第一章36 宣戦布告と宣戦布告返し
早朝の騒動から時は流れて、しかしグランは未だ悶々と恥ずかしさを抑えきれずにいた。
あの後彼女は、早朝から爆音を撒き散らしていた経緯を細かく説明してくれた。
これまで使わずに避けてきた奇鬼忌琴について夜中デアヒメル王に相談していたこと。その結果楽器を弾くことを決意し、美しい音を奏でる練習をしていたこと。
なんでも、奇鬼忌琴は不思議なことに美しい音であればあるほど強い性能を示し、音に込められた想いの違いで効果も変わってくるのだと言う。
『この弓が奉納してあった場所を入念に調べました!』
と元気に言っていたが、グランはその奉納場所とやらを知らない。ルーシャが入念に調べたと言うのだから場所をわざわざ聞いて行く必要も無かったから、というのが理由だ。
その後もしばらく、ルーシャが音楽(?)を弾き渡らせる様子を見ていたが、さすがの使い始めたばかりではぎこちなく、まだまだ練習が必要だなというのが実の感想だった。
ただ、それでも奇鬼忌琴の響かせる音色はそれ単体で既に美しい。
どうやら全ての音が攻撃に変換される訳ではないらしく、時々木々の破裂音が途切れることがある。もし今後、それを真に楽器として扱える日が来たならば、身に染み渡る極上の音色だけを楽しむこともできよう。
余談だが、グランは一度、音符の攻撃を避けたり弾いたりする特訓を取り入れようと試しに実践していた。しかし、案の定シャレにならない破壊力でぶっ飛ばされたので当然のごとくルーシャによって禁止が言い渡された。
頭から巨木に激突してへし折ったあの痛みと恐怖をもう忘れることはできまい。回復魔法が無かったらどうなっていたことやら。
さて、先日グランとルーシャで「拠点を出て北上しよう!」という旨の作戦が立てられたが、午後になってからまた、ふたりは遠征と題して拠点の外で歩いていた。
何回も北へ遠征するとラグラスロに怪しまれる可能性があると注意を払って遠回りで北上したのだが、まずこの遠征にはふたつの目的がある。
「まずひとつ、あの拠点で作戦会議をするとラグラスロに聞かれる可能性がある。それを阻止するためだ」
「次にふたつ目、実際に旅へ出るときどんな道を進むかの下調べをするためだ」
学力という点では学校教育の発展していないアル・ツァーイ在住のグランの方が劣るが、グランとルーシャはどちらも閃きの観点で見れば同等だ。
ふたりで会話をしているとすぐに相手の意見を理解することができ作戦会議もすらすら進むことが多い。
このときも、グランが提示したふたつの目的とルーシャの意見は合致。基本的にはグランが話を進めていれば勝手に方針は決まってしまう。
「そんで、敵は今んとこ少なくとも2人以上いることは確実に分かってる。もし3人以上、他にもわんさかいるってなら俺たちたったの2人じゃ厳しい」
「でも、他に仲間が増えると思いますか?」
ルーシャの言葉は疑問系の形をしてはいるが、別にグランに仲間の増加の可能性について問いていない。そう、これは反語と同じ。疑問の形をとりつつ否定しているのだ。
だからそんな彼女の意図を汲んで、グランは答える。
「ま、ご察しの通り思わねぇ! 唯一の救いがデアヒメル王だが、あの人はもう動けないし」
「なら、王様を運ぶ手段を見つければ…… 」
「玉座に車輪でも付けて運ぶってか? そりゃ滑稽で面白いけどな。残念ながら俺らにその技術も無ければ、かと言って運ぶための別の手段、魔法も無い」
「私たちには、出来ることが少ないですね」
技術者であればできたかも知れない。
大魔法使いであればできたかも知れない。
「それがなんだ。俺らはまだ子供だ。何か得意なことも限られてるし仕方ねぇじゃんか」
今までならこの状況を悲観していただろうが、しかし今では「それが何だ」と言えてしまう。
いや、それだけでは諦めと変わらない。
進歩しなければ、状況を前に持っていく思考でなければ。
「でも私はもう二十歳手前ですから、ほぼ大人みたいなものですけどね。知識も英才教育で培われてますし!」
「そこで自己主張ぶっ込んで来られるとは思わなんだ……じゃあその英才教育をここで活かせる何かがあるのか?」
「それは、ですね…… 」
「無いじゃねぇか! 俺より歳上アピールするだけして終わりって、やっぱりまだ子供だよ!」
「ふふん、だから良いんじゃないですか。これは試練なんですよ。私たち子供が、一体どうすれば世界に立ち向かうべきなのかって言う」
その言葉と共に爽やかな風が吹いた気がした。
やはりミステルーシャ・アプスは大人なんじゃないかと、声には出さないが確かに、心でそう思った。
( いや、あくまでも俺より一年長く生きてるから相対的に大人というだけで、彼女は紛うことなく大人ではないけど!)
「ん、てか今自分で自分が子供だって認めてたな!」
「ふふ、最近のグランさんはツッコミで忙しい場面によく出くわしてますね。お疲れ様です」
「大体がルーシャさんのお戯れのお陰なんですけど、ね!」
ミステルーシャ・アプスが大人だなんて、そう思ったのはやはり気のせいだったか。大人なのはその身体付きだけであって、中身はグランと同等か、それ以下まである。
こほんと、軽く咳払いをして逸れた話題を修正する。
「そんで、新たな仲間の獲得は絶望的という話だったが」
「あ、グランさん。もうそろそろ前回来た断崖ですよ。落ちないで下さいね〜」
「……修正も意味なしか。そうだな、話はそこで休憩しながらでもいいか」
「はーい、難しい話ばかりでも疲れますからね」
ルーシャはるんるんと鼻歌混じりでグランの前を先導する感じで軽快に進み出し、振り返ると後ろ歩きでグランと顔を合わせながら歩き出す。
この世界に来てだいぶ慣れたか、最初のやや控えめな性格はもう見えない。
逆に、今のような緊張の走る空気を和ませてくれる。陰鬱にさせじと狙っての行動なのかも知れないが、そこに嘘はない。彼女は落ち込むときは落ち込むし盛り上がるときは盛り上がる。
思ったままの自分を貫いているから、信用できる。
「なんだかアプスを離れてこの世界に来てからが意外にも楽しいんです」
「ん? 楽しいって?」
「あ、そりゃあこんな暗い世界にずっといたくはないですよ? そうじゃなくて、ほら、私って三大派閥のアプス家の人間ですから。先程も言ったように私は英才教育やらでやや過保護に育てられました。だから余計に、自由に色んなことができるって新鮮で」
「はは、そっか。そりゃ、こんな状況で何の刺激も受けないハズもないな」
世俗からの解放。異世界に飛ばされるイレギュラーではあれど、大自然を満喫していると考えればさほど変わりはない、のかも知れない。
「いやいや、全然変わるわ。命懸けのサバイバルだわ」
「何かいいました?」
「いや、なんも。それよりルーシャ、そんな後ろ歩きしてて大丈夫かよ? 魔物が息潜めてるかもだぞ」
「グランさんが私の背後は警戒してくれてるでしょう?」
「そりゃそうなんだが、あんま離れ……… 」
「??」
突然、グランの鼓動が早まった。
この感覚は敵意とか悪意とか、そんな類のものがグランに向けられた時のそれと似ている。だが、似ているだけ。
自分らに害を加えるつもりはないが、しかし強い何かが突然突き刺さった感覚だった。強い執着さえ含まれた、嗜虐的な……これは多分、
「ルゥゥゥゥシャアアアアアアアアッッ!!!」
「えっ…… あ、はい!」
数メートル先を歩くルーシャは、すぐにグランの叫び声の意図に気付いて前へ振り返った。即ち、敵襲。
しかも普通に呼びかけるだけでない、とことん必死に叫んだのであるから状況は深刻であると見た。素晴らしい反射神経だと、平常時なら褒めて称えたところだろうが、そうもいかない。
「え?」
そう呆けたような声を出したのは、ルーシャだった。
てっきり恐ろしい魔物の群れだとか、以前出会ったことのある謎の巨獣のような個体が現れたとか思っていたのが裏切られた。とでも言いたいような声色。
それも無理はない。そうなって当然の状況だった。
「俺が感じたのは、敵意でもなんでもない。ただの視線だった。今まで視線を実際に感じたことはない。けど、今日この時初めて、俺はそれを体感した。つまり」
ごくりと、グランの喉が鳴る。
「あれには、それだけのヤバさがある」
「グラン、さんは、一度出会ったことがあるんですか? もしそうなら、もしかして」
ぞわりと急に汗が滴ってきた。
ルーシャは以前から、グランが出会ったと言う恐ろしい敵の話を聞かされていた。遭遇したら今のままでは勝てないから戦うな。そう厳命されていた。
もしその、ルーシャの脳内によぎった予想が正しいなら。
流星のごとく光を発し、隕石のごとく上空から降りて来たそいつの正体は。
「あっちゃ〜僕ってそんな怖がられてたんだ」
この状況でさえ愉快に会話ができるこの世界の生物、いや人物を、グランは全盛期のデアヒメル王を除いて、一人しかしらない。
目を見開き歪んだ形相で、彼の名を言う。
「ここで来たか、フィースト・カタフッ!!」
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全くもって予想外だ。
いや、彼に予想など無用か。青みがかった銀髪で、上方の先端が大仰にねじれ交差している特異な槍を持ったその青年は、どこまでも自由だ。それ故に、どこからでも予想外の一手を打ってくる。
初めて出会ったあの頃からずっと、彼と戦っても勝てるように力を付けていった。
( いや、それでもまだ不十分。まだ勝てる段階じゃ、ねぇ )
「そんなことは分かってるよグラナード。今日は戦いにきたわけじゃ無いから、どうか落ち着いて」
心の内を見透かされ、ましてや宥められることに軽く歯軋りする。
しかしここで感情的になってはいけない。
あくまでも慎重に、冷静に、観察して、それで、
「あなたがフィースト・カタフ。さすがカタフ家の血統を引くだけあって恐ろしい実力を持っていますね。で、危なっかしい槍を携えた貴方はここへ何をしに? 」
「ーーー」
ルーシャが先に口を開き質問した。
それが、グランに呼吸をさせ、余裕を持たせた。自分は動揺していたのだとやっと気付いた。でもその中で、初めてフィーストに出会ったルーシャだけは冷静になれていた。
「はいはいはい、君が新しい失踪者だね。名前は?」
「ミステルーシャ・アプスですが」
「お、ほぉ〜。君はアプスの血を受け継いでいるんだね! いいじゃん、こりゃ面白い。いい人選だ!」
大げさな態度でグラン達の警戒を緩めようとしているのか、彼の目論見は見ただけでは分からない。
ただ少なくとも、フィーストはしくじれば牙を剥いてくるだろう可能性を絶対に排除してはいけない。慢心してる奴を絶望に追い込むだとか強い奴と戦うだとか、そういうことを好む人間だ。
実際、前回相対したときにも襲わない襲わない詐欺に引っかかった記憶がある。今回も戦わない戦わない詐欺のパターンってことも多いに考えられる。
「ルーシャ、気をつけろよ」
「言われずとも、もちろんです」
奇鬼忌琴を握る手にも力がこもる。空気がヒリヒリして警戒を解くことを絶対に許さない。
それでもなお、目前のフィーストは変わらず気楽だ。
「だから戦うつもりは無いんだって。今回は本音! 嘘無し!信じてよグラナード〜」
「ごめんよ、信じてやれる材料が見つからないもんで」
「それにしても、君が生きていることは知っていたけどさ。最後の僕の攻撃、あれなんで無事なの? 絶対あの時の君に僕の不意打ちが躱せる技量も速さも無かった筈なんだけど」
「不意打ち」と聞いて思い出されるのは、次会う時まで死ぬなよ的なセリフを残して去っていった後に突如頭上から高速の光線が降って来たアレか。
確かあの攻撃はたまたま魔法球第二式『デアヒメル』のお陰で吸収してやったのだったが。
「機密情報だ。教えてやるかよバーカ」
気持ちよく親指を下に突き落とすようにして、睨みを効かせた煽り顔で一言ぶち込んでやる。
「うんうん知ってたよ〜僕も実戦になってから答え合わせもしたいし。君がネタバレしてくれなくて助かったね」
「チッ、煽り甲斐がねぇな」
「うっわ! なんかグランさん突然嫌な奴になってますよ?! 」
決してフィーストから目を逸らさず警戒網を張り巡らせていたルーシャですらツッコミを禁じ得なかった。
グランの方を見たい気持ちもあるが、しかしそれだけは許されない。目を逸らしたらその瞬間に接近されてもおかしくない雰囲気がよそ見を封じている。
「いやいや、そんなことより。私はさっき、ここに何をしに来たのかと質問したはずが、聞いてましたか? まだその答えを貰ってません。もし本当に戦いに来たのでないと言うなら、はやく要件をどうぞ」
「お〜、いい切り替えの早さだね。そこの男よりもずっと出来るように思えてくるよ。どうだい、僕たちの参謀にでもなっ」
「また、話を逸らすんですか?」
「……おっとっと」
堂々とフィーストの言葉を遮ったのは、紛れもなくルーシャだった。人の言葉を遮ってみせるという果断に、グランの心が震えた。カッコいいなと尊敬することによる震えと、それを受けてフィーストがどう動くかと考える不安による震え。
だが、ただひとつ言えることがあるとするなら_______
「アプス家の君、やっぱグラナードなんかよりやれるタイプの人間だ。よくできてるよ」
「……まだ、質問のお答えをいただ」
「だから、まあいいや。君に免じて、そろそろ真面目にいこうじゃんか? グラナードと、ミステルーシャ」
_______ルーシャの言葉ひとつで、明らかにフィーストの気分は一転していたということだ。
そして今回は、彼女の勇気が功を奏したか。
フィーストらしく人の話を遮るという仕返しでもってようやく、対等な話し合いが始まる。
「紆余曲折したが、まずはここに来た目的だったね?」
「紆余曲折はあんたのせいだがな」
「ごめんごめん。で、簡潔に言うと僕は宣戦布告しに来たんだよ。グラナード、近いうちに優劣を決する時が来る。その時に備えるよう忠告しに来たとも言えるかな」
「優劣を決する時が来る?」
フィーストの言いようはまるで、彼らが戦い合う場所、あるいは状況が近々用意される手筈になっているとでも言うかのようだ。
彼が敵サイドの親玉( ラグラスロ説が濃厚 )に頼み込んで大会のようなものでも開かせるのか、それとも別のイベント_____例えばグランとルーシャの始末を命じられた_____として戦闘が余儀なくされているのか、推測の域はでない。
「残念だけど、細かいことは明かせないよ。ただ僕達が戦うことになるのは絶対だ」
「それは、私も加勢してよいものなんでしょうか?」
「もちろんいいとも。ただ、そこのグラナードがタイマンでやりたいと我が儘言い出すかも分からないから、必ずしも加勢できるとは思わない方がいい」
言うと、ふたりの視線がグランに向けられる。これは、グランが一人で戦うことを望むか否かを問われている視線だ。
しかし正直なところ、即決できない。
因縁の……と言えば大げさだが、それなりの対抗心を互いに持ち合わせている。タイマン勝負でやってみたいと言う気持ちは当然グランの心には存在している。
だが、確実に勝つ為ならルーシャの助けは必須だ。戦力は多い方がいい。
どっち付かずが一番困る、というのが待つ側の人間の気持ちだろうが、それでも決められないものは決められない。
「俺は、時の流れに任せる」
「………………えっと、グランさん、それってどういう?」
「結果的にはタイマンじゃなくたって良いってことだ」
「なんか気になる単語があったね。『結果的には』って」
案の定指摘され、一瞬どう説明すべきかと迷ったが、
「ルーシャには培われてきた観察眼と勇気がある。丁度、さっきフィーストに話を逸らすなと言ってやったようにな」
「もしかして、」
「いざ俺がタイマンでやると仮定したときに、ルーシャ。その観察眼で戦局がどちらに傾くかを予想してくれ。そして英断を下せ。卑怯、と言われたらその通りだが、それもパーティの特権である能力の補完のひとつだと俺は思う」
「適材適所」を利用した戦術で見事勝利をもぎ取ったあの日の記憶が強く連想される。
パーティとは一般にふたり以上のメンバーで構成される戦闘グループのことだ。その利点といえば数の差だが、メンバーごとの役割りにも優劣が関わってくる。
簡単な例で言えば、全員が物理アタッカーだったとすると回復役ほどの回復は見込めないし、魔法有効の敵と遭遇すれば長期戦になることも珍しくない。
つまり能力の補完とは、バランスの良い役振りをすることで様々な状況に対応できるようにすること。
「なまじ俺の判断力は情に支配されやすくもある。人間なんだから、それも当然だよな? だからルーシャも同じはずだ」
「ええ、私だってそのときの感情によっては判断を誤ることはあります。それでもグランさんは、私に任せるんですか?」
「そうだ」
と、そこまで話を聞いていたフィーストはまたもグランのことを見透かしたような口ぶりで喋り出す。
「今の反応、判断力を鈍らせてる証だね? タイマンとか関係なしに、強がっている。そんな風に見えるのだけど」
「チッ、猪口才なフィースト・カタフ」
「なんかまた嫌な奴になってますよグランさん?! 」
どこまでも正しい情報を見事に曝け出してしまうからいやらしい。ルーシャとはまた違った観察眼を持っているらしいが、三代派閥の人間は皆、人を見る観点がどこか飛び抜けているのだろうかとさえ疑いたくなる。
「タイマンでやれるならやってみたい。でも、ひとりでも出来るなんてのはあいつの言う通り強がりだ。『結果的には』なんて言葉で繕ったが、実際にはルーシャの助けが必須だ」
「え!」
「ふっふ、よく言えました〜」
「おいフィーストおちょくるな! 俺はお怒りだからな!」
「そうは見えないな。ただ叫んでさもお怒りかの如く見せてるだけじゃん」
グランが言ったことは、何も今の実力から判断した結果ではない。実践が今日でない以上、その日までに凄まじい実力をつけて挑むことだって可能かもしれない。
しかし、そんなことまで加味した上で、それでもなおルーシャを必要とした。
「こいつは姑息だからな、仮に俺がフィーストを圧倒する力でねじ伏せようとしても隠し玉をホイホイ出して意表を突いてくるだろうさ」
「よくお分かりで?」
「だがな、二人いればできる」
「それを聞かされたら、二人分の対策をするまでだよ」
「へっ、出来るもんならやってみやがれ畜生!」
つい流れに乗せられて、いや半ば自らすすんで高らかに挑発してしまうグラン。しかし言ってしまったのなら貫き通さねばなるまいと、胸を張って気丈に振る舞うことにした。
「あっちゃー」と言ってルーシャが軽いため息をついたのが心に染みて痛いが、もう仕方がない。
「ふふ、はははははは! とんだ馬鹿コンビだね君たち」
「え、私もですか?!」
私は馬鹿と言われるようなことをしてないはずだぞと目で訴える。馬鹿者はグランだけだと言われているようなもので、やはり心が痛い。
「嫌ならグラナードを恨みな。でも僕はそんな馬鹿みたいな奴らと戦うのが楽しみで武者震いしてるよ。さっさと僕らの仲間にしてやりたい。そうすればもっと楽しいことが起きるから」
「それはこっちのセリフだ、フィースト・カタフ」
「んーっと、それはどれについて言ってるんだね。武者震いについてか? それとも仲間にしたいってこと? まさか楽しいことが起きるってことについてかい」
「急くな、そのうち分かる」
「その場で分からなきゃ『それはこっちのセリフだ』なんて言う意味ないだろグラナード! やはりお前らは馬鹿コンビだ!」
「ちょっとグランさん私まで巻き込まれてるんですが!」
今度はグランに非難の視線が向けられた。
いつのまにルーシャはフィーストの側に寝返ったのだろうかとつい考えてしまうくらいの手のひら返しだ。
ただ、今はとりあえずルーシャが味方だと信じてこの対フィーストの一幕を無事に終わらせることに集中する。
「お前いま、俺らがお前らの仲間になればもっと面白いことが起きるとかなんとか言ってやがったよな?」
「言ったけど、それが何さ? 詳細を聞いたって僕は言ってやらないよ」
「別に詳細なんてどうでもいい。俺は最初からダークサイドに堕ちるつもりはねぇから、そのお仲間っつう奴らにお前から言っといてくれ。このグラナードら一同はこの世界を晴れにしてやるぜってな」
親指で自分を指しながら、多少中二病を思わせる発言で伝言を頼む。その勇気たるやグランには素晴らしいところがあるか。いや、時間が経つと急に恥ずかしくなる謎現象が待ち受けているに違いない。
それを聞いたフィーストはといえば、何言ってるんだコイツとでも言いたそうに歪ませた顔でまじまじとグランを見つめていた。が、次第に何かツボを突かれたのか、今度は笑い出す。
「ふははは! 別にいいけど、『一同』ってそれ、たった二人しかいないのに使う言葉じゃないでしょ」
「言葉の使い方なんてのは今気にしないでいい。だからそっくりそのまま伝えてもらえれば十分だ」
「わかったわかった。そうムキになるなって」
「なってねぇよ!」
常に談笑でもしてるかのように振る舞うフィーストの雰囲気に呑まれ、敵と会話してるとは到底思えない感じになっているが、ここで再確認しておこう。
実は、フィースト・カタフは敵なのである!
「……あれ。待てよ、お前がここにきた目的が宣戦布告だったな。なら、今の俺からの伝言って宣戦布告返しってことなんじゃ?! 」
「よくわかりませんが、こんな崖手前で何叫んでるんですか。さっきから無駄にこだまして滑稽な感じになってますよ。緊張感のカケラも無いですね」
「全部あいつが悪い」
「グランさんが流れに乗せられなきゃよかったんです!」
「君ら仲良いね。結局アプス家の君の声もこだましちゃってるし」
くどい様だが、さらにもう一度確認しておこう。
実は、フィースト・カタフは敵なのである!
途中までは緊張感のあるやり取りがあったはずだが、何かのネジが外れたかのように一気に仲良しこよしのトーク場と化してしまっただけなのである!
「と、こんなことしてる暇は無いんだよ。業務サボってお話と洒落込んでたなんて報告したらラグ……あのお方に怒られちゃう怒られちゃう。じゃ、しっかり宣戦布告したし、ついでにされたから、今日のところはこれで!」
「今までの雑魚グラナードだと思ってるなよ。捻り潰して差し上げるからな待ってやがれ」
最後の最後だけはしっかりしなくてはと、凶悪な顔で威圧しておく。虚勢もいいところだ、とルーシャに背後から思われてそうでやや怖いが。
「おっと、言い忘れてた」
「なんだよ! 今の俺のセリフでお前去っていくところだったろ空気読めこの野郎〜!」
「この前グラナードに付けられた背中の傷、残してあるよ」
「ーーー」
その一言で、グランの調子がひっくり返った。すなわち、ピタッと静止して冷静。
軽かった空気が突然変異で固定されたかのごとく、誰もが動きを止めた。決して粘着質でも重くもないが、しかし、かと言って形容もし難い複雑な雰囲気。
ルーシャは彼らが過去に対峙したという話は知っていても細かいやり取りや戦闘状況などは知らない。だからフィーストが言っていることにどんな意味があるのかも知り得ない。
だが、しかし。
その当時の彼の戦力には圧倒的な差があり、グランの攻撃がちゃんとしたダメージになることはほぼあり得ない状況。そんな中でも彼はフィーストに傷を負わせることに成功したのだろうと、その程度の予測は立てられる。
そして、回復魔法でも使えば傷跡などそう残ることはないのに、わざわざ残してあると言うことは。
「お前は機転を効かせられる奴だ。そして僕はお前を舐めてかかった結果まんまとその機転に嵌まった。これは戒め。次に会ったとき、もう俺はお前を弱者として扱わない。絶対、倒すまでは弱者と罵らない」
フィーストがグランを指さす。
それを受けグランも同様に、倒すべき敵へ指を向ける。
そして、ふたりの声が重なる。
「「次、決着をつけよう」」
言うと、フィーストは振り返る。その先にあった崖まで歩き出し、しかし端まで行っても歩みを止めなかった。
そしてそのまま、垂直落下で姿を消した。
彼が登場した時、まるで彼は流星かのように青い光を放って空からやってきた。だから落下しても彼は死んで無い。
「あの人、空を飛べるんですね。多分、あの槍のおかげだと思います。カタフ家は武器や道具を利用した魔法を多く研究しているので、昔もそうだったなら、多分」
「ここからが勝負だ。今まで拠点っつう安全地帯に引きこもって過ごしてきたが、ここからは、険しくなるぞ」
「ええ、凱旋を果たすには十分すぎる道のりですね。そういえばささっきフィーストさん、ちょっと口滑って『ラグ……あのお方』なんて言ってましたよね」
「それな。絶対あれラグラスロって言おうとしたろ。あいつ黒で間違いないだろ」
喋りながらグランとルーシャも、崖の端っこギリギリのところまで歩を進める。下を覗くと、そこから続くのは長い長い岩の平野。地平線の方へと目をやると幾つか岩山も姿を見せており、
「お。ほら、あった。敵の根城っぽい何か」
岩山に隠れていて、見えているのが一部分なので実際の距離のところは分からないが、しかし遠くにあることは変わりない。できれば微かに見えるそれが大きな建物で、見た目よりも近場であることを願いたい。
「最終的にあんな遠くまで歩くことになるって考えるとちょっと億劫になってくるな」
「グランさん、私まだその根城っぽいの見つけてないんですけど。見つける前から億劫になるとか言われると探すのも嫌になってくるんですけど」
「それは…………すまん。一応言っとくと、俺の指の先にあるあの岩山とそっちの岩山の間だ。ほんとにちょっとだけ見える」
分かりやすいようルーシャの真横、街中で見たらカップルですかと思う程度の距離まで寄って教えてやる。今のグラン達は遠くの物を見るのに必死で気にしていないが、普通にしてたらこの距離は恥ずかしい。
「あ、見えました!あ〜………あれは億劫にもなりますね」
ルーシャが発見すると同時にグランは「よかった」と言って普通に距離をとる。やはり今の距離感に違和感を覚えてはいなかったらしい。
「んじゃ、目指すゴールを見てしまったところで休憩と作戦会議の続きを始めますかー」
「そうですね。急な乱入があったから余計に疲れました〜」
「颯爽と現れた時はどうなるかと思ったけどな! あの槍便利そうだったな、向こうまであれで連れてってくれないかな、そしたら億劫じゃなくなる」
「何おかしなこと言ってるんですか。だからフィーストさんにも馬鹿者って言われるんですよ。私も巻き込まれましたし!」
こうして長く貴重な一日と共に、短く貴重な作戦会議が進んでいく。時間は加速していくかのように動き、失踪者と世界の支配者達が交わるその時は確実に接近している。
そして、両者の策略が断行される日はあっという間にやってくる。
お読みいただきありがとうございます!
余談ですが、私もともと第一章は40話ほどに収まるつもりでいたのですけど、物語終盤終盤と言っておきながら50話程まで行きそうです。
という訳で、また次回もよろしくお願いします。
もしよろしければ評価の程も。