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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章21 巨獣と魔獣



 闇の世界、拠点から見て北方、そこには巨大な古城が堂々と佇んでいた。


 古城プロスペリテ。


 かつて未だ光溢れる世界であった時代、城の主である王様はときどきその城の屋上にて、参謀・重鎮などと共に話し合いの場を設けていたと言う。

 それだけでなく国家間による議会や公会議なども行われたことがあるほどの巨大な建築物だ。


 しかし現在、その城は今もその形を維持してはいるがそこにかつてのような活気はない。

 これだけ聞けば何を当たり前のことを、と思うかもしれない。それもそうだ。闇に包まれ光を閉ざされた世界に活気などあるはずもない。

 だが、ここで言っているのはそう言うことではなく。


 その城を()()()()()()()()()()()()()()()()()()活気がないのである。


 それは何故か、簡単なことだ。

 そこに住む者も同様、心は閉ざされているから。

 否、悪を孕んで生まれなおしたという次元ですらなく、ただの骸兵(むくろへい)として、心を持たない操り人形として存在しているからである。


 フィースト・カタフという人間がいた。彼はこの世界で死して、そして心を持たされたまま今もなお生きている。彼のように他の骸とは違う存在は他にもいる。

 例えば、ゴースやカラピアの二人組もそうだ。彼らもこの魔界で命を刈り取られ、そして感情を抜き取られずに生き返った。

 では何故、ごく少数の彼らだけが悪感情を嵌め込まれただけの、『感情を持った』人間であるのか。


 話は最初に戻る。

 このプロスペリテ城ではかつて王主催の会議が行われることがあった。それは国のあらゆる面での重要な役を担う人間が集まってこそ意味をなす。

 そして現在古城となった今でも、世界を闇に包んだ犯人が王として君臨し、そして数人が集い会合を開く。

 つまり、『感情を持った』人間とは所謂(いわゆる)重要人物。魔界運営に於いての強者に他ならない。




「すみません。我らゴースとカラピア、ただ今戻りました」


 突如城の屋上に2人の人物が姿を見せる。

 いまゴースとカラピアの他には城主が鎮座している。その城主は2人の突然の出現に何の反応も示さず、ただ静かに、それでいてどこか凝縮された強い視線を以って問う。


「任務の結果はどうであったか」


 その言葉には圧も期待も無い。しかしそれが逆に剣呑な雰囲気を放っているようにも思え、だからこそ圧がかけられていると錯覚する。


「申し訳ありません。目標、グラナード・スマクラフティーの眷属の撃破は叶いませんでした」


「同じく、申し訳ねェと思う。相手が子供、それも女だと油断した。あいつ、強ェぜ」


「予期せぬ事態もありましたが結果として我らの油断が原因でございます故、如何なる罰をもお受けいたします」


「そうか、それならそれで別に良い。そこまで気に病む必要もない。だが、必ず決戦の時はやって来る。ゆめゆめ、今後は油断を怠るな」


「「御意に」」



 ほんの1分にも満たない時間の中で行われた三者密会。カラピアとゴースが屋上から去ると、取り残された城の主は遠くの地を見る。


「我をどれだけ退屈させないか。そして、どれだけ他の奴らに負けぬ勢力を築けるか。他人の振りみて我が振り直せの言葉に従い、次は我の奪う番だ。魂は浄化された。次はもう無いのだ」


 そう言って彼は、黒龍ラグラスロは飛び立った。向かう先は南にある、そう、失踪者達の拠点へ。

 善人としての仮面を被り、いざ、試練へ赴いたグラン達の帰還を待つ。


「スマクラフティー。その実力、しかと見届けよう」




========================




 時を同じくして、エルカジャ遺跡へと繋がる街道の途中にて。


「グランさん! サポートは全面的に私に任せて、とにかく攻撃を掻い潜ることをまず考えてください! 攻撃は喰らったら即死です!」


「了解。そんじゃあ、寝る前のひと暴れやってみますか!」


 彼らは黒く、剛腕で(おぞ)ましい破壊力を生み出す巨獣と対峙している。何もかもを破壊し尽くすであろう力の持ち主のはずだが、それでも戦うのがグラナード・スマクラフティーという人間だった。


「ちまちま攻撃なんてしてられねぇからな。やるならさっさと終わらせるに限る!」


 無詠唱で『ヤクト』と『ノイモント』を同時使用すると、右手に三日月の刃が顕現する。刀身は黄色く輝き、暗い世界を微々たる光で照らす。


( え? この三日月型の武器って、もしかして……? )


 そう思ったと同時、ルーシャの口は無意識に詠唱していた。


「『月の光(ルナ・ルス)』」



 次の瞬間、突如として武器に変化が訪れる。


 淡く黄色い光は力を強め、金色(こんじき)の輝きがグランごとその武器を包み込む。

 煌々たる光の中から見える月型のシルエットはひと回り巨大に、そして溢れ出るオーラは凄まじい魔力へと還元されグランに吸収されていく。


「お、おいルーシャ、これは何なんだよ!」


 神々しいまでの光の中から焦りの声も漏れる。


「これは『月の光(ルナ・ルス)』と言ってですね! グランさんが使ってるその武器をさらに進化させる魔法なんです!」


「この武器専用ってことか? そんな都合の良いことあるかよ?!」


「でも実際にあったんですから、運が良いってことです!」



 次第に光が肥大化していき、そして勢いよく弾けた。花火のように周囲は点々と煌めき、場を綺麗に飾っている。

 流石の「化け物」もイレギュラーすぎるこの状況に何か危険なものを感じ取ったらしく、おとなしくその様子を眺めていた。


「こ、これが強化された三日月ってか……」


 ざっと見た感じでは大して変化は無い。

 だが切れ味は以前より鋭さを増し、何より質量がぐっと重くなったようにも思える。他にも、微笑な形状の変化として弧の一端、その裏側にノコギリ状の刃が付いていたり、もう片方には鋭利な出っ張りが付いている。

 また、刃紋と呼ばれる波模様はより一層の激しさを増し、荒れ狂う大海と形容するのがピッタリかもしれない。


「新形態の武器もそうだが、さっき俺に流れてきた力もなんだか不思議だ。多分、さっきまでの状態ならこの重い武器を片手で振るなんてできなかったはずだ」


 これらの急激な強化を体感して、グランは確信する。


「今ならあのおっかねぇ『化け物』も怖かねぇ! 戦える!怯まずに向かっていける!」


「『肉体強化(マッスクラフト)』でもうひと押しです。ささ、グランさんやっちゃってください!」


「よし、いくぞおらあぁぁぁぁぁッッ!」



 ルーシャの支援魔法で攻撃力・俊敏性・忍耐力が上昇し、そして『月の光(ルナ・ルス)』による特典で絶好調の今、グランは敵無し状態!


 巨獣の投げ飛ばした重い岩盤も滑らかに真っ二つに斬り、大地を震わす程の咆哮とそこから生じる強い圧力をも突破する。

 約50メートルの距離などすぐに埋まる。

 だがそうはさせまいと「化け物」も必死の形相でピストルの如く速さと威力で右拳を飛ばす。


「どわっ! と、図体のデカさの割に速いなコイツ。でも、残念だが俺の方が早い」


 巨獣はまだ右拳を突き出した直後だ。再び拳を叩き込むには絶対に時間がかかる。

 なら、その一瞬の時間に叩き斬ってやればいい。


「もらったぁ!」


 けどそれは、もう一度右手で攻撃するならの話であって。


「_____え、、ええ、こいつ二足歩行できるのかよ!」


 巨獣は当然かのように両腕を大地から離し、前のめりに立ち上がる。そして左腕が稼働可能となり、


 左拳の一撃がグラン目掛けて一直線に向かう!



 ガガガガガガゴガゴンッ_____!!



 激しい衝突音を街道に轟かせ、月の刃と「化け物」の左拳が拮抗する、、、かと思われたが。


「え、嘘……」


 後方で見守っていたルーシャが小さく呟く。

 その視線が捉えていたのは、フルスイングで振われた拳がいとも簡単にグランを弾き、地を抉りながらルーシャの足下まで飛ばしてきた瞬間。


「グランさん、大丈夫ですか?! 」


「い……」


「い?」


「い、、痛えええええええええ!! 腕がこれでもかと痺れてやがる。とんでもねぇ怪力だぞあの『化け物』!」



 50メートルもの距離を軽く突き飛ばさたにも関わらず平気そうなグランを見て思わず、


「なんだ、普通に元気なようで。少し心配しすぎて損しましたかね」


「え、そんなこと言っちゃう? 案外辛辣?」


 これが意図した言葉でなく自然と湧いて出てきた言葉だからこそまた辛い。実はルーシャ、天然辛辣天使なのかも知れない。

 しかし今は色々言ってる場合ではない。

 強化されたグランですら圧倒的に力量の差がある状況。まともに戦ってまず勝てる相手でないことは理解できた。


「ルーシャ。こういう時、必要なテクニックって知ってるか?」


「いえ。何か策があるんですか?」


「それはだな」


 痺れる腕をなんとか動かし立ち上がると同時、最恐の巨獣は雄叫びを上げ走り出す。


「逃げる! それに限る!ほれ、向かってきた!早く逃げるぞルーシャ!」





=================




 ざっと30分が経過した。

 執拗に追いかけ回された後、グランとルーシャは街道脇にあった池に飛び込むことで索敵範囲から逃れることができた。ただ少し、問題が発生していた。

 魔法球で周囲を囲っているため濡れているわけでは無い。

 ただ、


「そ、即興で作った魔法球だってことは分かります。だからこそ、もう上がりません?」


「いや分かってる。焦って随分と深くまで潜ったからな。だから魔法で推進力を得たいんだが、これは動ける状態じゃないというかなんというか」


 逃げながら急いで作った魔法球は小さかった。

 狭い密室と成り果てた球体の中で、グランとルーシャ、男子と女子は密着状態。動こうにも変な場所を触ってしまいそうで動けない。

 


「もう! なんで出会って間もないのに何度も何度もこんな状況になるんですか! 実は狙ってるんですか!」


「な訳あるか! どれもこれもアクシデント、決して故意ではないんだ!」


「よりによって向かい合った状態だなんて……って、グランさん」


「なんだ?」


「別に魔法球なんて、後からでも大きさ変えられるじゃないですか!」


「え」



 初歩的なミス。

 グラナード・スマクラフティーは意外とポンで不幸な男だっようだ。だからこそ、少し羨ましい。




=================




 拠点を発って20時間が経過した。

 ふたりはその後また別の野宿ポイントを見つけ無事就寝、ついに目的地エルカジャ遺跡にたどり着いた。



「やけに長く感じた」


「ほんとですよ。ある意味心臓に悪いことが多かったですものね?」


「それは本当にすまん。いやほんと、反省してます」



 昨晩のイベントを経てパワーバランスはルーシャに偏りつつあるような気がする。こんな不幸なイベントがあってたまるかと言いたいところだが、グランが悪い面もあるため文句は言えない。


「じゃ、グランさん。行きましょうか」


 気持ちを切り替え、試練モードへと完璧に切り替えるルーシャ。それを見てグランは頬をパチンと両手で叩き、同じくモードチェンジする。


「この先にファヴァールと奇鬼忌琴(ききききん)があるのか。よし、絶対に達成するぞ」


「あったりまえですよ」



 エルカジャ遺跡は四方を壁に囲まれ、中に多くの建造物が並ぶ小さな町のような構造になっている。建造物とは言ってもただ小さな部屋がひとつあるだけの小さなものばかりで、これといって重要性は無い。

 やはり一番重要なのは遺跡入り口からずっと奥に進んだ先、広場の奥にある一際大きな建物。横幅は勿論のこと、奥行きに関しても相当の大きさを誇る荘厳な風格を醸し出している。


 だが、その前に。



「早くも出やがったな。お前が、魔獣ファヴァールか」


 広場の中央、枯れた噴水の残骸上にそれは寝ていた。

 何であれ引き裂くであろう鋭利な鉤爪、前腕部から胸部にかけて構築される筋肉の壁、そして背中から尻尾は青く硬い殻に覆われている。全身は白を基調として、ところどころ背の殻と同色の硬い部位が見られる。


 昨晩出くわした巨獣を「化け物」と呼ぶならば、たった今目の前にいる魔獣は何と呼ぶべきか。


「ざっと『根絶者』ってところか?」

「例えば『守護神』なんてのはどうでしょう?」



 鍛え上げられた肉体を持ち、見るからに破壊力に長けているであろう姿から『根絶者』。

 巨大な神殿状建築物の前に横たわるその威厳ある姿が思わせるのは、この先には進ませないと言っているような『守護神』。


「おお、それもピッタリだな」


「どっちの解釈もできる魔獣ってことですね。つまり、護る者でもあり壊す者でもある。こんなとんでもない敵がこの世界には他にどれだけいるんでしょうか?」


「さあな。でも、」


 何の兆しも無く、いきなり広場に戦慄が走る。そこにいるもの全てを、昨晩の「化け物」とは違うベクトルから恐怖に突き落とすような感覚。


「起きたか」


 魔獣ファヴァールの(まなこ)は開かれた。

 眼光は目覚めたばかりとは思えぬほど正確に侵入者を捉え、その溢れる敵意は強く、深く、グランに突き刺さる。



 第二の試練。

 ・ある特定の生物『ファヴァール』を弑する。

 ・ある特定の道具『奇鬼忌琴』を入手する。


_______開始。



 今回もお読みいただき有難うございます!


 さて、今回新たな遺跡に到着したグラン達ですが、最奥には巨大建築物があり、その手前の広場に魔獣ファヴァールがいるという構図となってます。


 ちなみにその一際大きな建物は、この世界で世界遺産になっている「アンコール=ワット」をイメージしていただけるといいかと。


 では次回もよろしくお願いします!

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