第一章09 平行した世界にて
ここは、光で溢れる世界。
西方に佇む都市大陸の、さらにその南西部に位置する辺境の村アル・ツァーイにて、あるひとりの少女の慟哭が続いていた。
彼女の名をメイア・スマクラフティー。謎の闇によって分かたれた兄妹の妹だった。
部屋は昼間とは思えないほど暗く、ただ赤く燃えるひとつの灯だけが唯一の光だ。それは号泣する彼女を優しく慰めているような優しい明かりだが、彼女はそんなことには気付かない。
グランと離れ離れになって一日が経過している。当然、丸一日泣きっぱなしという訳ではない。不定期に気分が落ち着いて、また兄のことを思い出して涙が込み上げる、というこのサイクルが続いているのだ。
昨夜までの安寧から一転、彼女も、グランと同じ暗黒の中にいるようなものだった。
そして同時刻、村の中央にある集会所の資料室にて村の代表者4人による議論が進められていた。
議論内容は『グランの失踪とメイアの錯乱』について。
「ついにこの地から2人目の失踪者がでてしもうたか……」
村長ハバキリがそう言うと、「2人目だって?」と、体格の大きな男が不思議そうに返す。
「そうじゃよ。この地で1人目の失踪者は古の時代の王。伝承によれば、かつてこの地は小さな国だったと言う。しかし、件の王が失踪したことで国は滅び、このアル・ツァーイになったんだそうじゃ」
「そ、そうだったんか……」
「いやダルジェンあんた、村の代表者として少しは歴史も知っときなさいよもう」
ため息を吐いてぼやくと、村長に確認を入れる。
「で、私達はこれからここの資料を使って、グランの失踪についてだとか、これから何をするべきかだとかを話し合う必要があるって訳ね?」
「うむ」
現在、この資料室には村長、警備班班長、政務担当、資料室司書の4人の村の代表者が集結している。
アル・ツァーイ村は人口200人弱と少なく、村の中枢を担う者もたった4人しかいない。だから、貴重な失踪の目撃者にして村の人気者であるメイアにもこの話し合いに参加して欲しいところではあるのだが、
「メイア女史に参加してもらうというのは流石に、今の彼女の様子からしてそれは酷でしょうね」
政務担当の、眼鏡を掛けた知的な男グリム・ベムが顎に手をあてながら眉間に皺をよせ、他の3人を見る。
「そうよな。あの不安定な状態は様々なことに鋭敏ゆえ、メイアにコンタクトを取るのはこの議論が終わってからが良いじゃろうて」
「おう、警備班も10人しかいねぇけど、皆があの兄妹の日々の特訓を見て育った野郎共だ。警備だけじゃなく、勿論他のことも惜しまず協力するぜぃ!」
村長のハバキリと警備班班長のダルジェン・サーケがそれぞれグリムの意見に賛成し、残りの1人、若くして多くの知識をもつ司書のエスティア・シンシアに目線が向けられる。
彼女は青みがかった黒髪ロングで大人っぽさもありつつ、その顔や身体つきには未だ若者っぽさもあるような女性だ。
「もちろん、私も協力は惜しまないわよ。ここの資料に一番詳しいのは私だし、どこに何があるのかも大体把握してて知識は蓄えてるつもりだから頼ってちょうだい」
「それは頼もしいのぅ。皆も、感謝するぞ」
言うと、村長は両手をパンッと合わせて「では、一旦情報を集めるかね」と場を仕切る。
それを聞いた3人は頷くと、一度みんなはそれぞれ資料探しに一旦散った。
警備班のダルジェンは「な、なんだぁこれ?」などと呟きながら顰めっ面で資料と格闘していた。村ではグラン達兄妹に継ぐ戦闘能力を持つが、難しいことは苦手らしい。
一方、エスティアは優秀な司書なだけあって次々と資料を抜き取って大テーブル上に置いていく。
他の村長やグリムは遅すぎず早すぎず、資料内容をしっかりと吟味しながら話し合いの役に立ちそうなものを探していく。
そんな調子で十分程経過、一度彼らは集合する。
「ま、とりあえず私がいろんな資料持ってきたから、それから消化しちゃいましょ」
他の3人は1〜2冊しか持ってこれなかったのに対しエスティアはなんと8冊。分厚いものから薄いものまで積まれていて、ダルジェンは「今からこれ読むんか……」と言った顔で固まっていた。
しかしエスティアはそんなことお構いなしに話を進める。
「まずはこれね。これは最近入ってきたばかりの資料だったからたまたま覚えてたんだけど、ちょっと気になることがあるのよね」
そう言って持ち上げたのは見た感じ500ページほどありそうな分厚い本。パッと見ただけでも分かるほど古いものだとわかるが、管理が丁寧だった為か破れたりする様子はない。
表紙には『裏に於ける観測について』とある。
「ほほう、裏ときたか」
「確か裏というのは、この世界の一部であるにも関わらずまるで異世界のような、次元やら時空やらが多少曲がった特徴を持っている場所でしたよね?」
「ええ、そうよ。その不思議な特徴から、この世界の裏側なのではないかという推測が生まれて裏と呼ばれるようになったっていうそれ。表裏一体って奴ね」
ハバキリ、グリム、エスティアの3人それぞれの言葉を聞き、ダルジェンが不思議そうに尋ねる。
「いや、でも裏ってのは今は封印されて行けないようになっているんだろ? それが今回の事件とどう関係するんだよ」
「確かにそうじゃな。エスティア、何が気になっておる?」
えーっと……と言いながらページを捲っていき、数秒が過ぎると「これを見て」と言って読み上げる。
曰く、『定期的に、地点(0.5.1) にて時空の割れ目のようなものが顕現すると推察される。我々はそれを「歪み」と呼ぶことにした。されど、我々が現在いる観測点から地点(0.5.1)までの間には侵入不可領域が存在しており、真実は闇のままである』と。
エスティアは数行飛ばして読み続ける。
曰く、『我々が「歪み」の存在を推察できた理由についてだが、それはε波の観測によるものである。前述した侵入不可領域の寸前、則ち、半径約1キロメートルの範囲までε波が届くことが確認済みだが、これからも要・観察だ』と。
読み終えると、数瞬の間沈黙が走る。おそらく、この資料の内容を反芻して理解するのに時間がかかるのだろう。
と、最初に言葉を発したのはダルジェンだ。
「で、このままじゃあ俺らの質問の答えにゃなってないぞ。結局、この歪みやらなんやらの話がなんだってんだ?」
「ほら、昨日、メイアも言ってたじゃない? グランはまるで、どこか違う世界にでも行ったように見えたって。つまり、『歪み』と呼ばれる次元の割れ目とやらを使えば、別の世界にだって行けるってことなんじゃないのかしら」
「なるほど、言いたいことは理解できました。まあ、私たちの持つ情報では別世界を否定する材料も無いですし、裏があるなら他に世界があっても不思議ではありませんか」
グリムは冷静に判断して言う。
「では、まずはグランが別の次元に飛んだと仮定して話を進めてみると言うのはどうです?」
その提案に皆が賛成の意思を表示して、ひとまずの新たな議題が決まった。今、グランが異世界にいると言う仮定のもと話し合うに於いて課題となるのが、裏についてだ。
そもそも現代では、裏へと繋がる道は禁忌として閉ざされており行くことが出来ない。もし運良く行けたとしても、「歪み」に到達するには人類の侵入不可領域を侵入しなければならないと言う難点もある。
「課題が山積みだな。どうだ、何か使えそうな資料があったりしねぇか? 例えば〜そうだな、グランが長年かけて読んでたっつうデカイ本とかよ」
「なるほどの、神話の類ときたか。となると、スマクラフティー家まで取りに行かねばならぬな」
村長は難しそうな表情をするが、エスティアが何か思い出したように手を挙げる。
「それなら、この資料室にあるわよ?」
え、あるの? という視線が向けられる。
「ほら、グランって今3冊目を読んでるらしいじゃない。だから1冊目の『神殺し』と2冊目の『討譚』はここで預かってたのよ」
言いながら、部屋の隅っこの方から辞書みたいなゴツい本を持ってくる。題名は『神殺し』、神代の伝記として知られるものだ。
その見た目でわかる内容の濃さと話の長さから、一般の人々が読むことは余りなく、神話が好きな人や学者などが読むことがほとんどだ。
「グランによれば、世界から抜け出して別の場所に行こうとしたのはこの『神殺し』と今読んでる『ヴェルト』らしいから、今からま軽く読んでみるわね」
「じゃ、俺たちは別で他の資料を漁るか」
そして、何時間にも及ぶ情報収集活動が始まった。
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「落ち着きましたか、メイア女史」
グリムは灯ひとつ分の明かりしかない暗い部屋にいた。
もう夜も遅い時間で、あと1時間もすれば日付けが変わろうかと言った感じだ。なぜ、そんな遅くにメイアのところにいるのかと言えば、そう。
「先程まで私たちの間で、グランの失踪事件についての情報集め等をしておりました。その議論が終わったので、報告をさせて頂こうと思うのですが、いいですか?」
「うん。もう落ち着いたから、話してくれる?」
落ち着いたとは言え、やはり弱々しさは残っている。まだ16歳の少女が、たった1人の家族を失って正気でいられるはずもない。
グリムの前で平然を装ってはいるものの、きっと裏ではまた悲しみに暮れることだろう。
しかし、そこに言及して慰めようとするのは逆効果になりかねない。それを理解しているグリムは、何か声を掛けたいという気持ちをグッとこらえて議論の話を始める。
「まず私達は、グランがまるで違う世界にでも行ったようだった、というメイア女史の言葉を参考に、グランが今この世界にいないという体で話を進めました」
グリムは裏とその奥にある「歪み」の話をして、異世界に行けるかも知れない可能性を提示した。
そして、ここからがその後何時間もかけて導いた結論だ。
「グランはまだ幼い頃、『神殺し』という至極難しい本を完読したらしいですが、それは神代の英雄ハルツィネが『神の国』と言われるこの世界の外にある場所へと赴いた、という旨の話らしいですね」
「う、うん。それはお兄ちゃんから聞いたことがあるけど。もしかして、そんな神話みたいなお話から解決策を導いたの?」
確かに、もっともな疑問だ。
神代のお話などただのフィクションにすぎない、というのが現代一般の思考だ。
だが、グリムは躊躇うことなく頷いた。
「あの本によると、ハルツィネは目の前に立ち塞がった不可思議な闇を原初の炎と呼ばれる炎の光で掻き消したとありましてね。どうも、その闇と言うのは裏にある侵入不可領域のことと思われるんですよ」
「つまり、その原初の炎とやらがあれば、『歪み』までの道が開ける?」
「ええ。原初とは則ち、はじまりです。故に不便で、故に特異的で、だからこそ、これにしかできないことがある。恐らくそれが、闇を打ち払うことなのだと」
正直言って信じられないな、とメイアは心の中で呟く。せっかく話し合ってくれたのに申し訳ないとは思うが、メイアにとってそれは希望の光とはなり得ない。
そんなメイアの心境を察したかグリムは一瞬、何を言うべきか迷う。だが拳を強く握り、やや強い口調で言う。
「もしかしなくても、グランはどこかで帰ろうと必死に努力していることでしょう。必死に足掻いていることでしょう。では、メイア女史はどうするんですか? このまま何もせず黄昏れるのも良いですが、さて、グランが帰ってきたとき、彼が喜ぶのはメイア女史のどんな姿でしょうか」
「っ!! そんなこと、分かってる!」
顔を下に向けたまま、メイアは叫ぶ。
「でも、何をすれば前を向けるっていうの? グリムは、家族を失った人間に笑顔でいろと平気で言える人だったの?」
「……家族を失ったと? いいえ、グランは生きている。いや、それを証明はできませんが、死んだとも言えない。ならば、生きていると信じるべきです。まだ失っていないと」
グリムの発言は酷だと、多くの人から非難を受けるかも知れない。少女に何て説教じみたことをしてるんだと言われるかも知れない。
だが、グリムを含め村の人々はもう何年も、親しくメイアと過ごしてきた。だからメイアには何が必要なのか、優秀なグリムにはよく分かっていた。それ故の、厳しい言葉だった。
夜の静けさが、場を一層寂しいものにする。
「私は」
ほんの少し間が空いて、メイアは言う。
「私は、何をすればいい? グリムは私に、何をして欲しくてそう言ってるの?」
「そうですね……私は、メイア女史が、自発的に動いて欲しくて言っています」
「だから私には、私が何をすべきかわからないんだって!」
投げやりな感じで、小さな声でグリムを非難する。怒りからではなく、戸惑いから出る反発の感情。
行き場の無い、溜まりに溜まった心の重りが投げられる。
しかし、政務担当のグリム・ベムは動じない。村の外との連絡を取ったりする役割の者として、対話で簡単に引くわけにはいかないのだ。
「確かなことがひとつあります。それは、たったひとりの妹の為に、グランは絶対に何かを残して行ったということ。その何かの正体は分からない。でも、必ずヒントはある。そうでしょう?」
「ヒン、ト?」
「消える寸前の切羽詰まった状態で魔法や物を残すのは不可能だったようなので、例えば、何かメッセージとかを残して行きませんでしたか?」
メイアは、グランが暗澹に呑まれる寸前の状況を回想してみた。あのとき、何があったのか。何を言っていたのか。
『メイア、これは何をしても無駄だ。これは今の俺らには対処のできない超越的な力なんだ』
『違う、違うんだ。やるべきは、今どうすべきかでは___ 』
ハッと、メイアは何かに気付く。
そうだった。兄グランは、最後に何かを言おうとして消えていったのだ、と。
「やるべきは、今どうすべきかでは_____ないってこと?」
熟考する。
今どうすべきかが問題ではないなら、何が問題なのか。
「今じゃないなら、過去? いや、過去に立ち戻ったところで何も……じゃあ、未来。太刀打ちできないなら、今なんとかしようとするんじゃなくて、未来の自分が状況を打破できるようになればいい……??」
あっ、と声が漏れ、グリムと視線が交差する。
何か大切なことに気付いたのか、その彼女の瞳には光が戻っていた。絶望から希望を見出したような、そんな光が。
「何か、わかりましたか」
グリムは今までの口調から一変し、優しく問う。
「いや、その目を見ればわかります。グランは何かを残していったようですね」
「うん。お兄ちゃんは、目の前のことを対処しようとしていなかった。だけど、前を見ていたの。まだ諦めてなんかなくって、きっと今も帰ろうとどこかで奮闘しているはず」
兄を一番信じなければならないのは言わずもがな妹のメイアではなかったか。
しかし、忘れていても思い出せればそれでいい。
立ち上がることができればそれでいい、と。
そして、メイアは力を込めて立ち上がる。壁から降る小さな明かりが整った顔の半分を照らし、左右で光と影のコントラストが生まれる。
「さっきはごめんなさい、グリム。別に貴方が悪いのではないのに強く当たってしまって」
「いいえ、謝罪などいりません。私には謝られるようなことをされた覚えがないですからね」
「……そっか。じゃあ、ありがと」
言いながらメイアは微笑む。
無邪気というか無垢というか、兎にも角にも屈託のないその笑顔は村でも評判だ。憂いは残っているだろうけれど、この表情をできる時点でもう心配はいらない。
「これから、村長のところに行ってくる」
「わかりました、では私は帰ります。何かありましたら、いつでも我々を頼ってください。皆が、日々スマクラフティー家の兄妹に感謝しています。誰も、あなた達を見捨てはしないでしょうから」
「ええ、それじゃ」
外でグリムを見送り、メイアは夜空を見上げた。星河一天の輝きが暗い空を染め上げている。
そのままそっと目を閉じて深呼吸をすると、ふと、自分が煌めく夜空の一部に溶け込んだような不思議な心地よさが身を包む。
秋の夜、冷たくなりつつある風に晒されて現に呼び戻されると、風邪を引かない内に要件を済ませる為歩き出す。
_______お兄ちゃんは、この世界にいない気がする。
ぼそりと呟いただけの、まるでお伽話のような信じ難い言葉を真面目に受け取ってくれた。そして、時間をかけて解決案を伝えてくれた。
この晩、メイア・スマクラフティーは決心した。
「おや、メイアじゃないか。夜遅くにどうしたのじゃ」
いつの間にか村長の家まで辿り着いていたらしく、目の前には優しく微笑みかけるおばあちゃん、もとい村長のハバキリが立っていた。
「少しハバキリさんと話がしたくて。今から大丈夫?」
「勿論だよ。その様子だとグリムが何かしたようだね? 兎にも角にも、元気を取り戻したようでよかったよかった。ささ、中に入りなさいな」
「うん、ありがと」
促され村長宅に足を踏み入れる。中には特に説明するようなものはなく、赤く煌めくランタンがいくらか壁に掛けられた普通の暖色の部屋だ。
豆知識だが、この村の民家で主に使われている灯りはどれもこのタイプのランタンで、グランの魔法が利用されているのだ。
と、そんなことはさておき。
「いやはや、今日は良く星が見えるからのぉ。いつもなら寝る時間帯なんだが、つい見惚れてしもうたわ」
「確かに、今日はいつもよりも綺麗に感じた。なんか、私のことを励ましてくれてるみたい」
「ふふ、そうかも知れんな。 して、メイアは話したいことがあるんだったか」
ほれ、と催促されて椅子に座る。テーブルを挟んで反対側に村長が座り、ちょうど対面する形になる。
「それで、話とは何かな?」
ふぅ、と短く息を吐き喉に溜まった重い何かを外に吐き出す。その何かとは遠慮、躊躇、迷いのどれにも当てはまらないが、かと言ってそれら全てに類似したものだった。
故に、言葉として表現するのは難しい。
「あのですね、私、この村を出てお兄ちゃんを探しにいきたいんです。今私がすべきことは、ここでただ待つことじゃない。自分から迎えに行くことなんだと思って」
村長は彼女の話を口を挟むことなく聞いている。その様子を見て安心したメイアは更に話を続ける。
「まず何から始めるべきなのかも分かってない。けど、だから何もしないってのは違う。だからお願いします、わたしがこの村を出て旅に出るのを許可してください!」
座ったまま頭を下げて懇願する。
メイアという人間は快活で、特に自分から頼みごとをしたりすることが無かった。逆に、村人達がスマクラフティー兄妹の洗練された強さに頼り切っていた為に、兄妹は常に頼まれる側の存在だった。
つまり、能動的な「やりたい」という意思を半ば封印して生きてきた人間であったのだ。
「ついに、この時が来たということよな。ほれ、顔を上げなさいな」
受動的に「やらされる」側から抜け出そうとする彼女の意思を無下にするなんてことはあり得ない。それが、この村の間で密かに交わされた取り決めのようなものだった。
「わしらはいつもメイアとグラン、2人を信用していた。いや、勿論今も信頼しておるのだが、だからこそこう言える」
「?」
村長ハバキリは服の胸部に刻まれたアル・ツァーイの紋章に手を置く。それを村長がする時、彼女の言葉は村全体の意思としての言葉となる。
つまり、村民全員の意見はこの時統一されたのだ。
「わしら、このアル・ツァーイの者皆が、スマクラフティー兄妹の帰還を信じて待つ。いつまでも待っておるぞ」
こうして村長の権威が発揮されたのは、ハバキリの代になってこれが初めての事例であった。
この時を以ってメイアと村民は互いに、そして同時に自立を成したのである。
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ハバキリの宣言から3日が経過した。
単に村を去るといっても、このまますぐに「いってきます」とはならない。長旅になるであろうことを予期した準備には時間がかかるものなのだ。
しかし、この日。
「よし、これで全部! 旅のコツは現地調達って聞いたことがあるし、このくらいかな」
本当に3日も必要だったのか、とツッコミたくなるような荷物の少なさだ。量にしてバックパックひとつ分。地図にお金、少しの着替えと携帯食料など、それだけ入れるともう準備は終わりだ。
勿論、これだけのために日数を費やしていた訳ではない。
「えーっと……グリムさんによると、まずは大都市ユニベルグズに行くのがいいんだったよね。そこは魔法研究が盛んに行われているから何か異常現象のヒントも見つかるかも知れないし、何より私の魔法技術も鍛えたいし!」
旅に出るなら、まずは目的地が無くては始まらない。普通に考えれば目指すは裏世界だが、そこへの道は閉ざされているし、たとえ裏へ辿り着いたところで不可侵領域に阻まれることになる。
急く気持ちはあるが、ここはアル・ツァーイのブレインとも言えるグリムの意見に従っておくのが得策なのだ。
「じゃ、そろそろ行くか」
言いつつ荷物を背負い、家の玄関から外へ踏み出した。
「メイアー!いってらっしゃーい!」
「気をつけて行くんだよぉ!」
「必ずグランの奴を連れ帰ってこいよ!メイア!」
絶えることなく次から次へと降り注ぐ歓声の雨。
今日この日、村民の誰もが、メイアと言うたった1人の少女を送るためだけに集まっていた。彼らはメイアが通るための道を空けるように並んで、まるでパレードでもするかのような賑わいを見せる。
天気も快晴、輝く空もメイアの出発を点高くから見守っている。
「みんな、ありがと〜!!」
手を振りながら村の門まで歩いて行く。人口約400人の小さな村だ。門に到着するのにさほど時間は掛からない。
すいすいと村人ロードを進んでいくと、そのゴール地点には村の重役4人が待っていた。
「よぉ!メイアがいなくなっちまうってのを聞いて警備班の奴らが悲しんでたぜぇ?」
「ちょっとダルジェン!まるで『行かないでくれよぉ!』とでも言いそうな雰囲気で話しかけるのはやめなさいって!」
本心は本心なんだから仕方ないやないかい!と言ってダルジェンとエスティアが口論を始めてしまう。これはもはや良くあることで、もはや誰も止めに入らない。
「はぁ、全く2人はいつになっても変わらないですね。まあ、あれは放っておくとして……遂にこの日が来ましたね」
「遂に、なんてそんな大層なもんじゃないよ〜」
「そうよグリム!ダルジェンもダルジェンだけど、アンタはアンタで逆に真面目すぎるのよね〜。もっとこんな時は柔らかくならないと、嫌われるわよ?」
私が嫌われるとでも?と言ってグリムはまんまとエスティアの挑発するような言葉に反応してしまう。
こうして「ダルジェン VS グリム VS エスティア」の三つ巴口論が開幕した訳だが、ここまでくるともう止められる者は存在しない。
「さ、3人はいつも通りだね……」
メイアはもはや微笑を浮かべるしかやることが無い。この自由すぎる状況の中でどうすべきか迷っていたところに、救済が差し伸べられる。
「ほっほっほ。賑やかなのはいいことじゃよ」
「あ、ハバキリさん! あのぅ、本当に私が居なくなっても大丈夫ですかね? ほら、今まで私達も警備班の仕事とか手伝ってましたし」
「なに、そんなこと気にするまでもない。皆、もう決心しておるのじゃからのぉ。それでも気にしてしまうというなら、早くグランを連れて帰ってくればいいだけじゃて」
村長ハバキリはメイアが知る限り、究極の善人だ。自分のことも、そして他人のことも、全ての村人のことを考えて行動している。
だからこそ、彼女はいつになっても現役なのだ。
「ほれ、メイア。これを持って行くがよい」
「これは?」
渡されたのは、小さな薄い板状のもの。丁度、服の内ポケットにピッタリ収まるようなサイズだが、メイアにはそれが何なのか検討も付かない。
「ただの御守りのようなものじゃよ。どんな時も、これを持っておればわしらの繋がりは途切れぬじゃろう? ただ、それだけのものだと思ってよい」
「そっか、ハバキリさんありがとう!」
木札の様な御守りを大事そうに内ポケットにしまうと、一度深呼吸をする。
そして村人皆の事を見て言う。
「約束! 私は絶対に、何があっても帰ってくる! だから皆んなも信じて待ってて!」
その言葉に、皆が頷く。
だから、最後にメイアは笑顔で叫んだ。
「それじゃあちょっと、いってきます!」
言うと、大きく一歩。
世界を超えた使命を果たすべく、門を潜って旅立った。
則ち、この光の世界でも物語は紡がれる。
お読みいただきありがとうございます!
元々タイトルに「並行」の字を使っておりましたが、あえて「平行」の字に改訂させて頂きました。
果たして、この言葉の違いの意味はなんでしょう?
兎にも角にも、次回もよろしくお願いします!