第一章17 全快・全開・スーパーガール
もうそろそろ日付も変わってくるような時間。静まり返った大都市。岩山を軽く削り取っただけの場所の上に建てられた関係で斜面上に連なる建築物。
そして、その大都市ユニベルグズの上層部で戦いを繰り広げる者達。
突然現れた刺客に苦戦していたメイアだったが、彼女助けるように割り込んできたのは、そんな彼女の特訓に毎日付き合ってくれているナハト・ブルーメだった。
「で、メイア・スマクラフティー。君は一体どうして脱力して道路の真ん中で座りこんでいるのかな?」
「え、あ……私、もう勝てないと思って諦めて、、」
「馬鹿者め、戦いなさいよ。血を吐き地に伏し圧倒的力に敗れそうになろうとも、戦わねば君の兄に会うことは叶わん。最後までやってこそ、人は真に祝福される価値がある」
「あ」
兄との離別を経験し悲しみに明け暮れた時もあった。でも最終的に村のみんなの助けもあって立ち直れたし、そのお陰で成長することもできたと思っている。
でも、まだ16歳の少女は未熟だ。いや、年齢など関係なしに人の心は弱い。
諦めるな、というナハトの言葉をスパルタだと思うだろうか。そう思うだろう、当然だ、そりゃそうだ。
どんなときも諦めない精神だなんて、夢物語の理想的な人間でないとできやしない。しかし、ときたまメイアはそんな夢物語の登場人物になることができる。
グランもグランでシスコン気味なところがあるが、メイアも同様、兄の為なら頑張れる。だから、
『戦わねば君の兄に会うことは叶わん』
今のナハトの言葉はよく効いた。
( お父さんとお母さんが居なくなったとき、絶対に復讐してやると誓った。お兄ちゃんもいなくなって泣き叫んだけど、最終的には迎えに行くと誓った。ここで、2つの誓いを手放して私が諦めてしまったら、今までの思いを嘘にしてしまうかもしれない )
「さあ、決めろメイア。このままグズグスして潰されるか、諦めずして戦うか」
ハナトは腕を組んで敵からメイアを守るように立っている。このまま諦める選択をしてもきっと彼女はメイアを守ってくれるだろう。
「いや、駄目よ。私は情報を集めつつ強くなるためにユニベルグズに来た。守ってもらうためじゃない! ナハトさん、やります。私戦いますよ!」
「ふ。それでいい! 精神的に立ち上がることさえできれば十分。あとは、体力面だな」
「ええ、正直もう体力切れです。これまで体力トレーニングをしてきた筈なのに……」
「だからだよ。むしろその状態で凌いでこれたことが普通じゃない。だから」
ナハトはメイアと目を合わせ、
「ここからが本気を出す時間だぞ」
「え、それって、」
「『リスレッツィ』」
ナハトが手をかざすと、メイアの身体からダメージが消えた。これほどまでの回復量を持つのは上級回復魔法だ。
( いや違う、それだけじゃない。ただの回復魔法なら蓄積されたダメージを回復させるだけで疲労は取り去れない。でもこの魔法は、私の蓄積された疲れをも取り除いている!! )
「この魔法は研究施設の中でも第2位の私と第3位の者しか使えん。中級回復魔法『シファ』や上級の『シフィム』を遥かに超えた特級回復魔法。ついに初お披露目だな」
「……すごい。ナハトさんの魔法技術も勿論すごい。でも何より、今まで自分でも気付けなかった力が身体中を駆け巡ってる感じがして、それが、すごい」
疲弊という重りによって封じられてきた力。それは、ここでの毎日の特訓によって得たものだった。今日という日まで中々成果を感じられずに居た理由は単に、成果が隠れていたからに他ならなかった。
「今までほとんど休んで無かったんだ。だが遂に、力を発揮する時はきた」
「おいおいおィ?? 黙ッて聞いてればよォ、お前ら、特に小さい方、まだ勝つつもりでいやがるッてか?」
「いいや、気をつけろカラピア。さっきとは何か違う」
ナハトの投げた雷の槍をまともに喰らい吹き飛ばされた大男ゴースが戻ってくる。飛んだ勢いで顔を隠していた黒装束の布が外れ、その顔が露わになっている。
「ほお? 私の雷を直に受けて平気とは、流石じゃないか。こりゃまた、滾ってくるじゃないの!」
「戦乙女がもう一人増えたか。それも、強い」
「戦少女ってのは私のことか? そりゃ嬉しいが、私ら早く帰って寝て、明日の訓練に備えないといけないんだ。さっさと終わらせてもらうぜよ? おいメイア、私はあのデカい方を引き受ける。もう一方、頼んだぞ」
「はい! 今度こそ倒します」
刺客ふたりもナハトの意見に賛成し、ナハトが近くの裏道へ向かうとそれを追うように巨漢ゴースも暗がりに消えていった。
大通りに残ったのはメイアとカラピア。
「本来なら2対2でヤり合うべきなんだが、俺としてもさッきの決着を付けたいと思ッていたからなァ。ちょうど良い、お前にやられた背中の傷、何倍にもして返してやるぜッ!」
言いながらカラピアは、頭の黒布を勢いよく脱ぎ捨てた。真紅に染まる頭、そして牙を見せながら戦いを楽しもうと微笑む姿。
「ちィと本気を出すつもりでやらねェとな。ちッ、本命じゃなくてスペアの方持ッて来ちまッたが、しゃあねェ。このダガーナイフで叩き潰してやろうッてな!」
取り出されたのはカラピアの髪色と同じ、紅のダガー。完全に準備の整った彼の姿はまさに狩人。その瞳でガッチリの獲物のメイアを捉えて離さない。
「さァ、さッさと始めようぜ!」
「………ええ、もう負けません!」
さっきまでの焦りが消え、心には静かさが訪れていた。ただし、それは静かに闘志が燃えているだけに過ぎない。
「『コルティツァ』ァァァァーーーッ!!」
( いいや、まだだ。今ならまだ、この湧いてくる力を利用して高みを目指せる!)
槍の形から高速で第二形態『凍てつく鎚』へ形態変化させる。だが、それでは何も成長していない。
だから、
「第三形態、『氷河を穿つ薙刀』!!」
柄と刃が丁度同じくらいでリーチや攻撃力、更には切れ味も研ぎ澄まされた氷の薙刀。今のメイアが創り出せる武器の中でも正に会心の出来だ。
いいじゃんかよそれ、俺のダガーと良い勝負ができるかもしれねェな?」
「貴方の期待通りになると良いわね!」
リーチを生かした中距離からの攻撃で敵の攻撃を許さない。勢いよく薙ぐだけで自然と遠心力も加わり、更なる威力が刀身を伝ってカラピアごとダガーナイフを弾く。
メイアはその好機を見逃さない。
怒涛の突きと斬り込みを繰り返し、じわじわと敵を後方へ押していく。だが、敵の持つ赤々とした刃の方が軽く速い。全ての攻撃は弾かれ命中するに至らない。
「ちッ、鬱陶しいぜこの野郎。それに、劣化版スペアとは言えこの特性ナイフで傷ひとつ付いてねェッてのが本当に厄介だ。武器の強度がさッきまでとは段違いじゃねェか!」
「それはどうも! ならここでもうひとつ、何だかもっと凄いことができそうな気分なのよ! そうね、名付けて………『逆巻く炎』なんてのはどうかしら!」
言った途端、薙刀の刀身にたいまつの様に紅蓮の炎がまとわり付く。メイアが勝手に『逆巻く炎』と名付けたそれは、何故か氷を溶かすことなく熱を発して燃え盛っている。
冷気と共に熱も放射する。
熱は高温から低温に移動し、自然に低音から高温に移動することはないとする「熱力学第二法則」にまるで反するような現象。だが、物理的現象及び世界の常識の範囲に留まらないのが魔法というものである。
だから余計に、敵からすれば厄介で辛い状況へと追い込まれやすい。
「たあぁぁぁぁぁっ!」
熱された魔力を纏い強化された赤線が痩躯めがけて一閃、先程よりも大きくのけぞらせる。バランスを崩したカラピアは地を蹴り後方回転することでなんとか追撃を免れる。
しかし、再びダガーを構えた瞬間、その顔は驚嘆の表情に一転した。
「どうなッてやがんだこりゃァ。俺のナイフが歪んでいやがるのか?! 幾らなんでも、お前が強化されたからと言ッて金属を簡単に歪められるはず……ッ!! 」
「何、簡単な事でしょう? 『逆巻く炎』の効果で瞬間的に熱された金属の形が変形して、もともとこの氷が持ってる冷気でそれを瞬時に冷却 & 硬化させたってだけよ」
「は? いや、そんなの意味わかッ」
「ほら、ボケっとしてると丸焼きにされちゃうよ!」
カラピアがゆっくり喋る暇も与えず、先程同様の怒涛の攻撃を攻撃を再開する。
「畜生! 本来なら丸焼きにされるのはお前だッたはずだッてのによォ!! 」
などとぼやきながらも戦いは継続している。
しかし灼熱と極寒の連鎖によって赤々としたダガーナイフが溶けては固まり、溶けては固まり……という様に使い物にならなくなってきており、メイアに天秤が傾きつつある。
先端が赤く煌めく薙刀をひとつの祭儀として少し離れたところから見れば彼女の攻撃は舞踊のように、さながら小さな女神が舞い踊っているように見えるだろう。
「これは本当に、まずいかも知れねェ……。まさかこんなことになるなんてッ!! 思ッても、無かッた!! 」
「ええ、私もよ!」
その時パリッ……と、どこかに罅の入る音がした。音源は敵のナイフ、遂に寿命がきてしまったのだ。
「畜生ッ!」
急いでカラピアは下がってメイアの射程外へ出る。その顔は強張っており、完全に追い詰められた、という表情だ。
「今更だけど聞いてもいい?」
「あァ?? 優位に立ッたから質問する余裕ができたッてか?本当にムカつく野郎だなァおい。で、なんなんだァ?! 聞きてェことッてのは!」
なんだかんだ言って質問を許してくれることに多少驚きながら、メイアは問いかける。
「あなたさっき、1000年以上にも及ぶ謎を解きかねない私を殺すつもりで来たとか言ってたけど、それって失踪事件の事で間違いないわよね? あなた達、そんなに年月を費やして何がしたいわけなの?」
「はァァ?? それを今ここで喋れば謎が謎で無くなんだろうが」
「やっぱり。そう簡単には聞き出せない、か」
メイアは悔しそうに口をつぐむ。
それを見てカラピアはニヤリと口角を上げる。
「だが。近いうちに時は来るかも知れねェぜ」
「時が、来る……?? 」
「邪魔な芽は摘む! そして集める! そうすれば計画は着々と進み、世界を震撼させることになるッて訳だァ」
「何、何なの、あなた達の目的は」
「だから、教えねえッて言ッてんだろ!」
カラピアは強く地を蹴り、身軽な体格を生かし速攻で間を詰める。一瞬反応が遅れ、メイアは赤い刃が射程内に入ることを許してしまう。
「まずっ」
カァンッ!と高い音を響かせギリギリで身体を切り裂かれずに済んだが、しかしメイアは気付く。
今のダガーでの攻撃は引っ掛けだ。明らかに威力が今までよりも弱く、殺すための一手ではない、と。
「人は必ずしも、目の前の武器や状況に気を取られるッてのは、さッきのお前のブーメランが教えてくれたんだぜ」
「んぐっ!! 」
カラピアの蹴りが、躊躇なくメイアの腹部に突き刺さる。メイアが完全に除外していた肉体という武器。コルティツァ第二形態の重い打撃を弾きながら戦えるほどの身体を持っていたというのに、その危険性を忘れていた。
メイアの身体は宙に浮き、バランスは保てない。
ふっ、と男が笑ったらしき声が聞こえる。
「お互い、一瞬の油断が命取りになるッてことが良く分かッた所でそろそろ終わりにしようぜェ!」
顔を動かすことでかろうじて敵の姿を視界に捉える。男の目にはもう手を抜こうだなんて意思は残っていない。ギラリとナイフから赤い光が反射して、今にも刺し殺してきそうな体勢で迫る。
もしかしたらまた罠かも知れない。刺殺か斬殺か、いや、または拳による撲殺か。
( 斬られるより殴られるほうがまだマシでしょ!)
間一髪、薙刀の柄を使って刺突の方向を逸らしたが、その反動もあってか背から勢いよく道路に叩きつけられる。
「がふ________ッ!!」
道路は石でできており、当然尋常じゃない痛みが全身を駆け巡る。呼吸することすら忘れ無意識に身体もうずくまる。頭を打たなかったことが何よりも幸運ではあるが。
「常識の外にあるのが魔法だァ? へッ! でも、流石にこれはどうにもできねェようじゃんか!」
「ま、、だ、やれる、、」
「もう無理だろうッてのよ! 最初から半ば諦めた状態で戦い始めて、いきなり女が乱入してきて調子良くなッたと思いきやこれかァ? そんで今頃諦めないッてのはちと、ウザいんだよ」
このカラピアという男には魔法は使えない。今まで魔法という壁に何度も立ち塞がったこともある。それでもなお、自らの身体で勝負することを諦めなかった。
そしてある時、彼はついに物理に反する現象を打ち破り敵を撃破することに成功した。だからカラピアはどんな敵も強ければ勝つことができると、信じているのだ。
「さァ」
グニャっと曲がったナイフを回しながら横たわるメイアを見下ろす。
「もう終わりにしようや。俺の方が、強かッたんだよ」
「く、っそ……」
「だが、やッぱ魔法は凄かった。俺の攻撃の軌道をその武器で逸らす時、凹凸のある氷なら少なくとも数ミリの切り込みくらいは付けられた筈だ。それにこのダガーも歪んで引っかかりやすい筈。だが、それは叶わなかッた。つまり完全に滑らされたんだ。全く、恐ろしすぎる」
カラピアが語っている間もメイアは打開策を探し続けていた。攻撃魔法を使えば逆転は可能だ。しかし、師であるナハトに液体系魔法の使用を禁止されている以上、こんな危機であってもする訳にはいかない。
と、その時突然。
だぁぁぁぁぁああッ!_____だぁぁぁッ!____ッ! と。
どこからともなく、怒号のような轟音がこだまして戦場をより一層戦慄させる。丁度声のする先はナハトとゴースが向かった方向だ。
「あァ、ゴースの野郎珍しく怒ッてやがるな? なんだなんだ無視でもされたのか?」
「ナハトさん……がんばって」
「心配すんな。すぐにあの女もあの世だかどの世だか知らんが連れてッてやるぜ」
おそらく、危機的状況が改善してされることは無い。それはもう自明なことだ。でも、今のメイアはそれで諦めようとはしていなかった。
( 背中に叩きつけられた痛みで、立てたとしても回避とか移動はもうできない。動かずして勝つ。それしかもう、道は残されていない!! )
兄のように鍛えて筋肉がある訳でもないし、他より強いらしいからと言って耐久性に優れている訳でもない。石に打ち付けられて平気な筈もない。
だからこれが、最後の行動になる。
腕を動かし、脚を動かし、まず上半身を起き上がらせる。
「あァ? なんだ、動けるじゃんかよ。意味ねェがな」
次の瞬間には回し蹴りがメイアの顔を吹き飛ばそうと迫り来ていた。その威力の攻撃が頭に当たればもう死を免れることは不可能。
それを、頭を伏せるように下げることで回避する。
( んだとッ! この速さに追いついて来やがッたのか?! )
「『アボイダブル』。実は寝っ転がってる間にようバフはかけてあるんだよね」
カラピアは今、脚一本で立っている状態。回し蹴り後でおそらくバランスを崩しやすい。そして、何よりもメイアが座っていることが好都合!
「とぉりゃあ!」
ガキンッ!と、咄嗟に薙刀を半分に折り曲げ、座りながらでも扱いやすくする。リーチは短くなるが、敵はもう目と鼻の先、関係ない。
細かな氷片と散る汗とが輝いて見てる。壮麗な姿に誰もが見惚れるような状況。カラピアはその刹那の間、メイア・スマクラフティーをただじっと見ていた。
「このガキ、何を_______ 」
直後、鈍く痛々しい音が鳴る。
「こ、れは、キツいぜ……こんにゃろうッ」
下を向いて息を切らすメイア。そしてその両腕は上半身の捻りを利用した強烈な一撃に使われていた。
2本の折れた棒が捉えたのは、脛だった。
たちまち弁慶の泣きどころとさえ表現される、そこに打撃を喰らおうものなら激痛が走るその部位を、メイアは的確に突いたのだ。
「ぎぅぁ……ぐぅぅ、ちぃッくしょう……!! 」
後ろに倒れ込みそうになったところをすんでの所で踏み止まったが、そのままの勢いで数歩後退する。脚を動かすだけで内側から嫌な痛みが走るが、倒れるのだけは不味いと必死に動かす。
「なッ……」
道には不規則に石が敷き詰められている。その凸部に踵がつまずき、今度こそ尻もちをつきそうになる。
しかし、転倒は阻止される。カラピアの背に何か大きな物がぶつかったのだ。
「……は、壁か。危なかッた、これでまだなんとかなるッて訳だ」
やっとのことでメイアも立ち上がる。それも、何やら安心しきったような表情で。まだ敵が動ける状態にあることに変わりはないのにだ。
それでも、勝利を確信していた。今ならもう少し戦えると強く確信した。