第一章37 灯の光に照らされて
「あなた達、前に私たちがとっちめた山賊さんね? 何、改心させたはずなんだけど、まだ悪さしてたって訳?」
それは故郷アル・ツァーイを目前とした林道で放たれた一言であった。そこで少女、メイア・スマクラフティーが出会ったのは、かつて兄グランと共に倒し改心させるまで脅し続けたはずの山賊が4人。
彼らが再び、ひとりで歩くいたいけな少女の目の前へと姿を現したのである!!
「って、違う違う! ちゃんと改心してるぜぇ俺らはよ。でもそうか、ダルジェンさんから遠くへ行ってるとは聞いていたが、オメェ帰ってきたんか!」
「……………………………………………え?」
よってたかって身ぐるみ剥いでくるとばかり考えていたため、全く予想だにしなかった言葉が山賊の口から飛び出てきたことに理解が追いつかなかった。
ダルジェンとは村の警備班班長であり、スマクラフティー兄妹とはずっと仲良くしてきた豪放磊落な男である。が、なぜ彼らの口からダルジェンの名が出てくるのか、それが分からない。
「俺らよぉ、オメェら兄妹にあっけなく屠られたろ? もちろんあの時改心したさ。そんで今は、アル・ツァーイ村の警備班班長のダルジェンさんの下でここ一帯の警備やってんでい」
「そうです。僕たち山賊団、あれから何度も頼み込んで立派に職を与えていただいたんですよ。もう汚れちゃってますが一応服も一新してるんですよ。ほら、ここに村の紋章があるでしょ」
過去に厳しく取り締まってやったことがあるためかメイアを恐れているらしい。山賊疑惑をどうにかして晴そうと必死な様子がひしひし伝わってくる。
まさか村の警備を任される立場になるとはあの時思ってもいなかったが、どうやら現実で真実らしい。
「はぁ……信じるしかなさそう。じゃ、私を無事に村まで案内してくれるのよね?」
「いや、オメェさんは既に強いから別に………いいや、なんでもねぇです」
ふーん?と言って懐疑的に見つめてやるとすぐに元・山賊の方々は態度を修正。思ったより怖がられている。
「よーしお前ら! この嬢ちゃん送ってくぞ!」
『おっしゃぁ!!』
もう視界には村の大きな門が見えているが、歩くとなると十分ほどかかりそうな距離。突然な再開となったが、その恩恵もあってか退屈だった帰郷の旅も賑やかに。
やや疲労したメイアの顔には微笑みが蘇っていた。
「そーいえば、前に見た時より人数少なくない? てか明らかに人いないよね。前は確か……10人いたはずなんだけど」
「そりゃあオメェ、ひとつの場所に何人もいたって意味ないだろうよ」
「僕たちは村の周囲を警戒する必要がありますから、3グループに分けて警備班と協力しながら散ってるんですよ」
「あ〜そりゃそっか。長旅でくたくたでもう、あんまり頭回ってないんだよ」
そんなこんなで取るに足らない雑談で間を繋ぎながら真っ直ぐ林道を歩いていれば、村まで飽きることなくスムーズに到着することができた。
久々の村の門とその奥で顔を覗かせる建物や村人達を見ると、やっと帰って来たんだという実感が湧いてくる。
( でも、本来なら隣にお兄ちゃんがいるべきだったんだ。だからまだ、その実感を飽和させちゃいけない、よね!! )
しかし疲労は疲労で溜まっている。
ナハト達との鍛錬の日々を無駄にしない為にも、やはり休息は必須である。
と、門を潜ったその時、横から豪快な声が飛んでくる。
「おぉ、元・山賊の野郎共! まだ仕事の時間は終わってねぇのになぁに帰って来てんだい! なんかあったんか!」
その声の正体は警備班班長、ダルジェン・サーケだった。
未だ豪放磊落で豪胆無比な振る舞いは健在らしく、やはり誰もが認める村の代表者一角としてふさわしい力量がある。
「なんな無ければ帰って来てませんって! ほら、ここにいる少女、誰だと思いますか」
元・山賊のひとりがその少女を引き立たせるように手のひらを靡かせる。大仰な紹介をされた彼女はそれに気を良くしたか、腰に手を当てて胸を張り仁王立ちする。
「お、お、おおお」
ダルジェンは大きく一歩、後退した。赤い甲冑で威風堂々とした彼をも後退させ、そして目を見開かせるほどの存在。目の前に立つその少女の名を、彼は全力で叫んだ。
「帰って来たのか、メ、メイアがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その巨大な号声は村広範囲まで行き渡り、視界に入る限りの村人達が皆、ダルジェンの姿を凝視した。そして次に、こだまして響き渡る彼の言葉の内容を深く確認し。
「え、えええ、なんかデジャヴ!! ユニベルグズを出る前にも見たような光景だぁ……!! 」
一瞬にしてメイア・スマクラフティー帰還の知らせは拡大し、村の大門は大勢の人で囲まれることになる。
彼らに囲まれたら最後、もう当分解放してくれるはずもない。そのことを刹那で察知したメイアは力尽くで抜け出すことに体力を使うことになった。
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「で、メイア! ここにグラン無しで帰ってきたってことは、何かまだやるべきことがあるんだろ?!」
「うん!ちょっと体力も尽きそうだけど、とりあえず村長さんのところには行っておかないと!」
くたくたな状態のまま、メイアとダルジェンは全速力で村長の家へと駆け出していた。
人間ウェーブに呑まれた彼らだが、ダルジェンはその堅固な身体と鎧を利用して人を掻き分け脱出していた。ちなみに元・山賊の方々は巻き込まれる以前に邪魔だとばかりに弾き出されて暗い顔をしていたようだ。
メイアも魔法を利用して村人達の頭上を飛び越えることで波の外へ脱出することごできたは良いものの、しかしそのパフォーマンスを見て感激した村人総員はさらにメイアを追いかけ回す形に。
かくして、やむを得ず元・山賊を放置する形で逃げ出すことになったのである。
そして村のギルド「ヒメル・ビール」を目印とした分かれ道に差し掛かった時、ダルジェンは気付く。
「てか、おい! 皆の目的はメイアと話をすること。なら、お前さんが先に支援魔法使ってハバキリさんとこ行っちまえばええじゃんか!」
「おお!確かにそうだった! 後は真っ直ぐ進むだけだし、ダルジェンさん、お先に!」
「おうよ!」
お疲れとは言っても、毎日ナハトの特別トレーニングで走ってきていたのだ。こんなところで一般の村人に追いつかれるようなことがあれば説教ものだろう。
「それに今は、魔法を使えるしね。『アボイダブル』!」
身体が軽くなる。
たった一歩進むだけなのに一歩の幅が広くなるお陰で数歩前は進むだけでもかなりのアドバンテージになる。
「うおぉ……は、はやいなぁ!」
背後から聞こえるダルジェンの声も次第に小さく。
ここまで来ると風も心地よく感じる。昔グランとかけっこで遊んだ記憶が蘇り、この状況が楽しくも思えてきた。
( ああ、今度またやってみたいなぁ。次は魔法使ってよしの追いかけっことかどうだろ )
後ろを振り向くと、もう走る村人の姿はなかった。唖然として立ち尽くしもう追うのは諦めているはずだ。
でも、走る自分の脚は止めない。
突き当たりにある村長ハバキリ宅まで一直線。道中、驚くべき速さで駆け抜けるメイアに、すれ違った子供達や露店のお姉さんなどは固まって凝視してしまっている。
そして、魔法でバフをかけてからは束の間。楽しさでつい勢いを殺し損ねてしまい、村長宅の玄関ドアに突っ込む形で到着するのであった。
家でゆっくりしている高齢の村長からすれば、外から急に何かが突っ込む音がして驚いたことだろう。慌てたように玄関が開かれ、衝突したままへばりついていたメイアは「うへぁ!」と後ろに倒れこむ。
「あ、あらまあ、メイアだったのね。大丈、夫には見えないのだけどねぇ……とりあえず、立てるかい?」
「あ、お気遣いありがとうハバキリさん。私いますっごく疲れてるから、中入ってまずは休憩させてもらっていいかな?」
その後、ギルドに隣接する資料室の司書エスティアがダルジェンと共に駆けつけ、息を切らしたまま道で仰向けになっていたメイアを運び込んだ。
正直なところを言えば普通に動けたのだが、道端で寝っ転がるというのが思いの外気持ちよく無心になってしまっていたのである。黒衣の刺客を追い払った後も同じことをしていた記憶もまだ新しい。
「_____という訳で、私は戻って来たんだけど」
しっかり温かい飲み物を貰って休憩を挟んでから、メイアは話し始める。休憩の間に村の代表者4人が全員集結し、テーブルを挟んでメイア含めた計5人が椅子に座っている状況だ。
「あの、『という訳で』と言われましても、開口一番がそれではどういう訳なのか一縷たりとも分からないのですが」
「そうよメイア。空欄に適切な文字を書きなさいとでも言いたげな文章だけど、さすがにそんなこと言われたら悪問だわね」
軽いメイアのおふざけに、政務などを担当しているグリム・ベムと司書のエスティア・シンシア両名が反応する。
「ごめんごめん、ちゃんと話すね。まず、ひとりで帰ってきた理由についてだけど、実はお兄ちゃんのいる所に行くためにはあるモノが必要でね。それがこの村にあるからなの」
そこからメイアは大都市ユニベルグズで知り得た情報を具に共有した。
必要なのはグランの魔法『オリロート』であること。絶対に消えないという特徴を持つその炎属性魔法こそが、神代の伝記にも記される原初の炎であったこと。
静かに話を聞いていた4人は立ち上がったりひっくり返ったりと四者四様の驚きようだった。
だからこそ、だろうか。それぞれの驚き方を見て吹き出すように笑い出し、それに釣られるようにメイアの顔も崩れる。神妙だった部屋の空気がさっぱり入れ替わり、皆々、肩の力が抜けたようだ。
「まあ、なんだ。グランは生まれた時から凄い奴だってことはこの村じゃ周知の事実だけどよ、まさかここまでとは思ってなかったな!」
「そうじゃのぉ。そしてグランはわしらに意図せず『解法』への鍵を残していってくれた。偶然か必然か。いつになっても驚かしてくれる」
「なるほど、失踪事件という未解決問題に対する『解法』ですか。案外ピースは近くに転がっていたりするものですが、私は気付けなかった…… 」
「いやいやグリム、何を悔やんでるのよ。ピースが見つかったんだから喜びなさいよね」
エスティアの言う通りメイアは吉報を持ち帰ってきた。必要なものがわかった以上、今すぐにでも『オリロート』を手に取って出発といきたい気持ちはある。
加えて、大都市で出会った人々やそこでやってきたあれこれについて話したいことも沢山積もっている。
「でも、とりあえず今日は寝て明日には発つよ」
「…………うむ、そうじゃな。全てが片付いてからでも遅くはないだろうて」
村長ハバキリは顔に深い皺を刻む。やはり老軀ともなると悩めるとき、怒れるとき、喜ぶとき、多くの場面で同じような皺が浮かびあがる。
一見するとどれも同じ表情にも見えるが、唯一、声だけは感情が表に出るものだ。
「ほっほ。なんだかんだでまたメイアの顔が見れて嬉しいのう。無事と知れただけでも僥倖よ」
「ありがと、ハバキリさん。そうだ、村を出る前にハバキリがくれた御守り、ちゃんと今でも身に付けてるよ」
言って、懐から小さな板の御守りを見せる。特筆すべき特徴は全くなく、本当にただのお手製というものだ。
大都市でハンニバル・Kと特訓する時にも身につけていたが、それを乗り越えてなお新品同然の状態を保っている。もしかしたら御守りパワーで彼の攻撃を全て回避していたのかも知れない。一方でメイアを守ってはくれないんかいと思いたくもなるが。
「大切にしてくれとるのか、有難い。まだピカピカなら新調する必要は無さそうよ。これからも大事に持ってておくれ」
「もっちろん!」
「ふふ。元気そうではあるが、もう疲労困憊でしょう。わしらの事はいい、今日はもう休むとええ」
ふたりの会話を静聴していたダルジェン、グリム、エスティアの三人も村長の言葉に頷いて賛同する。元気に振る舞おうと努力していることがバレバレだったらしい。
「てか、さっきまで家の前でぐったり寝っ転がってたんだし、メイアのコンディションなんてみんなお見通しなのよね」
「逆にあの状態のどこからエネルギーを引っ張り出して来てるのか、常人には理解及ばぬというか…… 」
「はっはっは! 確かに、スマクラフティー家は人間離れしすぎなところあるよなぁ!」
グランの先天的魔法は周知の事実として、今は亡き両親も中々優れた魔法熟達度を誇っていたのでダルジェンの指摘は間違っていない。中でも、母親のゼーレが使用する耐性魔法の効力が他とは段違いだと言って村でスマクラフティー家は希代の天才一家なのではと噂になったこともあった。
「私もお母さんみたいに凄い人になって活躍すれば村起こしになりますね!」
「おぉ! そうすりゃ俺らの仕事もちったぁ楽になるわ! 楽しみにしてるで!」
「何よ、ダルジェンったら真面目に働く気がないの? とは言いつつ、確かに村の管理を担うのが私たち4人しか居ないってのも考えものよね……メイア、私も楽しみにしてるわ!」
「はーい。じゃじゃ、そういうことで。また明日!」
長閑な雰囲気、安寧の村、どれも辺境にひっそり建てられた村だからこその良さである。
メイアが訪れた大都市も活気があって技術も進歩した凄いところであるが、何しろ広すぎて全てを網羅できないのが少し難点だった。しかし時間的余裕を持って訪れたなら、そんな難点も解消されるはずだ。
と、そんなことはさておき、メイアはこの世で一番居心地の良い場所、実家に帰ってきていた。
「ただいま〜。久しぶりの我が家、やっぱ居心地良いね」
家族四人で暮らしていたあの時代、兄弟二人で過ごしてきたあの日々と比べると圧倒的に広く感じる我が家。こまめにエスティアが掃除などをしに来てくれていたらしく、埃っぽさは微塵も感じない。
部屋の灯りにはグランの『オリロート』を利用したランタンが村共通のものとして使われており、明かりが必要ないときは布を被せることで光を遮断している。
いま家の灯りには全てに布が被せてあるが、今も火が消えていないことは確認済みだ。魔法の存続には基本術者の生存が必須条件となるため、グランは生存していると考えていいだろう。
「よし、明日からまた忙しくなるだろうし、まだ明るいけど寝ちゃおうかな」
モコモコした部屋着に着替えてすぐベッドにダイブ。
布団に身を包むと帰省中の馬車で溜まった疲労が、猛ダッシュで負荷をかけた筋肉が、今まで黙って隠れていたそれらがどっと現れては睡魔へと変貌を遂げていく。メイアはそのまま眠気に身を委ね、あっという間に意識は暗闇へ落ちていった。
_________夢を、見ていた。
お兄ちゃんだけでなく、そこにはお父さんやお母さんも含めた家族みんなが家の庭に集まっていて。そして、お兄ちゃんと修行するのを両親ふたりで笑顔で見守ってくれている。
お父さんの回復魔法があるから私とお兄ちゃんは怪我とか気にせず暴れられるんだ。
一番驚いたのは、私が今まで見たこともない魔法をお兄ちゃんが使い始めたこと。魔法球は練習用のものに過ぎないとか言ってたはずなのに、魔法球から魔力を溢れさせる凄そうなことをやり始めたんだもん。他にも他にも、お兄ちゃんの動きには更に磨きがかかってて、ハンニバルさんの下で得た「対応力」と良い勝負ができる程まで洗練されてたりしてた。
いつの間にそんなに強くなったんだろう。
でも、私も大都市で修行して凄い強くなったんだよって。
そう、伝えてやりたかった。
でも。
伝えようとしても声が出なかった。
出し方を忘れた。
お母さん達を見て助けを乞おうとしたけど、お母さんは知らない魔法を突然空に放ち始めた。
耐性魔法しか使えないんじゃなかったの?
そして突然村を巨大な黒雲が覆って、視界が暗転。
何もなくなった。
孤独だった。
それで。
_________もう、そこには自分すらも無かった。
意識が覚醒し、メイアはベッドから飛び起きる。汗だくになって息を切らす自分の姿を鏡越しに見て、いまのは悪夢だったのだと刹那の内に悟る。
窓の外を見るとまだ暗いが、地平線がやや明るくなりかけている。長い間寝たことで疲れは取れているらしい。
「何だったんだろ、あの夢。何かの暗示?」
そう言ったが、すぐに首を横に振って湧き上がってくる疑問を振り払う。ただの夢なのだから深く考える必要は無いと。
まだ目覚めたばかりだが、飛び起きたことで拍動が加速しているためもう意識はパッチリしている。灯火が作動していることを確認すると、家でやることもないので身支度を済ませて家を出る。
多少時間が経過し太陽がその姿を見せ始める。
夢で見たような黒雲は無く、改めて現実は無事であると安堵し息が溢れる。
と、そんなメイアに近づく足音がひとつ。
「あら、メイア。早いわね、よく眠れた?」
「あ、エスティアさんおはようございます! もう疲れも吹き飛びましたよ」
「それはよかった。メイアは多分次行くべき場所を調べずに戻って来ただろうな〜と思ったから言うけど、次メイアはアンスターっていう街に行くことになるわ。その街のことは知ってるかしら?」
「名前だけは知ってますけど、それ以外はさっぱり。あ、もしかして裏世界へ繋がる扉があるっていう街が?? 」
「当ったり〜」
つまり、アンスターとは次にメイアが目指すべき地。しかし聞くところによれば、裏世界へと繋がる扉は固く閉ざされ、もうずっと長いことそれが開かれたことがないという。
街が扉を管理しているなら偉い人に頼み込んで開けさせるしかないだろうが、しかしまだ16歳のメイアが頼んだところで上手くいくとは思えない。
「ま、いろいろ気になることはあるかも知れないけど後でまた言うから大丈夫よ。それで、メイアはいつ頃出発したいの?」
「あ、はい。一応朝9時ごろを予定してます」
「おっけ〜。んじゃ、また後で会いましょ」
エスティアは手を胸の横で小さく振ると立ち去っていく。後でまた集まると言っていたから、メイアの出発に合わせていろいろ情報を提供してくれるのだろう。毎度のごとく、彼ら村の代表者は凄いハードワーキングだなと思う。だからこそ有難い。
メイアは遠ざかっていくエスティアを見ながら、ボソッと呟いた。
「それにしても、エスティアさんってよく食べる人なのにスタイルいいよなぁ」
両親を亡くす前から仲良くしてもらってる代表者達だから、彼らがどんな人なのかは大抵理解している。しかしそれでも不思議な点は沢山存在しており、今メイアが呟いたこともそのひとつだ。
エスティア・シンシアは村のギルドに隣接した資料室の司書だ。だから普段そこで資料や本を読んだらしているため知識は他の人達より多く蓄えている。
しかし、それはつまり、運動していないのに彼女はスタイルをキープし続けているという事。更に言えば、彼女はいつもご飯を多めに食べているらしい。であれば謎は更に深まる。
「代謝の問題? でもそうか、確かエスティアさんって普通に運動神経良かったりするんだよね。う〜ん、やっぱ分かんない!」
結局、謎が解決することは無かったのであった。
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そして約3時間後、遂に出発の時はやってくる。
現在村の門前にメイアと代表者4人が立っており、メイアの背後にはユニベルグズとの行き帰りで乗った物よりも高級そうな黒い馬車がポツンとひとつ。
「って、何この馬車?! 村にこんなのがあったの?! 」
「ええ、そうよ。グリムが仕事で村の外に行く時とかに使われてるのよ」
「でも、どうしていきなり…………もしかして、グリムさんが同行してくれたりするんですか?」
「お、流石。その通りですメイア女史。不肖この私が、南方都市アンスターまで同行し、お偉いさん方と対談して裏世界への門を開いていただけるよう交渉します」
言って、正装をしたグリム・ベムが一歩前へ出る。彼は村の運営管理や外交などを担当しており、彼が対話に参加してくれるならそれは心強い味方となるだろう。
「ま、分からんときはグリムに任せときゃ大体どうにかなっちまうからな! これで安心ってもんよ」
「随分と雑な評価ですが、ええまあ、落胆はさせません」
「わかった。じゃあアンスターまで宜しくお願いします、グリムさん!」
そして、メイアは馬車の中に乗り込む。予想はしていたが、やはり手綱を握るのはグリムらしい。彼はなんでも無難にこなせてしまうようで何かと恐ろしく、もしかしたら戦闘もできてしまったりするのではと考えてしまう。
( いやいや、流石にそこまでオールマイティじゃないよね )
馬車が出発する前にメイアは窓から顔を覗かせる。
「じゃあまたね、みんな。きっとすぐ戻ってくる!」
「達者でのぅ。ちゃんと、グランの『オリロート』ランタンは持っておるよな?」
「うん、この通り」
荷物の中からランタンを取り出して村長達に見せてやる。光は今も健在で、静かに馬車内を照らしている。
これが現状で唯一の、兄グラナードとの繋がりを感じ取れるものだ。ランタンから溢れる光は未来を明るく照らし、ガラスを伝う熱は生命の存続を実感させる。
「ハバキリさん。しばらくの間村を留守にしますが、宜しくお願いします」
「心配はいらんよ。無事に帰ってきてくれればそれでええ」
「それでは、出発します」
グリムが合図を送ると手綱に繋がれた馬二頭が嘶きながら動き出す。流石はグリムが手懐けているだけあって馬車の揺れは最小限に抑えられていて乗り心地が良い。
これ以上の質を求めるなら、三代派閥の家系の人らが便利な「馬車移動の揺れを無くす魔法」なんかを開発してくれるのを待つしかない。日常生活に役立つ魔法開発を主とするラミティ家あたりが最有力か。
後方からは遠ざかる馬車に向かって叫ぶエスティア達の声が聞こえる。
そんなことしては村人達が何事だと叫び出しそう……の前に、そもそも帰宅後の翌日にまた出発ともなればまた四方八方を囲まれると予想していたものだが、何かそうならかった理由があるのだろうか?
「ま、いっか」
そうやってあれこれなんてことない事を考えている内にも着々と馬車は速度を上げていく。それでいてメイアに最大限配慮した安全運転をこなしてみせるところがグリムのプロなところだ。
颯爽と駆けていくのを見た感じ、なんだか今回は退屈する前に到着しちゃったりして〜なんて思いたくもなる。
しかし、幾ら他より速く動けて、目指す南方の都市アンスターはユニベルグズと比べて近い場所にあると言えども馬車は馬車。時は悠々と過ぎていき例のごとくメイアは退屈していた。
「ったぁ〜。グリムさん、暇だよぉ〜」
「そう言われましても……あと数時間はかかりますからね。大都市で魔法について学んできたのでしたら、その知識で何か役立ちそうなことでも考えていたらどうです?」
「はぁーい」
そして更に数時間が経過する。
最初はメイアも大都市で叩き込んできた魔法基礎理論などを復習などして、体内の魔素、もとい魔力の洗練を試みようとしていたがいつのまにか寝落ち。そしてちょうど今目覚めたところである。
「ふわぁ……。あれ、寝てた」
「起きましたかメイア女史、外を見てみて下さい。色々な石柱やら瓦礫のようなものが見えますでしょう」
「う、うん。それが?」
「目的地アンスターは古風都市とも呼ばれていて、その理由は元々のこの街の建設理由が遺跡探索などに由来するものだからです。つまり、古代から残された石像建築やその跡が多くみられると言うことはアンスターが近いことに他ならない」
「お、おぉ!! もうそんなところまで!」
旅行などの長距離移動時に一番便利なのが、寝ている内に到着してました〜というパターンのやつだ。
目を覚まして風景が一変していると興奮することも多い。
メイアもそれと同じで、窓の外を覗き込みながら所々に見える石柱などに感動していると、突然ガタンッ!と馬車が停止した。
「な、何?! グリム、どうかしたの?」
「……なるほど、村の資料などに載っていたので注意していましたが、やはり出てきましたか。硬い石のような外殻を持ち、その凶暴性でアンスターや近くを通る方々を困らせていると言う迷惑な怪鳥」
メイアは窓を開けて馬車前にいるその怪鳥とやらを見る。四つ足で、見た目は図鑑などでよく見るグリフォンに近いか。ただし、グリムの言った通り頭から首に掛けて、そして翼や前脚が石のようにも見える。
突然現れたそれの正体を、グリムは普段と違う乱暴な口調で叫んだ。
「メイア女史、お気をつけを………傍迷惑な愚鳥、フェストグリフォンが出やがりました!」