部下
市場は外国からの商人や旅人が多く、その需要に応えるべく宿も数多くあった。その手の宿は一階が受付と食堂併設となっていて、二人はそこへ入ることにした。席に着くとまずは一杯というばかりに紅茶が出てきた。それをすすりながら注文を済ますとこの口下手二人もひと心地ついたのか、さっきよりは冷静に会話を始めた。
「何を疑っているか知らんが特段話す事など無いぞ」
こうして疑いをかけられようともエリアスは平然としていた。それもやはり普段から任務について考え込まない気性がものを言っているらしかった。
「疑っているというより心配しているのです。」
この真向かいに座る生真面目な男はそうかもしれないが、その上司の思惑までは計りかねた。あの男には底知れぬ思慮深さや優しさを感じることもあるが、それと同じくらいに冷たい闇のようなものを感じる時があるのだ。
「ならばなぜ尾けるような真似をする?正面切って聞いてくれば良いだろう」
「それは」
少しばつの悪そうな顔をしながらも
「エイデン隊長にそうするよう言われたからです。あなたなら正直に答えるはずがないだろうと。」
と有体に話す。
「まあ確かにそうだが。そうもはっきり言わんでも」
「自分ははっきり言ったことですし、あなたもはっきりしてもらいましょうか」
「そもそも一体何を根拠に俺のことを探っているんだ?別段何もしとらんだろ」
今の持ち物も服装も結局は普段通りに収まったわけだから見た目には怪しくないはずだ。隊内で少し変わったことをしたとすれば朝食堂に行ったくらいだがそれにしても何もそこまで疑う判断材料にはならないはずだ。
「昨日、城の上階へ行きましたね。あそこへは相当な用事がなければ立ち入ることはないはずです。ましてや一人で入るなどまず有りえないと思いますが」
一体どこで知ったものかとも思ったが、まずは一つの疑問が解決した感もある。確かにあの一連の出来事を客観的に見れば確かにただ事ではないと判断するだろう。
「そうだな。確かに疑うのも無理はないな。俺は昨日、軍のお偉いに呼ばれて任務を与えられた。だがな喫緊の課題だというだけで、大したものではない。エイデンを通さずに直接命令を下したのも単純に急いでいるだけのようだったぞ。だから何も気にすることはない」
「本当ですか?信じますよ」
まっすぐ射抜くような目はまだ疑いの念を宿していた。しかしエリアスはまったく気にならなかった。そうだ。人を殺すような任務だろうが何だろうが大したことではないのだ。それが己の生業なのだから。