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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章13 グラナード・スマクラフティー①


 皆からはグランと呼び親しまれている男には、メイアという妹がいる。兄妹そろって中々の実力の持ち主であるが、これは別に、スマクラフティー家が代々戦闘に優れていたという訳ではない。

 ただただ、この2人が特別優れていたというだけなのだ。


 特に、異質なのは兄の方であった。


 彼が初めて魔法を使用したのは生後1週間のとこである。

 母親が眠りにつき、代わりに父親がグランの面倒を見ていたときのこと。水を飲もうと父が台所へ向かい、ほんの1〜2分、目を離したときにそれは起きた。


 パリンッ! と、リビングに何かの割れる音が響く。


「おい、どうした?!」


 大急ぎで大柄で筋肉質な父親が飛んで戻るが、別に大したトラブルは起きておらず、花瓶が落下したというだけのことだった。

 グランも母親もぐっすり眠っており、2人の愛おしい寝顔を見て父はホッと息を吐く。


 この時はまだ、花瓶の破壊がグランの無意識的な魔法によるものだと、誰も予想していなかった。

 この世界では未だ、生まれたばかりの子供が魔法を使うと言う事例はなく、基本的に親や学校等で学ぶことで使用可能になる。だからこそ、グランが魔法を使用したなどという考えは浮上することすらしなかった。


 しかしその日から、不定期に様々なものが壊れるという怪現象が続いた。

 1ヶ月も経つまで誰にも見られなかったということが奇跡的に思えるが、流石に常に近くにいた母親は勘づいていたらしい。それも当然、破壊される物はどれも幼い赤ん坊の周囲に限られていたからだ。幼児がやったとは信じがたいが、そう考える以外に説明ができないのも事実だった。


 そしてついに、生後1ヶ月と2日の時、グランの無意識的な魔法は父親により発見される。


 ゆりかご内の幼児の様子を見に来た父は、部屋に入るとすぐ、小さな手が蒼く光っていることに気付く。何事かと思ったが、その小さな豆電球ほどの光が球となって発射される瞬間を見て、すぐにそれが魔法だと看破。


 だが。

 驚きで身体が石化したように動かなかった。


( まずいっ!!)


 とても小さな魔法だが、彼はその魔法を知らない。見たこともなかった。

 だから、どれだけの破壊力をもっているのかも不明。


 ボンッ!と、破裂した時にはもう手遅れだった。


 魔法『オリヘプタ』の片鱗を直に受けた父の腕は見るも無残な状態に、太い腕の半分くらいが吹き飛び、血肉は綺麗な部屋の壁や床を一瞬で汚した。

 抉れた部分からの出血は酷く、叫ぶ余裕も無かった。


「ぐぁぁッ……これは、まずい。医者でもこの傷は流石に手が付けられないか?」


 と、そこに桃色セミロングの可憐な女性、グランの母親が通りかかり、部屋の中で起きた惨劇を目の当たりにする。


「ひッ!! ちょ、ちょっとあなた!なに、何があったのよ!?」


「ゼーレ ?! す、すまん、何が起きたかは後で説明する。とにかく早く医者を呼んできてくれ!」



 しかしその後、彼の腕が治ることはなかった。出血は酷かったものの命は助かり、この日から彼は右腕を失うことになる。


 母親ゼーレ・スマクラフティー。

 父親オルビス・スマクラフティー。


 正直なところ、2人は子供に恐怖を抱いた。生まれてすぐの子供にできる所業ではなく、明らかに非凡だ。だが逆に、グラナードと名付けられた彼らの子が魔法を制御できれば、大変優れた人間へと成長できると前向きに捉える。


 それから事件が起こることも無く平和な時間が流れていった。

 しだいに両親からグランに対する恐怖の念は消え去り、愛しい我が子として深い愛を注げるようになっていく。


 それから2年の月日が流れ、妹メイアが誕生した。


 グランの例があった為、父母揃ってまだ生まれたばかりの女児を監視するように見守っていたが、彼らの予想するような事態は起きなかった。むしろ普通の、健康で可愛らしくそれでいてハツラツとした女の子に成長していった。

 ただし、グランの影響でメイアは魔法に関心を持ってしまったことで、後天的に強くなる兆しが見えてきたことは普通ではなかったが。


 両親が村の重要職務に就いていたから、という理由もあるが、特にその子供も中々に特殊であったことから、グランとメイアは次第に村で有名人となるのであった。


_______ここでひとつ、こんな説を提唱してみたい。


 説、と言うよりかは法則に近いのだが、どうもこの世には幸福と不運は表裏一体なようで。つまり、幸運があれば不運もある。これは至極当然な法則かも知れない。

 だが。


 良いことがあった分だけ、不幸がやってくるとしたら。


 まさに、先天的な力を持つグランと後天的に力を得たメイアには災難が襲いかかってくることが予期される。

 力を得ることが必ずしも「良いこと」とは限らない。

 しかし彼ら家族、より範囲を広げて村の人々にとっては、強き者が産まれることは決して「悪いこと」ではなく。


 逆に、防衛力の欠如が見られる当時の村の状況を鑑みれば嬉しいことだった。

 それはつまり、この幸福は兄妹だけのものではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。



 グランが10歳、メイアが8歳の時だった。

 その日突然、自然災害の度を遥かに超えたような激しい嵐が村を襲った。雷鳴雷光は止まず、かろうじて民家が吹き飛ぶことなく耐えているその状況を兄妹は今も忘れていない。


 ゼーレは家で子供ふたりを守ろうと家にいたものの、父親のオルビスは仕事で村の役所に赴いていたので家にはいなかった。

 しかし、時間的にはもうオルビスは退勤していてもおかしくなく、彼が外に出ている可能性が浮上していた。故にゼーレはオルビスを迎えに行こうとする。

 必然、まだ幼き子らはそれを止めようとしがみつく。

 そんなふたりにゼーレは優しく微笑んで、


「大丈夫よ。グラン、メイア。ほら、ふたりは知っているでしょう? 私には耐性付与魔法があるし、お父さんに会えれば回復魔法だってある。だから大丈夫」


 スマクラフティー家は皆、万が一の非常時に備えて魔法を分配的に使えるようにしていた。

 ゼーレは耐性付与、オルビスは回復魔法を。

 そしてグランは攻撃魔法、メイアは支援・創造魔法を中心とした多くの魔法を、といった感じだ。


 加えてゼーレには彼女の耐性付与の実力を証明できるだけの実績がある。

 村の一角で火災が起きたときは火炎耐性を自らに付け加えることで子供を救ったことだってあれば、なんならグラン達に魔法を撃ち込んでもらうなどという奇想天外なこともやったことがある。

 故に、子供達もゼーレの実力は認めていて、母なら大丈夫なのではないかと考えてもいた。


「さ、お母さんを信じなさい。念のためあなた達にもいろんな耐性を付けておくから、静かに待っててくれる?」


 そこまで言われたら、もう子供にはなす術もない。

 ふたりは深く頷くと、「ありがと」と言ってゼーレは最後にグランとメイアを抱きしめる。


「「いってらっしゃい!!」」


 幼い兄妹は両親の帰りを祈って、母親を見送った。




 ここでもう一度、繰り返して言おう。

 良いことがあった分、悪いことは返ってくる。




 いつの間にか兄妹は眠りに落ち、目覚めた時にはもう嵐も吹き弱って青い空が姿を見せていた。

 だが、ふたりは気付く。


「お母さんは、どこ?」


「お父さんは? まだ、帰ってきていないの?」


 なんだか説明のつかない焦燥に駆られ、グランとメイアは目を合わせて頷いた。両親を探しに行こう、と。

 急いで家の扉を開けて外へ出たとき_____否、扉を開けた時点で、その衝撃的な光景は目に入ってきていた。


 そこにあったのは一本の杭のような、おそらく何処かの柱の破片とおぼしきもの。それが地面にある凹凸に突き刺さって存在していた。

 その凹凸からは何やら赤い液体が流れでていたらしく、突風と雨の影響で広範囲に渡り地面が赤く染められていた。


 語るまでもなく、そこに何が()()のかは明らか。


「_____っ!! お、お父さんと、お母さん、、なの?」


「な、なななな、なんでなんでなんで、ああああああぁぁぁぁぁぁぁどうしてなんで!!」


 母が、父を庇うようにして覆い被さる状態だった。よく見ると皮膚は焦げていて、突き刺さる杭もどこか焼けたような跡がある。

 死因は柱が突き刺さったことだと思ったが、違う。最終的に彼らにトドメを刺したのは雷撃だ。


 グランは激しく心が乱れるのを認識しながら、直感的に両親の死の理由を予想する。


( きっと、あの木片が刺さった後お父さんが回復魔法を使って堪えていたはずなんだ。だから、だからえっと、、、そうだ、お母さんは雷耐性を付与して家を出たった!! で、なのに、雷はお母さんとお父さんの両方を貫いた!!)


「う、うわああああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」


 横でメイアが泣き崩れる。

 村人達はその甲高い叫び声を聞いて各々の家から飛び出てくる。そして彼らも、人気者の家族に起きた悲劇を目撃することになる。


 衝撃的、と言い表すのはまだ子供だった兄妹からすれば優しすぎる表現だろうか。

 澄み切った水に一滴の毒。いや、それどころか今回の悲劇は一滴など比ではない。愛別離苦ほど酷い事象は無い。

 今までの安寧はこの時、容易く崩れ去った。



 アル・ツァーイ村を襲った災害は明らかに不自然極まりないものだった。これは誰もが共通して感じ取ったことだ。

 自信のあったゼーレの耐性魔法を余裕で貫通したあの雷撃は何だったのだろう。


 様々なことを統合して、村としてこの災害についての結論が出された。


『此度の嵐は、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 これは、単なる自然災害として捉えるには規模が莫大すぎて、且つ、それだけで片付けてしまえるほど安易な問題ではなかったが故に採択された結論だ。


 ただの雷なんかでゼーレは死なない。これはグランやメイアは勿論のこと、村の誰もがそう思っていることだ。故に、これを唯の災害とすることがゼーレの能力を否定することになるとして、『何か』による行動の結果だとする他なかった。


 そんな厄災の日から、ふたり取り残された兄妹は悲しみに明け暮れ慟哭を響き渡らせ、どこからかやってくる憤怒に苛まれ、そして虚空を見つめるという絶望的な状態に引きずり込まれていた。

 そんな暮らしに「明るさ」などあるはずもなく、心の穴は埋まることも無かった。


 しかし、メイアの言葉により停滞した時間は動き出す。


「あの嵐は、絶対に誰かの仕業。うん、絶対に。私は、だから、せめて、仕返ししたい」


 そう呟いた少女の声に応えるよう、


「俺たちはまだ何も知らないが、強くなれば絶対に仕返しできるさ。いつか強くなったとき、絶対に仕返ししよう」


「うん、絶対に」


 こうして短く交わされた約束は、今後の兄妹の一生の目的となるのである。そう、彼らが常に、毎日のようにふたりで修行していたのはこれが理由であった。


 時折、グランの即決は栄養剤的役割を果たすことがある。

 のしかかってくる重い石を跳ね除ける新たな芽を生やさせる、そんな意味での強い栄養剤として。

 静かに逆巻く憤怒の炎は、少年少女を「小さな巨人」へと成長させ、自ら苦難への道に踏み入れたことを意味する。


 怒りに震えるグランは、その内に秘めた強い力を必死に抑え、冷静さを保ち。

 幼くしてまだ見ぬ「何か」への仕返しを企むメイアは、今までの虚無に包まれた怠慢を自戒する。



 斯くして、この光の世界にて、「優者」としての心が芽生え始めた。

 彼らは「優者」になる為の切符を手に入れたのだった。




==========================




 そして現在、この仄暗い世界にて。

 彼は丁度、自分が未だ「優者」たり得ない人間であることを心の中で自覚していた。


 だが、グランにその気は無いらしいが、「勇者」になることなら出来るかも知れない。あの光の世界にはそもそも「勇者」を必要としていないが、この闇に包まれた世界でなら、その存在は誕生してもおかしくはない。


 それはさておき、

 先程まで対峙していた人物、デアヒメル・ターヴァには散々現実を見させられた。

 だが、植え付けられた劣等感は悪いものでは無い。グランは己を振り返り、「劣等」の二文字すら成長の糧としようとしているのである。


 まずはこの世界から帰ることが1番の目標だが、まだ。


 常にグランの中で、復讐の炎は燃え続けている。

 来るべき日のためにまず、


______俺は、この世界を攻略する。



________________。




「そう思っていた時期もありました〜って、そんな展開になるのかい? そりゃあ楽しみだね」


 グランの声ではない。

 勿論、黒龍のそれでもない。

 則ち今の声は、未だ会ったことも見たこともない誰かの。そして、この世界で意思疎通ができる例として考えられるのは、デアヒメル王のような悪を嵌め込まれたかつての失踪者。


「誰だ!!」


 瞬時に声のする方を向き、身構える。


「やだなぁ、そう身構えないで欲しいんだけど。けど、その反応の良さは褒めるべきかな?」


 ポツンと残された遺跡の柱の上に、男は立っていた。青みがかった銀髪の青年で、一見普通に見える。だが、たったひとつ、先端が枝分かれして絡み合うように伸びる青い槍、その異質な武器のせいで普通では無くなっている。


 そして、青年はニヤリと悪役顔をして言う。


「そうだ、まずは自己紹介だね。はじめまして、僕の名はフィースト・カタフだ。どうぞ宜しく」



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