09 ウェネニーヴの受難
「フフフ。小生の生ける屍再生計画、略してアリプロは……」
「どうでもいいんだよ、そんな名前なんかなぁ!」
長くなりそうマシアラの言葉を、モジャさんの声が遮った。
「確かに、その計画はスゲエけどよ、結局は『闇のオーラ』とやらの出所であるお前を倒せば、再生も無くなる訳だろ?」
あ、確かに!
あんまりにも、マシアラのアンデッド風ゴーレムなんて話が衝撃的だったから、その当たり前の事に気が付かなかったわ。
「やる事は何も変わっちゃいねぇ。いくぜ、エアル!」
「はいっ!」
駆け出すモジャさんについて、私も走り出す。
なんだか頼もしい背中に、さすがは反抗組織を率いていただけの事はあるわと、ちょっと見直しちゃった。
「グフフ、小生までたどり着けますかな?」
余裕の態度を崩さないマシアラの影から、またアンデッド風ゴーレムが複数這い出て来る。
いくら大半がウェネニーヴに集中してても、これじゃあ奴に近付くのに手間がかかりすぎちゃうわ。
エルフ達も様々な手段で援護してくれるけど、アンデッドの特性を持つゴーレムには、決定打になるような攻撃は無いみたいだわ。
そんな時、両腕を広げて回転しながらラリアットを放つモジャさんの姿に、ある奇策が思い浮かんだ!
普通だったらアホらしくてやらないけれど、だからこそ奇襲として成立するかもしれない。
「モジャさん!」
彼に近づいて私の思いつきを話してみると、キラリと瞳を輝かせて「やってみるか!」と賛同してくれた。
「むっ!?」
突然、アンデッド軍団に背を向けて後退した私とモジャさんに、マシアラが訝しむような声を漏らす。
「ふむ……さすがに降参ですかな?」
半ば勝ち誇ったように、私達の背中にマシアラは問いかけてくる。
ウェネニーヴを置いて、私達が逃げたとでも思ってるのかしら?
そんな訳ないでしょ!
そく言い返す代わりに、足を止めて再びマシアラの方を睨み付けてやった。
「いくわよ、モジャさん!」
「おおぅ!」
モジャさんの返答と同時に、私は思いきり《神器》をフリスビーのようにして、アンデッドの壁に囲まれるマシアラに向かって投げつける!
「はぁっ!」
そして気合いの声と共に、モジャさんが飛翔する盾に飛び乗ってみせた!
「んなっ!」
さすがのマシアラも、驚愕の声を上げた。
「伸びろ、槍の《神器》!」
まるで、独楽のように回転する盾の上で、モジャさんが槍の《神器》の新たな力を発動させる!
彼の言葉に従って大きく伸びた槍は、回転の遠心力も相まって進行上のアンデッド軍団を広範囲で粉砕していった!
「バ、バカじゃないでござるかぁ!」
回転する盾に乗り、配下を蹴散らしながら迫り来るおじさんという、訳のわからない絵面を前に、マシアラは慌てて身を伏せてやり過ごした。
「こ、こんなアホな作戦に小生がやられるとでも……」
「いやぁ、効果は抜群だったぜ」
不意にかけられた声にマシアラが反応するよりも早く、絶妙のタイミングで盾から飛び降りたモジャさんが、伏せていた奴の背中へ馬乗りになる!
そのまま顎を抱え込むように引き上げると、背骨を弓形に引き絞ってへし折るための体勢に極めていく!
「ががが……」
「どうだ、骨野郎!『プロレ・スリング』の技は効くだろう?」
マシアラの苦しげな声と、メキメキと悲鳴を上げる背骨の音に、かなりのダメージが入っているのが感じられる。
いいわよ、モジャさん!そのまま、決めちゃって!
私の声援に答えるように、更に力を込めて一気に背骨を砕こうとするモジャさん!
そして……。
バキン!と、一際大きな音を立てて、マシアラの背骨が稼働域を越え、完全にあらぬ方向へとへし折れた!
「ゴハッ!」
苦鳴の声と共に、脱力したマシアラの手がポトリと地面に落ちる。
確かな手応えを感じていたのか、マシアラの最後を見届けてから、モジャさんもクラッチしていたその手を放した。
「やった……」
「……なぁんちゃって」
私が勝利を確信して声をあげようとした時、ニヤリと笑ったマシアラの腕が突然外れ、馬乗りになっていたモジャさんに飛びかかっめ、彼の顔面を殴り付けた!
「がっ!」
完全に不意をつかれ、モジャさんがバランスを崩して地面に倒れる。
「グフフ……小生も、ちょっとした特技を持っていましてな」
自由になったマシアラが、してやったりと笑ってみせた。すると、モジャさんを殴り付けた奴の右肘から下の腕が、フワリと浮いて元の位置に戻っていく。
な、なんなのよ、あれは……。
まるで、見えない糸で繋がれた手品みたいな光景に、私達は驚き目を見張る。
さらに、『プロレ・スリング』の技を披露したモジャさんに対抗してか、マシアラもその特技とやらを自慢気に見せつけてきた。
「己の肉体をバラして、自在に操って見せる……これぞ、悪魔殺法『魔界解骨術』!」
マキマキ~!と、奇妙な笑い方をしながら、奴は自身の体をバラバラに分離させて見せる!そして、そのままフワフワと浮かんで、私達の回りを飛び回った。
「フハハハッ!この特技があるかぎり、すべてのパーツを破壊せねば小生を倒す事はできませんぞ!」
それってつまり、モジャさんの技は効かないって事なの!?
うう、なんて奴。
攻撃はすべて配下のアンデッド風ゴーレムに任せ、自分は防御に全振りしたかのような術で、絶対に倒されないよう全力を尽くす。
敵ながら、あまりにも見事な戦術に私達は言葉を失ってしまった。
「きゃあぁっ!」
突然、私達の耳にウェネニーヴの悲鳴が届いた!
彼女のそんな声は初めて聞いたので、驚いてそちらに顔をむけると、衝撃の光景が目に飛び込んでくる!
「くっ……止めなさい、離しなさい!」
アンデッド達に、まるで胴上げでもされるみたいに持ち上げられたウェネニーヴが、必死の抵抗をしていた。
しかし、彼女の体のあちこちには、砕かれたアンデッド風ゴーレムの肉片が纏わり付いて、それがまるで重りみたいにウェネニーヴの動きを封じているみたいだ。
「フハハ!今行きますぞ、ウェネニーヴたん!」
スーッと空中を滑るように、バラバラのままのマシアラがウェネニーヴに近付く。
「ひっ!」
近づいてくる変質者を見て、彼女が心底嫌そうな表情と声を漏らした。
「ウェネニーヴ!」
私達も急いでそちらに駆け寄ろうとしたけれど、アンデッド達がその行く手を阻む!
くっ、邪魔するんじゃないわよっ!
目の前の敵を粉砕しつつ少しずつ進んでいくけど、その間にウェネニーヴの元にたどり着いたマシアラは、動けない彼女の目の前で元の形に戻った。
「グフフ、窮屈な思いをさせて申し訳ありませんな」
ハァハァと息も荒く、彼女に顔を近づけるマシアラ。そして、そんなアンデッドから顔を背けるウェネニーヴ。
「緊張しなくても良いのでござるよ。むしろ、どこかに怪我など負ってないですかなぁ~?」
白々しく心配する素振りを見せ、マシアラはウェネニーヴの体をペタペタとまさぐっていった。
何て言うか、本当に気持ち悪いわね、あのアンデッド!
「や……止めなさいっ!」
「おやおや、呼吸が荒いですぞ?お胸が苦しいのでござるかな?」
少し涙目になりながらも抵抗するウェネニーヴに、わざとらしくそういったマシアラが、彼女の歳不相応な大きな胸に指を這わせた。
「っ!!」
「オホホホ!包み込むような柔らかさと、張りのある弾力性が同居する、極上の逸品ですなぁ!」
「止めなさいよ、この変態!死んでるくせに、どれだけ性欲強いのよ!」
嬉々としてウェネニーヴの胸を揉むマシアラの注意を引こうと、私は罵声を浴びせるけれど、奴は平然とした顔で鼻で笑う。
「死んでも治らないのが衝動というものですぞ?」
うぐぐ、自覚のある変態って、なんて厄介なのかしら!?
もはや声にならない声を上げ、ウェネニーヴは気持ち悪いアンデッドから逃れようとする。けど、マシアラはそんな反応が楽しくて仕方がないといった様子で、さらに彼女の体をまさぐっていた。
「グフフ……それでは、そろそろウェネニーヴたんの御美脚でも拝ませてもらうとしますか」
「ひぃっ!」
ニヤニヤしながら、マシアラが怯える彼女のスカートの裾をソロソロと捲っていく。
脛から膝、膝から太ももと、顕になっていくウェネニーヴの下半身を舐めるように眺めながら、本命とも言える彼女の下着まで到達したマシアラは目を輝かせた。
「オホホホ!さすがはウェネニーヴたん!下着も可愛らしくて、清潔感のある……白で……」
最初は興奮し、実況なんかしていたマシアラの声が、徐々に戸惑いを含んで小さくなっていく。
その原因、それはウェネニーヴの股間の膨らみ。
女の子には、絶対にあり得ないその器官に、マシアラの視線が釘付けになっていた。
「こ……これはまさか……」
困惑しながら、それに恐る恐る指を伸ばすマシアラ。
ムニュ……。
たぶん男性なら慣れ親しんでるんだろう、その器官に触れた感覚に、マシアラの眼窩の光が大きく見開かれた!
「お……おお……」
ブルブルと震えながら、それが本物である事を確信して、奴は思わず叫んだ!
「おち○ちんやんけぇ!!!!」
やんけぇ……やんけぇ……。
まさに魂から絞り出したようなマシアラの絶叫が、戦場に木霊しながら響き渡っていった。




