第一章35 初速度1.0 & 加速度1.0
ある日の闇の世界。空を見るだけでは分からないが、現在時刻は夜中の3時と言ったところらしい。この時間ともなると、グラナード・スマクラフティーとミステルーシャ・アプス両者は各々の部屋で床につき、しっかり休養をとる。
しかし、今日は違った。
グランはぐーすか爆睡しているが、ルーシャの方はと言うと自室を出て、眠い目を擦りながらまっすぐある目的地へと向かって歩んでいる。誰も目覚めさせないように忍び足で進んでいく。
そうやって数分歩く内に、目的の場所に至る。
「あのぅ、起きていらっしゃいますでしょうか?」
拠点の外へ出た訳でないが、まるで自然の草原の中にでもいるかのような心地良い風が吹きおろす。円形の遺跡であるこの拠点には中庭がある。
そして、中庭の中央には一人のご高齢の人間が。
「真夜中に失礼しますが、デアヒメル王に聞きたいことがありまして…… 」
彼は玉座に深々と腰を下ろし目を瞑っていた。最初から分かってはいたが、流石に寝ている。
しかし、諦めて部屋に戻ろうかとしたその瞬間。
「……っ?!」
心地よい風と静かな空気が一変した。
もう何度か体感した膨大な圧力と、グランのような特殊な感性がなくとも分かる " 見られている " という感覚。
「この時刻に独りでやってくるのを鑑みるに、秘密の相談と言うものだな?」
ばっちり、王の目が開かれていた。
「そうです、あんまりグランさんに迷惑もかけられず、今頼りになるのが王様しか。あ、すみませんこんな時間に!」
「ふむぅ、普段見慣れぬ物を持っておるのだな。もしや、それがかの奇鬼忌琴という楽器であるか」
「これを知っているのですね!」
そう、ルーシャは盾型の大きな弦楽器を抱えている。異世界に飛ばされてすぐ、試練の一環として入手すると同時に魔獣ファヴァール討伐に貢献した強武器、奇鬼忌琴。
しかし彼女は「禁忌とされて封印されていた道具ですよ? そう簡単に使っていいのでしょうか」と言ってそれを使わずに過ごしてきた。せっかくのアタッカーとしての活躍を封じていたのだ。
「それで早速聞きたいのですが、この武器は使っても良い物なのでしょうか?」
「使いたければ使えばよいのではないのか?」
「私はラグラスロさんから、これは禁忌とされた楽器だと聞いています。なので使ってはいけない訳があると思って今まで使ってきませんでした。でも、」
「その情報が本当に正しいのか分からない、とな?」
「…………………はい」
深く頷く可憐なその顔も翳り、もうどうしたら良いのかという必死な様子が見てとれる。
「遂に、あの黒龍をも疑うか」
「え、遂に……?」
「時間も惜しい、結論から言おう」
ごくり、と唾が喉を通り過ぎる。
王様は何かを知っていると確信した。そして今から、その重要な情報を提供してもらえると、緊張で身体が火照る。
「爾の知る奇鬼忌琴の特徴は偽りだ。まんまと真逆の情報を掴まされていた、という事になる」
「やっぱりそうだったんですね!」
「爾らは黒龍めに奇鬼忌琴の名の意味が『琴』を『忌』とするものだと伝えられたのだろう。だが、違う。これが『忌』とするのは『奇鬼』、すなわち魔物、広義で言えば敵だ」
武器である以上、敵を滅する以外の使い道は無い。そこに疑い様は何もなく、むしろ今までルーシャ達が余分に意味を見出そうと足掻いていただけにすぎなかった。
細かく考える必要はなかった。
それは、もとより使われる為に存在していた。
しかし、そこでルーシャはまた別の疑問を呈した。
「では何故、これは遺跡の奥深くに厳重に封印がされていたのでしょう。別に封印される理由なんて………………………いや、まさか」
「昔生きた人々は、その武器が悪用されるのを避けた。厳密には、世界を陥落させる手段として使われることを、な」
「じゃあ、私がこれを今持っていて、私がこの世界で死を迎えるようなことがあればつまり」
「敵は封印を解いたそなたに感謝し、遠慮なく利用する」
汗が頬を滴り、奇鬼忌琴を掴む拳も力む。
討ち滅ぼすべき敵に奪われ逆に使われるなんてことがあってはならないと、心の奥で新たな種火が生まれる。これを手放してはいけないと、心がざわつく。
「だがしかし、まだそれは完全ではないようだな」
「かん、ぜん?」
「その弦のことだが、見た様子だと随分と硬い素材だ」
そう言われルーシャは視線を落とし、ピンと張られた弦に音を鳴らさぬよう触れてみる。以前のファヴァール戦では夢中で気にしていなかったが、確かに手で弾くにしては硬い。
「ですが、奇鬼忌琴を演奏するための弓を準備したとしても、それにしたって硬いと思います。すぐに弓も劣化しそうですよ?」
「それもそうだろうな。だがおそらく、先人もそんなことは分かりきっていた筈。故に先人はそれ専用の弓さえも造り、安置しているのだろうよ」
「まさか、その専用の弓とやらがあることを知っているのですね?!」
「さよう」
希望が、見えてきた。
やはり初代失踪者とだけあって滅びる前の世界も多少知っているのであろう、彼は他とは違う自由がある。荒廃した拠点に篭っているだけの人間とは違う自由が。
「そ、それで、その弓の在り方と言うのは……?? 」
「残念だが、詳しい場所は聞いていない。吾にも分からん」
「………まあそうですよね」
だがしかし、とデアヒメルは続ける。
「その弓が安置される遺跡にはある特徴があると聞く。『獣と楽器を繋ぐ数本の線あり。その壁画の下、また仕掛けあり』とな」
「その絵って、確かこの奇鬼忌琴の封印されていた祠にも刻まれていた……」
「なるほど。なら一度実際に見た爾ならば、案外すんなりと見つけられるのかも知れぬな」
「いやいや! 遺跡なんてどこにあるのかも分かりませんし、もうずっと手付かずの広大な世界で探し回れと言われましても」
真に問題なのは今ルーシャも言ったように、世界は広いという事実である。もしかしたら大陸を越える必要すらあるかも知れない。過去千年の失踪被害者が儚く散っていったこの、何の情報も残されていないこの世界で、一体何ができる?
ルーシャは拠点の部屋に『帰りたい』『助けて欲しい』などの言葉が彫り記されているのを見てきた。歴代失踪者の痕跡だ。
でも、痕跡には情報など残されておらず、絶望した彼らの心の内のみが書き記されていた。ヒントなど、無い。
「吾は当時若かりし頃、この大陸をとことん探検したつもりでいる。当然広大な森や荒原の全てを回ったかと言われれば否だが、それでも各地を巡り、この世界の人々と交流を交わしてきた。『闇に負けるな』と、そう言って励ましてきた」
普段沈着なデアヒメル王を見ているせいか、自分について語ることがとても珍しく感じる。いや、そもそも、こんなに口数が多い彼は初めてだった。
「全盛期の吾の記憶は今も、よく覚えている。だから確かに言えることがある。今では遺跡なんて呼んではているが、これも昔は立派な建物のひとつだった」
ルーシャは魔獣と戦った遺跡群を想起する。
「ええ、分かります。これを手に入れたあの場所は素晴らしい、世界遺産とも言える場所でした」
「ああ。それに、吾はこの場所が好きであった。この中庭の心地良い風と、夜に現れる凛々と光を届けてくれる月が好きであった。だから今もこうして、月の再来を待っている」
その言葉には哀愁が感じられた。
それはまるで、悪感情からの解放を望んでいるかのよう。
「あのぅ、デアヒメル王様は何故、悪でありながら私たちを助けてくれるのでしょう?」
「ふふ、それはグラナードと言う男にも聞かれたことがあるな。あの時は、人間の思考する能力のおかげとでも答えたのだったか」
「???」
「それも間違いでは無いが、ただもう一つ付け加えるなら、それは " 飽くなき前へと進む心 " があったからだ」
その王の答えに、ルーシャは理解に近づくことは叶わなかった。だがこの時、多少なりとも彼に対する印象は変わったと思う。
厳格から、賢王へと。
「ちと話はズレてしまったが、かくして吾は此処にいる。して、ミステルーシャ・アプスよ。先程吾は、その楽器の弓の在り方を詳しく知らないと言ったな」
「はい。分かっているのは壁画があることだけだと」
「であれば、一つ訂正しておこう」
「えっ?」
デアヒメル・ターヴァは、賢王であった。
そして、それは今も変わらない。ずっと変わらない。
「弓の在り方は知らぬが、その壁画の場所なら知っておる。ここだ、爾らが拠点とするこの古びた遺跡だ。もし爾が現段階の自分を越え、強く先へ進まんと望むのであれば、行くがよい」
「…………………………………………はいっ!!」
深いお辞儀をして最後に一瞥すると、ルーシャは中庭を去っていく。重いであろうその盾型の楽器を携えた彼女の背中は、物語で語られる英傑のそれと同じような風格があった。
デアヒメル王は、ルーシャが視界から消えると微かに微笑んだ。ゆっくり首を上げ、空を仰ぐ。一面が暗闇で、なのに視界は良好でどこまで遠くも見渡せる世界。
今最も、青空をみたいと願うのはグランでもルーシャでも無い。デアヒメル・ターヴァ、その一人であるから。
彼は、呟く。
「久しいな、つい誰かを期待してしまうなんてのは。彼らが万全で無くともよい。ただ少しだけ、奴に至るまでの風穴を開けてくれればそれで」
期待しているぞ、と。
その後、ルーシャはすぐに仕掛けを発見した。
普段行かないところではあったが、拠点の廊下をぐるりと一周歩くだけで場所は分かった。
「なるほど。地下へ続く隠し階段、ですか」
今までも数人、この壁に描かれた絵を見た人間はいたのかも知れない。が、廊下の壁にちょこんと描かれただけのそれは、おそらく誰から見てもただの落書きにしか見えなかったはずだ。
デアヒメル王がいなければルーシャも一生気にすることなく生涯を過ごしていただろう。
こつこつ音を響かせながら階段を下っていく。
長い間入口が閉ざされていたが、それでもどこからか空気は出入りしているらしい。若干冷たいながらも、外と変わらない新鮮さがある。
「どうやらあの遺跡群みたいに厄介な仕掛けは無いようですけど……地下ってだけあって不気味」
広い一本道が続いている。高い天井を見ると、ところどころ穴が空いていて暗い空が微かに見える。あれが空気を入れ替えるための穴という訳なのだろう。
だが、その地下も元々の遺跡より大きく作られている訳では無く、少し歩くと道の終点は見えてくる。
「ここに、奇鬼忌琴を弾くための弓がある?」
目の前には、何かを祀っているような祭壇と碑が。すると、ルーシャが祭壇の前で立ち止まった瞬間、その左右にあった篝火が自然と発火した。
「ひゃっ! どうやってかは分かりませんけど、私がやってきた事で明るく照らしてくれる仕掛けが施されていると。有難いけどびっくりするなぁ」
小さな悲鳴を溢すとこれでもかと音が反響し、情けない自分の声が何度も耳に跳ね返ってくる。周囲に人がいなくてよかったとホッとひと息。
しかしお陰で、経年劣化により掠れてはいるが、碑に刻まれた途切れ途切れの碑文を読み易くもなった。
「えーっと、どれどれ」
身体を前のめりに傾かせて文字として認識できる部分をまずは黙読する。
曰く、「奇ーー琴ーー器なれば、ーーー美ーー音ーーでるべき由」。
また曰く、「奇鬼ーーは、楽ーではあらず。しかし、ーーでもあらず。ーかし、ーー他ーーーもーーず」と。
( 読めないところはありますが、推測はできるレベルではありますね。奇鬼忌琴が楽器……いや、武器なれば? えっと、、)
しかし、ゆっくり解き進めていく時間は存在しなかった。
それは突然やってくる。
『其方の名を答えよ』
「ひゃぁぁぁぁぁぁっ!! ひ、ひひひひ人の声?!?! 」
『其方の名を答えよ』
どこからか鮮明な声がルーシャの名を聞く。姿は見えない。
一瞬、敵の存在を疑ったが違う。おそらく弓を護るための仕掛けのひとつなのだろう。これは答えない限り無限に聞かれ続けると悟り、恐怖で鳥肌をたたせながら大きな声で返す。
「私は、ミステルーシャ・アプス、です!」
『ではミステルーシャ・アプスよ。ここには弓をとりに来たのだな?』
「はい、そうです! この楽器で演奏するために必要なのです!」
『それを使って、何を為す?』
やはり、封じられた道具を取りに来た目的、それこそが一番聞きたい内容ということだろう。
ここで下手に返してはどうなるか分からない。嘘をついても無駄だと言う雰囲気がひしひしと伝わってくる。だからルーシャは恐れず、直情真気に答える。
「答えはとても単純。私はこれで敵を、いまこの世界を包みこんでいる邪を討ち払おうと考えています」
『なにゆえ邪を払うが是と考える』
「全世界の征圧とはその中の全てを操れるということ。その場合既に、操縦士の善悪に関わらず、操縦士たった一人を除いた他の全ては破滅しているんです。命無い人形に等しいのですから。だから、そんな地獄を生み出す存在を払うことは正しいことです!」
ルーシャの論には穴があるし、結局のところ強引である。が、彼女はそんなこと百も承知だった。
今必要なのは正しいことを述べているか否かではない。
ただ、道具を扱うに足る人物であると証明すること。
『なるほど』
声は、何かを懐かしむような声色で語る。
『我々は奇鬼忌琴を作った。その目的は本来、其方の言う通り我らの敵となる者を討つためであった』
「本来? それってどういう」
『ファヴァールという獣がいた。彼奴は生態系を破壊する「撲滅者」のひとつとして数えられており、我らの街を度々襲っては困らせていた。だが、世界が闇に包まれた日。魔獣は何を血迷ったか我々を護る「守護者」としての側面に目覚め出した。
初めてファヴァールという魔獣を目にした時、グランとルーシャはそれぞれ魔獣に対して『撲滅者』『守護者』という印象を抱いていた。
いま語られた内容にも同じ単語がある。これは決して偶然なんかではないのだろう。やはり、ファヴァールがあの遺跡群に定住していることには何かしら意味があった。
『我らの敵であったファヴァールが敵で無くなったこの時から、奇鬼忌琴の目的は闇を払うことに移り変わる。後に、闇を払う役は世界を旅するデアヒメルという者に託されることになった』
「デアヒメル王が?! じゃあどうして、彼の手に渡らず結局封印されることになったんですか?」
『彼は楽器を受け取る前に、既に大いなる闇に滅せられた』
「っ_________!! 」
『先程、其方は操ることと破滅について言うたな。ならば、人間も破滅をもたらす存在であろう。結局は、食物連鎖のように生物は破壊し合っている』
そう言って、声は結論を述べる。
『ミステルーシャ・アプス。封を解き、奇鬼忌琴を携える者よ。我らの力作を使役し、破壊に破壊で抗うのだ。そして今度こそ、あの邪竜からこの世界を解き放ってくれ』
それから、もう次の言葉が紡がれることはなかった。弓を護るためのシステムはルーシャに弓を献上することで役目を果たしたのだろう。
そして。
掠れて一部文字の読めなくなった石碑が一人でに動き出す。
「これが、」
その風貌はいたって普通のそれと変わらない。
しかし触れた瞬間、素材に込められた想いのような、曖昧な表現でしか言い表せない力が流れ込んできた。
ルーシャの心の内を読み取り、地下に隠されるように奉納されていた道具を譲り渡してくれた。弓を携えるということは、そんな過去の人々の期待と願いを背負うということ。
「でも、アプスの家名を既に背負うものとして。いいえ、私はミステルーシャとして、後ろから戦局が快方へ向かうことを祈るだけの存在である訳にはいきませんから」
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翌朝、グラナード・スマクラフティーはどこからかの爆発音で目が覚めた。お手製のベッドから飛び起き窓から顔を覗かせると、拠点の外にある森の木々が土煙を撒き散らしながら倒れていくところが視認できた。
「まずい、まずいぞ。こんな朝っぱらから敵襲か?! 」
まだ寝てたい気持ちも吹っ飛び、いつもの服と軽い装備( 胸当てと籠手 )を身につけ部屋を飛び出る。
しかしルーシャを呼んだ方がいいものかと立ち止まって振り返る。彼女の部屋は近い、今呼びに行っても時間のロスにはならない筈だ。そう考えるとすぐ反対方向へ向かい、部屋の前で容赦なく叫ぶ。
「おいルーシャ、起きてくれ! さっきから爆発音が響いてきてる、敵襲の可能性が高い!」
決死の叫びに返ってきたのは、徹底した静寂だった。 即ち無反応、まるでルーシャが居ないような状況。
しかしその静けさのお陰で、ようやくグランは冷静な判断ができてくる。
( まだ寝ている……?? いや違う、んなわけあるかよグラン。ルーシャは既に向かっているんだ。じゃなきゃわざわざ敵が拠点の外で轟音たてる必要もないだろ、落ち着けば分かることだ!)
「ああクソ、急がないと……!! 」
日々の修行の賜物で、スタミナと運動能力はとことん上昇している。出来るだけ減速させないように横飛びして外に出ると、視線の先にはいつも通り黒龍ラグラスロが座っている。
いまやグラン達はこの龍が真の敵なんじゃないかと疑ってはいるが、表面上はまだ彼に護られているという立場だ。
なら、徹底的に頼る他ない。
ゴゴゴゴ……という風にして再び木々が倒壊していく。
それを見てグランは舌打ちし、黒龍に叫びかける。
「お、おいラグラスロ! 今の聞いたろ! 敵襲かも知れねぇから、そこでのんきに座ってねぇで来てくれよ!」
両者の目が合う。そして何の言葉も返って来ぬままグランが前を通り過ぎる。「まじかよ」と小声で呟いて、振り返るように再度ラグラスロを睨んでやると、
「何を急いでいる。それは、杞憂というものだろう」
その言葉を理解すると同時、苛立ちを含んだグランの焦りは純度の高い激怒へと転換した。だが冷静さを欠いたということではない。グランが純度100パーセントの怒に囚われていたなら冷静など有り得ない話だろうが、今は違う。
( そうですかそうですか。干渉しないを貫くたぁ、やっぱお前は敵と見ていいんですかね!)
苛立ちによるエネルギーを脚に込め、ドンッと地を蹴る。
ただ道のりに沿って駆けつけていては時間のロスだ。石畳みの道から外れ、『オリオクタ』を利用した噴出力で高く、高くジャンプする。
そして、グランは土煙舞う戦地らしき土を踏み締める。
先程までの爆風の連続から一変して、今はとても静かだ。暴れるだけ暴れて休憩しているという事なのか、それとも既にルーシャを排除して帰ったと言うのか。
少なくとも、後者の可能性は考えたくない。
「ルーシャ、どこにいる! 大丈夫か!」
木の破片が至る所に飛び散っている様を見ると、ルーシャが逃げ回るのに痺れをきらし辺り一面に暴虐の限りを尽くした、ようにも見える。
ルーシャは何故逃げ回ることになると分かっていて一人で敵に向かっていったのか。それより、なぜ敵襲に気付いたか。もしかしたらグランが何か勘違いをしているんじゃないか。
『それは、杞憂というものだろう』
あの黒龍の言葉が脳裏にこべりつく。
あれの言葉が正しかったのではないかと、今更になって思い返される。
( いや、その真偽を確かめるためにはルーシャを見つければいい。それで全てがわかるんだ )
ぴくっとグランの耳が何かを感知する。
音だ。一定の短い間隔で繰り返される、これは土煙で咳き込む声だろうか。後はもう考えるよりも先に、感覚が答えを導く。
「ルーシャ!!」
倒木を越え枝を掻き分けたその先に、彼女の姿を見た。
当のルーシャの様子はと言えば、
「……グランさん。あーと、すみません、起こしちゃいましたか、ね?」
「あ、れ? 無事なのか?」
「無事なのかって、はい。でも一体何の話をして、、」
そこには、倒木に腰を下ろし休憩していた、全くの無傷の少女がいるだけであった。横には久しく見ていなかった奇鬼忌琴が立て掛けられており、更には見たこともない弓も。
瞬間、グランは悟る。
( ラグラスロの野郎の言う通りだった。俺、超勘違いをしてしまっていた……!! なんて、ことを。なんてこったあああああああああああ!! )
此度の彼を総評するとしたなら、勘違い男であろうか。決してルーシャには勘違いで助けにやってきたなどと言えない、悲しきグランなのであった。
お読みいただきありがとうございます
今回はルーシャとデアヒメル王が主役ということで、彼らが変化していくところをお見せできたかなと思います。
と言ったところで、また次回もよろしくです!




