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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章10 魔法研究主要都市


 失敗は()()()()

 それが、この旅で己に課したメイアの決意だった。


 これで仮にグランを見つけることが叶わなかったとしたら、そのときこそ真にメイアが廃人となるだろう。

 それだけでなく、快く送り出してくれた村の人々、これから関係性を築いていくかもしれない人々、その全てに顔向けができなくなってしまう。


_____だから、失敗は許せないし、許さない。




 ガタガタと揺れる音がする反面、実際に彼女の身体が揺れることはなかった。

 現在、メイア・スマクラフティーは大都市ユニベルグズに行くため馬車に乗って移動していた。御者の人に聞いた限りではあと半日もあれば到着するとか。

 馬車は1台ではなく3〜4台からなっており、その最後尾には馬車を獣やモンスターから守る為の護衛が乗っている。


 彼女がアル・ツァーイ村を出てから3日と少し。大陸の南西部から長い馬車の旅を経て、ようやく大陸の中央部を通り過ぎたところだ。目的地の大都市は更にここから北に20キロメートルほど進んだ場所にある。

 馬は2頭で走っており、馬車専用として重用されている特殊な種の馬らしく、他よりも体力がある。故に馬の休憩頻度も少なく、速歩(はやあし)で進むだけで中々の距離を稼げるのだ。故に20キロは半日も掛からずして到着できる。


 それはそれとして、何日も馬車の中で景色を眺めている人間としては退屈そのものである。そして何より疲れる。


「はぁ、こんなんじゃお兄ちゃんに会う前に朽ち果てちゃいそうだな〜。とりあえず、体力を付けることろから始めないとダメかもね」


 と、ボソッと呟いた言葉に反応した人がいた。


「おや、お嬢ちゃんも強くなりたくてユニベルグズに行くのかい? 若いってのはいいねぇ、なんでもできるって感じがするじゃんかよ」


 馬車の御者さんだ。他にも客はいるが、彼らは他の馬車に乗っているためメイアと会話できるのは御者しかいない。


「いやいや、ごく普通の女の人は修行なんてしないと思いますよ? 余り聞かないでしょう」


「そう言われればそうだね。わざわざ遠くから強くなるために来る女の子に会うのはとてつもなく久々のことだ」


 一応会ったことあるんだ、と心の中で呟いていると、


「おっとお嬢ちゃん、朗報だよ! 俺が少しこの道を通っていなかった間に道が整備されたらしくて、予定より少しばかり到着が早くなるかもね」


 言われてメイアは外の様子を確認する。

 外は先程までと大した変化なく広い平原があるだけだが、御者の言葉通り凸凹(でこぼこ)した道から平らな道に整備されているようだ。


「あと半日しないくらいかぁ……なんていうか、ゴールまであとどれくらいなのか分かっちゃうと逆に1秒1秒が長く感じるんだよな〜」


 ため息をついてあからさまな脱力をすると、手綱を引きながら御者のおじさんが反応する。


「はは、気持ちはわかるよ。御者の仕事やって長いけど、時間は覆せないものだからね。瞬間移動魔法でもなんでも発明して欲しいな〜なんてよく思うよ」


「ですね。でもそうしたら仕事なくなっちゃうんじゃないですか?」


「その時はその時さ。他の人がなんて言うかは分からないけど、便利になるのはいいことだと俺は勝手に思ってるよ」


 彼は見た感じ50〜60歳といったところだが、もう職が消えることに恐怖は無いらしい。これがもし御者という職に就いたばかりの人なら、失職の可能性に恐れをなす可能性だってある。


「お嬢ちゃんは将来何かしたいとかあるんかい? 例えば、強くなってギルドマスターにまでのし上がる、とかな」


 メイアは初めて聞く単語に首を傾げる。


「ギルド、マスター?」


「ああ、そうかそうか。ギルドってのは初耳だな? 簡単に言うとだな、人々の困り事、例えばモンスター退治だとか物集めなんかを募集して、それを依頼として発行する場所だ。依頼を引き受けて見事達成できれば報酬も貰えるし、依頼主の困り事も解決するし、悪いことはほとんど無いな」


 ただし、たまに依頼の悪用があるのが課題だけどな、と一言加える。


「ということは、ギルドマスターって言うのはそのギルドを管理する人ってことですか」


「そーゆーこと! 単にギルドを管理するだけじゃなく、自らが依頼を引き受けたりすることもできるから、強いギルドマスターは誰もが憧れる存在になったりするんだ」


( 管理とかは大変そうだけど、依頼をこなすだけなら人助けにもなって良さそう。いつか暇を見つけてやってみるのもありかな? )


 メイアはまだ見ぬ施設や職業が無数に存在することに興味を示す。

 一応アル・ツァーイ村にもギルドはある。ならどうしてメイアがギルドを知らなかったのかと言うと、それは村のギルドの名前にある。

 その名も、ヒメル・ビール。ヒメルという言葉はさて置き、ビールという単語から分かる通りメイアはそこを酒屋として認知していたのだ。

 そんな事実を知るのはきっと、彼女がもっと成長してからの事になるのだろう。


 と、そうこうしている内に馬車の進行方向の先、数キロ奥に建物が点在するのが見えてきた。

 この馬車の旅も3日。先にある小さな建物群が何なのかは既に分かりきったもので。


「そろそろ休憩地点に着くよ〜。と言っても今までと余り変わらず、何の変哲もない中継地点だけどね」


 丁度、御者によってそのの正体を知らせるアナウンスがかけられた。




====================



 それから特に面白いことは何も起きず、ガタガタと馬車の揺れる音をBGMに退屈な時間を過ごしていた。既に日は鎮みかけ、青空も一転、オレンジの空が広がっている。


 かつて警備班班長のダルジェンから聞かされたことがあるのだが、雲から光が差し込んでいたり太陽が赤く輝いていたりするのは幻想的だ。しかし、それは空気が比較的汚いが故に発生する現象なのだとか。

 ロマンチックさを一気に破壊するようなダルジェンの蘊蓄(うんちく)に一時期ショックを受けたものだが、今となっては気にすることも無くなった。


 なんてことを回想していたので気付くのが遅れたが、外を見るといつの間にか馬車は荒野っぽい、周りが岩山に囲まれたような場所を走っていた。

 そしてその奥に、目的の大都市が(そび)え立っていた。


「おぉ〜! あれがユニベルグズ……噂通りの面白い形!」


 遠くから見たからこそ分かる大都市の特殊性は、その山のように隆起した形状にあった。そこはどうやらひとつの岩山をそのまま利用した街らしく、だからこそ街が山の形をしているのだ。


「どや、驚いたろう! あれはもう何千年と前、国家という枠組みに囚われない独立都市という習慣が確立されたばかりのころからあるっつう、歴史的にも価値のある場所や。 見た目からも分かる通り街を移動するのに坂を登らなあかんってのが厳しいが、逆にそれを楽しみに来る人もめっちゃ多いんやで」


「あー確かに、坂を登るのって修行になるかも!」


「え、あー。観光客に修行のつもりはないと思うけどなぁ」


「ん、ごめんなさい今何か言いました?」


「いやいや何でもないよ」


 ボソッと呟いた御者の言葉にメイアは気付くことはなく、昔の人って凄いこと考えるなあ、と呑気に考えていた。

 かくして、ようやくメイアはひとまずの目的地に到着するのであった。



______大都市ユニベルグズ。



 その名は「連なる大地」を意味しており、その名の通り周囲は岩山に囲まれ、街自体も少し整地されただけの低い岩山に建てられている。だから街の中心が最も高い位置にあり、基本的に人々は坂を登り下りする形で移動することになるのだ。

 不便だと言われれば否定は出来ないが、一応救済処置として街を登るための交通機関があるからこそはご容赦を、と言った感じで街が営まれている。


 何故かその不便さと特異性は外の人々から人気があり、毎年観光客で溢れている。それが大都市たる所以であり、現在まで街が存続した証拠なのだろう。



 そんな街で、メイアはある施設を探していた。


「うわぁ〜建物と人がいっぱいある! こ、こんなに広くて見つけられるのかな………」


 そもそも、この街に来た理由は魔法の研究が盛んなここで色んなヒントを得るためだ。特に裏世界の情報と、侵入不可領域、そしてそこを切り抜けるのに必要な原初の炎の情報を。

 例えそれらの情報が手に入らなかったとしても、メイアはここで魔法の鍛錬を積もうと考えていた。創造魔法や支援魔法のような魔法は得意だが、メイアは攻撃魔法が苦手だ。

 そういった弱点を克服するという目的も含めての大都市遠征であるのだ。


「あの、すみません。この街の魔法研究施設って、どこにあるか分かりますかね?」


 突然話しかけられて男性は困惑したような顔をしたが、すぐに質問の答えを脳内で探し出す。


「魔法研究というと、いくつか思いつくのはあるけど……特に有名な大手のものならこの坂をずっと登って行った先、左手に見える白い建物かな。あれなら多分見れば分かるはず」


「おお、ありがとうございます!」


 男性に感謝を告げると早速メイアは長い長い坂を登り始めた。実はこれで話しかけるのは3人目だったのだが、なぜ前の2人に素通りされてしまったのかは分からない。

 1人目はいかにも仕事人と言った感じだったので分からない事もないが、2人目の女性に至っては、まるでメイアがいないかのような反応だった。これが都会の恐ろしさ? などと考えたが、どうせ答えはでてこない。


(それにしても、遠くから見た限りでは楽しそうだと思ってたけど、この坂結構辛いな?)


 岩山を少しならしてから街が建てられたらしいが、それでも高いものは高い。標高で言えば250メートルと少しとかなんとか。

 日もほぼ暮れ、黄昏時(たそがれどき)に差し掛かったであろう時間帯。


 既に多くの人が坂を下り、それぞれの家や宿に戻ろうとしているのが分かる。ユニベルグズの公式パンフレット情報によれば、下層には住宅や宿、中層には様々なお店が、そして上層部には工場やその他施設が多く建てられているかららしい。


(この時間帯に登り始めてる私って、ひょっとして時代遅れ? いや、まだ登ろうとしてる人もいるよね。恥ずかしくないね!)


 全員が坂を下っているわけではないことが分かったはいいものの、目的の魔法研究施設がまだ開いているとも限らない。何にしろ、もう少し急いだほうがよさそうだ。


「傾斜は緩くてもキツいものはキツい、か。いや、これも修行! そう思えばまだ行けるぞー!」


 元気溌剌(はつらつ)な少女の大声に周囲の視線が集中したことを、メイアは気付かないまま登っていく。


 数分後。


 気持ち急ぎながら登っていると、中層のお店ストリートを抜け、次第に会社やドーム状の何か、学校の様な建物なんかがちらほらと見られるようになってくる。

 もうそろそろ200メートルを越えるだろうか、割と時間をかけたので空はもう藍色に染まろうかといった具合だ。かろうじて水平線がオレンジだが、もう夜と言っていい。


 そうこう周りを見渡している内に。

 左手には、真っ白で、故に異彩を放っている巨大な建築物が鎮座していた。先程男の人が言っていた特徴と一致するそれはまさに魔法研究施設だ。


 おぉ〜、と言ってその立派さに見入っていると、ひとり、長髪で白衣のようなものを着た女性が中に入ろうとしていることに気づく。


「あの! ここって魔法研究施設で合ってますよね?」


 つい話しかけてしまったが、その長髪の女性は嫌な顔せず対応してくれる。


「ん、ああそうだが、君は? 見たところは普通の女の子って感じだが」


「えと、私はメイア・スマクラフティーって言います! 訳あって魔法とか超常現象の知識が知りたいってのと、私自身の魔法の精度を上げたくてここに来ました!」


「ふむ……」


 何かを測るかのように、女性はメイアの目をじっと見つめる。瞳の奥の奥まで、なんというか、自身の全てを覗き込まれているような錯覚を受ける。

 上層部にはもう雑踏は無く大通りを歩く人はもう少ないが、それにしても音が無さすぎるとさえ思える。それほどに完全にメイアは相手の瞳に吸い込まれていた。


 その数秒の視線の交わりを経て、ようやく進展が訪れる。


「いい目をしているな。その天真爛漫な性格といい、自らの高みを目指そうとするその意気といい、私は好きだ」


「え、あ、ありがとうございます?」


「よし、よかろう。私について来てくれ」


 言うと彼女はそそくさと建物内に入って行ってしまう。突然のことに驚いたメイアだったが、遅れじと前を行く女性について行くことにした。

 中に入るとまだ活気で満ちていた。女性と同じく白衣を羽織る人が多いのを見るにこれが制服らしい。


「うわぁ、凄い」


「だろう? ユニベルグズにもいくつか魔法研究施設はあるが、これほどの規模のものは他にないだろうしな。まあ、それでも他の施設が潰れないの理由はあるのだが、それはまあどうでもいいか」


「もう日も落ちましたけど、それでも人がいっぱいいるんですね?」


 アル・ツァーイ村だったら考えられないことだな、とメイアは心の中で呟く。確かに、村ではこの時間帯になると誰もが家に帰り、外にいたとしてもそれは散歩だったり宴会の類だったりするのだ。


「まあ、ここの奴らは皆魔法大好きだからな。困ったことに中には日付けが変わるまでここに居残る奴までいるそうだ」


「もしかしてお姉さんも、その困った奴のひとりだったりして?」


「おぉ、よく分かったな。いや、私はまだ良い方だよ。週に2日くらいしか残らないからな」


 毎日居残るようなヤバい奴がいる、とでも言いたそうな感じがぷんぷん漂っている。気になってメイアが質問しようとしたが、先に女性が口を開いた。


「それにしても、お姉さんって呼び方は慣れないな………そうか失敬、まだ名乗っていなかったのか。ナハト・ブルーメだ、よろしくな」


 振り返る彼女の姿は美しかった。いや、それだけで無くカッコいいという感想をも抱かせる、そんな人だ。

 まだ出会ったばかりだが、おそらく彼女は強い。


「ナハトさん、ですね。はい、よろしくです!」


「よし、ではメイアだったか、君はちょっとここらで待っててくれ。私はそこの受付で話を付けてこよう。なに、そう長く待たせるようなことはしないさ」


 踵を返すとナハトはエントランス突き当たりに見えるカウンターの方へ歩きだす。ひとり取り残されたメイアだったが、すぐに終わるらしいので辺りを見回して時間を潰すことにした。


 掲示板やら黒板やらが壁の至る所に設置してあり、そこには文字、プリント、グラフなど、兎にも角にも魔法に関することが無数に書かれている。


『魔法開発班員募集中!!』

『魔力向上の為の実践的試合の勧め』

『魔力が基本的に持つ流体的性質について』


 特にメイアが気になったのは最後の『魔力の性質』についてだ。今まで気にしたことも無いような内容だが、強くなるにはこう言ったことも知る必要があるのでは、という思いに駆られてしまう。

 メイアは文章をざっと要点を掻い摘んで読んでみた。


 曰く、『魔法球に魔力を込めようとするとき、その意思の通り中に魔力が注がれるならそれは液体系。それは攻撃魔法の威力に深く関係があり、魔素密度が高ければ高いほど威力も増す』


 更に曰く、『魔法球に魔力を込めることができず、その表面上を囲うように魔力層が形成される場合、それは気体系の特徴を持つ。これは攻撃魔法の威力は伸びにくいものの、支援魔法や創造魔法と言った、何かを覆うことでその力を引き出す類の魔法を得意とする』と。


 メイアは日頃から、魔法球に魔力を込められず試行錯誤しては結局ダメだとぼやき諦めかけていた。

 グランはその様子をみて、魔法球で練習するより実際に魔法を撃つ方がいいのではとアドバイスをくれていたのだが。


「この文を見る限り、私達は勘違いをしていた?」


 スマクラフティー兄妹は魔法球はその中に魔力を込め、どれだけの密度の力を注入できるかを確認するためのものだと考えていた。

 故にグランは、ただの確認用に過ぎないものを使うより実践で強くなる方が効果的だとして、魔力の流体的性質に気付けずいた。


( 攻撃魔法よりも支援・創造魔法の方が得意だったけど、球体に纏わせることしか出来なかったことがその理由だったんだ )


 しかしそれが分かると逆説的な事実を連想してしまう。


「もしかしてじゃあ、私はお兄ちゃんみたいに攻撃魔法は得意にならない?」


 小さく、声が漏れる。

 その声は聞こうとすれば普通に聞き取れるものだったが、この魔法研究施設にそんな声を聞こうとしている者がいるとは考えにくい。


「そんなことは無いぞ」


 ふと、背後から声が掛けられた。

 一瞬誰が誰に掛けた言葉なのか分からなかったが、その声はついさっき聞いたばかり。

 メイアの小言を聞く人間がただ一人そこにいたのだ。


「気体系の者であろうと、鍛錬と条件次第では液体系魔力も扱えるようになれる。だから心配いらない」


 振り返ると、そこには左手に薄いハンドブックの様なものを持ったナハトが立っていた。


「何を驚いている? 言っただろう、そう長くは待たせんとな」


「え、ええ。そうでした」


「それで、どうやら君には液体系の魔力を扱える兄がいるらしいな。そうかそうか、なら一層、正しくやれば成長は早そうだ」


「?」


 メイアはナハトが何を言いたいのかよく理解できなかった。何かグランが関係しているようなことは分かるが、それと成長との関連性が垣間見えない。


「両者共に血が繋がっていて、なおかつ両者の魔法性質が異なる場合、兄妹揃ってどちらの性質も扱えるようになりやすいということだ。君は運がいい」


 その話を聞いて徐々に顔を明るくし、前のめりでナハトの話を聞く姿勢になる。

 それに対してナハトは、何か物珍しいものを見る目でメイアの姿を上から下まで眺めて、


「今更だが、魔法の流体性を知らないとは君、もしやどこか辺境の地に住んでいるのか」


「そうです。アル・ツァーイ村って言うんですけど、魔法の詳しい理論とかまで教育は行き届いてなくって……」


「なら丁度いい機会だ。少しばかり流体性と魔法適正について詳しいことを説明してやろう」


 ナハトは先程メイアが読んでいた掲示板の記事を指差し、魔法について語り始める。


「基本、人は液体系と気体系でどちらかの適正しか得ることはできない。しかし、親がそれぞれの性質を持ち合わせていたなら、両特性を引き継ぐ可能性もなくは無い」


「でも私は、片方だけ」


「そうなるな。君は液体系、つまり攻撃魔法は使えても完全な適性を持っているとは言えない。それでも、因子は持っている」


「因子?」


「そう。眠ってしまっているが、君の場合、液体系の因子は細胞の中に情報として記録されているはず。言い換えれば、君は完全な適性を得ることは難しい。けれど、君の努力次第で、更に磨きの掛かった攻撃魔法を使えるようになるはずさ」


 話を聞いていて、だんだん拳に力が宿っていくような気がした。可能性がどんどん湧いてきた。 


「ところで、君の兄はどちらもできるのか?」


 どちらも、と言うのは流体的性質をどちらも扱えるのかという意味だろうと考え答える。


「どっちもできてましたね。お兄ちゃんは攻撃魔法が得意ですけど創造魔法も使ってました。あ、でも、私は支援とか武器の創造とかがほとんどで、攻撃魔法を使うことは滅多に無かったかも」


 戦闘ではグランが攻撃に専念するため、メイアはそれを支援したり、隙をついて武器で攻撃するという戦法を使うことが主だった。

 そもそも村周辺は平和すぎて、戦うと言っても弱い敵ばかりだった。だからわざわざメイアが攻撃特化にする必要性が無かったのだ。


「なるほど、これは面白い。魔法の使用頻度でこうも偏ってしまったと言う訳か。そうなると、もしや…………」


 ますますやる気が出るな、と呟いて続ける。


「メイア、君はこのユニベルグズに滞在するつもりか?」


「ええ、一応そのつもりです」


「よろしい。では君にこれを渡しておこう」


 そう言って渡されたのはナハトが手に持っていたハンドブックだった。表紙には中央に『魔法研究施設アルティ』と施設名だけが書かれている。


「これは?」


「簡単に言えばメモ帳かな。ここで知った知識、身につけた技能や魔法、他にも何でもいいが、とにかく書いて書いて技術を自分のものにするんだ。そして、そのハンドブックを持っている者は則ち、このアルティのメンバーであることを意味している」


「えーーっと、」


「はは、いきなりのことだったかな。つまりだ、君は今日から、ここで魔法を究めるメンバーの一員となる訳だ」


「…………………………ええぇ!!??」


 もとより、メイアはこの施設で魔法の精度を向上させるために訪れたのであったが、少なくとも試験的なものを課されたり、最悪のところ拒否されることだろうと考えていた。

 だが実際、偶然メイアが施設前で話しかけた女性は特に何を課すでも無く、まるで最初から決めていた事かのようにメイアの加入を認めてしまっていた。

 全くの予想外だ。


「えっと、でも良いんですか? 勝手に決めちゃって」


「何、私が良いと言うんだから良いんだよ。このナハト・ブルーメ、自慢では無いがこの施設で第2位の人間でね。大抵のことは許されるのさ」


 ナハトは両手を広げ、歓迎するように言う。


「ようこそアルティへ。私が責任を持って、君を強くしてみせよう」


 運命の巡り合わせが、ここぞとばかりにやって来た。



お読みいただきありがとうございます!

メイア篇はいかがでしょう、グランのいる世界は暗いのでどうしても話も暗くなりがちです。

なので、出来るだけこっちでは明るめにできるようにしたいと思います!


では、次回もよろしくお願いします!

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