表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
48/92

第一章46 『大侵攻』〜開幕②〜


 古風都市アンスターという場所には、過去長きに渡り禁忌の扉と呼ばれ続けてきた巨大な門がある。

 数日前のこと、その固く閉ざされたそれはある少女らの奮闘によりついに開門され、それから毎日、少女の付き人グリム・ベムは彼女の帰りを門の前で待ちわびていた。


 また彼が門前で待機しているもう一つの理由に、禁忌の扉を開けたことが理由で災いが起きた場合、真っ先にそれへの対処をするようアンスターの役員達から厳命されていたからというものもあったのだが。


「まさか、扉の先からメイア女史以外の人物が出てくるとは思いもしませんでしたね……」


 たった今、グリムは災いの種に直面していた。

 扉の奥から歩いてくるのはひとりの男で、上裸の上にスカジャンを羽織っただけだが露わになる肉体は鍛えられており、そのファッションだからこそ彼の強さが引き立っていた。


「一体貴方は誰ですか? 」


「ああ? 俺はザガンだ。誰だか知らんが、とりあえず今からこの街ぶっ壊すからそこどけやって言ったら、オメェはどいてくれるのか?」


「私の名をグリム・ベムと申しますが、さて、街をぶっ壊す? ずいぶん野蛮な言葉が出てきましたが、どちらにしろ、貴方が災いの類であるなら残念ですがどく訳には行きませんね」


 グリムは気丈な態度で突如現れたザガンという男の前に立ち塞がる。シャツの第一ボタンを開け、ズボンからシャツを出し、眼鏡を外し、そしてネクタイも緩み切って戦闘準備は万端だ。


「私……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 その言葉の荒さこそ、グリムが戦闘モードになった証拠だった。某大都市にいる男とは真逆で、素が真面目、戦闘時に荒れるというのが彼を特徴付けている。


 それを目前の男は鼻で笑うと、その余裕な素振りを変えることなくグリムを煽る。


「ああ? 急に人が変わったな。まあ、やる気になってること悪いんだが、俺の拳は巨体のゴースですらたじろぐ程だぜ……と言っても何のことだかさっぱりだろうけどな」


「確かゴースと言えば、メイアから道中刺客がどうのこうのと聞いたような名前だな。さては貴様、奴らの仲間だな? そりゃますます生かしておけんだろ」


「なんだよオメェ、あの女の関係者だったか。そう言うことなら早く言えよなぁ?」


 ようやくやる気になったか、男は腕を回し身体をゆっくりほぐし始める。先ほどまで余裕ぶっていた者がいきなり準備運動することには次の二通りしかあり得ない。


 その一に、実際は余裕ではなく焦っているか。

 その二に、大差つけて一瞬で終わらせるつもりか。


 ザガンの意図は当然のこと、後者だ。



「お前らの大事な村は今頃俺ら精鋭部隊の一人が潰しに向かってるだろうからな。なら、今、俺が、ここで! オメェをぶっ壊してやるよッ!」



 【戦闘開始】


 グリム・ベム

 VS

 ザガン



=================




 南方の古風都市アンスターで戦闘が始まったこの頃、辺境の村アル・ツァーイでは村人達がこぞって逃げ惑っていた。その理由は単純明快、『大侵攻』によりある一人の狂人がこの村に送り込まれたからである。


「HAaaaaAaRRrSHHh !! 」


 その狂人の名をアスタロ。

 彼の全身は鎖でぐるぐる巻きにされており、呪いによるものか或いはそれが素であるのか、彼はただひたすらに叫び続け暴虐の限りを尽くすことしか(あた)わない。


 すぐに危険を察知した警備班班長ダルジェン・サーケと資料室司書エスティア・シンシアにより狂人アスタロを食い止めんと防衛に当たっており、その他警備班メンバーにより村人達は村の安全な奥地まで誘導されているといった状況だ。


 ただしかし、既に何棟かの建物が倒壊、及び村人も重症あるいは瓦礫に潰され圧死している。

 もうこれ以上退くことなど出来やしないのだ。


「さてさてさてさてエスティア! こいつどうするよ!」


「どうって、私に聞かないでくれる?! こんな狂ったように暴れられちゃ近づけないわよ! 警備班班長なんだから色んなパターンを想定して訓練してるんでしょう?!」


「流石にこんな奴が来るとは誰も思わんだろってうおおお! こいつ玄関のドアぶち抜いて投げてくる気だぞ!」


「HEEeeELLL !!! 」


 必然、誰も彼も落ち着いてなど居なかった。

 絶え間なく響き渡る咆哮と唸り声が焦燥と不安を助長・加速させていき、猛獣が今にも襲いかかってくるぞと言われているような感覚だ。

 鎖同士が擦れ合いジャラジャラと鳴っている。遠い場所から人々の騒めきも聞こえる。なんなら心の臓が蠢くその音すらも聞こえる気もする。


 そんな状況下でも、ダルジェンとエスティアの脳内にあるのは「いったいどうやってこの男を打破するか」ということに縛られていた。

 しかし交錯する思考の数々。あれもダメこれもダメと戦略を次々と切り落として行き、さすればすぐアイデアは枯渇する。


「こりゃ手詰まりだぜ、エスティア」


「そんなの百も承知よ。でも、ハバキリさんの『効果付与(エンチャント)』を受けた装備を持っているのは私たちとグリムの3人だけ。そしてグリムは出払っている。なら、やれるのは私とダルジェンしかいないでしょって」


「はっ! こりゃ一世一代の大仕事になる予感がするぜ」


「GgAaaazzzzE……」


 唸るアスタロの鎖、その隙間の奥から漏れる眼光がエスティアの視線と交差する。


( この男、全身を鎖で包んでるせいで私の軽い攻撃なんかじゃすぐ弾かれる。ダルジェンの大剣で衝撃を与え続けるのがひとまずの有効打。私が攻撃するとしたらほんの僅かな隙間を突いて本体にダメージを与えるしかない、か )


 ダルジェンも様々な戦略を頭に叩き込んでいるプロだが、しかし総合的な知識で言えばエスティアの方が上。

 ならば、


「私が打開策を練るから、ダルジェンは特攻して!」

「エスティアは作戦練ってろ、俺が突っ込む!」


 二人の考えが一致した瞬間。両者共に自身のすべきことを理解し、仲間を信頼しているからこその結果だった。


「でも私もサポートで戦うわよ。せっかくの『効果付与(エンチャント)』なんだから、勿体ぶらずにガンガン行きましょう!」


 エスティアが用いるのはグリムと同様レイピアだ。

 異なるのは付与された効果だけだが、たったそれだけでも戦闘具合をどれだけ左右するかに大きな差がでることもある。


「へっ、司書になってからあんまし動いてねぇけど、それで鈍ったとか言いわけ垂れるなよ?」


「誰が太ったって?」


「いやそんなこと言っとらんだろ……けどまあ、そんだけの熱持って戦うってなら安心できるな」


 対して、ダルジェンは両手剣ツヴァイヘンダー。

 彼の腕っ節から繰り出される重厚な一撃は脅威だが、それに加えて彼の両手剣は『効果付与(エンチャント)』の影響で軽くできている。よってダメージはそのまま、それでいて武器の大きさにそぐわない速攻が繰り出せるのだ。


「RrrruuuUUnnAAAT !! 」


「そう騒ぎなさんなよ狂人。その鎖、剥いでやるぜ」


「これから帰ってくる彼らの為にも、この村の存亡をかけて潰してくれるわ!」



【戦闘開始】


 ダルジェン・サーケ & エスティア・シンシア

 VS

 アスタロ



========================



「見えたね、あれが古城プロスペリテと城下町だ」


 槍の力で楽々と山脈を超えたグランとフィーストはついに巨大な国家たる根城の姿を捉えた。

 さぞ、グランは瞳に映る古城の規模に度肝抜いているのだろうと思いきや、


「はぁ〜? 俺らはあんな寂れた遺跡住まいだってのに、お前らあんな荘厳な城で暮らしたってのか? ええ?」


 そんなことは二の次だと言わんばかりに日々の積もった不満を爆発させていた。


「グラナード……君も割と自分を貫くタイプだよね。でも、そんなことはどうでもいい」


「うっせえっつの。見えてるよ、サービス精神旺盛なようで何万もの人間が俺らを迎えに整列してくれてるところがね」


 二人の言う通り、見下ろした先にある平原は綺麗に陣を組んで佇む武装した人間達で埋め尽くされていた。

 どこからどう見ても歓迎されていない。どちらかと言えば、いや明らかに襲う気しかない。



「凄ぇ、俺こんなに圧死しそうなほどの殺気を体感したこと無いぞ。金輪際大量の人間に殺意を向けられるような場面に遭遇するもんかと心の底から誓える」


「僕はグラナードのその殺意レーダーが大っ嫌いだけど、今のこの状況だけは同情するよ」


「うん、お前に同情されても嬉しくないけどな。そんなことより、こいつらどうやって処理する? このままその槍で飛び越えるのもアリだけど、後で絶対邪魔されるぞ」


「こんな雑兵にいちいち手間掛けてる暇なんてないだろ。こうすりゃいいんだよこうすりゃ」


 フィーストは面倒くさそうに槍を天に向けて掲げ「解放、神槍トロフィー」と声に出す。すると槍は力強く光を放ち始め、すぐに魔力が先端へと集結していく。

 グランは何かを察したように呟いた。


「…………俺、ここにいて大丈夫か?」


「は? 巻き込まれたいなら巻き込んでやるけど?」


 駄弁りながら作業をしているが、既に溜め込まれた魔力はミスったら普通に村くらいなら壊滅させられそうなくらいになっている。やらかしたでは済まないレベルの危険度だ。

 その危険性に相対する兵士達も勘づいたようで、後方の魔法部隊や弓兵部隊による遠距離攻撃が一斉に始動する。


「たかが雑魚陸兵が何万集まったところで僕にそんな脆い攻撃効きやしないんだよねぇ」


「何言ってんだ、命中しそうな奴を俺が撃ち落としてるから効いてねぇんだよ!」


「ほい、『超魔力厄災(カタストロフィ-)』」


「あ、」


 気付いた時にはもう終わっていた。

 轟として地を揺らし広い平原にひとつの途轍もない窪みを開け、文字通りの厄災がほとんどの兵隊を一蹴していたのであった。







「ほら着いたぞ」


 青い流星が城下町の中心に降り落ちた。


「色々と展開が早すぎやしませんかね」


「何言ってんだグラナード、ならもっとゆっくり『大侵攻』が完了するまで待ってから到着した方が良かったか?」


「いや、早すぎて感謝してるくらいだわ。でもこれだけは言いたい。お前の厄災魔法、あれほんと喰らわなくてよかった」


 ふたりは直近の戦闘を回想し、フィーストが表情豊かに嫌そうな顔を満面に見せる。


「は、嫌味か? お前ら3人とも木っ端微塵にするため決死の思いで放った魔法なのに無効化された人間の気持ちが分かるか?ああ? それにまだ防ぎやがったトリックが分かって無いんだからな」


「まあ最後の切り札的な存在だからな。でも、あの戦いのお陰で色々と試したいことが出来たし、想像通り行けばもっと俺は強くなる」


「だから嫌味かっての! クソが、僕はただの移動役兼経験値ですかい」


「落ち着けって。お前もラグラスロ戦での大事な戦力、(かなめ)足り得るんだからよ」


 ヒュウヒュウと、寂れた城下町を吹きつける暗夜の風が空気の澱みをより一層引き立てていた。

 周囲を見渡すと、駆り出されていなかった壊れかけの兵隊が元々屋台であっただろう建物の椅子に項垂れている姿がちらほらと窺え、ここが最も死を連想させる土地であるとグランは一目で悟る。


 活気、などと言う単語はこの世界と全く縁のないものではあったが、こんなにも人( だった者達 )がいてもなお生気の類を感じ取れないのはそれ以前の問題、醜悪の一言に限る。


「行こうフィースト。奴をあの世界に侵攻させたらそれこそ全ての終わりだ。絶対に潰す」


「ふ、いいのかい? アレは相当厄介、と言うより僕ら精鋭部隊と比べても段違いの戦力なんだよ?」


「ここまで来てやる気を削ぐようなこと言う奴がいるかよ」


 仲がいいのかどうなのか、結局ここまで変わらない調子で城下町を通り抜ける。

 目の前には城の正門が聳え立っているが、どうやら兵士は皆侵攻の為に留守にしているとかでもぬけの殻らしい。なら躊躇う必要はないと、ふたりは堂々と真っ正面から城に足を踏み入れた。


 城内はその広さゆえに複雑な構造をしているのかとも思われたが、単純とは言わないまでも移動に少し時間を要するほどの複雑さをしていた。

 中庭があるために迂回して奥の階段を登ると再びぐるりとバルコニーを歩いて対角の階段へ。そんなこんなで玉座の間へ辿り着いたかと思えば、最後に王座の背後にある螺旋階段を通過して。


「いいかい、この扉を開ければ屋上。つまり奴がいる」


 静かで暗い螺旋階段で、ただロウソクの揺らめく炎だけが静かにふたりを見つめているようだった。


 ごくりと唾を飲み込む。

 彼の心の内にある渇望、それはもはや自分達がもとあるべき世界へ帰るということだけには止まらない。世界を闇へ貶め、たった今新たにもう一つの世界をも堕とさんとする邪龍を征伐することも彼の望みの一つであるから。


「それを人は正義感と呼ぶんだよ、グラナード」


「黙れフィースト、俺の心を見透かすな。それにくだらん正義感だとか言われても、当の本人は知ったこっちゃないんだわ」


「別にくだらんとは言ってなくない? それって僕なら言いかねないと思っての発言と取っていいよね?ね?」


「さあ、いくぞ!」


 錆びついた音を鳴らして最後の扉は開かれる。その瞬間、外の暗澹たる世界とは裏腹の心地良い風に晒され、それがかつて千年前の名残りが今も世界の復活を待ち侘びているのだろうと思わせる。


( 俺が背負っているのは今を生きる人々の未来なんかじゃ無い。過去から今までの全て、この失踪事件に関わった世界全ての想いを背負っている )


 黒龍ラグラスロには恩がある。

 この世界に突然飛ばされ困惑している所に現れ、ここがどんな場所なのかを教えてくれた。彼が試練を課さなければ自分の弱さに気付き落胆するのがもっと遅れていたかも知らない。


 それがどうした、と。


「さあ、恩を仇で返してやるぜ、ラグラスロ!」


 高らかにそう宣言し、グランは指差しする。


 久々の邂逅だった。

 黒翼を広げ、鋭く目を尖らせた、その峻厳なる姿の持ち主。既に見知った存在だが、確実に彼の持つ雰囲気は以前と全く異なっていた。


「恩を仇で返す、か。そう吠えたくなるのも無理はないが、その威勢もすぐ消滅する定めだ」


「お前と初めて会ったその日からずっと、俺はお前に手を出すべきでは無いと分かっていた。恐ろしいくらいに強いと確信していたからな」


「なら尚更のこと破滅は一寸先だな」


「おっと〜油断してるねラグラスロ様。知ってるよね、僕は自分が強いと油断してる奴を狩るのが好きだって」


「……まさか貴様がそちらに堕ちるとはな。だがフィースト貴様は我が手中にあることをゆめゆめ忘れるな?」


 三者三様に言葉を交わしながら睥睨する。

 まず最初にどれだけの威勢を張れるか、これが結構精神面で重要になってくる。相手の風格にビビってそのまま勢いが減衰することだけは避けなければいけない。


「いいかラグラスロ」


 圧倒的に、グランとフィーストのふたりで叶うような次元にこの黒龍が居ないと分かっている。


 六頭大蛇ヘキサ・アナンタも、魔獣ファヴァールも、そして今隣にいる人間フィースト・カタフも強敵だった。

 けれど人は戦いの中で学び、そしてその中で成長できる。グラナード・スマクラフティーはそれを知っていたから。


「過去現在未来の、失踪に関わった人間全ての怒りを集約して俺は立っているつもりだ」


「僕は特に何も。でも、()いて言うならやる気に満ち溢れているよ……!! 」


 だから、劣勢の中でも彼らは自信に満ち溢れていた!


「俺は、怒ると怖いぜッ!!」



 【戦闘開始】


 グラナード・スマクラフティー & フィースト・カタフ

 VS

 ラグラスロ




今回は少し内容が薄めでしたがVSラグラスロ戦も始まったことですし、勢いで第一章終わりまで突っ走っていきましょう!


ご評価の程と次回もよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ