予定調和
その命令が下達されたのはつい昨日のことであった。エリアスは表向きの仕事である衛兵の装備品の手入れや員数確認をしていた時、突然軍の幹部からの使いに呼び出された。何の前触れもなく招集されたため、何か緊急事態でもあったのかと勘ぐったが、いざ部屋に入ってみると全員落ち着いた顔をして彼を迎えた。しかしながらその迎えた面々は尋常ではないほどのそうそうたるものだった。
式典で遠くから豆粒くらいの大きさでしか顔を見た事のないような軍の高級幹部、衛兵を連れ立って偉そうに城内を闊歩している皇帝の側近達。そして神政帝国軍最高指揮官であるウォーレン将軍という男が奥に座していた。これほどの幹部が一同に会すのであれば、位の低いものから順に入室するなど色々と面倒な決まりがあるため、階級上ただの軍曹に過ぎないエリアスはこの時点で無礼な振る舞いをしていることになるはずだ。しかしそのことについて咎めるものは誰もいなかった。それどころか一応ではあるが最敬礼をしようとするエリアスを彼らは制止した。敬礼の声で自分たちが室内にいることを知られてはならない…それほどに秘匿せねばならない何かがこの会合にあることをエリアスは悟った。そしてその何かは己に押し付けられるのだろうとも。
「さて今回君に来てもらった目的は」
着座するなり幹部の一人は話を始めた。
「他でもない幽撃隊副隊長の君にある人物の暗殺を依頼するためだ。」
幽撃隊とは普段衛兵隊の補給係をしている彼の本当の所属名だった。元は名前などなかった即席のまさに遊撃隊だったのが、この部隊の始まりらしい。だがやはり名前がないのは不便だったのか誰が言ったか幽撃隊と呼ばれるようになった。
「自分一人の任務ですか?他の隊員が見当たらんようですが」
この異様な会合に疑問は尽きないがまずもって聞かねばならなかったのはそこだった。仮に自分一人に命令が下されるとしても、こちらの長を通さぬというのは尋常ではない。
もったいぶって側近の一人が答える。
「君の腕を見込んで皇帝陛下直々のご指名だ。光栄に思いたまえ。」
全く光栄に思っていなさそうな口調で言うため嘘か本当か判別はつきづらいがありえない話でもなかった。陛下直々の下命であればその超越も無理はないのかもしれない。彼の存在は公にはされていないが、ここに揃う連中であれば、彼が成し遂げた数々の暗殺任務を知らぬものはないはずだ。その功績はおそらくここにいる幹部たちが胸に飾っている仰々しい勲章全てを合わせても足らないほどだろう。
「それに今回の件は急を要するものなのだ。」
本旨をそれる質問に終止符を打つように幹部が答える。確かにその伝でいえば急に設えられたようなこの会合にも納得がいく。ならば結論も急いでかまわないかとこちらから核心を突くことにした。
「それで暗殺対象とは」
その途端低く威厳のある声が響いた。
「誓えるか。その者の名を聞いても必ず暗殺すると」
まるで天から神が話しかけてきたような威圧感があったが、その例えも案外的外れではなかった。彼の正面に座るウォーレン将軍が口を開いたのである。本来であれば同席することはおろか、直接顔を見ることさえないような相手である。多少例外ではあるが軍曹程度の階級のエリアスからしてみればまさに現神人といっても過言ではなかった。今回の暗殺対象はそんな人物が自ら告げなければならぬほど重要なのである。
周りのそえものどもは証人だと思われた。であれば返答の是非はもう本人の手を離れていると考えて良かった。この話を持ちかけてきた時点でもう連中には決定済みのことなのである。
「誓います。必ずその者を誰にも気づかれず、あまつさえ本人も死んだと気づかず黄泉へと旅立つ見事な始末をご覧入れましょう。」
誓いの言葉は彼の暗殺に対する理想の形を謳ったものだった。二つ返事で受けおうものでもないと思い、このような長台詞を垂れてやったのだが、ここまでの無理強いであれば半ば投げやりな口調になることを抑えきれなかった。