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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章02 束の間のカルナ


 グランとメイアが山賊問題を解決させた日の夜。

 家の外では冷たい風が弱く吹いていて、村を照らすのは僅かなランタンの光のみである。


 そんな暗く小さな村の一角にある、兄妹二人暮らしにしては大きい家。2人は今日の、週の疲れを取るために各々過ごしていた。

 グランは疲れたとばかりに寝っ転がって本を読んでおり、対してメイアは椅子に座って軽く魔法の鍛錬を積んでいる。


「ねぇお兄ちゃん、魔法球の中に魔力を込めるのって普段どうやってるの?私いつになってもできる気がしないんだけどさ、どうすればいいのかなぁ」


「慣れればまあ、何か器に水を注ぐような感じでできるもんなんだが、どうしたもんかな」


 うーん、と一拍悩んで、


「メイアのそれは注ぐというより纏わせているだろ?魔法球ってのはつまり、魔力の密度・濃度を高める過程を可視化させているにすぎん。力を込めることを目的とするんじゃなくて、やるべきはどう強くするかを考えることだな」


 魔法球とは、文字通り魔法の球だ。

 球体内に込められた魔力の濃度によって実際の魔法威力が変化し、沢山注げばそれだけ強くなると考えていい。

 あくまでもこれは練習用であり、戦闘で使うことなど全くない。


「使い方によってはこれを戦闘に用いることもできるんだろうけどよ、そんなことする奴なんて相当の変わり者だろ。だから、この球を極めるのも大事だが実際に魔法を放って練習することの方が俺はいいと思うぜ」


「そういうものなのかなぁ。そうだ、今度エスティアさんのとこに行って本でも読んでこようかな!あそこならいい発見ができそうだし!」


「正確に言えばあそこにあるのは本ではなくて資料なんだけど……いや、最近本も置き始めたとか言ってたか?」


「もう、そんなことはどっちでもいいの!とにかく、お兄ちゃんも一緒に行こうね!」


 メイアは天使の笑みで兄に約束を取り付け、手のひらの上で空いていた魔法球を消す。

 ふわぁ〜っと欠伸をしてグランの手元を見ると、


「ねぇお兄ちゃん。今度は何を読んでるの?」


 グランはうつ伏せになりながらとてつもなく分厚い本を読んでいる。1ページ1ページも濃密度のためか、ページをめくるペースがとても遅い。


「これは神代の伝記だな。ま、いつものやつだ」


「えぇ〜またなの?」


「今読んでるのは『ヴェルト』っていう奴だ。ようやっとこの前『討譚』を読み終わったから新しいのを買ったんだよ」


 そんな文字だらけの巨大な伝記を見て何が楽しいんだ、という言葉を飲み込んでメイアは何とか他の言葉を捻り出す。


「10年くらい前に『神殺し』を少しずつ読み始めて、すっかりハマっちゃってるよね。毎日毎日ほんとにすこーしずつ読んでいってようやくこれで3冊目……てか、2冊読むのに10年かかるってどうなの?」


「仕方ないだろ。8歳の俺がこんな分厚くてわりと難しい内容の本をスラスラと読めるわけないだろ?それに修行しながら僅かな隙間時間に読んでたんだし、10年は妥当だろ」


 グランが生まれて初めて読んだ本は、今メイアも言っていた『神殺し』という題名のものであった。

 内容を軽く説明すると、神代にハルツィネという英雄がいて、ある日、彼は神の法に縛られた生活にうんざりし、反抗を試みる。結果的に彼は『神の国』と呼ばれる場所まで赴き神々を圧迫することに成功したのだが、惜しくも破られてしまう。といった話になっている。


 グランはそれを6年かけてようやく読破し、英雄の話に感銘を打たる。彼が新たな本を買うのは自然な流れだった。


 彼が2冊目に選んだのは『討譚』だ。

 これはハルツィネが『神の国』へ赴き世界を留守にしていた間の話。邪悪な存在が現れ、平和だった世界を脅かすことから話が始まる。

 そこで立ち上がったのがヒエロアという男。

 彼は水の加護の恵みを受けた青年で、優れた魔力と武力を持ち合わせた期待の人間だった。一度は邪悪の使いに敗れ絶望するものの、仲間を集め再び立ち上がり遂に敵を屠る。そんな王道RPGのような物語だ。

 歳を取り文を読むのに慣れてきたグランはこれを読むのに4年かけた。


 そして今、グランが3冊目に選んだのが『ヴェルト』である。


「それって、どんな話なの?」


「まだ序盤だから詳しくは分からないが、どうやら世界について探究しようとする話らしいな」


「え、それって前の2冊と話のジャンル違くない?激しい戦いがあったりとかそんなんじゃないの?」


「確かにそう感じるのも分かるが、これもこれで凄い内容だと思うぞ。一言で世界と言ったが、この本では『世界』を一つの空間の単位として見ているらしくてな、この空間が何で構成されたものなのかについて探究するっていうのが今回の題材らしい」


 理解できたか?とグランがメイアの方を見ると、意味のわからない説明をやや早口気味に言われた彼女は目を点にし、ガッチリ硬直していた。


「ま、そうだよな。俺もわからん。ただ、ハルツィネが『神の国』とかいう()()()()とは別の世界に移動したんだ。だから、この無限に広がっているとされる立体世界から外に出ることだって可能なんだ。それを今回の主人公アクイロが不思議に思って調べ始めたんだな」


「……えと、つまり、今までとは違って難しい内容ってことでオッケー?」


「ま、それでいいか。そうだ、その解釈でオッケーだ。あと、驚いたことにこのアクイロって人は女性なんだよな。神代について書かれた伝記って大体主人公は男なんだが、割とこれは珍しい部類だ」


「へ、へぇー。じゃ、ちょっと先にお風呂入ってくるね?」


「ん、おう」


 カバっ!と素早く椅子から立ち上がるとメイアはスタスタと風呂へ向かっていく。

 口には出さなかったが、多分グランの訳の分からない説明から逃げたのだろう。しかし別に妹を本の素晴らしさを布教したい訳じゃないので逃げられても気に留めない。


「ま、メイアが風呂から出たら俺も入ろうかなっと」


 再び本に目を通し、長い長い文章を読み進めようとしたのだが、寝っ転がりながら読んでいたからか、とてつもなく眠い。

 まだ本を読んでいたいが、起きていなければいけないほどの理由にはならずグランは眠気に身を委ねる。



 次に意識が覚醒したのは、微睡(まどろみ)の中に落ちて思ったよりすぐのことだった。

 時間にして30分程度のことだろうか。



「ーーん。ーー!ちょーー、ーきてる〜?」


「んあ?」


 どこか違う部屋から女の子の声が聞こえ、意識が(うつつ)に引きずり出される。どうやらメイアがどこかからかグランを呼んでいるらしいが。


「お兄ちゃーん?ごめーん、身体拭くタオルを持ってくの忘れちゃったみたいで、部屋から持ってきてくれなーい?」


 ああそういうことね、と眠さで重い目を擦り「待っててくれ〜」と返事をする。


「……おきたことだし、タオルとったら、ふろに入るか」


 まだ眠気が取れる気配は全くないのでもしかしたら風呂で寝落ちなんてこともあり得るが、そのときはそのときだ。メイアが起こしてくれるだろうと期待することにしよう。

 言われた通りにグランは部屋からタオルを回収し、風呂場へ向かう。


「おぉーい、もってきたぞー!」


 欠伸しながらロボット的に特に何も考えず声を出す。つまりは自分が何をしているかも特に考えず()()()()()()()()()()()訳だが……

 内開きのドアを優しく押すとギィィィィと音を立てながら少しずつ開いていく。


 さて、一度ここで考えて欲しいのだが、メイアはなぜタオルを必要としていた?

 答えは簡単、肌の水滴を拭き取るためだ。


 では、何故グランはメイアの後に風呂に入ろうとした?

 端的に答えるならば、メイアが先に入ろうとしたからであるが、もっと細かくいうならば、一緒にではなく別々に入ろうとする理由があるからだ。


 つまり、ここで問われていることとは……


「え待ってお兄ちゃん、そんなにドア開けちゃったら……って、いやほんとに」


 目に入ってきたのは、脳天からつま先までどこを見ても水滴がついていて、微かに湯気が滴る美しい妹の柔肌だった。

 まだ成長途中は否めないが、それでもスラッとした身体と水滴から反射される光が重なってより一層、妹の美しさが引き立てられていた。


「……え」


「っっっ!……バ、バカ!」


「どわああぁぁぁぁぁぁぁッ_____!」


 スパァァンッ!と、清々しいまでの少女のビンタがグランを眠気と共に壁へ叩きつけた。今の一撃は物理的にも心理的にも効いた。痛い。


「い、いやすまんって! 寝起きで朦朧としてて、気付いたらこんなことにぃッ!」


「ね、寝ぼけてたからって妹の裸を覗くとか無しだから!」


 追い討ちをかけるように腹に蹴りを入れられ、風呂場の外へ思いっきり吹き飛ばされる。

 ドンッ!と勢いよくドアを閉められ、どうやら激おこにさせてしまったようだ。彼としては覗くつもりはなかったのだが、結果として裸を見てしまったことに間違いはない。もう見たままの景色が記憶として残ってしまっている。


「うぅ、う、うおおお!俺は、俺はなんてことをしてしまったんだあぁぁぁ_____!」



 半ば絶望するそんなグランの叫び声が、家から漏れ出て涼しく冷える空に少しずつ溶けていくのだった。

 実は少し、妹の成長過程にある裸体を見た時に見惚れてしまっていたなどとは絶対に言えない。




==============




 その後グランはメイアがしっかり服を着て風呂場から出てくるのを確認してから風呂に入り、その後何度も謝罪することで許された。

 グランは18歳でメイアは16歳だ。バリバリの思春期であるため、異性に見られるというのはいくら相手が兄妹でも気にしてしまうもの。今回は最愛の妹の聖母の如き優しさで無かったことにしてくれたとは言え、次はもうないと確信している。


「で、お兄ちゃんはもう寝るの?それともまだもう少し本を読んでる?」


「えーと、眠気も覚めちまったしあと少しだけ読んでから寝るよ」


 そう言った瞬間、グランは眠気の話が地雷になったのではと一瞬ビビったが、


「ふーん?眠気が覚めたんだ。まあいいや、私はもう寝ちゃうから、お兄ちゃんも早めに寝ちゃいな?」


 少し棘のある反応だったとはいえ、とりあえずお叱り第二弾にならなくてホッとする。

 少し気を抜くと気付いたら妹を刺激していたなんてことになるのは勘弁だぞ、と最新の注意を払いつつ「おう、俺もすぐ寝るさ」とだけ返す。


「じゃ、おやすみ」


 そう言ってメイアはグランから目線を外し、自分の部屋に向かっていく。


( まったくもう、お兄ちゃん、デリカシーがちょっと足りないんだから困ったもんよね )


 純粋少女のメイアは深いため息をついてリビングから出ようとドアノブに手を掛ける。が、グランから「おやすみ」という言葉を貰って無いことに気付く。


( え、いつもは言ってくれるのに、まさか気まずくて言葉も出ないって訳? もう、何なのよ )


 だが、


「って、え?」


 メイアが振り返ったその時、ゴトン!と、重い石を床に落としたような大きな音が部屋に響いた。

 落ちたのは、これでもかと文字の敷き詰められた分厚い本だった。『ヴェルト』という、兄が気に入っている神代の英雄シリーズの一つだ。

 でも、重要なのはそんなこと()()()()


「ね、ねぇ。お兄ちゃん?」


「なぁメイア。これは、不味いことになった」


「え、ねぇ、お兄ちゃん、何それ!」


 落ちた伝記の上、黒く異質な何かが、兄の手に纏わりついていた。その正体が何であるとかそんなのはどうでもいい。異質であることさえ分かればそれでいい。


「お兄ちゃん早く!その変なのを身体から引き剥がして!」


「いいや、無理だ!俺の手が全く微動だにしねぇ!」


 理解を超えた不吉な予感が2人を襲う。

 闇を具現させたような黒いもやは徐々に肥大化し、もやはグランの手だけではなく肘辺りまで広がってしまっている。


「その禍々しいの、気持ち悪い。それが何であれ、正体とか関係無しに、ここで消さなきゃ!」


「何をするつもりだ?!」


「お兄ちゃんちょっとじっとしててね!」


 言うと、その手の内に綺麗な氷の結晶が形成される。その先端は鋭く研ぎ澄まされ、そこらの包丁なんかを遥かに凌ぐであろう切れ味を誇るだろう。

 そんな氷の槍をメイアは、


「ズタズタに引き裂かれろぉぉぉッ!」


 少女のものとは思えない激しい形相で一直線、磨き上げられた槍捌きで兄を傷つけぬよう一閃する_____はずだが、


 パリィン!と。

 不吉な影のような黒に触れた瞬間、精巧に作られた魔法の槍が弾け飛んだ。


「な、なんでよぉ!」


 もう一度、メイアはその手に氷を持ち、両手で突き刺すように上から一閃したがやはり。

 それでも諦めない。ここまでくるともうヤケクソだが、必死に必死に突き刺しまくる。でも、結果は変わらない。

 ()()()()()()()()()()()暗澹が、ただただ無慈悲に肥大化してはグランを蝕んでいく。


「メイア、これは何をしても無駄だ。これは今の俺らには対処のできない超越的な力なんだ」


「なに言ってんの?! まさかここで諦めろって、そういうことなの?」


 目の前の状況に冷静さを欠いている妹に兄は、


「違う、違うんだ。やるべきは、今どうするかでは____」


 話の途中で、完全に音が絶たれる。

 今現在、メイアの目の前にあるのは漆黒の球体ひとつ。兄を丸々呑み込んで、そこに彼の存在を感じ取ることはもうできない。

 自然と、メイアの膝はくの字に曲がり床に座り込んでしまった。それを見下すように黒い球体は渦巻いて、それが自分の絶望を具現化されたものなのではと錯覚してしまう。


「お兄、ちゃん。さっき、何を言おうとしたの……??」


 何者もそれに答える者はおらず、しかし、闇は煙のように崩壊を始めた。

 はっ、と顔を上げる。

 闇が消える。それはもしかして、兄が何事もなく戻ってくるのではと、絶望は一転希望に変わり。



_____ああ、運命は私たちに味方を



 ()()()()()()ようだった。

 完全に闇が発散したとき、その中にグランの姿を見ることは叶わず。その視界に入ってくるのはただ単に普通のリビングだけで、それでいてポツンと、必要なピースが1つ欠けている。そんなリビングだけが、広がっている。



 則ち、兄妹はこのとき、完全に分かたれてしまったのだ。



お読みいただきありがとうございます!


ここから兄妹別々の視点から物語をお送りすることになります。ではまた次回もよろしくです!



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