奇遇
驚いたのも驚いたがそれと同時に奇妙さも感じた。先の足音も止まっているからまずこの男で間違いないのだが、彼の予想では全く見知らぬ今回の任務の見届け人もとい見張り役がそこにいるはずだった。だがそこにはよく見知った顔があった。
「隊長、奇遇ですな」
厳密に言えば副隊長くらいの立場であるエリアスを隊長と呼ぶこの男は隊内で数少ない彼の部下で、名をローマンと言う。
「その呼び方はやめんかい。それにしても確かに奇遇だな」
言外に先程からの尾行に気付いていることを含ませたが、隠す気があるのかないのか、全く気にしている気配はなかった。
「今日は仕事があまりにも暇だったので急に休みをもらいましてね。隊長も非番ですか?」
もはやエイデンに指示され様子を探りに来たと言っているようなものだった。
「ああそうだ。それでいつものごとく街をうろついていたのだ。」
ひねくれ者ではあったが嘘は苦手だった。そのため余計なことは言わず簡潔に答える。隠し事があるにせよ、それは任務である。しかも仲間にすら口外の許されないほどの極秘任務だ。いくら追及されたところで話す気はなかったが、こちらを射抜くようなまっすぐな目は簡単に納得してくれそうになかった。しかし何故そこまで詮索してくるのかはわからなかった。
「そうですか。人嫌いのあなたがわざわざ休みの日の朝に食堂まで来て、腹ごしらえをしてから散歩ですか。随分気合の入った散歩ですね」
この男も嘘がつけないのは同じらしい。それはこの二人の主な任務が諜報ではなく、その情報を元にした暗殺の実行だったのが関係しているのかもしれなかった。そしてローマンがエリアスを隊長と呼ぶのもこのことに因がある。暗殺の実行隊長はほとんどエリアスが務め、エイデンは諜報と暗殺の両部隊の統括の役目があった。そこで暗殺の現場では隊長と呼んでいたのがそのまま平時でも隊長と呼ぶようになってしまっていたのだ。
エリアスは諦めたとばかりに大きく嘆息した。やはり朝食を取りに行ったのは間違いだったらしい。それにしてもエイデンはよく人を見ていると今更ながらに思う。あの朝のひと時で何か自分の預かり知らぬ重大な秘密をエリアスが持っていると勘ぐったのだろうか。さすがは諜報も暗殺もこなす男と感心した。差し向けてきた人間については多少疑問があるが。
背丈は周りを歩く人々より頭一つ出ていて、がっしりとした体躯は一目で戦士階級の人間とわかる。暗殺者と言うより勇猛な戦士、普通の部隊にいたのであれば小隊でも率いていただろう真面目そうな男である。どうせ口を割らすのであればもう少し目立たない口の回る者でも寄越せば良いのものだが、確かに己と多少信頼関係があるのはこの男くらいだからあながち間違いではないのかもしれなかった。
これから遅めの昼を取ることを思い出したエリアスは結局根負けしてローマンに昼食の共連れになってもらうことにした。