隊長と朝食
起床するとすぐ点呼があるので急いで居室を出た。エリアスは仮の所属である近衛兵の補給隊の列に向かった。廊下の列にはすでに全員が揃っていた。この全員が彼と同じく暗殺や諜報といった公にはできない任務を主とする部隊の構成員だった。最後尾に並び、健康状態の確認が終わると朝食のため食堂に向かった。
食堂というのはきちんと人数分の席が用意されているはずだが、心なしかいつも混んでいるように感じられる。特に朝となると皆忙しそうでその印象はさらに強まる。今日は一人で食いたかったが仕方なく同じ部隊の人間の隣に空席を見つけてそこに座った。
「休みなのに珍しいね」
隣の男は優しげな調子でそう声をかけてきた。隊長のエイデンという男だ。つまるところ彼の上官であるのだが、部隊が部隊だけにエリアスはあまり上下関係を感じたことはなかった。上司として部下の変化に気づいたのかもしれなかったが、彼がまあなとぞんざいに答えるとそれ以上は話しかけてこなかった。
確かにエリアスはこの日休みだった。しかしそれは補給隊としての仕事のことであって隠された本来の任務は大概その休みに行われる。しかし今回の任務はエリアスにだけ命じられた極秘のものだった。だから他の隊員は彼が任務を帯びているとはつゆ知らずで、大抵の者が二度寝を決め込む本当の休みでも配給の朝めしを食うケチな男としか思っていないようだ。わざわざ食堂へ来たのは隊内の人間の反応を観察するためだったが本当に知らぬらしい。しかしエイデンは違ったようだ。
この男について知っていることは少ない。金色の髪に鋭い目つき。線は細いが上背はある。ともすると威圧感を覚える風貌であるが穏やかな態度と柔和な口調がそれを中和していた。どこかの名家の生まれらしく洗練された物腰や貴族社会のマナーを身につけていて、よく諜報任務を任されていた。長じて暗殺任務や戦闘に参加することもあったが、その時振るう剣は強いのも勿論だがそれ以上に美しく、筋が良かった。無論この部隊で実戦を積んでいるのも間違いないが、それ以前にどこかで一通り剣術を習ってきたことを彷彿とさせる。剣術の型からすると、もしやこの男はどこぞやの国から流亡した王族か何かではないかと疑ったこともあるが深い詮索はしなかった。そもそも己の出自もまともではなかったし、他の連中も正体不明だが能力はあるというだけで選ばれたような胡乱な者ばかりだった。そんな集団の隊長としては血筋が良いというか毛並みが違うような気もするが、だからこそ逆に束ねる力もある気もする。詮索しようが捉えきれぬ不思議な男だった。
幽撃隊は任務さえ果たせればそれで良いという集団だった。他の部隊のようなしがらみも規則も誇りとやらも何もなかった。ただ純粋に任務の達成だけが絶対だった。そんな幽撃隊の無骨さに居心地の良さを感じていたエリアスだったが、ついにそれも上からの逃れらぬしがらみによって終わるらしい。確かに諜報や暗殺は深く政治に関わる。だからこそ単純な目的達成集団であるべきだと思うのだが、上の連中はこの部隊にはっきり色をつけるつもりらしい。それが終わりか始まりかは分からないが今夜、己が振るう剣が契機となるのは間違いなかった。
隣でエイデンが立ち上がった時、ようやく自分が一口も食事に手をつけていないことに気付いた。食欲はないが無理やりにでも食い始めると案外力が湧いてきた。そうすると自然、任務の事に考えが向くのだった。