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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章26 ユニベルグズでお悩み解決



 今日も朝早くから、太陽の光を背中に受けながら坂を登っている。


 なぜか?


 答えは簡単だ。

 いまメイア・スマクラフティーが過ごしている大都市ユニベルグズは岩山の斜面をそのまま利用した都市となっており、まず出かけるにはその坂を登るところから始まるのだ。

 基本的に住宅地は街の下層に集中するようになっているため、ほとんどの住民が毎日坂を登ることになる。一見してとても辛そうに感じるが、長いこと暮らしていると足腰が鍛えられてきて大して苦痛に感じないのだとか。


 まだ早朝だと言うのに、街は既に多くの人が外を出歩いている。この街は大都市であるくせに夜は本当に静かで、代わりに朝が騒がしい。

 そんな中、メイアも坂登りをし、ようやく目的地が見えて来たというところだ。


 その建物の看板には魔法研究施設アルティとある。

 大都市ユニベルグズ最大の魔法研究機関であり、多くの研究員はもちろん、魔法のエキスパートも多く在籍し、このアルティによる業績も数えきれない程あるとか。

 そんな素晴らしい場所で、田舎育ちのメイアは創造魔法の実力を見せつけ、そしめ施設でナンバー2の女性に認められ今こうして毎日通っている。


「おーはよぅ〜ございまーす!」


 彼女は毎日の元気な挨拶を忘れない。

 現在メイアは、失踪事件に巻き込まれた兄を探し、奪還する為に情報探しをしているのだが、その有り余るような元気にはそのような背景を感じさせるものがない。



「メイアさん、おはようございます。あ、そうだ。さっき資料倉庫の方へ大きな箱が運ばれていくところを見ましたよ。もしかしたら何かお探しの情報が見つかるかもしれま___」


「ありがとう行ってみます!」


「あ、はは……気を付けてくださいね〜」


 最後まで女性役員の言葉を聞かずにメイアは爆速で走り出してしまう。その様子に、女性役員も顔を引き攣らせ言葉を失う。

「おお、声が低くなっていく。これがドップラー効果というやつか? 」と周囲の男性陣がひそひそ話す声と共に、メイアは注目を集めていくのであった。


 本当に、表も裏も無い完璧な振る舞いだ。





 ドンっ!! と大きな音を立てて資料倉庫の扉を開ける。


「おわ! な、なんだメイアさんか。話を聞きつけてくるのが随分早いですね?」


「もっちろん! で?で? 何かそれっぽいのある?」


「待ってくださいよ。まだ僕も今さっき箱を開けたばかりなんですから」


 男性役員が冷や汗を浮かべながら箱を漁り始める。

 別に傍若無人と言うほどメイアは人を急き立てる人間では無いが、ここのところの訓練で調子が良いらしく、いつになくテンション上げ上げなのだ。

 この調子になってしまうとメイアも「もしかしたらお兄ちゃんへの道が開けるかも??」と期待せざるを得ない。その期待も相まって男性を急かすような行動になってしまう。



 かくして1時間、新書を漁った結果。



「言わずもがな、ありませんでしたね」


「だぁぁあ〜。。」


 結局見つかったのは魔法学の指導書がほとんどで、内容もさして普通の内容と変わらないようだった。やはりどんなに高度な魔法を扱う施設と言えど、その一般性からはずれることは無いらしい。

 


「仕方ありませんね。一緒に探してくれてありがとうございます、またボチボチ頑張りますぅ〜」


「あ、は、はい、、がんばって」


 嵐のようにやって来て静かにメイアは去っていく。その姿を見て、やはり何か普段のメイア・スマクラフティーとは違う、上の空な状態な気がすると男性役員は感じていた。




 そして今日も一日の練習を終え、夜遅く、メイアは帰路につく。涼しい、というよりもはや寒く感じるような季節だ。日の沈む時間も早く、何かを羽織っていないと辛い。

 そんな中メイアはルンルンな足取りで坂を降っていた。ほとんど人がいないからと言って、街中で注目を集めるような行動をし始めるなんてことは普通しないだろう。




 その通り、()()()()()()




 彼女の師匠、ナハト・ブルーメ宅にて。

 まだナハトが帰ってくる前の一人の部屋で、誰もいない静かな家で、メイアは毛布に包まって黙り込んでいた。


 以前、どこからともなくやってきてメイアを殺害しようと試みた二人組、カラピアとゴースとの戦いから更に1ヶ月が経過している。つまり、兄の失踪からはや2ヶ月だ。

 日々の訓練で気体系魔法のみならず、液体系魔法をも強化しているメイアだが、日に日に焦燥は加速していくばかりだった。情報収集を他の人に任せどんなに鍛錬に集中しようとしても、毎夜毎夜、ぽつんと一人ナハトの家に帰ると思い出してしまう兄の顔。寂しさ・虚無感は募るばかりだった。


 日中の完璧な笑顔は、ある意味で言えば完璧すぎた。


 確かに、メイアは魔法研究施設では普段から活気に溢れ、どんなことでも熱心に取り組んできた。しかし、普段と比べたら明らかに元気すぎる。不自然だった。

 それが意味するところが、これ。

 心に根を張るグランの影と、それを隠そうとするが故の過度な虚勢だ。


「今まで何人もの人々が失踪事件で家族を失ってきたんだと思う。みんな、辛い思いをしたはず。だって一生、その被害者が帰ってくることは無かったんだもの」



 メイアは失踪事件の残酷さを振り返る。

 約数十年間隔でそれは起こり、そして未解決。だれもその失踪のロジックを解明できないし、ヒントすら得られない。手のつけようがない問題として設定されているが、だからこそ誰も手をつけようとしない。


「たった2ヶ月。今までの事件被害者の気持ちを考えれば私の悲しみなんてちっぽけなものなんだ」


 言って、気付く。


「いや、それは、ちがうよね。同じ被害関係者である以上、苦しいなら苦しいって言っていいんだ」



 感情に多少の大小はあるかもしれない。どちらがより辛いとか嬉しいとか。なら、他人より辛くない人は「辛い」と口にしてはいけないのか?



 そんなわけ無い。



 それが「苦しい」「悲しい」という感情であることに変わりはない。だからある意味で感情に大小優劣を付けるのはおかしいことだし、我慢する必要はない。



「だぁぁぁぁぁぁああーーー!!」


 夜中に叫ぶことに躊躇いはなかった。毛布に包まれていなければ騒音問題で近隣住民に迷惑をかけたかもしれない、などと考える余裕は今のメイアになかった。


「お兄ちゃん。私ね、強くなったよ。魔法も前とはすっかり違うし、魔法研究要所のユニベルグズでも上位の実力はあるってナハトさんも言ってくれてる。それで満足はしない。けど、この力があればもっと色んなことができる」



 多くの思考が渦巻いて、脳内は絶賛混沌(カオス)状態とも言える。

 夜の暗さに心の暗部が溶け合うことで爆発的に悩みは増え、それを昼の明るさと心の明部が混ざって覆うことで活発さを保たせている今、この時間帯は空気が(よど)む。


 これ以上考えてはいけない、と思う心が逆に考えさせてくる。抜けられない落とし穴(トラップ)



「いつになったら、会えるの。一体、どこにヒントは残されているの?」



 過去千年の歴史の中で未だ解決していないだけあって、(もっぱ)ら普通の観点からだけ見ていても無駄だということは明らか。

 理論体系化が難しい現象といえば魔法。しかし魔法という観点でみても答えはでない。


 ここかしこに設置された()()()()()道と、その先にある通行止め。人は必ずしも、一縷(いちる)の希望があればそっちに誘導されてしまう。希望を求める生物としての性質に、メイアは立ち向かっていると考えても良いのかもしれない。



「こんな16歳の少女が、魔法について知ったばかりの幼稚な私が、先人が必死に解こうとした問題を本当に解決できるのかな」


 心と反対のことばかりを呟いてしまう。

 だから、毎日やっていることがある。

 パチィィィン!!と、豪快に頬を両手で叩くように挟み込む。痛みは薬だ。正しく使えば精神を安定させてくれる。



( お兄ちゃん、見ててね。絶対に、そっちに行くから )


「考えろ〜メイア・スマクラフティー!! 未来はお前にかかってるんだぞぉ〜!」


 自分に念を送るようにして精神の立て直しを図る。

 いつもはここで調子を取り戻したままキープするために寝てしまうが、今日はさらに振り返ることにした。




 ひと月前の刺客達との戦いの後、ナハトと有益な情報交換をした。

 刺客の一人が口を滑らせたことによると、メイアが初期から推測していた通り、この事件は世界を跨いだものであるということ。また、その首謀者がラグラスロと言う名前であるかもしれないという事。


 情報はそれだけではない。

 メイアも刺客からヒントに繋がりそうなピースとして、彼ら敵は何かを集め、そして世界を揺るがす何かをしようとしているというような事を聞いている。



( やっぱそれだけを何度考えても何も光は見えてこない、よね。異世界とやらにいく方法ってのも、裏世界が何か関係しているかもって話だけど、そこでもまた何か私たちの侵入を阻むものがあるって言うし…… )



 異世界なんて話が出るのなんて神話とか神代の伝記くらいだよなぁー、なんて考えるともう何も言えなくなってしまう。


「いや、待って」


 神代の伝記という言葉に、聞き覚えしかなかった。


「そう言えば、エスティアさん達が異世界に行く方法を推理するのにお兄ちゃんの『神殺し』を利用したって言ってたような……その話では確か、英雄ハルツィネが裏世界を攻略し、『神の国』までたどり着いたってお兄ちゃんが前に教えてくれた。どこまで信じていいのかは分からないけど、ナハトさんに聞いて『神殺し』を取り寄せてもらおう!」


 ガバッ!と身を包んでいた毛布を跳ね除け、急いで外に出る準備をする。とりあえず脱ぎ捨てた靴下を履き、ペンやノートの入ったカバンを肩に掛けるだけで準備完了!

 同時、家のドアが開く音がした。


「おーい帰ったぞー。メイアはまだ起きてるか?」


「ナ、ナハトさん!丁度良いところに!」


 屈託のない純粋な笑顔で言う。


「お、お?」


「欲しい本があるんです!」



 メイアの元気は再燃した。

 一喜一憂し、些細なことで復活できる心の不安定さは、まさにまだ幼い少女のそれと似ている。だからこそ成長も早く、メイアは常に活発であり続けるらしい。




===================




「なるほど、神話の伝記か。そこまで頭が回らなかった、なるほど盲点だな」


 慌てて話がまとまっていないメイアを一旦落ち着かせ、ナハトはゆっくり話を聞いていた。


「はい、なのでその『神殺し』を取り寄せてもらえないかな〜と思ってた頃にナハトさんが帰ってきたもので。いいで、しょうか?」


「いいも何も、それが事件を紐解く鍵になるかも知れないというならやらざるを得ないだろう。それに、知ってるか? 今でこそ人々は魔法を理論化して説明しようと全力で奮起しているが、初期の魔法学は神話に(なぞら)えたものだったんだぞ」


「そ、そんなものが?」


「それは神的魔法学(デウスマジックス)と言ってな、つまるところ、神様の行動やら超自然の現象やらを実際に自分たちの力で引き起こしてやろうって考える学問だな」



 その初期の魔法学の観点から見れば、神代の伝記なども思考の対象。つまり、広義的な視野で見れば『神殺し』を始めとした伝記も十分考慮するに値するという訳だ。

 それに、現在の魔法学の理論化では説明しきれない部分などありふれている。ならば、それを初期の理論に当てはめて考えてみることも時に大事な選択。



「よし、メイア。明日は鍛錬を午後からにしよう」


「え、それはどうして……」


「メイアが言ったんだぞ、本を取り寄せて欲しいってな。でもそうなると届くまでに時間がかかる。だから午前中に私が買いに行ってくる」


「ええええぇ!!!! いやいや、なら私も行きますよ!」


 勢いよく立ち上がるメイアを制し、「いいか?」と言って続ける。


「お前はここ最近、気体系魔法と液体系魔法の両方の修行で頑張りすぎている。1ヶ月前までとは全く違うメニューと厳しさだ。だから半日でも、休める時は休め。どうしても落ち着かないというなら、散歩でもしてなさい」


「なら、買い物も散歩の一環じゃないですか!」


「それだと休憩の為の買い物じゃなく、君の大いなる目的の為の買い物になるだろ。君にも、普段の重責から離れて少女らしく街を愉しむ権利はあるんだ」


「わ、わかりました……」


 ナハトの言うことは偽りなどではなく真実。メイアは心身ともに疲労していることに気付いていながらも、トレーニングのために耐えてきていただけ。

 そこは素直に頷かざるを得なかった。



「うむ、よろしい。『神殺し』とやらを読んで軽く内容を知らなければならないから、明日の午後はいつもと違うメニューでいくぞ。特別ゲストを用意しといてやる」


「特別、ゲストッ!?!?」


 ほんの今さっきまで落ち込みかけていたのが嘘だったかのように一瞬で目を輝かせた。

 そんな興奮するメイアにナハトは「もう深夜だから大きな声はやめてくれよ!」と制止の声をかけようとする。

  が、しかし結局ナハトの声も大きくなっていき……


 二人がやっと正気に戻り大人しくなったのは、苦情が来て軽く怒られた後のことだった。



「ふ、ははははは」


「お、おい笑いごとじゃないんだぞ? もう」


 小声で笑みを溢すメイアを見てナハトは安堵する。


( 最近のメイアは確かに何か不自然だったが、何やらもう問題ないらしいな。帰ってきてから私に会うまでに吹っ切れたかな? )



 ナハトはこの笑顔を絶対に絶やさせてはいけないと、改めて心の内に刻み込む。出会いは突然で、その日のうちにメイアを気に入り同居を許可したナハトだが、それを全く後悔していない。

 むしろ、メイアの成長を育てることに全力だ。


 初めて、心から育ててやりたいと思ったこの少女を手放してはいけない。今、このユニベルグズでできることをサポートすることを全力でやる。

 その気持ちが何処から来るのか、なんてことは自分でも分かっていない。でも、心がそう語るのなら、ナハトのなかではそれが正しい。


( 私がメイアくらいの歳の頃はそんな意気揚々としてなかったしな。全く、恐ろしくもあり頼もしい奴。私もいつ追い抜かされるか分かったもんじゃない)



「さ、今日はもう寝よう。ま、ワクワクで寝れないかもしれないけどな?」


「そうですね。でも、今日は大人しく寝ます。寝ないと体力は回復できませんからね」


 この、伝記がヒントになっているかも説が外れればまたメイアは悩み煩う日々を送ることになる。希望からの期待外れこそ重圧になり得るからだ。

 しかし、


「私は、どんなものにでも期待したいです。そのくらいにヒントを熱望してます。だから、明日が楽しみです」


「ああ、知ってる」


「何度でも言いますけど、ナハトさん。もし解決への糸口が見つかって、いざ出発の時が来たら、次に会うのはお兄ちゃんと一緒に来るときですね。絶対に会わせたいので、その未来を現実にします!」


「そうだな、楽しみだ。でもまず、そのために必要なのはなんだ?」


 

 その質問は、この修行の2ヶ月弱の間でナハトが何度も言ってきたものだった。だから、その問いも答えも染み付いている。


「今日を乗り越え明日に目覚めること、です!おやすみなさい!」





 お読みいただきありがとうございます!

 今回から再びメイア編でございます。今回は少し暗めだったかなとも思いますが、次回からはメイアらしい明るい話になりますのでよろしくお願いします!

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