第一章01 氷山の一角
まず、この『勇者などいない世界にて』を開いていただきありがとうございます! 途中で読まなくなっても構いません。とりあえず読んでみて貰えるだけでも嬉しいです。
この作品は毎話だいたい5000〜10000字ほどで構成されておりますので少々長めではありますが、その分戦闘シーンなどは比較的盛り上がるかも?
では、本編をどうぞ!
まず断っておくが、この世界に勇者などと言った救世主は存在しない。悪の存在が世界を脅かしている訳でもないし、破壊を招くような怪物が跋扈している訳でも無い。
ならば、救世主も現れない。
今から物語が始まるのはそんな普通の世界での話である。
だが、勇者がいないと言っておきながらも、敢えてそれに相当するであろう人間を紹介するとしたならば……
外部からやってくる人がとても少なく、一言に田舎と表現できるかも知れないそんな場所、辺境の村アル・ツァーイにて。
村の一角にあるまあまあ大きな庭を持つ家で、スマクラフティー兄妹は今日も今日とて静かに暮らしていた。
鳥が囀り陽光差し込む快晴の日。
部屋の中で、光に照らされた女子の活気のある声が響く。
「ほらお兄ちゃん!今日こそは村人さん達を困らせてる山賊をこらしめに行かなくちゃ駄目だよ!」
彼女、メイア・スマクラフティーは、寝っ転がって休んでいる兄のグラナード・スマクラフティーに催促していた。
彼は皆からグランと呼ばれており、この兄妹を村で知らぬ者はいない。
「わかってる。わかってるんだけど、俺の身体が休みたいと泣いているんだよ? 今日はせっかくの休憩の日なのに、一体全体どうして_____ 」
無駄に早口な言い訳を垂れるグランに、メイアは頬をプクーっと膨らませて、
「ほらほら何言ってんの! 警備班のみんなも他の問題に取り掛かってて手が回せないから、私たちがやるしか無いんだってば! どうせすぐ終わるんだし、立った立った!」
「ったく、山賊め。俺達の休みの妨害までしやがるとは、狙ってやってんのか」
ぼやきながらも立ち上がり、ため息しながら軽く準備運動を始める。脚を伸ばしたり軽く跳ねたり、今から山賊を倒しに行くとは思えない適当な運動だ。
服装を見てもそうだ。武器も持たず、村の紋章が刻まれた普通の服で戦いに赴こうと言うのである。
「そういや、山賊山賊って言ってるけど何人いるんだ?」
「えっとねー、警備班員さん情報だと10人かな。こんな村なんか10人もいれば余裕って思ってるんじゃない?」
「そんなとこだろうな。強い山賊なら、そもそもこんなちっぽけな場所は狙わんだろうし。もっと他に金目のものが多い村なんかあるだろうからな」
「そだね。じゃ、余裕かな」
ぱっと聞いた感じでは、10人を兄妹2人で相手するのは厳しそうに感じるだろう。
実際、少人数を大人数で取り囲んで荷物を奪うのが賊の典型的なやり口だ。スマクラフティー兄妹はまだそれぞれ18歳と16歳の青年期である為、2人が村の外に出れば必ず襲ってくるに違いない。
だからなんだと言わんばかりに、二人は空想の中の山賊を鼻で笑う。
「丁度いい身体ほぐしの運動だと思って、軽く捻ってやりましょ!」
「わかったよ、行こうぜ。準備は……要らねぇな?」
「あったりまえじゃん♪♪」
かくして、2人はあたかも買い物にでも行くかの如く家を後にするのであった。
しかし実際に目指すのは村から出てすぐの森の中。買い物とは無関係の、葉の掠れる音が心地いい緑の中だ。
______余談だが、この世界には魔法というものがある。
勿論、勇者たり得る者メイアとグランは魔法を使用することができるし、他にも世界には無数の魔法が存在している。
体内、或いは体外の魔素をうまく扱うことで魔法という超現象を引き起こす訳だが、現在でもその力を論理的にこと細かく言い表すのは難しいとされている。何故身体からこのような可視化できる力が放出できるのかなど、研究者達が今もせっせと調査を続けている。
現代の魔法学と過去のそれでは全く異なる特色であるという。研究の方向性、仕方、理論から何までが途中で大きく変更されたのだ。ところが、ただ一つの理念だけは、古今共通であった。
『魔法とは、人の子の宿す、至高の賜物である』と。
そして今、グランは妹のメイアと共に森の中にいて。
太陽は高くまで昇りきっているが、うまい具合に光は木の葉に隠れてしまっている。
森の中は道が半ば適当に整備されている為、生い茂る葉が道を覆い、アーチを描くようになっている。そう、緑のトンネルとも言い表せるだろうか。
木漏れ日がまだら模様に地面を着色し、まるで絵の上を歩いているような楽しい気分になること間違いなしだ。
残念なことに、その平和をぶち壊すように、件の山賊とやらが立ち塞がっていなければの話であるのだが。
「さてと、予定通り賊が来やがったな」
「山賊の皆さーん? 何の用でございましょうか〜」
兄妹の目の前に立ちはだかる複数人、つまり目的の山賊に挨拶する。今のをどう捉えれば挨拶となるのかは不明だが、兄妹的には「こんにちは」と言ってるようなものらしい。
それはともかくとして、賊に囲まれることまではシナリオ通り。ここから考えるのは、どうやって退治するか、或いは改心させるかという点。
「おいおいお子ちゃま共。まさか俺らの目的がわからないなんてそんなこたぁねぇよな?」
どこかから奪取して来たであろう薄汚れた防具と絡まり合う髭がいかにも異端の姿。村や街に定住せず、野外に拠点を置いた人間である証拠だ。
そんな人間が10人、周りを取り囲んでいる。
「なんだ?もしかして、俺らが馬鹿だって貶してるのか?」
「いや、そんなこたぁねえよ。それを知っているからこそ恐怖に怯える姿を見れて面白いって話だぜぇ」
「………私たちが怖がってるように見えてるのかな? 残念ですけど、あなた達が悦びを感じるようなことは起こらないと思うけどな?」
挑発の笑みでリーダー格と思しき男に言ってやると、案の定相手は「あぁん?」などと気分を害したような悪辣な声を上げた。今にも武器を振りかざしたい衝動を抑えてるとでも言いたげに、怖いくらい顔を歪めている。
殺気とまではいかないまでも、彼らから漏れる害意が更に濃くなるのを実際に感じる。一本の線が肌に突き刺さるような感覚だ。
「そうかよそうかよ、俺らも舐められちまって世も末だなぁ?」
「いや、末なのは世界じゃなくてお前らの頭だろ」
「ぬぁぁにぃ!? テメェこら、坊主にすっぞ!」
「まあ待て。よく見ろおめぇら。餓鬼ども、いい身体つきしてやがるよなぁ? 特に女の方。まだ成長段階は否めないがそが良い! ここで調子ぶっこいてるお子ちゃまを掻っ攫って売り飛ばしゃあいい金になる」
ニタニタと不気味な笑顔でリーダーの男が言うと、周りの男達もそれに同じて気味の悪い笑みを浮かべる。特に彼らはメイアに目を付けているらしいが、
「うわぁ、気持ち悪ぅ!」
「ちッ。こっちまで気分を害するぜ、クズが」
「なんか話聞いてあげてるの馬鹿らし〜よ。もうここに居たくない気分だし」
当のメイアは激しい拒絶を示し、その兄グランはシスコン気味で、妹が視姦するように見られていることに腑が煮え繰り返って仕方ない。なんならグランの方が憤慨してるまである。
はぁ〜、と深く息を吐いて気分を入れ替え、メイアは可愛らしく微笑む。
そして、元気ハツラツに叫んだ。
「じゃ、盗賊の皆さんには改心してもらいましょうか!」
それを受けて、
「あぁ?何言って_____」
掛け声の直後、そこは小さな戦場に移り変わっていた。と言っても攻撃は一方的で、山賊は既に戦いが始まっていたことに気付くのに一瞬のラグを必要とした。
「お、お前ら……!! 」
「ま、気付いたところでもう遅いかな」
戦場には7つの蒼い球体状の光が浮いていた。つまり魔法である。ゆらゆらと宙に浮かび、それぞれが1人ずつの賊の周りで淡い光を放っている。
「お頭ぁ、何なんすかこの魔法!」
「くッ、分からねぇ………!! 昔大都の方で色んな魔法見て学んで来たが、こんなの初めて見る! お前らの村に伝わる秘法的なアレか!?」
「_________いいや、俺だけのモノだ」
「ちぃッ、いくらボロい格好だからといっても、こちとら魔法の対策くらいはしてるんだ。舐めてんなよ!」
顔を歪めて大声で威嚇する男に対し、兄妹は未だ余裕の表情で返す。ふたりから見れば、敵はせいぜいよく吠える獣だ。
「お前らを舐めたい人間がどこにいるって?」
「舐めるの意味が違ぇよ!」
「はいはい。お兄ちゃんの魔法がちっちゃい球体だからといって弱いとは限らないよ? せめてもの優しさで教えてあげる。もう貴方達、残り3人になったも同然だよ〜って、なら教えても意味ないか」
焦りも恐怖も抱かず、逆に10人の男達を煽るような発言を繰り返す。遂に山賊リーダーの頭からブチっと何かが破れ、満面を深紅に染める。
「チッ、なめてんなよぉ小童が!おい、さっきから浮いてるだけで何も起きてないってこたぁ、そいつぁ設置型魔法に違いねぇ。破壊しちまえ!」
お頭の声に歓声をあげた賊どもが多種多様の武器を手に振りかぶる。が、武器が魔法を両断するより早くパチンッ、とグランの指が鳴った。
「馬鹿が、その必要はないぜ。だって_____ 」
次の瞬間、激しい破裂音と共に、漂っていた蒼い魔法は山賊を巻き込みつつ強く発光して爆ぜていた。
突然の爆発により衝撃も生じ、爆撃を免れた3人の男も軽くのけぞっているようだった。そして彼らはそのまま動かずに、否、動けずに目と口をかっ開いているのだ。
「『オリヘプタ』、それがこの魔法の名前だ。残念だがお前ら、俺らには勝てねぇぜ?」
グランは高らかに勝利宣言する。
その勢いに乗じ、満を辞したとばかりにメイアが出る。
「よしっ!お兄ちゃん、後はやらせて!」
「おう、まかせた」
「い、いや、ちょっと待ってくれ!まさかあんたらが強いだなんて思ってなくて!」
完全にビビって引き攣った顔で命乞いをする残党に対し、メイアは可愛らしい顔を翳らせて、
「強かったら絡んでないってこと? つまり、一般の人々にだったら襲いかかるっていうニュアンスだよねそれ。ここで私たちが見逃したとして、その悪事を別の場所でもするんでしょ? 改心しないなら、見逃せないよねぇ?」
「ひいっ?!」
現在残った敵3人は同じところに固まっていた。それは固まることで互いに身を守りやすくする為でもあり、孤独でいることによる不安からそうしているのだろう。
だが、圧倒的な力の差がある中でその行動は全くの無駄である。一点にあるが故に、一度の攻撃で済むのだから。
「『コルティツァ』!」
メイアは髭を生やした残党に向かって走り出し、手の内に細長い塊________氷の槍を生成すると、
「殺しはしないから、安心して……ねっ!」
スパンッ!と、横一閃。
敵の顔を掠めるギリのギリギリを攻めたメイアの攻撃に、気付けば彼らは恐怖の内に気絶していた。
ギリのギリギリとは言っても、実際は若干鼻あたりが槍の先端に当たって出血している。
「あちゃ、ちょっと切っちゃった。リーチ感覚の精度落ちちゃったかなぁ」
「そうだな。しっかし、悪党は少しくらい傷ついても文句なんて言える立場じゃないし、別にいいだろ。それに………」
グランは視線で背後に伏す、爆発にやられた男たちに注意を向けさせる。
「グロぉ」
容赦のかけらもない、血まみれの男がわんわん泣いて転がっている惨状。命の危険は無いはずだが、あまり少年少女がまじまじと見つめていいほど優しいものでもない。泣き様が見苦しいという意味で。
「…………適当に処置して村に連行だな」
「そだね。ちゃっちゃと縛り上げて帰ろっか!」
言って、メイアとグランは持参した縄を使って馬鹿力で縛り上げると、意識をとり戻した盗賊を村まで歩かせて連行。村人や警備班に報告して身柄を引き渡した。
実際は村に帰還する前に、彼らが改心すると心から誓うまで脅し続けたのだが、それは報告せずに改心させましたとだけ言うに留まった。
かくして、この日の兄妹の活動によりアル・ツァーイ村も安寧を取り戻し、家に帰るまでの道中2人は村人からその功績を称賛され続けたのである。
「今日は休みの予定だったけど、いい運動になったね!」
「ほんとにな。あ〜あ、今日は本でも読んでゆっくりしようと考えていたのに」
「明日からまた修行始めるから、今日はしっかり休もうね」
「もちろんだ」
時は既に夕暮れに差し掛かっている。
赤く照らされた大地と対照的に濃い影が肥大化していく頃合い。多くの村人は既に家に帰り、村は次第に静寂に包まれていった。
時は10月。夜が近づくにつれ空気は冷え、心なしか、いつもより日が沈むのが早いように感じた。