第一章42 邂逅の巻②
グラナード・スマクラフティーはかれこれ十数年、たったの一度も激怒したことがない。
勿論、多少のイラつき程度なら普通にある。そうではなく、身体が震えて何かに当たりたくなるようなレベルの憤慨だ。
人生で一度だけ怒り狂った以来、彼は心の底にそれを封印して生きてきたのである。
時は、グランが5歳、メイアがまだ4歳の誕生日を迎える前まで遡る。
「はい、これはグランへのプレゼント」
「うわぁ、ありがとう!」
「大事にしてね」
グランが母親のゼーレから貰った箱の中には、魔力を微小ながら増強させる子供用のマジックアイテムが入っていた。
生まれつき魔法を持っていた影響もあって好奇心あふれる子供時代の彼はカッコいい魔法使いを目指しており、このプレゼントには心の底から歓喜を覚えた。
それから毎日、羽型のマジックアイテムを専用ケースに入れて身につけることで「自分は偉大な魔法使いになれる」と尊大な希望を抱いて過ごすようになる。
それもそうだ。
かつて幼児期に、無意識とは言え父親オルビスの片腕を魔法『オリヘプタ』で抉り、隻腕にならざるを得なくしたほどの力。
ものごころついた頃は父親を傷つけたことに負い目を感じていたが、オルビス自身が「はっは! 凄いことじゃないか! いいかグラン、自信を持てよ!」と促した為にグランの桑弧蓬矢は加速の一途を辿っている。
それから数ヶ月があっという間に過ぎていき、6歳となったグランは村の警備班班長であるダルジェン・サーケと共に村の外を見回っていた。
今後村の重役となるであろう期待の新星グランに経験を積ませてみようと言って一緒に仕事をすることになったのである。
だが。
ダルジェンの背後をついて行く形で外の林道を歩いていたことで、不幸にもグランは大柄な賊に首根っこ掴まれてしまう。
「おいおいゴツイ鎧のおっちゃん! 油断だね怠慢だね残念だねぇ! この餓鬼を助けたいならその高そうな装備くれよ〜」
「この、野郎……グラン!大丈夫か!」
「放せ!放せよ!『オリヘプタ』!」
五里霧中の状態で放たれた7つの青い光が火を吹く。
たったひとつでも直に触れれば大怪我する可能性のある魔法だ。それが今回、敵との距離はほぼゼロに等しい。ならば殆どが直撃することは目に見えて明らかなことだった。
「……見たことねぇ魔法だな。それに餓鬼とは思えねぇ程強い。俺も油断、怠慢って訳か!はーっ!面白れぇ!」
「おい、どうしてグランの魔法を喰らって平然としていやがる?」
「んぁ? どうしてって俺は超レアな上質魔法耐性アイテムを持ってるからなんだなぁ〜。って、おお? この餓鬼、マジックアイテム持ってやがるじゃねぇかよ最高だね幸運だねぇ!」
「やめろ!俺のだぞ、取るなよ!」
グランの必死の抵抗も虚しく、子供の身体では大柄の男に何の影響も与えられずに無理やり奪い取られてしまう。
「んだこれ、安物のクソかよ。喜んで損した」
バキッ_____と、羽の形をしたそのマジックアイテムが真っ二つに折れる音が、グランの耳にクリアに入ってきた。
その瞬間、彼の脳裏には母の笑顔が過ぎった。
「______俺の、大事なそれを元に戻せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
どこから湧いて出たのかは分からない。
だがしかし。
莫大なエネルギーが水蒸気爆発のように大拡散した!
それは紛うことなき怒のオーラであり、6歳になったばかりの子供が放出できる力量を超えていると誰であれ判断できる。
そして、驚きのあまり賊がグランを手放したが最期。
「お、おい待てよ。なんだその禍々しいようなオーラはよぉ! 止めろ、そこから動くな!」
「フザケンナ」
「うあああああああああああああああああああ!!!」
そこから繰り広げられたのは見るに耐えない残酷な仕返し。グランは理性を一切捨て去り、無我夢中に殴り飛ばし続けた。
ダルジェンは悟った。これは、自分でも彼を止めることが出来ないと。そして全速力で村へ走った。助けを呼ぶ為に。
それから数分、最終的にグランは両親や村の重役達の協力を得てなんとか静止に至った。
だが男の姿は見るからに変貌を遂げ、命が助かっただけでも幸運とでも言うべき状態だった。
この残酷な事件がメイアに知らされることは無く、グランもこの件を通してガチギレすることに封をすることになる。
これは、この事件から5年後起こることになる大災害と両親の死の時も同様。彼は誰かも分からぬ者への復讐を誓うが、その時も怒りは中程度までに留まり、残りの分を悲しみに無理やり置換することで暴徒への変貌を免れる。
結果、グラナード・スマクラフティーは自制の鬼と化すことで冷静を武器にしたのである。
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そしてたった今、彼の目の前に現れたのはひとりの男。
ご存じ、フィースト・カタフであった。
「思ってた通りだ、俺が一人になる瞬間を待って来たか」
鼻を鳴らして男の到来を迎えると、もれなく明るい口調で返事をされる。
「あ〜もしかして、それを分かった上で見回りに出たのかい? まさか、僕らの計画が既に読まれていたとはね」
「タイマンで戦うかどうかって話を前の宣戦布告の時にしたが、そもそもルーシャを蚊帳の外にするつもりでいた訳だ」
グランは目を巡らせて周囲の状況を一瞬で確認する。
木々に囲まれて視界はやや悪い。だがそれは向こうも同じなはずで、この状況も使いようはあるのかも知れない。
「でもどうせ、俺らは戦闘で轟音を響かせまくるんだ。ルーシャは気付いて駆けつけてくるはずだぜ?」
そう言うと、フィーストは待ってましたと言うような嫌な笑みを浮かべる。
「果たして、それはどうかな」
「なんだと?」
「わざわざ1対1になるよう計画したのに、君の仲間がこちらに駆けつけることに対策してないとでも思ったのか? つくづく馬鹿だねグラナード」
目の前の男の嗜虐的な表情に嫌な予感がした。
フィーストのことだ。恐らく生半可なことはしていない。
何か人をどこまでもどん底に突き落とすようなことをして来るんじゃないかとも思ってしまう。
「………いや、さっさとお前をぶっ飛ばして俺が、ルーシャのもとに駆けつければいい話だ。ほら、始めようぜ」
「ちぇ、つまんね〜の」
グランは三日月型の武器『明けの月弧』を生成し、フィーストも先端が何度も交差した特徴的な槍を構える。
両者睨み合って、
「( ま、グラナードに衝撃の事実を伝えてやるのは軽く叩きのめしてからでもいっか ♪♪ )」
先に動いたのはフィーストだった。
手中の槍が青く光ったことを視認した直後、一気に10メートル以上離れていた差が縮み、フィーストの戦闘狂的な表情が目の前まで迫る。
「お、おおおおおお!」
神経反射で月弧を振るったことで間一髪防御する。それでも攻撃速度が大きい分加わる力は絶大なもので、グランは後方へ勢いよく滑っていき、巨木に激突する寸前で静止する。
「あっぶねぇ……けど、やっぱり鍵となるのはその槍か。上空から登場したり今みたいに急に距離詰めたり出来たのは、その槍からそれらを可能にするだけの噴出力を出してるからだ」
「ご名答 ♪♪ でもそれが分かったところで、だぜ」
すぐにフィーストの速攻は再開される。
戦場がが森林ということと敵の速攻を利用して木に激突させようとするも、丁度いい感じに木を避けられてしまう。
( なら…… )
敵は離れた距離からでもすぐに目の前まで迫って来れる。なら、後退しながら武器を振りかざしてしまえば丁度接近してきたフィーストに攻撃が当たる!
「ふふ、考えたね。でも僕の槍は君の攻撃範囲よりも外からでも攻撃できる。無駄無駄!」
しかしグランは諦めなかった。
接近の瞬間を見計らって何度も何度も刃を振るう。回転するように広範囲を薙ぐことでリーチ外の槍の薙ぎも受け流している。
このままでは何も進展しないことはグランも理解しているが、さてどうするべきかと考える暇をもフィーストは与えてくれない。
「無駄と言っているのに懲りない奴だなグラナード。お前が以前たでとは違う強さを持っているのは分かってるが、ダメだね」
「そんなことをほざいていて大丈夫か? 余裕ぶってると足下掬われるぞ」
「抜かせ」
フィーストは槍の先端をグランに向けたかと思えば、巨大な噴出力でグランは周囲の木々を巻き込みながらぶっ飛んだ。
移動の為だけでなく攻撃にも使える槍からの噴出。この戦いの最大の脅威はそれだ。
倒壊した木の根に寄りかかるようにグランはぐったり座り込んでしまう。小さな木片が身体の部分部分に突き刺さり出血もしている。
「グラナード、君は一体どんな特訓を積んできたんだ? 宣戦布告してきたくせに戦ってみたら雑魚でした〜なんてオチはごめんだよ」
喋りながらゆっくり歩いて近づいてくる。
「早く立ちなよ。こんなたった一撃くれてやっただけで駄目になる筈無いだろ、普通」
その距離5メートル。
すぐに攻撃ができるような距離だが、座り込むグランには立つという予備動作が必要であり、その前に相手からダメージを入れられてしまう可能性の方が圧倒的に高い。
しかし、
「おい、フィースト・カタフ。俺は確かに負けを認めてうなだれてる訳じゃない。敢えて座っているんだよ」
「休憩なら、もう終わりだぞ」
「いいか? 俺はもう警告したんだからな。俺は、立ってしまうと地面までの距離が長くなっちまうから座ってるんだ」
そして、グランはこう詠唱した。
「『オリベルグ』! 足下掬われろやこの野郎!」
瞬きすら完了し終わらない内に魔法は発動される。
大地から隆起したのは先端の鋭利な大岩。それも一本に止まることなく何本も何本も目の前の男に向かって隆起していく。
フィーストを串刺しにすることにだけ焦点をあてたその様はまるで剣山のようだった。
「『オリベルグ』は別に大地に手を付けずとも発動できる。だが、土属性魔法だからな。地に接していた方がより即座にその効果があらわれるんだよ」
「こりゃあ見事に文字通り足下掬われたよ」
その剣山でさえも瞬時に破壊される。
だが確実に、男の身体には傷が付いていた。そこには流血も見られる。
それを確認するとグランは立ち上がる。
「軽く欺いてやったところで、そろそろ本気でやろうぜ」
「グラナード。ならば僕も解放するとしよう」
言って槍の先端をグランに向ける。そう、それはさっきも見た噴出の攻撃で____
「グラナード。お前は一度、この攻撃から逃れて見せた。なら今回はどうやって切り抜ける?」
しかし反して、先端から放たれたのは青白い一本の光線だった。
ある日、ある時、あの初めてフィースト・カタフと邂逅を果たしたあの場面。たった一度、グランはそれを体験している!
「この光線は! くっそがああああああああ!!!」
月弧を上から下へ、断ち切るように振りかざす。
とんでもない至近距離からの奇襲という形だったにも関わらず、よもやここまで素早く身体が動くとはグランも予想していなかった。ここ最近賢王デアヒメルに揉まれてきただけのことはある。
「これがお前の隠し玉だったってんなら残念だったな!」
「馬鹿か、馬鹿なのかグラナード。たったの一発防いだだけで僕に勝てる訳ないだろうが!」
木の根の如く交差する槍の先端を天空に向けて突き上げる。それはすなわち、直接グランを射抜こうとしているのではない。
ただし、フィーストから漏れるその殺気は止まることを知らずに肌を鋭く刺してくる以上、必ず攻撃の予備動作であるはずで、
「僕の槍からは知っての通り光線を出すことが、こう言う使い方だって出来る」
そして天空へ向けて立てられた一方の青白い光の柱は、その打ち上げ花火のような風貌の通り球状に爆ぜると、さらに無数に散らばった無数の光線が意思を持っているとさえ思えるようにグランめがけて軌道を変えて飛んでくる。
上空から飛来した光弾に全方向を包囲されたとなれば、さすがに全てを避けきれないし防ぎきれない。
( かと言って、『デアヒメル』で魔力を吸収するのは最後の切り札に取っておくべきだ。となるとやはり…… )
敵の攻撃は待ってくれない。
思考を巡らす間にもグングンと距離を詰めてくる無数の光弾に対し、グランは『オリオクタ』による魔法障壁で2枚の障壁を展開する。
そしてそれを後方に設置することで視界に入らない部分の防御をカバー。
しかし、それでもなおグランは花火の中心にいるようなものだった。いや、グランに焦点を絞って特攻しかけている点を踏まえればさながら蜂の集団とも言えるが、どちらにしたって良いことではない。
そんなことは、魔法を2回同時に展開させるだけで対処できてしまうのであるが。
「よく思うんだが、魔法は一度にひとつまでしか使えないみたいな解釈があるようなんだよな。なんでだ?」
瞬間、グランを守るべくして魔法障壁の枚数が倍、すなわち4枚に増える。同時に光弾が押し寄せるも、大半がバリアに弾かれ、隙間を縫うようにやって来るのはほんの少数。
これしきのことは既にグランの対応可能範囲内。実際、緩い攻撃だなとさえ思ってしまうほどに。
「やっぱり君はまだ油断癖、驕りが残っているねぇ!」
緩い攻撃だなと思ってしまうほどに、ではなく、思わされていた。頭ではまだ全力でないと分かっていたはずなのに、次から次へと攻撃を防げてしまったことがいつの間にやらグランの驕りを助長する結果に。
硝子が粉々に粉砕されるのと同じ音を響かせ、4枚の障壁は軽々と吹き飛ばされる。
花火の雨は防ぎきった。だから、割ったのは別の何か。
グランが上空を気にしている内にすでに放たれていた極太のビーム攻撃!
「俺が奢ってた、だって? この光線で不意打ちを狙った? だろうなんてことはお前の性格上わかってんだよぉ!」
青白の光と黄金の月弧が拮抗する。
さすがの極太レーザーの光量にはそう簡単に断ち切らせないだけのエネルギーが込められているらしいが、それでも真っ向勝負なら対処できないほどのパワーでは無いような、
「いや、違う違う。君はやっぱり気付いてないらしい。僕が随分前に放ったんで、殺気をもう感じ取れないんだ。だから君の背後からもう一本同じ攻撃が迫っていることに気づけない。僕が自在に光線の軌道を変えられるとも知らず、朽ちていくんだ」
「ぅあ……………?? 」
そんな、掠れた声を漏らし。
前方にのみ注がれていた意識が後方にも注がれ、途端、その意識すらも青白い光に包まれ虚空へと消失していった。
ただその中で、無であるはずの世界でひとつ、走馬灯のように浮かび上がる景色があった。
グランの愛する、この世で一位二位を争うほどに大事な彼の妹、メイア・スマクラフティーの後ろ姿。
最後の別れから数ヶ月が経過した今、彼女が何をしていて、何処にいるのだろうかと。そんなことをふと考えることもこれまでに多々あった。
たった今も同様、最愛の妹の後ろ姿を眺めてグランは考える。振り返って微笑んでくれさえすれば、力も何万倍に膨れ上がるだろうにと。
だが決してあり得ない。
ならもう、グランに勝ち目もあり得ないのか。
否。
グランは「最後に会いたかったな」などと幻想を抱いて終わろうとしたのではない。「これから会うため」に、再起するためにメイアの姿が想起されたのだ。
だから、必然。
( 死ねない、よなぁ。たりめぇ、だよなぁ )
消えた意識は再び覚醒し、身体を包む灼熱のような痛覚も復活する。負けないという強い精神が故の地獄。それでいて痛みに号する暇なども存在しない。
それは光線の挟み撃ちが終わり、横に走る光柱が消失した後であろうと同じ。
光エネルギーは熱に変換され、グランの皮膚表面からは煙のようなものが立ち込める。地を這うように蠢く姿は常人がしてもよいそれでは決してなかった。
それは自然治癒力を高める魔法『スラヴ』でもどうにかなるレベルでなく、ただ執念だけが心を動かしていると言ってよい。
( なにか、なんでもいい。俺の身体が少しでもいいから戦える状態まで回復できるような何かが……欲しい!! )
ルーシャの上位回復魔法があれば或いは可能かも知れないが、ここまでの轟音を立てて戦闘をしてもなお現れないところを考えると期待は薄い。
( そう言えば、最初にフィーストの野郎何か言ってやがったよな。駆けつけてこれないよう対策してあるとか何とかってよ。じゃあグラナード・スマクラフティー。俺はどう挽回するべきだ?)
そう考えた時、またしてもそんなグランの心境を読んだかのようにフィースト・カタフが悪辣に顔を歪め笑った。
「おい、そこで這いつくばってる無様な丸焼き男。ここで君に残念なお知らせをしてやろうじゃないか。それも、君の大事な妹についてさ」
ピクッと、グランの身体が突如投げかけられた話題に反応を示す。
「何で君のお仲間が助けに来てくれないのか分からないよな? だから教えてやるよ。いいか、耳の穴よーくかっぼじって聞きやがれよ? 今、向こうでアプスの女を足止めしているのはな、お前の妹であるメイアって奴なんだよなぁーーー!」
「……………………………なん、だって」
ルーシャを足止めしている者の名を聞いてグランは理解してしまった。その者が今どんな状態、つまり敵味方どちらの側なのか。
「君の妹は自力でこの世界までやって来た。それはもう必死こいて兄を奪還しようと動き回ったんだろうね。けど、この僕が! あのメイアをひと突き、貫いてやったのさぁ!」
結果として今は生存していると言っていいのかも分からないが、確かなことはひとつ。
「お前は、メイアを殺した、のか」
「ははは! そうだよ。彼女はもう僕らの手駒ってわけ」
「そうか」
その声は酷く掠れていた。地に這いつくばってるせいで声も出ないし響きはしない。
なのに発せられる声にはドス黒い覇気らしき威厳、およそ今まで非力だったはずの人間が出せる限界を越えているような空気の震えがあった。
「いいか、フィースト・カタフ」
どんな常人であれ、この異常なまでの雰囲気に気付かぬ者はいない。
そして、これほどまでに戦慄の走る状況を彼が生み出したことが人生で二度目であることは誰も知るまい。
すなわち、
「________俺は、怒ると怖いぜ」
彼の、グラナード・スマクラフティーの秘められた力が全て解放された。妹を殺したという事実が引き金となって目覚めた。
枯渇を知らぬ怒のオーラが激しく空気をかき乱す!
一方、完全に変貌を遂げた森の中で、その瞬間を間近で目撃したフィーストは初めて動揺を隠しきれずにいた。
もう立つことも厳しいと思われたはずの男からこれでもかと溢れる恐ろしい力。また、その影響で魔法『スラヴ』の自然治癒力アップにも拍車がかかり、立ち上がれるほどにまで回復を果たしてみせた。
「は、はは。グラナード、君はこんなにもイカれた力を潜在させてやがったのか」
僅かに怯んだ悪戯な青年を猛獣の眼光が射抜く。暴虐の限りを尽くして貪り喰らわれる未来さえ見えた気がした。
「フザケンナ」
「いや、待て」
肉食獣の狩りの時間がやってくる。
「オレハ イカリニ フウヲシテ イキテキタ」
「まだ、やれるか……?? 」
怒りの化身を目覚めさせたのはフィーストだ。その責任は自身で以って償わなくてはいけないのかと本気で悟る。
「ダカラコソ オレハ ソノツヨサデ タタカウ」
「僕は何をビビってる! 格下だった筈の奴に何を!」
その時、ピタッと。
限らないオーラの放出が限りなく抑えられた。
地獄絵図を思わせるドス黒い覇気はグランの体表にだけ窺える。突然の猛獣モードもあっけなく時間切れなのかと、フィーストの脳内を安堵の感情が過ぎる。
( なら、いける。結局はもう戦えないんだ。いける!)
「_______俺は怒ると怖いぜ」
「 _______ 」
そんな安堵はすぐに吹き飛んだ。
唾が喉を通り、緊張が更に引き締まる。なぜなら気付いてしまったから。目の前のグラナード・スマクラフティーという男の目には理性の光が再び灯っていたから。
「俺は感情を制御する暮らしを送ってきた。今、俺はこうして怒りを制御し、荒れ狂うこの力さえも静かな怒として自らの手中に収めることに成功した」
「……だ、だが、馬鹿だな君は。君から出ているそのオーラも既に少しだけじゃないか。さっきまでの悍ましさを考えれば大したことない。僕にもまだ、この槍の真価が残されているからね」
「俺が馬鹿ならお前は大馬鹿か? 力の流出は最小限にしたほうがいいに決まってんだろ。まだまだ溜まってる莫大なエネルギーは俺の中で今も暴れたいと叫んでいるんだぜ!」
言った瞬間、体表を覆っていた禍々しくも感じられるオーラはグランの両足に全て集結した。
そして軽く一歩足を後ろに下げると、ヨーイドンのヨーイの姿勢になり、銃弾でも撃ち込んだかのような爆音を立ててグランは飛び出した。
否、それはもはや人間銃弾と言ってもいい速度と威力だった。足に溜めたオーラで飛び出しの初速を何十倍にも跳ね上げただけあって、半ば槍に頼りがちなフィーストでは対応しきれない。
それだけには止まらない。
刹那という時間の最中にも関わらず、グランは「飛び出す→オーラを拳に移す→殴る」の流れをしてのけていた。
今までなら絶対に出来なかっただろうが、しかし確実に、静かな怒が解放され戦闘センスが抜群に磨かれ始めている。
そんなこんなで、
「俺はもう餓鬼じゃない。騒ぎ立てず、静かに憤慨する」
「がふ、ああああああああああああああああああ!!!!」
グランは一発、その拳を敵の腹へぶち込んだ!!
お読みいただきありがとうございます!
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