。兵力をあっという間に掻き集め、彼らは罪も無い無垢な小国を軽々と滅亡へと追い込んだ。
力と数の暴力に対抗できる国力があるはずもなく、一方的な攻撃に次々と地は赤に染め上がった。
かくして、アル・ティニーという名は国と共に消え去り、その後その地には兵士の暴力から逃げ延びた人々により村が作られた。その名こそが、アル・ツァーイ。
大都市アラ・アルトの名は「古き楔」を意味する。つまり、世界を繋ぐ要となる都市ということである。
それに対して、
小村アル・ツァーイは「王の罅」である。それは楔によって穿たれた土地という意味での罅だ。
この村の前身となった王国の物語。
それがあったからこそ、村の名は特殊になったのである。
賢王デアヒメル・ターヴァは失踪以前、あることを城の大臣達に言って聞かせたと言う。
『吾の行動、例えば所作、発言など、それらを事細かく記録しておくといい。そしてもし吾の亡き後に国を揺るがす事件が勃発したとしても、それは吾が理由なのではない。なぜなら吾は、役目を終えるまで賢王であり続けるのだから』と。
そんな彼の言葉を鵜呑みにすると、この失踪の犯人はデアヒメルではなく、真犯人が別にいるということになる。
国家の滅亡から既に1000年以上の月日が経過しており、大都アラ・アルトと小村アル・ツァーイの関わりは全くと言っていいほど絶たれている。
というのも、大都市の偉い人達ですら昔の国の存在を知らぬ者までいるのだ。歴史を知る者は少なく、それを伝える者は更に少ない。
そして、犯人は未だ見つからず、失踪という現象は現在も平均70年毎に訪れている。
「生物にはそれぞれに適した環境ってのがあるんだよ」
これはグランの台詞であるが、何を隠そう、彼の先祖を辿っていくといずれは今は無き国の人々に辿り着く。
そう、1000年の月日を経て、元・王国のアル・ツァーイから、何の因果からか賢王以来の失踪者が出てしまったのだ。
「世界を悩ませる事件。その被害者は全てこの世界に……」
グランの目的は "あるべき所へ帰ること" 。
しかし、
「なら、この世界に何らかの秘密があるに違いない。何かの因縁なのかせっかくここに飛ばされて来たんだ、俺は、この失踪の謎を知りたい」
そこに "世界を悩ませる事件の解決" をも加えるとなると、それに比例するように困難も増大するだろう。
正義感から、などではない。
単に、さっきまで読んでいた伝記『ヴェルト』みたいだなと思ったからだとか、どうせならやってしまおうだとか、そんな軽い勢いである。
「簡単なことじゃないよな。そんなことは分かってる」
理解しているイコールやらないは成り立たない。理解していてもやると、これこそが彼の選んだ道だから。
「俺は成し遂げて見せる。先天的で後天的な、俺への餞を持ってしてな」
この歴史を語ることに何の意味があるかと言われれば答えにくいが、しかし。
ただ一つだけ、言えることとして。
全ては、過去から始まったことである、と。
お読みいただき至極恐悦の極みです!
さて、今回は紀伝体で淡々と歴史を語りましたが、教科書みたいに長々と歴史を書き連ねるのって難しいですね……
ということで、また次回も宜しくです!