第一章15 リミテッドバトル
メイア・スマクラフティーは大都市ユニベルグズの大手魔法研究施設での特訓に勤しんでいた。ちょうど今日で、兄のグラナード・スマクラフティーが失踪に巻き込まれて1ヶ月経過したところだ。もう、ひと月経ってしまったとも言える。
だからといってメイアは焦っていない。この研究施設に来て以来ずっと修行に付き合ってくれているナハト・ブルーメを中心に、多くの人がこの怪奇事件の詳細や裏世界の記録などについて調べてくれている。
それでも有益な情報までは発見に至らず、ならメイアに出来るのはひたすらに強くなる事のみ。
焦らず、「その時」が来るのを待つだけ。
そんな訳で、今日もメイアは必死に強化メニューをこなしている。ナハト考案の特別メニューである。
『君が魔法球に魔力を注ぎ、正しく魔法効率の良い状態で攻撃魔法が使用できるようにするためには、無理やり魔法の威力を引き出す癖を直していく必要がある。よってこれより、私が使用を認めるまで液体系魔力を使用する技の使用を禁ずる。戦闘の際は気体系の方のみを用いる事。よいな?』
これは、メイアがこの魔法研究施設アルティの特待優秀生メンバーとして認められた日、魔力測定検査の後にナハトから言われた言葉だ。
実のところを言えば、もう既にメイアは魔法球に力を込めることに成功している。これは難しいとされてきた液体系適正を、少なからず得ることが出来たという証だった。
これを成し遂げる者は一定数いるが、そもそもしようとする者もほんの一定数。当然メイアは馬鹿騒ぎした。
だがしかし、ナハトはまだ禁止事項の撤廃をしてはいなかった。なぜなら、効果のある正しい魔法が打てるようになる必要があるから。言い換えれば、練習段階で着実に魔法を放てる状態にならなければ本番では使えないからである。
そう、これは始まりに過ぎない。
そして制限の下で、日々の訓練は続いていく。
その特訓メニューはこうだ。
まず午前、他のメンバー数人と共に魔力精度を上げていく。力の込め方やコツなどを教わりつつ実践。魔法の応用法についてもチャレンジしたりして過ごす。
基本的にやるのは毎日同じような内容ではあるものの、中学生がいきなり高校数学を3年分一気に進めるような感じでこれがなかなか難しい。
要領を抑えればできるようになっては来るものの、1ヶ月で慣れることはできない。
そして昼の前、午前11時時程から小一時間で魔法球を使った簡単な練習。それこそ何度もやっているような纏わせたり注いだりと言ったそれだけのことだが、侮ってはいけない。
これは魔法練習の基礎となる部分であり、これを使用して力の扱い方に慣れておかなければ、いくら素が優れていても宝の持ち腐れとなってしまうらしい。
これが終わると昼食で、食堂で食べるも良し、外の店に行くも良し、弁当を持ってくるのも良し、と言った感じのホッコリ自由時間となる。
だが、食べすぎると午後の運動で腹を痛めるので注意が必要だと魔力測定員クフ・バッハが身をもって教えてくれた (1回だけではなく何度も)。
憩いの昼休憩が過ぎれば、午後は模擬戦となる。
相手はクフ・バッハだけでなく、他の測定員やメイアと同じく修行を積んでいるメンバーなども含まれる。以前、初めてバッハと戦ったときはメイアは攻撃魔法も使えたので一瞬で決着がついてしまったが、制限がある今では、メイアの方が強いことは変わらないとは言え、割と良い試合ができている。
と、このような感じで1日のルーティーンは組み立てられている。魔法の基礎から始まり戦闘に終わる。これは意外と想像通りの特訓メニューなのではないだろうか。
だがしかし。
実は、ナハト・ブルーメが組み上げた組み上げただけあって特訓メニューはこれで終わりではない。普通であれば終わりのところ、本当の最後に別の行程が残されているのである。
「メイア〜もっといけるぞ〜! あと少しだ頑張れ! 必要なのは魔法と知識だけじゃないからな〜!」
「は、はぁぁい!」
冬になりつつある時期とは思えないほどの汗を流しながらメイアは答える。息を切らし半ば姿勢も崩れてきていた。
「よし、後1分だ! もうほぼ終わったも同然だ! 行け!」
「あと1分って、言われる方が、キツいんですよぉぉ!」
兄を探すのに必要なのは力と情報だけでは足りない。
いくら強く、どれだけ準備をしても、探し回るには体力が無ければなんの意味もない。探す時間より疲れ果てて休憩する時間の方が長いとあってはこの修行が全て水の泡だ。
だから、ナハトは体力づくりをさせる為に「走る」という運動を選んだ。
持久力を身につければ、自ずと耐久力もつく。
耐久力を身につけて、それを精神面に応用する。
精神が成長すれば、魔力も強化される。
つまり、とても強くなれる!!
これが、ナハト・ブルーメの考える強化理論だ。
魔法研究のエキスパート考案の理論とは思えない脳筋な感じが否めないが、これでもちゃんと効果はある。
「お疲れだ、メイア。今日の走練も終わり、ようやっと後は帰るだけって感じだな。どうだ? ここに来て1ヶ月だが、体力も付いてきたし、だいぶ強化されたんじゃないか?」
「はぁ、はぁ………そ、そうですか、ね? 自分じゃよく………はぁ、分からない、ですけど。はぁ………でも、強くなれてるなら嬉しいですね」
「ま、その調子だな。さて、今日もそろそろ上がるか」
「はーい! へへ、今日もありがとうございます! 修行だけじゃなくてナハトさんの家に居候までさせてもらってますからね〜。ほんと助かります!!」
一見、いち役員が生徒的立場の人間を居候させることは贔屓とも思われることだろう。それは至極真っ当なことであることに変わりはない。
だが、ある場合において、それは例外となる。
「贔屓贔屓と一般に言われることだが、君は特待生だしな。若くして才能を秘めているであろう者には大抵の無茶が許されるものだ」
とはいえ、と一言挟んで更に続ける。
「そのせいで一部で何やら怪しい運動があったりと施設の運営も大変だったりするんだけどな……ま、私が今こうして強引なことをしている訳だし、ブーメランってやつか?」
「うーん、ま〜でもナハトさんの家がなければ私、放浪者になっちゃうんで。優しいお姉さんの個人的な慈悲深い行動で住まわせてもらっている。そういうことにしときましょ?」
「はは、君も案外、悪い考えをするものだ」
ゴォーーン、ゴォーーンと、重そうな鐘の音が施設内に響き渡る。そろそろ帰って寝ろよ的な意味がある鐘なのだが、今ではそれもBGMでしかない。
鐘の前までに帰る人がほとんどではあるものの、やっぱり狂人の如く夜中まで魔法に浸かっている人間はいる。
「メイアは先に帰ってろ」
「え〜ナハトさんはどうするんです?」
「少し資料を整理するだけだ。1時間もかからんさ」
ちなみに、ナハト・ブルーメも夜遅くまで残業をしたり研究したりしていることが多い (それでも一応、まだマシな方である)。
「疲れたら寝て休んで回復させろ。若い内なら尚更だ。疲弊が原因でトレーニングの成果が芳しくないものになるなんてのは一番もったいないからな」
「はーい。じゃ、お先に帰りますね〜!」
「ああ」
どうせすぐ家で会うとは言え、別れの挨拶を済ませる。
メイアはそのまま部屋を出て荷物を持ち、あくびをしながら魔法研究施設アルティを去っていく。
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この街では、日が沈む頃にはもう帰宅の準備が始まっていることが多い。だから暗くなってから坂を登ろうとする人などは目立ちやすかったりするのだが、完全に静寂に包まれたこの遅い時間であれば誰も気にかける人はいない。
ただ街の街頭や月の光だけが薄明かりとなって目の前を照らしてくれるだけの、誰もいない大通りがあるだけだ。
そんな人影も音も無いような寂しい道をメイアは下る。
ナハトの家はユニベルグズ特有の坂を下って行った先、下層の住民区にまでいく必要がある。
中層までなら民家もあり、貴族やら町長などの高い立場の人の家は上層にあることも多いのだが、やはり一般には人々は下層に住んでいる。
というのも、麓の方に住む人々は出かける際に坂を登る必要がある為、そんな多少の不便さを考慮した安めの家賃が人々の目に留まっているのである。
上層部に行くためのエレベーターもあるにはあるのだが、この大都市の住民からすれば限られた場所にしかないエレベーターに行くよりも、坂を登った方がもはや早かったりするのだとか。
とまあかくかくしかじかで、メイアは今ひとり暗い夜道を歩いているという話に戻る。
「はぁ……今日も疲れたぁぁぁ〜」
一度立ち止まって背伸びをする。そのまま空を見上げてみると、大体三分の二くらい欠けていて、三日月よりかは確実に太い月が顔を覗かせている。
月の満ち欠けには詳しくないのであとどれくらいで満月になるのかとかは分からないが、欠けた月をみるとグランの魔法を思い出す。
「待っててね。まだ私たちの目標は果たされていないんだから。それまで絶対に、諦めるなんてできないよね!お兄ちゃん!」
拳を握りどこにいるかも分からない兄に念を送ると、メイアは再び歩き出す。
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同時刻、大都市ユニベルグズの大通りを下る人物は他にもいた。
数にしてたったの2人。彼らも人目に付くようなことは無く堂々と道中を歩いている。
両者ともに頭から足まで黒い装束で身を包んでいるのもあってかほぼ完全に闇に溶け込めており、例え他に人がいたとしても離れたところからでは視認できない。
「なァ、俺らの『敵』ッてのは強いのか?」
やや小柄な男がもうひとりの大柄な男に質問する。
「さあな。だが、奴の眷族であるならばその可能性も十分にあるが…………流石に奴よりは弱いはずだ」
「だよなァ〜。俺ら今日は斥候ッてことでここまで来たけどよォ、流石に少しは楽しみたいぜ?」
落胆しているのか嬉しそうなのか分からない調子で小柄な男は話を続ける。
「そ〜だ、今日の『敵』はあれじゃねェか? お前の好きなタイプの、戦乙女とかいう奴」
「そうかもな。強いか弱いかは関係ない。だから俺はさっきから気分が高まってきている」
「いやいや、やッぱお前のテンションはおかしいぜェ。ぜんッぜん盛り上がッてるようには見えねェよ」
そうやって二人の会話も盛り上がって来た丁度そのとき、大小コンビは道の先にいる『敵』を視界に捉えた。
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坂は急斜面ではないにしても、もともとは急な岩山だったので多少の整地の荒さも残っていたりする。
昔の、大体ざっと1000年も前に建てられたというユニベルグズだが、なぜこの長い年月が経っても整地の荒さが残っているのか、メイアには不思議で不思議で仕方なかった。
今日も今日とて、メイアは敷き詰められた石タイルの道を見ながら帰路に就いているのだが、幸運なことに、だからこそ普段と違うことに気付くことができた。
正体は影だった。
誰もいなかったはずの道に、いつの間にかメイアの影と重なるように別の何者かの影が揺らめいていたのだ。
まだメイアは街の上層部にいる。こんな時間に音もなく後ろを歩く人間はそういないはずだ。
警戒してすぐさま振り返る。
それと同時。
何者かが、丁度そのタイミングを狙ったようにメイアを追い抜き、背後に回った。
「_____っ! だ、誰ですか!」
目の前には2人の男が立っていた。片方はやや身長低めで鋭い目付きの男。もう一方は大きなガタイをしており、体格を見ただけで強いと分かる男。
両者対比となるような見た目だが、黒い装束で全身を包んでいる点では双方共通だ。おかげで相手の姿も正体も、何もかもが分からない。
「はッ、やはり俺らに気付かねェほど馬鹿じゃないよなァ」
「つまり、彼女は立派な戦乙女であるようだな」
メイアの質問を無視して勝手に話を進めているらしく、状況を飲み込むので精一杯だ。
だが、そんなメイアの様子を悟ったのか大柄な男が一歩前へ出る。
「すまない。我々が何者なのかを尋ねていたんだったな。俺はゴース、そして隣のこいつがカラピアだ」
「急で悪いが、今日はお前を軽く捻り潰す為にわざわざここまで来てやッたぜェ」
「……いや、そんなこと頼んで無いんですけど。貴方達、何なの? その見た目と言動からして、なんかの刺客?」
「あァ、その通りだ。しッかし、そんなこたァ俺らの知ッたことでは無いんだなァ?」
言うと、カラピアと呼ばれた男が前に出て深く構える。
「なあゴース、まず最初は俺にやらせてくれよぉ」
「素早く的確に、油断せず挑めと言われているはずだが……まあよい、少ししたら俺も参加するからな」
「へ、あんがとよ」
わざわざ2人で来たのに戦うのは1人だけとはなんとも舐められた気分だが、メイアは安堵した部分もあった。というより、同時に襲いかかって来ていたものなら絶対に負ける自信がある。
それほどに強い。彼らの出す悪いオーラがメイアを包み込んで鳥肌が立っている。
( 私を舐めてかかって当然の強さがある。でも、私の創造魔法だって日に日に強くなっているんだ!)
「私は生き延びて見せるよ!」
両者の間でバチバチと火花が散る。
そして。
「いくぜ」
その言葉を合図に、2人は前進する!
「いくよ、『コルティツァ』!!」
相手が強いことを考慮して、開幕から第二形態、つまり鎚を創造する。たった1ヶ月で施設内の創造魔法部門でベストファイブに入るレベルまで成長した純度を誇る武器。
「そんな氷を固めただけの玩具で攻めてくるなんざ、俺も舐められたもんだなァ」
自信満々で生み出した力が玩具と呼ばれるほど、カラピアは余裕そうだった。彼は知らないことだが、現在メイアは修行の一環で液体系統の魔法の使用が禁止されている。
それを考えれば、どれだけメイアが不利にあるかは明らか。まさに、制限された戦いだ。
ガッキーン!と高い音を響かせながら拳と鎚が衝突する。
鈍器を素手で受け止める程のパワーと耐久性にメイアは一瞬驚かされたが、
「いッづづぁァッ!!! なんだよ硬ェじゃねェか! は、はは、まあまあやるじゃんかお前」
「な、何なのよ。強がっておきながらなんか凄い痛がってない?! 」
訂正___パワーはあるが耐久性は割と普通らしい。
カラピアは一旦後ろへ下がり距離を取ろうとするが、メイアはすぐに弧を描くように間を詰める。
「普通に打撃が効くってわかれば、やるだけやってみる!」
「やるだけやるッて、負ける前提かァ?」
「さあね。でもあなたとっても強いんでしょ!」
勢いをつけて間を詰めたことで運動量の大きな攻撃が容赦なく振われる。カラピアは腕を十字に交差させて防御し、重い攻撃を受けても少し後方へ滑っていくだけで倒れたりはしない。
( なるほど、小さい見た目とは裏腹に体幹はしっかりしてるって訳ね )
だからと言ってメイアは止まらない。
すぐさま次の攻撃に転じ、上から下に、脳天をかち割るように強撃を振りかざす。そして間髪入れずぐるっと遠心力を利用した横からの攻撃も叩き込む。
だが、予想通り大したダメージ源にはなっていない。
それに、決してメイアが攻撃に回っているからと言って優勢な訳ではない。
明らかに、攻撃を弾かれている内にかなりの精度を誇る氷の武器に罅が入ってきていた。必然、それを直すだけの時間をくれるはずもない。
攻守交代。
「やッぱそれは氷であることに変わりねェッてことなんだよなァ」
小柄な体格を生かした素早く精巧な動きに翻弄されながらも、なんとか必死に武器でガードする。その度に済んだ透明の武器に黒い線が入っていく。蜘蛛の巣状に広がって、次の攻撃を受け止めたら破壊されることは間違いないだろう。
「ならば、『アボイダブル』!」
補助魔法で身体を軽くする。これにより俊敏生が強化されカラピアの攻撃に対応しようと試みる。
「なにしたッて俺にゃあ勝てんぜ」
顔面に拳が直撃する、その寸前。目を閉じも逸らしもせずその攻撃をしっかり目で捉えて、ギリギリで回避する。
( あァ?? なるほど、回避能力を上げたッてわけかァ )
「よし、これなら……」
「いや、一度躱しただけで油断すんなッての」
殴った方とは反対のカラピアの拳が横腹目掛けて飛んでくる。脊椎反射で自然と身体が後ろにのけぞる。お陰でなんとか被害は免れたかと思ったが、彼の体幹の強さを甘く見ていた。
「か、はッ……!! 」
腕を振り回す勢いで身体ごと回転させ、カラピアの回し蹴りが少女のお腹に容赦なく叩きつけられる。
身体がくの字に折れ後方へ飛び、石造りの道路に背中から落下。その影響で呼吸すら忘れてしまう。
男の顔め黒装束で覆われていて目しか見えない状態だが、ニヤリと笑っているであろうことは容易に想像できた。
「いや、まだ、いける……!!」
体中から痛みが湧いてくる。だが、まだ一撃喰らっただけだと自分に言い聞かせて立ち上がる。
「まだやるのか?」
「もちろん!」
再び、衝突が始まる。
同じ失敗を何度もやらかす訳にはいかないと、メイアは攻撃を躱しても油断せずカラピアの動きから目を離さない。
まだメイアの手には罅だらけの氷の鈍器が握られている。誰が見てもこれはもう使い物にならない。攻撃を避けようにも鎚の重さが邪魔になるはずなのに、手放さず持ったままでいる。
だが、それでもしっかりカラピアの怒涛の攻撃に対処できていた。だからこそ、メイアはほんの少しの隙を見出すことに成功した。
( ________今だッ!! )
微笑ながらに生じた今までよりも長い攻撃までの間隔、それを見逃すはずもない。
攻守交代の時間だ。
だが、瞬間、メイアはカラピアが笑みを浮かべているのを感じた。黒い布の下で彼の口角が確かに上がっている。
「気付いたか? そう、この隙はわざとくれてやッたんだぜ。お前が攻撃してくるようにッてなァ!!」
よく考えれば当然のこと。メイアは俊敏さを上昇させていたものの、カラピアの乱打はそれに追いついてきていた。なのになぜ、今更になって隙を与える?
戦いに熟考の時間はない。だから気付かなくても仕方ないことではある。よって、メイアは騙された。
でも、メイアは止まらなかった。敵の罠だと分かった上で止まることをしなかった。
できなかったのではなく、しなかった。
逆に止めずに攻撃することが正しいのだと信じて。
ぎゅっと崩壊寸前の武器を握りしめ、全力で振るう。
ガキンッ!と高い音を放って、あっけなくカラピアの殴打によって折れてしまった。なお、両者の攻撃が相殺されることはなく、鎚をへし折った拳は勢いを止めずにメイアの身体へ突き刺さった。
「ちッ、普段容赦しねェ俺が容赦して、顔面にゲンコツねじ込んでやるのは止めておいたがよォ。どうせ殺ッちまうんだからそんなん関係ねェことだッたな」
カラピアは歩道で横たわるメイアを見下す。
「で? どうするんだおィ。お得意の創造魔法でまた立ち向かッて来るか? 無駄だろうけどな、はははッ!!」
幸い、今のメイアには体力があった。毎日毎日、夜までナハトとの特訓の成果として、まだ戦って動くだけのスタミナは残されている。
だから、立つ。
ただし、ほぼずっと運動しているメイアには莫大な疲労が蓄積しているというディスアドバンテージがある。
( なら、動かなければいい )
大量に汗をかき、前のめりの姿勢で、それでもなお笑みを浮かべる。
「さて、じゃあ問題です。あなたに今さっき折られたばかりの私の武器。あれは一体、どこにいったでしょう?」
「あァ?」
突然の質問。そして何より、窮地に立たされているにもかかわらず笑みを浮かべるその不気味さに、カラピアは困惑した。
その問いの意図はなんだ、答えはなんなのだ。そんな疑問が浮かんでくる。いや違う、そういうことではない。折れた武器が何処へ飛んだか、確かそれは宙に放り出されていったはずだ。
それが何なのか。
( いや違う、これは、唯の時間稼ぎかッ?! )
実は、カラピアの結論は問いの意図としては正解だった。
しかし、そんなことはどうでもいい。メイアにとって、カラピアが正解しようが不正解だろうが関係なかった。彼の結論が何であれ、その結論に至るまでの時間が長すぎた。それだけで十分だった。
ちなみに、メイアの質問そのものの答えとは、
「ぐぅぅァ____ッ!! ………な、にが、起きた」
カラピアの背中に鈍器のような重い何かが衝突した。その重さはどこか、さっきまでの鎚と似ていて。
だが、少し違っていた。それは背中から赤い液体が滲み出てきていることで、つまり、かなりの重量を持った刃物の類であるということ。
「『コルティツァ』応用版、ブーメラン。残念〜、時間切れとなってしまいましたぁ! 問題の正解は、武器が形を変えて背後から襲ってくる、でした」
ブーメラン作戦を思いついたのはカラピアがわざと隙を作って誘導してきた瞬間だったが、案外上手くいってメイアは安堵した。ようやく、ちゃんとスッキリできる一撃をお見舞いできたのだと。
兄であるグラナード・スマクラフティーも闇の世界で襲撃者フィースト・カタフに同じような戦略を立てたのだが、やはり兄妹同士戦い方も似るのだろうか。もちろん、世界を隔てているため互いに互いの戦略を知らないのだが。
「この、野郎ッ、やりやがッたなァ! しゃあねェな、いいぜ俺を弄んだこと、後悔させてやらァ!」
相手が完全に興奮する。まずい、と汗が垂れる。
加えて、ついに。
「まてカラピア。もう十分時間は経過した。ここからは、俺も参加させてもらうぞ。いまお前はあの戦乙女から不覚をとったのだから、嫌とは言わせんぞ」
「ちッ、俺だけでもいいッてのに。しゃあねェな、さっさと終わらせようぜ!」
先程まで道の端っこで建物の壁によりかかって傍観していた大柄の男、ゴースが合流する。
敵2人コンビはまるで、頑丈な壁とガトリング砲。しかも、その装甲となる壁にも抜群な破壊力が備わっているとみてまず間違いない。その2人分の覇気が混ざり合うことで不気味な重さがのしかかる。
そう、まるであの時の闇の繭のよう。
(……え? あの時の、お兄ちゃんを連れ去った闇みたいな、嫌な雰囲気? )
「もしかして、あなた達は私のお兄ちゃんの失踪と何か、関係があるの?」
「はァ、今更かよお前。俺らはただの斥候でしかないが、それでもお前を潰すだけの力はある。さッきのでそう確信したぜ。だから、冥土の土産にひとつ教えてやろうじゃねェか。いいか? 俺らはよォ、俺らの目的に邪魔になる奴、特にお前みたいに1000年を超える謎を解き明かそうとしやがる奴ッてのを叩きつぶさなきゃあかんのよ!」
邪魔になる存在と、カラピアは言った。
それが逆に、ある意味でメイアを安心させた。
「でも、それってつまり、私のやってきた事があながち間違いでは無かったってことよね? このまま続けていけば、その内答えに辿り着けるかも知れないってことよね?」
なら、ここまでは死なない。でも、勝てない。そんな相反する思考が同時に脳内に浮かび、どちらを選ぼうにも選ぶことができなくなる。デッドロック、膠着状態、とにかくこのままではいけないと、強引に考えるのを中断させる。
「もういいだろう、戦乙女。若くして十分にその力を発揮し示して見せた。それで十分。さて、終わりにしようか」
思考を中断させたところで、と言った感じだ。このゴースという男はきっと、いや確実に、メイアを一撃で葬り去るだけの力がある。そして今からそれを実行しようとしている。
だが予想外にも、先に動いたのはカラピアだった。
「えっ?! 」
「おいおい何驚いてんだァ? ゴースが参戦したッてだけで、俺が戦わないなんて一言も言ッてねェよな!?」
今度の攻撃には確実に容赦は込められていない。鋭い殺意が全身に刺さる。
身体を少しずらせば回避できるが、それでは足りない。たった一撃を免れたところで速攻で次の攻撃がやってくるからだ。だからメイアは飛んだ。道端からど真ん中まで大きく飛んで攻撃を避ける。
「ぐぅっ!! 」
だが、蓄積される疲労とダメージによって上手く着地ができず片膝を地面につける。加えて、カラピアの攻撃射程からは逃れることはできても、敵は一人ではない。
「はああああああぁぁぁぁぁあッ!!」
夜の静かな空間をゴースの声がぶち壊す。その巨躯を宙に浮かせ、腕を大きく振りかぶりながら号し、破壊の一撃を少女に叩き込まんとゴースはやってくる。
地に膝をつけるメイアにはもう動く時間も体力も残されていなかった。
即ち、死。
剛腕が、一撃必殺が発射された。
ズザアァァァァァァァッッ!!! と。
しかし、それは拳が命中した音では無かった。
しかし、それは拳を躱した音でも無かった。
直撃の寸前、メイアの真横を黄金の閃光が背後から通り抜け、飛びかかる巨体を後方10メートル程吹き飛ばした音だった。強靭な肉体を持つゴースは坂を下るように飛び、背中から地面に着地すると更に1メートル地を滑る。
そこにいた誰もが唖然とした。メイアもカラピアも、突然飛ばされたゴースにも予想外のことであり。
「今のは、雷の槍?? 」
一体誰がやったのか、メイアとカラピアが同時に雷の槍が飛んできた方向を見る。
「私の生徒に手を出しておいて助かるなんて思わないことだな、下臈共。随分と舐めてかかってるようだが、私が来たからにはもう負けるようなことはない」
「あ………」
「なんだァ、お前?」
突如現れたその人は長い髪を指でかき分けながら言った。
「私はそこの可愛い女の子の現保護者的な者でね。名を、ナハト・ブルーメと言う。どうぞヨロシク」
お読みいただきありがとうございます!
なんとか文字数を少なくしたいなぁ、なんて思っているにも関わらずなぜか多くなりがちなこの『勇者などいない世界にて』ですが、根気強く読んでいただければ幸いです。
では、次回もヨロシク!