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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章03 相対的醜悪につき


 グランは、光のない暗澹の中にいた。

 きっと外ではメイアが絶望に陥っているのだろう、なんて簡単に予想がつく。彼女は普段明るく振る舞っているが、勿論か弱い部分だってある。

 大丈夫かな、なんていう風にグランは自分のことより妹のこと優先で考える節がある。今もそうだ。


「……でも、本当はそうもやってらんねぇよな」


 周囲を覆っていた暗黒の世界が霧散し始める。ようやっと世界から光が取り戻され状況の判断ができるようになる訳だが、それでもなぜか、


「外からほとんど光が漏れてこない……??」


 目下の闇が全て晴れた時、異常性は世界全体に広がった。

 既に場所は先ほどまでの家の中などではなく、兎にも角にも異常な空間だ。夜を思わせる紺と黒を混ぜ合わせた空の中に、月などの明かりはどこにもない。

 それにも関わらず一寸先は闇という程でもなく、どこに光があるのか普通に周囲を見渡すことができる。


「てか、そんなこと考えてられる状況じゃねぇっての!」


 言葉通り、周囲の景色に気を取られている場合ではなかった。というのも、現在グランは空中に浮いているのだ。

 遥か下方を見るとそこには小さな木の集合体が見える。つまり、森さえもがふさふさの絨毯にしか見えないほどの高度から落下していると。


「おいおいおいおいおい! これは普通に死ねるって!」


 重力と空気抵抗で板挟みにされつつも超スピードで落下は進んでいく。いくら高い地点から落下しているとは言っても千メートルは流石にないだろう。そんなことを考察している暇なんてこれっぽっちも無いのだが。


「クソったれえええええ!『オリヘプタ』ァッ!」


 突然どこかに飛ばされて死因が落下死ですとなってはあまりに無惨すぎる。というか、こんな場所では人に見つけてもらう事すら叶わず、潰れた肉塊に成り果てるのみであろう。

 そうなってたまるかと腕を下向きに構え、その手の周囲に7つの蒼い光球が出現させる。


「どらああああっ!」


 決死の叫びと共に生み出された魔法を一点に凝縮し、それをバーナーのように放射。その放出力が上向きの推進力となることで落下の勢いは落ちていき、あと高度100メートル辺りのところでなんとか速度をゼロまで持ち込むことに成功。

 そこで一旦加速をストップし、ホバリングの容量でそこにとどまる。


 しかし、だからといってグランが宙に浮いていることに変わりはなく。


「くっそ、自然法則に抗えるだけの力はこの魔法だけだ。どうするべきなんだ?」


 このまま迷って時間を浪費していても、結局はスタミナが尽きて落下死する。なら、助かる方法はひとつだけ。


「落ちても死なねぇ速度を保ちながら降下する。それしか考えられねぇ……!! 」


 そう判断し、魔法の威力を調整しようとしたその時。

 バサッ___バサッ___と、空気をはたき落とすような大きな音が接近し、グランの行動は中断された。


「おい、今度は何だってんだよ……」



 音のする方向にいたのは、龍だった。



 天使のような翼をしているが、それ以外の特徴は完全に龍のそれと一致する。剛角と長い胴体、全身が黒で染め上げられたそれは一直線にこちらへと飛んできているらしい。


「それはいくらなんでも、ベリーハード過ぎるんじゃねぇのかよ……!! 」


 空中でほぼ身動きは取れない。それに今両手は魔法を使用していて使えず、襲われても抵抗すらできないだろう。

 凄まじい速度で近づいてくる。羽ばたく音はとても大きくなっていき、姿も遠くに見えた時より遥かに大きい。

 それだけ近づいたが故に、龍とグランの目が合ったことに気付く。視線が互いに交差して、睨み合いは始まり、



_______そして、グランは警戒を解いた。



==============



 グランは高度約200mを保ちながら移動していた。

 と言っても、決してグラン自身の力で飛行している訳ではない。彼は今、巨大な黒龍の背に乗っていた。

 警戒を解いた後も彼は龍に襲われることなく、まるで落下から助けるように背に乗せられていたのだ。


「無事なようで何よりだ」


 と、その声はグランのものではない。

 しかし、彼の周りに人間はいない。


「お前、喋れんのかよ」


 そう、この状況で考えられる声の主はひとつ。


「我が名はラグラスロ。この世界に彷徨い込みし者を護る者なり」


 黒龍ラグラスロ。

 彼が、今ここで唯一の味方だった。

 見た目は完全に敵、魔物に匹敵するのに対し、実際は危険な存在ではないらしい。護る者と自らを語ることは、つまり敵がいるというということの裏返しである。この異質な場所に来たばかりで混乱しかないグランにとってこの龍の存在は大変嬉しいものだ。


「俺はグラナード・スマクラフティーだ。助けてくれて感謝するよ」


「それが我の使命のようなものだ。気にする必要はない」


 感情のこもっていないような低い声で言い、


「して、(なんじ)に尋ねたいことがあるのだが」


「なんだ?」


「……なぜ汝は先程、我に対する警戒を解いたのだ? 龍を見て一度は警戒したはず。にも関わらず、汝はあっさりと抵抗の意思を解いた。我にはその理由が分からぬ」


「なるほど」


 そう思うのも無理はないか、と一言付け足して、


「俺は、俺に対する敵意や害意、殺意なんていう悪感情を肌で感じ取ることができるんだよ。感覚としては、細い針がツンツン突いてくる感じだな」


 それは山賊を退治する際にも感じていた。

 グランだけでなくメイアも、族の機嫌が悪くなるにつれ悪意が濃くなるのを察知していたのである。


「だが、今回、ラグラスロから俺を襲おうという意思を感じ取れなかった。だから一瞬、じゃあ何故俺の方に向かってくるのかわからなかったよ。もしかして助けてくれるのかも知れない、なんてことまでは頭が回らなかったね」


「ふむ。我がこれまで見た中でもトップ10に躍り出る才能があるやも知れぬな」


 グランは首を傾げて、


「トップ10に入るだって?さっきお前、我はこの世界に彷徨い込みし者を護る者だとか言ってたけどよ、まさか、他にも俺みたいな目に遭った奴がいるってのか?」


「是だ。しかし、今はもういないがな」


「えーと?」と、ますますグランは混乱する。


「彼らは皆、既に生き絶えているということだ。ここに来た者は皆この世界で死に、それから時間がたつと、再び新たな人間がここへ投函される。汝も、『失踪』という現象を聞いたことがあるのではないか?」


「失踪……何の脈絡も無しに突然人が消えるっていう未解決事件のことか。もしかして、」


「そう、その失踪者は皆、この世界に転移していた」



 『失踪』と呼ばれるその現象は、そう頻繁には起こらない現象だとされている。今までに報告されてきたデータによれば、平均して約70年に一度失踪者が現れているとかなんとからしい。


 そしてもう一つ、この現象には特徴があった。

 突然消えたっきり、その人は帰ってこないということだ。

 その理由が今ラグラスロの言っていたように、転移先で死を迎えていたからだとしたなら、グランは。


「そう心配せずともよい。今我らが向かっているのは、魔物が少ない地域に構えている拠点だからな」


「やっぱここって、本当にさっきまで俺がいた世界とは違う世界なんだな」


「見ての通り、としか言いようがないな。と、ようやく見えてきたぞ。向こうに見える遺跡が、我らが住う安全地帯こと拠点だ」


 森の奥に平原が広がっており、更にその奥に森が広がっているといった地形が見えてきた。

 拠点は、その森と森の間の平原にポツンと建っていた。


「あれが拠点……いろいろ気になることとか不安はあるが、とりあえずは安全な場所に行ってからか」


「うむ。それが良いな」



 遠くの質素な円形の建物を見ながらグランは振り返る。


(俺は突然この異世界へ誘われて、なぜか空高くから自由落下を始めたと。そこでこのラグラスロっていう黒龍に助けられた……いや、待てよ?)


「なあ、完全に脈絡を無視した話なんだが、気になったから聞いていいか?」


「なんだ」


「俺は飛んでくる龍に敵意がないことを感じ取れたからよかったんだが、今までの奴らって初めてお前を見た時どんな反応してたんだ?」


 グラン達が拠点に着くまでの数分の間、ラグラスロは彼のの質問に答えてくれた。


 黒龍曰く、空中にもかかわらず襲いかかってくる人や、拠点に着いてからも怪しんで襲ってくる人がいたらしい。

 攻撃してくる人の中にはグランより強い失踪者もいたらしいが、ラグラスロは悉く打ち負かして強引に説得したとかも言っていた。


 ならば、もし、グランが敵意を感じとれる人間でなかったとしたら……


(この黒龍、絶対に敵に回すべきじゃねえわ)


 至極当然な結論を導き出したところで、グランは考えることを放棄する。

 それからすぐに、彼らはさびれた遺跡に到着した。

 これもいって特筆すべき特徴もなく、朽ちた建物をそのまま拠点にしました〜という感じで設備は悪そうだ。


「ここには幾つか部屋がある故、好きな部屋を使うといい。一部、老朽化で崩れているところもあるが生活するのに害はないだろう」


「そうか、わかった」


 龍の背中から降り、改めて黒龍の全身を観察してみる。

 堕天使の羽のような黒い特徴的な翼に大きめな鱗。そして首には1つ小さな逆鱗がある。他にも2本のくねった剛角と2本の小さな尖角など、特徴を挙げれば沢山出てくる。


(ん?こいつ、額にプレート見たいのを付けてるのか?)


 グランの目についたのは、龍の額にあるプレートのようなもの。自由落下中はよく見えなかったが、よく見るとそこには紋章が描かれている。

 円の上下左右に小さな凸があり、中心には小さく六芒星が刻まれているが。


(なんか、アル・ツァーイの紋章に似てる気がする……)


「その額の紋章はなんなんだ? なんというか、俺の故郷のマークに似てるようにも感じるんだが」


「これか。これはだな、アル・ツァーイという村の前身となる国の紋章だ。我は当時、その国の王と契約を交わし城の守護者としての職を承っていた。これはその名残よな」


「アル・ツァーイ……俺らの村は昔は城だったのか?」


 ピクッと、グランの言葉に僅かに反応して、


「なんと。汝はアル・ツァーイ出身であったか。何という偶然か。であれば、教えておこう。世界で初めて失踪者となった人物を知っているか?」


 グランは予想もできず即座に首を横に振る。


「それは、我が守護をしていた当時の王だ」


「なっ?! 」


「王の名をデアヒメル・ターヴァ。我は即刻、消えた彼を追いかけ身の安全を護ろうとした。そしてここに行きつき、王の去った今も猶、こうしてここにやってくる者を護ることにしたのだ」


 なぜこんな龍が人を危険から遠ざけようとするのか疑問に思っていたが、割と納得はいった。

 アル・ツァーイの前身となった国家。そこと契りを結んだことで、結果としていまグランは安全に拠点まで来れたのだ。


「すべてを理解した訳じゃねぇが、なるほど、話は大体は理解したよ。お前、俺らの先祖と関わりがあったんだな」


「そういうことになるな。我とて予想だにせんかったが」



 衝撃の事実の末、グランは目の前の異質な存在に親近感を覚えた。遥か昔まで村のルーツを辿っていけばラグラスロとの関係者にまで行き着くのだ。

 これほどまでに偶然なことが起こるだろうか?


 しかし、親近感を覚えた安心したが故に、目の前の、己の周りを冷静に見渡すことができてしまう。

 何をどう見ても普通じゃないこの世界を見て、純粋に不安が湧き出てしまうのだ。



「なあ、ラグラスロ。俺は……ずっとここで暮らすことになるのか?」


 グランの瞳には、未来に対する不安が入り混じっていた。


「俺には妹がいる。帰らなければいけないんだ。どんな手段でもいいから、帰らなければいけない」


 やりたいことがいっぱいある。やらなければいけないことも沢山ある。人には分からない、自分達だけの使命が。


「だから、方法があるなら教えてくれないか?」


 そんな心からの懇願に、感情の読み取れない声は答えた。


「我は今までに多くの者を見てきたが、皆、強者だった」


「……え?」


「故に、誰もが帰ることを望んだ。そう、今の汝のように懇願してきたのだ。だから、その為の方法を毎度毎度教え、彼らが帰還を果たせるように努めてきた。汝に、その意味がわかるか?」


 その意味。

 ラグラスロは毎度の如く方法を教えてきた。

 だが、しかしそれでも、失踪者が帰還を果たすことは一度たりともなかったと、そう言いたいのだろう。

 龍は、グランが失踪者の中でトップ10に入る力の持ち主だと称賛しているようだったが、それは逆に、グランがナンバーワンでないということでもある。


「最強の失踪者が為し得なかったことを、俺にできる訳がないと言いたいのか?」


「そうだ。我とて、わざわざ死を選ぶような行為をさせたくはない。だからこそ_____」


「死を選ぶだって?違うぜそれは」


 黒龍の言葉をぶったぎり、間違いを即刻指摘する。


「俺はここで死ぬつもりなんて無いんだよ。逆だ。俺は、生き延びるために抗う、生きて帰るんだ。過去の奴らが全員失敗しただと?だからなんだってんだ。過去の人間より俺が劣っていたからと言って俺が失敗するなんて断定は出来ねぇんだよ」


 物体Aと物体Bがあって、物体Aが先に秒速10mで動き始めたとする。そのときまだBは動いていないのだから、AとBの間は離れていく。

 しかし、物体Bがその後秒速15mで動き始めたとしたら?

 答えはそう、「追いつける」だ。


 グランが言いたいこともそれと同じ。

 彼より優れた先人達がいる。なら、その優れた彼らを追い抜けばいいだけだ、と。

 もし追い抜けなかったとしても、だ。その時はその時で別解と言うものを用意してやればいい。

 普通に戦っても勝てない敵がいたなら、正攻法は捨てて、別の戦い方を模索してもいい。帰るという目的を達成する点だけを考えれば、そこまでの道は幾らでもある。


「人には人で個体差がある。それは残念だが事実だ。でも、だからこそ、それ故に!可能性は測れないだろ!」


 高らかに、「不可能」という可能性を否定する。自分でも理想論であることなどわかっているが、やらなきゃ分からない、という考えだけは譲れない。

 だから、グランは叫ぶ。


「だから帰る方法があるならそれを教えろ!ラグラスロ!」


 数瞬の静寂の末、それに応えるよう黒龍は言った。


「もとの世界へ戻るためには、『歪み』を通る必要がある」


「『歪み』………っていうと、この世界と俺たちの世界を繋ぐ扉みたいなもの、って解釈でいいのか?」


「その解釈で問題はない。だが、今わかっているのはそれだけで、場所は定かになってすらいない。いや、その『歪み』には常に監視人がいるなどという情報があったか」


「監視してる奴がいる? っていうと、そうか……」


 グランはその顔をやや(こわ)ばらせながら、


「俺をこの世界に呼び込んだ奴に、失踪者が帰るための『歪み』を見張る奴。敵は何らかの組織、つまり複数いるって考えるべきって訳だ」


「それが妥当だろう。おそらく、汝の目標を達成するには名も姿もわからぬ集団と戦うことにはなるだろうな。何をやるにしろ、厳しい道のりになるぞ」


「ああ、そうだな。何もわからないってことは、ゼロから進めていかなきゃいけない訳だ」


 がむしゃらにでもやってみなければ進まない。その道の険しさは想像もできない。


「だが、何度でも言ってやるぜ。俺はやるってな」


 グランはふっ、と笑みを溢して、


「この世界は遥かに醜い。比べるまでもなく、俺らがいた世界よりも酷い世界さ。こんなところにいたら心を闇に毒されちまうし、何より、まだあの世界でやり残したことが沢山あるんだよ」


 笑みを残したまま空を見上げる。夜を思わせる暗い空だがしかし、星も月もそこにはない。

 完全に闇に包まれた世界だ。なぜ今周囲の状況を視認できるのか、どこから光がやって来ているのか、全てが謎だ。

 こんな暗黒世界にずっといては精神がやられるのも時間の問題だろう。


「この世界には魔物の(たぐい)の生物がいるらしいが、そいつらは別として、生物にはそれぞれに適した環境ってのがあるんだぜ」





 お読みいただきありがとうございます!


 今作第一章は分かりやすく言うなら「光の世界」と「闇の世界」の両サイドから物語が展開されていきます。

 そこで、闇の世界がどれほどの闇なのか、という問いが浮上しますがそこは普通に夜を想像していただいて問題ありません。

 つまり、2つの世界を簡単にまとめると、


光・・・RPGゲームでよく見るような太陽も月もある世界

闇・・・月も星も無いのに何故か周囲を見渡せる暗い世界


 こんな感じですかね。

 とまあ、そんな感じで次回もよろしくお願いします!

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