第一章18 第二位・師・スーパーウーマン
裏道は街頭の灯りも少なく狭いため、戦いには不向きにも思われる (そもそも戦闘が行われることが無いことはさておき)。しかし、戦う相手が巨漢であったりするなどの場合によっては有利に事を運べる時がある。
「悪いねデカイの。あの子を狙って来たんだろうが、それを見てしまった者としては見逃すことはできなくてね」
「気にする必要は無い。その気がかり、見過ごせない気持ちは必然のもの故大事にするべきだ」
「ほお。あんた意外といい奴じゃないか」
「だが。我らの行動に手を出してしまった以上、その気持ちを一切抱くことも無くなる」
互いに会話を挟みながら、ナハト・ブルーメとゴースは向かい合って攻撃の機会を伺っている。両者構えをとることもせず、ただ、どちらが先に動くかということだけに集中する。
「互いにこうしている時間も惜しいことだろう。さっさと始めて勝ちを譲ってもらおうか!」
睨み合いの結果先に動いたのは大男ゴース。この男の破壊力は測り知れない。かすっただけでも被害は恐ろしいものになる筈だ。
ならば、受け止めずに躱すことが最優先。
「むむう。やはり分かっていてここに誘きよせていたか」
「当然だ。お前みたいなデカイの、この裏道で自由に暴れることすら叶わんよ」
幅約2メートルの戦場では圧倒的にナハトの方が有利。勝負は戦場の設定から始まっているのだ。
「何、如何なる状況でも当てればいい」
「は、余裕かよ」
言いつつ、パターン化されつつある剛腕を次々と躱していく。だがそれも容易な事ではないらしい。普通、大きな攻撃には反動による隙が生じる筈だが、この男にはそれがない。
( くっそ!一体どうやって身体を動かせばそんな反動の軽減ができるんだっての!)
しかし、どんなに速くとも元から速い者には叶うまい。
( 今ならまだ、隙間を縫って攻撃を仕掛けることは難しくはないだろ )
胴体だろうと顔面だろうと構わず、軽く跳んで掌底打ちや速攻正拳突きを満遍なく打ち込む。
だが、
「想像してはいたが、やはり頑丈すぎる…… 」
そんな攻撃を受けても平然と次の攻撃を仕掛けてくるのがこの大男、ゴース。
「何をやっても、どんな人間も、必ず攻撃はいつか喰らってしまうものだ。ましてや我のような者は尚更な。なら、それに耐え得る強い体を持てばいい」
ナハトが着地する瞬間を見計らい、ゴースは道幅いっぱいまで脚を広げて四股踏みする。
その衝撃が轟音となり地から足へと響き渡る。それと同時に発生した超小規模の地震が、着地したばかりのナハトのバランスを崩し、地に膝を付けてしまう。
( なんなんだこの馬鹿力!なんでそれで揺れを起こせるんだよ!)
「残念だが、勝ちは戴いた」
ゴースは右腕を天に掲げる。その拳がちょうど欠けた月の光と重なり、仄かに大男の一撃を明るく演出して勝利のガッツポーズをするかのようにも見える。
だが、そんな状況など気にも留めず、真下のナハトへとその大きな拳が振り下げられる。
直後、爆音が鳴り響く。
遅れて地滑りの音が重なって耳に入る。
だが、勝敗はついていなかった。
両者ともに、間隔を空けて再び態勢を整える。
「悪いね。何も、私はお前と同じように肉体で勝負しようなんてつもりは一縷も無いんだよ」
ナハト・ブルーメは大手魔法研究施設アルティの超優秀クラスに属する施設第二位の実力を持つ。
柔軟な身体や格闘技能を多少身に付けていることは勿論のこと、特筆すべきはやはりその優秀な魔法だろうか。その準最高位の実力を持つ彼女は魔法に関する研究でもいくつか賞を授与されていたりと、文句の付け所はどこにもない。
そして今、彼女の両手には金色に輝く雷槍が握られていた。
「なるほど。魔法で攻撃を仕掛けると同時、推進力で無理やり自分も後退させ距離をとったか」
「残念だが私はお前みたいな近距離タイプじゃないんだ」
「便利で羨ましい限りではあるが、生憎我はもっと強い魔法使いを知っている」
「だから驚かないって? それは勝手にしろ。だが、だからと言って私に勝てるわけじゃ無い」
「ぬかせ」
大通りで不意打ちを受けたとき同様、魔法を直にぶつけたところでゴースへのダメージは少ないらしい。この男もこの男で、これはまた末恐ろしい耐久力を持っている。
「貴殿の持つその黄金の稲妻。それは先程、我を豪快に吹き飛ばしたものと同じだな」
「あぁ、ご名答」
ようやく今になって、ナハトは構えを取って攻撃の姿勢を取る。今まではただの小手調べに過ぎないと言うように、彼女の表情から笑みがスッと消える。その目には勝ちへの確信があるかのようにも見える。
この目を見て手加減できる者は、もうこの場にいない。
「それじゃあ、今度こそさっさと終わらせようか」
瞬間、ナハトの魔法による一方的は遠距離攻撃が始まる。右手に握られた雷槍を投げ、間髪入れずに次は左手の雷槍、そしてすぐ両手に雷槍を生成して同じことを繰り返す。
ただただ投擲、そして投擲、さらに投擲するだけの作業。
「ぬおおおおぉぉぉーーーッ! これは、この量の槍を一気に受け止めるのはまずい。ダメージにはなら無いが勢いと重量はある! そして何よりも、電撃なのに触れるなんて明らかにおかし_____ 」
「そこで、ばーん!ってね」
手で拳銃の形を作り、発砲するような仕草をする。それが引き金となり巨軀の抱える大量の光が一気に爆ぜる。爆発は単なるそれではなく、ジグザグ広がっていきながら身体中を駆け巡る電流となって拡散していく。
拡散するまで電気としての特徴を示さない、まさに魔法だからこその特徴。
( でも、それだけがこの槍の秘密じゃないぞゴースとやら )
爆破による粉塵が散り視界が晴れてくると、その巨体は姿を顕す。
全身、特に雷槍と密接していた腕や胸部にいくつもの血線を残して立ち尽くしている。ゴースの身体は切り刻まれていた。
「切れ味の優れた雷撃とは、これはまた面白い」
「もう傷だらけじゃないか。もう帰ってじっくり養生してたらどうだ」
「笑止。ただ模様ができたくらいで何を言うか」
「そうか。じゃあ、私はまだ荒ぶるよ」
ゴースの体が微かに震えた。それは身震いでもあり武者震いでもある。どちらにしろ、難攻不落のタンクと大砲の如きアタッカーの二面性を持ったゴースが確かに震えた。
そして、ナハト・ブルーメの攻撃は止まるということを知らない。
「さて、次はあの魔法でもやりますか。『エニグマ』」
虹色にも銀色にも金色にも見える謎めいたエネルギーが無数の粒となり、花火のような形を作ってゴースを取り囲む。
「我とて黙って攻撃を受け続けるだけの存在では無い。強引にでも突っ切る!」
「可愛い小粒だからと言って簡単に突破できるなんて思うなよ脳筋」
剛腕で周囲を取り囲む魔法を振り払おうとするのに合わせ、腕に触れる部分だけがそれぞれ撒菱のような棘状に変形する。それは易々と鉄壁ゴースの腕に突き刺さり、痛々しく血が噴き出る。
「しかし、これもただ腕に穴が開いただけに過ぎん!」
「ちッ、正気とは思えん」
次々と目の前に立ちはだかる棘の軍勢を気合で跳ね除け、一気にナハトとゴースの間を詰めていく。約5メートルの間など一瞬で無くなるに違いない。
( 棘で止まらないと言うなら、別の策を立てるまで!! )
後ろには頑なに下がらない。その場から動くことなくナハトは対抗しようと試みる。
( 押されるのは私じゃない。ここで下がれば、圧倒され後ろに押されたのと同じようなものだ。なら、私は前へ進む!)
ぎゅっと拳を握りしめ、撒菱型のエネルギー群を1つの直方体へと組み替える。丁度ゴースと同程度の大きさのそれを目の前に設置することで、それは相手の攻撃を阻む壁となる。
ガリッ!と、そんなナハトの施策などもろともせず大砲のような拳一撃で壁はぶち壊される。
『エニグマ』の不可思議な魔力は遂に途切れ、その空間から虹色にも銀色にも金色にも見えるそれは消え去った。遂にナハト・ブルーメは、巨漢ゴースの攻撃射程内に入る。
「だろうな。お前程の人間ならここまでやると信じてたよ」
「今更何を言おうと、今度こそ勝負は付いた」
「確かに」
ナハトは後ろに跳んで回避動作を見せるも、射程外に出ることもギリギリ間に合わず脇腹を掠める。抉り取るようなカーブを描いており、掠めたと言ってもゴースの攻撃に於いては直撃も同然の威力で。
「がッ………!」
掠っただけとは思えない衝撃に、意識の全てが脇腹に集中した。皮膚の下では筋肉と脂肪がぐちゃ混ぜにされているんじゃ無いかと、あり得ないことですら想像してしまう。
常識を突き破り、全てを肉体で破壊する者。負傷することさえ顧みず突き進む者。
「やはり、お前は想像通りにやってくれたよ」
ゆっくりと動く時間の中、確かにボソッとナハトが呟いたのをゴースは聞いた。
そして時間は元の速さに戻り、痛そうな声をあげて転がり落ちる。後ろでなく前へ進むと意気込んでいたナハトの意思に反して、自らの後退を許してしまった。
則ち、敗北。逆にこの巨漢を押し出す策はもうない。
「痛い。本当に痛い。……しかし、だ。結論から言って、私は勝ったも同然だ。いいか? お前は、負けるんだ」
「負け犬の戯言はいらん。だが、その頑張りは讃えよう」
深く、そしてゆっくりと構えをとる。必殺の正拳突きがくるだろうことが一目で分かる。
「私が」
だがそこに、未だ諦めないナハトが口を挟む。
「魔法に自信のある私が何故、最初物理攻撃でお前に挑んだと思うよ。どう見たって勝てるわけ無いのにさ」
その言葉を無視して、一撃必殺はやって来た。
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予想に反して、これほどまでに無音の突きだったのかと錯覚さえ起こす。無意識の熟考が世界に静寂と静止をもたらし、他方、それに対峙する者もまた静観していた。
暗い路地裏の影に紛れて、数秒の間を経てようやく静から動へ、無から有へ移り変わる。
「さて、これが一体どう言う状況か、わかるかな?」
片膝立ちの状態で、ナハト・ブルーメはゴースの正拳突きを受け止めていた。
今回もお読みいただきありがとうございます!
さて、珍しく5000字行かずしての更新ですが、次回も短くなる予定です。ですがまた長くなることが予想されますのでそこはご了承を。
では、次回もよろしくです!