第一章23 適材適所①
ミステルーシャ・アプスの悲痛の叫びは、どこまでも行き渡るほどに高く透き通った声だった。
誰がこの事態を想像できただろうか。
明けの月弧を手放した腕が一本、歪に回転しながら宙を舞い、武器と腕が同時に落ちる。弧状の武器はそのままグランからある程度離れたことで自然消滅する。
そして横を見れば、腕を失くしたグラナード・スマクラフティーが自身の血で作った暖かい絨毯の上に横たわる姿。
そして。
それを何事も無かったかのように、心臓を貫かれて息絶えた筈の魔獣ファヴァールは傷ひとつない状態で起き上がり、グランを見下ろしていた。
「ーー、ーーさん!ーーですか!声が分かりますか!」
痛みとショック、そして何より本来あるべき物がないという事実が感覚を狂わせている。
「あ、ぐぁあ……くそ、油断、し、た」
「ああよかった……!! 最大限の速度で回復させます。なので是が非でも意識を保ってください! 結界の応用で障壁を張ってますが、いつファヴァールに破壊されるか分かりません。腕が繋がるまで辛抱を!」
「了解、した」
ガリガリガリッ!と、猫が爪を研ぐように障壁を破壊せんとする音が聞こえる。グランはその音を聞いても反応を示していなかったが、一方、ルーシャは焦燥に駆られていた。
腕を繋ぐ為に決死の思いで回復に力を注ぐ。しかしその爪を立てる音が今か今かと気を荒立てるのだ。
「ルー、シャ。お前がいれば俺は負けねぇって、俺は信じてる。だから、俺は、何故あいつが生きているのかについて、それだけ考えておくぜ」
焦燥や緊張が走る時に来る追い討ちをかける様な応援の声、これは更なる焦りを生み出し悪影響を生み出すことにつながりやすい。
でも。
「腕を治せ」でも「お前ならできる」という期待の声でも無い、「それは任せるから、自分は他のことに注ぐぞ」という信頼から来る言葉には別の力があったりするのだ。
そう、今の彼の言葉がまさにこれに該当する。
「_____ええ、そうですね!」
結界が破られるまで時間はない。
でも、だからといって何もしないのは間違っている。
( 考えろ、考えろ。あいつは何で生きているんだ? 心の臓を貫いて胴に穴を開けてやったはずたぞ俺は )
痛みはどうやっても意識から引き離すことはできないが、その中でも精神を集中させ、思考を巡らす。
首を動かし、暴れる魔獣を観察する。
( 前のヘキサ・アナンタも首を再生することができた。でもそれは生きているという条件があったからできた所業の筈 )
そうなると本当に心臓を貫いていたのかと言う問題がある。確かにそれはグランが貫いたと思っているだけに過ぎないのかも知れない。が、しかし呼吸停止しているところまでは確認済みだ。
つまり、一度死んだ上で傷も塞がり復活したのだと予測ができる。なら、別の法則があるに違いないのだ。
( とりあえず一旦、ファヴァールは死んでも復活する生物であると仮定しておこう。そうすると何だ、一体どうやれば倒せる? 何度か倒さないといけないのか、はたまた別に条件があるのか )
「もしかしたらやっぱ、言葉遊び、なのかも知れないな」
「言葉遊び、ですか」
峠を越えたのか、回復を継続しながらグランの言葉にルーシャも食いつく。
「そうだ。挑戦者が複数なのを有効に使えって試練の内容にあっただろ」
「それは、適材適所で戦えということではなくて?」
「そんなことは最初から分かりきってることだった。なのに敢えて言及したことには意味がある筈だ」
「ああ、確かにそうですね」
考察をしている内にグランの腕が綺麗にくっつく。
「グランさん、腕はなんとか繋げましたが失った体力を取り戻した訳ではありません。危機的状況にありますが、戦えますか?」
「勿論、何度でも立ち向かってくるなら何度だって葬ってやる。そんで、こいつの真の対処法を考える!」
予想以上の出血量からか、立ち上がっても足もとがフラつく。身体は血みどろになり見た目は最悪で、何か人外の生物にでもなったかの様な雰囲気さえある。
それに加えて。
「へっ。絶対に潰してやるよ」
嗜虐的な表情でそう言った時には、完全な狂人と化す。
( うっわ、グランさん、これ戦闘を愉しませちゃ駄目なタイプの人だぁ……!! )
「よし、来るぞ!」
その一言で気持ちはスッと魔獣に引き戻される。
突進する勢いで障壁をぶち破り、魔獣はグラン達に休ませる暇も与えずそのままの勢いで体当たりをかます。
繋がったばかりの腕とふらつく身体では手も足も出ない。未だ持続しているはずの支援魔法を凌駕するような衝撃がグランの身体を貫く。
「ぐ、ふ」
( 重ねがけで強化したのに?! やはり明けの月弧で対抗しないと厳しいですか……!! )
「ルー、シャ」
ファヴァールの前脚が横たわるグランにのしかかる。
「グランさん!」
一度腕が切断されグランの体から離れたことで『赤い糸』の効力は失われている。もう一度魔法を掛けようにも、未来決定という強い効果を持つ魔法を使うには多くの魔力を消費しなければいけない。
しかし既に一度『赤い糸』を使用済みで、他にも障壁の展開や全力の回復などで魔力は相当消費されていた。
ルーシャは悩んでいた。
これからの魔法使用を減らす、つまり支援という役を捨てる代わりに未来を決定する魔法をかけ直すべきか。
あるいは、これまで通りのサポーターを続けて着実に勝利への道を築いていくべきか。
「俺なら、やれるぞ……!! 」
ルーシャの停滞しかけた思考に再び流動を促したのは、やはりグランの一言だった。
「グランさんから離れて!『限界超圧』!!!」
強く拳を握りファヴァールを睨みつけ、吹き飛びそうな威圧を飛ばす。ただそれだけのことで魔獣にとっては何の脅威たり得ないが、意識を自分に向けることはできる。
ルーシャに焦点を当てグランから重い前脚がどいたなら、やることはただ一つに縛られる。
「『明けの月弧』か・ら・の! ぶった斬るッ!」
ボロボロの身体になるとぶった斬るのも一苦労。脚は重く腕に力は入らない。
でも、それを今解決できるのは気合いしかない。
ガガガガガッ!!!
不幸にも刃と堅殻が交差してしまい、肉に刃が届かない。
「でもこんなことはこれまでも、これからもいつだって起こるだろうよ! だから、ここで押し切れなきゃこの先やっていけねぇっての!」
その研ぎ澄まされた捨て身の攻撃は堅い突起部位をへし折る。そのまま、肉を断つ。
少しずつ、地道に流れはグランへと巡ってくるものだ。まだその時は来ていないが、なら、自力で持ってくればいい。
( こいつは強く速い! 俺がちょこまか動いて多方向から攻めないと、真っ向勝負じゃダメだ!)
ギロッと視線がグランに乗り移る。
しかし、それを振り切るようにグランは支援魔法の恩恵を最大限に利用して魔獣の周囲をぐるぐる回る。で、突然逆方向に跳んで斜めに肉を引き裂く!
すばしっこく、自分がやられて嫌な猪口才な立ち回り。自分がされて嫌なら、相手が人で無くとも通用するときがある。
跳ぶ。
尾をハードル走のごとく越える。
時には背に登る。
どんな奇想天外な行動も、戦いに役立つかも分からない行動も、勇気を持って果敢に攻め続ける姿勢がそれを意味付ける。
( とにかく動け。獣ってのは狩りの達人だ。普通に戦うんじゃあ奴の意のままの獲物でしかない )
魔法が展開される。高電気量の矢が素早くグランを射抜かんと空気を裂き、しかしそれは僅かに遅れて地に突き刺さる。追いつくことのできない魔法と人の鬼ごっこ。
隙を強引に作り懐に潜ると腕の付け根を抉る様に下から上への攻撃を、と。
「ちっ、やっぱこいつの難点は所々にありやがる堅い突起。さっきみたいに折ってやるにしろ、限度はあるぞ……」
攻撃の勢いをまとめて無くす引っかかり。流れを止めるその堅殻。
「『シフィム』と、そして『月の光』」
そこで効力を発揮するのは回復魔法。そして、本来武器を活性化させる為の補助魔法。だが今回は三日月を強化するために詠唱したのでは無い。
「その副作用。武器使用者に与える能力強化」
ファヴァールは大きく時計周りに回転し、グランを弾く。
同時に、ポロッと。
お陰で、乳歯が抜けるかのように堅部が引き裂かれた。
「なのになんであいつは痛がる素振りを見せないんだっつのよ!」
グランから跳んで距離を取ると、その頭部に電気を帯び始める。今までとは違う行動だが、予想はつく。距離を取っての攻撃は即ち遠距離魔法攻撃に絞られる。
非常に予想の簡単で、対処も簡単な行動。
「魔法球第二式、『デアヒメル』」
手のひらの上の、その小さな魔法球からどうやってか止めとなく溢れ出る白い煙状の魔力は、その刹那に視界を埋め尽くす。
魔力を吸収し、かつ自分のものにすらしてしまう恐ろしき魔法は、いとも簡単にファヴァールの遠距離攻撃をを封じてしまい_____
事実として、魔力は確かに吸収した。高電位の力を引き出していただけあって我がものとなったそれは強かった。
事実として、攻撃は防がれることはなかった。
事実として、早計だった。
事実として、視界が奪われた白い世界で、グラナード・スマクラフティーは完全な無力だった。
グランはくの字に折れ曲がった状態で遺跡の元来た道を戻ってゆく。
で、どうする。
宙に浮いた状態で動くことは普通できないし、現状ずば抜けた体幹を持っているわけじゃない。遠ざかりながら、魔力の霧が晴れ魔獣の姿が再び露わになるのをただ見て。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
甘んじて受け身を取りつつ地と激突し、後転倒立の要領でくるっと立ち上がる。
「あいつ、雷撃を脳天に集中させてとんでもないパワーの頭突きやってきやがった! ああ、ルーシャの魔法があって良かった、無かったらと考えたら恐ろしい……」
魔法『デアヒメル』を無力化する方法は2つ。それを以ってしても吸収しきれない莫大な魔力で濃霧をこじ開けるか、それがダメなら物理で殴るか。最も、後者の方が圧倒的に楽にできることは言うまでもない。
何度も『霧』と表現してきたが、そう、今のグランに本家のような気体系魔力を操る力量はない。
されば必然、グランが『デアヒメル』を使う時、その視界は『霧』によって塞がれてしまう。
されば自然、敵が何をしているのか分からない状況に於いて、最も有効な物理という手段を敵が選んだとしてもそこに対抗策は存在しない。
「俺は既に一度、あいつに魔法吸収の手札を晒していた。そうだ、真っ向勝負で俺に魔力が通じないであろうことは奴も知っている筈だったんだ」
それに、
「グラン、さん」
「ああ、ルーシャも気づいたか」
この試練の最初の難関、魔獣ファヴァールの不死という特徴。別にそのトリックが分かったなんて都合の良いことは無い。
むしろその逆だった。
つまり、謎が増えた。いや、魔獣に関する解釈が間違っていたことが明らかになったと言うべきか。
「こいつ、いつの間にか傷が完全に治ってやがる」
死んでから復活するとかいう問題ではなく、ある意味でトリックとも言えるが、ファヴァールにどれだけ傷を付けたところでそれはすぐに修繕されていく。
生きながらにして、そして恐らく無意識で自然に治っていくのだ。
グランがへし折った堅い部位も、引き裂いた肉も。
そもそも攻撃が掠りもしていなかったかのように、まだ戦いすら始まっていなかったかのように、完全な姿でそれは生きている。
「無限の自然治癒ってか」
「そんなの、生き物としての次元を超えた何かじゃないですか。いくら何でも、そんなのはあり得ない。あれが生物であると主張するなら、あり得てはいけないと言うべきでしょうか」
「今更だが」
本当に今更のこと。そして今ここで気にする必要もないようなことを、今でも魔獣にこれでもかと睨まれてることなどお構いなしに言う。
「俺ってあいつにやられたばっかりで、実はそこまで攻撃してねぇ。その割にはやたら動き回ってる。別に勝てればそれでいいんだろうけどよ、それにしては収穫がまだ無いんだ。でも、こいつは」
のしのしと、格好の獲物をロックオンして離さない眼光が接近する。
「まだまだ強者の余裕ってのがある。そりゃあ全くもって被害なんて受けてないからな。だか俺はこうも思う。結局は獣にすぎないって。あいつは確かに他より賢いと言っても、それでもやっぱり攻撃にはパターン化が生じるものなんだ」
「本当に。対策はしやすい、ですよね」
ガコンッ!と攻撃が相殺され、火花が散る。
「これも、何度も見た攻撃だ!」
鉤爪はもちろん、尻尾、堅殻、魔法。
全部、今までのやられてばかりの戦いの中で何度も体験した攻撃だ。
素早い連撃だが、弾き、躱し、いなすことが出来れば問題ない。
そしたら。
今度は2本の蒼い光が、魔獣の頭上から十字架を描いて串刺しにしてやる。
( これはただの時間稼ぎにすぎない。何度貫いて、何度も切り刻んでやっても奴は立ち塞がる。だから、その対抗策を施策するための時間稼ぎ )
「こんな時、どうすればいいと思います?」
それは質問、というより問題だ。
「どうすりゃいいってそりゃ、戦い続けるしか」
「ぶっぶー。正解は、『逃げる!それに限る!』です。昨日グランさんが教えてくれたことでしょう?」
ほら! と言って手招きしながらルーシャが遺跡入り口へと駆け始める。ファヴァールは身体を貫かれてまだ動けない。
なるほど、絶好の機会じゃないか。
「お、おい待てって!一旦引き下がるのは分かったが、逃げるんじゃなくて戦略的撤退って言おうぜ?」
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エルカジャ遺跡を出てすぐ、外壁に寄り掛かる様に2人は休息を入れていた。どうせ撤退するなら、どうせ敵が常にマックス体力の状態なら、こちらもまたある程度回復した状態で挑んだ方が良い。
別に、休むためだけに戦線離脱をした訳ではないのだが。
「さて、じゃあ。魔獣ファヴァール攻略法思索会議を開きましょう。議題は、どうやって不死の獣を倒すか」
「分かりきってる事だが、絶対、何か条件がある」
「では何を満たす必要があるのか。何か仮設とかあったりしますか?」
眉間に皺を寄せるように一瞬考える。
「さっきルーシャに腕の治療してもらってる時にも言ったことだが、俺は、ラグラスロがまた何か試練にヒントを隠してるんだと思う」
ここで一度試練の内容を振り返る。
まずは今、丁度直面している『ファヴァール』の討伐。
そして次に、楽器『奇鬼忌琴』の入手。
でも、それだけでは無かった。
「挑戦者が複数なのを有効に使え、ですか。グランさんはこれに何か意味があるって言いたいんですよね?」
「ああ、そうだ。でも実ははそれだけじゃなくってだな。普通に忘れるところだったんだが、ほら、ルーシャとラグラスロでファヴァールと奇鬼忌琴に関連性があるのかっつう話してたろ」
「あー、はい。確かあの魔獣は各地を放浪としている存在だったのに、いつの間にかこの遺跡に定住していたとかっていう話ですよね」
「それ! あいつはあくまでも憶測で言ってる雰囲気出してたけど、多分ありゃ関係あるぞ」
「となるとつまり、ヒントはエルカジャ遺跡にあると。もしかしたら文献なんかが残っていたりするとか?」
違う、と言ってグランはその説に否の判決を下す。
「勿論俺の考えが正しいとは限らないし、ルーシャのその説もあり得る。ただ、もっと簡単なヒントがあるじゃないか」
頭の中では意識している筈なのに、なぜかつい考えるのを忘れてしまいがちなこと。それとも、近くにあるからこそ逆に見えなくなってしまうことなのか。
そのどちらにしろ、最初の内から、なぜそこに繋がりを意識しなかったのかと後からツッコミを入れたくなるような。
「もしかして、」
「奇鬼忌琴。試練の内容2つ目の、禁忌にされたとか言う楽器だ。一見別々の関係ないものに見えるだけで実は、それこそが答えなのかも知れない」
グランはルーシャと比べれば頭の良さで劣る。世界三代派閥の人間として教育を受けているのだから当然と言えば当然なのだが、それでも、時々グランにも突然の冴えがやってくる。
それは特に、パズルを解いたり謎を解くような時。
その、持てる情報を組み立てて解決への一手を打つようなことに長けている。
「現実的だとかそうじゃないとか、あいつが死なないって時点でもう関係ないだろ。なら、考えられることは何でも試してみた方がいい。だから、ルーシャの考えも採用だ」
「またなんとも、もともと世界中真っ暗なんて常識外の状況で典型的な枠に囚われていたんですね私」
「いやいや、それが普通だぞ? 俺だっていつもそんな突拍子のないアイデアなんか浮かばんし、逆に常にそんなアイデアばっか考えてたら俺が常識無いみたいじゃんか」
ルーシャは何とも言えず苦笑する。
「ははぁ、そりゃそうです、ね?」
「?? 何故に疑問形なんだ?」
脳内で刹那、胸を触るグランや狭い場所で密接するグランが浮かび上がってきたからだ〜なんて言えるはずもなく、とてもぎこちない反応が続く。
「なんかあるなら言ってくれよな、夜も気になって寝れてしまうのよ」
「い、いえいえ! 咄嗟に何を言えばいいか思い浮かばなかっただけで、何も何も!」
「夜も気になって寝れるって部分はスルー…… 」
「え? ああいや、えっと、夜寝れるならよかったじゃ無いですか〜? うーん、一安心ですね」
グランは今後一生、ルーシャが何故慌てふためいているのか理解できないのだろうか。
持ち得る情報を組み合わせるのはできても、自分が過去に起こした罪を思い出すことはないのだろうか。
ある意味でグランには『潜在能力』のようなものがあるようにも思えてくる。あと何度同じようなことを繰り返すのか数えてみたくもなるが、あまりにもハプニングが起きすぎてどこまで数えたかわすれてしまうなんてことがあるかも知れない。
それはそれで羨ましいような、もしかしたら男の儚き妄想を掻き立ててしまうのでは?
と、そんなフワフワタイムはすらすらと流れていく。
「さて」
一拍置いてルーシャは続ける。
「疲れも少しは取れたかと思いますので、そろそろ動きましょうか。最後にもう一度作戦の確認をしましょうか」
「そうだな。俺たちは最初からファヴァールとの戦いには臨まないってのが前提だな」
「そしてまずは奥の広場の手前に並ぶ小さな建物内をざっと探索します。もしかしたらヒントがあるかも知れませんし、無くてもなにか便利アイテムが見つかる可能性がありますからね」
2人で頷きあいながら機械的に確認を進めていく。
「で、少しずつ奥に向かって行って魔獣の野郎と対面となる訳だが…… 」
「そこで私は建物陰に隠れておいて、グランさんに不意を付く行動をしてもらいます。恐らくファヴァールはグランさんオンリーに敵視を当てるはずですから、その隙を突いて私は奥の建物へ侵入、と」
それが簡単な作戦のあらましだった。
「本当に大丈夫なんですよね? グランさんとある程度離れるか時間経過で支援魔法の効果は切れてしまいます。そうなると先程までのような戦いができなくなるんですよ?」
「ああ、分かってる。でも、次は倒すために戦うんじゃないだろ。待つために戦うんだ。そもそも、適材適所で戦わなくちゃいけないのは分かってた。つまりこれが、今回の適材適所の形なんだろ」
互いにその覚悟を確かめ合うよう見つめ合う。両者、黒の世界の中でも目に宿る光は未だ健在だ。それは信用へと繋がり、本当にできるのかを問うことをやめる。
「まさか、私がこんな世界を旅して出会ったばかりの人と難関ミッションに挑むみたいなことになるなんて思ってもませんでした」
うんうん、とグランは頷きを返す。
「これは一生記憶に残り続ける出来事です。だから、それを自慢げに語るため、ここは死ぬ気で挑みましょう!」
「……死ぬ気で行って本当に死ぬなよ?」
「ちょっと! 人がせっかくいい感じにしようとしてるのにもう」
「ごめんて。でも、ルーシャの言う通りだ。この壮大なお話、皆んなに聞かせてやる為にはまずこの通過点を乗り越えなきゃいけない」
ふざけているように見えて、でも声のトーンは至って大真面目。その、いくつもの感情を織り交ぜたらしき言葉にはグラン特有か否か、ぞわりとする何かがある。
緊張。
戦慄。
恐怖。
狂気。
威厳。
グラナード・スマクラフティー、18歳。
第一の試練でもこの第二の試練でも死の境を彷徨った。だからと言って死の境に慣れなど無いが、恐怖も無い。
( 雰囲気は、自然と周りに感染する。周りの人が勇気凛々と立ち向かうなら他も立ち向かうし、眠そうにしてる人がいたなら何かと眠気を引き起こす………今私に起きているのは、それだ )
ぞわりとする何か、とは。
( 言葉にするのは難しいけれど、私は今、ゴールへの執着を感じ取っているんだ )
「行こう。そして今度こそ、立ち塞がる通過点を突破してやろう」
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休息を終え、作戦が始まった。
戦前の探索が実施されるも、予想はしていたがこれっぽっちも収穫はなかった。唯一残っていた遺物は何故か女性を模した土偶。
尽くが朽ち果てている中で何故これだけ耐え抜いてこれたのかは謎だが、理由が何であれ使えそうにはない。
『いいじゃないですか、グランさん好きそうですし持っておいたらどうです?』などと何だか呆れられているらしきことを言われ女型の土偶を押し付けられたグランだが、手のひらに簡単に収まるサイズだったので受け取っておいた (その際『うわ、本当に受け取るんですか?』とでも言いたそうな目で見られたのがグサッと来たが )。
だから土偶を握ったとき何か魅入られる感覚がした、というのはルーシャには黙っておいた。何か嫌な勘違いをされそうだった。
という訳で、現在2人は別行動中だ。
グラナード・スマクラフティーはど真ん中の道から堂々と、自己主張するようにファヴァールに姿を晒すため。
ミステルーシャ・アプスは脇の道からひっそりと、ファヴァールの視線を掻い潜るため。
それぞれの目的のために、いま、分業作戦の最難関ポイントに至る。
「だぁぁぁらあぁぁッ!」
1本、2本、、、、叫び声と同時、複数の光線が不意に魔獣を射抜き、魔獣の各部位に穴を空ける音が合図となる。
ファヴァールはその穴をすさまじい速度で塞ぎ、吠える。
グランは『明けの月弧』を構える。
ルーシャは全速力で最奥の建物へ走る。
「この武器があるとは言っても、補助魔法無しだとやっぱ重く感じるな。この待つって作業が、最も苦しくなりそうだ」
佳境。
ふたりだから出来ていたことを独りで行うことの厳しさは想像するまでもない。
でも、既に相手の手の内はわかっている。
なら、それならそれなりに凌ぎ方ってのがある。
深呼吸して、目の前の巨大な生き物と睥睨し合う。そして一歩、強く前に踏み出す!
今回もお読みいただきありがとうございます!
さて、まだ試練編は終わらなかったと言うことでまだ続きます。分業作戦はどうなるのか、是非次話をお待ちください。
では、次回もよろしくお願いします!




