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輪廻の島  作者: よしお
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抜け道

任務に際して気負ったことなど一度もないが、今回はさすがにどうしたものかと気を揉んだ。己が必ず暗殺すると誓わされた相手。それは皇帝陛下の娘だった。そう聞いた瞬間、己の命は無いものと覚悟した。拒否すればそのような重大な秘密を知った人間を生かしておくはずは無い。承諾したらしたで皇族殺しの罪を着せられ処刑されるのだろう。いずれにせよこの任務を遂行できるものとして白羽の矢がたった時点で命運は決まっていたというわけだ。任務の前に逃げ出すという選択肢はなかった。なにしろこんな秘密を知った人間を野放しにするほど上層部も甘くはない。おそらくはもう監視の目が光っているに違いない。

皇帝の娘。これがまずもって奇妙な存在だった。皇女という立場にありながらその姿を見たものはほとんどいない上、そもそも陛下自身もその存在にはあまり触れようとはしない。表向きには病弱で公務もままならないとされている。そうも言われると皆気をつかって詮索もしづらいのであるが、貴族たちの間では実は病気以外の何らかの理由から王宮から姿を表せられないのではないかと噂されていた。しかし噂である。その程度のあやふやな情報しか集められない、本当に存在しているのかさえ、まさにあやふやな人物だ。

だいたい身内を殺すのであれば手段などいくらでもある。病弱という建前を借りるのであれば毒殺もさほど不自然な話ではない。要するにこの件は誰か下手人を立てなければならないのだろう。誰がやったのか疑われる状況はまずいというのだ。

誓いの後、将軍様は一切口を開かず、周りの幹部が作戦の仔細を説明した。話によると皇女は宮殿の敷地内の離れに療養中との事だった。ご丁寧に地図まで用意してここが正門でこの建物がこれで云々、といった紋切り型のブリーフィングを行った。これが救出作戦であれば少しは面白い筋書きだが、殺すとなれば尚の事興ざめである。そんな弱った人間を斬っても何の面白みもないし、ますます他の暗殺方法が適しているという考えが強くなる。だが状況が状況である上、彼が兵士である以上異論を唱える事は出来なかった。

しかしさらに呆れた事に皇女の起居する建物の鍵までも渡されてしまった。こうまでお膳立てされればもう驚きも怒りもなく、ただ先の行き詰った道へ吶喊させられるような虚無感に支配されるだけだった。軍隊で理不尽な命令は数あれど、ここまで露骨なものもそうあるまい。この鍵はもう決定事項であるから諦めろというメッセージとも受け取れる。

しかしこの入念に仕組まれたであろう陰謀めいた計画にも穴があった。実のところ件の皇女のいる建物をエリアスは知っていた。なぜならば彼は宮殿に何度か侵入したことがあるのだ。その厳重であろう警備をくぐり抜け脱出することを腕試しのように、時折行っていたのである。そしてその際発見した脱出経路こそが、この腕試しの醍醐味だった。

エリアスがいるこの帝国の首都は内海を持ち、その周りに交易のため自然に都市が発展してできた。城はより発展の目覚ましい内海南に位置する街の中心にあったが、王宮は東側の海に面した郊外にあり、北と南の街を左右に一望出来る景観が自慢だ。しかしその王宮奥から望めるという美しい景色にも曰わくがあった。侵入した際に見たが塀こそあるものの、眺望の邪魔になるという理由でひどく低い。むしろ景色に見とれていれば逆に足でもつまづかしそうなくらいである。おまけにその下はすぐ切りたった崖のようになっていて誤って落ちようものなら即死ではないものの、泳ぎの下手なものでは生存は望めないほどの高さである。

そして皇帝の妾の一人がその崖とも言える展望台から転落死した。無論事故死と公表されたが、誰もが自殺だと思った。その妾というのが帝国の世界征服時代に最後まで抵抗したセントール王国という異国の王女だったからだ。その王国も島を支配していたため、似たような海の景色に望郷の念にかられた末、衝動的に身を投げたのだと庶民の間で勝手な逸話が出来上がっていた。

そして不謹慎な話ではあるが、その哀れな妾の最後の場所こそがエリアスが毎度使っている脱出経路だった。きっかけは侵入時の無計画さから生じた。王宮は入るのは簡単ではあったが構造が単純ゆえ、まっとうな出口として正門しかないのである。入ったは良いものの出られなくなった。そのような窮地にあってはまっとうでない出口は急に現実となった。そういえば例の妾は内海に落ちたというのに遺体が見つかったという話はとんと聞いた試しがない。そう思い半ばやけくそになり本当に死ぬのかどうか試してやるとばかりに飛び込むと、夜の闇に一層黒い海に飲み込まれた。気絶こそしなかったが次に目を開けた時、死後の世界にやってきたと思った。どうやら岩場に上がったようだが、暗殺で培われた彼の夜目でもってしても、己の手さえ見えないほど暗く、周りの状況がわからないのである。少し冷静になると波の音があることに気づいた。行き場を失った水が立てるゴポゴポという音にここが閉ざされた場所であると見当をつけ、疲労からくる眠気には勝てず、ひとまずここで眠ることにした。

光を感じ目を覚ました。なるほど予見は半ば当たり半ば外れといったところだった。エリアスが眠っていた場所は海食洞であり、海上から見たとしても入り口は水面下にあって岩しか見えない。ましてや上から見ると波が吸い込まれているようで余計に恐ろしいが、飛び込むことでうまく中の岩場に入り込めたらしい。そして夜は月明かりも乏しい曇天だった為に気づかなかったが、海食洞はまだ奥へと続いていた。またもや暗闇を進んでいくのは気がひけたが、あの波の荒々しさを思うとこちらに出口があることを望むばかりである。手探りで進んで行ったが割と広いらしく順調に歩みを進められた。先細る心配もなく道も別れることなく続いているこの洞窟の道は自死を考えた女でも進めたことを思わせる。ほどなくして光がわずかに見え始め、風の音が聞こえた。周囲はさすが、郊外の王宮から脱出したこともあって鬱蒼とした森の中だった。ここからの侵入はできないが抜け道としては完璧だった。

これこそがこのふざけた予定調和を突き崩すまさしく穴であろうとエリアスは思った。皇女を生かすか殺すかは別としてひとまず己の身の振りかたは決まった。

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