11 吸血鬼の罠
私の捨て身の奇策によって片方の鎖を封じられたレルールは、珍しくその表情に焦りを滲ませる。しかし、すぐに気持ちを立て直すと、迫り来るコーヘイさんを迎え撃とうとしていた。
「はぁっ!」
彼女の手から、槍の刺突を思わせる鎖の一撃が、一直線にコーヘイさんへと向かって放たれる!
「ふん!」
しかし、体を捻ってその一撃をかわしたコーヘイさんは、一気に間合いを詰めて、レルール首元に手をかけた!
本来なら、そこで押し倒してチェックメイト!といった所だろうけど、なにしろ相手は《加護》の力でパワーアップした聖女様だ。
下手をすれば、逆に組伏せられてピンチになるかもしれない。
「うおぉっ!」
しかし、そんな私の心配を余所に、レルールに組み付いたコーヘイさんは、彼女の服を引き付けながら同時に足を刈る!
見たこともない体術で自分の体ごと巻き込むと、半回転してレルールの体を地面に叩きつけた!
「うあっ!」
背中を強打したレルールの口から、苦鳴の声が漏れる。
「柔道の技なんて、中学の体育以来だぜ!」
不細工な背負い投げだけどな!と彼は豪快に笑う。
ジュードー?セオイナゲ?
よくわからないけど、それって異世界の体術なのかしら?
殴る蹴るの護身術はこの世界にもあるんだけどな。異世界では、モジャさんみたいに組み付くのを主体にする武術がメジャーなのかもしれないわね。
「くっ!」
倒れたレルールが、押さえ込まれる前に立ち上がり、それと同時に鎖を振るう!
かわそうとしたコーヘイさんだったけど、避けきれずに彼の足へ鎖が巻き付いた!
それを起点にして、コーヘイさんのバランスを崩そうと、レルールが鎖を引っぱる!
しかし、彼はその力に逆らわずに、何故かそのまま足をレルールに向けた。
「ロケット・キイィック!」
彼が叫ぶと、鎖に巻き付かれたままの脚甲が弾かれたようにコーヘイさんの足から外れ、直線上にいたレルールに向かって飛んでいった!
って、なにそれ!?
「なぁっ!?」
私と同じように驚きの声をあげたレルールだったけど、飛来した脚甲が激突する寸前で、避けることができた。
体勢を崩しながらも、再びコーヘイさんに視線を向けた時、すでに彼は次の攻撃を放っている!
「ロケット・パアァァンチィ!」
脚甲と同じ要領で撃ち出された手甲が、レルールの顔面にヒットし、意識を無くしたらしい彼女は、がっくりと膝をついたのだった。
「よっしゃ、戻れ!」
コーヘイさんの命令に従って、飛んでいった手甲と脚甲が戻ってくると、自動的に彼の体に装着される。
鎧の《神器》の能力、『爆発的な威力で、鎧を脱ぐ事ができる』を、まさかこんな使い方をするなんて……。
脱げた部位は生身を晒すから危険にもなるけれど、意表を突くことに関しては超有効だわ。
「どうだった、エアル!俺の戦い方は?」
「あー、うん。なんとも型破りでビックリしたわ」
割りとめちゃくちゃだけど、この世界の住人では、多分思い付かなかった戦法なのも事実よね。
この発想力の差が、異世界から勇者を喚ぶ根拠なのかもしれない。
「う……うう……」
倒れているレルールから、呻き声が漏れる。
もう意識を取り戻しそうになるなんて、さすがは聖女なんて呼ばれてるだけの事はあるわね。
「今のうち、レルールを拘束しとかないと」
「そうだな。ただ、あいつ《・・・》がソレをさせてくれるかが問題だ」
倒れたレルールの後方に佇む、天秤の《神器》使いモナイム。
なぜか棒立ちのままだけど……レルールがやられた事に、ショックを受けてるのかしら?
「なんにせよ、今がチャンスなのには違いねぇ。エアル、援護を頼む!」
私に絡まっていた鎖を外し、今度はそれでレルールを縛り上げるべく、コーヘイさんが走る!
それに合わせて、私もモナイムに向かって盾を投げつけた!
コーヘイさんがレルールにたどり着き、回転する盾が飛来しているというのに、モナイムは身動きひとつしようとしていない。
え、ちょっと!そのままだと、顔面に直撃しちゃうわよ!?
《神器》使いとはいえ、魔族と違って生身の人間なんだから、防御もしなかったら大怪我を負うのは間違いない!
「ぐっ!」
モナイムに当たる寸前で盾を引き戻そうとした、その時!
視界の端から、モナイムと盾の軌道上に飛び込んでくる黒い影があった!
硬い金属音を響かせて、その影は私の盾を叩き落とす!
この突然の乱入者に、レルールを縛ろうとしていたコーヘイさんもその手が止まる。
「なんだ、お前は……」
影……というか、真っ黒なローブを纏ったその乱入者は、コーヘイさんの問いには答えない。
背を丸めたような姿勢で、ユラユラとふらつくように小刻みに動いている姿からは、年齢はおろか性別すら読み取る事はできなかった。
ただ、目深なローブの奥で光る鋭い眼光は、こちらに対して友好的な感情を抱いているようには見えないわね。
「うおっ!」
「ちぃっ!」
さらに、他の連中と戦っていた仲間達の声が届く。
何事かと目をやれば、同じような影がみんなの戦闘に介入していた。
「ひょっとして、どこかの国の裏部隊か何かっ!」
コーヘイさんが、なぜか期待のこもった目で黒ずくめ達を見回す。
うーん……でも、この連中がそういう、表沙汰にできない荒事を受け持つ連中だとして、レルール達を助けたんだから、たぶん教会の回し者よね。
つまりは現状、私達の敵だけど……。
「な、何者ですか、あなた達は……」
当のレルールが、この連中を知らない様子。
結構、高い地位にある彼女が、この手の輩を知らないはずは無いしなぁ……。
そんな風に首を傾げていると、以外な方向から声があがった。
「お、お主達はっ!」
「ふぅ……助かりましたよ」
驚きと安堵の台詞を口にしたのは、マシアラとライアラン。
共に魔界十将軍の二人が反応するって事は……。
『いつまでも遊んでいるんじゃない、ライアラン……』
「そう言うな、ラトーガ。予想外に幼女が強かったものでな……」
『……その台詞は、かなりみっともないぞ』
顔を隠しているせいか、言葉は聞き取れても声色からは、男か女かわからない。
「ライアランとタメ口って事は、同等の地位……って事でいいのよね?」
そうであって欲しくはないな……そう思いながらも、確認のために問いかけた私に、マシアラはコクリと頷いた。
「奴の名は『暗爪』の『ラトーガ』。魔界十将軍の中でも、随一の暗殺者でありますぞ」
暗殺者!?
なら、あんな格好も頷けるわ。
でも……四人いるけど、どいつがラトーガなの?
「すべてがラトーガでござる!奴の得意技、分身によって四人に分裂しているのでござるよ!」
な、なんですってーっ!
そんなのアリなの!?
「落ち着けよ、エアル。あの手の技は、分裂したぶん能力も分割されるっていうのがセオリーなのさ」
分身の技を知っているのか、コーヘイさんが自信満々でそんな事を言う。
そうか、そういうリスクが……。
「いや、特にそういった制限は無かったはずでありますぞ?」
「あ、はい……」
どうやら、コーヘイさんが思ってたのとは違ったみたい。
珍しく感心したのになぁ……。
「ともかく、奴の素顔や戦い方を見た者は、魔界十将軍の中でも一部だけであります!なお、小生は見たことがありませんぞ!」
微妙な情報を提示するんじゃないわよ!もっと、他に役立ちそうな情報はないの?
「奴の好物は甘い物ですぞ!」
それを今聞かされて、どうしろって言うのさっ!
「遊び……とは、どういう事です、ライアラン?」
いつの間にか、しっかり意識を取り戻したらしいレルールが、わちゃわちゃやってた私達を置いといて、ライアランに鎖を伸ばして問い詰める。
突然乱入してきたラトーガよりも、わずかにでも付き合いの長い吸血鬼の方が何か企んでいると、彼女は見たようだ。
《神器》の能力により、再び繋がれたライアランは、レルールに逆らえない。だけど、何故か吸血鬼の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「つまり……こういう事ですよ、レルール嬢」
パチンとライアランが指を鳴らす。すると突然、レルールの《神器》は力を失ったみたいに、ライアランから外れて地面に落ちてしまった!
「なっ!」
さすがの聖女も、その現象に驚きを隠せない。っていうか、あれって天秤の《神器》の能力じゃないの!?
「モナイム!何のつもりですかっ!?」
激昂しながら、従者の方に振り返るレルール!しかし、彼女の目に映ったものは、光の無い瞳に虚ろな表情で、ただ《神器》を発動させているモナイムの姿だった。
「これは……」
モナイムの異変に、レルールは目を見張る。
「そいつにばかり気を取られていると、危ないぞ?」
ライアランの声にハッとしたレルールだったけど、かわす間もなく鉄球と鎚の容赦ない攻撃が加えられた!
「かはっ!」
意識を飛ばす鉄球を頭部に、また衝撃を分散すること無くコントロールする鎚の一撃を腹部に受けて、レルールは吐瀉物と吐き出した血にまみれながら、地に転がった。
「あが……うぐっ……」
「だから、危ないと言ったろうに。あーあ、せっかくの美少女が台無しだな」
モナイムと同じように、虚ろな顔つきになったジムリとルマッティーノを左右に侍らせて、ライアランは倒れた聖女を、悠然と見下ろしていた。




