第一章44 束の間の休息
目覚めると、そこは見慣れない空間だった。
暗い、というのはこの世界の特質を考えれば仕方のないことだが、塵や埃が散乱していて汚らしい部屋だった。
閑散として物が少ない空間だが、カウンター席らしきものがあるのを鑑みるに何かの店なのだろうかと当たりをつける。
「ん、なんだ、これ」
辺りの様子が把握できてきたところで、ふと身体が何かで縛られていることに気付く。それに全身が痛い。
「ーーーでしょ?」
「ーーーですけど」
部屋の外、奥の方から聞き覚えのある声が響いた。
「そうだ」
思い出した。
「僕は、奴らに負けたんだ」
フィースト・カタフは、生かされていた。
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彼が目覚める少し前のこと、グラン達3人は気絶して動かないフィーストを麓の山小屋、もとい小拠点に運び込むと焚き火で料理をしつつ休息に入った。
アツアツのスープとお肉を頬張りながら、彼らはフィーストが目覚めるまでのあいだ団欒を始める。
「あー、もうルーシャは分かってると思うけど、妹のメイアだ。宜しく頼むな」
「宜しくお願いしまーす!」
あまりの元気さに苦笑しつつ、ルーシャも自己紹介を済ませる。
「それで、ルーシャ。戦闘中にフィーストから聞いただけで詳しい状況は知らないんだが、メイアと戦ってたんだろ?」
「ええ、はい、まあ。凄い強かったので、恐らくまともに戦ったら私じゃ絶対勝てないと確信しましたね」
あれには命の終焉を覚悟しました、と軽く付け加えてメイアの実力を更に強調する。
「じゃあつまり、ルーシャは何か奇策で戦闘を終わらせて、且つ闇に囚われたメイアを解放してみせたってことか」
「うーん、半分正解で半分不正解ってところですかね」
首を傾げると、「説明はまかせて!」とメイアが胸を張って一歩前に躍り出る。
「お兄ちゃん、まずはこれ見て!」
そう言って取り出されたのは、薄くて小さい板だった。何の変哲もないものにも見えたが、ひとつ見当が浮かんだ。
「えーっと、これは御守りか?」
「正解、御守り! あのね、これが私を蝕んでた悪感情だとか闇の力だとかを払い除けてくれたんだ」
「何だって? そんなもの、どこで手に入れたんだ」
「ハバキリおばあちゃんが私に渡してくれたの」
「………そうか、『効果付与』か」
二人が思い浮かべたハバキリとは、兄妹の生まれ故郷に住む村長である。
彼女が唯一扱える魔法が『効果付与』で、一度に多くの魔力量を要求されるため老体のハバキリは何度も使用できない。
故に、今では村の重役達の武器や防具にのみ付与されている代物なのだが。
「なるほどな、村長がメイアに持たせてくれたのか」
「そゆこと。まさかこの御守りに魔法が掛けられているとは思って無かったから私も気付いたのはついさっきなんだけどね」
話を静かに聞きいていたルーシャが何か感動したように声を漏らす。
「『効果付与』って言ったら、割とすごい高等魔法ですよ? 一体、その村長何者…… 」
「んー、普通のおばあちゃんだぞ?」
「そうだね、ただの優しい村長おばあちゃんだね」
「そ、そんな簡単に普通って言われると私の方がおかしいみたいになるじゃないですか」
兄妹の息ぴったりなトークの進み具合に若干しょんぼりしてしまうルーシャであった。
なおも二人の会話は続く。
「でも、それがメイアを目覚めさせてくれたなら何でルーシャと戦うことになったんだ?」
「ふふーん、それがルーシャさんの言ってた半分正解の部分になるんだよ。いいかいお兄ちゃん」
メイアはルーシャとの戦闘シーンを事細かく語った。
奏でられた音楽がエネルギーに置換されて周囲を囲まれたが全部『コルティツァ』の氷武器で断ち切ってやったこと。
そしたらボロボロで流血が激しいのにも怯まずルーシャが子守唄を歌い始めたこと。そして、
「その歌の想いだっけ? それが攻撃の効果に反映されて、私を縛る力がだいぶ緩和されたの。そしたら、力の弱化が引き金になって御守りが効果を発揮して、見事完全に闇を排除してくれたってワケ!」
「全てが上手く噛み合って起きた結果がこれってことか」
今この場にいない村長ハバキリに兄妹揃って感謝の念をこれでもかと送ると、「そうだ」と手を合わせてルーシャが話を切り替える。
「冷静になって考えてみると、そもそも何でメイアさんってこの世界に来れたんです? 私たちみたいに強引に連れ去られた訳じゃないんでしょう?」
グランもその疑問に同意してメイアに視線を向ける。
「ふっふーん。ここに来るまでに沢山のストーリーが繰り広げられて来たのだよ!」
「ほお、じゃあその山盛りで七転八倒な超感動ストーリーとやらを聞こうじゃないか」
「いや、七転八倒で超感動とは一言も言ってないと_____ 」
「では、耳かっぽじって聞いてください」
「おうよ」
ルーシャのツッコミは空気のように流され、グランが失踪したあの日からの出来事が語られた。
刺客が差し向けられたりなどあったが、メイアはそれすらも楽しそうに語り、それを聞く二人も乗じて笑顔で楽しそうに話を聞いた。
何故なら、そう。
彼らは知っていたからだ。これが最後の休息になるだろうことを。そして、これが終わればより苛烈な戦が待っていることを確信していたからだ。
楽しむなら今のうち。戦いが終わって再び明るい日々を取り戻すまでの僅かな休息。
「_____ということで? 私は今こうやってお兄ちゃんと再会でき、そしてルーシャさんと出会えたのでした!」
「ふふ。メイアさんって、本当にグランさんのことが好きなんですね」
「「当然だ!」」
「なんでグランさんまで返事するんですか……」
兄妹愛が凄い……という言葉で片付けていいのかどうか、ルーシャは悩んだ。3姉妹の末っ子であるルーシャだが、それこそ普通に仲良く過ごしてきたつもりだ。
「何というか、私達姉妹の方が一般的……ですのよね?」
「え? ルーシャさん何か言った?」
「い、いえいえ!でも、そんなラブラブだったらグランさんにその、か、彼女とか出来たら悲しいんじゃないんですか?」
グランが吹いた。
「ごふ、ごほっ! な、何言ってんだルーシャさん?!」
「えーとね〜、嬉しいよ! 兄妹愛と恋愛は別でしょ?」
「あら、そう言うものなんですね」
「でも、私に構ってくれなくなったりしたら後ろから私の『コルティツァ』で切り刻んじゃうかも?」
そう言いながらメイアが物騒な氷の刃を生み出してギギュっと握りしめる。満面の笑みなのがまた怖い。
やはり兄妹愛が常軌を逸しているとルーシャは確信する。
「ああ、そういえばメイアさん。面白い話があるんですが」
ルーシャは何か閃いたように再び話を切り替える。
「え!聞かせて聞かせて!」
いいですよ〜と答えるとほんのコンマ数秒、目を薄めてニヤついた表情でグランを見た。目が合った。
「おいルーシャ? 何を話すつもり____ 」
「これはグランさんと出会った時の話なんですけどね。出会ってすぐ、グランさんったら私に何したと思います?」
グランは悟った。
あの時しでかした、それはそれは恥ずかしい出来事。あれは事故だった筈だが、ルーシャのあの笑みを見るに、まるで故意にやったかのように語るつもりだろう。
( こ、こいつ、なんという悪女!)
「え〜? お兄ちゃんの事だから、出会ってすぐ戦いを挑んだりとかですか?」
「いや俺のことを戦闘狂だと言いたいのかメイア!? って、違う違う。ルーシャよ、その話は止めようぜ」
「なんでお兄ちゃんが話遮ろうとするの? あー、もしかしてお兄ちゃん、失踪前私にしたような事故でも起こした? そうなんでしょ!」
まずい、とグランは唾を飲み込む。
失踪前の事故と言えば、風呂上がりで裸だったメイアを誤って覗いてしまったあのことだろう。
「え、まさかグランさん、妹さんにも同じようなことを?」
「えーと、だな」
墓穴を掘った。
と言うかメイアの勘の良さに瞠目すらしてしまった。
( これが、女の勘が鋭いと言われる所以か……!)
こうして悶々としている内に、ルーシャが口を開く。
「駄目ですよグランさん。事故だからと言って___ 」
しかし、
「どわああああああ!! あ、あつ、熱いっ!!」
「____えええ?!何やってるんですか馬鹿なんですかわざとですかそうなんですか!」
グラン、わざとらしく高温のスープを溢して暴露を回避!
ルーシャには速攻でわざとだとバレたが、グランからすれば話題が中断されればそれで良いのである!
「まったくもう、乙女の純情を何だと思ってるんですか」
「お兄ちゃんとの生活、なかなかに疲れたでしょ?」
「ええ、全くです。そのラッキースケベ的な所業が何とかなればいいのですけど」
話題が逸れたなら誹謗されても罵詈雑言が飛んできてもいいだろうと考えていた。だからグランは少女達の会話を寛容に流してあげようと思い______
「いや、いまラッキースケベって言ってた!逸れてねぇ!」
彼の大声が轟き渡り、そして女性陣のジト目が突き刺さると同時、奥の部屋から物音が響いた。
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「で、なぜ僕は生かされているんだ。なんだ? さては俺の意識がある時に生き地獄へ放り込んでやるとかそんな下衆なことでも考えているのか?」
「開口一番からの饒舌っぷりだなお前……」
物音の正体、それは深い昏睡から覚醒したフィースト・カタフが近くにあった物を倒したことによる音だった。
「ふん、煮るなり焼くなり好きにしなよ。僕は完膚なきまでに撃破された。もはやこれ以上は抗うだけ無駄なんだろ」
「よぉく分かってるじゃないか、フィースト君?」
「じゃあ、早速好きにやっちゃいますかねグランさん」
「おうよ」
腕を回したり軽くジャンプしたりして準備運動をする二人を見て、フィーストとメイアは完全にポカンとしていた。しかしそんなことは気にも留めず謎の運動は進んでいき、
「え、何やるつもり?」
「簡単なことだよ我が妹よ」
「本当に単純明快ですよメイアさん」
言いながらルーシャは傍に奇鬼忌琴を抱え、グランもグランでその手に『明けの月弧』を握りしめる。
ぞわり、とメイアの体が震えた。
( こ、これは公開処刑、ギロチンのような惨殺____!?)
「ルーシャ、行くぞ!」
「はい!」
___________________そして。
「ふぅ、満足満足」
「素晴らしいパフォーマンスでした、グランさん!」
二人が武器を構えてからのことは、まさに狂気の沙汰としか表現できないようなものだった。
「なんで、僕は立たされてこんな目に遭っているんだ」
しかし、フィーストは生きていた。
ルーシャがパフォーマンスと言ったのは本当にそのままの意味で、二人は別に彼を殺そうだなんて微塵も考えていなかったのである。
「おいグラナード。どう言うことか説明しろよ」
薄暗い部屋の中央で直立不動のフィーストは声を荒げる。
無理もない。なぜなら彼は金縛りに遭っているからだ。
「どう言うことって、危ないから歌の力でお前を動けない状態にしてもらってから俺が華麗にお前を縛るその縄を断ち切ってやったんだろうが。感謝しろ、命の恩人だぞ」
「無駄に武器振り回しといて感謝できるか! って、聞きたいのはそっちじゃねぇよ、何故俺を殺さない! また襲うかも分からないだろ!」
「そう騒ぐなフィースト君。俺には分かるよ、お前からは悪意は感じても殺意は感じない」
「ちっ、だから俺の殺意を感じるなグラナード! それ嫌いだ!」
「いや、それ嫌いだ!って言い方ガキかよ」
状況を読み込めないフィーストが一方的に捲し立てられているこの状況だが、注目を浴びていないだけでメイアも同様に何も理解していない。
大事な話が先延ばしにされているこの流れに耐えきれず、怒りのニュアンスを含めたトーンでグランに詰め寄る。
「ちょっとお兄ちゃん、私にも分かるように説明してよ」
「っ! すまんメイア、本題に入ろうか!」
「おい、妹のお願いだけスムーズに受け入れるな!」
ちょっとしたグランのおふざけモードが途端に真面目モードに切り替わる。
「まあ、まずはこいつを生かした理由だが……フィースト、お前には俺らと一緒にラグラスロ達と戦ってもらうぞ」
「……………………………………はああぁぁぁ?」
心の底から疑いの声が漏れた。いや、盛大に溢れた。
「これはお前が宣戦布告してくるちょっと前から俺が脳内で構想していたことなんだが、何てったって俺らは今メイアを含め3人しかいない。こんなんでお前らを倒せるはずがないだろ?」
「だからって、僕を含めたってそれでも4人じゃないか」
「増えるだけ進展だろ。今はそう思うしかないんだよ。てかお前さっき『好きにしなよ』って言ったよな? なら、お前は俺らの命令に従え。それが好きにするの内容だ」
本当はめっちゃ嫌だけど好きにしていいと確かに言ってしまったので後悔している、というような複雑な表情で「わあったわあった」と承諾する。
「で、グラナードとその一派。これからのプランは?」
「何言ってんだ、お前の槍でこの山越えるんだよ。そのためにここでお前と戦ったんだからな」
「はぁ〜〜? 嫌だね! なんでったってこの僕の槍をお前らの便利アイテムにされなきゃ」
「それも命令の一環だからだ。仲間を極力疲弊させない努力ってのも必要だろ」
「クソが、数分前の自分が憎い……」
「あはは……でも貴方、私のことはここまで運んでくれたじゃない?」
フィーストの機嫌がすこぶる悪化しつつある中で口を挟んだのはメイアだった。
「貴方の槍があればあの城まで一瞬なんだけどなぁ〜」
「城、ですか? 敵本陣って城なんですか?!」
「あ、はい。私も目覚めてすぐここに来たんで大雑把なことしか分かりませんけど、なんというか不気味な、こう、生気の全くない兵隊達が数万はいると思う」
「はっ、数万どころじゃないさ。何てったってあの城にいるのは過去千年間の失踪者のみならず、もともとこの大陸に住んでいた住民の大半が集結してるんだからね」
メイアの言葉を修正するようなフィーストの発言に、全員から響めきの声が漏れる。
こちらは4人ぽっち。対して敵は数万を遥かに凌ぐ。
「だが、不利かどうかなんて話は数で見ればの話だ。だからまず戦地に赴く前に、フィースト」
「なんだよ」
「お前らは何を計画している。これから何が起こる」
「そうですね。あの黒龍ラグラスロが、何のために人を集めて巨大な組織を構築しているのか。それが重要です」
二人の意見にメイアも強く頷いてみせる。
「ちぇっ、仕方ない。無力な君たちに僅かながらの慈悲をくれてやろう」
ツンデレ………という心の声を3人とも飲み込む。
こんなときにそんなことを思ってるなんてつゆも知らず、フィーストは作戦のあらましを語り出す。
「いいか、これから行われる作戦の名は『大侵攻』だ。内容は至ってシンプル、お前らの世界に侵略を仕掛けること」
「え………私たちの世界って」
「理解できないか? あの幾万といる兵士や僕のような精鋭部隊が君らの帰らんとしている街や村を破壊して、ここと同じく暗黒に包み込もうとしてるって訳さ」
そこまで静かに聞いていたグランが石造りの壁に穴を開けた。
込み上げる炎の様な感情を必死に抑えようとしているが、歪んだ顔を見れば抑えられていないことが明らかだ。
「それに恐らく、ラグラスロの精鋭部隊は僕レベルの奴らの集まりだが、彼らはまずお前ら兄妹の故郷とユニベルグズを潰しに行くはずだよ」
「アル・ツァーイを狙うとは、つくづく悪辣だなあのクソ黒龍の野郎……」
さらに形相が荒々しくなる。
が、雰囲気の悪化を阻止せんとメイアが口を開ける。
「それにユニベルグズって、なんであそこが?」
「なぜって、グラナードの妹、お前を育て更にこの世界へ来る手助けをしたからだろ。それに、魔法学の権威として名を馳せる大都市ユニベルグズは危険だ。先に潰しておいて損はない」
「でも、あそこには強い人たちが沢山いるって分かってるんでしょ。そんなに陥落できる自信がある訳?」
「そりゃあゴースとカラピアが返り討ちに遭ったと言うからには難易度は高いだろうが、黒龍軍にはとんでもねぇ魔女がいる。そいつが向かえば大体の敵は屠れちまうさ」
フィーストが「とんでもない」とまで言う魔女の話にメイアも渋い顔をする。
ナハトやハンニバルと言ったトップレベルの人達を知っている分、彼らが負けるとは思えないがそれでも、
( 頼むからみんな、無事でいて……!!)
「ただ、僕とグラナード妹が軍から抜けるとなると、精鋭部隊のほとんどが向こうの世界に行くことになる。他の兵隊は意思無き人形も同然の雑魚共だから、あの黒龍のもとまで辿り着くのはそこまで苦労ないはずだよ」
「まとめると、私たちは一刻も早くこの山を越えた先のお城に辿り着かないといけないって事ですね」
方針は固まった。
これから始まる最後の戦いに緊張が高まる。
「それじゃあ、最後に僕からもう一ついいかな」
「おい、今のは会議が終わっていざ行こうって流れだろ」
しかしフィーストはマイペースを貫き続けるのであった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
大変申し訳ないことに、執筆頻度が再び激落してしまいましたね。週1ペースだったあの頃を懐かしく思います(週1も少し低頻度だとは思いますが)。
何はともあれ、次回もよろしくお願いします!




