第一章47 七転八倒
グランの身体から「怒」の奔流が溢れ出た。
一見禍々しいとさえ見紛うほどの印象を孕み、しかしその怒りは冷静さをも兼ね合わせる。精神的に動と静のバランスの取れた状態だからこそ引き出せる彼特有の力である。
そう考えると、彼の言う「俺は怒ると怖いぜ」の発言は一見してそうでもないように思えるだろう。怒りを自制できている訳だから、凶暴になるわけでもないしなんら通常時と大差ない。
では、何が怖いのか?
「その力……汝は暴走の片鱗を制御しているとな。それは偶然か必然か、しかしどうあれ、その力を以ってすれば我とて警戒せねばなるまいか」
「はっ、ビビったか?」
「……ほざけ」
強敵ラグラスロも危険視するその所以はそのオーラにあった。
グランの怒りが表面的に伺えないのも当然のことで、なぜなら彼の感情、つまり蹂躙への意志という黒い部分の一切を見事そこに濃縮させているからだ。
「で、グラナード。この戦い、どう攻める」
「こいつに真正面から殴りに行っても押し負けるのがオチだしな。お前のうざったい無数の光線と俺の力で翻弄するのがとりあえずの策だが、」
いま一度、ただならぬ邪気を放つそれを見て、
「「本当に効くとは思えない」」
だが全ては、やってみなければ分からない。
足に力を溜め、グランは一気に黒龍の懐へ詰める。敵は大きい、的はデカい、なら攻撃は当たる。
拳に荒ぶる感情の波を乗せ、バレーボールのスパイクを放つかのごとく勢いで突き放つ。とはいえ予想内、黒龍の翼が目の前に迫り、拳が完全に振り切られる前に衝撃を受け流される。
「ちッ、やっぱそうなるか」
「我が翼の羽毛は魔力の流れを弱化させ、逸らす。しかし汝の力もその効果内とはな、これ僥倖よ」
閉じた黒翼を思いっきり広げ、バネのような力と風圧でグランを軽々押し戻す。と、その次の瞬間には既に幾つもの光線が黒龍の目前まで迫っていた。
「僕の神槍トロフィーの存在、忘れたとは言うまいね?」
「くだらぬ余興だな。『殲滅』」
そう短く詠唱した途端、不意にラグラスロへ迫る全ての光線が消失した。殲滅の名にふさわしい絶望的な魔法がいとも簡単に振るわれてしまうこの事実。
斯くあれど、光の雨は降り止まない。
「無限に湧く魔力とは、やはり面倒な武器だな」
「はは、煩わしく思ってくれて光栄だよ!」
雨宿りするように黒翼で怒涛の光線を凌いでいる隙を突いて、今度こそ、グランの拳撃が迫る。
必然、ラグラスロの視界には下から来る彼の存在が映り込んで離さない。対応しようと思えば幾らでもできる、そういう心境だった。
でも、
「んんんんぬぁッ!!」
胴体から鈍として伝播する衝撃。
黒龍は何かをするでもなく、ただ普通にそれを受け、あえて攻撃の威力を精査した。その破壊力には流石のラグラスロも唸る。
「数発喰らったところで特に支障無いが、無視すると後々面倒な事になりそうだ」
「余裕ぶりやがって………ってうおお!」
ラグラスロは翼を広げキレイさっぱりゲリラ光線を消滅させると今度は彼が天高く舞い上がる。人間の二人にとって攻撃の届かない遠くに行かれることの害悪性は明らか。
「ずりぃ! 畜生こうなったら魔法で攻めるしかねぇ」
「あ、そう? じゃあ僕はこのトロフィーに乗って飛びながら戦うとするかな」
「お前もずるいぞ!てかフィーストは光線以外の攻撃が出来ないのか?」
「残念ながら攻撃手段はこれだけだし、僕の今まで君が見てきた攻撃だけがトロフィーの力だ。でも、逆に言えばそれだけで十分強い。それがカタフ家で神槍と呼ばれる理由だしね」
さっきから悉く消されてる件について追求したいところだったが、生憎ラグラスロが上空から熱線を吐いて城ごと溶かしつくそうと暴れ出したため断念。
ツッコミは全てが終わってから存分にやってやると心に決めて、グランは手の指と指の間に計8個の黒玉、つまり魔法を発現させた。
「『ノイモント』。にしても久しぶりの登場だな」
それはこの暗黒の世界でたったの一度だけグランが用いたことのある、新月に由来する攻撃魔法だ。
かつて六頭大蛇ヘキサ・アナンタとの激戦で放たれた際は、足場の神聖な湖の影響で『ノイモント』の真価は発揮されなかったが今は違う。一面暗闇の、まさしく新月が浮かぶにふさわしい状況だ。
( 暗闇の中であればある程この魔力は探知されにくくなる )
申し訳程度の小さな黒弾が8つ、密かにそれは投げられた。ラグラスロに気付かれず攻撃できたとて大したダメージになるはずもない。
だが、これの真価はこれで終わりじゃない。
( そして、この『ノイモント』は周囲の闇を吸収するがごとく、その規模と威力を肥大化させる!)
ほぼ不可視の暴力が振るわれた。
全くの意識の外から突如として攻撃が直撃したというこの事実にラグラスロも動揺し、しかし瞬時にその仕組みを理解した。百戦錬磨の、今まで多くの失踪者達を引き込み屠ってきた彼だからこその洗練された思考。
「驚かされはしたが、しかし軟弱者のレベルでは魔素を隠しきれていない。探知は容易にできるぞ」
ラグラスロの吐く業炎熱線が城の頂上一部を断ち、足場が大きく揺れ落ちる。
しかしどんな状況に於いても、黒弾は投げられさえすれば攻撃は届く。だから足場から足場へと跳びながら放つ。それだけで攻撃は完了する。
「行っただろう、探知は容易だと。目を凝らすように少しだけ意識を飛来する魔素に向けるだけで汝の魔法など……」
実際、黒龍にはグランの『ノイモント』の力の一部が感覚的に視えていた。前から4つ、左右からそれぞれ2つずつの魔力玉の接近。対処は容易で、考えるまでもなく______
その時、一閃が黒龍の意識を横切った。
自分に迫る力の流れを探知していたことが理由だった。
その力を隠しながら突進するグランの魔法に比べて、驟雨を思わせる細く少数の青き光線。それの自己主張の激しさといったらもはや比にもならない。
( おのれフィースト・カタフッ! 猪口才なやり口で我の気を紛らわして来おる!)
地味な攻撃と派手な攻撃、どちらを警戒するかなど至極簡単、単純明快なことだ。フィーストの光線攻撃が意識に少し掠めでもすれば、本能がそちらの警戒を優先させる。
よって、翼で光線を弾いたその隙を突かれ攻撃を受けるは必定のこと。
「僕が飛んでるだけで何もしてないからつい存在を忘れてしまったのか? なわけないよねぇ! この僕の性格なんて良く知ってるでしょうに!」
「精鋭部隊の一員だからと自惚れるなよフィースト・カタフ。我からすれば塵芥に等しいのだからな」
「その塵芥にしてやられてるんだから、そっちのほうが屈辱的なんじゃない?」
なんてフィーストの煽りが展開されている間にも超マルチタスク黒龍は熱線を吐き散らしては2人を煉獄の彼方へ誘おうとしつつ、さらに魔力探知 & 防御も実行しているのだが、
「まるで向こうの調子だな」
ちらちら映り込むビーム攻撃のせいで着々とダメージは蓄積しつつあった。いくら強大で峻厳な古龍であったとしても、それを全て無効化できるほどの超越っ振りではないのだ。
それにしても、既に戦場は酷い有様だった。その原因の全てはラグラスロにあるのだが、高温により溶解した城は見るも無惨に崩れ、その高さも最初の半分程度しかない。
ここが黒龍軍の拠点であるかなど関係ないようだった。
だから逆説的に、それは容赦は要らないと言うのと同じ。
「まだ力が出しきれん、慣れておらん。だから極力は魔力消費は抑えたかったが……格の違いを見せるためと考えれば、仕方あるまい」
「何言ってんだラグラスロ、また殴られたいか」
「黙れグラナード。我はかつて言ったはずだぞ、慢心するには早計だとな。去ね、、、『殲滅』」
それは今までフィーストの光線を消滅させたなけような、そんな規模の小さいものなんかでは決して無かった。
黒龍に命中する寸前にある魔法攻撃は勿論のこと、離れた距離にある、つまりまだグランの手中にある『ノイモント』すらもが消滅の対象で。
すなわち、城を丸々包み込んだ魔力系統完全破壊魔法であった!
まるで世界がガラスのように割れたみたいな錯覚と遅延する脳内情報の保管が同時にふたりを襲い、フィーストに至っては槍の噴出さえも消されたため自由落下状態に陥っている。
「魔法が無効化されるだなんて、そんなの…………」
グランの拳を握る力も自然と強くなる。
彼は知っていた。魔法がかき消される奇妙なフィールドと、そして、
「そんなの、俺には関係ねぇよッ!!」
『ノイモント』が消された場所から突如、紅蓮に燃え盛る業炎がラグラスロ目がけて飛び出した!
「何だと、何故魔力が消されず残っているのだ。いや、違う。この炎はもしや!」
消失しない炎の魔法の正体に検討を付けると一目散に急降下し、全力で回避に努める。ギリギリで炎を掠めることもなく躱しきった黒龍だが、彼は今までに見せなかったほどの瞠目っぷりを曝け出していた。
「畜生、『ノイモント』の内側に隠して置いたってのにそれでも避けられちまうってかぁ? クソ反射神経しやがってクソが」
廃城と化した地に黒龍が降り立つ。
「まさか、原初たる火の力を扱う者が現れるとは。これも何らかの天啓か、汝が千年に一度の寵児なのかも分からぬが、暴走の片鱗と言いこの炎と言い、侮ったら終わるな」
ラグラスロは正直言って絶対に負けることはないと考えていた。それはこの状況でも同じで、どんなにビックリ技を出して来ようが問題ないと信じている。
だが、心残りがあるとするなら。
( なぜ、この餓鬼はあそこまで能力に恵まれているのか。あれだけのポテンシャルを持ちながら未だ脆弱とは、何という力の持ち腐れよ!)
「おいラグラスロ。さっきから俺らの攻撃を防ぐだけで、そういや全然攻撃して来ねえよな。どうしたよ」
( なぜ、雑魚の分際でここまで挑発できるというか!)
グランの直感は鋭い。
この黒龍に手を出すべきでないと出会ったその日すぐに直感したなら、ここで煽るような真似はするべきでないのに。なのに、グランは遥か格上の敵相手に滾ってきてしまっていた。
それがラグラスロの癇に障るとしても。
「よかろう。永久に我が傀儡となりたければ喜んでそうさせてやろうではないか、この童がぁッ!」
声を荒げ、その内なる感情を面に表す黒龍の姿が初めて晒された。いつも冷静沈着と言って差し支えない堂々たる姿だが、今はただ、峻厳の権化と言うにふさわしい邪の塊。
羽ばたきひとつで周囲のガレキを撒き散らしながら不可避の速攻、重い重い邪龍の凶爪が上から振り下げられる。
間一髪でグランも『明けの月弧』を生成し火花散らしながら攻撃を受け流………せない。
「うおおぉぉぁぁああああああああっっ!!」
速さと重さのダブルコンボ、冗談じゃ済まされない運動量を相殺しきれずに強引に吹き飛ばされる。凄まじい衝撃に腕も痺れを感じ、浅いが身体も爪に刺されていた。
驚くにはまだ早い。飛ばされて宙に浮くグランと並行して超低空飛行を続けるラグラスロによる全力の頭突き。横っ腹が抉れるほどの怪力に加え、黒龍の頭に付けられた金属のプレートが更に攻撃力を倍増させていた。
( 肋は腕と武器でギリギリ護った。でも、この一回が現状での限界。いまの一撃だけで人が死ぬレベルだ……!)
だなんて考えている内にも、ラグラスロは大きく口を開けて再び灼熱の赤線を宙に描こうとしている。あれは触れれば何もかもが溶けて燃えるような、防御で何とかなるモノじゃない。
「いいか、これこそが真の極熱攻撃。お前の柔い炎魔法なんぞ比にもならん!」
「クッソ、空中不便すぎる! でも!」
グランの掌から発せられる青いエネルギー、『オリオクタ』のジェットモード。ただでさえ横腹突かれて変な軌道だったのに突然魔法で軌道を無理やり変えようとしたせいで更に体勢は崩れた。だがこれで熱線は、
「馬鹿め、首を曲げれば軌道も変わると言うのに!」
「んぁ、が、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
じゅわ、なんて簡単な表現では表現しつくせない悲惨なものだ。たった少し、蜃気楼の如くゆらめく放射熱に当てられただけでグランの左腕と右腿が真っ赤に爛れきった。
狂ったような軌道で宙にいたため奇跡的に直撃は免れたが、喜んでなどいられない。ただ叫び散らかし、瓦礫の中に頭から突っ込んでいく。
「なんだ、攻撃してこないと嘆いておったのに実際はこの体たらく。自明のことだったとはいえ、虚勢も程々にしろ。汝らとは違い、我はたった3回しか攻撃しておらん」
「誰がこの体たらくだってラグラスロ。この程度の痛みはなぁ、腕もぎれるよりは断然マシだってんだよ」
足に溜めたエネルギーの力で再び飛び出し反撃を試みる。
自然治癒力活性化魔法『スラヴ』に加え、燃え盛る感情オーラが更にグランの肉体を活性化させている為に爛れた部分の痛みもだいぶ緩和されている。今の彼に躊躇う理由は無かった。
( 攻撃喰らってヤバいなら躱せばいい。躱せないなら耐えればいい。攻撃が防がれるなら、防御すら打ち砕けばいい。それが叶わないと言うのなら、俺は、その守りを躱せばいい! )
目の前に、大きな黒翼の壁が張られる。幾ら馬鹿力で殴っても全オーラが弾かれる以上は馬鹿正直に直進しても無駄だと言うことは既に分かっている。
だからグランは跳ぶ。でっかい脳天ぶち割ってやろうと、翼の壁を越えるのだ。
「我が人形フィースト・カタフに命じる。即刻、この愚かなグラナード・スマクラフティーを消し去ってやれ」
瞳が唐紅の光を帯びていた。
そもそも黒龍ラグラスロの思惑に防御の意図は無かった。
「了解、殲滅対象を捕捉。的中確率は100%」
先程『殲滅』の効力で飛行の為の推進力を失い落下していたフィーストが、満を辞したかのように右方の物陰から飛び出して来る。
様子はおかしい。正気を保っていない。
そう、つまり彼はラグラスロの絶対服従の支配下。幾らグランに協力していようが、絶対的な力で命令されれば身体は勝手に動く。
すなわち彼の神槍トロフィーの向く先にいるのは、今まさにラグラスロをぶん殴ろうと跳びかかるグラン!
「いま、このタイミングで襲ってくるかよ。どうりで隙だらけの攻撃チャンスな訳だぜ、翼で防御するだけなんてなぁ」
___________否。
グランは殴ろうとなんて思っていなかった。
短期間に交錯する両者の戦略。しかし格下で弱いグラン達だからこそ必然的に、練られた作戦は断然多い。
( 想定内だぜ、クソッタレ黒龍!)
それは数時間前、ふたりが山の麓を発つ前のこと。
『それじゃあ、最後に僕からもう一ついいかな』
『おい、今のは会議が終わっていざ行こうって流れだろ』
『いやいや、重要な事だと思うよ? だってほら、僕はそこのグラナード妹と違ってまだラグラスロの支配下だ。奴には強制服従の力があるからね、それっぽい隙をわざと見せた瞬間に俺を使って奇襲させてくるはずさ』
フィーストによる「大侵攻」の概要を聞き終わった後、最後の忠告として彼は既に語っていた。
『だから必ずしも僕がお前らを攻撃しないとは言い切れない。そうなったらお前らはどうするよ?』
『なるほどなぁ……お、メイア。ハバキリさんから貰ったそのお守りはもう『効果付与』の力を持ってないのか?』
『いや、実はもうただの木の板になっちゃってるっぽいよ』
『そうか、それは期待できないと……』
一応ルーシャの音楽の力も考慮したが、女性陣の話を聞く限りではそれも期待は薄い。フィーストに埋め込まれた悪の力を払うために何が必要となるか、ヒントはゼロに近しかった。
ここに来て出てきた難しい問題が全員を黙らせる。
『えっと、グランさんの魔法ならどうでしょうか?』
手詰まりかと思われたその時、一本の道を敷いたのは聡明なアプス家の三女、ルーシャであった。
『_____ああ、そういう手があったか』
『え? ん、え、何、どーゆーこと?』
『説明は後だ。ルーシャ、そのお守りがメイアに掛けられた力を払ったときの様子を聞かせてくれ』
『はい。えっと、まず強く光を発してから______』
かくして今、強制的に服従させられたフィーストを目の前にして、ラグラスロの頭上で槍の先端を向けられているこの状況。
でも、ふたりの攻防は一瞬で、グランが着地するまでに終わる。いや、終わらせるつもりでグランは右腕に莫大なオーラを凝縮させる。
「塵と化せ、ラグラスロ様に歯向かった天罰だ」
「うっせえよ、『オリオクタ』」
そして、ふたつの青い光が交差した。
一方には容赦を捨てた無慈悲な一撃が、もう一方には攻撃の意図の全くない霧がそれぞれ届く。
( むぅ、この童め。右手に溜めたエネルギーは防御用。そして左手から出したあの力。全てが繋がったか!)
ラグラスロが見極めた通り、グランが受けたダメージは防御が上手くいってさして大きなものではなかった。が、今までの蓄積を考えれば辛いことに変わり無いようなもの。
それでもそれを押し殺して耐えなければならないのが彼に課せられた責務だ。
( ルーシャは言っていた。強い光が染み渡るように吸収されていき、内側から闇を照らし分解しているらしかった、とな )
強い光線の衝撃に大きく体勢を崩されながら、ほんの刹那、霧状『オリオクタ』に包まれるフィーストの様子を視界に捉える。すぐ瓦礫の上に打ちつけられてしまい、策が成功したがどうかは分からない。
「排除し、する。目標視認、命中確率100% !」
そんなことはお構いなしと言うことか。フィーストは宙を割くようにグランの頭上まで飛び出て無慈悲にそう告げた。
それを聞くや否や、グランは両手を地面に付けて詠唱する。心なしか彼の口角が上がっているようにも見えるが、
「『オリベルグ』!」
不可避の速攻、大地から鋭利な岩石が隆起する。剣山を思わせる岩柱が貫かんと襲ったのは今なお攻撃を仕掛けるフィースト・カタフ、ではなく黒龍ラグラスロであった。
「嗚呼、とっても憎い!僕の殺意を感じとれるグラナードならわかってくれると思ったよ! 作戦どおり上手くやりやがって反吐がでやがるねぇ!」
そう言って次の瞬間フィーストの槍の指す先は同じくラグラスロへと向けられて、光エネルギー砲と岩柱のコンビネーション、それは死中に活を求めたふたりの意思がひとつに重なったことを指し示していた。
「弱者の悪知恵風情が我が予想を超えるなど誰が許___」
「うっせえ、黙って喰らえ」
その言葉を皮切りに、ラグラスロは胴を岩柱に貫かれながら爆煙と土煙の中に消えていく。ようやくだった、翼には弾かれたものの、ようやく黒龍がダメージを負う一枚の写真を眼に焼き付けられた。
「やっと一歩だけ進んだって感じするな」
「文字通り七転八倒だけどね。百転くらいになってもなんら不思議じゃなかったけど、早めに強制支配下から抜け出せてこりゃ僥倖だよ」
感無量の時ではあるが、決してそれが終わりを証明するものでないことは当然知っている。
だから、脇腹が青く染め上げられているのも赤液が身体を這うのも、全ては決着までのちょっとした代償でしかない。
( なんて、そう思えたら楽なんだけど )
ただ、戦いに休みなどあって無いようなもの。
「ここまでしてやられた理由、それがいま漸く理解できた。おのれグラナード、汝は魂の子だったか」
徐々に煙の中から黒い巨躯が晒される。あれだけ硬く思われた強者の鱗を貫き、腕から胴と、そして魔力を弾く翼にまでその被害は見てとれた。
そんなことはラグラスロにとって二の次、これを遥かに上回る大事があるらしいが。
「汝は魂の力を受け継いでいる。でなければ原初属性の魔法を幾分持ち合わせ、あまつさえ全ての魔法の原点たるをその身に宿しているその事実は説明できん」
「魂の子? 魂の力を受け継ぐ? 何言ってやがる。いや、まさか俺の両親のことを言ってやがるんだとしたら、お前、それはどう言うことだ。まさか、お前がやったのか?」
ただでさえ醜悪な空気が、ラグラスロによる一滴の毒で更に澱みピリつく。
いや、それが正しい反応ではあった。グラナード・スマクラフティーも18歳の青年であることに変わりない。傷付けばそりゃ当然痛いし、ましてや親の死に関係する存在が目の前にいるとなれば必然怒りを露わにする。
「残念だが、我ではない。彼奴が滅ぼしたと聞いた時はとくと全世界の安寧を確信したものだが、その子供が生きているとなれば話は別。はっは、今宵はすこぶる興が乗ったぞ! 彼奴めの代わりにこの我が、世界を救うとしよう!」
対して邪龍は嬉々とした感情を未曾有なまでに露わにした。世界を救うとは、およそ闇で包み込んだ首謀者が言うセリフとは考えられない。
「最初から思ってたが、やっぱお前は俺らの予想も出来ない遥か深淵に眠るような知識まで持ち合わせてる。何をぶつくさ呟いているのかまるで理解叶わない」
「ああ確かに、何で今までこの黒龍の全てを包み隠したような物言いに僕たちは疑問を抱かなかったんだろう。これが支配の恐ろしいところだよ」
「しかし今、俺にとっちゃそんなこたぁ関係ない。こいつが、確実に、俺の家族に害をなした存在と旧知である! その事実さえ分かれば、もうそれでいい」
魂の子だとか、つまりグランの亡き家族が特別な存在であったらしいなんてことより大事な、彼の心の奥底に常に根を張っている復讐の二文字が更に成長を飛躍させる。
「フィーストと戦ったときに怒りを力に換える手法を確立してから、また次から次へと試したいことが浮かぶ。そんで、想いに応える魔法が俺を導いてくれる!」
日々の鍛練が無駄だとは決して言わない。
「おいおいおいグラナード、この短期間で一体どれだけ強くなるってんだ?」
実戦による経験も確固たる成長の糧だ。
「ふん、これはまた……」
しかしどうあれ、彼を最も鍛え上げるその根幹にあるのはいつだって『オリ』の名を冠する魔法の存在だった。
「これが今俺にできる全力だ。怒りを力に? いや、想いの力、その全てが俺の力になってくれる!」
だから今この時、グラナード・スマクラフティーは『オリオクタ』に身を包み、ようやくそれを以ってして完全と相成ったのだった。
前回の投稿から間が空いてしまいましたが、今回もお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ評価の程、そして次回もよろしくです!




