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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
34/92

第一章32 いってきます!



『メ・イ・ア!メ・イ・ア!M E E R メ・イ・ア!!』


『メイアさん!こっちにもお願いしまああすっ!!!』


『俺たちは!!!いつまでも!!!応援してますっ!!!』




 魔法研究都市の上層。

 研究所アルティでは今日、朝っぱらから人々の叫び声による轟音で溢れかえっていた! 阿鼻叫喚、大咆哮、混沌のエントランスホールで、そこにいる誰も彼もがメイアに向けて叫びをあげているのだ。


 皆に囲まれながら笑みを浮かべるメイアが四方八方に振り返るごとに「こっち見た、かわいいいいいい!!!」「馬鹿言え、今メイアさんは俺の方を見て微笑んだだろうが!」「あんたたちホント頭大丈夫なの? 今のは私を!見てたじゃないのよ」と言ったような言葉が飛び交いしている。


 男女問わず大盛り上がりの状況下で、更に一際騒がしいのが団体『海愛会(かいあいのかい)』だ。なんでもメイアの名の由来が海であることから名付けられたグループのようで、メイアガチ勢、すなわち推しとして毎日彼女を奉っているらしい。その団体名のせいもあってか時々本当に海が好きな研究員が勘違いして訪れてくるのだとか。



「み、みんなわざわざ送りに来てくれてありがとう。えと、こ、こんなときどうすればいいんですかナハトさん」


「うええ!ここで私に投げかけてくるかメイア」


 メイアより丁度10年ほど長く生きているナハトでもこんな大勢の人間に囲まれる、ましてやこのエントランスがここまで埋め尽くされることなど初めてのことなのだとか。

 師弟ふたりして戸惑い始めるが、実際に注目を浴びているのはメイアだけなのである。



「おやおや、ナハト君まで大慌てだね。可愛い弟子っ子に(すが)られては仕方ないというところか」


「そっすね〜! やっぱ今日という今日は大騒ぎ待ったなしになるのも予想できてたことですけど、分かっててもビックリ!」


 人混みの波を掻き分け登場したのは灰色の髪と紅の瞳が特徴的な魔法研究所所長ハンニバル。そして、黄色い頭を揺らし所長ともフランクな口調で会話しているのが元・第三位のアルベド・ロダンだ。つい先日メイアにその座を取られ、今は第四位という地位に落ち着いている。


「ハ、ハンニバル殿! この状態をどう収拾付ければいいのか私にはもうさっぱりです」


「どうしてもと言うならいっそのこと、私が圧で鎮静させてもいいんだが、どうかね?」


「あ、それは止めておきましょう!」


 溢れんばかりの群衆のど真ん中で所長の覇気なんか放出したらそんなの一種のテロか何かですよ!とナハトは腕まくりをするハンニバルに慌てて静止を呼びかける。

 え、でもみんなを一旦黙らせたいんだろう?などと返す所長だが、おそらくあれはナハトで少し遊んでいる。ただでさえ新聞で本性を吊し上げにされ若干傷付いていた彼が、そう簡単に大勢の面前で高圧を掛けるはずもないのだから。


 と、彼ら2人を側から見ていた男、アルベドがメイアのもとまで近づいてくる。


「あのふたり、どうも堅い関係性だな〜と思ってたけど、案外仲良さそーだね?」


「私も初めて見ました。楽しそうですね」


「そう言えば、知ってる? 皆んなは第一位とか二位とかって呼んでる上位ランカーだけど、実は少し前まで、異名を付けるみたいな風習があったんよ」


 ハンニバルとナハト達の異名、言い換えれば二つ名のようなものだろう。強者ともなると、その戦い方や技・魔法などの特徴に見合った名が新たに月一度の定期会で決められるのだそう。

 実はひとつ、メイアにもその異名に心当たりがあった。


「もしかして、ハンニバルさんが【無敵の壁】って呼ばれてるとかっていうのが……?? 」


「そうそう、それよ!ちなみにナハトさんが【叡智の書(エンプレス)】で俺が【翻弄者】ってな感じなんだけど、昨日急ピッチでメイア・スマクラフティーにも異名が付けられたんだと」


「えええ! ちなみに、なんて名前が……」


「えっと確かブレッド、じゃなくてブラッド……でもなくて」


 何やら異名が「○○ッド」であることはとりあえず判明したが、モザイクが掛かったようにアルベドの記憶が不鮮明らしい。

 昨日の今日で忘れてしまう様な名前なのか、それともアルベドがメイアの異名とやらに興味がないのか判別付きにくいが、メイアはどちらとしても嬉しくない。


(ど、どうせならカッコいい名前が良いんだけど……)


 いつの日か兄グランに自慢できるような名前を期待する。もしかしたら兄弟揃って異名を貰える日が来るかも知れないと、夢は広がっていく。


「あちゃ〜なんだっけ! ハンニバルさん、昨日決まったメイアの異名ってなんでした?」


 所長の両手から濃密度の魔力が放たれそうになっていた寸前のところでアルベドが訪ね、間一髪、エントランスが混乱の渦に飲まれるのが防がれる。


「確か、【恐れ知らず(ドレッドノート)】。まさにイメージ通り、ピッタリだ」


「そうよ、それそれ! 新生・第三位メイア・スマクラフティーは別名【恐れ知らず(ドレッドノート)】!どやどや?」


「おおおぉぉぉ〜〜〜〜それは最っ高ですぅ♪♪」


 両手を握り胸のあたりに持ってきながらルンルンと、ドレッドノートが恐れ知らずなんて言う意味を持っているとも知らずに嬉々とした表情を浮かべる。

 その対極に、ナハトは冷や汗をかきながらナイスタイミングだと言ってアルベドに親指を立て大惨事を免れたことに安堵していた。

 と、思いきや。


「だが、流石にこの喧騒は抑えておかないと不味いか」


 ハンニバルはまだ大騒ぎを鎮める策を考えていた!


「ちょちょちょちょちょ、力は出さないでくださいね?」


「何を言う、私は嫌われたくないのでね。やるなら別の方法を考えるさ」


「所長、ここはこのアルベド・ロダンに任せてくださいよ!」


 黄髪ノースリーブの男が一歩前に出る。

 【翻弄者】と呼ばれるほどに戦局をぐるりと変えるセンスを持つ男の志願に、ハンニバルを含む上位3人は唾を飲んでその鎮静法を見守る。



 すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、と。



 アルベドは、のけぞりながら空気を吸っていく。

 たったそれだけのことで、「アルベドの奴、何かをし始めたぞ」などと一部で騒ぐのを止める者まで現れる。


「す、すごい」


 思わずメイアの口から感嘆の声が漏れる。

 が、それをナハトが制した。


「いや、あいつがやろうとしているのはもっとこう、力任せなことの気がする。例えば、私たちが耳を塞いだ方が良いようなことだったり」


 それは何か、なんて聞き返すだけの時間は無かった。



「しーーーーずーーーーかーーーーにーーーーしろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」



 音とは簡潔に言えば波だ。

 それは、全ての騒音を煩雑に包み込んで撹拌し、打ち消す。エントランス中の全ての音を上書きしたかと思えば拡散していき、こだましながら波の勢いを減衰させていくのだ。


 一瞬鼓膜がなくなったかと錯覚するほどの徹底した無言が場を支配し、全ての視線がアルベドへ向けられた。


「ほい、所長から話があるらしいから聞くように〜」


 そっと爆弾投下。


「(ちょ、アルベド君?! )」


「(ハンニバル殿、皆が見ています。何か話さないと)」


「え、えーっと……皆さん、今日は朝早くからお疲れ様です。2月に入り、今日、数ヶ月の時を経てメイア・スマクラフティー君がここを発つとのことで______ 」


『御託はいいから、メイアさんに話を振れー!』


 所長のくどい前ぶりにブーブーとダメ出しされ、閉口頓首な様子で渋々メイアに場を譲る。


「で、ではメイア君、何か話すことが有ればどうぞ」


「えっと、そのー」


 何を話すべきか困りながらも、少しずつ、


「私は事情があって一度このアルティを離れることになったけど、でも絶対戻って来ますから。次来るときは、お兄ちゃんと来ます。グラナードって言うんですけど、強いですから、もしかしたらナハトさんを超えることだってできる、かも?」


『おおお、こりゃあ期待大だなぁ!』


 メイアから飛び出た中々すごい発言に騒めきが走る。

 ちらっと横目でナハトを見ると、目があった。 


「へぇ? 言うじゃないか」


「ええ?! 別にそんなつもりじゃなくて……でも、自慢のお兄ちゃんなので」


「ふ、いい表情をしよるじゃんか」


 ナハトは笑う。


「だが、うむ、いいだろう。その時が来たらグラナードと手合わせすると今ここに誓おう」


 こつん、と。

 にぎり拳ふたつでグータッチが交わされた。


「そうなると、私もサボってはいられまい。出来るだけ【無敵の壁】打破に近づけるように、そして誰にも追い抜かされないように、研究を重ねておかなくては」


「おっと恐い。ならこの【無敵の壁】たる私も、さらにその無敵性を高めておかなくてはいけないね?」


 弱者から強者へ。メイア、ナハト、ハンニバルと連鎖するように更なる向上への意思が高まる。

 空気が清浄され、晴れ晴れとした雰囲気に包まれる。

 同時、すっと人声が消える。


「では、、まだ少し名残惜しいですが」


 拳を振り上げ、高らかに言う。


()()()()()()!! 私は、とても()()()()です!!」



 さようなら、などとは言わなかった。

 取手に手をかけ、ぐいっと大仰に扉を開く。いつも通りの、メイアが開けたのだとすぐにわかる爆音だ。逆にここまで耐え忍んできた扉の方に敬意を払いたくもなる。

 さあ、一歩を踏み出そう。



「待ってくださああああああああああああああい!」


 廊下の奥から響く声に、皆が一斉に振り向く。バタバタと慌ただしく走ってくる者の姿があった。


「あ、バッハさん?! 」


「ごめんなさい! ね、寝坊しましとぅわらぁっ!」


 バランスを崩して顔面から転んだのは、初期の頃から時々メイアもお世話になっているクフ・バッハだった。

 そんな彼の登場にしかめっ面をする人々を代表してナハトが口を開く。


「間が悪い奴だなバッハ。今丁度メイアがここを出て行くっていう感動のタイミングだったと言うのに」


「す、すみませぇん。僕もメイアさんを送り届けたくて」


 うつ伏せで鼻を赤くさせ苦笑いするタイミング悪男にも、メイアは慈母のようなスマイルでフォローをかける。


「なんかこう、バッハさんらしいね?」


 ふふっ、と周囲を取り囲む研究員一同が鼻で笑った。

 バッハさんらしいとは言ったものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 言ったメイアはその事実に気付いていない、つまり無自覚の皮肉だったようだが。


「ほらほらバッハさん、立ってくださいよ」


「ああ、ありがとうございます〜」


 差し伸べられた華奢な手を掴み、ようやくバッハは立ち上がる。一番遅くにやってきてメイアの手に触れたと言う事実が他の男性陣の嫉妬心を逆撫でする。おのれバッハの野郎!!というのが彼らの総意だ。


「ほらメイア、馬車の時間もあるし、もう行ったほうがいい」


「おっとっと、そうでした!それではバッハさん、皆さん、改めて、行ってきます!」


 そして、今度こそ。

 魔法研究所アルティを出、坂を降っていく。

 数人が追うように扉をくぐり手を振って送る。メイアは振り返らなかった。しかしその背中は多くの者に感動を与え、憧憬を抱かせた。



================




 少女は大都市ユニベルグズ下層で馬車に乗り、故郷のアル・ツァーイ村目指して南下している。お別れから4日が経過したかと言う頃、もう後ろを見ても大都市の姿は見えない。

 外を見れば長閑(のどか)な平原が広がっており、動物やらが点々しているだけ。


 言ってしまえば退屈だった。


 大都市のギルドでちょくちょくクエストをやっていた為金銭的な問題は無くスムーズに村まで戻れるのは嬉しいが、それにしても座っているだけと言うのは中々に辛い。

 だが、それももう今日で終わり。


「お嬢ちゃん、目的の停留所まで後1時間といったところだよ。4日間も乗ってて疲労もあるだろうけど、あと少し辛抱してね〜」


「あ、はいぃ、ありがとうございます……」


 毎日馬車を走らせる御者の人はどんな気持ちでこの仕事をやっているのかと、そんな考えが頭をよぎるが質問する気力は湧かなかった。


「もっと楽に速く移動できる方法でも無いかな〜。ま、あったらそれが移動手段の主流になってるはずなんだけど」


 グランが異世界に転移してしまったという事実を鑑みれば転移魔法なんてものが編み出せるのでは、という所まで考えて行き詰まったメイアはそこでもう思考を放棄する。

 ナハトが失われた弱体化魔法を魔法陣を介して復活させたようなのと同じようなことをすれば〜〜〜なんて考えは浮かばなかった。



 そのまま何も起こらず、1時間が過ぎて行く。



「ほらお嬢ちゃん、着いたよ。辺境の地まで大変でしたでしょうから、今日はゆっくり休んだほうがいいですぜ」


 いつの間にか寝ていたらしく、意識が覚醒したときには既に停留所に到着していた。目覚め直後の微睡(まどろ)みほど気持ちの良いものは無いが、ここは御者の仕事を邪魔するわけにもいかない。メイアは気力を振り絞り起き上がる。


「あーい、ありがとうおじさん。はい、これお金」


「ほい丁度!眠そうにしてると山賊に襲われるかもだから、今のうちに眠気は覚ましときな!」


「うん、そうだね、確かにそう」


 馬車から降りると、両手で頬を挟むように叩いて眠気を取っ払う。その様子を見た御者は満足したように頷き、「んじゃ」といって馬を走らせる。

 メイアは大きく揺れながら去っていくのを見送ったところで、ようやく歩き出した。別に、馬車の旅が終わったからと言って村までの歩きが無い訳ではないのだ。


(でもなんか、肉体的な面ではあんまり疲れがない。というか、一歩一歩が数ヶ月前より断然速い)


 それでも何か身体が重く感じるようなのはおそらく、精神的には疲労しているということの証明なのだろう。

 日々の酷な訓練はまだ楽しむ余地が残されていたが、退屈とは文字通り楽しみゼロ。「退屈は人を殺す」という言葉があるが、どうやらそれは(あなが)ち間違いではない。


「ふぅー、あと少しだあと少し」


 林道に差し掛かり、微かに村の門が見えてくるかどうか、という所までやってきた。木の葉の擦れる音と、そこから漏れ出る光が懐かしい。

 どうせなら後は走ってしまおうかと脳内で会議を開こうと思った矢先、自然の中に異端の何かが介入した。

 それは、野太い人の声だった。


「おいおィ、こんな所に女ひとりで散歩ってか?危ねぇんじゃねえのよそりゃあ」


「っ!……誰!」


 反射するように振り向き距離を取る。

 木の陰から数人、やや汚れた布の服に皮の胸当てを装着した男達が姿を見せる。

 この状況で最悪なのが、彼らがメイアに差し向けられた刺客であることであるのだが……


(いや、この人達、そこまで強くない……?? 私なら難なく倒せてしまう)


 と、その男達の内の1人が驚いたような声をあげる。


「まさかオメェ、あの時の女か?!」


「あの時って……ああ!その髪色に顔、確かにそうだ」


 そんな彼らの様子を見て、メイアも気付く。

 それは4ヶ月ほど前の事。あの時はグランも一緒にいて、一緒にこの林道へ来た時の、その時に出会った者どもであると。

 すなわち、


「あなた達、前に私たちがとっちめた山賊さんね? 何、改心させたはずなんだけど、まだ悪さしてたって訳?」




お読みいただきありがとうございます!

ここ数話、メイアの特訓月間みたいな感じでハンニバルやアールと言った強キャラクター達が登場しました。


さて、次回予告ですが、次はグランが強化され帰ってきます。

大都市のように強者がわんさかいる訳でない中、いかにして自らの弱さを克服していくのか、是非次回もお読みいただけると嬉しいです!


もしよければ、この作品の評価もよろしくお願いします。

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