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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
27/92

第一章25 解法が分かれば後は解くだけ



 結論から言って、グランは限界寸前だ。



 最初から劣勢なのは分かっていたことだが、それにしては随分善戦したのではないかとすら思われる。


 グランの魔法『オリロート』によって延々と燃え続けることになった魔獣ファヴァールは、(ただ)れる全身を無限に修復し続け何事も無かったかのように猛威を振う。

 火だるまになり何度も爛れ続けることが相当のストレスになるはずだと踏んだグランの判断も外れ、ただ焦げ臭さが空気を舞っているだけだ。


 もはや、完全なピンチと言わざるを得ない。



______強くなりたい。



 そう思い始めて何年経ったろうか。

 ここ最近、特にこの世界に来てからのこと、更にその思いが強くなったような気がしている。その思いに反して、それほど強くなれていないのではないか。



 膝をついてしゃがむ姿勢のグランに、ジャンプで勢いをつけた剛腕スタンプ攻撃が叩き込まれる。


 (ひざまず)くグランの周囲を公転するように駆け回り、全方位を囲う様に魔法を放つ。


 唸る。吠える。威嚇する。叩く。引っ掻く。突く。薙ぐ。



「くっそ……!! 」



 鼓動はバクバクと鳴り、息も切れ、筋肉も泣いている。それでも、やはり立たなければ死ぬ。ルーシャ、ルーシャさえ戻って来れば形勢は幾らでも変えられる!



「いや、それは違う!」



 何が違うのか。

 それはある種、高みを目指そうとする者特有の、それでいて真面目な者に良くありがちな考えだが。


「誰かとパーティーを組むのは、互いに得意分野で補完し合うことで強敵にも屈しないため。そう考えれば俺とルーシャのコンビはとても良い!と思う」


 精一杯に、不恰好に飛びながら魔獣の攻撃の回避に努めつつ、更に言葉を連ねていく。


「でも、ひとりでも余裕で戦えるようになれば、ふたりでやればもっと余裕じゃねぇか……!! 」



 グランとルーシャ合わせてやっと勝てるのでは駄目だ。あくまでも、ひとりでも勝てるけどふたりなら何の苦労もないような戦いこそがベストオブベスト。

 それが、グラナード・スマクラフティーの理想像だ。



「絶対に試練はクリアする。そんで、また自分の特訓方法を見直して、、」



________非情にも、悠長にセリフを待ってくれるほどモンスターというのは優しくできていない。

 グランが言葉を発しようとしたその時、ファヴァールに動きがあった。



 魔獣が大きく後退した。今までとは違う攻撃パターンのように見えるが、しかし一度だけ、それは既にルーシャと協力して戦っていた時に見ている行動だった。


「まさか、突進攻撃か……!! 」


 ただの突進ではない。全身に雷属性の魔力を這わせることで威力を高め、稲光により存在感も増大する。

 とうとう殺しに来たな、と戦慄が走る。



( これの何がまずいって、回避できないことだ。俺が動き回ったところで、奴は突っ込む方向を変えれば意味もない。ギリギリで躱そうとするのは今の体力じゃキツい )


「受け止めるしか、ねぇ!」



 その手に再び明けの月弧(オリジンクレセント)を出現させる。武器を用いて全力でダメージを減らす工夫をしなくてはならない。

 深く息を吐いて心を引き締める。緊張が走る。

 深く腰を落とし重心を下げ、真っ向から立ち向かう。



「さぁっ、来おぉぉぉぉぉいッ!!」



 『言われなくてもやりますが?』とでも言うように魔獣ファヴァールは雄叫びをあげ、一点目掛けて猛進を始める。フェイントも策略もない、正真正銘の真っ向勝負。


 その、燃え盛りながらも高電圧を纏うその獣がグランの身体に直撃する寸前で、


「(この宵の月弧(オリジンクレセント)は、ただの弧状の武器じゃあ無いんだ)」


 グランはそう言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、それを魔獣の顎から口を縫う様に勢いよく突き刺した!


 その突起の位置関係もあり、グランは武器を担ぐようにして後方へと滑っていく。

 正面衝突に刃をぶつける形で対抗するときに比べ、下から突き刺したことで人間の小さな体に働く運動量やら抗力を軽減させることを成功させる。


 これが、極限状態の最中(さなか)、脳内で至った最善の対抗策だった。



「ゔおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 片足は宙に浮き、もう片足が地を削っている。

 グランを支えているのは両腕だけと考えるに等しい。突き刺したまま抜けないその武器に必死にしがみつく、頑固な気力だけで耐える。

 稲妻が月弧の刃を伝うが、持ち手が不動体であったお陰で被害は免れる。しかし、刃では蓄えきれないほどの超電圧・超電流の電気が空気中へ勢いよく放電し、その切れ味を持った魔法特有の性質と相まってグランを苦しめる。


 猛獣は猛突進でそのまま広場を駆け抜けていく。


 どんなダメージも死に繋がらないファヴァールにとって、顎を貫かれようとも気にならない。むしろ絶好の攻撃チャンスにもなり得るのだ。グランがしがみついて離れないのなら、逆にそれを利用すればいいだけ。


 二車線道路ほどの幅のストリートを全力で駆け抜けるファヴァールは、急に狭い道へと曲がったりなどして強力な遠心力を生み出す。

 そのせいでグランの身体は勢いよく振り回され、これに堪えるのに全ての意識を費やしてしまうため何も対抗することさえできない。


( こんな、状況じゃ、魔法も使えねぇ!! )



 ガルルルルルルルルゥ………… と唸り声が間近で聞こえるのがまた恐ろしい。



 暴走機関車だ。

 右往左往、東奔西走、なんとでも表現できる嵐のような突進は続く。遠心力は勿論のこと、魔獣が一歩動くたびに上下に揺れるためそれも徐々にグランを苦しめていく。


 それでも。

 力尽くで腹筋を働かせ明けの撃弧(オリジンクレセント)の持ち手に両足を引っ掛ける。側から見れば、グランは丁度豚の丸焼きポーズをしているような形だ。

 四肢を使って勢いに堪えようとするも、それすら無駄らしい。


( くっそ! ほぼ Uターンの曲がり具合とか頭イカれてやがんのかっての!!)


 急激な減速による慣性と急速な再突進による慣性がグランを翻弄し、持ち手に引っかけた脚はすぐに解かれてしまう。


(うおおおおおおお! よく耐えた、よく手を離さなかった!でも、次は死ぬ!)



 ここまでは火事場の馬鹿力という奴で堪えてみせたが、もう次の急カーブが来たら振り落とされると、そんな確信がある。

 たとえ曲がらなかったとしても腕力的問題から近いうちに「落下→轢かれる」のコンボが決まることも間違いなし。

 どうにかして、この状況を抜け出さなければならない。


 が、しかし。


(やばい、すぐ突き当たりに差し掛かる……急カーブがまた来るぞ……!)



 それは則ち、死を意味することでもあった。だからか、目を見開き、身体が硬直してしまう。動けと命令する心と動かない身体にズレが生じる。

 片手を武器から離して魔法を使えばこの状況を脱する足掛かりになるかもしれない。でも、離せば片手で全体重を支えねばならず、勿論それは不可能だから落下する。

 何をしようにも別の課題がやってくる、デッドロック状態に近い。

 そして、突き当たりまでもつ何秒とない。


 このとき、道の末端が近づいたこのタイミングでようやくグランは気づいた。そこに誤算が生じていることに。

 目線の先には突き当たりがある。しかし、そこには曲がる道が残されていなかった。つまり、これから起こり得るのは急カーブじゃない。



「じゃあ、どうなる……衝突させるつもり、か?」



 その予想はハズレだ。

 グランの足は完全に道から乖離(かいり)していた。

 一言で言えば、飛躍。

 次第に身体に襲い掛かる浮遊感が強くなっていき、気付いたときにはもう、ファヴァールと共に無数にある小遺跡群に飛び乗ろうとしていた。


 助かった、、、などと甘い事は考えない方がいい。



 上に上に向かうという事は、下に向かう力が同時に強くなるということであり。つまり、疲労困憊(こんぱい)のグランの腕に負荷が加わったなら最後。

 するっと、明けの月弧(オリジンクレセント)から手が離れ高所からの落下が始まる。

 ファヴァールと目が合った。

 グランと距離が開くことで魔獣の顎から突き刺さった武器は消える。魔獣に突き刺さっていた(かせ)が無くなったと同時、遺跡群の屋根への着地ざまに激雷砲が2発放たれる。


 グランはまだ空中にいる。頭から落下中とは言え、両手両足は何も掴んでいない、空いている。動かせる!



「魔法球第二式『デアヒメル』ッッッ!!!!!」



 それが魔法と見せかけた物理でない限り、怖くない。魔法球から出て勢いよく広がる霧に電流は吸い寄せられる。


( そんで、魔力は全部俺のもの )


 強い魔力が、失った体力を補完するように染み渡る。

 九死に一生を得るとは正にこのことなのだろう。



( 魔力は不思議だ。別にそれで受けたダメージを回復できる訳じゃないのに、こうやって包まれるだけで元気になれる。力が湧いてくる。疲れを吹き飛ばすように、まだやれると思わせてくれる! )


 腕をまっすぐ伸ばし、静かに遺跡天井に手をつける。滑らかに腕を曲げ、そして前転の要領で体を回転、落下途中衝撃を分散させる。

 そして、そのままの勢いで立ち上がる。


 そう、またグランは立ち上がる!

 視界が晴れ、再び両者は数メートル離れた位置で睨み合う。警戒を怠らず周囲の状況を整理するに、どうやら東奔西走で振り回されている内に、最初の広場近くまで戻ってきていたらしい。


( これなら一応、ルーシャが戻ってきても確認が取れるな )


 とは言え、このボロボロの身体で何ができるのかは分からない。

 敵は未だかつて淘汰されたことのないであろう強力な種であり、個体。不死に近い特質をもつそれは、太古の人も手を焼いた筈。

 奇鬼忌琴(ききききん)という楽器がそれを討滅する術なら、何故太古の人々はそれを使わなかったのか。



 魔獣ファヴァールは『根絶者』にも『守護者』にも見える、両面の風格を持った存在だ。かつて、ファヴァールという獣はその二面性に対応し、二匹いたのかも知れない。

 そして片方は敗れ去り、生き残った『守護者』に片方の凶暴性が宿ったとかなんとか、なんてこともあり得る。


( いや、そんなことを考えたところで今戦いに関係ない)


 でも、


「こんな歴史も文化も無に帰したこんな世界、何が楽しくて創りやがったんだ、畜生」


 沸いて出た怒りをファヴァールにぶつけるように、言葉を吐きちらかす。

 汗が滴り、闇で染色された数滴の雫がぽたっと垂れる。



「この強ぇ奴を倒すのは()()だ。そんで、世界を解放してやるのも()()だ。今は、俺だけじゃできねぇ。だからルーシャが来るまであと少し、もう少し()りあおうぜ。丁度、お前の魔力を吸ったおかけで新たな魔法の着想が得られそうなんだ」



 『半永久』を与えられ、淘汰されることのないであろう魔獣に対し、グランは恐ろしい程に顔を歪ませて親指を地の底に向けて見せつけてみせた。



===================




 息を切らして、太陽の日に照らされ輝く汗を垂らしながら走っていた。


( み、見えた! 遺跡への扉!)


 大きな奇鬼忌琴を抱え走るのは女性にとっては大層きついことだろうが、それでも持ち前の運動能力で前へ前へと喰らい付くように走る。

 ミステルーシャ・アプスを突き動かすのはガソリンエンジンではなく、意志だ。


( ひとりで何でもできたならこの試練に意味なんて無い! それは、ただ戦う側と探す側に分業するということ()()()()()()。そう、アタッカーとサポーターという戦闘においても同じこと! 人は、仲間がいてこそ強くなれる! )



 光溢れる世界から一転、扉を一歩跨いだだけで、世界は常闇に包まれた。目から情報を得ようと瞳が一気に見開かれる。

 最奥遺跡から広場に出るには真っ直ぐ進めばいいだけ、単純な一本道だ。まだ闇に目が慣れない状況だが、ルーシャは構わず進む。



( だいぶ時間を掛けてしまいましたが、グランさんは大丈………)


 考えそうになったことを寸前で振り切り、脳内でなく、声に出して言う。


「いいえ、グランさんは大丈夫、生きています!」



 風がルーシャを撫でた。髪を(なび)かせ新鮮な空気が肺にくるこの感覚はつまり、外へ出たということ。そこまでくれば周囲の状況は一目瞭然だ。


 ゴゴッッ!!!!


 衝撃音が上空から響いたかと思えば、その視線の先、無数の小遺跡群の天井部から突き出され中央ストリートに落下し始める人間の姿が見えた。彼は、グラナード・スマクラフティーは生きていた。

 ただし、なす術なくサンドバッグにされ瀕死状態だがかろうじて、という条件付きだが。


「グ、グランさぁぁぁぁぁぁあん!!」


 思わず足を止め叫ぶが、その熾烈な戦闘の中で互いに強く相手を意識している両者には、その声が届くことは無く。


( 今から音を鳴らしても魔法を使っても、間に合わない!! )


 広場を突っ切ってストリートに行ったとしても、その頃には確実に、グランは地に打ち付けられてしまっているだろう。

 丁度、ファヴァールも浮かぶグランを見下すように吠え、魔法で雷撃矢を撃とうとしているのが確認できる。



「とにかく、動かなきゃ!」


 重い脚を一歩二歩と、苦しみを耐えながらいち早く駆けつけんと動き出す。仲間の死がすぐそこに見えた気がした。でも実際は生きていて、だから、死を実現させてはならない。

 


「届けぇええええええ!『肉体強化(マッスクラフト)』ォォォォォ!!」



 どんな攻撃も間に合わない。どんな言葉も届かないかもしれない。でも、それ以外なら?




==================




 自分は今、突き落とされて落下途中の状況にある。

 結局新しい魔法は使えなかったし、去勢を張って立ち塞がっても見事なまでの惨敗。なんども位置が入れ替わり動きのある戦いをしたが、それも完全な無駄なエネルギー消費だったと言わざるを得ない。


 とても時間がゆっくり動いている。


 だからこそ、こんなに刹那の間に思考を巡らせることができるし、はっきりと奴の眼が見える。「排除してやる」とでも言うような殺意の眼が。



「ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!…………ォォォォォ!!!」



 声?


 ああ、そうか。ついに来たのか、ルーシャ。


 あとは、任せたぜ。そいつに勝ってやれよ。ルーシャ。




______暖かい、支援魔法のオーラがグランを包み込んだ。




===================



「……なんて、諦めるなんてコトできるわけねぇだろうがぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」



 グランは叫ぶ。さらに叫ぶ。そして叫んだ。



「『オリ、、オクタ』ァァァッ!!!!!!!」



 それはいつもの魔法の筈だった。放たれる矢を大破させるために撃った8つの魔力砲のはず。

 なのにそれは、『自分で自分を護る』という強い心の叫びに応え、魔法障壁(マジックバリア)となって顕現した! 8つの魔力が4つずつ、つまり2グループに分かれると、それぞれが四角形の型を作り、二重の障壁へと成り変わる。


 起死回生の一撃にはなり得ない。攻撃を防御できたところで落下ダメージは受ける。でも、そのためのルーシャの支援魔法だ。


 ギュウウウウウウウウウ……………!!! と、魔法の矢がマジックバリアを突き破ろうと回転する轟音が響いた。しかしもう、その攻撃が障壁を突き破ることはできない。


 だから。


「ルーシャ、後は、お前の出番だ」


 その声は本当に小さく、軽く風に流されルーシャには届かない。



「はい、わかりました!」



 しかし、ルーシャがその口の動きを見て、自分がグランに託されたのだと確信した。なんて言ったかなんて聞こえない。でも、その表情には希望が宿っていた。

 なら、それに応えなければいけない。


「行きます。アプス家三女の誇りにかけて、ミステルーシャ・アプスが相手をします!」



 広場とストリートの丁度境界あたりに意気揚々と立ち、奇鬼忌琴(ききききん)を構える。そして、弦を弾いた。

 戦場に響くどんな音よりも、奏でられたその美しい音色が最も場を支配した。

 急いでいる人でさえ思わず立ち止まって魅了されてしまうであろう音だった。誰も、この音色を素人がかき鳴らしたものだと信じないだろう。


 またそれは、魔獣ファヴァールとて同じだ。


 つい数時間前まで戦っていた男女の内片方。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、ギロリと眼を、ルーシャにではなく盾型の楽器にだけ向ける。それだけを見る。



______轟音と共に、爆裂した。



 音符が目と鼻の先に出現し、咄嗟に首を傾げるようにして避けようとするも。爆ぜた肉、吹く血、崩れるバランス。初めてダメージを受けた魔獣はダウンした。

 奇鬼忌琴の音に秘められた魔力的破壊力が、ついに『半永久』の呪縛を解き放ったのだ。

 修復できない肩の抉り傷こそが、その証明となる!



「くぅぅ〜! やっと、やっとダメージを与えてやりましたね、グランさん!」


「まさか、楽器それ自体が武器だったとは思わんかったけどな」


 寝っ転がって仰向けになりながらグランは笑う。


「でも、俺もルーシャも攻撃を喰らうわけにはいかねぇ。さっさと終わらせちまわないと」


「ええ、分かってます!」



 ドスンと魔獣が再起する。瞬間、グランは勿論、他者の害悪や悪意を察知できないルーシャですら感知できるほどの甚だしく鋭利な殺気が場を支配した。


「随分、お怒りじゃないか」


「きっと、私が隙をついて奇鬼忌琴を盗み出したからってのが大きいんでしょうね」


 ファヴァールの方が上にいるため、依然として魔獣の方が有利だ。


「でも、私はこれがあれば戦えます。家では姉達と違いサポートしかできず窮屈に感じていましたが、私はこの大ダメージの快感を知ってしまいました」


 ルーシャは奇鬼忌琴を撫でながら、魔獣と向き合う。


「私は、ただのサポーターじゃない!」




( ああ、羨ましい )


 そのルーシャの(たくま)しい顔を見て、自分と彼女を照らし合わせる。


( 多分、今までの俺ならルーシャを見て、そうとう自分を卑下していただろう。『俺はサポーターのルーシャにすら攻撃面で負けてしまうのか』って感じで。……でも、気付いた。俺は今までの鍛錬の中で、一体いまのルーシャのように活き活きとしていたことがあったか? あんなに、自分の価値を見出して歓びを表に出したことが、あったか?)


「______がんばれ! 勝つぞぉおおおおお!!」



 様々な軌道を描く音の弾丸が、頭から飛び降りる魔獣へと向かう。どんなに殺気立とうが、空中で回避など不可能。そして、確定命中の音弾は複数。 絶対に重傷を負わせられる。

 と、確信して。


 電撃が二人の頭上、空気を一閃する。


「うそ、だろ。こいつ、自分に雷を当てて落下軌道を逸らしやがった!」


「でも、それならまた音を奏でるまでです!」


 劇場が開幕し、激しい動きと爽やかな音楽が乱れ舞うシーンに移ったような、熾烈を極める展開。

 無事に着地を果たした魔獣ファヴァールはすかさず、凄まじい反射速度で音を避け、ルーシャのもとへ一直線に進む。


( まずい! この調子で躱され続けたら、やられる!! 何か、何か策はないのか……!! )



 グランとファヴァールは中央ストリートで交戦していたが、ルーシャは未だに広場の方にいる。だから、単独でいるところを狙われれば手の施しようはない。

 弦を弾く素振りも焦りで乱雑になり、ジャランと鳴る音も徐々に美しさを失いつつあるように聞こえる。


 ファヴァールもファヴァールで片方の肩を抉り取られている筈なのに、壁を走るように回避し、飛んで回避し、ついに魔獣の鉤爪が届く範囲までルーシャは接近を許してしまった。



「ひっ……!! 」


 間近で見る『根絶者』としての狂気の目には迫力だけがある。大きな楽器を持った状態での回避など困難。つまり、戦えるようになったルーシャの弱点は、回避を捨てなければならないこと!


 腕が、振り上げられる。


 そして、パリンッ_____と、魔獣の後脚に当たり何か割れる音が響く。


 気付くと、ファヴァールは攻撃を止めていた。何の変哲もない、小さな音。グランが魔法を放った訳でもないし、ルーシャが奏でた訳でもない。そんな、気にも留める必要のない小さな音に___否___その音を立てた"物"に魔獣は過剰に反応した。


 魔獣の足元にあったのは、小さな女型土偶の残骸だった。


「え?」


 ルーシャはそれに見覚えがった。

 グランとルーシャが別れて適材適所で試練を遂行するほんの寸前、遺跡を探索していたときに見つけた唯一の遺物。


( なんで、これが今出てくるんです?? なんで、この魔獣はこんな土偶ひとつで攻撃を中断させ____ )



「ルゥゥゥーシャアァァァァーーー!!今だっ!ぶっ潰せええええええっ!!!」



 魔獣の姿に隠れ、その声の主は見えない。が、その音がルーシャの正気を取り戻させた。

 美しいその手が弦を弾き、美しい音色を奏でる。

 心地良い響きは魔獣ファヴァールの正気をも取り戻させたが、もう遅い。この至近距離で、音が出てから気付いたようじゃ躱すことなど不可能。


_________ぐちゃ。


 妖艶な奏者によって生み出された幾つもの音弾が、ものの見事に巨大な獣をくり抜いてみせた。それこそ、完膚なきまでに、再起することすら叶わなくなるまでに、完璧に。




 (第二の)試練二つの課題。

 魔獣ファヴァールの討伐と奇鬼忌琴の入手、達成。


 試練開始から終了、そして、拠点への帰還までの時間、計約45時間 (エルカジャ遺跡に到着してから試練達成までの経過時間は約3時間)。




 グラナード・スマクラフティーは自らの課題と今後の鍛錬について見直しを計画。また、この試練で得られたEXP(けいけんち)を糧にさらなる研究を決意。


 ミステルーシャ・アプスは奇鬼忌琴を私有化。ただし、無闇矢鱈に弦を弾いてしまうと拠点崩壊の危機アリとの判断で練習は近場の森や草原に制限。また、より一層の体力向上に専念。



=================



 そして、彼らが日に日に成長を遂げていく裏で、また別の暗躍が進もうとしていた。

 古城プロスペリテ屋上にて、代表者7名が集結していた。



 一人は、まるで包帯かのように鎖が身体中に巻き付けられている全身鎖男。名をアスタロ。


 一人は、上裸に近く、鍛え上げられた身体を持つヤンキー風な男。その名はザガン。


 一人は、黒のゴスロリドレスを着て頭に小さなウィッチハットを乗せた魔女。彼女の名をバーティと言う。


 一人は、左手に包帯を巻いて肌を隠している点を除けば何の変哲もないただの子供。彼はイッポス。


 一人は、燃えるような真紅のナイフを大テーブルに数本並べて整理する男。名を、カラピア。


 一人は、集結した中でもっとも図体の大きく、美しいものを愛でる青男、ゴース。


 一人は、槍を携え、常にニヤニヤしたような表情で遠くの景色を眺めている青年、フィースト・カタフ。



 彼らは全員、元・失踪者にして、現・悪を嵌め込まれた人間。その中でも群を抜いて強い上位の者どもだ。彼らは今から、失踪事件の歴史が始まって以来千年の時を経て、ついに動き出す。


「さあみんな、そろそろ話し合おう。まずはそれぞれ、斥候(せっこう)として派遣された思い出話を僕に聞かせてくれよ」


 不敵な笑みを浮かべて言うフィーストに注目が集まる。その皆の顔を見ながら表情を崩さず、彼は続ける。


「なんてったって、僕はずっとこの世界でぼけっと監視してるだけで、退屈だったんだからさ。僕は楽しいことが好きんだ」



 その言葉を皮切りに、リーダー不在の悪者達の会議は始まったのであった。

 "とんでもない計画" は着々と進行していく。

 もはやその阻止は叶わない。






今回もお読みいただきありがとうございます!


ファヴァールには『根絶者』と『守護者』の両側面があると言う話がありましたね。

簡単に言えば、もともと『根絶者』として街を荒らしていた魔獣でしたが、闇の支配を境目に性格が逆転することで、街を護る『守護者』としての側面を手に入れた。


こんな過去がありますが、気にすることじゃないですね

次回からまた新しい場面に入りますので、どうぞよろしくお願いします!

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