2.『泣虫な大男』
「アイツ、腹空かせてますかねぇ…」
クォレアの街にあるノイギの自宅兼作業場には一匹の猫がいる。仕事での移動は基本歩きなので、今回の依頼主の住む土地からクォレアまでは大体二日半程の距離があった。そろそろ置き餌の残量が少なくなってきているだろう。
ノイギは帰りに好物のグラーフィッシュの炙り焼きを買っていってやろうと思いながらジグレッド通りを早足で抜ける。歩く度に後ろのリュックが揺れガチャガチャと音が聞こえた。
しばらくして歩く自分の脚から目を離し周囲を見やると、曇り空の西側にあった赤色が消えかけていた。だがちょうどノイギも次の区間に入ったところだったので、今日はこの地点で休息することにした。
街から街への舗装道路は、それに沿っていくつかの区間に仕切られいる。その区間内にはそれぞれ集落的なエリアがあり、休憩場となるキャンプサイトや貧民層の小店、入れ替わり立ち替わりで旅商人が骨董品や各地の産物などを売買している。
キャンプサイトの貸し出し受付人は黄色のハンチング帽が目印だ。場所によってはぼったくりも居るので気を付けなければならない。
ノイギは今日の泊まり場を確保する為、黄色ハンチングの似合わない大柄な受付人のもとへ向かった。
「すみません、今夜ここのキャンプを使用させてもらいたいんです…が……」
振り返った受付人の男の顔を見て思わず背負っているリュックがずり落ちそうになった。
泣いている。それもとても成人男性とは思えないようなさまで。
「うお゛おぉぉぉん!!!おまえ゛!!い゛ぃどころに゛来だなああぁ…!!!」
成る程。先程からキャンプ近くだけ人が溜まっていなかったのはこいつのせいか。確かに関わりたくないかもしれない。
「……あ、やはり結構です。持ち合わせが無かったみたいなので…」
「料金はタダでい゛ぃがらあッ!!頼む待っでぐれええ…!!」
ガッシと物凄い力で肩を掴まれたので、取り敢えず事情は聞くことにした。そうしないと肩が折れてしまいそうだったからだ。
「……分かりましたから、取り敢えず落ち着いてください」
「あ゛のねぇ゛ぇ…!!オデのぉ!!あの、う゛ぅぅ…」
なんだかこの大男が泣いてばかりの幼児のように思えてくる。そしてノイギは小さな子供が苦手だった。扱いが分からないうえ突拍子も無い行動ばかりする。この人本当に大人なんだろうか。
この区間に集まっている一部の人々はこの大男の性質を知っているからか、助け舟を出してくれるわけでもなくただ憐むように遠巻きに見ているだけだった。
「……落ち着きました?」
「う゛ぅ…うん…すま゛ない…」
なんだか長くなりそうだったので背負っていたリュックと腰掛け工具バックを下ろし、なんとなしに空を見てしまう。
少しして、咳払いして切り替えた大男がやっと話し出した。
「……グスッ、…昨夜、人を泊めたんだぁ。四人組の団体で…アイツらが盗賊だったなんて知らなくて……店の金と…オデの大事なペンダントが盗られちゃ…って…う゛ぅ」
「…そうですか。ですがジブンは盗賊の類では無いので安心して泊めてくださって結構ですよ」
心配する素振りさえ見せないノイギに大男は目をギョッと開いてまた泣き出した。
「ぅえ゛!?エ゛ェエ…!?ぞんな゛ああ!!…頼むよぉ…オデだけじゃ取り戻せる気がしないんだよぉぉ…」
「はぁ…タダより高いものは無いということですか。ただジブンはその方々の特徴さえ知らないので探そうにも…」
早くこの場を切り抜けたいが、無料キャンプを目の前にして野宿するのはなんだか勿体無い気がした。
だがこの大男は相変わらずであり、ノイギも探偵のような仕事はしたことがなかったので途方に暮れてしまう。
それにあまり長居し過ぎるとソムーケが心配だ。クォレアで律儀に主人を待ち続ける猫を思うと、やはり野宿か…いや、このまま夜通し歩き続けてもいいかもしれない。日々の徹夜作業で昼夜行動することに体が慣れてしまっている為、そんなことを考えてしまう。
「だったら探索機使えばいいじゃない」
「うお゛わッ!!?」
「!!」
考え込んでいたところに、背後から音もなく現れた少女に二人して跳び退く。
その様子にケラケラと笑いながら、なにやら複雑な構造をした物体を取り出した。
「ちょっと、そんなに構えないでよ、あたしだって盗賊じゃないわ。あたしジルベスタっていうの。あなた達、困ってるんでしょ?」
手に持った物体をクルクル回しながらニコリと笑う少女。
「手伝ってあげる」
彼女に任せてこの場を去るべきか。タダは惜しいがもっと面倒なことになるよりマシかも知れない。