09 女神レビルーン
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『──バ、バカな』
信じられないといった顔つきで、ギレザビーンが倒れた。
「か、勝った……」
そう……私達は邪神との戦いに、勝利したのだ!
「最初はどうなるかと思ったが……急に奴の体調が悪くなったのが、潮目だったな」
「ええ、お陰で助かりました……」
モジャさん達が、戦いの感想について話しているのを聞いて、確かにそうだなぁ……と素人の私でも思う。
◆
そう、最初は邪神の猛攻に、私達も防戦一方だった。
『フハハハ!どうした《神器》使いども!貴様らの力はそんな……ぬあっ!』
嵐のような神の攻撃!
しかし、突然ギレザビーンは脇腹を押さえて動きを止めてしまった。
『ぐ……おおっ……な、なんだ……この痛みは……』
ガクガクと膝を震わせ、じっとりと汗に濡れながらギレザビーンは謎の腹痛に耐える。
「エアル!まさか、毒とか盛ったのか!?」
突如、コーヘイさんが私を名指しした!ちょ、ちょっと!やってないわよ、そんな事!
人聞きの悪いことを、言わないでちょうだい!
「いや……だって盛った前例があるし……」
……はい。
確かに、最初の勇者パーティから逃げ出すために、睡眠効果のある食材を使いました。
「だ、だけど、今回の料理には使ってないし、ギレザビーンに出したのは、皆と同じ材料で作った料理よ?」
「そ、そうか……」
言われてみればと、コーヘイさんも納得したみたいだ。
でも、あの邪神の不調はいったい……。
「ふっ、まだ原因がわからないのか?」
謎は全て解けたといった雰囲気で、モジャさんがポツリと呟く。
ええっ!? 理由がわかったの?
「簡単な事さ……奴は腹いっぱい食べた後なのに、大暴れしたから横っ腹が痛くなったのさぁ!」
な、なんですってー!……って、なに言ってるのよ、モジャさん。
いくらなんでも、そんな子供みたいな……。
『な、なんだとぉ!』
おい、邪神。なんであなたが驚いてるのよ。
『だ、だが、貴様らも戦闘前に食事をしていたはずだ!なぜ、平気でいられるっ!?』
「フッ……俺達は、『腹八分目』だったからな」
『は、腹八分目……だと!? そんな技術が……』
いや、それってそんなに勝ち誇って言う事でもないでしょ?
それに、邪神のリアクションが良すぎて、ツッコんでいいのか呆れればいいのか、反応に困るわ。
『わ、我は今まで、こんな現象に遭遇したことはなかった……貴様ら人間が、神の知らぬ事を知っていたというのかっ!』
「確かに人間は、アンタら神から見れば短命で愚かに見える事もあるだろうさ……だがな!『満腹の後に激しく動くと脇腹が痛くなる』を重ねて、人は文化を作り上げて来たんだ!」
「神のように、個人で世界を生み出すような事はできんさ。しかし、受け継がれた物を後世に残して生かす事ができるのが、人間というものなんだ!」
『お、おお……』
コーヘイさんとモジャさんの人間論に、邪神は押されているみたい。
でも、ただの整理現象だし、そんな大仰に言う事でもないわよね……。
『なるほどな……強さを重視したはずの我が魔族が、貴様ら人間に勝ちきれぬ訳だ。様々な経験の継承……確かに、そんな考えは持っておるまい』
弱肉強食がルールの魔界では、確かに弱い者達の技術や文化の伝承は軽視されるでしょう。
その点においては、元から弱い人間だからこそ、生き残る強さについて貪欲だったかもしれないわ。
『しかし、人間を認めたとはいえ、神である我が貴様ら創造物の思い通りになってたまるものかよ!』
脇腹の痛みを堪えながら、ギレザビーンは再び立ち上がった。
ああ、無理すると痛みが長引くのに。
しかし、そんな風に立ち上がるギレザビーンを見て、コーヘイさんは意を決したように皆へ声をかけてきた。
「よし!奴が回復する前に、やっちまおうぜ!」
うーん、そうね。
コーヘイさんの言葉に、私達は誰も異論を挟まなかった。
『……おい、一応は認めあった訳だし、こういう時は我が回復してから、正々堂々と戦おうとか言うのが王道ではないのか?』
結構まともな事も言うのね、ギレザビーン。
だけど、元より私達が有利とは言えないくらい、そっちの方が強いんだから、弱ってる今がチャンスじゃない?
「そういう訳だ!おとなしく、殺られやがれ!」
『き、汚いぞ人間!』
「戦術はあらゆる手段を肯定するのだよ!」
有無を言わさず私達は邪神に襲いかかり、持てる力の全てをもってタコ殴りにした!
そうして、冒頭に至る──。
◆
『う、うぐぅ……』
とりあえず、ボコボコにしたギレザビーンを、レルールの鎖で縛り付けておく。
さすがに神を奴隷化はできないみたいだけれど、それでも動きを封じて置くことはできるでしょ。
それにしても、腹八分目と満腹とが勝敗の境目になるとはね。
もしも、私達の冒険が伝説になっても、絶対に使われないわ、こんなネタ。
「ところで……邪神を封印するには、どうすればよいのでしょう?」
縛られたギレザビーンを眺めながら、レルールが誰とはなしに問いかけた。
そういえば、そうね……。
倒すだけでいいなら、この状態だもん、すでに封印されていてもおかしくはないだろうし、何か儀式とかアイテムが必要なのかしら?
「ねえ、エイジェステリア。あなたなら、邪神の封印方法を知ってるんじゃない?」
変態とはいえ、天使は天使。
私達の知らない情報なんかも、なにかしら持ってるだろう。
「ああ、それは……」
『そのまま、トドメを刺せばいいのですよ』
「!?」
エイジェステリアの言葉を継ぐように、何者かの声が響いた。
そして、それを聞いた瞬間、天使と邪神がビクリと体を震わす!
「こ、この声は……」
『まさか……』
エイジェステリアとギレザビーンが上を見上げると、その視線の先に突然まぶしい光の輪が広がった!
その輪から日差しのような光が差し込み、地下のうす暗い封印の間が明るく照らし出される。
そして……その女性は、ゆっくりと光の輪を抜けて姿を現した。
『久しぶりですね、ギレザビーン』
『やはりお前か、レビルーン……』
レビルーン……それは私達、人間と人間界を造った女神の名前。
初めてギレザビーンを見た時と同じように、神々しいオーラを身に纏いつつ、慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべている。
太陽の光で出来てるみたいな目映い金色の髪に、母性を象徴するような豊かな胸の膨らみ。
何より、思わず「お母さん……」と呼んでしまいそうな、圧倒的な安心感が、かの女神からは発せられていた。
『よくぞ、そこな邪神を倒しましたね、《神器》使い達よ。様々な困難を乗り越えて、目的を果たしたあなた達を、誉めてあげましょう』
うう、なんだろう……この胸の内から込み上げるような、むず痒い感覚は。
何て言うか、いい歳なのにお母さんに頭を撫でられたみたいな、恥ずかしくも嬉しいっめ感じがする。
ウェネニーヴだけは、よくわからないといった風に小首を傾げているけど、他の皆は私と同じような感覚に襲われてるみたい。
モジャさんなんか「マーマ……」とか呟いてるし。
『ですが、悲しい事もあります。我が天界に、狼藉者が侵入してきたのです』
狼藉者……あ!それって!?
パチン!と女神が指を鳴らすと、彼女の近くに別の光の輪が展開し、そこから何かが吐き出された。
「!?」
それは私達と別れ、目の前の女神を封印すべく天界に向かった、ザラゲール率いる魔界十将軍の精鋭達。
彼等はまるで、ぼろ雑巾のような無惨な姿で折り重なり、ピクピクと痙攣していた。
ギリギリだけど生きてるみたいで、ちょっとだけ安心したわ。
『この者達のせいで、我が天使達は全て倒されてしまいました。まったくもって不愉快です』
レビルーンはため息を吐きながら、ザラゲール達から私達へと視線を向ける。
『なぜ、我に逆らおうとするのです?』
その問いかけは、すでに私達とザラゲール達との間で結ばれた協定も、知っているからこその物だろう。
悪事を働いた子供を咎めるような、そんな響きがそこにはあった。
『我を楽しませる遊戯の駒であるからこそ、他の人間よりも優れた能力や力を得られたのですよ?創造主である我に感謝こそすれ、逆らう道理などないでしょう?』
うわ、すっごい上から目線。いや、神なんだから当たり前かもしれないけど、こう面と向かって言われると、さすがに反発したくなるわ。
「私達は、神々の戯れのために生きているのではありません!」
突然、レルールが大きな声をあげた!
「あなたにとっては取るに足らない人達でも、日々を懸命に生きています!それは人間界だけでなく、魔界においてもそうでしょう。そんな人達が住む世界を、遊び感覚で引っ掻き回すなんて、神とはいえそれが許されるはずがありません!」
大司教という地位にあるからこそ、レルールは国の内外で色々な現場を見てきたんだろう。
まだ、少女といっていい彼女の言葉には、聖女と呼ばれるにふさわしい重みがあった。
『わかりませんね……我が造りし世界を、我らがどうしようと自由でしょうに』
だけど、レルールの言葉は、レビルーンには全く届いていない。
ため息混じりで首を振る女神は、心底残念そうにレルールに語りかけた。
『あなたは、我のお気に入りでした。死後は我の元で、天使として仕えてほしかったというのに……』
「この世界が、あなた方の遊び場と知らなければ、喜んで召されていたでしょうね」
女神の誘いをレルールは拒否する。
っていうか、あの女神の物言いって、最初にエイジェステリアが私を選んだ時と似たような感じよね。
やっぱり神と天使って似てくるのかしら?
そんな事を思いながら、隣で縮こまっているエイジェステリアをチラリと覗き見る。
すると、気の毒なくらいに動揺してる彼女に、女神からの叱責の言葉が投げ掛けられた!
『エイジェステリア!あなたは地上にて、人間達を監督するのが役目だったのでしょう!なのに、彼等の反乱を止めぬとは、どういうつもりです!』
「い、いえ……地上においては、私達は不干渉であると……」
『言い訳無用!』
ピシャリと怒鳴られて、エイジェステリアは再びビクリと小さくなった。
自分で理由を聞いておいて、それは無いんじゃないかなぁ……。
『……ふぅ。これも自由意思を与え、発展性を持たせたが故の反乱かもしれませんね。思いもよらぬ方向性は楽しめますが、我に逆らうならば話は別です。こうなれば、創造主である我の手で引導を渡すのが筋というもの……』
そう言うと同時に、レビルーンから放たれるオーラの質が変わった。
例えて言うなら、お母さんから猛獣に変化したような、戦闘向けのオーラになっている。
『あえて言いますが、あなた達が我に勝つ確率はゼロです。慈悲を乞うなら、せめて苦しみのない死を与えましょう』
ずいぶんと、ハッキリ断言してくれるじゃない。
言っちゃなんだけど、今までだって勝ち目の無い戦いを、生き延びて来たんだから!
どんな姑息な手を使ってでも、今回も生き延びてみせるわ!
『わかりやすく言ってあげても、諦めないのですね……これも人間の宿業、ですか』
やれやれといった感じで肩を竦め、レビルーンは優雅に歩を進め始めた。




